失伝攻防戦~夢喰らいのピエレッタ

作者:白石小梅

●失伝の者と女道化師
 そこは神奈川県の某所。
 すでにほとんどの人に忘れ去られた小さな神社。
 深夜、本殿に光が走ると、内側からモザイクの破片が飛び散った。
 扉が破られ、四畳半もない社殿の中には、無数の札と縄に封じられた着物の女が浮かびあがる。
 長い黒髪は怨霊のように垂れ下がり、血の気の引いた肌に生気はなく、凍りついたように動かない。
 寒風に晒される死体の如き女の前で、空間に稲妻が走り空間が引き裂かれる。
 その内側から現れるのは……。
「おまたせぇー。『赤ずきん』が用意したって言う対ケルベロス用の切り札ちゃん」
 社殿前の広場に大鎌が突き刺さり、魔空回廊からゆっくりと覗くのは、白塗りの顔。封じられた女をその目に留めて。
「へー。キレーな顔したおばさんじゃん。割りとアタイの好み。強力なワイルドスペースの内側ならこいつらから他の番犬に、アタイらに従う洗脳効果が伝染していくってんだから最強の生物兵器よねぇー。ま、創世濁流の失敗で計画はご破算になったわけだけど」
 現れたのは、胸元にモザイクを湛えた女道化師。突き刺した大鎌を優雅に背負い直し、誰が見ているわけでもないのに一席打つ。
「でも、戦力は戦力。その身も心もアタイの愛しい『継母』様への贈り物にさせてもらうよ! この『情婦のネッダ』が、お手柄いただきさぁ!」
 女道化師の高笑いは、まるで番犬を嘲る狼の遠吠えのように夜の闇にこだまする……。

●ゲート出現
「緊急事態です。『王子様』撃破に呼応するように、東京上空5000m地点に『ジュエルジグラットのゲート』が出現。そしてゲートから『巨大な腕』が地上へと伸び始めました」
 そう語るのは、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)。
「恐らくこの巨大な腕こそ『王子様』の語った、世界を覆い尽くす『ジュエルジグラットの抱擁』。創世濁流によって日本全土を呑み込んだ後に放たれる、とどめの一撃です」
 創世濁流を阻止しその目論見は砕いたものの、これだけでも危機レベルは非常に高い。
「こちらも全世界決戦体制を敷き、総力を挙げてあれを迎撃します。もちろんゲートが戦場になる以上、これは双方にとって敗北の許されぬ総力戦。すなわち……決戦です」
 今は開戦を前に、互いに布陣を整える段階。そこで残ったジグラットゼクスが動きを見せた。
「彼らは日本中に分散して隠していた対ケルベロス戦の切り札を、急遽、ゲートに集め始めました。二藤・樹(不動の仕事人・e03613)さんの調査によって、探索が進められていた『失伝した職能に関わる失踪者』達です」
 かの『赤ずきん』は、失伝職能の関係者を拉致し『ドリームイーターに従うケルベロス』を生み出した。彼らは仮死凍結され、ワイルドハントたちが日本各地に用意した極小のワイルドスペースに隠蔽されていたというのだ。
「その洗脳効果はワイルドスペース内において強力な感染力を持ち、創世濁流後に皆さんに向けて放たれる計画でした。それが頓挫した為、敵は彼らをゲート防衛戦力とするつもりです」
 日本中でケルベロスが探索を行っていた事で、彼らが連れ去られることを予知出来たのだという。
「敵戦力の増強を見逃すわけにはいきません。各回収ポイントに急行し、回収役を撃破して失伝職能の関係者たちを救出してほしいのです」
 それが今回の任務というわけだ。

●情婦のネッダ
「皆さんの担当現場は神奈川県の神社。神主も絶え、その縁戚にあたる方々が代々維持していた社ですが、管理者の方が行方不明になって以降、放置されています」
 救出対象は、という問いに小夜は頷いて一枚の写真を出す。
「稲川・菊枝さん、34歳。和小物を中心とした雑貨屋を近所で営む傍ら、現場の神社を管理をしていた独身女性です」
 映っているのは長い黒髪に、穏やかな笑みを浮かべた妙齢の女性。
「彼女を回収に現れる敵は『情婦のネッダ』。ジグラットゼクス『継母』の側近『クラウン・クラウン』を筆頭とする道化師集団に所属する女道化師です」
 クラウン本人は作戦指揮を取っているため、現場に現れるのはネッダ一体のみ。その戦力は資料にまとめてあるが、他に問題があるという。
「ネッダは『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合『菊枝さんを魔空回廊からゲートに送り届けようとする』のです。この行動には二分ほど掛かりますが、その間に撃破しきれないと彼女は攫われてしまいます」
 逆に、輸送行動に入るタイミングを上手く誘導出来れば、こちらが優位に立てる。
 それを踏まえて作戦を立てて欲しいという。

 もし、敵の輸送行動を止めきれない場合は、と誰かが問う。
「この段階で敵の戦力増強は認められません。ネッダは皆さんが人質を攻撃することはないとたかをくくっています。ならばその隙を突けば……」
 救出対象を、始末できる。小夜は言葉尻を濁して、頭を振った。
「無論、そんな事態にならぬことが一番。逆に尖兵を蹴散らし、奴らの戦力を削いでやりましょう。出撃準備を、お願い申し上げます」


参加者
ヴォル・シュヴァルツ(黒狗・e00428)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)

■リプレイ


 風の音に、落ち葉の踊る、神社の境内。静けさを切り裂く高笑い。
 その笑い声に、砂利を踏み躙る微かな音が忍び寄る。
「ふん……なにやら狗の臭いがするねえ。アタイに何かご用かい?」
 笑い声は止み、足音もまたぴたりと止まる。
「あはっ。気付かれちゃった? 当然、悪い道化師から囚われのお姫様を助けに来たんだよ」
 おどけるように応えたのは、アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)。その後ろでは相棒のビハインド、キリノを押し留め君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が呟く。
「気付いタ。というより、元々ワタシたちが来ルのはわかっていタ……そんなところか」
「はっ……そのまま馬鹿笑いしてくれてりゃ気つけの一発をくれてやったってのによ」
 流水・破神(治療方法は物理・e23364)は、咥えていたシガレット型の菓子を音を立ててへし折り、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)は道化女を指さして。
「接近がばれてるなら、遠慮する必要ないわね……六本木では先手を取られたけど、今度はこっちの番よ!」
 道化女は振り返るなりこちらをねめつけると、口の片端を吊り上げる。
「大仰だねえ。こちとら道化の手まで借りなきゃ戦争もできないってのに」
「だからって戦力を地球で現地調達しないでくれないかな。菊枝さんを返してもらうよ」
 ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)がそう言うと、その首に巻き付いた小火竜プラーミァが怒りを表現するように軽く焔を吐いた。
(「他愛ない会話に見せて、こちらの戦力を測ってんな。悪趣味なもん考えるだけあって、油断ならないねぇ……」)
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)がちらりと視線を逸らせて、合図を送る。
 この度の闘いで人質を救出するためには、如何に敵に趨勢を悟らせないかが重要になる。だがグラビティ戦の手練れならば、相対した相手の強さは見るだけでわかるものだ。
 となれば。
 紗神・炯介(白き獣・e09948)が、身に着けたマスクの下で大きく咽こんだ。それを露骨に睨み据えるのは、隣にいたヴォル・シュヴァルツ(黒狗・e00428)。
「おい。うるせえよ。引っ込ンでろ。風邪っ引きがしゃしゃり出て来ンじゃねェ。俺一人で十分だ」
 ウイングキャットのハルがやめろとばかりに息を吐くも、二人は引かない。
「わざわざ手伝いに来たっていうのに、ひどいな……こんな風邪くらいで支障はないよ。黙っててくれないか」
 その視線は、睨み合う奥で頷き合っている。
 そう。
 強さそのものはごまかせないとなれば、それ以外を偽るしかない。
 例えば……。


 それは、唐突な一撃だった。ほんの僅かなすれ違いを見逃さず、疾風の如く飛来した斬撃。
「……!」
 反応したのは、眸。後衛を裂く斬撃の嵐に立ち塞がりながら。
(「隙を突く瞬間、一分の迷いもなかっタ。打ち合わせ通りの行動でなけレば、反応出来なかっタろう……油断ならなイな……」)
 追尾の矢とキリノの念動力で辛うじての反撃を試みつつ、眸はわざと遅れてマインドリングから刺突剣を起動し、身構える。
 敵の先手に舌打ちして、その脇を白衣の影が舞い飛ぶ。
「ちっ、反応が遅ぇんだよ。奇襲に来といて敵に先手、譲ってんじゃねーぜ! おら、反撃だ! 気張っていけ!」
 破神は破剣の祝福を矢に変えて飛ばす。が、それで傷を癒されたアンノが口にするのは、感謝の言葉ではない。
「あいたたた。ちょっと、まだ治り切ってないよ。奇襲失敗なら一旦、立て直そうよ。……ちょっと!」
 竜弾を撃ち放ちつつ、吐くのは不満。最後の呼びかけは、転がるように脇を跳び込んでいく炯介に向けてだ。だが。
「こっちは頭が痛いんだけど……消極的な提言は頭痛以上に味方の士気を削ぐから、やめてくれないかな」
 斬撃に斬り裂かれたマスクを払い、炯介の多節棍が打ち込むのは、苛立ち交じりの殴打の嵐。
 だが道化女は、その周囲を舞う大鎌で掃い、一打一打の威力を減じる。
「あははっ! 中々ついて来るじゃないか!」
 攻撃を弾き、道化女は脇から飛び込もうとしていたエリオットを射程に捉えた。
「……!」
「こうも可愛いボーヤだらけだと、誰と躍るか迷っちゃうねぇ! そぉら!」
 放たれた灼熱の炎弾。その火線に、割って入るのはロストーク。爆炎が彼を包み込み、生命の火を奪う。
「品のない道化だね、主人の底が知れる。さあリョーシャ、何をぼうっとしているんだ……! 追い討ちだ」
「ま……っ! うるせえよ! 俺だって当てようとしてんだよ! いちいち指示するんじゃねえ!」
 一瞬「任せろ」と応じかかった口を捻じ伏せて、二人は無理矢理に道化女に殴り掛かる。音速の掌打に気弾の拳。それに合わせてプラーミァも体当たりを繰り出し、連打に押されて道化女が飛び退ると。
「おい、あンな程度で満足してンじゃねえ! 幾ら回復しても、当てて倒さなきゃ意味ねェだろォが! 行け!」
 ヴォルが放つのは、背を叩くような叱咤と、輝ける加護。ハルがそこに癒しの風を重ねて援護を助ける。
 敵は、けらけらと笑っている。
 ここにいるのは功を焦り、足並みの揃わぬ攻めを繰り出す集団……敵には、そう見えるのだろう。
 だが。
(「不仲は装っても、加減をし過ぎれば命とり……バランスを考えないと!」)
 ヴォルに倣い、リリーがメタリックバーストを解き放つ。
「くっ……! ちょっとみんな、喧嘩は止めなさいよ! 敵はコイツよ!」
 その狙いは、癒しにあるのではない。
 布石に布石を重ねながら、闘いは加速する……。


 入り乱れる高速戦闘。竜巻の如く境内を裂き、巻き込まれた落ち葉は破片と散る。
 すでに、闘いが始まって六分を過ぎた。
「……」
 速度を増して行く闘いの渦の中、道化女は違和感を覚えつつもその正体を掴み切れずにいる。
「皆いい加減にしろ、敵が目の前にいルのだぞ。キリノ、攻撃だ」
 怒号の飛び交う闘いの中、眸は剣を盾と変え、鎌の乱舞を防いで見せる。キリノだけでは、その威力は番犬に劣るが、この場合はそれでちょうどいい。
「僕は仕事を果たしてるよ。あっちに言ってくれ」
 竜の業火を乱射しつつ、そう言って、炯介は向こうを顎で指し示す。そこで喚き合う三人は、もはや姦しいという表現に近い。
「ちゃンと当てやがれって何遍言ったらわかンだよ! 人の援護を無駄にしてンじゃねェ!」
「何だと……俺だって外したくて外しているんじゃねぇ! そもそも……!」
「やめろ二人とも。格上相手に仲違いして、誰が割を食うと思っているんだい」
 それでもヴォルは盾を輝かせ、エリオットは蹴りを打ち込み、ロストークのナイフが閃く。
 道化女が、反撃の大鎌を乱舞させれば、しゃしゃり出るのは、破神。
「いってぇえ……! もっと気張りやがれ……! そんなもんなのかよ、お前らの力は!」
 口汚く悪態をつきながら、かれは片膝をつく。実際にはまだ傷は致命的ではない上、彼の罵倒はそのまま同列の味方に活力を与える秘術である。
(「敵は明らかに疑い始めてる……でももう少し。もう少し気取られなければ……準備が整うわ! 頑張って!」)
 破神と絡んだ視線の端で、リリーはカプセルを苦無の如く投げ放つ。
 番犬たちはいがみあうが、責められるほどの愚策を繰り返すわけではない。
 手柄を奪い合うように吠えるが、攻を焦って足並みを乱すことはない。
 大げさなほどに傷を庇うが、結果として誰も脱落しない。
(「こちらの油断を誘う、悪い笑みが消えたね。ボクも道化師を名乗る身。その意味は、わかるよ」)
 アンノの竜槌の一撃と、道化の大鎌が空気を震わせるほどに衝突した時。
「アタイとしたことが……しくじった」
「あはっ……もしかして、気付いたかな?」
 道化女は一転、火花を散らす競り合いを弾き、社の屋根まで跳ね飛んだ。
「……!」
「ああ! 茶番はこれで終わりだ、喰わせモンのガキどもが!」
 道化女の思考は、遂に答えにたどり着いたのだ。
 番犬たちは失伝の者の転送を防ぐために、苦戦を演じて闘いを長引かせているのだ……と。
 それは、戦闘開始より、八分目のことだった。


「ばれた!」
 誰かが、そう叫ぶ。
「クソッタレ! 魔空回廊よ! 彼の者を我らの門へと運び賜え」
 道化女は大鎌を捨て、社を囲むような魔法陣を呼び寄せる。空間に稲妻が走り、青い障壁が社を包み込んだ。
 アンノが柄にもなく真剣な面持ちで敵を睨む。
「あれは……! 転送儀式中は動けないから、回避と防御の代替障壁を張ったんだね。本人が一歩も動かなくても、攻撃を見切ってくるよ。気をつけて」
 輝ける竜との闘いを思いだしながら、アンノは己の魔術領域を展開し、仲間を弾こうとする敵の障壁を押さえつける。
「了解、っと! よぅ……騙されてくれたな! テメェみてェなのが部下だし、継母とやらも相当性格ブスの間抜け女なンだろうな!」
 ヴォルの刀は障壁が放つ紫電を捻じ伏せて、釘の如くそれを穿った。いがみ合いを演じ続けた鬱憤を、ここで晴らすとばかりの刺突。障壁を貫くまでには、至らない。だが。
「一歩も動かずこちらの全力を受け止めるほどの障壁を張り続けられるわけがない。僕らの時間が尽きるか、相手の命が尽きるか……根競べだ。彼に続くよ」
 ロストークが翻すのは、ルーンの斧。渾身の一撃が障壁にひびを穿ち、ハルとプラーミァも体当たりでそれを広げる。
「……まだまだ! 例え削り殺されても、この任務だけは果たしてやる!」
 敵が気を吐いたその頭上には、すでに大小二つの影が跳躍している。
「けっ……趣味も顔も性格も何もかもの悪い年増が意気がってんじゃねえ! こんなバリアーに引き籠っちまったんじゃ、殴り甲斐もねえってのによ!」
「最初から転送任務に徹しテいれば、こちらに打つ手はなかっタ。闘うなら最後まで押し切ルべきだった。貴様は、考えすぎタ。結果、迎撃も転送も、中途に終わル」
 破神、そして眸。キリノの念動力で加速をつけて、弾丸の如く回転し、隕石の如く火炎を纏い、障壁に激突する。
 走る亀裂。それは、硝子の球体を前後左右から叩いたように。
「こんな、程、度……っ!?」
 だが、道化女が如何に力を込めようとも、障壁のひびは塞がらない。
「何故、障壁の再生が阻まれるのか……教えてあげるわ。先の闘いで、みんなで重ねていた呪いがね……アンタの力を芯から蝕んでいるからよ」
 障壁に触れるリリーの手からは、竜巻状の螺旋振動。壁の中に満ち満ちて、先の闘いで全員が緩やかに穿ち続けていた、回避と防御を殺す呪詛がゆっくりと広がっていく。
「さあ、今よ!」
 その正面に浮かびあがるのは、地獄の炎で出来た黒き鳥……エリオットの、襲翼のネメシス。
「お望み通り、茶番はこれで終わりさ。あんたの命と一緒にな。……この一撃で障壁をぶち抜く。後始末は頼むぜ! 黒炎の地獄鳥よ……我が敵を穿て!」
 それは闘いの間を耐えに耐え、攻撃に全能力を傾注した魔術師の、最大出力の一撃。
 地獄の鳥は隼の如く突進し、障壁に激突した。
 稲妻が硝子球を砕くように障壁は砕け飛んだ。敵も味方もなく吹き飛ばされ、道化女は最後の力で受け身を取って……。
「まだだ……まだ! 転送、か、い……!」
 手を振り上げた、その時だった。
 その胸を、ガスバーナーのような青い炎が、突き破ったのは。
「僕はね。闘うことしかできない……だから、手を汚すなら僕の仕事だと思っていたんだ……でも皆の執念は、君の防壁を砕いて見せた。だから僕も今、為すべき事を為す」
 振り返った女が最後に見たのは、翼も角も地獄の炎も解放した暗殺者……紗神・炯介。
「勝ったのは、みんなの執念だ。君は、熱く爆ぜるといい」
 青く盛る高熱が、一気に道化女の体の中を駆け巡る。身の毛もよだつ絶叫は、口から吹きだした炎に灼かれて途切れた。
 その躰は不自然な痙攣を繰り返しながら青い炎に呑まれて、砕け散る。
 そして、激闘の土煙の中、冬の夜の静寂が社へ戻って来た……。


 番犬たちは咽こみつつ起き上がる。
「彼女は……!」
 膝の金属の軋む音も気にせず、眸が社へ走り寄る。
 衝撃で内側にへこんでしまった扉を外すと、木くずを被ってはいたものの、着物の女はまだそこにいた。
「間に合ったようダな……。守れテ……善かっタ。キリノ、彼女を運び出す。瓦礫が崩れなイよう、支えテくれ」
 全開にしていたセンサーが落ちていく音をため息のように響かせながら、眸はその体をそっと助け起こすと、崩れかかった社から救出する。
 その様子を見て、緊張の糸が切れたのだろう。エリオットが、ため息を漏らして膝を折った。
「ああ……うん。無事でよかった。しかし、慣れないことするもんじゃないな……怒ったり、罵ったり……何か、気が抜けた」
「おいおい。大丈夫か? ハル、羽で仰いでやれ。まあ……オレも疲れたけどな。実際に的外れな行動してるわけじゃないから、台詞思いつかねェしよ……」
 ヴォルが彼の体を支え、そう言って見せると、二人は眉を寄せて苦笑しあう。その二人に、コートのポケットに入っていた飴玉を投げ渡すのは、ロストーク。
「二人はこれを舐めるといいよ。糖分が入ると、少し気持ちも落ち着くよ。あ、その人は、ここへ寝かせて。プラーミァ、ヒールを」
 彼が敷いたコートを上に女を寝かせ、プラーミァが優しく火の属性を伝播するも、女は目を覚まさない。息をしているのかも怪しい。
「失伝について聞いてみたかったけど……意識不明っていうか、まるで死んじゃってるみたい。この人、大丈夫かしら……」
 リリーが不安そうに覗き込み、触れた体の冷たさに思わず指を引く。
「……仮死凍結、とか言ってたか? 理論はわからないけどよ、揺さぶって目を覚ます程度の状態じゃねーんだろう。生きてはいるようだぜ」
 破神の握った手には、ほんの僅かに脈がある。ほんの僅かずつではあるが、脈動は活力を取り戻しつつあるようだ。
「目覚めるまでには、時間かかりそうだね。何かこう言っちゃ悪いのかもしれないけど……冬眠中の蛙みたい」
 アンノの台詞に、幾人かの仲間がくすりと笑みを漏らす。
 救出は、成功したのだ。本人には少し悪いかもしれないが、安堵の笑みを漏らすくらいは許されることだろう。
 そこへ、携帯を片手にやって来るのは、炯介。
「すぐに迎えのヘリオンが来るよ。彼女を運ぶのは……グラビティ関連の症状なら、病院より組織の方かな。ヘリオライダーに任せよう」
 振り返れば、ハイパーステルスを解いたヘリオンのサーチライトが、境内を照らし出していた。

 その日、八人は連れ去られた仲間を、救い出した。
 夢喰らう者どもは戦力の拡充を阻止され、番犬たちは失われた伝承の鍵を手に入れた。
 失伝とは、如何なる力であるのか。
 計略を阻止されたジグラットゼクスは、どう動くのか。
 いくさの時は……近い。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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