陶の欠片

作者:麻香水娜

●紫の選定
 とある窯元のギャラリーには親子2代の作品が展示、販売されている。
 葉山・利久がギャラリーの掃除をしていると、
「あなたには才能がある。人間にしておくのは勿体ない程の……」
 利久が作った一輪挿しをうっとり眺める女性――紫のカリムが微笑んだ。
「お前、どこか――」
 言いかけた利久を紫色の炎が包む。
「うわぁ!!」
 利久が炎に包まれ暴れると、展示されていた陶器達が棚から落ちて次々と床で砕けた。
「これからは、エインヘリアルとして……私たちの為に尽くしなさい」
 やがて炎が引くと、巨大な体で片膝を折り、深く頭を下げる利久――だったエインヘリアルにカリムが微笑む。
『仰せのままに』
 エインヘリアルは、ギャラリーの入り口を壁ごと壊して外へ飛び出した。

●狙われた才能
「星河さんが懸念した通り、今度は工芸家――陶芸作家の下に紫のカリムが現れます」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開く。
 最近動きを見せている炎彩使いと呼ばれる有力なシャイターン達。その中でも芸術分野での才能を持つものを狙う紫のカリムが動くと。今回狙われたのは、父と共に日々陶芸の技に磨きをかける32歳の男性。
 早朝、ギャラリーの掃除をしていたところをエインヘリアルにされてしまったようだ。
 シャイターンに選ばれるだけあって性格に難はあったようだが、その腕は確かで、美しいフォルムと優しい色合いの一輪挿しは人気が高い。
「カリムは姿を消してしまいましたが、エインヘリアルの被害が出る前に、急ぎ現場に急行して下さい」

 時刻は朝8時すぎ。現場は閑静な住宅街のはずれにある窯元。ギャラリーに隣接して工房があり、その裏には被害者の住居がある。
「親子2代って事は、お父さんも近くにいるの?」
 星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)が小首を傾げた。
「えぇ、お父さんは隣の工房で作業中です。尚、裏にある住居には他のご家族がいらっしゃいます」
 グラビティ・チェインが枯渇しているエインヘリアルは、まず近くにいる家族を、そして近所の住人を殺してグラビティ・チェインを奪いに行くだろうと予想される。
「このエインヘリアルは大きな彫塑べらを装備していますが、ルーンアックスと同等のグラビティを使うようです」
 更に、状態異常が厄介なので気をつけて下さい、と説明を締めくくった。
「彼を救う事はできませんが、彼に家族を、ご近所にもいらしたかもしれない彼の作品のファンを殺させない為に……どうか、撃破をお願い致します」


参加者
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)
ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)
真田・結城(白銀の狼・e36342)
朧・遊鬼(言霊と遊戯の境界・e36891)
ヴィンセント・アーチボルト(ウルトラビートダウン・e38384)
ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)

■リプレイ

●汚させないために
「職人にとって手は命と聞く。その手が血で汚れる前に終わらせなくては」
 現場に到着した朧・遊鬼(言霊と遊戯の境界・e36891)がぽつりと呟いて一度目を閉じる。
 すぐに開かれたその眼差しは鋭さを持ち、一気に殺気が放たれた。
「素敵な作品を生み出す人だったのなら、その手を汚させる前に何としても止めないと」
 ぐっと拳を握った星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)が決意を固くする。
「こんな、人の人生を玩ぶようなやり方、許せません……!」
 ココ・チロル(一等星になれなかった猫・e41772)はカリムへの怒りを募らせた。
「急ごう!」
 ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)が声を上げる。
「しっかり足止めしといてやるよ」
 ニッとヴィンセント・アーチボルト(ウルトラビートダウン・e38384)が力強い笑みを浮べると、ケルベロス達はそれぞれの役割を果たすべく散った。

「おはようございます。突然すいません――」
 工房裏にある住居を訪れた湊音が隣人力を使いながら、ケルベロスだという身分を明かして丁寧に話し出した。
「――というわけなんだよ」
 工房にはノーヴェが向かい、事情説明をする。
 こちらにいる父親は職人という事で、頑固で言う事を聞いてくれない可能性を考慮し、ラブフェロモンで強制的に魅了できるノーヴェが担当することになったのだ。念の為戦場になるギャラリー前から少しでも離す為に、住居で家族と共にじっとしていてもらうように頼む。
 ――湊音もノーヴェも、利久がエインヘリアルになってしまう事は伏せて。

「では、向こう側をお願いします」
「おう」
 真田・結城(白銀の狼・e36342)がサポートに駆けつけてくれた親友の差深月・紫音に声をかけてキープアウトテープを取り出して2人で手分けして人の通りそうな場所へ向かった。

 ――バーン!!
 ギャラリーの入り口が内側から破壊され、エインヘリアルが姿を現す。
「やめておけ。アンタの作品が泣いてるぜ?」
 ヴィンセントがジャーンッとギターをかき鳴らして注意を引いた。
 家族の前に、こっちに人がいるぞ、と。
「こっちデスヨ!」
 更にパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)も声を上げて注意を引きながら、分身の幻影を纏う。
 少しでも広い所へ――ギャラリーから離して、作品達を戦闘から遠ざけるように。
 ヴィンセントとパトリシアの声にエインヘリアルがそちらを向いた――。

●足止め
『うるせぇ!!』
 エインヘリアルは、手にしていた大きな彫塑べらに光り輝く呪力を纏わせてヴィンセントに振るう。
「させマセン!」
 パトリシアがヴィンセントの前に立ちはだかると、かざした腕で彫塑べらを受け止めた。
「助かった」
「ドウイタシマシテ!」
 ヴィンセントが小さく礼を口にすると、パトリシアは腕に走る痛みを堪えて明るい笑顔で応える。
「その手も、その心も……血で染めるものじゃないわ」
 ローラーダッシュで一気に距離を詰めたリリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)が、炎を纏った蹴りをエインヘリアルのふくらはぎに撃ち込んだ。そこへ彼女のサーヴァントであるウイングキャットが翼をはためかせて清らかな風を送ってパトリシアの傷を癒しながら、邪気を祓う。
「心の底から、痺れさせてやるぜっ!」
 ヴィンセントはギターを構え直すと、超絶技巧の高速ギターソロを奏でた。音楽は門外漢であったエインヘリアルだが、その芸術性は肌で感じたのか雷に撃たれたような衝撃に動きが一瞬止まる。
「パトリシアさん!」
 ココは急いで気力溜めでパトリシアの傷を癒し、呪力によって破かれた服を修復した。ココの横を炎を纏って猛スピードで通り過ぎたライドキャリバーのバレは、エインヘリアルに突撃する。
「そのような武器を持っているよぉでは、もう良い作品など到底出来ぬだろうな」
 遊鬼がどこか悲しげに呟くと、地獄の炎を愛用の鉄塊剣に纏わせて振りかざした。
『!!』
 バレに突撃されて我に返ったのか、痺れる感覚のある足を気力で動かして遊鬼の攻撃を空振らせる。ナノナノのルーナは、エインヘリアルが主人に気を取られている隙にと、パトリシアをハート型のバリアをで包んだ。
 更にファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)が前衛にメタリックバーストを使い、超感覚を覚醒させる。
『グゥ……』
 エインヘリアルが呻き声を上げた瞬間、緩やかな弧を描く斬撃が足の腱を的確に斬り裂いた。
「お待たせしました」
 キープアウトテープを貼り終えた結城と紫音が駆けつけたのである。
「あとは湊音とノーヴェが上手く家族を説得できてればいいんだが……」
 住居の方をちらりと見たファランがぽつりと呟いた。
「あの2人なら上手くやってくれるわ」
「そうだな」
 リリスが柔らかく微笑むと、ヴィンセントも同意し、それぞれが武器を握る手に力を込める。
 そこへ、住居の方から小さな炎でできた竜が真っ直ぐエインヘリアルに襲いかかった。その後を追うように、暴走ロボットのエネルギー体も真っ直ぐ突む。
『!?』
 突然の攻撃に咄嗟に避けようとするも身体が痺れてもたついてしまった瞬間に竜に襲いかかられ、更に連携するように暴走ロボットからの攻撃も受けてしまったエインヘリアルが動揺を見せた。
「抑えありがとう! ボクも戦闘に加わるよ!」
「お待たせ!」
 湊音とノーヴェが住居の方から駆け寄ってくる。
「……では抑えは無用、全力で行くぞ」
 遊鬼の声に全員が武器を構え直した。

●全力!
『ウオオオオオオオ!!』
 度重なる攻撃で身体が動き難くなってしまったエインヘリアルは、雄叫びを上げて気合を入れると、高く跳躍して遊鬼の頭上から彫塑べらを振り下ろす。
 そこへバレが突っ込み、遊鬼を突き飛ばすと、その体に深々と彫塑べらが突き立てられた。
「すまん」
 突き飛ばされてバランスを崩した遊鬼が振り向いて礼を口にすると、バレは『大丈夫だ』といわんばかりにヘッドライトをチカチカ光らせて応える。
「さっきは熱かったかしら? じゃあ冷ましてあげるわ」
 リリスが優しく微笑むと、その表情からは想像もつかないような勢いでアイスエイジインパクトを叩き込んだ。更にそのハンマーの陰に隠れていたウイングキャットが飛び掛って胸元を思い切り引っ掻く。
「ナイス連携デス!」
 リリスとウイングキャットの行動に歓声を上げたパトリシアは、絶空斬で一気に傷口を広げた。
「……」
「……。さぁ、俺が鬼だ。精々綺麗に凍りついてくれ」
 結城がちらりと遊鬼に目配せすると、意図を察した遊鬼が頷き、氷のような青い鬼火を浮かび上がらせる。
「行きます」
 遊鬼が雷刃突を繰り出すと、鬼火を纏わせた遊鬼の鉄塊剣が叩きつけられた。
「その手は人を傷付けるだけのものじゃなかったはずだよ!」
 湊音がドラゴニックスマッシュで思い切り殴りつけ、ヴィンセントはギターを弾きながらリズムに乗りながらフォーチュンスターを蹴り込む。
「やっぱり、バレは頼りに、なるね」
 ココは、遊鬼を護ったバレに感謝を込めて気力溜めで傷を修復した。すると、嬉しそうにブォンッとエンジンを鳴らしたバレは、キャリバースピンでエインヘリアルの足を轢き潰す。更にルーナがバレにハート型のバリアで包んで傷を修復しながら耐久力を上げた。
 ノーヴェが翳したカードから幻影のリコレクションが流れると、もう避ける事もできなくなっているエインヘリアルは、カリムの為に働くという信念を揺らがされてしまう。
 ファランが今度は後衛にメタリックバーストを使って超感覚を覚醒させた。
『……おのれェ……」
 悔しそうに歯軋りをしたエインヘリアルはせめて傷を回復しようとしたが、痺れて腕の力が抜け、彫塑べらを取り落としてしまう。
「Greifen Sie die――」
 そこへリリスの美しい歌声が響くと共に、七色に輝く流星群が降り注いだ。その光に身体が縫い止められたかのようにエインヘリアルの動きが鈍る。
「フォーティーエイトアーツ・ナンバーナイン!」
 パトリシアが声を上げながらエインヘリアルの巨体を抱え上げて空中高く飛び上がり、両手で股関節をクラッチした。
「サキュバスター!!」
 急降下して急所に強い衝撃を与える。
『ッ!!!!!!』
 エインヘリアルは蹲って悶えた。男性であるが故の痛みに。
「これが、本気の力です」
 この好機を逃すものかと、すっと表情を引き締めた結城の刀に霊力がこめられる。
 危険を察知したエインヘリアルがなんとか動こうとよろよろ立ち上がろうとした瞬間――、
「……狼牙斬・爪牙!」
 結城の刀を振りかざすと、狼のような形の霊力が襲いかかり、直後刀がエインヘリアルを斬りつけた。

●祈り
「…………」
 結城は、自分が斬りつけると紫の炎に包まれ、跡形もなく消えてしまったエインヘリアルのいた場所をじっと見つめて奥歯を噛み締める。
 出切る事なら助けたかった、と。
 その肩にぽんと遊鬼の手が置かれた。
「アンタの手が汚れる前に止めれただろうか」
 結城に言葉をかけるでもなく、ただぽつりと誰もいなくなったその空間に向かって呟く。
(「仕事とは言え、寝覚め悪いワァ……」)
 周りの空気に、それを口に出す事を避けたパトリシアの顔にも、何ともいえない表情が浮かんだ。
「さーて、片付けだよ! こんな惨状を家族に見せるわけにゃいかないだろ」
 しんみりしてしまった空気を払拭するように、ファランがパンッと手を鳴らしして仲間たちに声をかける。
「まーったく! 芸術の才能がある人を狙うなんてひっどいヤツだね。文化に対するぼーとくだよぼーとく!」
 ファランが空気を変えようとした事に気付いたのか無意識なのか、ノーヴェもカリムに対する憤りを口にしながらヒールを始めた。
 ヒールや片付けが終わると、遊鬼が先ほどの場所に戻る。
「アンタの作品の成長を見てみたかったなぁ……」
 小さく呟いて、片づけをしている時に見つけた花をそっとその場に手向けた。

 ケルベロス達は、誰からともなしにギャラリーに足を踏み入れる。
 利久がエインヘリアルにされてしまった時に落ちた陶器達が床に散らばっていたが、誰も陶器はヒールをしようとは思わなかった。その作品に幻想が混ざって違うものになってしまうから。
 無事であった棚もあった。利久の作品とその父親の作品が分かれており、ケルベロス達は改めて利久の作品を見つめる。
「……良いセンスしてたんじゃネェか。勿体ネェ」
 ヴィンセントが小さく呟いた。
「そう……これが彼の一輪挿し……」
 利久の一輪挿しの1つに、そっと指を這わせたリリスは、心の中で利久の冥福を祈る。
「……本当に素敵な作品だったんだね」
 湊音も作品達をじっと見つめ、改めてシャイターンへの怒りを感じつつも、悲しげに目を伏せた。
 誰かが言い出したわけでもないのに、ケルベロス達は全員が無言で黙祷を捧げげ、ギャラリーの入り口に足を向ける。
「……」
 最後尾にいたココは、無言で白い花を取り出し、リリスが触れた一輪挿しにそっと挿した。

 ――弔いの花を。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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