失伝攻防戦~夢に揺蕩う魂の系譜

作者:小鳥遊彩羽

 とある町の一角、家主を失い空き家となっていた一軒家の庭の片隅に建つ、小さな物置。
 その内部に満たされていたモザイクが、ふとした瞬間に消滅した。
 ――それは、今まで誰にも発見されることのなかった、ごく小規模のワイルドスペースであり、そのワイルドスペースが消え去った後には、ちょうど人一人が入れるくらいの大きさの、ガラスの棺が現れた。
 色とりどりの薔薇の花で満たされた棺の中には、高校生くらいの少女の姿。
 目を閉じて眠る少女はぴくりとも動かず、生きているのか、それすらもわからない。
 更に、異変はこれだけではなく。
 物置の外では魔空回廊が開き、中から一人の、見るからに異質で邪悪な雰囲気を纏った道化師風の男が現れたのである――。

●夢に揺蕩う魂の系譜
「皆、緊急事態だ!」
 慌ててケルベロス達に招集をかけたトキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は、それでもつとめて冷静に、今回の状況の説明を始める。
「皆がジグラットゼクスの『王子様』を撃破したのと時を同じくして、東京の上空5000メートルの地点にジュエルジグラットの『ゲート』が現れた。そして、……そのゲートから、『巨大な腕』が地上へと伸び始めたんだ」
 この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高い――そう、トキサは告げた。
 おそらく、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配するための最後の一撃だったと考えられる。
 だが、ケルベロスが『創世濁流』を阻止したことで、その目論見も食い止めることが出来たのは幸いだろう。
 しかしながら、この『巨大な腕』自体が大きな脅威であり、これを倒すには全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)を発動させる必要がある程の規模と言っても過言ではない。
「でも、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦い、そして皆が勝利を収めることが出来れば、それはすなわち、ドリームイーターに対する致命的な一撃ともなる」
 無論、この状況はドリームイーター側も理解しており、ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、このジュエルジグラットのゲートに集めるべく動き出したのだとトキサは続ける。
 敵が回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって探索が進められていた、『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だ。
 本来ならば、こちらの介入の余地がないタイミングで回収が行われるはずだったのだが、ケルベロス達が日本中で探索を行った結果、この回収のための襲撃を予知し、連れ去られる前に駆けつけることが可能となった。
「ここまで言えば、後はわかるよね? ……そう、ドリームイーターがこの失踪していた人達を利用してジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、回収に来たドリームイーターを撃破して救出してきてほしいんだ」
 戦いの舞台となるのは、とある町の一角。
 長年一人で住んでいた家主が亡くなり、空き家となった一軒家の庭先だ。
 そこには古い物置があり、その物置の中に、ドリームイーターが回収しようとしている、『失伝したジョブに関わりのある人物』が凍結処理を施された上で囚われている。
「そこに現れるのは、クラウン・クラウンと呼ばれる、道化師風のドリームイーターだ」
 クラウン・クラウンは、ジグラットゼクス『継母』配下の道化師であり、言わば『継母』の手足のように働く特殊部隊の総称なのだという。悪の道化師らしく狂ったような性格をしているが、総じて『継母』への忠誠度は非常に高いという性質を持っているらしい。
 そこまで説明した所で、一つ気をつけてほしいことがあるとトキサは続けた。
 戦闘中に敵が『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合、『失伝したジョブに関わりのある人物』を魔空回廊からゲートに送り届けようとする可能性があるのだという。
 この行動には2分ほどを要し、その間敵は全くの無防備になるため、言うまでもなく戦闘はこちら側にとって有利になるだろう。
 創世濁流の失敗と『王子様』の撃破によりドリームイーターが大きな打撃を受けた今こそが、ドリームイーターとの決戦の好機と考えて間違いはない。
「まさか、失伝ジョブの探索がこんな事態になるとは俺も想像していなかったけれど、ドリームイーターにとっての切り札をこちら側のものにすることが出来れば、きっと、皆の大きな力になるだろう」
 だからどうか、敵を倒して囚われた人を助けて欲しい――そう言って、トキサはケルベロス達に後を託した。


参加者
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

 ケルベロス達が現場へ到着した時、既に物置の扉は開け放たれ、中に『誰か』の気配があることは明白だった。
「それ以上の無礼は許しませんよ、クラウン・クラウン」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)の冷えた声を聞き届け、物置の中から道化師風の男が姿を見せる。
「おやおやァ? ケルベロスの皆々様方ではアリマセンかァ!」
 大袈裟な身振り手振りを交え、下卑た笑みでケルベロス達を舐め回すように見やるクラウン・クラウン――道化師。
「見つけたぞ、誘拐殺人の現行犯退治だ!」
 その姿を認めるや否や、姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)が素早く自前の拳銃を突きつけた。
「やらいでかーっ!」
 ロビネッタの銃から目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸が、戦いの始まりを告げる。同時にケルベロス達は散開して自ら定めた位置につき、
「くらえにゃーっ!」
 素早く続いた深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)が飛ばした石礫が、続け様に襲い掛かった。
 半ば不意打ちに近い形で二人の攻撃を受けることになった道化師は、けれど動じる様子もなく身を捻らせ、ケルベロス達の後方に回る。
「いきなり攻撃とは卑怯じゃないでしょうかねェ!」
「こいつ、すごく気持ち悪いにゃ! でも、……強そうにゃあ……」
 ふさふさの尻尾がぺたんとなりそうな勢いで、雨音が道化師への畏怖を露わにする。次の瞬間、菫をモチーフとしたフィルムスーツとアームドフォートで武装したシルク・アディエスト(巡る命・e00636)が、すっと息を吸い込んだ。
「花の鎖は艶やかに。心に絡みつけば、ほら、もう目が離せない――」
 紡がれた音の葉によって術が発動し、シルクの周囲に幻影の菫がふわりと綻ぶ。それを目にした道化師が狙い通りにシルクに意識を向けた直後、死角から迫った人首・ツグミ(絶対正義・e37943)が、星の煌めきを帯びた重力を足先に纏わせて蹴り込んだ。
「……予想したよりも、効いていないみたいですねーぇ、怖いですねーぇ」
 思う程手応えが得られなかったらしい素振りを見せるツグミに、道化師はニタリと哂う。
「おやァ、ケルベロスともあろうお方が、このワタクシ如きを怖いなどと仰るので?」
「眠り姫の迎えは、下賎な道化には務まりませんよ」
 口の端を歪める道化師との距離を素早く詰めたアレクセイは、想いを灯した竜槌を砲撃形態へと変え、唸る竜の咆哮を迸らせた。
「貴方達の跳梁跋扈を捨ておけなど、決して出来ません」
 言い放つシルクと並び物置を背に立ったアレクセイはちらりと背後を振り返る。
 棺は確認出来るものの、中にいるはずの少女の姿は見えない。だが、外へ流れてくる空気が底冷えするような寒さを孕んで背筋を撫でていくのを感じた。
「ワタクシには大事なお仕事があります故、遊んでいる訳にもいかないのですよォ」
 少女の回収よりもケルベロス達の排除を優先した道化師が振るう大鎌の乱舞はシルクを交えた前衛へ。シルクは勿論、同じく盾役を担うジエロ・アクアリオ(星導・e03190)と彼の相棒たる箱竜クリュスタルスも同様に、乱れ舞う刃から攻撃手達を守るように立ち回る。
「クリュ、頼んだよ」
 掛けられた声に応じ、クリュスタルスがジエロに送るのは自らの属性。それを受け取ったジエロも癒しの力持つ薬液の雨を前衛へと降らせて。
(「救える命は救いたい、が……。冷静な判断を求められるという状況はあまり好きではないなあ」)
 道化師に悟られぬよう内心でこっそり溜息をつくと、ジエロはすぐに気持ちを切り替え、道化師の動向を探るように見つめた。
 目指すは最良の結末――そのために力を尽くすのみ。
(「さて、上手く騙されて下されば良いのですけれども」)
 チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)は花綻ぶ妖精の靴を相棒にステップを刻み、癒しの花弁で仲間達の状態異常ごと振り払う。
「皆さん、敵はかなりの強敵のようです! どうかくれぐれも、油断なさらぬよう……!」
 仲間達へと切迫した声を届けながら、大成・朝希(朝露の一滴・e06698)は黄金の果実の光を仲間達へ注ぐ。
 遥かな昔、この星を守り続けた誰かに繋がる糸。
 そして、いつか手を携えるかもしれないひと。
(「あんな冷たい手に、何も掬わせるもんか……!」)
 朝希は灰の瞳に力強い光を宿し、胸に灯る確かな想いを言葉に乗せた。
「渡しません――絶対に!」

 守りと癒しに重点を置きながら立ち回るケルベロス達。対し、目的の遂行のために容赦なく攻め立ててくる道化師。
 その戦いの様子は、傍から見ればケルベロス達が圧されているように映っただろう。
「くっ……!」
「大丈夫かい、シルクくん」
 モザイクの刃で切り裂かれ苦悶の声を漏らすシルク。盾であることに加え怒りの効果で標的とされる場面は多く、最も消耗が激しいのがシルクだった。
 そんな彼女へ声を掛けるジエロも、ディフェンダーゆえに被弾は多く、肩で息をしていても不自然ではなかっただろう。
「はい、予測以上にダメージが大きいです。これでは、……保たないかもしれません」
「少し、きついかもしれないね。チャールストンくんと私だけで支えきれるだろうか……」
「……でも! まだまだこれからだよっ」
 焦燥の滲む声を落とすジエロに、ロビネッタが自らにも言い聞かせるように檄を飛ばしながら、リボルバー銃の引き金を素早く何度も引いた。狙い通りに弾痕で『サイン』を描くことは叶わなかったが、無数の弾丸が道化師の身体に文字通り穴を開ける。
「まさか『継母』の手の者がこれ程までとは……」
 星の礫で敵の攻撃の威力を更に落としつつ、アレクセイはまるで自分達の敗北をも覚悟しているような、悲哀に満ちた眼差しを道化師へ向ける。
 ケルベロス達の『弱音』を聞いた道化師は、殊更に笑みを深めた。
「妨害手相手は流石に苦しいですね……! ですが、諦めるわけにはいきません!」
 芽吹くことのなかった種と蕾の幼き子らを皆の剣に破剣の力として寄り添わせながら、零した朝希の言葉には本音も含まれていたけれど。
 音もなく踏み込んだツグミは釘を生やしたエクスカリバールを道化師の頭目掛けて振り抜くが、紙一重で躱されてしまう。
「……これ、勝てますかーぁ? 本当に大丈夫ですかーぁ……?」
 好転しない事態に、ツグミの声にはほんの少しの苛立ちが滲んでいた。
「おやおや、皆様喧嘩は宜しくアリマセンよォ」
 おどけた調子の道化師が、次に狙いを定めたのはシルク――ではなく、雨音だった。
 下劣な笑みの形に歪んだ顔で、一直線にモザイクの刃を滑らせる。
「にゃっ……! こ、こいつ、気持ち悪いくせに、強いにゃ……っ」
 僅かに怒りと盾の力が及ばず、モザイクの刃で貫かれる雨音。威力が落ちているとは言え、デウスエクスの攻撃が齎す痛みは、すぐさまチャールストンが放った気力のオーラを受けても容易く受け流せるようなものではなく。
「大人しくなさってもよいのですよォ、可愛らしいタヌキさん?」
「――っ!」
 レッサーパンダであることを誇りに思う雨音にとって、タヌキやアライグマに間違えられることは大層屈辱なことであった。
 いつもならば、雨音は地雷を踏み抜かれたこの時点で怒涛の攻撃に転じていたであろう。だが、今は大事な『作戦』の最中だ。
「くっ……覚えてろにゃ……!」
 まるで懸命に痛みを堪えるかのように身体を震わせながら雨音は燃え盛る怒り(の一部)を声に出し、自らを癒す力に変える。
「失伝とかジグラなんとかとか、そんな難しいことはいいの! あたしは目の前の人を全員守る! 絶対に、助けるんだから!」
 心からの叫びと共に、ロビネッタが放つのは物質の時間を凍結する弾丸。
「せめて、突破口が見えれば……!」
 朝希がジグザグに変形させたナイフの刃を突き立て、これまでに皆で付与した状態異常を一気に増やすと、
「……おやァ?」
 道化師が一瞬訝しむような気配を瞳に宿す。
「私のことを忘れていただいては困ります」
 だが思考する間など与えないと言わんばかりに、高速演算を終えたシルクが見出した構造的弱点を痛烈に打ち据えた。
 ジエロとクリュスタルスが雨音の傷を癒し、踏み込んだアレクセイが緩やかな弧を描く斬撃を見舞って。
(「薔薇の棺の乙女……必ずや守ってみせましょう。その為の私達です」)
 薔薇で満たされた棺に眠る少女と帰りを待つ愛しい姫を重ね、アレクセイは胸を痛める。
 彼女を護ることが愛しの姫を守ることに繋がるならば――救う以外の選択肢などあり得なかった。
 未だ目覚めを知らず眠る少女に対する最後の手段、その覚悟もある。
 だがそれ以上に、最後まで諦めずに戦うことを選んだ仲間達が共に在る。
(「だから、私達は負けない」)
 その時、ゆらりと道化師に近づいた影は――ツグミのものだ。
「本当にぃ……怖いですねーぇ。恐怖のあまり、食べちゃいそうですぅ」
 くふ、と、狂気を孕んだ笑み零し、ツグミは道化師の肉体を抉るように右手を突き立てた。『そこ』から得られる物は全て純粋なエネルギーとしかならないが、これまでの攻防で削られたツグミの生命力を補うには十分。
 そして、道化師もまた次なる手に打って出た。しかし攻撃ではなく――。
「ヒ、ッ……ヒャハ、笑わせますねェ! この程度の力でワタクシを倒そうなどと!」
 道化師のけたたましい高笑いが響く。それを聞きながら、チャールストンは懐に忍ばせていた爆破スイッチをなぞった。
 我々が『守る物』は一体何なのか。『命』か、『任務』か、それとも『両方』か。
 チャールストンは胸中で独りごちる。
 例えば『合理的』に行動するのなら、敵の戦力を増強する要素となりうる少女は排除一択なのだろう。けれども、『非合理的』な心はそれに抗う。
(「あの娘が誰かに取られるくらいなら、いっそこの手で……みたいで嫌じゃないですか」)
 少女がいつかケルベロス達の敵として立ち塞がるならは、その時は何一つ容赦はしない。けれど『今』の彼女はそうではない。まだ、救うための道は残されているはずで、その道を探るために自分達はここに来たのだから。
 ――自らを癒す手を選んだということは、敵もそれなりに消耗しているということ。
 そう判断したケルベロス達は互いに視線を交わし、そして小さく頷き合う。
 チャールストンが改めてスイッチを押すと同時に爆発が起き、色鮮やかな風が仲間達の背を押した。
「なっ……!?」
 道化師がそこで初めて驚愕の表情を浮かべる。
 それは紛れもなく、反撃の狼煙だった。

 敵が少女を転送させるまでの時間を可能な限り稼ぐため、ケルベロス達は敢えて自分達が苦戦している風を装い、戦いに臨んでいた。
 そして道化師は、己が優勢だと思う内に力を削がれていたことに気づかなかった。
 だが、無論全てが演技とは行かず、特に多くダメージを重ねていたシルクなどはいつ倒れてもおかしくない状況にまで陥っていたが、手厚い癒しの力によって辛うじて持ち堪えていた。
 爆風で攻撃力を高められた攻撃手達が一斉に反撃に転じる。
「よくも間違えてくれたにゃああああああ!!」
 先程からめらめらと燃えていた怒りを獣化した両手に込めて、雨音は柔らかくて高反発な肉球で相手の急所へ無数のパンチを打ち込む。蓄積された衝撃が内勁により内部から一気に爆ぜ、道化師のモザイクが散らばったのを見て、ジエロは水瓶の杖をファミリア――白黒の蛇に変えて解き放った。
「騙し合いは、どうやら私達のほうが上だったと考えても……良いのかな?」
「貴方には、ここで終焉を迎えて頂きます」
 尚も増える道化師の戒めを更に増やすべくシルクが影の如き斬撃で密やかに急所を掻き斬り、鋭い刃のような声を向ける。
 道化師が次なる手に移るより早く、ツグミがガントレットに内蔵されたジェットエンジンで急加速し、重い拳撃を叩きつけた。
「道化師さんのーぉ、綺麗……でもないお顔がーぁ、台無し、ですねーぇ」
 ツグミの笑顔はどこか底知れぬ狂気を孕んでいて。
 一気に畳み掛けられ、道化師はようやく察したようだった。
「成る程、道理でしぶといと思ったら遊ばれていたのはワタクシの方! ですが、ワタクシも命が掛かっておりますのでねェ!」
 そして、ついに『その時』が訪れた。
 だが、ケルベロス達は勝利を確信していた。
 道化師の瞳が妖しく輝き出すと同時に、物置に置かれたガラスの棺にも光が満ちる。
「――させませんっ!」
 朝希がハエトリグサめいた捕食形態へと変形させた攻性植物を解き放ち、無防備になった道化師にありったけの毒を注ぎ込むと、
「……絶対に、当ててみせる!」
 残された僅かな時間の中、慌てず冷静に、ロビネッタは愛用の銃の引き金を引いた。
 放たれた弾丸は地面を弾き、死角から道化師を貫く。
 とうとう耐えきれずにその場に膝をつく道化師。だが、それでも尚少女の転送を完了させようと足掻き、そこへアレクセイが静かに狙いを定めた。
「貴方の負けですよ、道化。――師を穿つ死の矢にて、安らかなる眠りを」
 星詠みの唇が紡ぐ魔法の言の葉に誘われ、宇宙の翼に浮かぶ輝きが瞬いて落ちる。
 英雄が放った死の矢尻が道化師を貫いて、星が流れるように淡く儚く――夢喰いの男に、永遠に醒めぬ眠りを齎した。

 道化師を退けた後、ケルベロス達は真っ先に少女の安否を確かめた。
 ガラスの棺から出すことは叶ったが、どれほどヒールを重ねても、少女は目覚めることがなかった。
 わかるのは、少女の命がまだ失われていないことだけ。
「にゃ……大丈夫なのかにゃあ」
 雨音が心配そうに少女の顔を覗き込み、ロビネッタもそわそわと落ち着かない様子で。
「私達の力でどうにもならないとなると、病院では恐らく対処のしようがないだろうから、一先ずケルベロスとして保護に当たるべき、かな」
 ジエロの言葉に、シルクも真剣な表情で頷く。
「きっと、大丈夫です。まだ、助かる道は残されているはず……」
「早く起きて下さらないと……食べちゃいますよーぅ……なーんて」
 冗談とも本気ともつかぬ言葉をぽつり、ツグミはどことなく楽しげに笑って。
「ちゃんと、お逢いしたいですから、どうか、目を覚ましてくださいね」
 朝希が優しく少女へ語り掛けると、寄り添うようにアレクセイが身を屈めた。
「どうかお目覚めを。世界は貴女を歓迎しています」
 捧げたのは、確かな願い。
 仲間達の声に耳を傾けながらチャールストンは一人物置の外に出て、ヘリオンの迎えを待つ傍ら煙草に火をつけた。
(「……『任務』を第一に考えられなかった自分は……、――いえ」)
 吐き出した曖昧な味の煙と一緒に彷徨う思考を掻き消して、今は少女の行く末を想う。
 世界から退場するのは、今ではない。
 ――夢の終わりは、目覚めであるべきなのだから。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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