●夢幻
――大切な君に、無限の夢幻を贈るよ。
軽やかな筆跡がそう綴るカードと、大きさも見た目もウズラの卵に良く似た鉱石を枕辺に飾った寝台で、この上なく幸せそうな笑みで眠っていた少女が目を覚ました。窓から見える外界は淡い群青に柔い白の朝靄が揺蕩う早朝、部屋もそれなりに冷え込み、卵に似た鉱石もひんやり冷たいはずなのに、それを手に取った少女の頬がほんのり薔薇色に染まる。
「いい夢見たなぁ……ふふ、きっとお兄ちゃんがくれた君のおかげだよね」
指先でくるり廻らす卵めいた鉱石、その割れ目の中には無限の夢幻という言葉そのものを思わすオパールの煌きが覗く。極上の幻想をぎゅうっと詰め込んだような、虹の遊色。
地中で育まれたオパールを母岩ごと採掘したカンテラオパール、その母岩を卵のかたちに研磨したものが、少女が手にする鉱石だ。
色鮮やかな極楽鳥が遊ぶ南国の楽園、霧氷と雪花が咲く氷の王国。
少女は夢で見た世界を卵に語り聞かせて、
「君の中にそんな夢幻があるのかな……ねえ、いつか孵化するの?」
幸せな光を瞳に湛え、見ているほうが幸福になれそうな笑みでそう続けた。卵の贈り主へ彼女自身も気づかず抱いているだろう、『お兄ちゃん』以上の気持ちさえ見えるような。
だから当然だった。
前触れもなく現れた奇妙な女達に卵を奪われ粉々にされ、少女が激情を表したのは。
「ひどい……! 従兄のお兄ちゃんが誕生日にくれたのに……大切に大切に、ずっとずっと大切にしていくはずだったのに! こんなの酷すぎ――」
悲しみの涙に濡れた瞳に怒りが煌いたその瞬間、二人の奇妙な女達、パッチワーク第八の魔女ディオメデスと第九の魔女ヒッポリュテが少女の心臓を鍵で穿ってけらりと笑う。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
奪われた感情から生まれたオパール色の何かがふたつ、悲しみと怒りの産声をあげる。
けれどこのままでは、少女が抱いているだろう淡い恋心が、孵化を迎える日は来ない。
●孵化
悲しみから生まれたのは氷の少女姫。
そして、怒りから生まれたのは焔の極楽鳥。
「どっちもね、綺麗なオパールの煌きみたいなモザイクを透かすドリームイーターだよ」
予知を語った天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はそう続け、ケルベロス達を見回してぱたりと尾を揺らす。
高原の別荘地での、早朝の出来事。
魔女達は既に姿を消し、新たに生まれた氷の少女姫と焔の極楽鳥だけが周辺のひとびとを襲うべく外へ出るが、幸いにもひとけが無いため被害が出る前にこの二体の捕捉が可能だ。
「だからさ、今のうちに倒して欲しいんだ」
二体とも倒せば、悲しみと怒りを奪われ意識を失っている少女も目を覚ます。
朝靄のかかる高原の早朝、朝露あるいは夜露に濡れた草原での戦いになると遥夏は告げ、
「だけど視界はちゃんと通るし、あなた達ケルベロスなら朝露で足を滑らせたりするようなこともない。戦いの障害になるものは無いって考えて。ただ、敵は油断できる相手じゃないからね、全力でお願い」
あなた達が憂いなく戦いに集中できるよう、避難勧告とかの手配は僕が調えておく――と揺るぎない眼差しを皆へ向けた。
敵は力あるドリームイーター二体。これが連携して戦うのだ。
「戦闘になれば前に出て来るのは焔の極楽鳥、氷の少女姫は後衛で戦うみたいだけど、双方かなり攻撃的な感じだから、クラッシャーとスナイパーだろうね」
其々に炎と氷の技を揮い、それらを増加させる技も持つだろう。
更に二体ともが標的をオパール化させる魔法を使う。つまり、石化魔法だ。
「対策を怠ったり、こっちの戦術や連携が巧くいかなかったりしたら苦戦すると思う。けどあなた達なら確り二体とも撃破してくれる。そうだよね?」
挑むような笑みに確たる信を乗せて、遥夏はケルベロス達にヘリオンの扉を開く。
さあ、空を翔けていこうか。奪われた感情から生まれたオパール達のもとへ。
奪われたものを取り戻せば少女は目を覚ます。
そしていつか孵化を迎えるだろう。淡い恋心だけでなく。
無限の夢幻もきっと、卵を贈られた彼女が自分自身の裡に抱いたものだろうから。
参加者 | |
---|---|
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) |
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
八柳・蜂(械蜂・e00563) |
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455) |
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755) |
鷹野・慶(蝙蝠・e08354) |
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084) |
●抱卵
淡い群青色が彩る高原を朝靄が撫ぜた。
澄んだ水に数滴のミルクを落としたようにけぶる朝靄の中、曙光の恵みもまだ浅い世界でエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)が光を繋ぐ星籠のヒンメリに触れたその瞬間、朝靄の先に焔と氷を思わすオパールの煌きが現れる。
あの傀儡達が在る限り、心も恋心も『あの子』が抱いたまま永遠に孵らぬ卵の中。
魔女達が奪ったのは心でも恋心でもなく。
「あの子の悲しみと怒り、返してもらう」
「あの子が温めた夢想を、孵すためにね」
敵が此方に気づくより先の開幕、それは誰もの目を奪うような光景だった。
銀の矛に稲妻を凝らせたエヴァンジェリンの槍撃、続け様に嘆きを思わす風切音を引いたゼレフ・スティガル(雲・e00179)の刃が翼めく銀炎を纏って焔の極楽鳥へ襲いかかる。
焔色の裡にモザイクの遊色踊らす鳥、燃えるオパールの鳥を鮮烈な雷光が貫き、逃れんと広がる焔の翼を銀の炎が抱擁する。
だが銀槍の稲妻も銀炎の片翼も当たりは浅め。自身の稲妻突きは更に分が悪そうだと視た八柳・蜂(械蜂・e00563)は穂先へ地獄の紫炎を燈し、焔の鳥に紫の輝きを叩き込んだ。
途端に朝靄の高原に舞った真白な吹雪はレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)とルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が解き放った無数の紙兵、互いの分担を心得ているからこそ一瞬の迷いもなく、前衛と後衛に加護を齎した――刹那。
焔の裡でモザイクが煌きを増す。
氷の少女姫が冷たい遊色揺れる指先を翻す。
凍てる虹を秘めた波と、全てをオパールへ置き換えんとする輝きが前衛陣を呑み込んだ。
弾ける氷の飛沫、朝靄に躍るオパールの煌き。仲間の盾になった雪色ウイングキャットの耳が凍り尾がオパールに換わるが、それでも墜ちず羽ばたく姿に安堵の息をつき、
「鳥も姫様も、見た目だけじゃなく技まで綺麗なもんだな。腹立たしいくらいに」
「少女の心も美しいのだろうな。それを蹂躙した魔女共は卑劣の一言に尽きるが」
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が確実な狙撃点を獲って放つは黒き鶫の残滓、漆黒が焔の鳥を捕えた次の瞬間に、狙いも精神も研ぎ澄ませた勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)の意志の力が焔の翼を爆破する。
朝靄に焔色のオパールの煌きが散る様はまるで世界が乳白のオパールと化したよう。
だがアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は己の裡で揺らめく焔のごとき思いも願いもオパールでなく硬い卵の殻へと封じ、朝露散る草原を馳せた。
失敗作を意味する名。それが自分を戦いから遠ざけるための愛情だなんて解ってる。
「それでも戦いから身を引くつもりはないから――お相手願うわ、氷のお姫様!」
精鋭たる彼女でも手持ちで最も命中率に劣る初手のペトリフィケイションは躱された。
けれど皆が焔を撃破するまで氷を惹きつけ抑えるのが己の役目、ゆえに怯まず手繰る技は殲滅の魔女の物語。
――鉛から天石に至り、情に餓えた獣よ喰い破れ!
朝靄よりも冴ゆる氷霧、それが狼となって氷の姫へ喰らいつく様を視界の端に捉えつつ、真っ向から焔の鳥へ相対したレーグルは炎の紋様踊るナイフを翻す。怒りに燃え立ち複雑な想いのごとく遊色を揺らめかす焔の鳥。
魂の奥底で王者のごとき炎竜が大切に卵を抱く姿が萌す。
「だが、我の卵は――」
萌したものを振り払うよう解き放つのは刃に映す惨劇の魔法、襲い来るそれに怒りの声を上げた焔の鳥へ彩子がバスターライフルの照準を合わせるが、背筋に冷たい何かが落ちた。
銃はあれど、撃ち出すべき術が無い。
僅かな逡巡。しかし敵はその隙を見逃さない。
気づけば彩子の視界全てがファイアオパール、鳥の火球が直撃したと悟った瞬間、全身の血が沸騰を超え蒸発するとも思える灼熱に襲われ、体力の過半が灼きつくされる。続け様に撃ち込まれるのは正確無比な少女姫の刃。
だが間一髪で蜂が射線に身を躍らせ、纏う紅華で斬撃の威を殺した。
「すまない、助かった!」
「炎も庇えれば良かったけど……でも力及ぶ限り、護ります。ルーイさん、彩子さんを!」
「勿論! 力ある敵だってのは端から解ってたしね、僕の治療態勢も万全――ってね!!」
裂帛の叫びで自己回復を図る彩子だが到底足らず、即座にルードヴィヒが施術にかかる。魔術切開は流れるように、癒しの共鳴は高らかに、縫合する魔力の糸は釣り糸を手繰るよう確実に。明るい彼の声と雪色翼猫の羽ばたきを背に受け、蜂は焔の鳥の懐へ舞い戻った。
――あたたかさを、ちょうだい。
凍てる吐息で囁けば、雪とも花とも見ゆる嵐が焔の鳥を呑み込み胸を凍らせる。
「行けるね、エヴァ君」
「任せて、ゼレフさん」
琥珀越しの眼差しが白金の髪に咲く芙蓉を捉えたのは一瞬のこと、高速演算の解が示した焔の翼の付け根をエヴァンジェリンが痛烈に穿つと同時、経験で研ぎあげた技量でゼレフが揮った銀の刃が焔の鳥に氷の軌跡を引いた。
温かで幸福だったろう抱卵の時間。抱いた夢想は、つまるところ未だ見ぬ未来。
焔の鳥を見据えて笑む。先の無限へ、
「――飛び立つべきは、君じゃない」
●胎動
淡い白にけぶる朝靄をモザイクの輝きがオパールの遊色に染める。
朝露散る草原に凍てる飛沫を散らし、遊色踊る氷の波が襲い来る。
悪いひとね、と魔女達に向けて呟きひとつ零すとともに、蜂は後衛へ差し向けられた波を己が身で受けとめた。芯まで凍える光に呑まれる。頬を伝う煌きがたちまち凍りつく。
「悲しくて流す涙なんて、ただ冷たくて痛いだけだもの」
――なんて。
自嘲めいた笑みを唇に引いたのも僅か一瞬、煌くモザイクに呑まれた後衛へ冷えた指先を踊らせ、柔らかな癒しの雨を喚ぶ。薬液の煌きがオパールの遊色を洗う世界の側面から迸る漆黒はアリシスフェイルが撃ち込む残滓の槍、氷の姫の脇腹を貫く槍が三重の毒で冒す。
あらゆる方向から撃ち込む炎や氷に毒、だけど。
「ったく、つれないお姫様ね!」
其々が好き勝手に攻撃する敵ならともかく、連携攻撃で戦う敵を切り崩すには足りない。
氷の姫を抑えるなら行動阻害や攻め手を鈍らす術に徹する方が有効だったろうし、皆から彼女の気を逸らすのなら怒りで己へ矛先を向けさせるのが確実だ。
「ならば、我が氷の姫へ怒りを注ごうぞ」
皆へそう告げたのはレーグル。
朝靄を貫く火球を騎士鎧の援けを得たルードヴィヒが時空凍結弾で相殺したのを好機に、世界で唯ひとりレーグルだけが抱く瞋恚の炎、両腕に青白く燃え上がったそれを氷の姫へと放つが、姫はふわりと跳んで彼の瞋穢から逃れた。
敵の回避率を落とせるのは慶のレゾナンスグリードのみ、それが焔の鳥までしか届かない現状、姫相手に確たる命中が望めるのは狙撃手くらいか。個体での戦闘力なら敵が格上だ。
けれど、仲間へ機を繋ぐには十分だった。
「今のうち! 思いきり撃ち込んじゃって!!」
「ありがとルーイ! 抑えるわ、何としても!」
皆の支援に徹するルードヴィヒが九尾扇で朝靄を薙げば生まれる朧な幻、あやかしめいた幻影を連れて姫の背後へ躍り込んだアリシスフェイルは蜂蜜色の双眸を強気に煌かせ、古の言葉を紡いで光を放つ。
一条の光が姫の背を撃ち抜いた瞬間、氷の背から右肘までが四重の石化に染まる。
翻されたのは氷の左手。だが、氷の刃が覗いた途端、左手の指も彩なき石へと変わった。
「チャンスだな、この流れのまま行ければ……!」
「ん、一気に片を付けてしまいたいとこっすねえ」
――目覚めろ地獄! 顕現せよ炎!
迷わず焔の鳥の懐へ跳び込んだ彩子はその腹へ触れると同時、右腕に燃え上がった地獄の紅蓮を爆ぜんばかりの勢いで流し込む。横合いからゼレフが叩き込んだ沈まぬ夜の大剣にも彼の地獄が燈って、焔の鳥を更なる輝きで染める。
鮮やかな輝き、華やかに踊る遊色。
灼けつくような羨望を覚えるのは、慶自身の卵の中身がどんな彩を持つか判らぬから。
理性は間違っていると叫ぶのに希い続ける望み、持つことさえも苦しくて、露わにしたくないのにいつか孵化を迎えるだろうそれ。孵化すれば後悔するのか、それとも。
いっそ、今のうちに殻ごと握り潰してしまえば――!!
膨れあがる感情の代わりのように解き放った黒き鶫の残滓が大きな翼のごとく広がった。どろりと流動する黒き翼が焔の鳥を呑む様は握り込む様にも見えて。
伝わってきたのは、ぐしゃりと握り潰すような、会心の、手応え。
「行けるぜ! 潰しちまえ!!」
「ええ。仕留める、わ」
響いた慶の声に応じてエヴァンジェリンが地を蹴った。
最期の足掻きとばかりに焔の鳥が放ったオパールの輝きをその身を飾る歓喜の歌の加護で潜り抜け、宝石になる気はないの、と小さく笑う。だってもう心の最奥に宝石がある。
泣きたくなるくらい眩い歓喜。
あの日、唯ひとりがくれた、唯ひとつの言葉。
砕けた心を繋ぎ止め、エヴァンジェリンを生かし戦場を駆ける力ともなる、ひかり。
それがアタシのオパールだから。
「オルヴォワール、オパールの、鳥」
――祈る時間は、あげない。
揮うは銀の槍、真白な梟の爪、光の斬撃で焔の鳥を散らし、奪われた怒りを解放した。
瞬間。
「エヴァンジェリン殿、下がられよ!!」
「……! アリガト。流石に、スナイパーのは、避けきれない」
劈くような哀しみの悲鳴とともに氷の姫が迸らせたのはモザイクの光、咄嗟に盾となったレーグルの角がオパールへ換わるが、紙兵の加護で王者の角を取り戻した竜の戦士は姫へも惨劇の魔力を撃ち込んだ。命中率のみで選ぶならブレイズクラッシュは選択肢に昇らない。
前衛陣に残る煌きを押し返すべく、ルードヴィヒが癒し手の浄化を乗せた紙兵の紙吹雪を踊らせる。冷たく煌く氷の姫へ、紫の輝きを連れた蜂が躍りかかる。ゼレフが銀炎の片翼で抱擁する。
――命ず、眇たるものよ転変し敵手を排せ。
古の言の葉が慶の口から踊れば草の上に弾けた朝露が美しい鳥へ変じ、氷の胸を貫いた。
ああ、と眩しいような泣きたいような心地でルードヴィヒが笑む。
孵らぬ卵は腐るだけ。解ってはいても己の殻を割る勇気はなくて。
けれどそれはきっと、自分だけではなくて。
たとえ、己の卵の孵化を望まぬ者や望めぬ者の方が多いのだとしても。
少女の抱く夢や想いが孵る未来のために戦う仲間達の姿が、焔の鳥よりも氷の姫よりも、彼らが揮う魔法よりも――綺麗だと思うから。
●孵化
口にする誓いが孕むものを己だけが識っている。
燈る地獄の炎さえ羽根雲のように柔くたなびく、ちぎれ雲が空を流れるような旅路。
けれど旅の景は変わりゆき、徐々に己の在りようも変わりゆく。その感覚に柔く笑んで、朝靄を裂いて飛来した氷の刃を銀の刃で弾いたゼレフは褪せた冬色翻し、返す刃で氷の姫を斬り裂いた。浴びるのは返り血でなく、煌く何か。
粉々にされた卵のかけらは部屋で意識を失った少女の傍に散らばったままのはずだ。
だからこれは、氷の煌きが見せたただのまぼろし。
割れた卵の殻と見えたひとひらを掬ったのは、きっと。
「それにしても、敏捷耐性があるとはいえ格上スナイパーの刃を防げたってことは――」
「よーやっと姫様にも捕縛が効いてきたってことだろうさ」
知らず零れたらしい彼の言葉に慶が不敵な笑みで応じた。
他の仲間も捕縛や足止めの技を使うものと思っていたが、仲間の多くは炎や氷などでより痛手を深め麻痺や石化を重ねる方針で戦っている。
敵を捕縛できるのは慶ひとり、足止めを使う者に至っては皆無。
翼猫と力を分け合う彼のみでは理想とするほど重ねきることはできなかったが、
「ま、そろそろいいか。あんたよりキツい凍気が行くぜ、姫様!」
狙い澄ましたネイルガンから撃ち込むのは冴えたアイスブルーの釘、雪さえも退く凍気で穿たれた氷の姫に蒼く煌く罅の花が咲く。間髪容れず重ねられたのは銀の矛に稲妻纏わせたエヴァンジェリンの神速の槍撃。罅の花が眩い金に光る。凍てるオパールの遊色がひときわ鮮やかに踊る。
――私の悲しみや怒りからもこのように美しいものが生まれるだろうか。
ふと脳裏をよぎった思いを封じて、彩子は己が地獄の紅蓮を鉄塊剣に乗せて打ち下ろす。怒りはともかく、悲しみはとうに怨みで灼きつくされた。怨む相手が竜であったか否かも、燃える地獄の彼方。
悲しげな苦痛の声を洩らす氷の姫。
可憐なその姿を見れば迷い子を迎えに来た心地にもなるけれど、氷の姫は奪われた悲しみそのものではなく、少女の悲しみを不当に捕えるドリームイーター。ならば取り戻すまでとレーグルが刃のごとき蹴撃を打ち込めば、砕けた氷の腕から輝きが溢れだした。
「蜂君!」
「大丈夫、動けます。――たぶん」
反射的にゼレフの分までモザイクを引き受けた蜂の左腕が肩までオパールに換わる。
「僕に任せて! 念には念を、ってね!」
白い鳥の群れを一斉に羽ばたかせるようルードヴィヒが解き放つ紙兵が彼女の二の腕からオパール化を解いた。乗せるのは癒しと浄化ばかりでなく、皆の背を押す気持ち。
大切なモノをなくして素直に悲しみや怒りを表せる少女が羨ましくて、だからこそ少女が嬉しい煌きを孵化させるのを助けたくて。
だからどうか、と願う彼の想いごと、アリシスフェイルが魔力を織り上げた。
滅ぼされてしまった一族。
受けとめるのは皆の愛だけで、引き継ぐのは皆の誇りだけでいい。
なのに悲願も怨みも抱えたまま、彼女は今も戦場を駆け続ける。
憧憬、寂寥。己のものとも殲滅の魔女のものともつかぬ情が綯い交ぜになり融けあって、伝承でしか識らぬ彼女の心に呑まれそうになるけれど、胸元に咲く銀のクリスマスローズがアリシスフェイルを引き留める。
揮うたびに己を蝕むという技。たとえ命を削るのだとしても。
「身は削っても心はまだ――私の想いの卵は孵らせないわ」
だけど、少女の想いは孵って欲しいと思うから。
殲滅の魔女の物語から喚び覚まされた狼が姫の喉に喰らいつく。迷わず蜂が後を追う。
相手を石化させるなんて、まるで――。
氷の瞳を覗き、神話に遺る名を紡げば、左肘から先が紙兵の加護で元の色を取り戻した。揺らめく紫の炎、冷たい指先の爪を彩る、青。
凍てる吐息で囁く。指先で氷の姫を撫でる。
「少女の夢に、楽園に、王国に帰りなさい、それがいいわ。きっと」
冷たい花嵐に抱かれて姫は霧散し、奪われた悲しみも解き放たれた。
私の抱えた卵は砕けて割れて、もう何処にもありはしないから。
せめて、と呟けば、八柳殿もか、と何かを察したようにレーグルが苦く笑んだ。
朝靄の彼方で目覚める少女が、いつか幸福な孵化の時を迎えるよう願う。
――我の卵は、抱いて大切にしすぎて、割れてしまったのだ。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年12月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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