失伝攻防戦~眠りの一糸

作者:深水つぐら

●眠り
 それは朽ちた教会であった。
 もはや誰も通わず管理者も居らぬ教会は、崇めるものも逃げた廃墟であり、本来の機能は成し得ない。
 そんな教会の奥――懺悔室のひとつから歪な斑が剥がれ落ちる。
 扉も朽ちた空間に突如出現した硬質な万華鏡は、硝子の様に散らばり落ちると一基の棺を露わにした。
「あーあ、めんどくさいなぁ」
 かつり、と足音がする。朽ちた椅子を蹴ったのは、白い頭巾を被った少女だ。バスケットを肩に掛けてうんと伸びをした彼女は、懺悔室の前に立つとその中に眠る人物をまじまじと望んだ。
「さあ行こうか、『赤ずきん』様がお呼びだよ」
 にっと笑った彼女の腰には大きなマスケット銃が光っている。その光が棺の中に居る人物の顔を照らす――その顔は年の頃は十六、七の娘のものだった。
 寂れたステンドグラスから漏れた光は、彼女の髪が美しい金色だと教えてくる。人形と見紛う少女は棺の中で手を組んだまま静かに間を閉じていた。
「ちゃっちゃと済ませようね」
 もはや使われてはいない教会で起こった異変――夢喰いの口元が暗鬱な月と笑った。

●眠りの糸
 唐突な知らせであった。
 ギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は、ケルベロス達の姿を確認すると急いた言葉を続けた。
「立て続けに仕事だ。ジグラットゼクスの『王子様』を撃破した直後に、東京上空五千メートルの地点に変化が起きた。ジュエルジグラットの『ゲート』の出現だ」
 ゲート――その言葉にケルベロス達が様々な反応を見せるが、ギュスターヴはまだ先があると告げた。
 出現したゲート。その中から『巨大な腕』が地上へと伸び始めたのだ。この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高いという。
「本来はこの『ジュエルジグラットの抱擁』が創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する止めの一撃だったのだろう。だが、君らが『創世濁流』を阻止した事で、その目論見が外れた」
 なのに、出現した腕――東京上空に現れた巨大な腕は人々にとって物理的にも精神的に大きな脅威である。おそらく打ち破るには、全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模だろう。
 しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝てばドリームイーターに対して致命的な一撃を与える事ができるはずだ。勿論、この状況はドリームイーター側も理解しているだろう。
「そこで奴らは切り札を切った。それが今回の目的である『人間』だ」
 ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達の切り札――それはとある人間達を、急遽ゲートに集めるというものだった。
 そのとある人間達こそが二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝ジョブに関わりのある人物』達だという。
 彼らはドリームイーターの手でワイルドスペース内に保存されており、来るべき時に利用されるはずだったのだ。
 そんな彼らを『回収』しようという動きを予知できたのだとギュスターヴは話を続けた。
「本来ならば、介入の余地がないタイミングで行われる事件だったのだが、日本中でケルベロスが探索を行っていた事でこの襲撃を予知し、連れ去られる前に駆け付ける事が可能となった」
 つまり、今回の目的は切り札と呼ばれる人間を回収に来たドリームイーターを撃破し救出するというものだ。
 彼らをケルベロスが保護すれば、切り札によってジュエルジグラットのゲートの防衛を固める事もできなくなるだろう。
「この回収に当たっているのは『ジグラットゼクス』達の配下であるドリームイーターだ。君らが担当してもらうのは『赤ずきん』の手のものだな」
 それは白い頭巾を被った少女だという。
 狩人譲りの攻撃力と、バスケットに入れて目的のものを運んだり回収したりする作戦が得意な為、今回の作戦に抜擢されたという。その力はめちゃくちゃに豪快らしい。
 そんな相手と正面を切って戦う――それとは少し違う様だった。
 というのも、このドリームイーターはあくまでも回収役である為に、『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合、『失踪していた失伝ジョブに関わりのある人物を魔空回廊からゲートに送り届けようとする』のである。
 その為には約二分程度の力の集中が必要であり、その間は無防備な状態になるという。攻撃を集中させるには、このタイミングを狙う事も有りかもしれないが、二分経ってしまえば切り札とされる人間はゲートを通って回収されてしまうデメリットがある。
「作戦の組み立ては君らに任せる。だが、今回の目的が何であるかを忘れないでほしい」
 そう告げたギュスターヴは少しだけ目を閉じる。だがすぐに開けると、凛とした声で覚悟を告げた。
「ドリームイーターは、ケルベロスが囚われていた人間を攻撃するとは考えていない。ならばそれを逆手に取ることができる」
 それは、出来るならば避けたいが、切り札となる人間の命を絶つ事で防ぐ事もできるという事――だが、それをケルベロスに背負わせるのは酷である。
 願うのは一つ。
 助けられる命があるのなら救いを。そして、その先を。
「君らは希望だ、どうか慈悲深く、そして非情に」
 眠り姫として在る少女を救ってほしい。
 そう告げた黒龍は自身の失言を呪う様に、首元のタイを握りしめた。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
オペレッタ・アルマ(オイド・e01617)
千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
愛宕・幸(空気を読まない無貌のヒト・e29251)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)
武田・静流(折れない槍・e36259)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)

■リプレイ

●邂逅
 響いた音に振り返って白いずきんの少女は面倒そうに声を上げた。
「どちら様ぁ?」
 律儀に答えたのは退屈だったからか。ノックの聞こえた扉は低い音を立てながら開き、外の光を教会の中へと招き入れた。同時に輝く塵の波間を縫って現れたのは複数の影――その一筋を受けた白ずきんは肩に担いでいた得物をくるりと回した。興味津々に注がれる視線を受け入れたのは、先頭に立ったシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)だった。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 雄々しく名乗りあげた彼女が自分の得物を白ずきんへ向ければ、いよいよ始まるのだと千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)も身を引き締める。
(「眠ってる娘を護りきるぞ!」)
 赤茶の瞳からは夢喰い達の好きにはさせないという強い意志が伺えた。そう思うのも悲劇から生まれる悲しみを知っているからに他ならない。鋭い眼光が捉えるのは光に照らし出される白ずきんの少女――そんな彼女をまた別の想いを持って見とめたのは、愛宕・幸(空気を読まない無貌のヒト・e29251)だ。
「主の姿が変われば配下の趣向も変わるか、性質は別物と考えた方がいいな。ま、どっちも形だけは可愛いが」
 ちらりと手元を覗いて噛み締める様に独り言つ。視線を戻せば波の様に揺れる光が漏れ、その下には歪な斑をもつ懺悔室が見えた。その様に武田・静流(折れない槍・e36259)は妖槍である北落師門の柄を握り締める。
(「反逆ケルベロスになんて絶対にさせません」)
 棺にも似た懺悔室には予知で知ったドリームイーター達の切り札と言われる人間が眠っている。同じくその事実を改めて認識した一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)もまた、自分の負うべき仕事を噛み締めていた。
(「人間を戦力に組み込むつもりとはね……拐われた人を助けるために動くのは当然だけど、敵に利用されるならその時は……」)
 ――出来ればそうならないでほしい。
 その気持ちはこの場の誰もが持っている物で、アヤメは願う様に強く目を閉じる。
 そんな仲間の中でオペレッタ・アルマ(オイド・e01617)はただ独り、見上げたステンドグラスの様に身動きが出来なくなっていた。
 かの人形が見たのは、祈りをなくした教会と罅割れた極彩色の硝子だった。
 紫の瞳は想いの変動に揺れる事を許し、瞬きさえも忘れていく。
 ――この光景を"嘗て"、"どこか"で。
「……『これ』はみたことが……あります」
 ようやく零した言葉と共に瞬きを成せば、星屑が零れてしまいそうだった。捨てて行った星の尾、その欠片の四散を隠す様に鳴ったのは、歩を進めたメィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)の足音だった。
 彼の瞳が見据えるのも、最奥に居る『鍵』とされる人間だ。その人物の命が左右される戦をこれから始める。ただひとりの人間と、世界のこれからと秤にかければ、どっちが重いかなんてわかりきってるのに。
 迷うのは何故か。
(「おれはおれの仕事をする。それからおれの望みを叶えるために――」)
 そう思えば自ずと言葉が漏れていく。
「どけよ、赤白ずきん。あんたを救うハンターはいねえぞ。ここにいるのは番犬どもだけだ。おれを含めて」
 メィメの言葉に白ずきんは困った顔になると、胸元の赤いリボンの先を弄り始める。
「ん~仕事だってのにめんどうだな~」
「運び屋に対して妨害がつく、というのは定番の話だと思うが……」
 さも当然と言い放ったリカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)の言葉に、白ずきんはふっと笑って自身の手にマスケット銃の柄を収めた。グリップをやわやわと労りながら、リカルドの漂わせる殺気を楽しむ様に視線を送る。
「じゃあその定番の通りにしてみようか」
 途端、白ずきんの周囲に風が渡った。見る見るうちに得物が黒く輝き、遂には漆黒へ染まる。
「遊んであげるよ、番犬(ケルベロス)」
 歌う様に告げた少女の瞳は、かつて見た『赤ずきん』と同じ森色をしていた。

●熱楽
 その色には覚えがあった。
 深い森の、その中に混じる斑の。
 金の髪が僅かに蓋をした赤いずきんの娘――かつて七夕に見た赤ずきんの影を覚えた幸は懐かしさと共に震えが湧き上がる。この執着が何を意味するのかは分からない。だが、はっきりとしているのは、その目が自分を捉えて離さないという事。
 その瞳に飛び込む様に男は言葉を踊らせた。
「よう、白ずきん。赤ずきんなのに白とはイメチェンでもしたのか? 先代から変わり過ぎてると思うのは俺だけかな?」
 その言葉に当の娘は一度きょとんとした顔になる。その顔があまりに可憐で。
 間合いを詰めたのは見つめ直したいから、否、それだけではない。狂乱と踊る胸の内をそのままに、鞘から瞬時に抜刀して放った一閃は白ずきんの身を僅かに掠めるだけに止まった。
 その口火を白ずきんは見逃さない。
 避けた反動をそのままに、マスケット銃で狙いを定めて一気に引き金を引いたのだ。
 零距離の射撃――直撃する。
 直感した危機の端に飛来したのは銀の流星だ。
 振るわれたオペレッタの腕が庇う様に幸を守ると、硬質なレプリカントの手がびりと痛んだ。弾いたエネルギー弾の影響か所々焦げた腕は、そのダメージの大きさを教えてくる。
「……!」
 眉根を寄せたオペレッタは声無き声を上げる。そんな彼女を庇う様に前へ出たのはリカルドだ。
 己が身に宿るオウガメタルを供に、振り上げた拳を白ずきんへと向けた。
「邪魔させてもらうぞ」
「どうぞ、出来るもんなら、ね!」
 彷徨いの絶風機人と暗鬱な月――双方の撃が火花を散らし戦場に甲高い金属音を響かせる。其は戦火の猛る音、流れる場景にリカルドは唇を引き締めて力強く駆けた。
 その間にシヴィルは前衛へ爆風の激励を送り、その士気を高めていく。
「千軒寺、一比古、攻撃は任せた! 私は支援に徹させてもらおう!」
「まかせて団長、でもまずは!」
 溌溂とした言葉と共にアヤメは光り輝くオウガ粒子を後方を守る者へ行き渡らせていく。その活躍に負けじと飛び出した吏緒は、瞬く間に白ずきんとの間合いを詰めてにやりと笑った。
「俺たちと遊ぼうぜ」
「へえ、素敵なお誘いだ」
 そんな余裕の微笑みへ吏緒は狙いを定め、死角を狙う跳弾を解き放つ。きんと小気味よい音が響いたその後を追いかけるのは、辛酸を舐めた青年の色――。
「あんたの望みとおれの望み、どっちが上かはっきりさせようぜ」
 告げた言葉の殺色僅か。メィメの身が跳躍すると流星の煌めきが宿る超重力の蹴撃が白ずきんへと叩き込まれる。その間に垣間見た娘の緑眼は怒りに染まりぎらついていた。
 それは揺蕩い遊ぶ焔の様で。
 自然と口元を緩ませた静流は、己が心の昂ぶりを隠さずに謳った。
「ふふ。良いですね。自分の覚えた技を惜しげもなく振って闘えるのわ」
 相手の不足なし。華奢な静流の手が繰るのは空の霊力を帯びた一閃。同時に飛び出した幸は鞘に収めた刀を握り、白ずきんへと肉薄する。
「人間なんて置いてとっとと帰りなよ。可愛い顔が台無しだろ」
「ありがとう、でもお生憎さま」
 ――可愛いってのは無敵なのよ。
 言って笑った夢喰いはケルベロスめがけて鍵の雨を降らせた。強かに落下する鍵は各々の身を斬り、掠め、穿ち、貫き苦悶の表情を生み出していく。
 その痛みと癒し、時を経て幾たびも繰り返される戦の中で、危うさに気が付いたのはシヴィルだった。
(「これは、まずいぞ」)
 幾度目かわからぬ回復術を解き放つ間に、ふと各々の体に刻まれ始めた癒し切れぬ傷の存在が見えたのだ。
 その時だった。
 白ずきんの手が素早く閃き、最前線を守る者達へ再び鍵の雨を降り注ぐ。その煌めきはこれまでの比ではなく――次の瞬間には幸の膝がくりと折れていた。

●溶融
 ひとつの糸を手繰り寄せれば自分に合う縁と巡り逢えるという。
 それは端と端に誰かが掴まり、あるいは繋ぎ止められて生きているからだろう。時に絡まり、時に解けては様々な感情を色成す糸は良きにも悪しにも現実を紡ぎ出していく。
 今回の現実はケルベロス達には些か痛みを伴うものだった。
「前線の維持を、早く!」
「ああ、任せろ」
 自身のドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させたメィメは、生み出した竜砲弾をけん制とばかりに敵の足元へ撃ち込んだ。さらにリカルドが間合いを詰めると、戦慣れした身のこなしから流星の煌めきと重力を宿した蹴りを見舞った。
 その合間にアヤメは士気を上げる術を最前線を守る者へ施していく。
「くっ……今回復する、頑張って!」
 言葉の後でアヤメが視界の端に見たのは倒れた幸の姿だった。意識を失っているだけの様だが、これ以上の攻撃を受ける前に決着をつけねばならない。
 今回ケルベロスが用いた作戦は、攻撃力を抑えつつ挑発によって早期の撤退を封じるというものであった。その方針は有効だが長期戦となる事を意味している。その上で守りの強化がほぼシヴィルのみとなれば、回復の同時並行というアンバランスさから体力の少ない者が脱落していくのも仕方のない事だった。
 虚と実の混じる焦りを見せたケルベロス達の様子に、白ずきんの目が僅かに冷静な色を帯びる。その視線が自身の手を滴る血へ移ると、ドリームイーターは大きく飛び退って得物を仕舞った。
「もう飽きちゃった、お遊びは終わり」
 宣言は唐突であり必然であった。
 恐らくは相手の状況と白ずきん自身の状態を鑑みての判断なのだろう。性格的にめんどくさがりであった事と、元々別の任務がある以上、ケルベロスがひとり倒れたなら良しと思ったのだ。
 ケルベロス達がその口惜しさを噛み締める前に、白ずきんが自分の周りに手で円を描くと、従う様に風が渡った。予想よりも早まった事態にケルベロス達の間に緊張の色が走る。
 だが。
「……どうして、お逃げになります、か?」
 一石を投じたのは白き人形、オペレッタであった。薄紫の甘やかな瞳が瞬きと共に問いを投げかける。額から伝う鮮やかな鮮血を拭わずに問う彼女の肌はいやに白く思えた。
「どうしてって……それは」
「おや、虫けらの様な私たちから逃げるのですか? それはつまり虫けらに劣っていると認める訳ですね?」
 戸惑う白ずきんに嘲る声を放ったのは静流だ。言葉の一矢を燃やす様な視線を白ずきんから向けられたが、静流自身は肩を竦めてさもありなんと毒を撒く。
「失礼しました。だから、こっそりと行動するしかなかったんですね。配慮が足りず申し訳ありません」
 ついでに恭しく会釈してやれば、相手の手が震えるのが見えた。その様子を掴もうと吏緒とメィメも棘を刺していく。
「なんだつまんねー奴、腰抜けか……」
「格下になめられたままで構わねえんならな、見えねえ尻尾巻いてくれよ」
 ほおらと手を振りやれば、白ずきんの頬が焔の様に燃え上がった。血の色というには不似合いの怒りを見せた白ずきんは、その手に再び銃を具現化するとケルベロス達をねめつけた。
「なあに、お前らこの私に何を言ってるの?」
 憤怒に揺れ、燃える言葉。その手ごたえを感じたシヴィルは朗々と言い放つ。
「貴様を倒したら、次はあのゲートだ。ゲート諸とも貴様らの野望を打ち砕いて、世界中の人々を守ってみせるとしよう!」
 その言葉にケルベロス達の身が戦場へと再び躍った。

●一糸
 戦場を踊る白い影はふたつであった。
 ひとつは人形の、ひとつは夢喰いの。
 マスケット銃を撃ち放つ白ずきんに対し、被弾してもなお立ち上がるオペレッタの中には僅かな記憶が零れ始めていた。
 ――白い機体が罅割れても、幾度も立ち上がり、踊るのはその様に造られ、めいじられたから。
「……めいじられたからでは、ありません」
 リフレインする言葉は鎖だ。それは過去と言う記憶で彼女を縛り、今を生きる彼女の全てを否定しては指の間から零していく。ただそこに人形の様に留まれと、変化を許さぬものであれと、貶める様に囁くのだ。
 その影を、この教会に来てからずっと感じていた。
 けれども、何度も倒れて行く間に、漏れていく記憶、揺れる針、それはまるで雛鳥が殻を破ろうと穿つ様に現れては消えていく。
 やがてそれが、ある日の朝日であると気が付いた時。
「邪魔ぁ!」
 眼前で猛る白ずきんの一撃に、ほろ、とオペレッタの『記憶』が割れた。
「『これ』が、そうしたいと――決めたから」
「オペレッタ!!」
「calando(カランド)」
 人形の告げた言葉が回る。白ずきんと彼女の間に生まれた光円は万華鏡の如く散りながら刃と化した。
 肉が裂け、鮮血が爆ぜる。
 気が付けばだらしなくぶら下がった腕を持ったままで、白ずきんは毒のヘドロと言葉を吐いた。
「仕事終えてたっぷり遊んだげるわよ!!」
 叫びは半場絶叫に近い。
 稲光と風が教会を渡り、ケルベロス達がその時だと悟った瞬間が勝負の始まりだった。
 明暗が閃く合間を縫い吏緒の四肢が跳躍する。その手に握られた得物がドラゴニック・パワーで加速されると、強かに白ずきんの腹を撃った。次いでシヴィルの放った弾丸が肩を貫けば、更にはアヤメの氷結の螺旋が喰らい付き、白ずきんの顔に苦悶の色を張り付けていく。
 その攻め怒涛の如し――太陽の騎士団が穿った道を追ったのは静流だった。
「いきます! 奥義! 無双三段」
 それは極限まで研いだ技。突き、薙ぎ、払いの演武が白ずきんの身を引き裂けば、その衝撃に悲鳴が上がった。これまでとは違う強さの攻撃に白ずきんの顔色が変わる。攻撃へ転じたケルベロス達の力を支えたのは、これまで密かに積み重ねてきた力の強化のおかげだ。
 その恩恵をここで十分に活かす。その一端を担ったメィメはふ、と息を吐くいてその声に相応しい『夢』を喚んだ。
 それは白ずきんの上に降り注ぐ極上の夢だ。その緑の瞳が不意に潤み唇の戦慄きと共に言葉を零す。
 ああ、ああ、そこにあったの、私のも、ざ、い、く――。
「良い夢だったろ、覚めれば終わる」
 告げた途端、白ずきんの周りに化け物の名残が闇の煙となって踊り出た。雷鳴が響き風が舞う中に苦悩の声が響き渡ると、幸の隣に立つリカルドは己の得物を握り直した。
 藍の瞳が見つめるのは攻撃を受けてもなお、転送の義を止めない諦めの悪い夢喰いだ。
「お前らに、お前らごときに!」
「時間だ、ドリームイーター」
 告げた言葉に慈悲はない。
 模造術式・刻命の斬疾の名に相応しい疾風の刃が、三重八重と白ずきんの四肢を切り刻めば稲光と風が散った。後に残るのは僅かな形を残した砂――その塊もさらと溶ければ、ステンドグラスの色彩だけが後を照らした。
 そうして一同は倒れた幸や懺悔室の眠り人の元へと駆けていく。慌ただしく始まった救出活動だったが、ケルベロス達の顔には糸を切らぬで済んだ安堵の色がほんのりと見えていた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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