失伝攻防戦~鉄のゆりかご

作者:天川葉月

●製鉄所の転炉
 ここはかつて、有名な製鉄工場だった。
 多くのものが働き、栄えていたのも今は昔、不況のあおりを受け閉鎖。今となっては気味悪がって誰も近寄らない。
 その栄華の名残というべき転炉の一つが、ワイルドスペースのモザイクによって切り取られていた。
 ジグラットゼクス『赤ずきん』の作戦の一環として長い間秘匿されてきたそれが、いま顕わになる。
 転炉の中に、銑鉄の代わりに収められていたのは、凍結処理された人間であった。かつてここで働いていた者の一人だ。
 同時刻、魔空回廊から一匹の狼が出現した。

●救出作戦
「緊急事態です、ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が姿を現しました」
 と、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は険しい顔をしながら説明を始めた。
 そのゲートから『巨大な腕』が地上へと伸び始めたこと。
 そしてその『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高い、ということ。
「本来であれば、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する止めの一撃だったと思われます。
 しかし、皆さんが『創世濁流』を阻止した事で、その目論見を阻止する事に成功しました」
 巨大な腕は、打ち破るには全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模である。
 しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝利する事ができれば、ドリームイーターに対して致命的な一撃を与える事ができるはずだ。
 勿論、この状況はドリームイーター側も理解しているのだろう。
「ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、ゲートに集めるべく動き出したようです」
 ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達であり、本来ならば、介入の余地がないタイミングで行われる事件でしたが、日本中でケルベロスが探索を行っていた事で、この襲撃を予知し、連れ去られる前に駆け付ける事が可能となった。
「ドリームイーターが彼らを利用して、ジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、ドリームイーターを撃破して救出してきてほしいのです」
 セリカは続ける。
「製鉄所に出現したドリームイーターはカウリオドゥースの狼です」
 今回の敵はジグラットゼクス『ウルフクラウド(狼)』の配下で、『牙(カウリオドゥース)』の名を持つオオカミ型ドリームイーター部隊の一員であり、胴体がモザイクと化した人間大の狼の姿をしている。
 グラビティとして狙い定める視線(敏捷・遠列・魔法+足止め)、貪り喰らう牙(頑健・近単・破壊+ドレイン)、空腹の咆哮(頑健・自単・ヒール+破剣)の三つを使用する。
「また、今回の敵は『自分が敗北する可能性が高い』と判断した場合、凍結処理されている人を魔空回廊からゲートへ送り届けようとするようです」
 ただ、この行動には2分程度かかるため、その間敵は無防備となり、戦闘は有利になるだろう。
「ドリームイーターは、ケルベロスの皆さんが囚われていた人間を攻撃するはずがないと考えているようです。
 もし彼らの身柄が奪われそうになったらどうするかは皆さんの判断にお任せします」
 と、セリカは締めくくった。


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
月見里・一太(咬殺・e02692)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)
アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)
アレイシア・アルフヘイム(ハロウィンナイト・e26995)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)

■リプレイ

●狼
 廃工場の転炉を背に、胴のない狼はケルベロス達に牙をむき出し威嚇していた。作戦の邪魔者は排除する、という強い敵意を牙に宿して。
 対するケルベロス達もすでに臨戦態勢に入っている。ジグラットゼクスの作戦に巻き込まれ、囚われの身となっている人間を助け出すために。
「黒曜牙竜のノーフィアよりウルフクラウドのカウリオドゥースへ。月と爪牙の祝福を」
 ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は敵の狼に告げる。番犬という名の腹を空かせた竜もいる。狼ばかりが喰らう役ではない。
 館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)は、囚われの身となっている人間を助け出すために必要なことをすると戦意を高めている。が、その一方で、必要とあらばその人間を手にかける覚悟も固めていた。
 羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)は思う。相手は一匹であるのに対し、こちらには頼もしい仲間たちがいる。こうしてドリームイーターの作戦を止めるチャンスができたのだから、何とかなる、と。
 アゼル・グリゴール(アームドトルーパー・e06528)は拉致被害者の奪還の手順を思い返す。ゲートの彼方へ送られるよりは被害者の命を奪うこともありうる、という最後の手段。しかし失敗を前提に考えては成功もおぼつかなくなる。いかに成功させるかを考えて動くために。
「囚われた人の救出……。みなさん頑張りましょう」
 アレイシア・アルフヘイム(ハロウィンナイト・e26995)は帽子を深くかぶりながら言った。犠牲者を出すのは避けなければならない。被害者を救出するためなら、自らもいとわない。
 もう一人、ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)もまた、人質殺害を否定している。敵を倒し、人を救う。それがケルベロス家業の基本だ。敵の作戦を成功させないために人質を殺すなど、あってはならない。
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)は、牙の名に似つかわしくない行いをする敵を見据えている。狩るだけならわけはない。問題は、最後の手段を考えずに済むか否か。
(「……俺同様、待っている者もいるかもしれんし、な」)
 もし手をかけてしまったのなら、遺されたものはどう思うだろうか。
「よぅ、狼モドキ。地獄から番犬様の――狼のお出ましだ! ちぃっと咬み合おうや!!」
 と、月見里・一太(咬殺・e02692)は挑発交じりに吠える。彼にとっての、狼としての誇りがそこにはあった。
「グルォアアアアアッ!」
 対する胴のない狼は咆哮を挙げ、ケルベロス達に跳びかかった。

●罠
 胴のない狼が最初に牙を向けたのは一太だった。対する一太は魔人降臨よって自らを強化する。胴のない狼の牙は一太の腕に突き刺さるものの、引きちぎるには至らない。
「そんなモンかよ! テメェの牙は!」
「グルルルルゥゥ……!」
「援護します!」
 アゼルはガトリング連射で胴のない狼を狙い撃つ。胴のない狼は口をはなし、後方へ跳び去る。フレンドリーファイアをしないように加減したこともあって、実際に当たったのは最初の数発ではあるが。
「残念。こっちは外れさ!」
 胴のない狼の移動した先にはノーフィアが待ち構えていた。狼の移動を先回りしていたのだ。ノーフィアの竜爪撃は、着地寸前で避けようがない狼の右前足を貫く。胴のない狼は着地と同時に体をひねり、突き刺さったノーフィアの爪を無理矢理引き抜くと、天に向かって大きく吠えた。空腹の咆哮で自らの傷を癒すために。
「サイレンナイッフィーバァァァァッ――!!!」
 狼の咆哮に対抗するかのように、ウルトレスはベースギターを激しくかき鳴らす。疾走感あふれる音楽は聴衆となる味方の細胞を活性化させる。
「まんごうちゃん、お願いね!」
 結衣菜はメタリックバーストで一太の傷を癒す。シャーマンズゴーストのまんごうちゃんは祈りを捧げ続けている。
「当たって!」
 アレイシアはホーミングアローで胴のない狼を狙い撃つ。ボクスドラゴンのジェミニも加勢し、狼に傷を与えていく。
「ガアアァァァァ!」
「ぐっ、この……!」
 胴のない狼は双牙に狙いを定め、その牙で双牙の肩に食らいついた。双牙はフレームグリードで応戦するも、引きはがせない。
「……押されてる。立て直して!」
 詩月は咲杜流に伝わる近接格闘術の内の一つである組み討ちの容量で胴のない狼の牙を引き離す。
「こう攻撃が激しくては……手がつけられん」
 双牙は自らの傷をルナティックヒールで癒しながらこぼす。
 胴のない狼の耳がピクリと動いたのを、詩月は見逃さなかった。

●転
 戦闘が始まってからしばらくして、胴のない狼はケルベロス達をあざ笑うかのように見つめていた。そろいもそろって弱すぎるとでも言わんばかりに。
 序盤こそ威勢はよかったものの、今ではどうだ、と。
 実際、ウルトレスは最初こそ余裕を見せていたが、牙の一撃を受けたとたんに顔色を変えて苦しみだした。
「まさかこれ程のパワーとは……」
 と弱音もはいていた。
 詩月の攻撃は単調だったし、攻めあぐねているようにも見える。
 アレイシアの攻撃はそれほどダメージを与えてはいないし、アゼルはオービット・ドローンの回復が追い付いていないように見える。
 ケルベロス達の攻撃によって深手は負っているが、それ以上にケルベロス達は不利であり、このままなら先に倒れるのはケルベロスの方であるように思われた。
 しかし――。
(「あっ、気づかれた?」)
 胴のない狼の、疑いと焦りの表情を浮かべたのを見た結衣菜は、自分たちの作戦、つまり、狼が転炉に囚われている人間を送り出すのを遅らせるために、あえて不利を装っているということが狼に悟られたと気づく。
「……漸く理解したか。これが狼の狩りというものだ」
 双牙の言葉が追い打ちとなる。これまでの自分の優位、ひいてはケルベロス達の劣勢はすべて演技であったのだと。
 胴のない狼は慌てて転炉の中にいる人間を転送する準備を始めた。このままでは倒されてしまい作戦どころではなくなってしまうという焦り。追いつめていたはずが実際は追い詰められていたという事実。
 作戦を失敗させるわけにはいかないと判断したらしい、敵前であるというのに無防備な背中をさらす。

●結
 この機を逃すわけにはいかない。
「間に合わせる……! 閃く手刀に紅炎灯し、肉斬り骨断つ牙と成す! ……受けろ! 閃・紅・断・牙―Violent Fang―!」
 胴のない狼が転送を始めたのとほぼ同時に、双牙が地獄菓子炎を宿した手刀をふるう。それは獣のごとくしなやかで、熱量と鋭さによって胴のない狼から鮮血の雨がふきだす。
「今ですね!」
 アゼルはナインテールエッジを伸ばして雷刃突を仕掛ける。防御は一切考慮しない、攻め一点の刺突攻撃。
「畳みかける!」
 ウルトレスはスパイラルアームを使用し、防御も回復も捨てた全力での攻撃を行う。
「あわわわ……」
 アレイシアも集中攻撃に参加する。その途中で形見の帽子がずり落ちそうになって、必死に押さえつけていた。
「結衣菜、いくよ!」
「わかったわ! 音も、光も、そして拍手も無いマジックショーの開幕よ!」
 ノーフィアは結衣菜に援護を託し、結衣菜もノーフィアに続く。ノーフィアは血襖斬りで胴のない狼を切り裂き、結衣菜は無明凶襲で狼に不意の追撃を見舞う。
「君の敗因は、僕らを侮ったこと。それだけだよ」
 詩月はイカルガストライクで追撃する。
 胴のない狼は息も絶え絶えに、それでもなお作戦成功のために転送をやめない。
「は、狼モドキ。テメェにくれてやる慈悲も情けもねぇが、その形が形だ。狼として――その誇りの為に、咬み殺す」
 群れから追いやられた一匹狼はほぼ生きていけない。胴のない狼に引導を渡すべく、一太はその喉笛に食らいつき、ついに食いちぎった。
 咬殺、原初から受け継がれる獣、狼の必殺技によって、ついに胴のない狼は倒された。

●後
 アゼルは狼の冥福を祈り黙とうをささげる。
 詩月は強張った手を広げ、安堵の表情を見せる。無事に人質を救助できたのだ。
 廃工場の転炉にはもう、何もない。そこは再び静かな時が流れるだけの、鉄の揺り籠。

作者:天川葉月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。