彩色スノウフィールド~光の誕生日

作者:東間

●しろがねの世界
 涯てすらも冴えるような日々が、特別な世界を創り出す。
 塵も雲もない空は不思議なほどに眩い紺碧。
 その下に広がる大地は真っ白な雪色絨毯。
 白樺を始めとする木々は時に豪華に、時に繊細に見える雪化粧を纏いながら、青い影と一緒に光の帯を落としている。
 森を行けば白梅を思わす雪化粧に彩られた低木と、広い雪原に出たなら王のように堂々と立つ大樹と逢えるだろう。
 そんな銀世界に風が吹けば寒さが増すが、それは煌めく欠片になった雪のダンスが見られるチャンス。目を閉じるのは、どうか堪えて。
 風もないのに見られたら? それは多分、森に生きる命のしわざ。
 朝陽が昇れば、雪は白や金に煌めくだろう。昼はその白を存分に魅せ、夕暮れ時にはほのかな茜色を含んで輝く筈。そこは――その時その瞬間の色を映して輝く、霧氷の森。

●彩色スノウフィールド
「いつかそんな場所に行ってみたいと思っていたの。だから、思うだけじゃなくて行く事にしたわ」
「心の栄養補給2017だね?」
「ええそうよ、ファルカさん」
 頷いた花房・光(戦花・en0150)はいつものように背筋をぴんと伸ばし、落ち着いた様子だ。しかし楽しみなのを隠せないようで、尻尾の先端が弾むように揺れている。
 雪に覆われた地面。霧氷を纏った木々。風に踊る雪の欠片。
 そんな大自然が作る芸術品と逢えるのは、北国にある広大かつ雄大な森林公園だ。
 そこでは散歩を楽しんだり、写真撮影やスケッチをしたり出来るのだが、たっぷりある雪を使って、雪だるまや雪兎を作ってもいい。まだ誰の足跡もついていない雪の上へ寝転がったり、飛び込んでみたり――と、色んな楽しみ方が出来るだろう。
「いくつかロッジがあるんだ? これなら安心してあちこち歩き回れるね」
「ええ、そうなの。それと、ロッジでは珈琲・ココア・紅茶に緑茶……暖炉を使った焼きマシュマロも楽しめるんですって」
「……綺麗なだけじゃなく誘惑の多い自然公園なんだね? オーケー、心得た」
 森林公園の画像検索をしていたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、食欲を刺激されたのか途端に思案顔だ。
 ロッジ以外での飲食は禁止されており、運が良ければ出逢えるだろう野生動物への餌やり、及び触れる行為も禁止とされている。そこに注意ね、と言ってから、光はケルベロス達に視線を向けると微笑んだ。天色の瞳がきらりと輝き、ふかふかの尻尾が大きく揺れる。
「向こうは想像以上に寒いんでしょうね。でも、とびきり綺麗で、楽しい予感がするわ」
 涯てのない白が織りなす煌めきを確かめに――北へ。


■リプレイ

●彩色のひととき
「霧氷、そろそろ見に行ってもいいかな?」
「まだ少し暗いけど、日の出はもうすぐって聞いたわ」
「じゃあ!」
 光と一緒に外を見ていた蓮華は手を差し出した。
 雪原が太陽で真っ白に輝く時も、夕暮れで幻想的に浮かぶ時も素敵だろう。どの時間のどの思い出も、記憶と写真に収めておきたい。
 ロッジに戻ったり、ぽかちゃん先生の素敵なぬくぬくで寒さ対策はバッチリ間違いなし。それ以外のぽかぽかアイテムだって準備済みだ。
「光ちゃんお誕生日おめでとう! 今日は素敵な景色が見えるように頑張ろうね!」
「ええ、ええ! 頑張りましょうね、鮫洲さん!」
 ロッジのドアを開ければヒヤッと冷たいけれど、並んだ笑顔は2つと1つ。

 祝辞に笑顔綻ばせた光と別れ、ホリィとサーキュラーはまだほのかに蒼い世界へと出発した。金色が覗くが、まっさらな雪と風のダンスや、動物が通る気配はまだ。
 けれどふいに踊った煌めきが、星屑のようにホリィの目を彩った。
「きゅー」
「わぁー! 綺麗ー」
 サーキュラーがヒレで舞い上げた雪が、きらきら光る。
「――そっか。僕らが風になれば良いんだ」
 広げた翼をはためかせて、尻尾を揺らして。
 さあ、まっさらな雪のステージにステップを。
 それに合わせて、真白雪もしゃらりと踊った。

 朝陽に輝く銀雪が、目を奪う。
「これが見たかったんだ」
「……きれいだね」
 目覚めゆく銀世界は目を煌めかす少年の胸に憧憬を、少女の心に言いようのない気持ちを湧かせるけれど――2人はそれに蓋をし、空と木々に挟まれた雪原へキャメロットと共に向かう。雪を丸め、落葉の耳と南天の目を付けて。
「これは、子うさぎさん」
「大中小ってのも面白いかもなァ。と、そうだ忘れるトコだった」
 目のない雪兎を1つ。コートのポケットから出した小瓶から、青いビーズを2つ。
「『ルルリエうさぎ』!」
「――っ、すごい……! トーマ、魔法使いさんだ……!」
「へへ……っくしゅ!」
「さむい? ルルとキャメロットで、ぎゅーしてあげる」
 気付いた時には優しいサンドイッチに包まれていた。理解する前に抱き留めていた少年は、くしゃりと笑う。
「さーんきゅ。うん、あったかいなァ」
 そう笑った彼の、優しい心に訪れた不安を少しでも打ち消すように。小さくも確かな温もりが、ぎゅ、と重なった。

 霧氷が白や金に煌めき始め、露わになるのは降り積もった豊かな白雪達。南国育ちのムジカは初めて見る世界に顔を綻ばせ、ね、と市邨に凭れた。
「雪ってこんなに煌めくのネ。キラキラすごくきれいだわ」
「此処からなら、寒がりの君も安心だ。ムゥ、はい、あーん」
 市邨は揶揄するように笑い、暖炉で焼いていたマシュマロを珈琲片手に微笑むムジカの口へ。次に自分のココアへと甘く蕩けさせた。
「はい、市邨ちゃん。お返し」
 暖炉の隅でホイルに巻かれて出番を待っていた林檎と芋も、マシュマロと同じく、溢れるような甘さと共に2人の心身を温めて。癖のない黒は波打つ緋紅をかき分け、肩口でぐりぐりと甘える。
「ムゥ、ムゥ、嬉しいね、幸せだね」
「――アタシも」
 しあわせを伝え、名前を呼んでくれるキミが傍にいてくれる事が。
 互いの声や温もりが重なれば、紡がれるのは、決して溶ける事無い幸せに満ちた日々。

「……冷えるな」
 鴉の声で、イヴリンは初めて寒いと気付いた。いつの間にか魅入られていたらしい。足を止めて連れに目を向け、また雪景色を見る。
「……こんなに積もってるのを見るのは初めてなんだ」
 心は再び魅入られて。けれど、先程受けた言葉通りの感覚が体を駆ければくしゃみが1つ。
 鴉は着ていたロングコートを着せ、恐らく初だろう『景色を楽しむ』行為に戻る――が、温もり残るコートにイヴリンがダメだと首を振った。
「鴉が風邪を引いてしまう」
「……気にするな、俺は慣れているし鍛えている」
 律儀にも相手の心配をして返そうとする娘に対し、青年はそれを抑え押し留め。
 少しの間の後、照れを含んだ『ありがとう』を零したイヴリンの目に映るのは、雪景色の中に立つすらりとした黒。寒風で、さらり――白の中を黒が美しく舞う。
「……鴉にはこの景色が似合うね」
「……そうか? ……景色が似合う、と言われたのは初めてだ」

 涯てまで広がる無音の銀世界が、ロストークに故郷の冬を思い起こさせる。
 ひどい孤独を感じる筈なのに、離れてもう3年近い故郷がうっすら恋しくなるなんて。
 薄色のサングラスをかけたまま、わざと人気無い方へ。軽く踊るように彷徨い出て、コートが翻れば雪がさらりと散る。新たな冬を連れてきたような姿に、火色の箱竜が絡み付いた。
 ぱさっと雪原に倒れればよく知る冷たさが肌に触れ、胸の上にプラーミァが降りてくる。
「寒さはきらいでも、落ち着くのは確かなんだよねえ……」
 柔らかくひとりごち、連れに右手を乗せて暫し目を閉じる。瞼の裏に、冴えた紺碧が映った気がした。

 何処迄も澄み渡る凍空を仰げば頬が緩み、眩い白雪に景臣の心は躍り、微笑が零れる。足はふかりと沈んで――。
「じゃ、あそこの『王様』まで勝負で。負けた方が夕食奢り!」
「――はい?」
 言うやいなや新雪へ駆け出したゼレフに瞠目したのは一瞬。
 大人2人、真新しい白銀の絨毯を巻き上げて散らして、一進一退。互いの視線に見えぬ火花を起こした刹那、盛大に散った雪片で視界は白一色。
 ふんわり舞い散った白が落ち着いた後、静寂に2人の荒い呼吸だけが流れ、それもやがて鎮まっていく。
 己にかかる雪を払う夜色がどこか安堵した微笑を浮かべるのを見ながら、ゼレフは雪原に座す王を見上げ、陽彩に染まる勝負の跡を指し示して笑った。
「――こんな感じでいいんじゃない?」
「――ええ、素敵だと思います」
 景臣も微笑み湛えて頷いた。
 なんとも不格好な思い出だけれど、だからこそ『らしい』色彩に満ちた思い出の軌跡。
 そんな『らしさ』はきっと、何処かの終着、その涯までも。

「雪だ、本物の雪だ」
 前触れ無しのダイブで雪にまみれたキースは、猫じゃなかったのかと呆けるイェロに気付かぬまま、眸輝かせながら次々浮かぶ雪遊び放題プランを指折り数える。
 その隣に、どさっとダイブ2号。
「――!!  冷た……っ、言葉失うほど寒い……」
 それでも偶にはこういうのも良いとイェロは笑い、明日の霜焼けを確信しながら全力雪合戦(ガチ)を提案すれば、勝負は確定。
「折角なので雪だるま作りも勝負な。立会人ならぬ立会雪だるまは多い方が盛り上がるだろう?」
「自らギャラリーを増やす訳だな。疲れたら、かまくらでのんびり――ん?」
「猫を描いてみた。新雪はふわふわゆえ絵も描ける、すごかろう」
「すごいすごい」
 イェロは前衛的の3文字が眩しい雪猫を撮り、2人で刻んだ雪のアート――人型もと手を向けた。ついでにと触角が付け足されたのはパシャリとやる直前。
「その写真、後で送ってな」
「ん」
 1年越しの雪。時間の許す限り、2人はしゃいで楽しみ尽くそう。

 銀世界に歓声が響き、風が吹けば冬の欠片がきらきら舞う。ばっちり防寒して全力で冬を楽しむいちるに目を細めていた信倖は、やってみたい事があると聞いて目を瞬かせた。
「それはねぇ―……こう!」
 返事よりも早くいちるは真っ白な雪へダイブ。ぱちくりしていた信倖だが、声を上げて破顔する。
「なるほど! これは沢山積もっていなければ出来んな」
「信倖は、やったことない? 子供のころとか」
「私も昔はやったかもしれん。どちらかと言えば、どれだけ大きなかまくらを作るか競ったものだ」
「へぇ、かまくら! いいねぇ作っちゃう?」
 差し出された手を掴んで起きれば、映る白雪は彼方まである。
 それは信倖の故郷と似ていて、時折恋しくなるという言葉に、彼の故郷を思い浮かべたいちるは『よし』と声を弾ませた。
「今日は童心に返って遊ぼ! まずはかまくらから作ろう」
 出来上がったかまくらの大きさは、此処の空だけが知る。

 風に攫われ輝く雪はまるで、白銀の花弁のよう。
 そう言い終える前に背後から聞こえた駆け足。振り向いた瞬間、ラウルは満面の笑顔浮かべたシズネと一緒にまっさらな雪へ飛び込んでいた。
 月のような白金も若葉を交えた夜色も、2人とも見事に雪に埋もれているものだから、心が弾んで笑顔も溢れていく。
「今度は俺の番だよっ!」
「やったな~!」
 紺碧に白が舞っては降り注ぐ。
 空気も雪も、冷たくて寒くて――息だって白いのに『楽しい』が止まらない、寂しくて苦手な筈だったのにどうして。一瞬考えてから、シズネは傍にある温もりが一緒に笑ってくれるからだと気付き、笑い声を響かせながら雪を投げ返す。
 隣にある声とその存在、その温かさが指先だけで伝わる冬に、ラウルも大好きだよと微笑みを浮かべた。掌の温もりは、いつだって孤独を溶かしてくれる魔法になる。

 誕生祝いにフェネック雪達磨を。土台を作る夜の傍ら、あかりも三角耳作りに取り掛かるが、慣れない雪とその冷たさに悪戦苦闘。
 気遣う声がかけられたのは、手袋の染みがじんわり広がり、感覚をなくしていった耳と指がすっかり冷えた頃。
「身体を冷やし過ぎないよう、適度に休んで」
「ありが――っ、わ」
 ぽすっと衝撃。砕けた雪がぱらぱらと落ちるのを見てから視線を上げた蜂蜜色に、夜星色の目が片方、ぱちりと瞑られ悪戯に微笑んだ。
「――その勝負、乗った!」
 小さな赤が物陰に飛び込んですぐ飛んできた雪玉に、夜は的の大きい方が不利ではと、態とらしく文句を言って大仰に肩を竦める。
「水も滴るなんとやらって言うじゃない。良く似合うよ、色男さん」
 しれっと言い返してもう一投。
 ぽいぽいひゅんひゅん。2人の間を飛び交う雪玉はそのひとときをはしゃいでいる証。気付けば寒さは何処へやら。2人の息は、雪に負けないくらい白い。
「休憩にもっと温まろうか。ホットココアを飲みに行こう」
「! 大歓迎」

 一面に広がる色を失った世界から白を掬い上げる。染み込む冷たさにヴィルベルは頬を緩ませ、郷愁の念を覚えた。
 対するナディアは、幼少時は硝子越しに眺めるだけだった白銀に触れ、白い息を吐きながら小さな雪玉をこさえ、雪道を転がしていく。
 何やら歪でも、雪達磨に必要な大きさを『そこそこ』得ているから、削って修正すれば良し。そう思っていた時期がありました。
「先生、これ丸くできますか」
「……手は尽くすよ」
 綺麗な丸い胴を作る名医ヴィルベルの手にかかれば、美しくなるのはあっという間。
 枝と石は凛々しい表情になり、マフラーを巻けばお洒落なイケメン雪達磨が誕生する。
 一仕事の成果は写真に収められ、ひゅるりと風が頬を撫でた。ああ。戻って暖かいものを飲もう。だから。
「寒いから繋いでよ」
 そう言って手を差し出して。
「寒いから繋いでやる」
 ぎゅっと手を繋ぐ。

 暖炉の傍に陣取って、降り積もった雪が作る冬景色をのんびり眺める。それは萌花と如月にとって新鮮で、不思議と特別に感じられた。
 流れる時間と同じように萌花はゆっくりココアを飲み、如月の手元をチラリ。
「燃やさないよーに気を付けてね?」
「……っとと、焦げ目付けばだいじょぶかしら……?」
「上手にできたら、あたしにも焼いて?」
 串の先端で狐色になり始めたマシュマロが、如月の手でくるくる踊る。ふー、とゆっくり熱を冷ましたらクラッカーで挟んで、指で摘んで。
「お待たせもなちゃん、はい、あーん♪」
「あーん」
 焼きマシュマロのクラッカーサンドは萌花の口へ。如月は指に付いた欠片をぺろりと舐め、どきどきしながら伺った。
(「美味しく焼けてたら嬉しいな」)
 そのお味は。
「ん、ほどよくとろっと溶けた感じがおいしい♪」

「白い葉みたい……あ、今、きらきら舞ったのは雪かな」
 氷翠は見上げていた霧氷から舞った煌めきを視線で追い掛け、くるり。そのまま歩いて辿り着いた、少し開けた純白の舞台でトンッと高く飛べば、ほんの一瞬遠くが見えた。
「……天見さん? ふふ、天女様かと思ったわ」
 覚えのある声に振り向けば、歩いてきたらしい光。くすりと笑う少女に祝辞を贈れば、尻尾がぱたたと踊った。
「花房さん。あちらの方ね、木の枝が遠くに幾つも重なって見えて、歩いて見ても白い森なのが良く分かると思うの」
 もし同じように飛んで見てみたいなら、その手伝いを、という申し出に天色の目が喜色に染まり『是非』の声。氷翠はかすかに笑む。
(「ロッジに戻ったら、ホットチョコレートをお贈りしようかな」)
 誕生日祝いと、いつかのチョコレートの御礼に。

 雪見は外でするより室内で。何故なら、庭駆け回るのは見る方が楽しいし、温かな暖炉が体だけでなく心もほかほかさせるから。
 外の白銀からパチリ弾ける赤――暖炉の前にすっかり根を張り談笑する焚彦と和に、朝希は苦笑する。
「本当、ほっとしますよね。いつものお店の火も、今日のこの火も」
 薪ストーブも悪くないが『椅子に揺られて編み物』が似合いそうな暖炉も悪くない。ただし編み物要素は残念ながら不在故。
「蜜柑もマシュマロも焼くのは必然なんです!」
 朝希が出した橙色。一気にお馴染み感が増したと焚彦が言えば、和は口を尖らせ『いいじゃない』と笑う。
「ホームな感じして安心するでしょ? そもそも暖炉がないし、こんな機会じゃないと試せないし」
 そう、火傷に注意しながらマシュマロをそっと火へ寄せるなんて――。
「わ、わああ着火ー!」
「うわぁ大成くんが火事だ!?」
「火傷すんなよって言った傍から……」
 焼き蜜柑もその熱さでお手玉せずにはいられず、マシュマロ緑茶は遠慮されたけれど――焼きマシュマロはぷっくりぷかぷか、ココアと極甘珈琲の海を漂って。焼き蜜柑からは甘さを増した果汁がぷしゅり。
 ほんのり炙った醤油煎餅も小気味よい音を立てる中、気付けばいつも通りの和みに満ちていると焚彦は気付いた。外は――眩い白に満ちている。
「帰る前に見てくか。雪のダンスと王様の木」
「いいねー賛成!」
「はい、ぜひ! お供します!」
 駆け出したくなる白銀の地平へ、童心と足跡を付けに行こう。

 芯までかじかむような世界で手を繋ぎたくとも、相手のは温かなポケットの中。サイファの心がひゅるりと寒くなる。
「……まぁ、横顔も好きだけどさぁ」
 ぼやきと一緒に届く視線は雄弁で、灯乃はそれに気付いているがさくさく進む。白く上る息、靴の下で雪が軋む感触。ふと、隣を歩いていた姿が止まっているのに気付いた。
 振り返ったそこがサイファの悪戯チャンス。雪よりオレを見てほしいな、を込めて。
「えーい! 雪にまみれた灯乃もかっこいいよ」
 落ちてきた雪の冷たさに目を瞑った灯乃は首を竦め、ふるふると頭を横に揺らして雪を払うと、真似て小さな雪玉を作っていく。そしてすぐにサイファ――の、掌へ。
「雪だるま作って? おっきなやつ」
「へ?」
 まさかの仕返しではなくお願い。キョトン顔はすぐ笑顔になった。
「任せろ、スッゴいの作っちゃる。灯乃も一緒に!」
 雑な無茶振りを安請け合い。笑った灯乃は誘いに首を振り、冷えた手をポケットへ仕舞い込む。
「できたら、光ちゃんに見せよか」

 2人で付けた足跡よりも、もっと大きな跡を。弾みだした心のまま、手を引いたまま、ぼふっとダイブして転がった雪原は冷たい。
「ひゃっ、……、……ふふ、あははっ!」
 白と青の世界に響く、愛しい少女の笑い声と手の温もりに、ヴィンセントも気付かぬ内に笑っていた。それが、桜も嬉しくて。
「幸せ」
「オレも、幸せだ」
 とろけるような笑顔と小さな口付けを頬に交わせば、大好きが増えていく。
「ずうっと、夢だったんです。いつか真っ白でふわふわの、雪の絨毯に寝転びたいって」
 いつかを思い描いていた頃の自分に『世界は美しい』と教えてあげたい。雪と、お日様と氷と――銀に煌めく宝物が、此処にある。
「ヴィンセントは、ほんとうに、きれいね」
 何も知らなかった頃の自分も『それ』を聞いたら――ヴィンセントは考えながら世界の彩を映す。
「……つめたーい! 寒いです、ヴィンセント。だっこ、してください」
「……ああ」
 灰だけではない輝く世界で2人、もう少しだけ、雪の中に。

 銀世界に茜色が降り出せば、漂う冷気はぐっと下がり始めている筈だが、外にいる光はまだまだ元気な様子。
 暖炉近くで頬杖付いていたサイガは、笑みを零した男から『確かフェネックだよ』と訂正を受け、へえ、と返しココアを一口。
「逞しいこって。アンタもあと数年違やあっち側だったか」
「数年……いや、10?」
「増えンのかよ。しっかし、デウス斬るよかはしゃいでんよなあ」
 ――否。白と紅のどちらがなど、自ら選んだ者へは侮辱か。
 見習いたいものだと呟くと、浮かべた笑みをそのままに、注文した物をラシードへ手渡し立ち上がる。
「このホットキャラメルラテは?」
「っま、明日からもファイトつっといて」
「ああ、成る程」
 誰宛か理解した男に手を振り、本日の主役と顔を合わせる前にと外に出れば、夜はすぐそこだ。
「俺も頑張ろっと」

 銀世界が眠りにつく。星が瞬き月が煌めく。
 そしてまた――明日がやって来る。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月10日
難度:易しい
参加:32人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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