失伝攻防戦~全てを奪うモノ

作者:澤見夜行

●人知れぬ社
 山林内に設置されたその社は寂れており、人の手による管理が成されていないことがわかる。
 その人一人入れるくらいの小さな社の中に、そのワイルドスペースはあった。極小規模のワイルドスペース。社の内部を隠匿するようにモザイクが舞う。
 しかし、そのモザイクが少しずつ晴れていく。
 徐々に消滅していくモザイクの靄。晴れたその先にソレはあった。
 棺桶。
 人を収めることに特化したその箱が社の内部に置かれており、その中には凍結された人間が安置されていた。
 女性だ。神事を担うような服を着ている。そのことからこの社に関わりがあるようにも見て取れた。
 女性が目覚める気配はない。棺桶に囚われているのだ。
 その時、静謐を湛えた社の傍に、次元の亀裂が現れる。
 ――魔空回廊。デウスエクスが用いる転送装置だ。
 そして、そこより出でるは漆黒の化物。
 それは巨大にして強大。優に七メートルを超える巨躯の化物が、魔空回廊より現れたのだ。
 化物は首を傾げながら社の中を確認すると、社の中に安置された棺桶へと手を伸ばしていく――。


 慌てた様子のクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が番犬達の前に現れると、事態の説明を始めた。
「緊急事態なのです! ジグラットゼクスの『王子様』撃破と同時期に東京上空五千メートルの地点にジュエルジクラットの『ゲート』が姿を現したのです!
 さらに、そのゲートから『巨大な腕』が地上へ伸び始めたのです!」
 クーリャが言う。おそらくはその『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高いということを。
 しかし、本来であれば、この『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する止めの一撃だったはずだが、番犬達の活躍により創世濁流を阻止したことで、その目論見は阻止されたのだ。
 資料を読み進めながら、クーリャは真剣な眼差しで番犬達を見る。
「確かに、東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威なのです。打ち破るには、全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模なのです。
 しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場として戦う以上、この戦いに勝利する事ができれば、ドリームイーターに対して致命的な一撃を与えることができるはずなのです」
 当然だが、この状況は夢喰い側も理解しているはずだ。
 クーリャの説明は続く。
「それでなのですが、ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達が、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、ゲートに集めるべく動き出したようなのです。
 このドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)さんの調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達なのです」
 番犬達によって行われた『失伝の調査』がここに繋がった。
「本来ならば、介入の余地がないタイミングで行われる事件だったのですが、日本中でケルベロスが探索を行っていた事で、この襲撃を予知し、連れ去られる前に駆けつけることが可能となったのです。
 ドリームイーターが彼らを利用して、ジュエルジグラットのゲートの防衛を固める前に、ドリームイーターを撃破して救出してきて欲しいのです」
 番犬達の調査が実を結んだ形だ。この機を逃さず、救出を成功させたい。
 クーリャは更に資料を読み進める。
「回収に現れるドリームイーターは『貪欲なる夢喰い』と呼ばれる巨大な敵なのです」
 その巨体は全長七メートルにも達する巨大さだ。
 のしかかって相手を喰らい神経を麻痺させる攻撃に、鷲掴みにして相手の防御を破りながら喰らう攻撃。喰らったものを咀嚼し自身を回復する力もあるようだ。
「出現するポイントは山林の中にある小さな社の傍なのです。周辺には人の気配はありませんので、戦闘に集中することができるはずなのです」
 周辺はまったくといっていいほど人の気配はなさそうだ。避難誘導等の心配はする必要がないだろう。
「この敵なのですが、どうも『自分が敗北する可能性が高い』と考えると『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物を魔空回廊からゲートに送り届けようとする』ようなのです。
 つまりは、負けそうになると、先に回収するものを優先しちゃうということなのですね。
 この行動には二分程度かかり、その間敵は無防備になるので戦闘は有利になるはずなのです」
 この特性をうまく利用すれば戦闘が有利に運べるはずだ。いろいろな作戦を考えて見るのが良いかもしれない。
 最後に、と資料を置いたクーリャが番犬達に向き直る。
「創世濁流の失敗、『王子様』の撃破によりドリームイーターは大きな打撃を受けたはずなのです。今こそドリームイーターとの決戦の好機になるのです。
 さらに、失伝ジョブの探索がこのような事態になるとは想像していなかったのですが、ドリームイーターの切り札を、ここで奪うことができれば戦いは有利になるかもしれないのです」
 頑張って欲しいとクーリャは頭を下げた。
「あとですね、ドリームイーターは、ケルベロスの皆さんが囚われていた人間を攻撃する可能性は考えていないらしいのです。できれば避けて欲しいのですが、彼らの身柄が奪われそうになった場合は、殺害してでも止めるべきかもしれないのです」
 少し悲しそうに目を伏せクーリャは言う。
「できるだけそうならないように、皆さんには頑張って欲しいのです。どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 最後はいつものように元気よく一礼するとクーリャは番犬達を送り出すのだった。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
時崎・創英(白雪に舞う・e39534)
カレン・フェブラリー(七色の妖精・e40065)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)

■リプレイ

●全てを奪うモノ
 現場に急行した番犬達の目に、社が入り込む。
「間に合った?」
「いや、くるぞ――!」
 社と番犬達の間に亀裂が入る。そして亀裂からのそりと巨大な黒い影が這い出てくる。
「ッ……大きい!」
 事前に情報として聞いていたが、いざ目の前で見ることになると、その巨大さに圧倒される。全長七メートルの巨体が次元の亀裂――魔空回廊よりでてくるのにそう時間はかからなかった。
 『貪欲なる夢喰い』――黒い巨躯の頭部が番犬達の姿を捉える。
「ケケ、ケルベロス、ナンデ、ココ、ニ」
 社を守るように巨体を動かすと、首を傾げ一人納得したようにその巨大な口を開いた。
「ソソ、ソウカ。ジャマ、ヲ、シニキタナ」
 自身の仕事の邪魔をしに来たと判断した夢喰いは瞬間、爆発的な殺気を隠すことなく周囲に広げた。
「ジャマ、サセナイ」
 夢喰いが右腕を振り上げ、横薙ぎに払った。
「みんな、避けて!」
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)の声を聞くのと同時、衝撃波が番犬達を襲う。周囲の木々が悲鳴をあげながら薙ぎ払われ、粉々に粉砕されていく。
 辛うじて避けることに成功した番犬達だったが、その巨大さゆえに出せる威力、範囲に驚愕し、汗を拭う。
 吹き荒れる嵐のような土煙が舞う。番犬達は驚愕しながらも、だが一歩も引くわけにはいかなかった。
 社で眠る、失伝に関わる者を救い出すために、この巨大なる悪魔を倒さなくてはならないのだ。
(「絶対に助ける。誰も絶対に悲しませるもんか」)
 一歩踏み出したのはカレン・フェブラリー(七色の妖精・e40065)。その心には、共に戦う仲間達への想いで溢れている。
「行くよぴよこ! 変身――!」
 視認できるほどの輝かしいグラビティの奔流がカレンを包み込む。
 いつしかそのグラビティがカレンを包むピンクの衣装へと替わる。
「魔法少女プリンセス☆カレン!」
 ステッキを構え、その強い意志を湛えた瞳で夢喰いを捉えると、桃色の煙の派手な爆発が背後で起こった。
 夢喰いが目を細め警戒するようにカレンを捉える。
 そんなカレンに並び立つように大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)が歩みを進める。
 桃色の爆風にマントを颯爽と翻しながら夢喰いと対峙する秋櫻。
「敵性体確認。躯体番号SRXK-777、スーパージャスティ参上」
 名乗りを上げ、夢喰いへ指を突きつける。
「貴方の好きにはさせません。囚われ人を譲る訳にはいきません。そして正義は負けません。力比べと参りましょう」
「チチチ、チイサイ、ムシケラ、ガ、チチ、チカラ、クラベ? ギュフギュフフ」
 その全身にある口で汚く笑う夢喰い。しかし表情を変えることはない秋櫻は淡々と口を開く。
「虫けらかどうかはやればわかります。リミッター解除。戦闘モードへ移行」
 秋櫻が武装を構えると、仲間達もまた手にした武器を構えた。
 その後ろで、二人は手と手を繋ぎ合う。幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)とシルだ。
「琴ちゃん」
「うん」
 シルの呼びかけに鳳琴が答える。シルは鳳琴の目を見ながら言葉を伝える。
「一緒だから、すごく心強いよ。だから、目一杯頑張るっ!」
「私も、です。あなたが一緒だから……何も、怖くない」
 鳳琴が表情を緩め微笑むと、シルも微笑みを返した。
 約束の指輪は二人の左薬指に。一度ギュッと手を握り合い、そして離した。
「さぁ、はじめましょっかっ!」
 キラキラのプリンセスモードでフリルを三割増しにしたシルの言葉を合図に、失伝攻防戦の幕があがった――。

●失伝攻防戦
 シルと鳳琴が同時に夢喰いの顔に飛びかかる。
「まずはあいさつ代わりだよっ!」
「まずは挨拶代わり……ですっ!」
 シルの流星帯びた脚が夢喰いの頬を思い切り蹴り飛ばす。ぐにゃりと歪んだ顔に、鳳琴の放つ竜砲弾が叩き込まれた。
「目標ロック、主砲発射します」
 秋櫻がその攻撃に続く。アームドフォートの主砲を一斉に発射し、たたみ込むように攻撃を繋げていく。
「たぁぁ――ッ!」
 オレンジの衣装の魔法少女に変身したルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)が気合いを込めてルーン輝く斧を振り下ろす。体皮を削り取ると同時に、流星纏う蹴りを見舞い、重力の楔を叩き込んだ。
「大きいから効いているのかわかりにくいですね」
「でも、続けるしかないよ――!」
 ルーチェと代わるように、カレンがその横腹に飛び込むと、理力を込めた星形のオーラを蹴り込む。そうして出来た傷跡を、視認困難な斬撃で切り広げた。
 圧倒されるような巨躯との戦い。番犬達は囚われた女性を救う為に、その全身全霊を持って立ち向かっていた。
 時崎・創英(白雪に舞う・e39534)は特に強い想いを持って戦いに臨んでいた。
 手にした刀を振るう様は冷静にして沈着。しかしその内面において、デウスエクスへの憎悪を滾らせる。
 卓越した技量から放つ一撃で夢喰いの手足を切りつけると、腹下へと潜り込み弧を描く斬撃で斬りつける。
 視界に社が映り込む。あの社の中にいる囚われた人物に、デウスエクスに殺された大切な人々の姿が重なる。
「はあぁ――!!」
 裂帛の気合いを乗せた一撃が笑み浮かべる肩を切り裂いた。
 この戦いは、デウスエクスに全てを奪われ逃げることしかできなかった過去の自分との決別を意味している。失う戦いではない――『守るための戦い』、その第一歩だ。故に、他の誰よりも強い殺意を滾らせ、その刃を振るっていた。
 番犬達の数多の攻撃に晒されながらも、夢喰いは傍若無人に自身の欲を満たそうと行動していた。
「ギュフギュフフ、ケ、ケルベロス、ハ、ドンナ、アジ、カナ」
 その巨体でのしかかり、番犬達が避けるのをみると、愚鈍そうな見た目とは真逆、俊敏な動きでその腕を払う。
「くっ――このッ!」
「イイ、イタダキマース」
 予想以上の早さに避けきれなかった朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が夢喰いに鷲掴みにされ、その巨大な口へと放り込まれた。
「ああぁ――ッ!」
 回避は間に合わない。容赦のない噛み付きが環の腕を喰らっていく。
「ギュフギュフフ、ン、ンマイ、ナ~。モット、ウバウ、モット、タベル」
 転げ落ちる環をフォローするように仲間達が攻撃を加え敵視を稼ぐ。その間に環は後ろへと下がりヒールを受けた。
「大丈夫じゃ。すぐ治してやるでの」
 彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)が癒やしの曲を鳴り響かせる。共鳴するそのグラビティが、環の失った腕をも元通りに回復する。
「ありがとうー。あいつ見た目以上に素早くて厄介な相手ですね」
「ふむ、前衛は大変そうじゃの。妾にできるのは回復くらいなものじゃ、しかし皆を支えてみせる故、お主もがんばるのじゃぞ」
「うん、がんばります!」
 傷を癒やされた環が立ち上がり、戦列へと戻っていく。
 その背を見送りながら、戀はオウガ粒子を放ち、仲間を癒やしながら超感覚を覚醒させていった。
「お待たせしましたー!」
 戦列に戻ったことを伝えながら、手に持つ鎌を投げつけていく環。
 切り裂いた鎌がその手に戻ってくると、更なる一撃を加え、無事をアピールした。
 ――戦いは五分五分。数的にいえば、番犬達の有利で推移していた。
 巨体で有りながら俊敏に手足を動かす夢喰いは、一撃が重く、番犬達を苦しめる。
 またその大きさとタフネスさが厄介だ。致命打を浴びせることができず、また攻撃の効果を感じづらい。
 戦況的に有利なれど、一瞬の油断が致命となるギリギリの戦いの渦中にいた。
 そんな中で、番犬達は全員が夢喰いの行動に注視していた。
 いつ、夢喰いが勝機を逸し、その身体を翻すのか。
 番犬達はただ、その瞬間を狙い、待ち続けていた――。

●追撃の果てに
 虎視眈々とその時を待つ。血と汗にまみれた番犬達の戦いは佳境に入っていた。
 猫のようにしなやかに素早く動き攻撃の手を緩めない環。夢喰いがその動きに翻弄される。
 カレンはそのポジションを変更し、前衛でその力を振るう。
「先輩!」
「――ッ!」
 カレンの呼びかけに瞬間、創英が反応し刀の軌道を変える。軌道を変えたことで出来た隙間にカレンが飛び込み、古代語詠唱と共に光線を放つ。
 二人の攻撃が硬直をもたらし、その隙をルーチェが狙う。
「その悪意ごと、熱いハートで焼き尽くします! フラッシュ・イグナイター!!」
 指先から放出したケーブル状の光が巨躯を絡め取る。送り込まれたエネルギーが夢喰いを爆発炎上させていく。
 体中からモザイクの血潮を吹き上がらせている夢喰いは、周囲の木々を薙ぎ払いながら、番犬達へとのしかかる。
「く、うぅ……このくらいでっ! 負けるものかぁっ!」
 気合いを入れ脱出した鳳琴が、すぐさま攻撃に移る。竜砲弾で狙うのは、その醜悪な口。竜砲弾は狙い通りに当たるが、その動きに変化は訪れない。
「動きの阻害ができるかと思ったけど――」
「駄目だったみたいだね。残念」
 鳳琴を慰めるようにシルが言った。
 追い詰められていく夢喰いがその腕を振るう。後衛まで届くその一撃を秋櫻が身を挺して受け止める。
「躯体損傷確認。機能四十五%低下。戦闘行動は続行可能……」
 鷲掴みにされその身を喰われながらも、その表情は変わらず、淡々と状況の確認を続けていた。
「ここで一つ、お聞きあれ。幻想曲『星雲の儚き光』(ファンタジア ルーチェ・トランジトリア・ネブローザ)」
 即座に戀が癒やしの旋律を奏でる。連想される星々の儚き光があたかも優しき癒やしの光が舞い降りたかのように錯覚させる。
 この戦いに置いて、凶悪無比な一撃を浴びせてくる夢喰いに対し、番犬達の回復を一身に担う戀の活躍を軽視することはできないだろう。
 静謐な山林の社に鳴り響く治癒のメロディが今このときまで番犬達を支え、その活躍により番犬達は十全に戦うことができていた。
 それは旋律に守られながら戦う全員が理解していた。
 血と汗を拭う。
 黒き巨躯は変わらぬ動きで番犬達に迫る。
 一進一退の攻防。その状況に環が焦りを浮かべるように味方をヒールした。
 その動きを見たからなのかはわからないが、貪欲の夢喰いはさらに攻撃を苛烈にしていった。
 ――疲弊しながら、番犬達はただその時の為に、力を溜め待ち続けた。
 強大な力の前に幾度となく膝を付きながらも、立ち上がり、ただ獲物が弱るその時をジッと待つ。
 そうして夢喰いの動きに注視しし続け、……ついにその時がくる。
 ――夢喰いは、勝機を見失っていた。一体いつからだろうか。度重ねた攻撃の前に何度となく勝利を予感したはずだった。
 しかし気づけば追い詰められているのは自分の方だった。番犬達の力を見誤ったのか? このままでは勝てないのではないか? 幾重にも広がる疑問に思考が曇り出す。
 そんな中で守るべき命令はただ一つだ。
「ギ、ギィ――ッ!」
 奇怪な歯ぎしりを奏でながら突如夢喰いが反転する。
 向かうべき場所は、滅茶苦茶になった山林において、唯一無事の場所。社だ。
 傷ついた手で社の屋根を吹き飛ばし、中に入った棺桶を取り出す。
「ギ、ギィ、ギ、ギィ……」
 不快な音を奏でながら祈るような動きを見せる夢喰い。その動きの目的は明らかだ。
「待ってました!」
 そう、この時を待っていた――。
 番犬達が一斉に飛びかかる。
 此度の戦闘に置いて番犬達の持つ唯一の作戦は、この限られた時間に全てが掛かっていると言えるだろう。
 それは超火力による一点突破。追い詰められた夢喰いが囚われた人を転送する二分間にすべてを叩き込む――その時が来た。
「逆境なんて、この手で壊してみせます!」
 環は手にした鎌を振り投げ肉薄し、残る全ての力を拳に一点集中、全身全霊を持って解き放つ――!
 爆発的な威力の追撃が夢喰いの横腹を粉砕する。
「みんな、一斉攻撃だよっ!!」
 シルは仲間に声を掛けながら、疾駆する。
「闇夜を照らす炎よ、命育む水よ、悠久を舞う風よ、母なる大地よ、暁と宵を告げる光と闇よ……」
 走りながら詠唱し、魂喰らう一撃を与えると同時にその力を解き放つ。
「六芒に集いて、全てを撃ち抜きし力となれっ!」
 輝く六芒星に集うグラビティ。巨大な魔力砲が零距離から放たれる。
「いっけぇぇ――!」
 シルの背中に青白い一対の魔力翼が展開され、さらなる追撃を見舞う。
「この一撃で、貴方の全てを貫く――!」
 電光石火の蹴りを見舞った後、鳳琴が構える。龍状の輝くグラビティが拳の一点に収束。
「――勝負だっ!」
 踏み込みと同時に拳が叩き込まれる。単純な一撃であるが故に、その威力は絶大。収束したグラビティが夢喰いを蹂躙、追撃する。
「近接高速格闘モード起動。ブースター出力最大値。腕部及び脚部のリミッター解除。対象補足……」
 銃弾が弾きだされるように、ありとあらゆる打撃、足技が繰り出される。
「貴方は私から逃れられません」
 秋櫻の超光速の乱打が追撃に追撃を重ね、夢喰いの身体を粉砕していく。
「カレン!」
「エル・エステル・プリズマ・アステリア。魔法の雷よ、千に重なりて、標的を撃ち落とせ」
 ルーチェが『フラッシュ・イグナイター』で夢喰いを縛り上げ爆発炎上させると同時、カレンの星の魔術が炸裂する。
 パステルカラーの虹色に輝く巨大な魔法の雷が上空から落下する。千を一つに束ねた雷撃は追撃するように更なる稲妻を落とす。
 これだけの攻撃を喰らって、なお祈祷を続ける夢喰いのなんとタフネスなことか。
 戀が覚悟を決め棺桶へと駆け寄ろうとする。だが――。
「――絶対に連れ去らせはしないッ!!」
 疾駆する影。弧を描く斬撃が夢喰いの首を切り裂く。飛び上がった影は創英だ。
「雪代より続きし清冽なる幻想よ。その白き御手にて我が剣を浸し、壮麗たる白銀の刃を成せっ!!」
 霊剣術――『氷花一閃』。
 肉薄した状態からすれ違い様に放たれる氷刃の一閃が夢喰いの首を切り裂いた。
 だが、皮一枚繋がっている――夢喰いが勝ち誇るように笑みを浮かべた。
「――終わりだ」
 瞬間、身を引き裂くほどの強力な冷気が傷口を抉り引き裂いた。
 笑みを湛えた顔が落ちる。
 仲間達が棺桶を引っ張り魔空回廊から離すと同時、その瞬間魔空回廊は消え失せ、夢喰いもまた消滅した。
 ジャスト二分。全身全霊、最大火力の追撃の果てに、番犬達は完全な勝利を収めることができたのだった。

●戦い終わって
 戦いが終わり、周囲のヒールを終えた番犬達は棺桶を覗き込んでいた。
「起きそうにないですね」
「うーんどうしたら良いんだろう」
 ルーチェが目覚める気配のないその女性の安否を気にする。
「何が起こるかわかりません。ひとまず本部へと連れ帰りましょう」
 秋櫻の提案に全員が頷いた。
「目を覚ましてくれれば良いんだけど……」
 呟いた言葉は空へと消えていく。
 静謐なる山林の社に一陣の風が吹いた。風は静かに番犬達の勝利を称えていた。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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