●道化は嗤う
ぱちん。
今弾けたのは、とてもとても小さなワイルドスペース。廃屋の押し入れの中。
モザイクが晴れて、あらわになったのは白木の棺だ。押し入れの中に無造作に納められていた。棺の中には凍結された人間が入っている。
その押入れの直ぐ側の空間が歪む――魔空回廊だ。
魔空回廊から、ふざけた格好の道化がぬるりと現れた。
「ニョホホホホ、さあさあお仕事のはじまりはじまり~。今回のお仕事はぁ!」
誰も居ないのにクルクル回り、胸をモザイク化している道化は芝居がかった高音でがなると、ビシッと止まって両手を掲げた。
「なななんと、棺の回収~~!」
道化は眉をひそめ、先程までの甲高い声が嘘のように低く呟いた。
「……ガキの使いだなぁ、ったく」
●抱擁せんとする腕
「えええええらいこっちゃああ!」
泡を食って香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)がヘリポートに駆け込んできた。
「緊急事態も緊急事態やで! ジグラットゼクスの『王子様』を撃破できたって聞いた瞬間、東京の上空に『ゲート』が出現したんや! んで、そっからデッカイ腕が地上に伸びてきとる!」
ジュエルジグラットの『ゲート』から、ぬうっと現れた巨腕――まさしくこれこそが、『王子様』が言い遺した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』であろう。
「このジュエルジグラットの抱擁が、ドリームイーターが企てた創世濁流作戦のトドメやったんやろうけど、君らが創世濁流を阻止したから、何とかなっとる」
もちろん東京上空の巨大な腕を放置はできない。しかし全世界決戦体制を行わなければ打ち破ることは出来ないと予想される。
「せやけど、ジュエルジグラットのゲートで戦うんや、勝てばドリームイーターに大打撃は確実や」
そんなことはドリームイーターとしても百も承知なのだろう。
ジグラットゼクス達が、対ケルベロス戦の切り札として用意していた人間たちをゲートに収集すべく動き出した――との予知が行われた。
「あいつらが回収しようとしとるのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)くんらが探索してた『失踪していた失伝したジョブの関係者』や」
本来ならば、介入不可能なタイミングで秘密裏に行われていた作戦だったが、日本中でケルベロスが探索していたことが功を奏して、事前予知が叶った。
「ドリームイーターからその人らを救い出してきてくれるか?」
いかるはそうケルベロスに依頼した。
いかるが予知したのは、山梨県の山奥にある廃屋の押入に安置された棺を回収せんとするクラウン・クラウンというドリームイーターの企みだ。
「狂った悪いピエロって感じの見た目と中身しとる。ずる賢い系やね」
クラウン・クラウンは、『自分の敗北が色濃い』と判断すると、戦闘を中断して棺を魔空回廊からゲートに送り込もうとする。
「ゲートへ送るのには二分くらいかかるみたいや。その間はデウスエクスは無防備やから、有利になると思う」
またドリームイーターは『ケルベロスが棺を攻撃する事は無い』と思い込んでいるようだ。ドリームイーターに奪われるくらいならば、棺の中身を殺してしまうことも視野に入れておくべきか。
「失伝ジョブの探索がまさかこんなことになるとは……風が吹けば桶屋が儲かるって感じかなぁ」
しかしドリームイーターとの決戦前の好機である。ここは逃す訳にはいかないだろう。
参加者 | |
---|---|
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811) |
ペテス・アイティオ(また笑顔を取り戻すといいな・e01194) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677) |
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873) |
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838) |
レオン・ヴァーミリオン(焦がれの全域・e19411) |
デリック・ヤング(渇望の拳・e30302) |
●積もる埃の上で
肌寒い山梨県の山奥に朽ちかけた廃屋一つ。
くしゃんとくしゃみ一つ、腕をこすりながら村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)は現場となる家を眺めてぼやく。
「なんでこんな山奥の廃屋にいるかなー! 田舎すぎでしょここ!」
錆びたホーロー看板、崩れかけている板塀、落ちかけている瓦の隙間からは草が茫々と生えている。
「けどよ、ホントなら、こうして助けに来られさえしなかった。そのハズなのに、今こうしてデカいチャンスが目の前にぶら下がってる……」
ならばそのチャンスの女神の前髪を捕らえないなんて嘘だろ、とダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は言い、廃屋へと進む。
土間から一段上がって入るのだけれど、本来ならば土足禁止だが、埃まみれで今にも腐り落ちそうな床を見れば、靴のまま上がり込むのも仕方がない。この後待ち受けているものは大立ち回りと分かっている今はなおさら。
一間越えた先、雨漏りでふかふかになった畳の奥にその押し入れはあった。襖は既に外れて畳の上に転がっている。
じめじめとして蜘蛛の巣とカビまみれになった押し入れの中の、異様なほど新しい白木の棺――それが今回のデウスエクスの目的。
ケルベロスがその部屋に足を踏み入れるのと、魔空回廊からクラウン・クラウンが現れたのはほぼ同時。
「ニョホホホホ、さあさあお仕事のはじまりはじまり~!」
ぬるりと出てきたクラウン・クラウン、ふいと振り向きケルベロスの存在に気づく。
「げえっ、面倒な」
「ガキの使いじゃあ不満だろ、ピエロさんよ? なら俺達と命を賭けて遊んで貰おうか。……対価は貴様の首だがな」
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)はそう言って挑発する。
「ふぅむ。このまま見逃すつもりなんざ毛頭ござんせんご様子、ならばご所望の通り、遊んでほしけりゃぁ、お応えしてやりましょう!」
クラウン・クラウンはいきなりブゥンと鎌を投げる。ブーメランのように曲線を描き、鎌は的確に前衛達を薙ぎ払う。
それをなんとか掻い潜り、
「狡猾な道化なんてノーセンキューだね。どうせ演じるなら、誰かを笑わせてやる方がよっぽど面白いってのによ」
ダレンは日本刀を抜刀した。
●舞台の上にて化かし合い
「ドリームイーターが悪事を企んでるんですか!? そんなクラウンは攻撃を食らうんといいです!」
寒いダジャレを言いながら、ペテス・アイティオ(また笑顔を取り戻すといいな・e01194)は跳び上がり、クラウン・クラウンに蹴りを入れる。
同じく重力を伴う蹴りを陽斗は放つも、クラウン・クラウンは気に障る笑い声をあげながら避けた。
「……ち、届かねぇだと? ふざけろ、殴らせろ」
「嫌ですねぇ~ん。痛いのはゴメンですよぅフヒョヒョ」
気丈に笑みながら、巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)は氷塊の螺旋を投げる。
「てめぇはクソつまらん仕事を押し付けられたうえ、俺たちにぶっ倒されてここでブザマに死ぬんだよッ!」
言葉が通じるならば余計なことは考えさせまいと、デリック・ヤング(渇望の拳・e30302)は道化を嘲りながら鋭い横薙ぎの蹴撃を放った。
レオン・ヴァーミリオン(焦がれの全域・e19411)は、勢いに任せた彼の鋼の鬼の拳を避けてゲラゲラ笑う道化に、にっこりと言い返す。
「ああ、僕は単なる『塵』だからね。攻撃しか出来ない能無しだよ」
(「うーん、やっぱりばっちり立ちはだかってますから、先に棺ゲットは難しそうですねー」)
最も後ろからベルは雷壁を形成しつつ、ぴょんと跳んで押入れの中を覗こうとするが、絶妙な道化の立ち位置のせいでよく見えない。
シャーマンズゴーストのイージーエイトは淡々と前衛の傷を癒やす祈りを捧げている。
青い花びらをたっぷりばらまき、カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)は叫ぶ。
「抵抗、するなら、容赦、しません……! ほ、本当、ですよ……!」
美しい光景だが、この花弁一つ一つが動きを凍結させるエネルギー体だ。痛みは少ないが、確実にクラウン・クラウンを苛むジャマーの力。
「ヒョホホホ、容赦、容赦ねえぇええん? ンマー、キャーコワーイ! ほざくじゃねえか、アマッ子がぁ~~ん?」
カティアになんとも舐めた態度を見せるクラウン・クラウン。これは立派な攻撃で、カティアの精神がズシリとした重みとともに痛みを訴える。
「ひゃ、う、うう……」
カティアは怯えたように己を掻き抱いた。
月光の軌跡でダレンはクラウン・クラウンに斬りかかる。
「やだ……強い、強いです! 怖いですー!」
ペテスはクラウン・クラウンの攻撃に脅威を感じながら、ハンマーを砲撃形態に変えて撃った。続いて真紀もハンマーを振るう。だが彼女はハンマーをそのまま凍結の重力を乗せて直接デウスエクスを殴った。
「随分とまあ、夢を与えそうな外見の割に興醒めする野郎だなァ、殴り甲斐がありそうだ」
「ウヒヒそういうデカい口は実際に殴れてから言っ……げほ」
道化は陽斗を嘲笑しかけ、構造的弱点を的確に攻撃されて咽る。
デリックの降魔の拳が追撃する。
続くのはレオンの黒太陽。あまり痛くない攻撃に、クラウン・クラウンはニヤニヤ笑った。
レオンもその手応えの軽さに戸惑いを見せる。
ベルは徹頭徹尾ヒールに徹する。カティアの痛む精神を手術し、イージーエイトにも平癒を祈らせた。
「ピエロって、ちょっと、怖い、イメージが……でも、そんな事、言って、いられません……!」
涙目でも懸命にカティアはクラウン・クラウンに火柱を伴う蹴りで応戦する。
その様子がどうにも愉快なのか、道化は腹を抱えて応援し、向かってくる前衛達を鎌で薙ぐ。
「ヒョヒョヒョ、がんばれっがんばれっ」
「くっ」
真紀が顔を苦痛に歪ませる。ダレンや陽斗も大仰に痛がった。
「ケケケケケ、こんな程度のケルベロスでなんとかなると思われてたとは、ヒーヒャハ、お笑い草ァ」
全てがケルベロスの演技とも知らず、道化は調子に乗っていく。
道化は『負けを確信しない限り、戦闘中断してでも棺を転送しようとはしない』。
優勢だと思っている道化は転送作業に入らないのだ。もちろん早々に追い込めば、道化は焦って、二分間で彼を削りきれず転送中断もさせられぬまま棺を奪われてしまっていただろうが、今はただだらだらと戦闘が続いていく。
「てめーらと遊んで、楽しくストレス発散して、お仕事も無事完遂……『継母』様もお喜びになるでしょ~う」
ゲラゲラ笑い、クラウン・クラウンはペテスの精神を傷つけた。
「やだ……すごく痛い……痛いのヤだ、もうお家帰るです!?」
ベルとイージーエイトは冷静にケルベロスをヒールし続ける。
●怠惰の末に追い詰められて
どれだけ遊んでいたことだろう。クラウン・クラウンは、ケルベロスは大仰に痛がるのに誰一人倒れず、ヒールを持たぬ自身はそろそろ体力の限界にきていることに、ようやく気づいた。
「…………ナメすぎたかね」
と首を傾げた隙に、だりゃあっと気合の声と共に、デリックの蹴りが派手な道化服を抉る。
ぐえと情けない声をあげてしまい、道化はそろそろ潮時だと悟った。
「ああもう、飽きました飽きました! そろそろこの演目もお開きでござんすよぅ!」
クラウン・クラウンはケルベロスに背を向けて、あせあせと魔空回廊を開く。
白木の棺を担いでデウスエクスが魔空回廊に押し込もうとした瞬間であった。
「さーて……さっきまで色々と抑えさせて貰ってたんでな。最後の最後、鬱憤晴らしと行きますか!」
眩しくきらめく正義の光、それを携えダレンの断罪の光剣はクラウン・クラウンをぶった斬った。
「ギャアッ!?」
驚愕に顔を歪める道化に、
「悪いね。棺の中でまだ見ぬ美人サンが待ってるかもなんでな? 今日も今日とて、負けるワケにはいかないのさ」
と壮麗に笑顔を見せるダレン。
「ようやくか、やっと本気で踊れるな! さーあ、意識がトぶまで踊ろうぜ?」
黒い魔力で軌跡を描き、真紀のブレイクダンスが道化をのめす。
「て、てめ、てめーら、てめええらあああ」
と怒りの絶叫をあげてももう遅い。転送作業に入ったクラウン・クラウンに抵抗は許されないのだ。
「悪夢にはさせん、潔く泡沫と消えろ。屠りは祝り……汝が犠牲を供し、穢れを祓い清めん」
雪豹の爪が荒々しく、ピエロの肢体をなぶる。文字通りの天陽の葬爪――陽斗の一族に伝わる神速爪撃術だ。
「ケルベロスを舐めた報いって奴さ。『お使い』ご苦労! 地獄で会おう」
レオンは微笑んだ。
「キミはもう何処へも行けない。ここで腐れて沈んでいけ、塵でしかない我が身のように」
レオンの詠唱とともに、畳から浮き上がる影の鎖がクラウン・クラウンを雁字搦めに拘束する。
「失伝が、どうとか、関係、ないです。ただ、助けたい、だけです……! もう、何も、あいつらに、奪わせません……!」
カティアの両手に装着されたガントレットが光と闇の力でピエロを砕く。
「うぶぶぶぶ、うぶ……」
泡を吐いてのたうち回るピエロの前に立つのはデリックだ。
「ハッ! 企みの悉くを潰され、必死に足掻く気分はどうだ? 言ったろ、てめぇはここでブザマに死ぬんだッてよッ!」
デリックの拳に紫電が取り巻く。
「逃しはしねえぞ、喰らいやがれッ!」
地獄生まれのプラズマが拳を加速させ、超音速のパンチとしてデウスエクスを貫いた。
「素が出てますよ、道化さん。道化が演技しきれないなんて恥もいいとこ。それを持っていかれると困りますので、絶対にここで倒れてもらいますね」
ベルのファミリアが道化の喉に食らいつく。イージーエイトも祈りを止めて、爪による攻撃に切り替え、完全に攻勢に入っている。
「とどめですね、くらいやがれーですっ! 来たれ、降りそそげ、滅びの雨よ!」
ぱんとペテスが巨大スマホをタップするなり、廃屋の屋根をバリバリと破って無人のジェット機が落ちてきた。
「ぐえーッ」
流石にデカイ、避けられない。クラウン・クラウンは飛行機の下敷きになり、あっけなく死んだ。
「おいおいおい、棺は大丈夫だろうな?!」
真紀が冷や汗をかくも、そこはグラビティの便利さ。白木の棺は転送を中断され、静かに押し入れに収まっていた。
安堵の息を吐き、真紀は飛行機の下にいるであろうドリームイーターに告げる。
「ったく、七面倒くせえ小細工打たせやがって。ま、化かし合いはオレらの勝ちってコトで」
●未だ見ぬ貴方へ
ケルベロスは白木の棺に近寄った。
「これで末裔は救出できた、ということだな」
という陽斗の呟きに頷くカティアは、棺を破壊せずに済んだことを心から喜んでいた。
「ハローハロー。ヘイ、オレらの声聞こえてっか? どうすりゃいいんだコレ?」
と真紀は戸惑うも、凍結されている棺の中の人物は、凍結解除されず静かに眠っているままだ。
凍結されてはいても、命に別状はないことをレオンは確認して微笑む。
「ま、僕はこんなもんでもウィッチドクターだからね。人が助かるに越したことはないのさ」
「あとはあのやたらデカい手をぶっ潰すだけだな。楽勝な仕事だぜ」
穴の空いた屋根越しに、デリックは東京の方の空を睨んで呟く。ペテスも同じ空を見つめた。
「……この決着は、戦争でつけます。絶対勝ちます」
ベルとイージーエイトはジト目で屋根の穴を見上げる。
「廃屋ですけど、この穴は一応ヒールしといたほうがいいでしょうねー……。一応この棺の中の人の家だったかもですしー……」
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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