失伝攻防戦~粛清の道化師

作者:柊透胡

 兵庫県神戸市――山手の界隈は、所謂豪邸も多い。その中でも特に奥まった邸宅は、車の往来も皆無で、ひっそり静まり返っている。
 その邸宅の2階――広々とした寝室の一角、精々寝台が覆われる程度の広さがモザイクに覆われていた。
 次の瞬間、そのモザイクによって切り取られていた極小のワイルドスペースが、消滅する。
 露になった天蓋付きのアンティークな寝台の上には、これまた洋風の棺。蓋は開いており、中には老齢の女性が――仰臥の体勢で凍結されていた。
「ノーホホホホッ♪」
 突如、甲高い笑い声が響き渡る。
「いやぁ、『粛清』を名乗るワテクシが、まさかまさか、眠れるレディのお迎えにやらされるとはとは♪」
 魔空回廊から飛び出してきたのは、けばけばしい装束の道化師だ。おしろいをべったり塗り込め仰々しく紅を引くねじくれた形相、痩せぎすの足取りはリズムをわざと外した捻くれ具合で、甲高い声音は狂騒的に耳障りだ。
「アアンッ♪ 流石は我が君、さいっこうのセンス♪ そこに痺れないし憧れないけどアイしてるぅッ♪」
 下品に悶える道化師の呼称は、パージ。ジグラットゼクス『継母』の手足、『クラウン・クラウン』が1体である。

「緊急事態です。ジグラットゼクス『王子様』の撃破と時同じくして、東京上空5000mの地点に、ジュエルジグラットの『ゲート』が出現しました」
 常套句もすっ飛ばし、険しい表情でケルベロス達を見回す都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)。
「このゲートから『巨大な腕』が地上へと伸び始めています」
 この『巨大な腕』こそ、『王子様』が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高い。
「本来であれば、『ジュエルジグラットの抱擁』は、創世濁流によってワイルドスペース化した日本全土を完全に支配する止めの一撃だったと思われます」
 しかし、ケルベロスが『創世濁流』を阻止した事で、その目論見の阻止にも成功したのは確かな戦功だろう。
「東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威ですし、打ち破るにはケルベロス・ウォーの発動を要する危険規模です。しかし、ジュエルジグラットのゲートを戦場とする以上、この戦いに勝利出来れば、ドリームイーターに致命的な一撃を与えられる筈です」
 勿論、この状況はドリームイーター側も理解しているだろう。
「ドリームイーターの最高戦力である『ジグラットゼクス』達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達を、急遽、ゲートに集めるべく動き出したようです」
 ドリームイーターが回収しようとしているのは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって、探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だ。
「本来ならば、介入の余地のないタイミングで行われる回収でしたが、日本中でケルベロスが探索を行っていた事で、この襲撃を予知し連れ去られる前に駆け付ける事が可能となりました」
 彼らを利用してジュエルジグラットのゲートの防衛を固められる前に、ドリームイーターを撃破して救出してきて欲しい。
「皆さんに向かって戴くのは、兵庫県神戸市。山手方面の邸宅です」
 その邸宅には、天涯孤独の女性が住んでいた。その女性、貴峯・梓織(たかみね・しおり)こそが『失伝したジョブに関わりのある人物』の1人。孤独な独り住いをいい事に、その邸宅の2階にある寝室をワイルドスペースと化して隠していたようだ。
「非常事態ですし、後でヒールすれば良いので、窓から強引に押し入って問題ありません。ワイルドスペースは寝台を覆う程度の小さなものですが、寝室は広々としており戦闘に支障はないでしょう」
 道化師のような姿の敵は『パージ』と呼称されるドリームイーター。ジグラットゼクス『継母』の配下『クラウン・クラウン』が1体だ。
「パージは爆発するビーンバックを投げ付けて攻撃してきます。広範囲にばら撒いたり、1人を集中的に狙ったり、自在に扱うようです」
 又、けたたましい高笑いで、自らを癒す事も出来るようだ。
「如何にも悪の道化師らしく狂ったような性格ですが、『継母』への忠誠度は非常に高いようです。又、狡猾に戦況を見極め、『自分が敗北する可能性が高い』と考えた場合、『貴峯・梓織さんを魔空回廊からゲートに送り届けよう』と動きます」
 尚、この行動には2分程度掛かる為、その間、パージは無防備になる。戦闘は有利となるだろう。
「パージは、ケルベロスが囚われていた人間を攻撃する可能性は考えていないようです。避けたい事態ではありますが、貴峯さんの身柄が奪われそうになった場合は……殺害してでも止めるべきかもしれません」
 いっそ冷徹に言い放ち、創は小さく溜息を吐く。
「創世濁流の失敗、更には『王子様』の撃破によりドリームイーターは大きな打撃を受けたでしょう。失伝ジョブの探索がこのような事態になるとは、私も想像していませんでしたが……ドリームイーターの切り札をここで奪えれば、決戦も有利となるかもしれません」


参加者
寺本・蓮(眼鏡が本体疑惑・e00154)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)
ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)

■リプレイ

●閑静の奥に
 兵庫県神戸市――山手の界隈は、所謂『お屋敷』が多い。更に奥まったその邸宅の周辺は、鳥の鳴き声さえもひっそりとして。
「ここに失伝したジョブに関わる人物が……何としてでも救出したいですね」
 広々とした庭に人影8人と犬影2体。枯れ果てて白茶けた芝生を見渡し、ラインハルト・リッチモンド(紅の餓狼・e00956)が呟く。
「屋敷はあっちだな。急ごうぜ!」
 すぐに駆け出すブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)。自分の事は二の次、他人の死を極端に嫌う彼女にとって、今回の事件は到底看過出来ない。
「この先の戦いの為、何より被害者をむざむざと敵に利用させる訳にはいかねぇかんな。絶対守り切ってやんぜ!」
(「反逆ケルベロス……もし成功していたら……他のケルベロスにとっては厄介な存在となっていたかもね……」)
 意気軒高なブリュンヒルトと対照的に、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)はクールに独りごちる。
(「まあ、私には意味ないけれど……」)
 喩え一般人であろうと敵として対峙すれば躊躇なく斬り捨てられる、少なくとも今の千里はそう思っている。
 それでも、屋敷の奥に凍結された老婦人を助けたいという思いは、概ねケルベロス達の総意だ。
(「もし彼女が敵の手に落ちれば、恐らく生きては戻れまい……なればこそ、今ここで必ず守りきる!」)
(「ここで救えなければ恐らくもうチャンスはない。だから、何があろうと必ず守り抜く!」)
 異口同音に決意を固めるリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)と寺本・蓮(眼鏡が本体疑惑・e00154)が、1階の窓ガラスを破れば次々と邸内に突入するケルベロス達。
「ちょっと待って」
 2階に上がる前に『お師匠』と慕うオルトロスを床に下ろし、クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)が殺界を形成する。元より失踪に気付かれぬ程、件の老婦人は近隣と没交渉だった。これで万に1つも一般人が巻き込まれる事は無いだろう。
「早く早く!」
 殺界形成ももどかしく、ブリュンヒルトが急かす。中央の階段を駆け上がり、うっすら埃積もる廊下を走り抜ける。
 バタンッ!
 寝室は施錠されていなかった。リューディガーと蓮が勢い良く扉を開ければ、今しもモザイクに切り取られていた極小のワイルドスペースが、消滅する。
「あ、あそこ!」
 思わず指を差す長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)。露になった天蓋付きの寝台の上に洋風の棺を認めた、その時。
「ノーホホホホッ♪」
 響き渡る甲高い笑い声。唐突に出現した魔空回廊から、けばけばしい道化師が飛び出す。
「いやぁ、『粛清』を名乗るワテクシが、まさかまさか、眠れるレディのお迎えに……はれ?」
「ご婦人がお休み中ですよ。静粛に願います」
 神代も聴かぬ紅の番傘を構え、冷ややかに言い放つ京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)。傍らで、オルトロスのえだまめが低く唸る。
 カクリ、と人形めいて直角に首を傾げる道化師をクローネのフード越しに見詰め、わかなは決意を新たにする。
(「梓織さんは絶対に渡さない! 守り抜く為なら、なんだってやってみせるんだから!」)

●粛清の道化師
「アー……まさかまさか、アテクシの他に? それも、こぉんなに沢山で?」
 パシパシと仰々しく瞬きする道化師。
「ちょおっと我が君、簡単なオツカイって言ったじゃあないの! ヒドイワ! アテクシを弄んだのね! そこに痺れないし憧れないけど――」
「黙って」
 眇めた眼差しは血気を帯びて。剣呑を露とした千里の周囲を舞うオウガメタルは、黒鉄の胡蝶。鉄扇に変じるや道化の装束を切り裂く。
「お、やるかァ? コンティニューはないぜ!!」
 不敵な笑みを浮かべ、ブリュンヒルトも拳を握る。豪快に振るわれた降魔の一撃は、しかし、僅かな身動ぎでかわされた。続いて、クローネが轟竜砲をぶっ放すも、外れたリズムで後退したその足下を抉るのみ。
「……っ」
 表情を読まれぬよう深く被ったフードの下で、クローネは思わず唇を噛む。
「アァ、ナゲカワシイ。自己紹介どころか、様式美すら解さないなんて! だから、駄犬は嫌いなのよ」
 ヒョコヒョコと歪なステップを踏みながら、道化師の両手が幾つものビーンバッグを鷲掴む。
「アテクシは礼儀正しい良い子だから、教えてあ・げ・る♪」
 ――――!!
 ばら撒かれたビーンバッグが、前衛に爆裂した。辛うじて、リューディガーがブリュンヒルトを庇うも、装甲に亀裂が走る。
「アテクシはパージ。『粛清』の道化師……あ、お返しはイラナイわよ♪ 駄犬の名前なんか、聞きたくもないから♪」
「雑音が……雨音が絶えませんね」
 夕雨の呟きは淡々と、細やかな炎弾は雨の如く。雨後の黄昏を思わせる橙の光粒が次々と道化師の足を貫いていく。
「……もう少し痛がってはどうですか」
 だが、夕雨の表情は芳しくない。よくよく狙いを付ける後衛に在って、攻撃を外す事はそうは無い。だが、眼力が量る命中精度は、痛撃を見込める程高くないのだ。
「キャスター、だね」
 蓮も被って判った。道化師の範囲技は敏捷に依る。そして、防具耐性が合致した蓮やオルトロス達にも易々と当ててきたのだ。攻防ともに優位なポジションは、1つしかない。
(「厄介な……」)
 リューディガーの顰め面は、演技より寧ろ本音に近い。敵にケルベロスが不利と誤認させ、失伝回収のタイミングを遅らせる間に、全力攻撃の準備を整える――その方針は、正しい。ケルベロスの攻撃が、命中するのであれば。
 現状はそれ以前の問題だ。敵が失伝回収に集中する最後の2分で撃破するにせよ、そこに至るまで緩やかに追い詰めていかねばならない。見切りを逆手に取るまでもなく、ケルベロス側の命中率は相当に厳しい。如何に敵の油断を誘いながら、来る一斉攻撃に備えるか。
 だが、キャスター相手に確実に攻撃を刻めるだろうスナイパーで、足止めの技を準備したのは夕雨のみ。加えて、オルトロスと魂を分け合う身では、厄付けにも遅れを取る。となれば、他の手段は。
「さて、頑張りますかねっと」
 キリッとした表情と裏腹に緩いフリースロー。孤を描いた蓮の気咬弾は、狙い過たず敵に喰らいつく――ホーミング技で命中に専心するか。
(「さて、上手くやりたいものだね」)
 ラインハルトの掌中に、エネルギー光球が浮かぶ。満月にも似たそれを、蓮に投げた。その実、回復量はさして多くない。ジャマーのヒールの真骨頂は別にある――ヒールに伴うエンチャントか。
「あの人、怖いよぅ……」
 怯えた風を装いながら、同じくジャマーのわかなはエレキブーストを順に前衛へ掛けていく。ジャマー達のヒールの効果は、何れも攻撃の威力上昇。とは言え、どんな強力な攻撃も、命中しなければ無為となる。
(「まずは戦況の主導権を握らねば」)
 『当らない振り』と『当てられない』には雲泥の差がある。リューディガーよりオウガ粒子が放たれた。
「ノーホホホホッ♪」
 けたたましい高笑いが響き渡るや、道化師の傷が塞がっていく。
「うるさいです、黙ってて下さい!」
 すかさず、接近した夕雨が暴風伴う回し蹴りを繰り出すが、笑い声は殷々と屋内に木霊するまま。
「チッ……攻撃の傷が残っている……美しくない」
 神経質そうに唇を歪める千里に応じて、烏揚羽を象るオウガメタルより鱗粉のようなオウガ粒子が撒かれた。

●劣勢の真偽
 戦いは続く。高笑いの掻き消す爆発音が幾重にも響き、リューディガーは独自カスタマイズしたヒールドローンを展開する。
「救護部隊、出動! 全力を以って我らが同朋を援護せよ!」
 防具の修復を幸いに闇雲に繰り出した猟犬縛鎖をかわされ、大きく独り言を口にする蓮。
「ちっ、厳しいか!」
「避けてばかりで嫌な方ですね」
 只管ソードラッシュで突進するえだまめも早々に見切られ、夕雨は大きな声でぼやいている。ヒールばかりでは怪しまれるだろうと、スターゲイザーの足止めや絶空斬も交えるラインハルトだが、中々捕え切れていないようだ。
 敵は、キャスター。演技せずとも不得手の技は当り難い。練度不足と侮られるのは本懐ながら、内心は些か複雑だ。
「もうやだ、おうち帰りたい……」
 涙混じりのわかなの声音も演技。戦場では常に動き回っていると言えど、列が違う者同士が肩を並べる機会は多くない。それでも、クローネに身を寄せれば、彼女自身は寧ろ素っ気無い。こちらも又演技だ。
(「……演技苦手だって、バレてませんように」)
「……ふーん?」
 その様相を横目に、ポンポンとビーンバッグを弄ぶ道化師。
 ――――!!
「くっ!」
「気弱なオジョウちゃん、にしては、すっごい強そうなのよねー」
 爆発を浴びせられたのは、頼られたクローネの方だ。たたらを踏んだのは、演技かそれとも。
「エグエグ泣きながら、デウスエクスを切り刻んできたとか? ……いやん♪ 何それ、猟奇的で萌えるワァ!」
 聞こえよがしの当てこすり。眼力はデウスエクスも具える。命中率から実戦経験もある程度量れるというもの。わかなの実力からすれば、些か説得力に欠けたかもしれない。
「大丈夫か?」
「まだ平気。余計な事しないでよ」
 時に庇いながら、「攻撃を凌ぐのに精一杯」の呈でヒールに専念するリューディガーからルナティックヒール。魔導書を取り落としながらも強気を口にするクローネだが、ダメージは深い?
「一丁前に心配? 駄犬の癖に」
 お師匠の視線にも吐き捨てる。突っぱねて棘のある態度を取りながら……小さく頭を振って見せるクローネ。
 そう、ダメージの程は眼力でも判らない。その実、防具のお陰で凌げていようと、比較的誤魔化し易いと言えよう。
「そんな言い方ねぇだろ!」
 応じるブリュンヒルトは、声を荒げて不仲をアピール。重なるエンチャントのお陰もあり、じわじわと命中率は上がってきているが、それでもまだ、ブリュンヒルトの刃は道化師には遠い。その苛立ちは本当だから、演技の手間も省けるというものだ。
「っ!」
 千里の妖刀が、雷気を帯びて奔る。ふと思う――どの程度で、攻勢に転じるべきか。
 ――――!!
 爆ぜる敵のジャグリング攻撃は、けして軽くは無い。その攻撃は、専らブリュンヒルトやクローネと、比較的打たれ弱い所を狙ってきている。
 じわじわと穿ち、気が付けばのっぴきならない所まで追い詰めていた――とするには、長期戦は必至。だが、エンチャントは専ら命中率や威力を上げるものばかりで、敵からのダメージ軽減には一切準備が無い。
 或いは、一気に敵を追い詰めるタイミング――厄や強化の積み上げや、味方の被害状況等、基準を設けていれば、もっと動き易かっただろう。
「……おいおい、流石にやばいんじゃねぇか?」
 辛うじてブリュンヒルトの降魔真拳が、道化を捕えた。幾許かの生気を奪うも、回復には限度がある。特に防具耐性が合致せぬまま前衛に立ち続ける彼女の消耗は激しい。一斉攻撃の為に、クラッシャーの火力が欠ける訳にはいかない。
 お互いダメージの程が見通せなければ、腹の探り合いが暫時続く――その根比べに競り勝った事こそ、今回1番の幸運と言えよう。

●怒涛連撃の果て
「ああ、もう! 鬱陶しい!」
 突如、ギリィッと歯噛みし、道化師は身を翻す。
「アテクシは暇じゃないの! 駄犬なんかに付き合いきれないワ!」
 投げたビーンバッグはケルベロスではなく、寝台の棺へ――漸くの好機到来。
「やっぱりこっちの方が性に合ってるよね!」
 これまでの気弱が一転、豪快に鉄鍋を振るうわかなに続き、千里の、リューディガーの、超重凍結の一撃が次々と。
「このままでは死んでも死に切れないところでした」
 ラインハルトの光刃が唸りを上げるや、えだまめの地獄の瘴気をも纏う勢いで夕雨のブレイズクラッシュが奔る。
「しかし、此処で死ぬのは貴方だけです」
(「作戦とは言え、酷い態度の事は後で皆に謝らないと……お師匠にも、ね」)
 生来、温和なクローネにはある意味試練の演技だったが、それもきっと報われる。過分の力も抜けたシャドウリッパーは、伸びやかに道化に閃いた。
「よくも散々痛めつけてくれたなぁ。覚悟しやがれ!」
 これまでの鬱憤を晴らすかのように、一気に肉迫したブリュンヒルトは道化師の急所目掛けて蹴り上げる。
「グ……うぅぐぅ……」
 幾重にも氷結に侵され、打撃の度にひび割れ、壊れる道化の体躯。だが、それでも、踏み止まり、ビーンバッグを撒き続ける。
 リューディガーにしろ蓮にしろ、いざという時の覚悟をしているが……暴走は失策の保険ではない。自らの命の危機非ずして理性の箍を外すのは難い。
(「もし回収を避けられなければ、俺達が手を掛ける方が、後々敵を利する事も、彼女を更に苦しませる事もない。分かってはいるが……」)
 少しでも助けられる可能性があるなら最後まで諦めない、そう信じて戦う仲間達に応えたい――リューディガーは改めて決意する。
(「そうだ、俺達は人々の守り手、ケルベロス。『最後の選択』を捨てた今、俺達に敗北も退路もない!」)
「我が身に代えても必ず守りぬくぞ!」
 力強い掛け声と共に、無慈悲の斬撃が道化師に唸る。
「第三幻装顕現。切り拓け、陽月!」
 現れるは天地開闢の聖剣と軍馬の聖霊――聖霊と共に光を纏い騎乗突撃を敢行する蓮。寝室の壁や天井を駆け跳ね、闇に蝕まれた道化師を、光撃が斬り祓う。
「You're mine!」
 ラインハルトの魔力と血によって生み出された鮮血剣が、幾重にも道化師に牙を剥く。号令一下、一斉に発射した刃の数々は烈火の如く道化を串刺しにしていく。
「冬を運ぶ、冷たき風。強く兇暴な北風の王よ。我が敵を貪り、その魂を喰い散らせ」
 クローネが喚ぶ北風が吹き荒れる。獰猛な獣の牙の如く道化師をズタズタに食い荒らせば、流れる冷気を大きく吸い込むわかな。
「ここまでやったんだもん、ぜーったいに助けるんだから! ヤアアアアアッ!!!」
 これまでの鬱憤を晴らすように元気よく。歌で鍛え上げた声量が破壊音波と化して迸る。
「こんな、隠し弾を幾つも……出し惜しむなんて、ズルいわよぉ……」
「我々が経験も知恵も足りない馬鹿ではないとわかってもらえて良かったです」
 よくよく狙いを付け、夕雨の掌中よりオーラの弾が鮮やかに孤を描く! ぐらりと傾いだ細身を、ブリュンヒルトの「聖なる左手」を引き寄せ、「闇の右手」が強かに叩き伏せた。
「残念だったね……お前たちの目論見はここで潰える――」
 死出に咲くるは死人花。42回の瞬斬は、千里が修めた千鬼流奥義――死葬絶華。
「さよなら……」
 一瞬後、道化師の全身を朱に染めたのは、粉々に砕け落ちるモザイク。
「……我が、君……ノーホホホ――」
 引き攣るような笑い声は唐突に途切れ、道化師は砂が崩れるように霧散した。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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