失伝攻防戦~刻んだもの

作者:ヒサ

 とある古い一軒家の、庭の片隅に建つ納屋の中。詰め込まれた古道具やらガタの来ている古い家具やら何度も読まれた跡のある本の山やらを越えたその奥に、小さなワイルドスペースがあった。
 周囲のものとは違いひどく雑に床へ放り出された古い本達に囲まれたそのワイルドスペースを形作るモザイクが、晴れる。現れたのは大きな箱。散乱する本を集めて入れると丁度一杯になりそうなその箱は、元々はそれら本達の為にあったのだろう。
 今は中には、死んだように眠る一人の老人の体が押し込まれていた。少しばかり窮屈そうなその様は、かつて彼を襲ったワイルドハントの手に依るもの。
「──ああ、いたいた」
 その傍に魔空回廊が開く。もういない彼、あるいは彼女に代わり老人を回収する為に現れたドリームイーターは、目当てのものを見つけ唇を笑みの形に歪めた。

 『王子様』の死と同じ頃、東京上空五千メートル地点にジュエルジグラットのゲートが現れたという。
「そのゲートから、大きな腕が出て来ているようなの」
 これが『王子様』が言い残した『ジュエルジグラットの抱擁』であると見られていると、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ伝えた。これに抗うにはケルベロス・ウォーが必要となろう。
「あなた達が『創世濁流』を阻んでくれたので、これに対処する余裕が出来た。上手く行けば、彼らに大打撃を与えることも出来る筈よ」
 その上で、ドリームイーター達はゲート防衛の為に動き出したようだと、ヘリオライダーは今回の作戦についてを語る。
「『ジグラットゼクス』達は、あなた達との戦いの切り札に、ヒトを用意していたようなの」
 先日話題に挙がった、失伝した職能に関わりのある失踪者達。これが、ジュエルジグラットの戦力としてゲートへ集められようとしている。全国各地でのケルベロス達の調査に依り予知が叶った、ドリームイーター達のこの目論見を阻止し、出来る事ならば連れ去られようとしている人間を無事に救い出して来て欲しいのだと、仁那は言った。
「なのであなた達には、そのひと達を回収に来るドリームイーターの一体と戦って貰うことになるのだけれど」
 敵の武器は銃と鍵。ケルベロス達と事を構えるとなれば周囲に配慮などせず暴れ回ることだろう。流石に回収対象に傷を負わせるような無茶はしない筈だが、納屋自体は滅茶苦茶にされる事もあり得る。
「周りの本も巻き込……、……いえ、おじさまの無事にはかえられない、わ。そこは我慢して頂くとして」
 自宅の敷地内を戦場とされる老人の胸中を論ずるにも、彼の無事が前提だ。脱線を慎むかのよう口元へ手を遣った仁那は、敵の動きに注意しておくようケルベロス達へ依頼する。
 敵は、回収作業に邪魔が入った場合はその解決──ケルベロス達の排除を優先するが、回収を成せずに自身が死を迎える可能性が高いと判断した場合、戦闘行動を中断し回収対象をゲートへ転送しようとするのだという。
「そういう風に追い込むことが出来れば、あなた達にとっては攻め時になると思う。……状況によっては、作戦に支障が出る事になるかもしれないけれど」
 二分ほど掛かるという転送の完了を許してしまえば、被害者の救出は出来ないという事。
 ヘリオライダーはそこまで言って視線を落とした後、計画の阻止だけを考えるならば老人を見捨てるという選択も無くは無いのだと、少しの沈黙を挟んだのちに呟いた。
 『回収対象を消して』しまえば、当然敵は回収作戦を完遂出来ない。ケルベロスが同胞──同じ地球に住まう者を傷つける事などドリームイーターは想定していないであろうから、ほぼ確実に虚をつく事が出来るだろう。その後敵がどう反応するかは不明だが。
「ただ、これは、最後の手段、くらいに考えておいてくれるとわたしは嬉しいわ。……敵の思い通りにさせてしまっては、この後の戦いが辛くなる」
 叶うならば全てを護って欲しい、とは、ヘリオライダーの口からは出なかったが。
「あなた達は、無事に戻って来てちょうだい」
 彼女の瞳は、常と同じ信頼の色を乗せてケルベロス達を見つめた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
罪咎・憂女(憂う者・e03355)
百丸・千助(刃己合研・e05330)
明空・護朗(二匹狼・e11656)

■リプレイ


 障害物を越えて駆け来る者達の存在に気付き、ドリームイーターは作業の手を止め武器へと手を伸ばした。
「邪魔が入るなんてね」
 互いの姿を認める。近付くなとばかりケルベロス達の足元へ銃弾をまき散らした敵は小さく舌打ちを。そのような威圧に怯みはしないとフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)は銃弾が止んだ隙に敵へと詰め寄る。物々しい大刀が振りかぶられ、
「待て、じーさん巻き込む気か」
 敵の陰、ほど近い位置に老人を納めた箱がある事を確認したキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)の声がそれを止める。敵を薙ぎ払わんとする刃はぐいと方向を変えて手近の棚を打ち壊した。
「頸を刎ねれば終いですのにー、やり辛いですわねぇー」
 強化の力を孕み淡く舞い散る虹と銀の色の中、木片を浴びる敵の理解が追いつくより先に退いたフラッタリーの額と金瞳が晒される。
「然ラバ今ハ爪ヲ研ギマセU。此ノ愚狼ヲ御シテ下サルト云フノナラ」
 獄炎が揺れ、その細い手には不似合いなまでの質量を有する彼女の得物にそれぞれ灯った。
「いきなり豪快に壊れちまったなぁ」
 棚を見遣り空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)が嘆息する。そうしながら銀光を重ねに動く彼は、敵の手が翻るのに気付き前へ。
「あんた達、出てってくれない? でなきゃ死んで頂戴」
 幾つもの小さな鍵が飛来し前衛を薙ぎ払う。切り裂くそれが残して行ったのは、攻める意思を侵食する痛み。過分なまでのそれを、傷を受けた者達は顧みて、
「確かに、やり辛いですね」
 敵の戦い方が妨害に特化しているものと判断し、レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)が眉を顰めて見せた──本音は真逆である事を悟られてはならない。これならば準備を調え易い。頼みます、と彼女は後方の者達へ目配せを。
 まず応じ得たのは百丸・千助(刃己合研・e05330)。目眩ましも兼ねて高く跳躍した彼は、己がミミックが生み出した刀剣を連れて敵へと足技を仕掛けた。鋭く裂く如きそれは、先行したタマの剣やガジガジのそれとはまた違う痛みをもたらすもので、狙いの正確さも相俟って派手に態勢を崩された敵の体が周辺にある本の山をなぎ倒し埃が舞った。
「ったいわね! 何してくれんのよ腹立たしいアンタ殺すわ」
「うわっ!?」
 不機嫌そのものな声と共に、煙る中から幾つもの銃弾が飛来する。雑な射撃を喰らうケルベロス達では無いが牽制には十分、肩の位置を狙われた千助が急ぎ飛び退る。
 そうして、手応えがあり過ぎた事に彼は気付き、その様子を見て罪咎・憂女(憂う者・e03355)も思い至る。敵はこうした攻撃に弱いのだろう。
(「であれば」)
 刀使いである少年は攻めの要となり得るが、過ぎれば計画に狂いが生じる。だが彼女自身も着実に攻めねば今度は不足が生じ得る。判明した弱点を突かぬのも不審に思われるであろうし、ゆえに調整は前衛に頼むほか無い、と目を遣った。
(「気付かなかったふりで居れば良いでしょうか」)
 解して頷いた彼女達は、射手達はそのままで、との意を込め微笑んだ。元より攻撃役四名中の三名が刀剣使い、その中で分担し調整するのが最善だろう。
「皆さん、無茶はしないで下さいね!」
「ねえ百丸、あんまり動かれるとヒールし辛いんだけど」
「って言われても、さ、ゴメン」
 前衛達が受けた傷をさもおおごとであるかのようにるーさん共々ヒールを為す大粟・還(クッキーの人・e02487)と、杖を片手に大嘘を口にして見せる明空・護朗(二匹狼・e11656)の声は、敵の誤認を誘う助けとなったろう。ばらまかれる敵の銃弾を身軽に避けつつ千助がそれに乗る。遠距離攻撃に終始する敵であるがゆえにその傍から老人の体を引き離す機を見出せぬ事だけが惜しまれた。
「ちっ、ガキがちょこまかと」
 態勢を立て直し銃に両手を添えた敵が狙いを定めひきがねを引く。此度の狙いは正確で、
「銀閣!」
 危険と判断した満願の声と共に銀流体が友人を護る壁となる。触れる箇所から伝わる衝撃にその主自身は眉を寄せたが、盾役である彼であれば被害は少なく済む。
「サンキューな!」
「おう、あん糞神の好きになんざさせっかよ」
 反撃にと流体を纏う拳が唸る。対照的にレクシアは、抜いた刀をひどく振るい難そうにしていた。
「もう少し広ければ……!」
 障害物を斬り払い道を確保するのも躊躇われるとばかり、切り込めずに翼を象る獄炎を燻らせる。油断してくれれば好都合と、敢えて敵に読まれ易いところから得物を鈍く振るう。弾かれて悲鳴を零して見せれば還が息を呑む音を添えた。
「るーさん、彼女をお願いします」
 ウイングキャットへ言う彼女自身は敵の目を盗み後衛へ銀光を。攻めあぐねて見せ敵の意識を誘う前衛達に代わり憂女は、見えれど避けられなければ十分と蹴り技を今一度。敵が危機感を抱く前にその動きを縛りきるべく。
「しっかりしてよね」
 口を尖らせた護朗が傍の少年へ加護の雷を放つ。叱咤する声に添うのは信頼と依頼の眼差し。それも、敵に気取られまいと淡いものではあったけれど、同じ目的を抱く仲間である以上、見掛けなど障害にもならない──確実に、老人を無事なまま助ける為に、彼らは敵を欺くべく不和と未熟を演出して行った。


「──だから危ねェって!」
 無骨な大刀を振るう娘をキソラが再度諫めた。ゆえだろう、火雷を纏う刃は今一度無人の床を叩き割る。爆ぜた雷が古い人形を焦がすに似て、軋る声が不満を唸った。
「『慎重』ト『臆病』ハ別物カト存zI間須ガ」
 台本通りにこなしてのち彼らは、老人に悪影響が見えない事に安堵する。虚構だらけの中で、他者を案じる心が数少ない真実の一つだった。
「仕方ありません、ご老人を巻き込むわけには行きませんし……」
 不満を表現する友人を宥めるレクシアの声は濁る。言っても無駄、といった雰囲気が演出され。
「だからってあんまり逃げ腰でもダメだろ」
 被せるような千助の言は拗ねたような色を纏い、彼自身は声だけを置いてその身で敵を襲いに。突出したとてフォローを期待出来るから、との心を知らぬ者には無謀にも見えようか。
(「独リデハ無イ、其の意味も価値も、きっと彼女には解らぬのでしょう」)
 老人の事が無くとも敵自体が大きな脅威であると見ている風に装う者達が、警告や制止の声をあげる。攻撃に応じる敵が放った鍵が辺りを切り刻む。
「るっさいなあ。そっちで喧嘩してりゃ世話無いじゃん、よそでやってよ」
「うるせぇのはそっちだ、壊すなっつってんだろうが糞神が」
「っ! すみません、一旦──」
 納屋の損傷を気にした風、満願が毒づく。治癒の金光散る中でレクシアは、受けた傷を深いものと捉えた如く眉をひそめ自身の獄炎をなお盛らせる。
(「護朗さん。このまま、前の方々をお願いします」)
(「うん、解っ……、りました」)
 派手に動く彼らの陰で、ヒールに専念している者達が密かに小声を交わす。仲間へ力を与える虹の風を操るキソラは皆の様子に目を配る。ここまで誰が誰にどれだけ加護を遣ったろうか。複数名で分担している以上、把握は極力丁寧に、細やかな調整をと。仲間を想う心は真実で、ゆえにこそ懸命に目を凝らした。還は中衛へも銀光を投げ、護朗は奮闘する盾役達を癒す。攻撃役達を中心に援護し続ける彼らの見立てでは、目標へは何とか届くかどうかといった調子。自分達が攻撃に回る余裕は無さそうだが、避けられぬ不利を織り込んだ上で彼らは巧みな配分を為していた──敵が癒し手であったならば危なかったろうが、と密かに息を吐きはしたけれど。
 そうして。老人の様子を気にするうち、といった風、ケルベロス達は少しずつ攻撃の手を緩め気味に。回復するだけの余裕がある、と敵の認識を誘導出来れば、もう暫く時間を稼げよう。ゆえ、治癒を低減する呪詛を今は控え、しかし回復は不要などと思われぬ程度には危機感を煽るよう波を。
 深く切り込んだ憂女の短刀が藍の軌跡を描き敵を刻む。体ごと掴まえられるほどにまで標的へ迫った彼女の逆の手が件の箱を探して微かに漂い、気付いた敵が銃身でそれを弾いた。
「っざいわね、渡せないんだっての!」
 ケルベロス達の演技に依り侮りの色を滲ませていた敵は、しかしこればかりはというよう、苛立たしげに声をあげる。
「罪咎ちゃん、無理はしねェで」
「だが」
「ご老人にナンかあったら大変じゃん?」
「それは」
 敵に強いられた形に添い大人しく退いた憂女へキソラが宥める声を。まごつく様を敵が鼻で笑う──ケルベロス達は老人が巻き込まれ傷つく事を過剰に恐れている、と。『避けたい』を大きく超えて、との理解に至ったようで、ドリームイーターはその身で老人を庇う事をより意識したかのような位置取りを。彼女自身も滅多な事は出来ない筈だが、いざとなれば彼を盾にして見せる事で此方の無力化を狙える可能性でも考えたのだろうか、等と寸劇を切り上げた二人が思い至り、より一層の警戒を、と視線を交わした。
 敵の能力そのものは本来、手抜きが許されるほどでも無かろうが。緻密に為された誘導に依り、それに気付かぬまま彼女が自身の治癒を試みたのは、その少し後の事だった。


(「再度ハ御座イマセn」)
 笑みの形に歪むフラッタリーの唇が呪詛を囁く。もたつくから立て直されて、等と焦れたかのよう動いた末、敵だけを捉えた大刀に獄炎が爆ぜる。時間稼ぎはそろそろ終えて良かろうと、幾名かの意思が視線に乗って宙を走り、刹那の間に全体の合意に達し。であればと彼らは密やかに、敵を追い詰める為にこそ仕掛けて行く。満願の手に依り巻き起こる爆風はレクシアの加速を助け、その刀は月弧を描き敵を捉える。先の癒しを無にせんとばかり側面から回り込んだ千助が間髪を容れず鋭い蹴りを再度。
 とはいえあまりに苛烈では敵が目を覚ましかねない。それは叶う限りに未来で良い。反撃を警戒した風、追撃を躊躇う憂女の動きに応え、還の祈りが喚んだ雨が後衛を潤す。続いた護朗の杖が雷を撃った。
(「確実に」)
 今一度、仲間が創った傷を活かすよう。雷の助けを得た憂女は風纏う刃を敵の身へ突き立てるべく駆け。キソラが翻した扇は彼女の持つ鋭さを増すべく幻を織る。
 傷口がばくりと開き刻まれる。己を襲う苦痛の加速に違和を覚えたか敵は顔をしかめ、鍵の群れを放った。比べれば脆い箇所を狙ったそれは、己が現状を顧みるだけの暇を求めてだろうか。
 だがそれを許す盾役達では無く。素早く駆けたタマが護朗の前へ身を躍らせ、満願が振るった銀の腕はキソラを襲った鍵を悉く打ち払った。常ならば憚らず紡ぎ得る感謝や応えは今はどれも、ただ囁きに留められたまま。
「てめぇの好きにゃさせねぇっつったろ。ちったぁ大人しくしやがれ」
 ぎりぎりのところで間に合った、交ざる本音を大仰に装飾して、乱れた息が吐かれる。同調したよう唸るオルトロスの姿もまた、見ように依っては強がりにも見えたろうか。ケルベロス達にとって敵は未だ警戒すべき相手である事に変わりは無いのだと、そう伝わればやり易い。
 追い込むのには本気を出して、けれど表面的には極力変化を隠し。稼いだ一分強の間に状況を調えて、加護の担い手達が安堵する。
 調整はほぼ完璧、そして役目を終えた魔法が効き目を失う。攻防の中でようやく現状を顧み得た敵が危機を悟り、銃を持たぬ側の腕を宙へと伸べる。老人の体へ向けられた掌の意味など聞くまでもなく明らかで、ケルベロス達は今度こそ、全ての演技を捨て去った。
 促す声が、突撃を報せる声が、重なる。癒し手達の得物すら、今は標的を害す為に振るわれる。キソラが撃ち出した杭が凍気を纏い先駆けて、翼を翻しそれを追った憂女は災い担う幻を連れて幾重もの斬撃を浴びせる。スマートフォンを操作する還の指示で凍結弾が放たれ、ウイングキャットの爪が追い打ちを掛けた。敵を苛む冷気の散る中オルトロスをけしかける護朗は確実にと狙いを定め、杖に集めた雷を敵を縛す鎖と成し。桜の色と呪力を孕み唸る鯨に黒い炎を纏わせた満願の腕が、雷ごと握るかのよう間を置かず伸びる。
 逃がさない、と囁く声があった。ここで潰えろ、と業火達が謳った。
「多分、あと少しです」
「お願い」
 仲間を案じ状況の把握に努め続けた者達が、織り上げた加護を満載して引き受けた者達へ乞うて、託す。斬り傷に弱い敵を、今だからこその執拗さで刻んで虐げて、それでも務めを成す為に悲鳴も毒も洩らす事を止めた彼女を、終わらせる為に。
 質量を持たぬ刀が無数に現れる。千助とミミックが創り出したそれらが嵐の如く荒れて、近付く限界に身を傾がせた敵が晒した腹へ蒼炎の尾を引くレクシアが弾丸と駆け更なる痛みを与え。彼女と共に目標へ届いた、照明を象る鈍器が、獲物の体を打ち壊す。
「往クモ戻ルモ──許すほど。獣は寛容ではございませんのー」
 灯の揺らめく大きな凶器を軽々御したフラッタリーが、金色を覆い隠すよう目を細めた。


 一分近くの余裕を残して敵を排除した彼らの意識はすぐに件の老人へと向いた。
 満願が彼の元へ走り、キソラが周囲を見渡し異常が無い事を確かめる。そっと横へ転がした箱から老人の体が引き出され、傍に膝をついた護朗が手を伸べ目を凝らし、還が屈み込み耳を澄ませる。
「眠ってるだけ……だと思う」
「衰弱しているという風でもありませんね。良かった」
 老人の無事を報され、憂女がほっと息を吐く。望まぬ犠牲を出さずに済んだその事に、緋の瞳が刹那遠い色を帯びる──目の前の現在を尊ぶのと同じくらいに、未だ届かぬ『いつか』を想い、やがて我に返って彼女は小さくかぶりを振った。
「ですがー、目覚められる気配はございませんわねぇー」
 取った老人の手が冷たく無い事に安堵したものの、千助はフラッタリーの言に顔を曇らせる。
「結構な期間を囚われていたのでしょうから、その影響でしょうか」
 老人に平穏を返してやりたかったが、それは未だ先になるだろうか、とレクシアが唸る。目覚めぬ以上捨て置くわけにも行かぬと、一旦彼を連れ帰る事をケルベロス達が決めたのは、それからすぐの事。動ける者は納屋内の修復に掛かっていたが、意識の無い老人を危なげ無く運び得るだけの体格を持つのはこの場に一人しか居らず、該当者が早々に呼び戻される事となった。
「おんぶで良ければオレでも出来るんだろうけど、ゴメンな」
「ん、まあヘーキ。腕痺れたら相談さして貰おかな」
 老人の体に極力負担を掛けぬようにと試みて、手伝える事があれば何でも、と彼らは気遣い合い、取り戻し得た静けさに微笑みさえ交わし。戦いで壊れ治癒にて接いで、慈愛の跡を残し変容した思い出達には暫し主を借りると詫びて。
 古い刻を留め置く箱の扉が、そっと優しく閉じられた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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