失伝攻防戦~森の柩で眠るのは

作者:犬塚ひなこ

●棺と少女
 其の日、モザイクによって切り取られていたワイルドスペースが消滅した。
 森の奥深くに封じられるようにあった極小規模の空間は、ちいさな硝子の棺が入る程度の場所だった。モザイクが消えたことによって現れたのは透明な匣の中で眠っている――否、凍結させられている少女の姿。
 緩やかで豊かな金色の髪、長い睫に愛らしい花唇。
 死んだように眠る姿はまるで御伽噺。王子が口付けを落とせば目を覚ますかのような雰囲気ではあるが、この少女はそんなことでは起きることが出来ない。現実は非情であり、彼女は此処に在り続ける限り永遠に眠り続ける。
 だが、露わになった空間の前に突如として魔空回廊がひらいた。
「あった、此処がグリーディー・グリム様が言ってた場所だ。うんっ、硝子の棺も発見!」
 赤頭巾ならぬ緑の頭巾を被った少女が現れ、眠らされた少女の前に立つ。
 結構可愛いかも、と独り言ちたドリームイーターの少女は手にした猟銃をくるくると回した後、硝子の棺に手を掛けた。
「それじゃあ、さくっとこの子を回収しちゃおうっと!」

●深き森の奥底で
「皆さま、たいへんです。ジュエルジグラットの『ゲート』が姿を現しました!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は集ったケルベロス達に向け、現在起こっている緊急事態を語ってゆく。
 ジグラットゼクスの『王子様』を撃破と時を同じくして、東京上空5000mの地点にゲートが出現した。そして、其処から『巨大な腕』が地上へと伸び始めたのだ。
 この腕こそ王子様が最後に言い残した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』である可能性が高い。
「本来でしたら、このジュエルジグラットの抱擁は創世濁流でワイルドスペース化した日本全土を支配する止めの一撃だったはずです。ですが、ケルベロスが創世濁流を阻止したことで、その目論見を阻止できたのです」
 東京上空に現れた巨大な腕は大きな脅威であり、打ち破るには全世界決戦体制を行う必要がある程の危険規模だ。しかし、この戦いに勝利する事ができればドリームイーターに対して致命的な一撃を与えられる。
 勿論、現状はドリームイーター側も理解しているだろう。
「この状況を受けてジグラットゼクス達は、ケルベロスとの戦いの切り札として用意していた人間達をゲートに集めるべく動き出したみたいなのです」
 ドリームイーターが回収しようとしているのは二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達だ。
 従来なら介入の余地がないタイミングで行われる事件だったのだろうが、日本中でケルベロスが探索を行っていたことで襲撃を予知し、失伝の力を持つ人物が連れ去られる前に駆け付けることが可能となった。
「皆さま、どうかお願いです。各地に派遣されたドリームイーターが事を起こす前に止めてきてください。そして、囚われた方を助け出してきて欲しいのです!」
 そして、リルリカは詳しい状況を語ってゆく。

 ケルベロス達が実際に向かうのはとある深い森。
 誰も近付かないような奥深くに硝子の棺に入れられた少女の姿がある。
「その場所に現れるのはグリーディー・グリムというドリームイーターの配下、緑頭巾の女の子型夢喰いのようでございます」
 戦いを挑んだ場合、緑頭巾は猟銃や魔鍵の力を使って応戦してくるだろう。
 幼い少女の姿をしていても秘めた力は強く、油断していると返り討ちに遭うかもしれない。だが、敵が自分が敗北する可能性が高いと考えた場合、棺の娘を魔空回廊からゲートに送り届けようとする。この行動には二分、つまり二ターン程かかる為、その間の敵は無防備になる。
「敵が魔空回廊に集中しはじめたら戦いは有利になります。ですが、二分の間に倒し切れなかったら棺の女の子は連れ去られてしまいますので心してくださいませ!」
 創世濁流の失敗、王子様の撃破によりドリームイーターは大きな打撃を受けた今、ドリームイーターとの決戦の好機になるだろう。失伝ジョブの探索がこのような事態になるとは誰も想像していなかったが、敵の切り札を此処で奪う事ができれば大きな戦いも有利になるかもしれない。
 先の心配も必要だが、何よりも囚われている少女を救出することが大切だ。
 そうして、リルリカは仲間達をしかと見つめて告げる。
「だいじょうぶ、リカは信じていますから。皆様の選択がきっと、あたらしい未来と可能性を切り拓くことになるって――」


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
如月・環(プライドバウト・e29408)
月園・囃子(熱血ロックンロール・e35253)
マリー・ビクトワール(ちみっこ・e36162)

■リプレイ

●眠る少女
 深い深い森の奥、眠り姫は硝子の柩の中。
 御伽噺ならば迎えに来るのは王子様で、その後にはハッピーエンドが待っている。
 だが――少女を浚いに来たのは緑の頭巾のドリームイーター。
「それじゃあ、さくっとこの子を回収しちゃおうっと!」
 夢喰いが柩の少女に近寄ろうとしたそのとき、如月・環(プライドバウト・e29408)の声が森に響き渡った。
「その子を渡すわけには行かねーッスよ!」
「そこまでなのじゃ!」
「なにするつもりなのかはしらないけれど、たたかえない人をむりやりつれていこーなんてロクでもないことに決まってるよね!」
 続けてマリー・ビクトワール(ちみっこ・e36162)とミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)とその場に踏み込み、緑頭巾をじっと見つめる。更にノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)やマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)達も敵を取り囲むように布陣し、敵意を向けた。
「わあ、驚いた。誰かと思ったら君達はケルベロスだね!」
 対する夢喰いは柩を背にして身構え、ミューシエル達を睨み返す。
 棺に眠る姫君と緑頭巾の狩人。
 その光景はまるで本当に御伽噺のようだ。十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)はそんなことを思い浮かべながら緩く首を振った。
「ただ、おとぎ話は姫君は幸せにならないといけませんからね」
 誘拐はさせたくないです、と告げた泉が重力鎖の力を解き放ったことを合図に、仲間達も戦闘態勢に入る。
 オルトロスのリキを連れた月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)が全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出して仲間に援護を与える。その中で環が極彩の爆発を起こして皆を鼓舞し、ウイングキャットのシハンが清浄なる翼を広げた。
 だが、夢喰いも猟銃を構えて此方を狙い打とうとする。
「こっちからも行くよっ!」
 そのことに逸早く気付いた月園・囃子(熱血ロックンロール・e35253)は即座に狙われた朔耶の前に立ち塞がる。
「ここでグリーディー・グリムの配下と会うことになるとはなぁ」
 ふと思うのは自身の宿敵のこと。親玉の顔も久々に見させて貰いたいし、と口にした囃子は銃弾を受け止めた。どれほど苦痛を受けることになっても、ここは絶対に負けられない。胸裏に決意を秘めた囃子は痛みに耐える。
 その間にマサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が爆発の煙を広げ、翼猫のネコキャットも仲間達に加護の力を与えた。
 自然と敵が少女と柩を守る形になっているが、おそらくこの形ならば彼女に危害が及ぶことはないだろう。
「失伝したジョブに関する人、かぁ」
 緑頭巾の背後に眠る少女を見遣ったマサムネは小さく呟く。
 知りたいことは多い。それに、何よりも人を護るのがケルベロスの役目。絶対に勝って助け出してみせると心に決めたマサムネの傍ら、マリーも眠り続ける少女を瞳に映した。
「失伝を知っている者をさらうとはとはのぅ……敵は、わらわ達によほど渡したくないんじゃのぅ。ならば、ぜひとも知る必要があるのじゃ!」
 往くのじゃ、と告げたマリーが地を蹴り、超加速突撃で以て敵を穿つ。
 其処に機を合わせたノチユも攻撃に転じた。そして彼は或る御伽噺を思い返しながら碧と紅の交わる瞳を鋭く細めた。
「赤ずきんは狼に喰われるんだ。なら緑ずきんの夢喰いも、」
 ――番犬に喰われたって、文句いえないだろ。
 冷たさを感じさせる言の葉が落とされたと同時に、ノチユは高く跳躍する。刹那、煌めく流星を思わせる一閃が緑の少女を深く貫いた。

●欺瞞と油断
「邪魔しないでよね! この子を絶対連れて帰れって命令なんだから!」
 怒りを見せた夢喰いは次の一手に移る為に身を翻す。
 しかし、すぐにその後を追った囃子が跳躍からの蹴撃を見舞った。見事に決まった一閃に薄い笑みを浮かべた囃子は宣戦布告にも似た言葉を敵に送る。
「よっしゃあ、気合入れて行こか! 覚悟せぇよ!」
「そこのちっこい女子! 悪の所業わらわがゆるさんのじゃ!」
 マリーも指先で敵を示して気合いを見せた。そして、マリーは自分の背丈よりも大きな斧を振り上げた。敵の守りを貫かんばかりの鋭い一撃が振るわれ、斧に描かれた桜が華麗に閃く。
 環もシハンと共に攻勢に移り、ノチユは敵の動きを注視してゆく。
 更に泉が鋼の鬼を纏い、次なる一手を打ち込んだ。
(「さあ、敢えて空振りして相手を油断させていきましょう」)
 自分達の作戦を心の裡に秘めたまま、泉は一撃を敢えて当てなかった。だが、その動きは妙な違和を生み出してしまう。
「何なの、馬鹿にしてるの?」
 訝しげな表情を浮かべた緑頭巾は首を傾げた。
 だが、眠る少女を助ける為にも作戦は実行するべきだろうと朔耶は判断した。
「ポテさん、お願いだからアイツを止めて!」
 そして朔耶は杖を梟に変え、自らの魔力を込めて打ち出す。魔法弾となった梟は標的を貫き、鋭い痛みを与えた。
 其処へミューシエルが鋼の一閃を叩き込み、頬を膨らませて怒る。
「自分がされていやなことはしちゃいけませんっておかーさんから教わったでしょ! ぷーだよぷー!」
 超鋼の拳は緑頭巾を穿ったが、まだ敵は余裕を見せていた。
 お母さんなんて知らないよ、と小馬鹿にしたような笑みを浮かべた敵は手にした魔鍵を捻り、魔力を解放してゆく。
 前衛にモザイクの力が拡がり、鈍い痛みが仲間達を襲った。
「大丈夫、すぐに癒すよ」
 マサムネはネコキャットに視線を送り、濃縮した快楽の力を癒しに変える。翼猫も翼を広げて主の回復の補助を担い、前衛の傷は見る間に塞がっていった。
 其処に生まれた好機を感じ取り、環は援護を続けていく。
「へへ、後ろだからってサボんじゃねーぞ、シハン!」
 呼び掛けた環に相棒猫はふいとそっぽを向いたが、彼もまた戦いの為にしかと援護を行っていた。普段は相反しているように見える一人と一匹だが、ひとたび戦闘となれば今のような抜群の連携を見せる。
 彼等の動きを静かな瞳で捉えながら、ノチユも更なる爆風を起こした。
 巡る戦いは烈しく、敵の攻撃も容赦がない。されどこのままではいけない。ノチユは作戦通り、敵を油断させるための弱音を口にした。
「くっ、此処まで苦戦させられるなんて。僕らじゃ、力不足だって言いたいのか」
「まさか、此処まで力の差があるなんて……」
 続けて朔耶も苦戦のふりをしてふるふると首を振る。しかし、敵は呆れたような表情で溜息を吐いた。
「なにさそれ。君達、カッコ悪いよ?」
 緑頭巾は番犬達が全く不利ではなく、ただ苦戦しているように装っているだけだと気付いていた。無理もないだろう、言葉と行動が裏腹なのだ。泉の不自然な攻撃は当たらないのではなく当てていないという印象になる。
 援護や回復を重ねて自陣を有利にしていながら、不利だと口にする朔耶達の諦めの早さ。それらは全て違和感にしかなっていなかったのだろう。
 囃子は軽く息を吐き、マサムネと視線を交わす。油断させる作戦は失敗だと悟ったふたりは気を引き締め直した。
「やるやないか。配下と思ってナメとったけどあのグリーディー・グリムに付いとるだけのことはあるのぉ……」
 そうして、囃子が零した感想は本物だ。ならば、と精神を極限まで集中させた囃子は本気で当たろうと心に決める。刹那、激しい爆発が敵を包み込んだ。
「そうそう、そーこなくちゃ!」
 すると緑頭巾は爆風の衝撃をいなし、マリーに鍵を向ける。次の瞬間にはモザイクがマリー達を襲い、膨大な魔力が痛みを齎した。
「くっ! この女子かなりやるのじゃ! 皆の者注意するのじゃ!」
 マリーは痛みを堪え、仲間達に呼び掛ける。
 今は無理に油断を誘おうとしている場合ではない。魔力を受けたミューシエルは穿たれた腹部を押さえ、痛そうに顔をしかめる。
「あ……いたっ……」
 その表情は半分が本物であり、半分が演技だ。しかし、その反応は敵の気を大いにひいたらしい。ミューシエルは幼いながらも露骨な劣勢アピールよりも、こういった対応が良いと知っていた。
 作戦が見破られている今、大袈裟な反応は要らない。
 環は小さく笑み、鋼鬼をその身に纏わせた。小細工よりも自分に出来る精一杯を行うだけだと感じ、環は相棒猫の名を呼ぶ。
「この方がやりやすいよな、シハン。それに、このままじゃ後に繋がんねぇっ!」
 最大の目的は柩の少女を護ること。
 守護にかけては負けるわけにはいかないと己を律し、環は取り出したシャーマンズカードに重力鎖を込めた。
「魂すらも縛る雷の光輪ッ! 踊り狂えェッ!」
 煌き輝く雷の輪が飛び交う姿が描かれたカードが宙に放たれ、光輪となっては敵を捉える。しまった、と緑頭巾がたじろぐ中、泉は双眸を細めて問いかけた。
「ところで、貴方の名前は? 趣味趣向なども教えてくださいませんか?」
「あたしを馬鹿にしたやつなんかに教えないよーっだ!」
 べー、と舌を出した緑頭巾は環の光輪から抜け出し、モザイクの癒しを自分に施す。
 させない、と踏み出した朔耶はリキと共に一撃を与えに駆けた。主が右方向に回り込んだことを確認し、リキは左側へと向かう。
 彼女達の挟撃が痛みとなって敵を貫く最中、ノチユも攻撃に転じた。
 軽く肩を竦めた彼の漆黒の髪が星屑のように揺らめき、鈍い光を映す。そのとき、ふいに過ぎったのは家族のこと。きっと眠る少女にも家族がいたに違いない。
 それが今は囚われ、硝子の中。
「童話じゃ助けられる存在が、夢喰いなら狩る側か。眠り姫は渡してもらおう」
 ぞんざいに聞こえる口調ではあるが、ノチユが少女を助けたいと思う気持ちは嘘ではない。代わりにお前が眠れ、と告げて放った地獄の焔は緑頭巾を容赦なく焼いた。
 マサムネは仲間の体力を確認しながら目を細める。
「そろそろ、かな。皆、気を付けて」
 仲間にだけ聞こえる声で囁いたマサムネは戦局をしかと見つめていた。

●回廊の渦
 そして――その見立て通り、敵は次の一手に出る。
「ああもう、やーめた! さっさとこの子だけ連れて帰っちゃおうっと」
 緑頭巾は頭を振り、鍵を頭上に掲げた。
 その瞬間、柩の傍に魔空回廊らしき渦がじわじわと開きはじめる。緊張が走る最中、仲間達はしかと視線を交わしあいながら覚悟を決めた。
「させないよ!」
「絶対に阻止するのじゃ!」
 ミューシエルは敵が無防備になった瞬間を見逃さず、ガトリングを連射する。マリーも斧を振るって突撃し、環とシハンも全力の攻撃を加えるべく敵へと肉薄した。
「どこへも逃がしゃあしねぇんだよッ!」
「ここまで来て逃げるんは違うやろ?」
 環の鋼拳に続き、囃子も挑発を込めて氷結の槍騎兵を解き放つ。そして、囃子は朔耶に追撃の合図を送った。
「あ、ごめーん! 苦戦しとったってアレな……全部ウソやってん♪」
 とうにバレてたけど、と悪戯っぽく笑った朔耶は柩の傍に陣取り、リキを敵に向かわせる。そうして、自分も梟を飛ばして敵を穿った。
「くっ……なに、これ!?」
「さっきと勢いが違うって? そりゃそうだろう、勝利が見えてるんだから」
 痛みを堪える緑頭巾に冷たい眼差しを向けたノチユは慈悲のない言葉を掛けた。
 其処に泉が狙いを定め、魔の理を紡ぐ。
「制御できる自信はありませんが、ヒトツメ、行きますよ?」
 より速く、より重く、より正確に。無駄を省いた動きで鋭い一撃を見舞った泉の瞳は勝利を捉えていた。
 魔空回廊は半分までひらいているが、おそらく番犬が敵を穿つ方が速い。
 マリーは両腕に巻いているさらしを解き、地獄化した両腕を掲げた。
「炎よ! あやつを打ち貫くのじゃ!」
 両手をあわせて凝縮した炎を撃ち出したマリー。その焔は煌々と燃えあがり、夢喰いに大きな衝撃を与えた。其処にミューシエルが隙を見出し、瞬時に接敵する。
「らんぼーするわるいこは、ゆるさないよ!」
 触れた掌から精神と同調させたミューシエルは強い拒絶の意思を流し込んだ。心が揺さぶられるような感覚に敵は傾ぎ、荒い息を吐く。
「う、ああ……こんなの、おかしい……」
 ノチユは戸惑う敵を見据え、破壊の魔力を己に宿した。
「冥府への道なら、僕らが教えてやるよ」
 ひらくのは回廊ではなく、夢喰いが落ちる地獄への路。狙い研ぎ澄まされた一撃は冥府への標が如く標的を貫いた。
 環と朔耶が隙のない一撃を其々に打ち込み、シハンとリキ、ネコキャットが緑頭巾を囲んでいく。
「いくぞ囃子、一気に畳み掛けるんだ!」
 マサムネは囃子を呼び、強き力を与える歌を紡いだ。その声に鼓舞された囃子は欺騙の円舞曲を奏で、二人の力が共鳴するかのように重なりあう。
「配下ごときに負けてたまるかっちゅーねん!」
 そして――旋律と音の終わりと共に戦いの幕は降ろされた。

●目覚めの兆し
「そんなぁ……負け、ちゃった……」
 最期の言葉を残し、緑頭巾の夢喰いは消失していった。
 開きかけていた魔空回廊も完全に閉じ、少女が閉じ込められた柩は無事にその場に残っている。
「おわったね。なかの子、だいじょうぶかな?」
 ミューシエルは柩に歩み寄り、マサムネとノチユは硝子の蓋を外して様子を見遣った。そして、泉はブルースハープを取り出して穏やかな音を奏でる。
 それは棺に眠る少女の目覚めを誘う曲であり、緑頭巾への追悼の曲でもあった。
 音色が森に響く中、囃子は安堵を覚える。
「ふー、何とか無事助けられたか。それにしても……」
「なんや起きる気配がないなぁ」
 朔耶は柩を覗き込みながら首を傾げた。傷ひとつない状態ではあるが少女の様子は当初と変わらぬままだ。
 マリーと環は顔を見合わせ、それぞれに声をかけたり、軽く揺さぶってみたりと少女の起床を促してみた。
「なかなか起きぬのう。ま、どうにかなるじゃろ……む?」
「皆、見て欲しいッス! 頬に赤みがさしてきてるような気が……!」
 そのとき、環がはっとして少女を示す。
 見れば彼の言葉通り、死んだように眠る姿が徐々に穏やかな眠りに変わっていく様が見えた。ミューシエルは手を重ね、そっと握ってやる。
「う、うぅん……」
 すると少女がちいさな声を零した。
 マサムネは良い兆候を感じ、自然に起きるまで待つ方が良いと判断した。
 いつ目覚めるかは分からないが、彼女を魔の手から救うことができたのは確かだ。ノチユは寝息を立てる少女を見つめ、静かに目を閉じる。
 もし彼女に家族が居て、会わせることができるなら――。
(「僕も多少は救われる気がするんだ」)
 胸の裡に秘めた思いを言葉にすることなく、ノチユはこの先について思った。
 ひとつの命を救い、其処に新たな路を描く。此処から続く未来にどのような可能性が広がっているかは未だ視えない。
 それでもきっと進む先には新たな光が満ちている。何故だか、そんな気がした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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