失伝攻防戦~コフィン・アンド・アサルトガール

作者:弓月可染

●ワイルドスペース
 廃ビルの、がらんとしたオフィスフロア。
 床に厚く積もった埃は、もう長い間、ここに人の出入りがない事を示している。
 その一角、撤去されることもなく置き去りにされた机の陰に、もやのような、あるいはモザイクのようにしか見えない塊が置かれていた。
 さほど大きくはない、横倒しにしたスチールロッカー程度のそれは、あやふやな輪郭しか見えないにも関わらず、周囲の空間からは『切り取られている』ようにも感じられる。
 そう、ケルベロスがこの光景を見たならば、即座にその正体に思い至るだろう――ドリームイーターのワイルドスペースだ、と。
 やがて。
 時が止まったようなこのフロアに、久しぶりの変化が訪れる。ワイルドスペースのモザイクが消え去っていき、切り取られた世界が再び一つになる。
 現れたのは、棺桶。人一人が横たわるだけの大きさの棺桶であった。
 もちろん、ただの空き箱でないことは言うまでもないだろう。何時の間にかその傍らに立っていた訪問者――猟銃を小脇に抱えた少女の存在が、それを証明していた。

●ヘリオライダー
 東京の上空に突如として現れたゲート。
 そして、そこから地上へと伸ばされた巨大なる腕。
「ジュエルジグラットの抱擁がこの世界を覆い尽くす。『王子様』は、そう言い残しました」
 本来であれば、もう私達に打つ手はなかったのかもしれません、アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)と続けた。確かに、創世濁流によって日本全土がワイルドスペースと化していたならば、この巨大なる腕は、人類にとっても、他のデウスエクス種族にとっても止めの一撃となっていただろう。
 だが、ケルベロス達も知っているように、創世濁流は目論見を挫かれ、前線指揮官たる『王子様』もまたその命を落とした。であれば、まだ手段は残っている。
「これはチャンスでもあるんです。確かに、あの腕をどうにかするには、それこそケルベロス・ウォーが必要かもしれません。けれど、あれは間違いなくドリームイーターのゲートですから」
 ゲートを破壊し、ドリームイーターを戦線から脱落させる千載一遇の機会でもあるのだ、と彼女は告げた。――あるいは、そう信じようとした。
「もちろん、それはあちらも承知の上なのでしょう。寓話六塔、ドリームイーターの最高戦力達は、隠していた切り札をゲートに集めようとしています」
 それは、人間。
 二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の調査によって情報が齎された『失伝』、それに関わりがあると考えられる人間達こそが、ドリームイーターの奥の手なのだ。
 本来ならば、回収を妨害することは不可能だったのかもしれない。しかし、日本中でケルベロスが行った探索により、ヘリオライダーの予知に捉えることが出来るようになったのだ。
「皆さんには、ある廃ビルに隠された方を救出して頂きたいのです。……おそらく、魔空回廊で現れるドリームイーターとの交戦は、避けられないでしょうけれど」
 ここに現れるのは、以前に何度か目撃例のある『赤ずきん』によく似た少女型のドリームイーターだ。手にした得物は、狼すら撃ち殺す猟銃。愛らしいかんばせに獰猛な感情を乗せた、暴力の担い手。
「とても好戦的で、強気な相手です。けれど、自分の任務を忘れてはいないでしょうから……本当に勝ち目がないとなれば、まずターゲットの方をゲートに送り込むことを、優先するかもしれませんね」
 送り込む間、二分ほどはドリームイーターも無防備になる。チャンスではあるが、二分間耐えられてしまえば囚われた人間を取り戻すことは難しくなるだろう。不自然でない程度の演技で、敵に優勢・劣勢の錯覚を起こす事が出来るかもしれないが、慎重なリスク判断が必要だ。
 ここまで説明したアリスは、しかし、少し口ごもる。何かを考える表情。けれど、すぐに憂いを振り払い、彼女はまっすぐに仲間達を見た。
「……おそらくですが、敵は、皆さんが囚われていた方を攻撃するという可能性を、考慮に入れていません」
 ドリームイーターは人間を護ろうとはしないし、そもそも護る必要はないと思っているだろう。つまり、身柄の回収を防げないとなれば――。
「――私は、皆さんを信じています」
 殺してでも止めて下さい、とアリスは言えなかった。言わないで良い、と思った。
 それは最後の手段に違いない。けれど、そうさせない為に、ケルベロスと自分達ヘリオライダーとが居るのだ。
 だから、彼女は懸命に説明を続けた。信じる結果を掴み取る為に。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)

■リプレイ


 ビル内に突入したケルベロス達を出迎えたのは、パン、パンとリズミカルに爆ぜる銃声のファンファーレだった。
「そこまでだ、ドリームイーター!」
 削がれる勢い、肩を掠める鉛弾。だが螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)は右手に得物を引っ提げて、弾雨の中に飛び込んでいく。
「ちっ、もう嗅ぎつけてきたのかよ」
「その人は返してもらうぞ!」
 口汚く悪態を吐く少女へと迫り、けれど彼はその刃を振るわない。代わりに高く天井まで跳び、星こそ落ちよとばかりに敵を鋭く蹴りつける。
「……ッは、まだまだだ」
 数歩をセイヤに譲り、後に続くサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)。だが、それは出遅れたからではない。無論、臆したからでもない。
 その理由こそ、仲間を庇い受けた傷。彼が自らの意思で流した血。
 つまるところ、彼の瞳には、熱に浮かされた狂気だけでなく、勝ちをもぎ取る為の一手を打つ怜悧さもまた半ばしていた。
 それが証拠に、じゃらり、と袖から滑り落ちた鎖は、敵ではなく彼自身と、肩を並べる仲間達とに向かっている。
「どうにかされっかよ、そんな玩具で」
 リノリウムの床に、鎖の描く守護陣が白く輝いて。
「……なるほど、死を撒くモノ、か」
 サイガの視界の端、白い影がふわりと揺れた。御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)の白衣めいたコートは薄暗いビルの中で眩しく映るが――しかし、あっさりと少女の死角を取ったその速度は、軌跡すらも残さない。
 その両手が掴むのは、腰の裏に交差する二刀。神速を以て鞘走らせれば、対の刃もまた目に映る事なき斬撃を放った。
「次は自身を選ぶが良い。冥府にて閻魔が待っている」
 降魔の力纏いし二閃が少女を襲う。だが、その手応えは軽い。僅かに驚いた様子の白陽。だが、戦いは彼を待つ事なく、飛来した衝撃波の上げる唸りが彼の意識を引き戻す。
「赤ずきんが狼を撃ち殺したとしても、決して不思議ではないけれど」
 衝撃波を放ったラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)は、白陽と少女の交錯の結果が何を示すのか、ほぼ正確に理解していた。
 すなわち、咄嗟に跳んで抜き打ちの傷を浅く抑えた少女の実力。一合で認めざるを得ない、相対す敵の強さ。なるほど、軽々しく手加減などとは考えるまい。
 なれど。
「じゃあ、貴女の銃は番犬を殺せるのかしら?」
 青の少女は畏れない。表情を変えぬまま、彼女はそう言ってのけるのだ。

「くっ、流石に強いですが……!」
 サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)が身体に這わせた液体金属がにわかに発光し、粒子を放って距離を詰めた仲間達へと浴びせかける。
 最初の激突。突入後、敵の実力を肌身で感じるまでに然程の時間は必要なかった。苦し気に呻いてみせたのは、決して演技という訳ではない。
 ――とはいえ。
(「どの様な逆境にあろうとも足掻いて勝利を掴むのが、私達ケルベロスでしょう」)
 少しばかりサラが盛っているのは事実である。相手が強いからこそ、強気で好戦的、という情報は最大限に活かす必要があった。
「こんなのどうやったって無理っす勝てねっす!」
 オーマイガッ、と天を仰いでみせるコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)。それは有体に言って大根どころではなかったが、ともあれ勢いは大切であるという良い手本であった。
「お嫁に行く前に死にたくねっす!」
 そう口走る唇から伸びる一本の棒。がり、という音と共に、それはぽろりと零れ落ちて。
(「なーんて、ね」)
 隠せない表情、溢れ出る自信に満ちた笑み。赤ずきんの扮装に身を包んだ少女は、手にしたリボルバーを抜き撃って。
 ちろり、出した舌は飴玉の色に染まっている。
「われら、ばんけんのまえで――」
 その背後で、少女が手を一杯に掲げていた。月霜・いづな(まっしぐら・e10015)、祭祀の一族の少女は、その教えのままに敵へと立ち向かう。
「――なにひとつとして、うばわせはいたしません!」
 握りしめたスイッチを押し込んだ。たちまち爆ぜて溢れる鮮やかな光と、もうもうと広がる煙。戦場に在って嫌が応にも高まる戦意の中、しかしいづなは、ほんの少し顔を強張らせる。
(「しばいをこころえてこそ、ですよね、ばばさま」)
 そう、一族の教えに無邪気に従って。
「……捉えました」
 一方、いづなの爆発を隠れ蓑に、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)の銃口がドリームイーターを狙っていた。
 ぐ、と引鉄に力を籠め――手応えを感じたら指を離す。
 ただそれだけで、魔弾は銃身を滑り、凄まじい速度を得て敵に吸い込まれていく。
「何とか、当たりましたか」
 韜晦。その視線の先、赤ずきんの背後に置かれた棺。あの中に囚われた人を助け出す事こそが、今回の彼らの目的だ。
 そう、敵に渡さない、だけではない。
(「けれど、もし間に合わず利用されるくらいなら」)
 例え、瑛華がその美貌の奥に、どこまでも怜悧な思考を抱いていたとしても。


「弾数ばかりか」
 ぼつり、と呟いて。
 白陽は二刀を振るい続ける。氷の冷気と魔を滅する気を纏った刃は、時に敵を浅く傷つけ、また、いなされるが。
「芸がそれだけならば、潔く冥府に逝って裁かれろ」
 口数少ない彼が口にする挑発。だが、眼前の敵が真なる強者ならば理解するだろう。ほんの少し刀の速度を落とす迷い。打ち込む力を減じる怖れ。そして、腕を力ませる緊張。
 それこそが白陽の仕掛けた罠なのだ。強敵であるからこそ理解されるであろう、時間すら忘れた罠が。
「どうか、もう少し耐えてください」
 軽やかに舞うサラのステップ。常に傍らにあった異形斬る刀と共に舞うならば、今少し武骨にもなろう。だが、今の彼女は剣の類を帯びておらず、その姿は優美で美しい。
「お待たせしました。皆さんに祈りと加護を」
 足跡から溢れ出す、華咲き乱れるオーラ。傷と病とを一時に移す束の間の楽園は、銃弾の牽制で竦んだ心すら弾ませる。
 しかし、彼女は未だ笑わない。ただ一文字に口を引き結び、真摯に、必死に癒しの力を振るうのだ。
「そらそら、さっきの威勢はどうした!」
 口汚く罵るフードの少女。勿論、彼女は馬鹿ではない。八人相手に立ち回る程度に実力もある。
 だが、苦しげな表情、肩で吐く息、あるいは焦りを感じさせる振る舞い。そういった、ケルベロス達の渾身の演技が、彼女の判断を狂わせるのだ。
「チッ、ガタがきてんな、俺も」
 意外にも名演技を見せるサイガ。目線は鋭さを保ちながらも、銃弾を浴びれば派手によろめいてみせて。
「……く、っは、まだまだ!」
 半ば破れかぶれに腕を突き出した。褐色の肌をぞろりと奔る地獄の炎。掌へと集まっていくそれは、やがて赤黒い炎の弾となり――。
「だぁれが、てめえごときに殺されっかよ!」
 失伝の裔が持つ力、強さ。そして何よりも、新たなケルベロス達との出会い。そういった未来を思い描くとき、彼は斜に構えた姿勢を忘れる程に心躍るのだ。
「つづら、もうやめて」
 一方、自らのミミックに呼びかけ続けるいづな。もう危険を冒すなと哀願しながら、戻ってきた箱の陰に身を隠してみせる。
「こ、こないでください」
 爆ぜる地獄の炎に紛れるようにして、月の様に輝く光球を投げつける。狙った先、コンスタンツァに与えられる癒しと狂気。既に相当傷ついている前衛達にとって、それは焼け石に水なのかもしれないが。
(「ああ、それでも――わたくしは」)
 わたくしは、まもるものでありたいのです、と。
 敵手の向こう、横たわる棺を見やり、巫女の少女は呟く。どうか。どうか。

「アンタも銃使いなら、ガンスリンガーの流儀にのっとって戦うっす!」
 ハットから金の髪を溢れさせ、コンスタンツァは手の中の小銃を赤熱させる。銃声。指先に支配され吐き出した銃弾が、硬い壁に跳ねて彼女の敵を襲った。
「一般人を攫って利用なんて、そんなゲスい真似は絶対許さねっすよ!」
「まだ、折れてはいないのか」
 ふ、と唇を緩め、そんな彼女に問いかけるセイヤ。
「諦めるのは死ぬほどあがいた後っす。往生際悪いのがとりえっすからアタシ!」
 互いに演技など縁遠くもあり、下手に弱々しくするよりは空元気の方がましだろう、とも思う。
「……そうだな。さあ、その人は返してもらうぞ」
 一足に飛び込めば、もうそこは刀の間合い。妖気の代わりに魔を降す力を帯びた白刃。緩やかに、なれど鋭く斬りつけるセイヤの剣を、少女に躱す術はなく。
 切先を銃把で弾かれ直撃を逃したものの、捉えた腕をざくりと斬り裂いた。
「ですが、まずいですね。攻勢に出る余裕がありません」
 薔薇の紅に彩られた瑛華の唇が、ぽつり、と呟いた。その甘やかな響きには、しかしいささかの感情も感じられず――淡々とした口調がドリームイーターをますます増長させて。
 スイッチを押しこんだ。幾度目かの爆発。フロアを駆け抜ける爆風。白い肌をほんの一瞬、朱の炎が照らした。
 折れるな、諦めるな。断末魔の間際であがくようにも見える一手は、その実、ドリームイーターを欺くだけではなく、一気呵成の攻勢に出る為の下準備。
「……一息に倒すには、もう少し」
 足さなければ、と続けた瑛華の声は、騒音に紛れて何処にも届かない。
「今の時代、ハッピーエンドは飽和気味、という事かしら」
 小柄な身体に似合わぬ二刀を手に駆け抜けるラピス。交錯して剣を交え、離れ、衝撃波を放つ彼女もまた、疲れた表情を僅かに浮かべていたが。
(「けれど、もうそろそろ」)
 これ以上引き延ばせば、自分達も崩れかねない。反転攻勢は近いと詩文を鼓舞する青き少女。いい気になっている赤い少女を見やりながら、彼女は勝利を導く鍵となる髪飾りにそっと手を添えた。


 じわり、じわりと。
 さらに数分、彼らは抗し得ないふりをしながらも攻撃を積み重ね続けた。この時点に至るまで、ドリームイーターに危機感を覚えさせず移送を防いだのは、ケルベロスの熱演の賜物であろう。
 終わりのきっかけは、少女が一度の攻撃を挟み、二回もモザイクを『食べた』事だった。それは、積み重なったダメージをもう身体がごまかしきれていない、という事。
「そろそろ良いだろう――一気に仕留めさせて貰う」
 ならば移送が始まる前に、と動いたのはセイヤ。その言葉が、一斉攻撃の嚆矢となった。
「下手な演技までしたんだ。借りは返させて貰うぞ!」
 演技をかなぐり捨てた彼の全身から吹き上がる漆黒。彼の右手でオーラが象る黒き龍。
「打ち貫け、魔龍の双牙ッ!」
 詰め寄り、打ち抜き、解き放つ。正拳から噴き出したオーラが少女を呑み込んで。
 穿つ。
「ついでに鉛弾を喰らえっす! セイヤさんはどくっすよ!」
 畳みかけるように銃弾を撃ち込むコンスタンツァ。その急速に回転する弾丸は渦を巻いて飛び、瞬時に竜巻を生んでフロア内を席巻する。
「ヒャッハー! ゴー・トゥー・ヘヴンっす!」
 荒れ狂うその渦は、まさしく暴れ牛の大群に追われるが如く。賞金稼ぎの少女の最大奥義は、もはや銃撃とは呼べない有様で。
「アタシはバイオレンス赤ずきんことコンスタンツァ、愛に生きるコンスタンツァ・キルシェっす! 冥土の土産に覚えておくっす!」
「……覚えておけ、とは言いませんが」
 表情の統制に成功したサラが、凛とした雰囲気を崩さぬままに構えを取る。
 しん、と音が消えた。放たれる二刀。
「我が閃光、逃れる事叶わず」
 苛烈なる刺客の剣閃は、種が判ったとて避けられる物ではない。彼女の剣は、即ち目にも留まらぬ神速の刃。只、斬るのみである。
「――その身に刻め」
 竜巻の暴風に弄られていた銀の髪の尻尾が、ようやく支える力を失って背中へと流れていく。
 肉を斬った手応えは、後から遅れて伝わった。

「ビクターキャノン展開。グラビティ集中、バースト」
 ラピスの声。見れば、髪飾りと右耳の羽飾りが大きく変形し、床に砲門が固定された砲台と化していた。
「お願い、少し時間を稼いで」
「いいだろう」
 応えた時には既に、白陽が敵との距離を詰めていた。近づこう、と思った時にはその距離はすでに消えている。両の手には、対照的な二振りの刃。
 我流に近いその剣が、ぴたり、と美しく静止する。
「さあ――死に染まれ」
 それは、構えなどない白陽の二刀が唯一求める型。そのひと振りは世界の境界すら切り抜いて、此岸と彼岸の境を曖昧にしてしまう。
 ざくりと、解体。
「要らぬ煩悶は捨てて逝け。死にゆく者は無知であるべきだ」
「まあ、酷いおっしゃり方」
 そう返しつつも、瑛華の声に非難の響きは無い。代わりに、少女へと彼女は向き合って。
「最初に、何とか当たりましたか、なんて言いましたね。……あれは、嘘です」
 無造作に銃口を少女に向け、引鉄を引く。狙いなど付けなかったにも関わらず、銃弾は脚に命中し、血飛沫を上げさせて。
「この距離で、外すわけないじゃないですか」
 そう告げた途端に、ドリームイーターの表情が歪む。ようやく気付いたのだ。全ては、ケルベロス達の演技だったという事に。
「畜生、せめてコイツはいただくぜ……!」
「もう遅いわ。砲身加圧、チャージ完了。……教えてあげる、此処に猟師なんて可愛いものは居ない」
 ラピスの構えた砲門が赤熱する。圧縮されたエネルギーが、今か今かとその時を待ちわびて。
「居るのは地獄の狼だけ。さぁ、踊りましょう」
 解き放つ。塗り潰される世界。膨大な熱量の奔流が、ドリームイーターを呑み込み、ビルの外まで溢れ出して。
「いざや共に参らむ、昼ひなかの天座す霜と呼ばれしや」
 朗々たるはいづなの詠唱。清き宮の護り部よ、と柏手を二つ鳴らしてみれば、雌雄二頭の子狼が現れる。
「月の姫、月の彦、しろがねの爪牙打ち鳴らせ!」
 咆哮。同時に二匹の姿が消える。いや、彼女の、彼らの敵へと疾ったのだ。美しい銀毛が旋風に輝きを残し、牙と爪と鬣の刃が怨敵を朱に染めた。
「その方は、だれかの、たいせつな方なのです!」
 ミミックのつづらもけしかけながら、いづなは元の幼い口調で、しかし精一杯に言い募る。
 まだ幼く、未熟なのかもしれない。けれど、彼女は巫女だった。志だけをしっかりと胸に抱いた巫女が、この戦場に立っていた。
「くそぉっ!」
「呆れるぜ、お使いもできねえなんて狗以下じゃねぇか」
 傷だらけの赤い少女。棺は光に覆われてはいるものの、未だ移送される気配を見せない。サイガもまた慣れぬ演技に鬱屈していたか、その口調は常に増して荒い。
「手ぶらじゃ帰れねぇか? なら土産をやるよ」
 ぐい、と強引に距離を詰め、少女の喉に手を掛ける。流し込まれる気。それは怨嗟に満ちた地獄の炎へと変わり、ドリームイーターの肉と骨と魂をも内側から焼き尽くす。
「終わりだ、バァカ」
 手を離せば、崩れ落ちる少女。その傍らには、光を失いつつある棺が据えられていた。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。