失伝攻防戦~夢嗅ぎの狗吠

作者:銀條彦

●畔の社の檻
 すでに冬の寒気運ぶ北風の下、人の足途絶えて久しい境内を往くは獣の影。
 無遠慮に『狼』が踏み入った古い社の一角で、音も無く、氷鏡が砕き割られるようにしてモザイクが毀れ落ちてゆく。
 それが極々ちっぽけな、畳一畳分にも満たぬながらも堅牢を誇った『ワイルドスペース』のあっけない、最後の瞬間だった。
 入れ替わるようにして、何もなかった筈の板敷きの広間の中央に突如現れたのは、白銀の箱ひとつ。
『──『被検体』はこの内か』
 人ひとりの肉体を納めたそれは言い表すならば棺と呼ぶべきなのだろうが……冷え冷えとしたジュラルミンケースを思わせる無骨なその造りは弔うにも眠るにも全く無頓着な選び手の感性を窺わせる。
 そして運び手として派遣されたこの紅眼の『狼』もまた同類であるらしい。
 『狼』の大口は特にそれ以上の言葉を発することも無く、ただ獣鼻をひと鳴らしさせた後黙々とすみやかに、魔空回廊への帰路を目指すのであった。

●濁氷の夢と目醒め
「ジグラットゼクスの『王子様』撃破おめでとうっす! さすがケルベロスの皆さんっす!」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)がまずは全身全霊な勢いで戦いを労った。しかし当然それだけが用件でヘリポートにケルベロス達を呼び集めた訳ではない。
 またまた緊急事態なのだと容貌だけは煌びやかな下っぱオラトリオは一同に告げた。

「『王子様』撃破とほぼ時を同じくするタイミングで、東京上空5000m地点にジュエルジグラットの『ゲート』が出現したんっす。しかも現れたのは『ゲート』だけではなくなんとソコから『巨大な腕』が地上に向かって伸び始めたっす」
 おそらくはこの『巨大な腕』こそ、『王子様』が討ち果たされる直前に言い遺した『この世界を覆い尽くすジュエルジグラットの抱擁』なのだろう。
 もしも『創世濁流』が成就しワイルドスペースと化した状態の日本へこの抱擁が放たれていれば、それは抗う事すら許さぬ一瞬で全土をドリームイーター支配下に置く最後の一撃となってしまっていた筈である。
「しかーしっ! 果敢なるケルベロスの皆さんによる『創世濁流撃破作戦』での大勝利の前にその目論見もすでに完っ璧に阻止されてるっす! それでもあの『腕』の脅威は半端じゃ無いっすし打ち破るには『全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)』が必要っすが、あっちの側から、わざわざ戦場として『ゲート』を持ち出してくれたこの状況は、地球にとってもこの上ない大チャンスとも言えるっすっ!!」
 いっそう力強く拳を握り締めて力説するダンテ。
 とはいえドリームイーター勢力も勝算無くこのような博打に出たわけではない。

「……『ジグラットゼクス』達が切り札として密かに用意していた人達が『ゲート』に集められようとしているんっす」
 ドリームイーターの切り札とは、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)によるワイルドスペース調査を発端に判明し全国的な探索が進められていた『失踪していた失伝したジョブに関わりのある人物』達の事なのだという。
 彼等はいずれも失踪後すぐに凍結され、極小規模のワイルドスペース内へと隠匿される事によって此処までヘリオンの予知から完全に秘されて来たのだ。
「失伝調査がこのタイミングこの規模で実行されてなければみすみす見逃していたところだったっすが……ケルベロスの皆さんの尽力のおかげで掴めた思わぬワンチャン、今なら、再び連れ去られる直前に駆けつけられるっすっ!」
 ドリームイーター達がどれほどの深慮遠謀を巡らせようと、ケルベロスならば砕くことが出来る筈と疑わず眼を輝かせたヘリオライダーの青年は、回収役のドリームイーター撃破と失踪者救出を改めて依頼するのだった。

「皆さんに向かっていただくのは北海道南部の湖っす。湖上の小島の一つにめったに人の訪れない小さな廃神社があって、その最奥の建物内に安置された棺……というかコンテナ? ……がワイルドスペースだったみたいっす」
 だがそれを作り出したワイルドハントも先の『創世濁流』失敗により消滅した後。
 古風な木造の板間の上、他にめぼしい物も特に見当たらぬ室内にぽつんと置かれたメタリックなその箱を見落とすことは無いだろう。
「魔空回廊から派遣されてくるドリームイーターは1体。とはいえ単独行動が可能と見込まれた精鋭兵で油断は禁物っす。『ジグラットゼクス』の一塔の『ウルフクラウド』勢力に属する狼ドリームイーターっす」
 カウリオドゥースの狼、と、ヘリオライダーは個体名の見えぬその敵を呼称した。
「風は使えないみたいっすが使う技は少しだけダンジョン『ウルフクラウド・ハウス』の幻狼の残霊に似てるっすね。こいつはとにかく確実に『棺』を『ゲート』に回収すること第一で動くみたいっす」
 ケルベロスの襲撃に対してまずすべて撃退した上で回収作業を行おうとするだろうが、『敗北の可能性が高い』と判断した場合、一切の戦闘行動を中断して凍結された人間を魔空回廊からジュエルジグラットの『ゲート』に送り込む行動に専念すると予測されている。
 そして首尾よく任務を果たせた後にまだ自身が生存していれば改めてケルベロスとの戦闘を再開しようとするだろう。
「この行動を取っている約2分間はまったくの無防備状態っす。そうなればドリームイーター自体を倒さないかぎり止める事はもう出来ないっすが、うまく利用すれば戦闘を有利に運べるかもっす!」

 そしてヘリオンが弾き出したデータの全てがダンテからケルベロスへと語られた後。
「創世濁流の失敗に『王子様』撃破とここまでの戦いを経てドリームイーター陣営へは着実に大打撃を与えられてるっす。無理やり切り札にさせられた人達もばっちり奪還したらまた全地球一丸となって来たる決戦を迎えるっす!!」
 さらにいっそう熱く激励するヘリオライダーの声を浴びながら、ケルベロス達は失伝の地へと飛びたつのだった。


参加者
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
海野・元隆(一発屋・e04312)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
香良洲・釧(灯燭・e26639)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)

■リプレイ


『──『被検体』はこの内か』
 重力子演算の視せた光景のままをそれと知らず『牙(カウリオドゥース)』の狼は平坦になぞる。だが……。
 キシリと板敷きの床が乾いた音を立てると同時、そこから、未来は書き換わり始める。

 鼻をひとつ鳴らして敵の到来を嗅ぎつけた『狼』が振り返った先には番犬達。
 慌てる気配も見せず完全にその機先を制した紅き双眸は、ただ静かに、彼等の全身を睨めた。敵前列へと奔らせたその視線に籠められた魔力は、獲物と定めた標的の精神を圧し外傷すら生み出す衝撃を伴い、ケルベロスへと襲い掛かる。
「牙の狼、ときたか。こっちとそっち、どっちの牙か鋭いか楽しませてもらうぜ!」
 手痛くはあれどどこ吹く風。威勢良い啖呵と軽快な足運びの後、ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)は長槍を構え直し防御から攻めへと転じた。
 対人とはまた異なる強き『獣』との戦に昂ぶる灰狐は瞬く間に彼我の距離を零とする。
 その、横合い。
「夢を売る商売の私にとってはアンタたち夢喰いは不倶戴天の敵なんだよ」
 草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)の真っ直ぐな怒りそのままに華麗なダッシュから繰り出される腹部への鋭い膝蹴り。
 すぐさま呼応したラティクスは緩急で翻弄するかのようにくるりと柄を取り回し穂先ではなく石突を以って破鎧の一撃を重ねる。

「ヤツじゃねェ、が、同種の三下ってトコロか? ……ハッ、何年経とうがあのツラだけは忘れらんねェなァ」
 似てはいるが目指す『宿敵』それ自体では無いと嗅ぎ分けながらも、ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)の心は落胆とはまったく無縁だった。
(「群れなら全て屠るだけだ。滅ぼせば何も変わらない」)
 古痕走る下に鎖された薄氷のまなこは完全に見開かれ、地獄を殺意を、滾々と。
 幾つもの戦場を共にした『同類』の地獄に煽られる様にレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)の右腕もまた鈍い銀炎を噴き上げる。
 竜人は何も問わず。ただ膂力まかせに大槌を振り降ろし轟竜の砲の着弾を以って連携を促した。応じるもまた脚力まかせ、僅か生じた隙へと素早く肉薄した猛き野兎の疾吼は強引にこじ開けるかの如くの勢いで『狼』を滅多打つ。
「わざわざ狩られに出張るとは律儀な獣だ。寄越して貰おうか、お前らの手駒を」
 レスターのその言葉にローデッドへは特に無反応だった『狼』の大耳が微かにピクリと動く。眼前のケルベロス達はいずれも確固たる作戦阻止の意図で仕掛けて来たのだと夢喰いの『狼』は確信に到った様子だった。
『いずれにせよすべて喰らい尽くすのみ……』
「あなたはお強いかしら? デッドと何かしらあるようですが、あまり力を出せないようでしたらわたくしが喰らいますわよ?」
 馴染みの一人であるローデッドが強き『狼』へと向ける激情のさまを微笑湛えたエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)は支えようと願い、纏うオウガメタルもその意思へと添う。
 振り撒かれたオウガ粒子は香良洲・釧(灯燭・e26639)からのそれと混じりあい、前衛列の戦士達の傷を癒し研ぎ澄ませてゆく。
 メディックである釧から齎されたキュアによって足止めの阻害も幾分かは和らいだ。
「過去であれ未来であれ。もう何も奪わせはしないさ──絶対に」

 閃光と共に翔けた蹴撃が獣脚を穿つ。
 また一つ機動力を奪う状態異常を刻み得た手応えをカウントの一言に代えて長船・影光(英雄惨禍・e14306)は情報の共有を徹底する。
(「……俺がここにいる最大の理由は……敵の作戦を、阻止する為か。それとも──」)
 敵の敗北条件は『狼』の死などでは決して無く。ケルベロスの勝利条件もまた『狼』の死、のみでは、無い。
 この戦場内で唯一人、この昏く冴えた紫眼だけが『もう一つの勝利条件』を常に意識して在り『棺』へと向けられていた。
 ──その一方で。
 冬の湖畔の闘いにあって自称海の男が『棺』へと注ぐ視線はどこか宝の地図を与えられた少年じみていてひたすらに明るい。
(「失伝……か。昔の戦いの事は体験したわけじゃないからわからんが失われても残ってるもんはやはりあるんだな」)
 耐性相性が功を奏したかあるいは気紛れな悪運が彼に味方したか。
(「それとも表舞台から見えないだけで実際には脈々と受け継がれていたのか……いずれにせよ、失伝のまま失うには惜しいもんだ」)
 前衛列で唯一『狙い定める視線』からするりと逃れ得た海野・元隆(一発屋・e04312)は高鳴る漢の浪漫を隠そうともせぬ笑みのまま纏う陽炎を編みあげる。
 薄刃はいつしか弾と化し、掲げられた片腕を振り下ろす合図と共に砲射が開始された。
 此処までのケルベロスからの攻撃とは異なる、状態異常を載せぬ純火力のみを追尾で叩き込む一撃だ。
「そいつはお前さんがた夢喰いごときに呉れてやるには勿体無いお宝なんでな」


 古き社のうち、言葉より先の応酬で巻き起こった闘争は『棺』──失伝の末裔ひとりを巡ってのもの。

「腹が減ったか、狼。なら存分に喰らえ、燃え尽きるまで」
 豪風と共に叩きつけられる鉄塊の銘は『骸』。
 冷淡な云いとは裏腹に。
 餓えた牙と牙の攻防、破剣と破剣の喰らい合いはレスターを高揚させてゆく。
「釧も、うかうかせずにやってくださいな」
「相変わらず手厳しいな」
 見知った同士の気安さで交わされる会話の中、エフェメラが士気高める爆風を散らせ釧は失われた破魔力を補う。
 補助役の2名が共に列付与を主眼に据えた戦法を選んだ反動で時に起きる回復量の不足も、前衛各々が備えにと携えた単ヒールが巧みに補った。
 共に相手方へ加えた状態異常すべてが回避もしくは防御を阻害する種のみといった状態からの殴り合いは泥仕合とも言える膠着を生んだがそれもまたケルベロスの択んだ戦術。
 現時点ではこの『狼』自身の脳裡にすら存在しない撤退条件を先取りした上でケルベロス達は其処を衝く作戦を徹底して闘いに臨んでいる。故に。
「──七」
 スナイパーとして足止めと服破りを交互に付与し続ける攻撃に徹する影光から淡々と発せられる台詞も、敵にとっては全くの意図不明な物であっただろう。
「ちっ、どうせなら叢雲流全開といきたいトコだが……」
 隙の無い盾役として前後列への凶眼を幾度か受け止めて来たラティクスが小さく舌打ちした。『牙』との丁々発止に没頭すればするほど折角ならば牙槍術でぶつかり合いたいという衝動が彼の内には生じ……だが殊に戦闘に関してならば賢明たる狐はそれを堪え、ひたすら状況に応じた闘法を駆使して強敵と渡り合い続けた。
(「まあ借り物のコレだってなかなかに悪くは無いけどな」)
 修めた格闘動作の応用から繰り出された如意直突きに親友から託されたという『夜天蒼星』は愛槍と遜色ない威力を発揮してくれている。
「あーあー。お互い、破剣とブレイクのイタチごっこ、キリが無いよなあ」
 陽気になれなれしげに、欠片の殺気も滲ませぬ口調で語りかけた元隆から繰り出されたのは予備動作無しからの超音速ストレート。
 紙一重で惜しく躱され、ちりりと獣毛の先を掠めるのみの其れを舌を見せて誤魔化しながらもその横目には白銀の箱──いまだ眠る何ものかへと男は想い馳せる。

 幾ら眼力を澄ませども伝わる数字情報は懸け離れた命中率のみだったがその隔たりもエフェメラや釧の擁するメタルオウガの光で縮まりつつあり、又、五感全てを駆使して掴んだ細やかな敵の変化全てがケルベロスにとって闘いの標であった。
(「まだまだ余裕、なのかな。ずっとむっつりだし毛むくじゃらだしで顔色とかはさっぱりだけど『牙』も『咆哮』も回復目的って使い方してない……」)
 高速横回転からのローリングソバットで黒革リングシューズの靴底を厚い鳩尾へとめり込ませたひかりはまだ畳み掛ける機ではないと体感で悟る。
 眼力と観察に依る的確な攻撃選択。だがそれはデウスエクスたる敵にとっても同条件。
 ひときわ大きく開けられた顎。持てる最大威力で仕留めんとする『狼』の突進と鋭牙は攻撃や観察に注力し始めたディフェンダー勢の壁を掻い潜り、ポジションにも防具にも遮られぬ獲物へと到る。
 魔導書携えたその細腕の一振りごとにケルベロス戦力を増強させてきた最も目障り、かつ柔らかな……赤髪の魔女の肩口へと。
「エフェメラッ!」
 致命では無い。だが、と……釧が伸ばした手を摺り抜けるように女の体は崩れ落ちる。
「……そんな程度の、強さ、では……渇きでは……番犬喰いなど叶いません、わ……」
 薄れゆく意識の中でも魔女はつとめて聡明を貫き冷静に、強き仲間達の携える技を指折り数えていた。そして。
 嗚呼大丈夫──ジャマーの術抜きでも必ずや『届く』……その確信に包まれながら金の双眸は閉じられた。

 鮮血滴る狼牙。撒き散らされた深紅の只中へと沈む『君』──。
 夢喰いとの死闘の狭間、抱え続けた過去と今うつつとが俄かに男の眼前で混じり合う。

「テメェらさえ、いなければ……ッ!!」
 燃え尽きた筈の灰より熾るは、獄天の劫焔の如き、慟哭。
 殴り殴り、毀す。得意の足技すら忘れ果てたかのようにローデッドの疾吼は我武者羅に『狼』の命だけを求めて躍り掛かる。
(「こいつらさえいなければあいつは死ななかった……、俺は何も失わなかった! 奪われなかった!!」)
 薄氷の色の炎は男の左眼からとめどなく、後から、痕から、零れ落ちる。
 復讐心を燃やし闘う男の姿は釧にも覚えがあった。
 ひとときの達成感と引き換えに復讐者へと残されたのは──。
「俺から言えるのはただ……悔いなんてものだけは残さぬようにな、ロー」
 灰白色の竜鱗から立ち昇る光の粒子は何処か哀しげな色を宿していた。


 ひかりが信条とする魅せて勝つ闘いとは無縁の、一進一退、じりじりとした消耗戦。
 だが持ち前のタフネスと卓越した闘技とで耐え忍び機を窺い続けた彼女達の前に、遂に、その時が訪れた。

「よし、今だよ!」
 回復パターンの変化を敏感に察知したひかりの掛け声と初手以降完全に鳴りを潜めていた破鎧衝がその合図。
 ギリギリ9つ迄と抑えて来たケルベロス側からの状態異常攻撃が、突如、雨霰の勢いで夢喰いの身へと降り注ぐ。
『何……っ!?』
 釧のみがその攻勢には加わらず後方から最前列へ──クラッシャーへ移動するその間隙を衝かれぬ様にとローデッドがすかさずフォローへ入った。
「……弱点は斬撃力だ」
 二者に向けて再びスターゲイザーを叩き込み確証を得た影光が小声で断じる。該当グラビティは彼自身の2種の他はローデッドと釧が1種ずつのみだ。
「でかした!」
「──了解」
 強力な攻癒一体のドレイン攻撃と回復手段という強みこそが、そのまま、転進を見誤らせる陥穽となり残余力を測る大きな手懸りとさえなった皮肉。だがそれもケルベロスの作戦あっての事。
『──っ、……仕方、あるまい……』
 遂に敗北を意識し始めた『狼』の全身から張り詰めた闘気ともいうべきものの一切が掻き消える。
 思わず影光が振り返った先、『棺』の側には特に変化は見られない。
 其れはヘリオライダーが語った通り、回収対象である『棺』に直接触れずとも動かさずともこのまま2分間の集中さえ完遂してしまえば最早それを止めることは決して叶わない……そういった儀式の類いなのだろう。

「かかれ!」
 海風を受けた帆の如く。
 白き翼の加護を跳躍に変えた元隆は動けぬ『狼』に電光石火の踵落としを見舞った。
「無駄に鳴かねえ獣は嫌いじゃない。みっともねえ死に様を晒さないからな」
 銀の焔纏う右腕で刃無き大刃を引寄せ、振り上げながら。
 そう嘯いたレスターから繰り出されるは砕けよ尽きよと荒れ狂う荒波の如き猛き連撃。
「必殺スープレックスの大盤振る舞いよ!」
 ひかり最大の必殺技の一時封印もまた解かれた。
 死合いの場においての其れは夢魅せる虹ではなく、不死の命に幾重もの重力の鎖架す容赦なき連続攻撃と化す。
「闘刃形成……収束、貪れ《刃群》! 叢雲流牙槍術奥義、零式・饕餮!」
 夜天、霹靂。
 構え直された雷槍を手にラティクスは尋常ならざる集中で闘刃を具現しその迅雷にも比する全てを以って『狼』を刺し貫いた。

 一斉攻撃がひとたび途切れた中、『牙』の狼は、いまだ健在。
 身動ぎひとつせず紅眼が見据える先は虚空の向こう、此処ではない何処か──魔空回廊。
 残すはあと1分足らず。
(「……英雄。貴方ならば、こんな事で悩み等、しないのだろうな……」)
 刹那、去来した面影に我知らず導かれるかの様に。
(「……これは後悔か。それとも、欲、なのだろうか……」)
 機械の如き精密で影光の刃先は容易なるもう一つの勝利条件──『被検体』を択ぶ事無く『狼』の喉元を刺し貫いた。
「終なく、始なく──爆ぜては、消える」
 詠唱とも呪詛ともつかぬ釧の囁きに応えたのたうつ焔は白き蛇神。灯された奈落火は漆黒に紅宿す夢喰いすら呑み喰らわんとその全身を覆い苛む。
 ──そして失伝を巡る攻防の終止符を打ったのは、
「……お前の獲物なんだろ、お前が仕留めろ」
 復讐の炎宿す『同類』にそう背中を押されたローデッドの──『彼の岸』。
 渇く衝動のまま膨れ上がる薄氷色の炎は、滔滔と、不死すら押し流す業火への片道切符。
「テメェらにはもう何一つくれてやらねェ。終いだ、潰えろ」
 そう吐き棄てながらも。
 彼にとって其れはむしろ始まりで……少なくとも何一つ終わってなどいない。
 ──任果たす事なく潰えた『牙』の狼一匹の命以ってしても。


 激闘の熱も過ぎ──ケルベロスに残された課題はあと一つ。『棺』である。

「『被検体』とやらを回収して持ち帰った方がいい、よね?」
 あくまでも一般人とはいえ『被検体』『反逆ケルベロス』等あまり穏やかでない呼称並ぶ存在にひかりも慎重にならざるを得ない。
「保護という以上そうすべきで無い理由は見当たらない」
 一方でそれに答えたレスターに躊躇は無い。
 凍結状態が自然と解除された上で本人が拒否すればまた話は別であろうが……今に到る迄『棺』にはまったく変化の様子は見られなかった。
「んじゃ、念の為に最終確認で聞くがこりゃ開けて不味いもんでもないってことだよな?」
 躊躇どころか己の手で開封する気満々の元隆は仲間を見回し、同意を得られるやいそいそと白銀の蓋に手を掛ける。
「さーて、棺の中身は美女か野獣か……」
 固唾を呑んで見守る仲間達の前で殊更に勿体ぶってみせた後に『棺』の蓋は開かれた。

 が──。

「ありゃガキか。起きれるようなら生還祝いの一杯をと思ってたんだが十年はお預けだな」
「いえ十年後でも無理でしょ──ドワーフよ」
「へ? ……あー!?」
 幼子にしか見えぬ容貌の持ち主の手には凍結されようとも決して放さなかったらしいカイゼル髭がしっかと握られていたのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年12月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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