釣った魚には餌をやらない男の英雄譚

作者:飛翔優

●イケメンエインヘリアル誕生
 彼は立ち止まった。
 午前3時、マンションの駐車場で声をかけられて。
「……ん?」
 振り向けば、冬だというのに肌もあらわな……まるで異国の踊り子のような衣装に身を包んでいる少女がそこにはいた。
「ははっ、こんな時間にどうしたんだい? もしかして、友達に僕の事を聞いたのかな? なら、一緒に部屋に来てくれよ。そのために、キミは」
 言葉半ばで、彼の体が青い炎に包まれる。
 わけも分からぬ内に、声も上げれず、彼は体を焼き尽くされ……。
「なかなか、良い見た目のエインヘリアルにできたわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見にこだわらないとよね。でも、見掛け倒しはダメだから、とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そしたら、迎えに来てあげる」
 少女の瞳の中、一体のエインヘリアルが立ち上がった。
 異性を引きつけるかのような甘いマスクを持つエインヘリアルは微笑みながら、少女に頭を下げていく。
「わかったよ。君のためにグラビティ・チェインを奪ってきてあげるよ」
 エインヘリアルは手近な……人間だった頃に乗っていた車を殴り飛ばしたのを皮切りに、次々と止められていた車両を破壊していく。自らの力を試すため、誇示するため。
 そんな様子をしばしの間眺めていた少女は満足げな表情を浮かべた後、何処かへと立ち去っていく……。

●エインヘリアル討伐作戦
 足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていくザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)。
 メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「有力なシャイターンが動き出したようだ」
 そのシャイターンは死者の泉を操り、その炎で燃やし尽くした男性をその場でエインヘリアルにできる力を持つようだ。
 しかし、その方法で発生したエインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇した状態のようで、人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと暴れだす様子。
 そのため、急ぎ現場へと向かい暴れるエインヘリアルの撃破を行う必要がある。
 ザイフリート王子は地図を広げた。
「エインヘリアルはこのマンションの駐車場でひとしきり暴れた後、マンションに向かって本格的な行動を開始する。だが、幸いエインヘリアルが駐車場で暴れている最中に辿り着くことができるだろう」
 時間帯は午後3時半ごろ。
 時間帯故か人気はなく、駐車場の異変を察知した人々が次々とマンションから避難している。そのため、ケルベロスの到着を知れば安心し、焦らず急がず逃げてくれることだろう。
「つまり、概ね戦いだけに集中することができるということだな。続いて、エインヘリアルの特徴について説明するぞ」
 全長3メートルの巨躯を持つが筋肉質ではない優男で、異性の目を引きつける容姿を持つ。
「元となった男はその容姿と会話術で女を引っかけ、自分のものにしたら捨てる……などと言った所業を行っていたようだな。エインヘリアルになった後も似たようなもので、自分の力を誇示した上で男は殺し、女は……と考えているようだ」
 得物は2本のゾディアックソード。相手の攻撃を避け、的確な一撃を叩き込む……といった行動を取ってくる。
 用いるグラビティは3種。加護を砕くゾディアックブレイク、複数人を凍てつかせるゾディアックミラージュ、麻痺させる星天十字撃。
 以上で説明は終了と、ザイフリート王子は資料をまとめていく。
「早急に対処しなければならない事件だ。どうか、全力での行動をよろしく頼む。虐殺を防ぐためにも、な」


参加者
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
中野・美貴(刀槍鍛冶師・e16295)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)

■リプレイ

●静寂の消えた夜
 夜空が赤く染まっていく。
 冷気が追い立てられていく。
 車が爆発を起こすたび、植木を炎が包むたび。
 異質な轟音に叩き落された人々は駐車場を見て逃げ出した。中にはうまく動けない者もいたけれど、家族で協力しあい運び出そうとしていた。
 破壊の主、顔立ちだけは見るものがあるエインヘリアルは車を叩き潰しながら、逃げ惑う人々を嘲笑う。
「さあさあ、逃げろ逃げろ! 俺が車に満足する前に、てめえらを殺しちまいたくなる前になぁ!!」
 再び爆発が巻き起こる。
 数台の車が吹き飛び壁へと叩きつけられていく。
 残る車は、後……。

「おーい、赤ん坊さんやーい。 玩具遊びも良いがちょっと遊んでくんな!」
 エインヘリアルが肩をピクつかせた。
 構わず、言葉を投げかけたギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)は黒き刀の刃に雷を走らせ大地を蹴る。
 振り向く暇も与えず腰に突き立て、筋肉とぶつかり合っていく。
 エインヘリアルの全身に電流が走る中、逃げ道を塞ぐように散らばるケルベロスたちは奇襲を仕掛けていく。
 一方、中野・美貴(刀槍鍛冶師・e16295)は小型の無人治療機械を展開した。
「全く関係ない車を破壊するのが許せません。力の誇示? 戦って証明しなさい」
 叱りつけるような言葉がエインヘリアルの動きを止めていく。
 美貴へと体を向け始めていく。
 すかさず背後に回り込む形で踏み込みながら、リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)は胸元のペンダントに触れていく。
 願いと共に瞳を閉じ、立ち止まる。
 瞳に冷たい光を宿し、跳躍。
 無防備な背中に蹴りを撃ち込んでいく。
 よろめきながら、リィンを探し始めていくエインヘリアル。
 半ばにて視線を交わしたフィルメア・メルフィアリア(死渡り・e42458)が、落ち着いた調子で手招きする。
「きたまえ。モノよりも我々と遊んだ方が楽しいだろう?」
「……ちっ」
 舌打ちとともに、腰から2本のゾディアックソードを引き抜いていくエインヘリアル。
 掲げられた双剣が示す先、マンションからはケルベロスたちの到来によって勇気をもらった人々による避難が行われていた。
 憂いのない状況で、本格的な戦いが開幕する……!

●美の戦士
 技もなく、才もなく、駄々っ子のように振り回す。
 半ばに目が冴えるような斬撃を交えてくる双剣を右へ、左へと交わしながら、ギルフォードは嘲るような笑顔を浮かべた。
「おいおい、そんなでっかい図体しといてそれはねーだろ。それとも何か、やっぱ赤ん坊なのか?」
「ふざけるな!」
 声を荒らげていくさまを見つめながら、ギルフォードは懐へと入り込む。
 かと思えば股の間をくぐり抜け、振り向きざまに腰の筋肉……先程切っ先を突きつけた箇所に切りつけた。
 されど刃は通らない。
 鋼の如き筋肉に阻まれて。
 エインヘリアルはにやりと笑い、剣を横に構え……。
「……させない……」
 直後、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)が正面から、雷宿る漆黒の短剣を突き立てた。
 舌打ちと共に振り下ろされた剣とぶつかり合い、素早く飛び退いていく。
 着地と共に焔の影に紛れつつ、語りかけた。
「……そんな無駄に暴れるのが自分が優れた証とでも思ってるの、かな……? にいさんの方がカッコいいし100倍強いよ……」
「はっ! そんな男は知らないが、僕の美貌にこの力! 放っておく人なんているはずないじゃないか! ……まあ、たとえ放っておいても」
「貴方は……そんな力で女性に何するつもりなの……」
 一拍置き、エインヘリアルの口から語られたのは邪悪な願い。
 リーナは表情は変えず、ただ告げる。
「わたしは、貴方の死神……貴方は、わたしがここで刈り取るよ……!」
「ふふっ、楽しみだよ。君を」
 邪な言葉を口にしながら、エインヘリアルは双剣から牡牛座のオーラを解き放った。
 牡牛座のオーラは戦場を縦横無尽に駆け回り、誰ひとりとして逃すことなく前衛陣を凍てつかせていく牡牛座のオーラを見つめながら、彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)はギターを爪弾く。
「カカッ! 上手いのぅ、じゃが、その程度の力では妾らは倒せぬぞ?」
 生命力あふれる音色を空の彼方まで響かせれば、前衛陣に張り付いた氷は溶けていく。
「……ふむ」
 フェイントを交えた剣戟も、牡牛座も、避け続けることは難しい。
 しかし、一撃一撃が強いわけではない。
 耐えるも治療も難しくないと思われた。
「ま、油断はできぬが……ともあれ皆、きばれ。新たな悲劇を産まぬうちにな……」
 本来は望むはずもなかっただろう命を受けているエインヘリアルに、貴奴らに自分を重ね、破壊や屠殺行動を抑えると拳を握る。
 その強い光を宿した瞳で見つめる中、霧島・絶奈(暗き獣・e04612)の放つ鎖がエインヘリアルの両足に絡みついた。
「テレビウム、お願いします」
 すかさずテレビウムが踏み込みかかとに凶器を叩きつける。
 エインヘリアルの全身が僅かに揺らぐ中、ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)が豪快な笑みを浮かべながら睨みつけた。
「強大なる者よ、小さき者の力を思い知れ!」
 今は目に見えぬ力を植え込み、後の戦いへの糧とする。
 そのために次の準備を行い始めた時、リーナが燃え盛る車の中から飛び出した。
「……」
 エインヘリアルの背後へ着地し、再び飛ぶと共に背中を裂く。
 視線で追う暇も与えず再び炎の間に紛れれば、ギルフォードが正面へと回り込んでいた。
「よそ見すんな、赤ん坊さん」
 余所見をしたバツだとばかりに黒き刃を横になぎ、エインヘリアルの腹筋に食い込ませる。
 あえて逆らわず手首を捻り振り抜けば、血が腹部にうっすらとした線を描き始めていた。

 地面を2度、3度と砕いた直後、2本の刀身は重なりリィンに迫る。
 リィンは重なる刃の中心にゲシュタルトグレイブの切っ先を突き立て受け止めた。
 力では叶わぬと判断し、直後に体を捻り斬撃を左側へと流していく。
 斬り裂くことのない刃は地面を砕いた。
 礫はリィンの背中を打ち据えた。
「……」
 受け流し切れなかったのだろうと判断し、リィンは一旦距離を取る。
「治療を頼む」
「おう、任せておけ!」
 戀は胸を叩き、星々の瞬く光を思わせる調べを紡ぎ始めた。
 そんな中、美貴がエインヘリアルの前に立つ。
 今は自分が相手だと、大型のメイスの先端をエンへリアルに突きつけていく。
「……」
 見つめる瞳に宿すは、怒り。
 自分が愛していたはずの車をいとも簡単に壊した男を、中身からへし折りたい。
「……はは。そんなに熱い視線、こま」
 雑音が聞こえた時、弧を描いた。
 刀身による、三日月のような斬撃だ。
 右足に深い傷を置い、エインヘリアルは姿勢を崩す。
 直後、フィルメアが懐へと踏み込んだ。
「刻め」
 刀で描く9つ斬撃が、エインヘリアルの肉体を薄くけれど確かに切り裂いた。
 数えて10にものぼった新たな傷跡に沿うように、シャーマンズゴーストのジークが炎を浴びせかけていく。
「ぐ……」
「今じゃ!」
 うめき声を聞き、ソルヴィンが竜の幻影を解き放った。
 その大きなアギトに飲み込まれていくさまを見つめ、静かな息を吐いていく。
「そろそろ余裕がなくなってきたんじゃないか?」
「黙れ!」
 エインヘリアルは剣を掲げ、牡牛座のオーラを生み出した。
 牡牛座のオーラは前衛陣の間を駆け回る。
 縦横無尽に、軽快に。
 けれど……。
「……先程までの覇気はありませんね」
「そのようだな」
 決して俊敏ではないと、美貴は戻って来たリィンと共に牡牛座を避けていく。
 まるで戯れているかのような様を前に、拳を震わせているエインヘリアル。
 崩れていく表情を目の当たりにし、ソルヴィンは軽く髭を撫でた。
「ふむ、女を食い物にしていたと聞いた。引っかかる方も多少はあれだとは思うたが……これでは台無しじゃのう。いや、性根通り、と言うべきか……」
 肩をすくめ、深い息を吐くと共に精神を研ぎ澄ます。
 魔力を集中させ、エインヘリアルの中心へと……。
「っ!」
 表情を苦痛に歪め、エインヘリアルは膝をつく。
 予定通りとソルヴィンは笑いながら、手を叩いた。
「さあ、今がチャンスじゃ! 畳みかけていくぞい!!」

●美をなくした巨躯の戦士
 痛みを押し、拘束を引きずり、無理やり暴れ始めたエンへリアル。
 リィンも美貴も、テレビウムさえもそれを難なく受け止めた。
 募り苛立ちで狙いも定まらぬか、牡牛座のオーラが後衛へと飛んできた。
 素早くリィンたちが飛び込むも、全て抑えるには至らない。
 逃れてきた牡牛座を、絶奈が変わらぬ表情で迎えていく。
「……」
 牡牛座が絶奈に飛びかかろうとした直前、ブラックスライムが飛びつきその体を押さえ込んだ。
 間を置かず霧散していくさまを見送った後、改めてエンへリアルへと向き直っていく。
 仲間たちの攻撃を捌き続けているエインヘリアルの表情には、焦りが見えた。
「……元はさぞかしモテたのでしょうから、自らを英雄と勘違いしたくなるのでしょう。ですが、虚しい火遊びですね」
 紡ぎ出る言葉は嘲りか。
 表情は笑みを浮かべたまま、変わることはないのだけれど。
「そういう生き方を否定はしませんが、賛同はしかねます。だって私は、そんなちっぽけな優越感では酔えませんから」
「くそっ……」
 エインヘリアルは無理やり絶奈の方を向く。
 フィルメアが視界を塞いでいく。
「っ!?」
「随分と追い詰められたようだが、そういう時こそ本当の実力が出る。それを見せてもらおうじゃないかあ」
 身をすくめたエインヘリアルの足元へと踏み込み、抜刀。
 三日月を描き脛を切り裂き、エインヘリアルの背後へと駆け抜けていく。
 更なる痛みに襲われたか、エインヘリアルがよろめいた。
 すかさずリィンが踏み込んでいく。
 燃えたぎる炎を刃に乗せて。
「この剣舞は炎の舞、貴様を地獄へと誘う死出の舞! 塵も遺さず消え失せろ!」
 剣舞を刻み、刃で刻み、エインヘリアルを焼いていく。
 最後に飛び上がり放つ袈裟斬りは、駄々っ子のように振り回された剣に阻まれた。
 けれど、リィンの影に隠れて地面を駆けたテレビウムが凶器をフルスイング。
 骨の砕ける音が響きエインヘリアルが苦悶の咆哮を響かせた時、絶奈操る鎖がその大きな両腕を縛り上げた。
「さあ、畳みかけて下さい」
「……」
 頷き、リーナが瓦礫の中から飛び出した。
「集え力……。わたしの全てを以て討ち滅ぼす……!」
 周囲のグラビティを自らの内側に束ね、魔力と絡め刃に注ぎ……。
「滅せよ……黒滅の閃光!!」
 腕の一振りで放たれた砲撃は、リーナをも吹き飛ばしながらエインヘリアルの脇腹をえぐり街灯を砕く。
 よろめき始めたエインヘリアルの体を支えたのは、ギルフォードの持つ三又の手槍だ。
「……落ちろ……極星」
 告げるとともに、青白い閃光がエインヘリアルの体を何度も、何度も貫いていく。
 もはや苦痛すら紡げぬエインヘリアルの前に、佇んでいたのはフィルメアだ。
「残念だよ、その程度だとは」
 ため息と共に竜化した腕を突き立て、腹部を深く貫いていく。
 エインヘリアルは、数多の力に貫かれて動けない。
 けれど、両腕からゾディアックソードが手放されることはなく……。
「……さようなら」
 ゾディアックソードごと、美貴は両断し背を向けた。
 巫術の力が霧散していく中、大きな荷物を落とすような音色が2度、背後で響いていく。
 それきり、戦いの音色は響かない。
 風の音だけが聞こえる静寂が、駐車場を支配して……。

 少しずつ鎮火する気配を見せている炎に照らされながら、戀は軽く手を叩いた。
「皆の者、お疲れ様じゃの。どれ、ここは1つ、妾が一曲奏でようぞ」
 作業を行うにせよ、火が消えるまでは多くの事は行えない。
 癒やしの力も秘めたねぎらいの曲を聞きながら、絶奈はすでに沈下している場所にある車の残骸にヒールを施していく。
「……形はなんとかなりましたが……」
 無事、修復された軽自動車。
 しかし、バンパーがチャリオットもかくやというファンタジックな外見に変わってしまっている。
 そんな様を覗き込み、ソルヴィンは肩をすくめた。
「ヒールグラビティを持ってこなかったわしが言うのもなんじゃが、これは仕方ないといったところかのう。デウスエクス保険にでも頼むかの!」
 冗談とも本気とも取れない笑い声が響く中、なるべく多くの……との方針で直していく流れとなる。
 もちろん、安全を確保できた後は人々に知らせる事も忘れずに。
 戀の曲が終わると共に作業が始まっていく中、リーナは1人エインヘリアルに祈りを捧げていた。
 人として最低だったかもしれないけれど、それでも一応、被害者だから。
 ……そう。彼をエインヘリアルに変え、破壊へと差し向けたものは他にいる。
 未だ、その所在をつかむことはできていないのだけれども……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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