肉体美のみは屈強なりて

作者:青雨緑茶

「ったく、若いのがグズなせいで仕事が捗らねぇったらねぇぜ」
 陽も落ちた後、一人の男が文句を零しながら高架下を行く。
 彼の名はアツシ。建設会社勤務の中年男性で、筋骨隆々としたガテン系である。だが逞しい肉体に反して精神は横柄で卑怯、今日も自身のミスを部下に押しつけて面の皮厚く帰路についたところだった。
 そんな彼の前に現れたのは、炎彩使い『青のホスフィン』。
「あ? なんだネェちゃん?」
「こういうタイプのイケメンもいいわね。男性的な力強さに溢れて、それに顔も凛々しくて素敵じゃない。あなたみたいな逞しい男が周りの男を踏みにじるのは当然よ、だって弱くて冴えない方が悪いんだもの」
 怪訝そうなアツシだったが、イイ女に褒められて悪い気はしない。口端を歪めて笑い、好色な眼差しでホスフィンをじろじろ見る。
「なんだか知らねぇが、分かってるじゃねぇか。どうだい、これから酒の一杯でも――」
 だが彼の誘いは途中で掻き消え、ホスフィンの青い炎がその身を包んだ。
 火柱となった炎の中から現れたのは、身の丈3メートルほどの戦士。上半身の鎧はごく最小限、分厚い胸板や割れた腹筋、自慢の肉体を存分に見せつける姿だ。
 それを見上げて、ホスフィンは満足そうに言う。
「なかなか、良い見た目のエインヘリアルにできたわね。やっぱり、エインヘリアルなら外見にこだわらないとよね」
「悪くねぇ気分だな。こんなデケェ斧を思いっきり振り回したら、さぞかし爽快だろうよ」
 大戦斧を軽々と肩に担いで、アツシは不敵に笑う。そんな彼にホスフィンは命じる。
「頼もしいわね。でも見掛け倒しはダメだから、とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そしたら、迎えに来てあげる」
「ああ任せときな。せいぜい楽しんで、仰せのままにしてやるよ」
 手に入れた力を誇示したくてたまらないように承諾して、人通りの多い場所を目指すアツシ。人を人とも思わない傲慢な瞳で、獲物を求めて――。


「今度はガテン系の男性か。ホスフィンはなかなか趣味が広いのかな」
 ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)は事件の概要を聞いて、飄々と腕を組む。
「青のホスフィンが狙うのは、容姿に優れた男性であればタイプは問わないようだ。それに、シャイターンが好んで選定する性格の悪さを加えてな」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が頷き、更に詳しい説明をする。
 近頃暗躍する有力なシャイターン。炎彩使いと呼ばれる彼女達は、死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男性を、その場でエインヘリアルにする事ができるようだ。
「聞いての通り今回のシャイターンは炎彩使い『青のホスフィン』だが、この任務で戦闘対象となるのは彼女ではなく、エインヘリアルの方となる。
 出現したエインヘリアルは、グラビティ・チェインが枯渇した状態のようで、人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと暴れだすようだ。
 急ぎ、現場に向かって、暴れるエインヘリアルの撃破をお願いしたい」
 続けて、王子は資料を配る。
「敵はエインヘリアル一体のみ。『青のホスフィン』も他のシャイターンも現れない。
 素体となった男性は既に死者であり、救出する事も、説得する事も不可能だ。
 装備は巨大なルーンアックス。グラビティも主にそれに準じたものを扱うが、ルーンの力で状態異常を消し去るヒールも使えるようだ。
 時刻は夜18時頃。エインヘリアルは発生現場から移動し、人通りの多い街角に現れる。現場は充分な広さと照明があるため戦闘に支障はないだろう。
 問題は一般市民だ。帰宅時間と重なっているため、そのまま戦えば間違いなく大きな被害が出る状況となる。可能な限り安全な避難誘導も頼みたい」
「避難誘導か。事前に警告のひとつもできれば良いんだが、予知が変わるからってのが難儀なもんだ。他に何か、有利になりそうな情報はあるかな?」
 尋ねるラジュラムに、王子は答える。
「そうだな、『自分は優れた男であったがために導かれて勇者になった』という無駄なプライドの高さをもって躊躇なく殺人を行う、というのは被害者の共通項のようだが。
 このエインヘリアルは肉体の屈強さに自信を持っているため、それに真っ向から対抗する……つまりこちらの方がお前より逞しいぞというような挑発は有効だろうな。
 あるいは、華美であったり高価な衣装や装飾品を身につけた、経済的に豊かそうな者も狙われやすい。生前は金遣いが荒く、時には金銭的に困窮する事もあったからか、単純に金持ちは気に食わないという思想らしい」
 このような性質を利用し、あるいは警戒すれば、避難誘導や戦いを有利に運ぶ事も出来るだろう。
 一通りの説明をして、王子はラジュラム達ケルベロスを激励する。
「エインヘリアルによる虐殺を何としてでも止めなくてはならない。頼りにしているぞ、ケルベロス」
 ラジュラムは羽織る着物をはためかせ、顎鬚を撫でて承諾する。
「褒められた人間ではなくとも、こうなればせめて彼岸に送ってやる事だけが救いか。分かった、行って来よう」


参加者
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)
ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)
簾森・夜江(残月・e37211)
綾樫・小春(金城鉄壁・e40296)
シス・エグゼク(献身ヲ・e41086)
雨野・狭霧(咎腕・e42380)

■リプレイ


「優れた肉体にモノを言わせて我欲を通す……そういう生き方は許せません!」
 ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)は憤慨していた。ノブレス・オブリージュの精神を掲げる彼女にとって、優れたものの責務を放棄した所業は許し難いものだった。
「男とは見た目や力強さだけでなく度量の広さも大切だ。後輩にミスを押しつけるとは情けない……とは言えエインヘリアル化してしまえば、おじさん達の役目は一つだな」
 出現が予知された街角で待機する番犬一同の中、ラジュラム・ナグ(桜花爛漫・e37017)は重ねた年輪を感じさせる考えを覗かせて相槌を打つ。
「しかし、街中での戦闘とは面倒ですね。……面倒ですが、一般の方に被害が出てはケルベロスの名折れ」
 雨野・狭霧(咎腕・e42380)は、被害なく完璧にこなせるように頑張りますよ、と肩を竦める。斜に構えて見える態度だがその実、避難誘導を安全確実なものにするべく事前に現場周辺の地形を調べておいた姿勢は抜け目がない。
「初任務……ケルベロスとして目覚めた以上、これも義務というモノですね」
 シス・エグゼク(献身ヲ・e41086)は夜に紛れる黒衣一色の姿で、無表情で呟く。囁くような声音は礼儀正しく固いものだが、内心では対照的に幼い性格が滲む思考を浮かべる。
(「……あんまり荒事は得意じゃないんだけどなぁ……うまいこと注意をひきつけられればいいんだけど」)
 時計の針が18時を回る。一般市民の悲鳴が上がったのとほぼ同時、エインヘリアルの出現に、番犬達は二手に分かれて動き出した。


 大戦斧を担いだ筋骨逞しいエインヘリアル『アツシ』は、逃げ惑う市民達を眺めてさてどれから獲物にしようかと楽しんでいた。
 だがその中から躍り出てきた4名に気づき、怪訝そうにねめつける。
「あん? なんだテメェらは」
「そこの肉体的強さにだけ溺れた馬鹿。一片だけの強さにいい気になってる勘違い野郎から、逃げ回ってやるとでも思った?」
 浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)は『アツシ』の肉体的な力を真っ向から否定し、わざと狙われるよう振る舞う。足止め中は攻撃よりも回復行動優先、いつでも無量命光機『アミターバ』(ムリョウミョウコウキ・アミターバ)を詠唱できるよう身構えて。
 同じく足止め班の簾森・夜江(残月・e37211)は殺界形成を展開して人払いを助ける。一般人の避難が完了するまでは目視での確認を怠らず気を配りながら、素早い体術で虹纏う蹴りの一発を敵にお見舞い。
「肉体は屈強でも、精神も同じとは限りません。貴方の精神は肉体に追い付いていないのでしょうね」
「んだとぉ!?」
 アツシはまんまと挑発に乗った。逃げ遅れた市民へ片手間に振り下ろした斧を、その夜江が己が身も顧みず庇い苦痛を顔にも出さないとあらば、余計に苛立つ。
「うちらに任せとき! 避難誘導しとる人らの言う事聞いたってな~」
 綾樫・小春(金城鉄壁・e40296)は誘導班が早めに戦線へ合流叶うようにと市民へ声を投げて無事に逃がし、ヒールドローンを展開して味方の守りを固める。
「見た目の屈強さでは貴方に敵わないかもしれませんが、外見だけで侮っていると痛い目を見ますよ」
 シスもゲシュタルトグレイブをなるべく派手に取り廻す。ギリギリ当てられると踏んでの稲妻突きを危うく打ち込み、挑発のため悪い笑みを浮かべる。
「僕みたいな貧弱な男の槍に押し負けたら、恥ずかしいですよね?」
 作戦通り、アツシの意識はしっかりと足止め班に引きつけられた。この隙に避難誘導班の仕事が完了するまで、防戦で持ちこたえれば上々だ。

「落ち着いて、僕たちはケルベロスだよ」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459)は隣人力を併用し、市民に好印象を抱かせ避難を促す。
「あいつは僕達が倒すから、落ち着いて逃げてね」
 穏やかな笑顔による呼びかけが、よりそれを助ける。
「そこの素敵なお姉さま、落ち着いたらそこでお茶でもいかがかな? そのためにも今は、安全な場所へ」
 ラジュラムは混乱する市民に剣気開放で『逃げろ』と命令し避難を促しつつ、女性へさりげなくお誘いをする余裕を見せて安心させたりもする。予め助力を頼んでおいた地元警察の元まで誘導すれば、後は円滑だ。
「皆さん、こちらです!」
 ラリーも全力で避難勧告を行う。正義の味方、英雄というよりは、真面目で素直な『良い子』の一生懸命さがそこには滲む。
「はい、押さないで。気をつけて下さい」
 狭霧は割り込みヴォイスを使用し、喧噪の中でも声を通して呼びかける。事前に調べた情報を元に、的確な誘導をこなす。
 彼らの手際良さが功を奏し、一般市民は巻き込まれない地点まで無事誘導される。無用なパニックが広がる事も避けられて上手くいき、早々に足止め班と合流叶う運びとなった。


「んだよ、弱い人間なんざ情けなく逃げ回ってりゃいいってのに気分悪いな。ぞろぞろ集まってきやがって」
 アツシは不快そうに吐いて、大戦斧を軽々とブン回してその肉体の頑強さを誇示する。
「逞しさだけが強さってわけじゃないんだけどね」
 お待たせ。合流した味方へ告げるが早いか、陽葉は流星煌めく蹴りを敵に喰らわせた。
「お前さんのような男は、同じ男として残念に思う。だが生きていれば挽回するチャンスもあったろうに」
 ラジュラムも駆けつけ、仲間の攻撃の合間を埋めるように、卓越した達人の一撃で斬り込む。8名1台1匹の手勢が場に揃ったからには、ここから一気に攻め切りたいところだ。
「私みたいな雑魚にあっさり負けないで下さいよ?」
 そんな図体してるんですから。そうばっさり言ってのけて狭霧は、愛用の古びた日本刀に雷の霊力を帯びて刺突を繰り出す。
「……自分勝手な英雄も過去には居たんだろうけど、とてもコレを英雄とは呼びたくないね。ハリー、行くよ」
 朴訥と、また随分と悪趣味な奴をエインヘリアルにしたと言いたげに、希里笑はバスターライフルを構える。炎纏い突撃する相棒のライドキャリバーに合わせ、発射した魔法光線を敵へ突き刺す。
「俺の邪魔しようってんなら、叩き割ってやるぜ!」
 アツシは大きく跳び上がり、ラジュラム目掛けて巨大な斧を頭上から叩きつける。しかし攻撃手として庇われ易い位置取りを意識していた彼は、からくも仲間に庇われた。
 だが、次に狙われた時は深手を避けられないかもしれない。避難誘導のため優先した剣気開放と引き換えの代償は安いか高いか、それはカウンターで反撃を狙う本人のみぞ知る。
「他者を踏み躙ることが喜びなんでしょうか。『ヒト』の倫理に照らせばどう考えても悪ですね。――正すことができないなら、僕らで終わらせるしかないでしょう」
 シスはウイルスカプセルを投射し、敵の治癒の阻害を図る。
 礼儀と秩序を重視する人格を再インストールした彼にとって目の前の敵は、人の理を外れたモノ。同情も憎悪もなく、ただ排除すべき存在といえた。
 小春はダメージを受けた味方を回復させるべく舞い踊る。癒しの花びらがオーラとなって戦場に降り注ぐ。普段はゆったりまったりしている彼女だが、やるときはやる性格だ。
「心弱きことは罪ではありません、ですが! 力への誘惑を良しとし、自ら悪の走狗となったあなたを見逃すことは出来ません!」
 ラリーは十字架を模した聖なる宝槍を向け、力強く否定して、稲妻突きの一撃で敵を痺れさせる。敵に対する憤りは誰よりも強い。
「その肉体が本当かどうか、私達が相手をしよう」
 夜江が磨き上げられた動きでた星型のオーラを蹴り込み、アツシの筋肉の鎧を揺るがせる。連れの翼猫には前衛全員に加護が付与されるまでの手厚い清浄の翼を予め任せてあり、彼女の入念な立ち回りは実に頼もしい。
「チッ! なよっちい奴らがイキッてんじゃねえ!」
 アツシはルーンの輝きを宿して戦斧を振り回し、自身の傷を癒した上、状態異常を半分ほど消し去った。
(「それやられると、面倒なんだよなぁ」)
 雷纏う槍の一撃を掠らせ、シスは内心ぼやく。
 素の命中率で劣ってもある程度は立ち回りで補う気概でいたが、それは誘導組が合流して支援効果が積み重なる段に至ると、安定感の違いが確かに実感出来た。それが目減りすれば、この位置からはどうしても当てにくくなる。
「脳筋のくせに回復してくるとか、軸がブレてるんじゃないですか」
 狭霧はわざと侮るような言い方をする。だが、それでも敵に回復で一手を使わせられた事は大きいとも考えられる。今のうちにオーラを溜めて仲間へヒールを放つ。
 攻撃においては具体性に乏しい立ち回りで精彩を放つ事の難しい彼女だったが、仲間の負う手傷が深くなり過ぎないようには常に気を配っていた。
 陽葉がハートクエイクアローを放つ。赤く塗られ、全体の曲線が炎のように見える和弓から、精密な一矢で敵を撃ち抜く。
「あえて言いましょう、『弱く、小さきもの』よ! 信念なき肉体のみの強さなどは、わたしのような者にも勝てぬものと知りなさい!」
 毅然と吠えてラリーは、空の霊力を纏う斬撃を繰り出す。だが敵への憤懣に意識が向くあまり戦術にまで気が払えていなかったのか、どうしても見切られがちになってしまう。
「やかましいガキだな……それにガキの癖に高そうな鎧着やがって!」
 アツシはラリーの言動のみならず、白く輝く騎士鎧も気に喰わなかったようだ。高々と跳躍し、大戦斧を振り下ろして与えられる大打撃。
「うわっ、今回復したるからね!」
 小春が急ぎ気力溜めを放ち、ラリーの痛手を大きく回復させる。幸いその鎧が割り合い軽減してくれていたが、肉体自慢の敵なだけあって、その破壊力は純粋に驚異的だった。
「だが隙あり、だな」
 ラジュラムはそんな敵の攻撃直後を狙い、死角に回り込んで、月光の如く緩やかな弧を描く切先で急所を過たず斬り広げる。
「『我が刃、風の如く』」
 夜江は斬霊刀を居合抜きで閃かせ、天地を切り裂く風の刃を繰り出す。風刃(フウジン)、終わりなく流れる風のように敵を裂く。
「他人が身に着けているものの価値より先に、気にする事は山ほどあっただろうにね」
 スパイラルアームを見舞い、希里笑は思う。
 この人は人間として駄目な部類の性格だったのだろう。シャイターンに気に入られて殺されてしまうほどに。
 エインヘリアルと化した挙句ここで討たれても、もしかしたら周りの人からは惜しまれる事が無いのかもしれない。
(「奴らに好まれるとは、そう言う事なのだから」)
 ――それでも。続く感慨は伏せて、今はただ、撃破する事だけを考えて動き続けた。


 まず何よりも一般市民の犠牲を出さない事を目指したケルベロス達にとっては、自分達が受ける痛手など些細に感じられたかもしれない。交戦の運びにおいては思うようにいかない場面もあったが、それでも手負いの番犬の牙は喰らいついて敵を追い詰める。
「『刃に輝きの洗礼を! 邪悪を貫く光の奔流……受けてみなさい!!』」
 ラリーは、説得が不可能であろうとせめて『選んだ道が間違いだ』とだけでも伝えたかった。手にした宝剣を媒介に超大型の光の刃を形成し、雪崩の如き刺突を繰り出すAvalanche Bright Stinger(アヴァランチ・ブライトスティンガー)が襲う。
「シスさん、そちらは任せた」
「はい、夜江さん」
 二人は淡々と顔色を変えずに、即席で息を合わせてアツシを挟み撃つ。フォーチュンスターの目にも止まらぬ蹴撃と、高速演算で破壊箇所を見抜いた破鎧衝の一撃が重なる。
「くそっ……! なんで俺が、こんな雑魚共に……!」
 自慢の肉体美もズタズタの傷だらけに、アツシは闇雲に斧を振り下ろす。希里笑がすかさず味方を庇い、守り手であっても軽減しきれないダメージを小春がどうにか治癒する。
「『甘く見ましたね』。――影薄いからって忘れないで下さい?」
 狭霧は様々な局面を共に乗り越えた愛刀を振るい、恐ろしく鋭い斬撃・壱式(イチシキ)で斬り上げる。
「『凍てつけ!』」
 陽葉は風花の矢(カザハナノヤ)を放ち、敵を撃ち抜く。雪の霊力を込めた矢から広がる氷が、その筋肉に突き刺さる。
「お前さんも被害者、せめてもの救いだ。苦しまぬよう彼岸へ送ってやろう」
 ラジュラムは桜の花咲き乱れる白い鞘に納刀しアツシの攻撃を受け、そのまま流れるような所作で敵の体勢を崩す。
 機は作り出した。不可避の至近に肉迫して抜刀し、味方と共にその筋肉の鎧を痛めつけて充分に攻撃の通りやすくなった敵に走らせるは、花楽音流<宴楽>(カラクネリュウエンラク)の一閃。
「せめてもの手向けだ。閻魔様によろしくな」
 肉体のみの屈強さでは超えられぬ一線、それが確かに存在した証は、ケルベロス達の勝利が何より明確に示す。エインヘリアルは塵へと還り、刃鳴りの余韻だけが場に残った。


「少しでも自分を省みていれば、考え方を変えられていれば……殺される事なく、人として普通に生きられたのかもしれないのにね」
 希里笑は討ち果たした相手の人生に思いを馳せる。殺されてもいい人間なんて存在しないと、そう思うがゆえに。
「あなたは悪人でしたが、それでもわたし達が守るべき人間でした。せめて、あなたの魂に安らぎがあらんことを……」
 ラリーも冥福を祈る。悪人でも一般人だった、その事に変わりはないからと。
 シスは交戦後の周囲の損壊具合を調べ、陽葉、夜江、小春と共にヒールや簡単な片付けを行う。終える頃には戦闘中の熱気も薄れ、夜風の中で彼らは、身震いを一つ。
「帰りに温かいコーヒーでも飲みたいですねぇ」
 最後のガードレールにヒールを済ませ、狭霧が誰へともなしに呟く。何名かがそれに同意し、一同は撤収の運びとなる。
 ラジュラムは手持ちの酒を掲げ、一口、傾けた。鼻先に抜ける季節外れの桜の香りに目を眇め、やはり骸すら残らなかった相手への弔いに代える。
 幻想混じりで修復された街角には行き交う人々が戻り、それぞれに家路を急ぐ。任務を果たしたケルベロス達が守った、とあるありふれた夜の光景だった。

作者:青雨緑茶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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