素晴らしき指の女

作者:baron

「……♪」
 とある廃屋で女が古びたピアノを引いている。
 その指先はかなりゴツイ手袋を付けているのに、だ。
 間違えずに一曲終えたところで、女は立ち上がると踊るようなステップで庭に積んである瓦の元に向かった。
「はっ!」
 女が手刀を振り降ろすと、バリンバリンと音を立てて瓦にヒビが入る。
 流石に一撃で真っ二つになりはしないが、拳はともかく手刀でという辺りでかなりの修行をこなして居ると窺えた。
 女は次に砂が入っている壺に向かって……。
『お前の、最高の『武術』を見せてみな!』
「……っ」
 いつの間にか庭に少女が居た。
 そいつの無遠慮な声を聞いた瞬間に、女は走り出して貫手を構えて走り出す。
 そして顔面には直撃させるのだが、聞いた様子も無い。
 間髪いれずにもう一発! 今度は指先で目を突いた筈なのだが……やはり効いた様子は無かった。
『僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ』
 この少女はドリームイーターである幻武・極。
 デウスエクスに当たり前の攻撃が効く筈も無い。次の攻撃を浴びせる前に手にした鍵で貫かれてしまった。
『じゃ、お前の武術を見せ付けてきなよ』
「……」
 そうして少女の側には、女に良く似たナニカがそこに立つ。
 あえて違いを上げるのであれば、ゴツイ手袋を付けず体がよりスマートであったことくらいだろう。


「武術を極めようとして修行を行っている武術家が襲われる事件が起こります」
 セリカ・リュミエールが地図や資料を手に説明を始めた。
「幻武・極というドリームイーターが、自分のモザイクを晴らそうとして失敗し、代わりに武術家型を作って送りだした模様です。本人は何処かに行ってしまったようですが、被害者の理想を形にしたためか、かなり強力な敵ですのでご注意ください」
 代わりにと言う訳ではないが、安心出来ることが一つだけある。
 被害者である武術家たちは思いっきり修行できる環境に住んでいることが多く、今回も郊外に住んでおり住民を巻き込む心配が無いのだ。
「敵には部下などは居らず一体のみです。武術としては手刀や貫手だけを使い、足は移動や態勢のコントロールだけに使用するそうです。姿勢も良いですし、踊りなども嗜んで居るのか足を傷つけたくないのかもしれませんね」
 踊る様にステップを刻み、手刀を振り降ろしたり貫手を放って来るとか。
 他にも本人の理想を追求して居るので、被害者は使えない技を繰り出してくる可能性もある。
「このドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せ付けたいと考えているようなので、戦いの場を用意すれば、向こうから戦いを挑んでくるでしょう」
 セリカは最後にそう付け加えると、資料を置いて出発の準備に向かった。


参加者
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)
上里・藤(黎明の光を探せ・e27726)
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)

■リプレイ


『貴方たちがケルベロスね。良いでしょう』
 出逢った瞬間、ドリームイーターは嫣然と微笑んだ。
「この威圧感……さすが武のドリームイーターですね。元々の持ち主も凄い人みたいですけど」
 突きつけられた指先に、上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)はゴクリと喉を鳴らした。
 このままだと殺される……。そんな実感が窺えるが、微笑みと共に殺気が霧散して行く。
『こっちに広い場所があるわ。着いてきなさいな』
(「自分に対する絶対的な自信と、強者を求める心……っていうか、すごい人だからこそ! 絶対にその夢を取り戻させてもらいますね」)
 出逢い頭に一人殺せそうな雰囲気でありながら、女はその可能性を無視した。
 より愉しい戦いの為にそうしたのだと……紫緒は実感する。
「さて、武術系統が敵とあっちゃぁ、こっちもそれに負けないほどの力を見せつけなくちゃぁいけないわよね?」
「面倒だしできれば勘弁して欲しいッスけどね。……まっ、やるからには頑張ります」
 どことなく嬉しそうな蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)に対し、上里・藤(黎明の光を探せ・e27726)は気だるげに頭をかいた。
 戦いなんて必要だから戦っただけで楽しいとは思えない。
 だが友人たちが居る中で、気弱に腰が引けてると思われるのもノーサンキューだ。
『さあ。ここならば良いでしょう。一挿し踊るとしましょうか!』
「良かろう。こちらも全力にてお相手いたそう」
 山内・源三郎(姜子牙・e24606)は一礼すると不敵に笑った。
 身の子なしに気風の良さ。デウスエクスでは滅多に見ないタイプである。
(「俺は戦い方なんて知らなくていつも我流でがむしゃらに戦ってきたけど、そういう洗練された動きってのは正直すごいと思うよ」)
 女の颯爽とした動きを見て、藤はつくづく感心した。
 とても真似できない。
 だけど、感心すると言うことと、負けを認めることはイコールではない!
『そうそう、もう。行ったわよ?』
「そう負けるつもりはないぜ。上里藤、流派なし……いきます」
 藤はそう言いながら仰け反った。
 皆が気がついた時には、唇から血を流しながら頭を元の位置に戻して居る。

 もう喰らった!? そう認識するよりも先に、体が動いて反撃に出ていた。
 足払いを決めることで相手の動きを縛りに掛る!
「っと驚いている暇はないな。……ダンスか何かがやりたかったのか。だが一人で踊るのも味気ないだろ?」
 日月・降夜(アキレス俊足・e18747)はハンマーを一閃!
 変形させながら途中で強引にグラビティを解き放った!
「一曲願おうか、そおれ!」
『あら、お行儀が悪いのね』
 降夜が砲撃モードに切り換えて解き放つのは轟音による衝撃波。
 重低音を鳴り響かせて女の元に迫る。
 佳い女の前で紳士じゃ居られない、男はみんな獣なのさと強烈に迫る(なお迫っていたのは男ではなく音である)。
「手刀に貫手とはな。空手をベースに独自の武を極めたというところかの」
 源三郎はその場で一回転、強引に助走距離を取ると回し蹴り気味に飛び掛かる。
「だがな、空手で足技を修めないというのはいうのは甘ちゃんと言わざるを得んぞ」
 ショートダッシュから来る源三郎の飛び膝蹴りが、二重のフェイントと共に炸裂した。
 しかしそこで倒れるような女では無い。
 くるっと態勢を立て直して立ち上がる。
『あと少しで避けられたのに、残念。空手もだけどボクシングも取り入れてるの』
 次こそ避けて見ようかと笑い返したのである。
 こうしてケルベロスと武術家型ドリームイーターの戦いは始まった。


(「ピアノ弾ける人ってかっこいいのよ! わたしは手がもこもこだからうまく弾けないのよね」)
 柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)はめげなかった。
 攻撃を避けられたが、そんなことはボクシングをする上でもケルベロスの仕事の上でも良くあることだ。
「今度こそ……あ、いけないのだわ」
 次はピコピコなハンマー構えて振りかざす。
 だけどいけない!
 あの女の人は、踊る様に指先を弾いちゃう。
 だから負けない! 宇佐子は我身を顧みず、飛び出して仲間を庇うのです。
「……手より殺傷性の有る衝撃波を発する、か」
「踊りながら遠距離攻撃って、どこのRPGゲームだよ………」
 飛び蹴りを浴びせていたスレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)は着地しながら、星雲を思わせるような鮮やかな紐で蟹座を描いていた蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)は驚愕する。
「いや、ケルベロスやデウスエクスにとってはできる範疇だろうけどさ……」
 真琴はそのまま星剣に持ち替えると大地に剣を突き立て、蟹座の加護を呼び返した。
 結界を広げて守りに入るが、なんというか自分の目で見ても信じられない。
「ああ。自分を始めやろうと思えば出来なくは無いとはいえ、それを指の筋力強化で実現するとは。……世界は広いものだな」
 言いながらスレインは態勢を入れ換えて、今度は下段。
 地を這う蹴りは摩擦で炎すら呼び起こし、先ほどは避けられたが、今度は確実に命中させる。
「手は攻撃で足は回避と移動に専念……か。意味は判るが生憎と、私は格下、かつ敗北の許されない立場でな。故に使える物は使う。悠長なことは言って居られない」
 スレインにとって重要なのは自身、ついで仲間の生存に先立つ事である。
 理想や矜持など有りもしなければ求める気もしない。
「これは美しき闘争などではない。血に塗れた、生存競争である。私は私が生きる為に、その牙を折り続けよう」
(「そう言ってる割りには、相手に合わせて素手なのだわ。……もしかして天然さんなのかしら」)
 無表情で心情を語るスレインを見守りながら、声には出さず宇佐子は応援して居た。
 実際にスレインが天然なのかは別として、その方が面白いじゃないか!
 お話大好きな彼女としては、真実よりもロマンを必要としたのである。
 どうしてか? それは運悪く、二度も攻撃を外してしまったからです、いやー~ン。テテペロなんてやっている暇はない!

 そんな彼女を慰めるため、どこからかお歌が聞こえた気がします。
 それは絶望に立ち向かう勇気ある若者たちの歌、明日の夜明けを告げる鐘の詩。
「どうやらリズムを取りいれて、踊ったりして攻撃を繰り出すみたいですけど……。私は歌って踊って皆を癒します!」
「ありがとう! そうね。私の攻撃は当たらなかったけど、次こそ当てればいいし……私はパンチ力ではクラスでもぶっちぎりの一番なのだわ!」
 紫緒の歌に慰められ、プレッシャーに負けそうになった宇佐子はすくっと立ち上がった。
 でんぷしー、でんぷしー、右ストレート!
 魔法の呪文のように唱えながら、次こそ当てるからねと明日を夢見る。永劫に醒め無い夢など無いのである。
 何故ならば、ケルベロスは悪を遮り地球を守る盾なのだから!


「のう、塩梅はどうじゃ?」
「最悪。強敵なのは知ってるけど強過ぎ。と言いたい所だけど、そうもいかないわよね。……で?」
 源三郎はグッショリと汗に濡れたカイリに声を掛ける。
 別にガン見(だけ)して居る訳ではない。ちょっとしたことに気が付いたからだ。
「攻撃を食らった割りに顔が綺麗じゃと思ってな」
「褒めても何も出ないわよ……。でも言いたいことは判ったわ」
 源三郎が言いたいことはカイリにも判った。
 攻撃は避けるし、相手の攻撃は見事に決まる。
 だが敵とて万能ではない。火力が高い訳でもないし、たまたまカイリや宇佐子が避けられただけで、別に全ての攻撃を避けられる訳でもないのだ。
 実際に何度も攻撃を食らっているし、単に運不運の問題である。
「大丈夫。ジャニさんならいけるッスよ」
「ありがと。それじゃあ、反撃と行こうかしらねっ!」
 藤が気力を移して励ますと、カイリは木刀を構え当たれば幸いと霊力に任せて強引に振り抜いた。
 今度は直撃し霊力が周囲の空間を震撼させるが、ソレを体内に回して循環させる。次なる攻撃に備える為だ。
「同行の士ばかりじゃったらのう……。まあ、そうも行かんか」
 源三郎は指をワキワキさせて、ナニカを揉みたくなった。
 だしかし、目撃者がいるのにそんなことをやったら社会的に死んでしまう!
 仕方なく貫手返しとばかりに突きを首元に浴びせ、一撃離脱と見せながら壁を蹴って三角飛びの態勢に持って行った。
「あともうちょっとだと想うんだよねぇ……」
 降夜は鼻をこすると(正確にはおヒゲ)拳を握って、バックナックルで殴りかかった……ように見えた。
 途中で手を開き針を投擲する。これは先ほど握り込んだ時に、グラビティを圧縮して練り込んだものである。

 衝撃波や内臓打撃、そしてグラビティで出来た針などによる拘束が少しずつ効果を発揮し始める。
 いかに凄まじい体術の使い手と言えど、全ての攻撃を避けることは出来ないし、喰らった攻撃の負荷が蝕めば完全に逃れることは叶わないのだ。
「そろそろかな? まあ俺は時間の問題だけど」
 真琴は護符に力を借り炎を呼び出した。
 業火で敵を覆った後で、片手に再び紐を握って結界を張るべき身構える。
 何せ相手に当て易くなっただけで、こちらが避け易くなった訳ではないのだ。
『エクス……カリヴォル!』
「今よ! て~い、やった、当たった当たった!」
 宇佐子は身を屈めながら潜りこむと、鈍い音を立てて右拳を繰り出した。
 一足先に手刀が彼女の体を引き裂くが、構わずに顔面パンチ。
 お服がパックリ割れたけど大丈夫、仲間が癒してくれるわ。
「皆さん、どんどん前に出ちゃってください! いつだって……。これからも、ずっと、唄い続けますから!」
「……銃後と言う訳でもないけど、背中を任せるとしましょうかね」
 紫緒の歌に耳を傾けながら、カイリはゆっくりと歩き出した。
 これまで色々あったが……、いや、何も言うまい!
 紫緒の歌は、今此処にあるのだから!
「恐ろしく速い拳、でも私だって大人しく引き下がるほど出来た人間じゃないのよ! ……我征くは、我道に非ず!」
 だから一言呟いた。
 勝負ッ! 『光』の疾さについてこれるかしら!?
「我が力、邪に堕つ拳を打ち砕かんッ! 我が身模するは神の雷ッ! 白光にッ、飲み込まれろォッ!」
 カイリの中を閃光が走り抜けた。
 体の中を走り抜ける霊力が、肩から腰に背を通って輪転する。
 一を聞いて十を為すという言葉があるが、この時のカイリは一の霊力をエネルギーに十を造り出した。
 更に我身その物を糧として、雷そのものとなって戦場を駆け抜けたのである!
 こうして戦いは、佳境を迎えた。


「問うか、この私に『そは誰か』と」
 スレインは特定の周波数を導き出すと、スコルピオに掴み掛った瞬間に食らわせる。
 同時に腕を取って仲間の攻撃を誘った。
「今だ……俺の事は気にするな、適当に離れる」
「んじゃ、遠慮なく。……畏れろ」
 スレインが動きを止めた所へ、藤は嵐を呼び起した。
 脳裏に原初の記憶を呼び覚まし、一つ目の龍の力を顕現させる。
 それを自らに降ろすことで何とかコントロールして、爆発的なエネルギーをキックの瞬間に叩き付けた。
「足の攻撃だって捨てたもんじゃないさ。……しかしなんだな、餅付き思い出すな」
「それを言うならば、うどんじゃな」
 降夜と源三郎はツープラトンの飛び蹴りを放った後で、左右に分かれながらグラビティの針や突きを食らわせる。
 その間に受ける攻撃は、仲間を防壁代わりに回り込んで包囲体勢を築いた。
 そろそろ仲間達の攻撃もかなり当たるようになって来たので、逃がさない様に追い込みに掛る為だ。
「まあ、その前に防御態勢は整えておかないとな」
「当たる様になってきたとはいえ、格上ですからね。用心はしておいて損は有りません」
 真琴は握り締めた紐への力を緩めグラビティで浮かせながら、蟹座の紋様を描いて結界を張る。
 彼が蒼き闘気を練り始めた所で、紫緒は仲間達の後方を爆発させ突撃の後押しをすることにした。
「クルクルクル~目が回っちゃうのだわ」
 宇佐子はハンマー担いで大回転、ゆるっとふわっと叩きます。
 でもでも気をつけてね? 力一杯叩いたら、足元は大惨事!
 いけない、終ったら直しておかなくちゃね。
「これで終わりっ……よ!」
『その前に喰らえ! カレドヴルッフ、ツヴァイ!』
 カイリが木刀の霊威を最大に高めていると、その前に猛烈な突きがやって来た。
 貫手が鋭く素早く連続で叩き込まれ、まるで腕そのものが螺旋を描いて突き刺さって来たかのようだ。

「悪い夢はこれでお終い……。あいたたた」
「大変なのだわーしゅつどーするの、いたいのいたいの飛んでけ~」
「他にも怪我人はいないっスか? 今の内に治しちまいますよー」
 カイリが額を抑えながら涙目になっているので、どうやら咄嗟に頭突きをくらわせて致命傷を避けたのかもしれない。
 それを見た宇佐子と藤が治療を始め、その周囲も修復されて行った。
「いくら郊外にある修練場みたいな場所でも、ぼろぼろに荒れてたら家主さんが大変ですよね。直してしまいましょう」
「……そうだな、では俺は残骸でも片付けておくとしようか」
 紫緒が歌で周辺をヒールしていくと、スレインは邪魔になる物を片付け始めた。
「後は被害者を起こしにいくか」
「お、そうじゃのう。風邪でも引いたら大変じゃ」
 全て終ったところで真琴が被害者の捜索を始めると、源三郎も嬉しそうな顔で付き合うことにした。
 やはり佳い女と出逢うのは平和な時が一番である。
「何というか……。被害者本来よりスリムだったり手袋が無かったりするのは結局女性だなって事かね?」
「そうかしら~? でもね、佳い女にはいろいろとヒミツがあるものなの。みんなそういってたから、ほんとうなのよ」
「いやいや。女には女の数だけ良さがあると言うものよ」
 帰り際に降夜がそんな事を言っていると、宇佐子は誰かに聞いた言葉を右から左に口にしてみる。
 源三郎は二人の会話を聞きながら、わしが本気を出せば世界の半分(女性の数だけ)を幸せにしてみせるねと豪語するのであった。
 いずれにせよ悪夢は過ぎ去り、街に平和がもたらされたのである。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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