山茶花の芽生え

作者:遠藤にんし


「お義母さん、良い人で助かったよ」
 住宅地にて、男性は隣を歩く婚約者の女性に声をかける。
「結婚のあいさつも終わったし、色々と準備しないとね」
 女性も答え、幸せそうに微笑み合う――そんな二人が、公園を横切った瞬間。
 生垣の山茶花が枝を伸ばし、女性の体に絡みつく。
「えっ?」
 突然の出来事に、呆然としてしまう男性。
 芽吹く前だった山茶花は、二人の目の前で急速に蕾をつけ、花開く――同時に、女性は意識を失うように山茶花の中へと倒れこんだ。
「自然破壊はぜんぶぜーんぶ、ドッカーン! だよー!」
 楽しそうな声は、生垣の後ろから顔を出した人型攻性植物『鬼百合の陽ちゃん』のもの。
 目の前の光景に慄く男性に笑いかけると、鬼百合の陽ちゃんはどこかへと消えるのだった。


「謎の胞子をばらまく人型攻性植物『鬼百合の陽ちゃん』が現れたようだね」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は、ケルベロスたちにそう告げる。
「折角の山茶花、勿体ないわ」
 松永・桃李(紅孔雀・e04056)としても、罪のない植物を使い、人々を襲う攻性植物のやり方は許せるものではない。
 急ぎ現場に向かい、更なる被害を食い止めなければいけないだろう。
 今回、現場にいるのは山茶花の攻性植物。
「大急ぎで向かっても、『鬼百合の陽ちゃん』はもういないはずだ。だから、今出来ることをしておこう」
 今出来ること――それは、山茶花の攻性植物を止めること。
「そして、中にいる女性を救出することだ」
 今回注意しなければいけないのは、ただ敵を撃破してしまえば、寄生されている女性も命を奪われてしまうという点だ。
 女性を救いたいのであれば、攻撃と並行して敵にヒールを掛け、癒しきれない『ヒール不能ダメージ』の蓄積によって敵を撃破する必要がある。
「少々難しいことになるから、気を付けてほしい」
 周囲には人はおらず、また、誰かが来ることもまずあり得ないだろう。
 婚約者の男性はいるが、彼も戦いを察すれば安全な場所に避難してくれるはずだ。
「女性を助けるのは難しいかもしれないが、出来るようなら助けてほしい」


参加者
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
メルナーゼ・カスプソーン(彷徨い揺蕩う空の夢魔・e02761)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
泉宮・千里(孤月・e12987)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)
ミコト・クグリヤ(柘榴色の咎人・e41179)

■リプレイ


 食らいつかんと猛る山茶花をいなすジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)の口元に浮かんだのは、軽い笑み。
「この寒いのによくまあ、元気に動くもんだ」
 髭に囲まれた唇が閉ざされるより早く、ジョージは枝を掴んで打ち砕く。
「……獲物にも休暇をとらせてやるべきだろ?」
 受けた攻撃にか、山茶花の身が大きく震えた――宝来・凛(鳳蝶・e23534)は、寄生された女性へと思いを馳せる。
(「きっと再会を叶えるから、どうか信じて待っててね――頑張ろうね」)
 励ましの言葉は、祈りにも似ている。
 凛の手にしたゲシュタルトグレイブが軌跡を残して山茶花へと突き立てられた時、辺りに風が巻き起こる。
 ウイングキャットの瑶が吹かせる風は仲間へと。最も人数の多い前衛へと届けられた風に泉宮・千里(孤月・e12987)は僅かばかり目を細め、かと思えば金の双眸に力を宿す。
「本来のその花が持つ言葉は、困難に打ち克つ――負けじと成し遂げてみせよう。暫し辛抱してくれ」
 言葉と同時に投擲されたのは、暗器。
 眼前で眩んでしまえば何が起きたのかを把握するのは困難だろう。煙に巻け、と千里が命ずれば、その通りに細く煙がたなびいた。
「必ず助けるから、待っててね」
 松永・桃李(紅孔雀・e04056)の言葉は、男性と女性双方に宛てて。
 花の姿と人の幸せ、いずれもを破壊しようとする攻性植物へと向ける視線は厳しく、桃李は告げる。
「火遊びじゃ、済まないわよ」
 烈火のごとく駆ける炎の龍。
 燃え盛る顎をすり抜けたとしても絡みつく胴からは逃れ得ない。絡め取られてしまえば身動きも許されず、入り込む牙も、撫で上げる舌も、受け入れるほかない。
 真紅に滾る炎の中を揺れる十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)の紙兵には煤ひとつなく、仲間の護りの助けとなる。
 己の指先に従う紙兵の姿を見つめるうつほの眼差しには、決意があった。
(「妾の前で幸せを摘み取る事は許さぬぞ……!」)
 かつて救えなかった生命があった。二度と、あのような事はと戦況を眺めるうつほの背後、貴龍・朔羅(虚ろなカサブランカ・e37997)もまた戦場全体へと視線を送っている。
 長く苦しめたくはない――しかし焦りから終止符を打つようなことは、決して。
 後方に立つからこそ、戦況の把握は容易だった。攻撃を重ねても致命的なことは起こらないだろうと判断し、朔羅は声を上げる。
「太陽よ、輝きを持って世を照らすものよ」
 声は、空に吸い込まれる。
「世界の秤よ、我が願いによって顕現せよ。一切の浄化を焼き尽くす御柱を立てたまえ」
 朔羅の青の双眸に、全身に、巫術に、新たな力が宿る。
 顕現したのは朔羅が臨んだ通りの御柱――白く壮麗な輝きを纏う柱。
 焼き尽くさんと輝きは収まる気配もない。メルナーゼ・カスプソーン(彷徨い揺蕩う空の夢魔・e02761)は目を細めつつ、独りごちる。
「さて……私は足止めと攻撃ですかね……うまくいくといいのですが……」
 大翼を広げてメルナーゼの体は天に。半透明の御業は宙を滑り、上空から山茶花を襲った。
 絡め取られた山茶花の動きが鈍る、その瞬間にミコト・クグリヤ(柘榴色の咎人・e41179)は祝福の言葉を口にした。
「汝の行く道に、小さな幸せが雪のように絶え間なく積もり、幸せの季節が巡るように」
 咲き乱れる祝福の花――二度と見捨てないと、守るために在ると、そのために力を振るうと。
 定めた通りに、ミコトはそれを為した。


 ケルベロスたちの防御の層は厚く、受けるダメージが誰かに偏ることはない。
「花は開くためのもんや。手折れる所なんて、見たいとは思わへん」
 重なるダメージへの疲弊も見せず、凜は告げる。
 傷付けるための業華ではなく、癒すための光の盾を山茶花へ。
 瑶の吹かせる風は前衛へと。撫でるような優しい風に千里は黒い髪をなびかせ、その腕に獣としての力を宿す。
(「破壊、な」)
 眼前に迫る山茶花――感覚で距離を測りながら、千里は思う。
 人間が自然を破壊していると言うのなら、花本来の生態や風情を破壊しているのは向こうのはず。
 その身勝手の上で、更に人の幸せを壊そうという身勝手を重ねることは、無粋にも程がある。
 幸せを踏み躙ろうとするのなら、そうなる前に叩き潰すのみ――千里が山茶花に拳を振るうと、幹の軋む手応えがあった。
「命は芽吹き、めぐるものだが。お前のうちに宿る命は、まだ散り時ではない。返してもらうぞ。命を摘み取るものは、その命を救おうとする誰かに摘み取られるのが、世の理だ。そして俺たちは地球に生きるものを守ることを選んだ、お前の敵だ」
 ミコトは言葉を、癒しを重ねる。
「苦しいだろうし、痛むだろう。いっそ終わってしまえ、と思うかもしれない。だが、貴方の先には夢見た未来があったはずだ。道を共に歩む人が心に寄り添っているはずだ。……どうか、諦めないでくれ」
 助けて、という声が確かにあったはずだから……癒しに専念するミコトは、山茶花の方を向いたまま朔羅に声をかける。
「白百合、悪いが俺の分も苦痛の色に気を配ってくれないか」
「はい、貴き龍の方」
 頷いた朔羅はオラトリオの力を広げ、仲間への癒しを施す。
 仲間を支え、続く戦いへの力を与える……そうしながらも、朔羅もまた、山茶花の中の彼女へと呼びかけた。
「聞こえますか?助けるために、全力を尽くします。だから、意識を手放さないことを、差し伸べられた手をつかむことを、諦めないでください……つかんで、見せます。私たちで。あなたの未来を、つなげて見せます」
 命を寿くものとして在りたい。
 願いを抱いて、朔羅は問う。
「……届いて、いますか?」
 ――答えは、まだ、ない。
「戦いが終わったら、じゃのぅ」
 うつほは呟いて、己の力を癒しに費やす。
 救いたいという願いがあるからこそ、同胞怨嗟は用いない。舞うことで開いた花は脆く崩れ、癒しを残して失われた。
 足元で崩れる花のオーラも、しかしジョージの傷全てを癒すには至らない。
 とはいえ、ジョージは全身に刻まれた傷など意に介さず、無骨なナイフで切りつける。
 内奥にまで刃が到達した、という確かな感触がジョージの手に伝わる。
 どこまでも深く、突き立てていく……メルナーゼはその様子を上から見つめ、ゆっくりと瞼を閉じる。
「草木も眠る夜零時、鐘が鳴り終わるその刹那、夢と現が混ざり合う」
 光が、メルナーゼの全身を包む。
 時間にすればそれは一瞬のことだっただろう、光の中から姿を現したメルナーゼは、彼女の夢の中と同じ姿に変わっていた。
「私と一緒に踊りましょう」
 不意に山茶花へ肉薄し、誘う――その指先は誘いのためであり、攻撃のためでもあった。
 山茶花の反撃を避けるように翼を打って退避するメルナーゼ。その姿は光に包まれ、今度は元通りになる。
「こんな所で、未来を諦めちゃダメよ――私達も諦めやしないから」
 艶然とした桃李の微笑みを、惨殺ナイフの刃が映す。
「私達を、そして彼との幸いを信じて、後少し踏ん張って!」
 葉がざわめいても、臆することなどない。
 刃が届いた――迷いなく切り裂いた。
「残る花達と二人の未来の為――貴方は静かに、お眠りなさい」
 枝から切り離された葉が飛び散り、ケルベロスたちの視界が奪われる。
(「お願い」)
 それは、誰もが願ったこと。
 葉が視界を埋め尽くしていた時間は、そう長くはなかったことだろう。
 ――はらり、落ちる葉は攻性植物の撃破を意味していて。
 最後に残った女性の姿に、ケルベロスたちは安堵の息を漏らすのだった。


 女性は無事に救われた。
 メルナーゼは彼女の肩に上着を掛けると、眠気からか首を揺らす。
「住所……どこ、です……?」
 眠気に襲われながらも、送り届けたいという使命感は持っているようだった。
 女性の無事を確かめたジョージは軽くうなずき、ふと足元に花びらがひとつ落ちていることに気付く。
 山茶花の花びらは一枚だけ、それを拾い上げ、ジョージは独りごちる。
「……ま、何を望んでいたにしろ、叶わぬ願いだったということだな」
 望みが破滅というわけでもないのなら――思うジョージは、奇妙な幻惑を覚えるのを堪えるように目を逸らす。
 周囲にいる幸せそうな面々がそうなったら……かつて恋をしたあの少女が、あの少女の死に顔が。
 ――花びらは風に乗って消えた。
 歪むような、苦さも含む笑みと共に、ジョージは現場を後にした。
「無事に済んだ、何よりだな」
 婚約者の男性を連れてきた千里は、再会を果たした二人を見つめて呟く。
「どうか末永く幸せにと、祈っているわ」
 二人に声をかけた桃李は千里に視線を送って微笑みを向ける。
 そんな二人の視線に割り込んだのは瑶、瑶を抱き上げるのは凜。
「幸せな未来、繋げたね!」
 嬉しそうに笑う凛もまた、末永くお幸せに、と二人に呼びかける。
 声をかけることに躊躇いを覚えるうつほは、代わりに周囲のヒールと調査に尽力した。
 人型の攻性植物『鬼百合の陽ちゃん』の姿も、痕跡も、まだ見つけるには至らない。
「ふむ……随分と巧く逃げたものじゃな」
 もしも人型攻性植物らによる事件の終結を望むのならば、今以上の調査が必要になるかもしれない……うつほは、そのように感じるのだった。
 ――婚約を果たしている二人を、朔羅はじっと見つめている。
 未来ある命を守ることは、朔羅にとっては本能のように当然のこと。
 護り通せたものを見つめている朔羅の隣には、いつの間にかミコトの姿があった。
「見捨てず、護り切った。お前の力だ、白百合」
「はい、貴き龍の方……守ることが、出来ました」
 言葉を交わしながら、朔羅は地面へとカサブランカの花を一輪。
 人々を守り、攻性植物を倒した――デウスエクス、攻性植物の命は手折ってしまったのだから。
 だからせめて、この一輪だけは手向けに。
 捧げられた花を置いて、朔羅は帰るべき場所へと向かうのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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