箱庭の匣には

作者:犬塚ひなこ

●大切なもの
 広い庭の片隅にひっそりと佇む硝子の温室。
 その場所は亡き父が遺してくれたちいさな箱庭であり、世間とあまりうまく付き合えない少女にとって唯一の安らげる場所だった。
 カランコエの花は上手く育てれば一年中みることが出来る。そう教えてくれたのは父で、彼から教わった育て方で少女は箱庭の中でずっとカランコエを咲かせていた。
「わたし、カランコエみたいになりたかったの……。暗い場所に長く居ても、花みたいに明るい笑顔を咲かせられる人になりたいって――」
 地面に膝をつき、項垂れる少女は小さく呟く。
 彼女の目の前には二人の魔女。そして――粉々に砕かれた硝子の温室の残骸。
 可憐に咲いていた花は無残に散り、割れた鉢や硝子の破片、零れた土が散乱している。
 どんなに辛いことがあっても、このちいさな世界の中だけは彩りに満ちていて、自分が手入れをやめない限りはずっと花がひらき続ける。そう信じていた少女は今、悲しみと怒りに満ちた絶望を覚えていた。
 魔女ディオメデスとヒッポリュテは少女の胸に魔鍵を突き刺すと、愉しげに哂った。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 そういって魔女達が鍵を引き抜いた瞬間、その場に新たなドリームイーターが現れる。
 それらは倒れた少女に似た姿をしていた。だが、決定的に違うのは顔全体がカランコエの花で覆われて表情がみえないこと。
「父さんの温室……わたしの大切な花……」
「壊された。全部、台無しにされた……!」
 片方は深く俯いて悲しみを示し、もう片方は抑えきれぬ怒りを言葉にしている。
 その様子を見遣った魔女達は踵を返し、其処から姿を消した。

●硝子の内側
 やがて残された夢喰い達は庭を飛び出し、負の感情を殺人という行為で発散させる。
 空に宵の帳が下りる頃、イェロ・カナン(赫・e00116)はヘリオライダーから伝え聞いた未来予知について語り、集った仲間達に問いかけた。
「そういう訳で、手伝って貰える?」
 その傍らには匣竜の白縹が控えており、主人から目を逸らしている。
 そして、キャラメルブラウンの髪を指先で軽くかきあげたイェロは事件について話す。
 少女の心を夢喰いに変えたのは怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテ。彼女達はとても大切な物を持つ一般人を襲い、それによって生じた感情を利用してドリームイーターを生み出すようだ。
 今回の被害者は広い庭つきの家に住む独りの少女。
「襲われたのは庭の片隅にある硝子の温室。彼女は箱庭って呼んでたらしくてさ、元々それほど大きくはなかったとか。でも、なぁ……」
 それが今は粉々に破壊され、中で咲いていた花も散ってしまっている。
 曰く、カランコエは不思議な花で日暮れが早く暗い時間が長い季節に咲く。日に当たっている時間が短いというのに花は美しく鮮やかに咲くのだ。おそらく少女はその姿に憧れながら花に愛情をかけてきた。それに加えて亡き父から受け継いだものが壊されたとあれば、その悲しみと怒りも尋常ではないだろう。
 少女の心を慮ったイェロは肩を落とし、戦闘についての説明を始める。

 敵は二体。両方とも夢主の少女に似た背格好だ。
 悲しみは薄桃色、怒りは赤いカランコエの花で顔が覆われていて表情は見えないが、紡ぐ言葉から怨嗟が滲んでいる。
「今からすぐに向かえば夢喰いが庭から出る前に到着できるってさ。逃がさないよに立ち回って倒せば夢主の子も無事に助け出せるみたいだな」
 戦いは庭の中で行うことになる。
 温室は壊されているがその他の部分はよく手入れされたままで整っており、戦いに支障はでないだろう。庭に入ってすぐに敵の気を引けばそのまま戦いに持ち込めるが、相手が不利になった際には逃走を計るかもしれないので注意が必要となる。
 敵は光の花を操って戦う。戦闘では怒りの夢喰いが前衛の守り手、悲しみの夢喰いが癒し手となって連携を重ねるので其方にも気を付けねばならない。
 だが、こちらも相手に負けぬよう協力しあえば倒せる相手だと話したイェロは熟れた果実を思わせる眸に仲間を映した。
「大切な物を目の前で破壊されたら、そりゃあ悲しくて仕方ないし怒りを覚えても当然だ。それが形見なら尚更で……遣る瀬ねぇな」
 イェロは少女への思いと敵への憤りが綯い交ぜになった感情を押し込めて顔をあげる。その様子に気付いた白縹は一度だけ主人を見上げたが、すぐにまたそっぽを向いた。
 内向的でうまく生きられなくとも花が咲くように笑いたいと願った少女の思い。それが今、破壊を求めるものへと変えられている。大切な物がこれ以上踏みにじられる前に番犬の力で決着を付けたい。
 そう話したイェロは静かに立ち上がり、行こう、と仲間達をいざなった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
イェロ・カナン(赫・e00116)
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●大切な匣
 硝子の箱庭が崩れ落ちたように、その心もまた砕け散った。
 夜の灯を反射して煌めくのは地面に落ちた破片。其処に映るのは怒りと悲しみを其々に宿す花の少女達だ。
 ――悲しい。苦しい。許さない。
 口々に感情を言葉にするふたりを見つめ、イェロ・カナン(赫・e00116)は庭の出入口を背に立ち塞がる。
「薄桃に赤のカランコエ、どっちも綺麗で美味そうだな」
 白縹もそう思うだろ、と傍らの匣竜に冗談めかして問うイェロは夜天光の力をその身に纏った。花道・リリ(合成の誤謬・e00200)は藍の眸にドリームイーター達を映し込み、退路を断つ形で布陣する。
 刹那、此方を敵と見做した夢喰い達が殺気を向けた。
「私の悲しみと、」
「怒りを、全部ぶつける」
 光の花が目映く光り、リリは仲間達を庇いに駆ける。その隙にガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)が死角に回り込み、怒りの夢喰いを狙って跳躍した。
「何故彼奴らは人の大事な物を平気で踏みにじるのであろうな……」
「どうしてあんなにひどいことするの?」
 ガイストが電光石火の一閃を放つ中、空野・紀美(ソラノキミ・e35685)も彼と同じ方向を見遣る。其処には無残に散った花と温室の残骸が散らばっていた。
 大事なものを壊されたら悲しくて怒るのは当たり前。目の前に顕現している感情が生まれても仕方がないと感じ、紀美は魔女達の凶行を思う。
 そして、紀美は光輝くオウガ粒子を放って仲間の援護にまわった。続いた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は壊され、奪われた心について考え、頭を振る。
「何度立ち会ってみても心が痛みますね」
 きっと少女はあの場所を大切にしていたのだろう。それをあそこまで無残な姿にした魔女達は許すことができない。
「人の大切なモノの破壊……一々地道と言うか陰湿と言うか」
 ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は静かに頷き、思いを呟いた。そしてレオナルドは雷刃の突きを、ルーチェは旋刃の蹴撃で以て怒りを穿る。
 更に遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)が霊刀に宿る力を解放した。
「大切な場所、だったんだよね。思い出も、想いも、きっといっぱいに詰まってた」
「……受け継ぐもの、か」
 鳴海が刃に集中させた凍気で敵を斬りつける瞬間に合わせ、デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)が石化の魔力を敵に向ける。
 それが何であれ、継いだものにとっては特別なものだ。
 デニス達の連撃は怒りを容赦なく貫いたが、悲しみの少女が光の花を咲かせて傷をなかったことにしてしまう。
 リリは敵の力を感じ取り、イェロとガイストもそれを確かめるように視線を交わした。
 されど誰も臆してなどいない。
 奪われたものを、そして大切な心を取り戻す為に自分達は此処に訪れたのだから。負けるわけにはいかなかった。

●怒りの心
 宵色に染まった庭に揺れるのは魔力の花。
 カランコエの花に覆われた彼女達の表情は見えぬままだが、夢喰いからは強い感情があふれている。ルーチェはその様から目を逸らさず、庭がこれ以上荒らされる前に終わらせようと心に決めた。
 鳴海は気持ちを踏み躙り、あのような存在を生み出した魔女を許せないと感じる。
「けど、君の怒りと悲しみは私達が受け止めるから」
 夢喰い達に真っ直ぐな言葉を向けた鳴海は絶空の斬撃を放った。デニスは連携が厄介だと感じ取りながらも、しかと標的を見据える。
「負けはしない、決してね」
 敵を射抜くように向けた紫電の瞳は鋭く、デニスは月獣を喚び起こした。影よりいずる月の如き銀色の狼は穹へと咆哮をあげる。
 爪撃が怒りを斬り裂き、其処にレオナルドも続いた。
 今だってデウスエクスに立ち向かうことが恐くないわけではない。だが、この怒りと悲しみを連鎖させるわけにはいかない。
「お前達はここで倒す!」
 己を奮い立たせる言葉と共にレオナルドは地獄の焔を纏った刃を叩きつけた。
 夜の狭間に紅が躍り、怒りの少女の身体が僅かに揺らぐ。イェロは白縹が追撃として体当たりに向かう様を見送り、敵の出方を注視した。
 対する敵は痛みを振り払い、怒りのままに鋭い光を穿ち返そうとする。更には悲しみが癒しの力を紡いで防護を固めた。
「女の子の姿をしてるのが何ともやり辛いけど、旦那の役にも立たないとね」
 敵の狙いがガイストに向いていると察したイェロは身を滑り込ませ、光閃を受け止めた。しかしイェロもやられてばかりではなく、天地揺るがす十字撃で反撃に移ってゆく。
 ガイストは彼の華麗な所作に感心を覚え、自らも打って出た。
「カランコエの花言葉はたくさんあるが……」
 その際、ガイストが思い返したのはひとつの花言葉。おそらく、少女にとって『たくさんの小さな思い出』がその花に込められているのだろう。
 縛霊の一撃を見舞ったガイストに合わせ、紀美は護殻の術を巡らせていく。この仕事は、否、使命は紀美にとっての初めての事件。
「ぜったいぜったい、負けないんだから!」
 やる気いっぱいの懸命な気持ちを言葉に変えた紀美は、鎧に変えた御業でリリに守護を与えた。その加護を受けたリリは視線で紀美に感謝を伝え、妖精弓を引き絞る。
 気怠げにも見える双眸が捉えるのは前線に立つ怒りの少女。
「許せない、絶対に」
「……」
 漆黒の矢を放ったリリに言葉はなく、彼女はただ敵を屠る未来を見つめていた。
 ルーチェも更に攻勢に入り、光り輝く呪力と共に魔斧を振り下ろす。
 そのとき、ルーチェは片隅に倒れている少女の姿をみつけた。
 自身も亡き両親から受け継いだ庭と樹木を育てている故に、少女が受けたショックは容易に想像できる。
 割れた硝子が元に戻ったとしても彼女の心はどうだろうか。ルーチェは少女を案じたが、今は目の前の敵を倒すべきだと己を律する。
 其処から戦いは巡り、番犬達は果敢に敵に立ち向かった。相変わらず悲しみの少女は怒りの援護を続けたが、少しずつ回復量よりも衝撃の重さが勝っている様子。
 更には怒りの攻撃もリリとイェロ、白縹がしっかりと受け止めている。
 そして、レオナルドとデニスは怒りの少女が宿す力を引き剥がすべく左右から駆けた。仲敵を挟撃したデニスは拳を振り上げ、レオナルドと視線を交わす。
「覚悟すると良い」
「これで、次に繋げてみせます」
 一瞬後、ふたりが同時に放った音速の拳が怒りを激しく穿った。
 其処に好機を見出した鳴海が今だよ、と呼びかけるとガイストがすかさず前に踏み込む。紀美は癒しを続け、ルーチェは悲しみの夢喰いの動向を探った。
 そして、心を研ぎ澄ませたガイストは終わりを与えに駆ける。
「我が翔龍が喉首へ届くならば、逃しはせぬ」
 星影届かず、吼え聲も無く、全ては闇に眩み、あとに遺るは鉄銹の匂いばかり。
 冴えた剣閃は翔龍となり、怒りの少女を鎮めた。

●悲しみの心
 これで残るは後衛の夢喰いのみ。
 怯んだ様子の少女は花の盾を作って自らの守りを固めたが、リリがすぐさま対応策を取る。地を蹴り、銀の髪を靡かせたリリは振るった拳で悲しみの胸を穿つ。
 いや、と夢喰いから悲哀に満ちた声が零れ落ちてもリリは容赦なく、次の一手に備えて身を翻した。紀美はそんな彼女をとても頼もしく感じ、自分も終わりまでやるべきことをしたいと奮い立つ。
 当たり前の感情で好き勝手されるのは、ぜったいにつらい。
 だからちゃんと助けるからね、と少女への思いを抱いた紀美は全力を賭す。
「格好良いひとも、美人なひとも、傷なんて残さないんだからっ!」
 まるで星を散らすように、紀美が放った鋼の軌跡は仲間達に加護を宿した。
 前衛に齎された力は庭に広がり、ちいさな煌めきとなる。白縹は光を受け、凛とした佇まいで敵に竜の吐息を見舞った。
 その光景が白い雪を降らせているかのようで、イェロは流石しらゆきちゃん、と匣竜に呼び掛けた。そして、イェロは切望の刃を杖に見立てて振るう。
「ここまで来て押し負ける道理はないよな」
 それと同時に星の名を抱く大鷲が顕現し、雷の如き翼が広げられた。光のはやさで翔けるそれは流星めいた軌道を描き、悲しみの少女を貫く。
 ルーチェは温和な微笑を仲間に返した後、荒く息を吐く夢喰いに何処か冷ややかに感じる視線を差し向けた。
「――深潭の抱擁を、君に」
 ルーチェの花唇から甘く紡がれる小夜曲が宵の空に響く。旋律は淡い輝きとなって螺旋を描き、死地へ誘う黎明の星が如く巡った。
 夢喰いの顔の花が散り、悲しみの表情がちらりと除く。
 鳴海はその顔もまた被害者のものと同じなのだと感じ、胸を押さえた。
 花のように笑顔を咲かせたい。
 少女が抱く思いはとても素敵な願いだ。今目の前の現実は辛いだけかもしれない。けれど。だからこそ――。
「その先に笑顔を咲かせてほしいから!」
「怒りと悲しみ、その業をここで断ち斬らせて貰う!」
 願いと共に鳴海が凍てつく気を放てば、レオナルドが獣王無刃の焔撃を重ねる。赤と青、まるで花の色のように乱れ咲く重力鎖は夢喰いを深く抉った。
 悲しみは自らを守り続けるが、番犬達の猛攻はそれ以上に激しい。イェロは戦いの終わりが近付いていることを悟り、ガイストの背を見つめた。
 其処に込められた信頼は確認するまでもなく、ガイストは全てを背負う。
 そして、再び放たれるのは夜行の冰心。
「推して参る」
 夜闇に閃くかの龍からは逃れ得ぬ。鋭い一閃が敵の身を斬り裂いた刹那。リリが口をひらき、掌を宙に翳した。
「絶対逃がさないから」
 途端に歪む地、揺らぐ仄暗い影。悲しみは闇に葬るのが佳い。
 瞬きも許さぬほどの間にすべては暗転し、そして――戦いの終止符が打たれた。

●匣の希望
 夢喰いの顔を覆っていた花が枯れ落ちるかのように萎んでゆく。
 同時にその姿も霞のように消え去り、庭に静けさが戻った。すぐにリリと鳴海が少女の様子を確かめ、皆に無事を知らせた。
 目を覚ましたところにルーチェが事情を説明すると、彼女は深く俯いてしまう。
「助けてくれて……ありが、とう」
 礼を告げた少女だったが、心が穏やかでないことは見て取れる。紀美は胸が締め付けられるような感覚をおぼえながら、温室を見遣った。
「すっごく綺麗だったんだろうな、大事な箱庭。わたしね、綺麗なものがだいすきなの」
 だから、ちょっとだけ綺麗に戻すのを手伝いたい。
 そう申し出た紀美の傍ら、レオナルドも事情は知っていると語った。
「今は怒りと悲しみで心が暗い場所にあるのかもしれません。でも、もう一度花を咲かせてみませんか」
 花はもう一度咲かせることが出来る。
 諦めなければずっと花がひらき続けるように、再び花を咲かせて欲しい。レオナルドの温かい言葉に頷き、紀美は微笑んだ。
「おなじ綺麗じゃなくても、あなたの綺麗がつくれるなら。お父さん、きっと嬉しいんじゃないかなぁ」
 紀美達のやさしい気持ちは少女とて分かっているのだろう。しかし、すぐに気持ちを切り替えられるほど器用ではないようだ。
 其処に気付いたデニスはゆるりと唇をひらき、穏やかなテノールで問いかける。
「君の父君。どんな人であったか、聞いても……?」
 だが、少女は首を横に振った。しかしデニスは致し方ないと判断する。気持ちの整理には時間が必要だろう。痛ましく思うが口には出さず、デニスは彼女のこころが落ち着くまで、今ひとときだけ側にいようと決めた。
 暫し、静寂が満ちる。
 リリは憂う少女の様子に何処か自分と重なる部分を感じ、散った花の傍に屈み込む。拾い上げた花弁の色は未だ綺麗で、リリの指先を淡く彩った。
「これは強い花なのでしょう。土に戻せばまた咲くわ」
 その言葉はリリ自身すら気付かぬ無意識の鼓舞だったのかもしれない。自分も、彼女も独りで生きてきた。
「かたちあるモノってのはいつかなくなるのよ。ただ……」
 かたちのないモノ。つまり、彼女の父の想いは消えない。愛も死なない。
 アンタが忘れない限りは、と告げてから明後日の方を向いたリリは花弁をイェロに渡し、もう片方の手でガイストを手招いた。
 花を受け取ったイェロは後のフォローを託されたと悟り、少女に聞いてみる。
「花は散っても花だもんな。これ、押し花にしても良いかもな」
「……どうぞ」
 すると、少女が重い口をひらいた。おそらく彼の提案が意外だったのだろう。ガイストは少女に良い傾向が見えたと気付いてイェロに視線を送る。
「暗さを知っているからこそ、きみの笑った顔、可愛いと思うんだ。ね、良ければ俺のこと友達にしてくれない?」
 そして、イェロは明るく振舞いながら真面目な提案を投げかける。
「え、っと……うん……いいわ」
 すると少女は真赤になりながらも、何処か嬉しそうに目を細めた。か細い声で、つぼみ、と口にした彼女はどうやら自分の名前を告げたようだ。
 僅かではあるが庭に和やかな空気が流れる。安堵を覚えたレオナルドと紀美は顔を見合わせて笑いあう。
 きっと彼女の父が残してくれたのは諦めず前を向いて花のように咲き続ける心。
「……どうしたって元には戻せないものもある。だけどね」
 そうして鳴海は現実を告げると同時に、首を振る。
 思い出は消えないし、想いは継げる。それに庭はまだちゃんと生きている。手放さなければ、此処に宿る絆や想いは誰にも断ち切れやしないはず。
「君が今ここに生きている事自体が、父上から『受け継いでいる』という事。それにこの花には――幸せを作る、忍耐力という花言葉も宿っている。知っているよね?」
 ルーチェは双眸を細めて穏やかに問う。
 花はまた、咲く。
 たとえ形は変わっても温室は君に幸福を告げてくれるはずだから。
 ルーチェと鳴海の言葉に同意を示し、ガイストは少女に今一度の問いを投げる。
「父の想いも愛も、消えはせぬ。其方の想いもそうであろう?」
 花は儚いようでいて強い。
 それによって彼女は父の教えを思い出したのだろう。うん、とつぼみが頷いたことを確かめ、デニスも双眸を緩めた。リリもちいさく息を吐き、そうと決まったら、と温室の修復を始めるべく庭の片隅を示す。
「雅は解さぬ武骨者だが、力仕事であれば任せて欲しい」
「わたしもがんばるね。直せるところはヒールでいいよね」
 ガイストが胸を叩くと紀美も手をあげて主張した。次第に賑やかになっていく庭を見つめ、少女は感極まる。
「友達が出来て、壊れた庭も戻って……すごい……」
「そう、ケルベロスにかかればこんなものだ」
 イェロが誇らしげに笑むと、ほんの少しだけつぼみの口元も綻んだ。まるで花がそっと咲くような笑顔だと感じた鳴海は同じように笑う。
「またいつか、ここにきても良いかな?」
 綺麗に咲いた花も、それに負けない君の笑顔も見てみたいから。
 きっと少女が抱くこころの匣にもいつか彩りが満ちる。そう信じた仲間達は花咲く庭の未来を思い描いた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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