橙黄の疾雷

作者:犬塚ひなこ

●黄炎の導き
 真夜中近く、静まり返った競技場の片隅。
 最後に走った短距離走の記録を確認していた青年は自信満々に笑んだ。
「よし、最高タイムだ。これなら奴らを見返してやれる」
 遅くまで残った甲斐があったと自負した彼は帰り支度を始める。そのとき、自分以外に誰も居なかったはずの競技場内にひとりの少女が立っていることに気付いた。
「お兄ちゃんってすごく足が速そうだね。うん、決めた!」
 少女は悪戯っぽく目を細めると指先を青年に向ける。何のことか分からずに彼が首を傾げた一瞬後、黄色の炎がその身体を包み込んだ。激しい炎に焼かれる苦悶の声が響き渡る中、少女――炎彩使いがひとり、黄のナトリはくすくすと笑う。
 そして、暫し後。
「エインヘリアルになれたみたいだね。体の調子はどう?」
 黄の炎が収まったかと思うと其処から巨躯の男が生まれいずる。ナトリは自分に傅いて尚も大きい男を見上げながら笑顔を浮かべた。
「じゃあまずは力を集めてきて。ナトリ、お兄ちゃんのこと応援してるから精一杯頑張ってきてね! お兄ちゃんならきっとできるよ!」
 そう告げた少女は身を翻して去り、その場にはエインヘリアルと化した男だけが残される。静けさの中で彼は薄く笑み、殺戮への一歩を踏み出した。

●疾雷の閃
「――と、いうわけだ」
 その後に街は破壊され、人々は虐殺される。ヘリオライダーが予知した未来の光景を語った角行・刹助(モータル・e04304)は集った者達に協力を願った。
「敵はアスリートの青年、短距離走の選手を目指していた有望な人材だったそうだ。だが、今は聞いての通り。殺戮しか頭にないエインヘリアルにされてしまった」
 言うなれば元アスリートだろうかと口にした刹助は軽く肩を落とす。
 青年は一度は炎彩使いに殺されてしまっている為、彼を本当の意味で救うことは出来ない。元人間であった対象をふたたび殺すと思うと心苦しいが、彼を屠らねば更なる被害が出てしまうだろう。
 そして刹助は地図を取り出して街外れにある競技場を示す。
「幸いにも敵は一体、俺達は敵以外には誰も居ない現場に駆けつけられる。施設の管理人はいるが競技場にまで来ることはないらしいから気にしなくていい」
 故に人払いは不要。競技場にもライトが灯っているので明かりの心配もない。自分達は現場に向かい、敵を倒すことに専念すればいいと刹助は語った。
「どうやら青年は生前、疾雷というあだ名があったそうだ。その名の通り雷のように駆けるという意味だろうな」
 その性質をエインヘリアルも受け継いでいるのか相手は素早い。
 実際に雷撃を操る予知もされていると説明した刹助は油断は禁物だと告げる。それから、と刹助はふと思い立ったように語ってゆく。
「俺は前にも炎彩使いの手先となったエインヘリアルと戦ったんだが……どうやら狙われる相手は性格や振る舞いに元から難がある。『自分は他より優れた男だったから導かれて勇者になった』と考えるような輩らしい」
 例に倣って今回の敵も他人を見下し、自身が勇者として生まれ変わったことに誇りを持っている。選ばれた自分の為に人間が糧になるのは名誉なこと、という意識で殺人を行うような思想でいるようだ。
「様々な意味で戦い辛い相手かもしれない。それでも、これは俺達がやるべきことだ」
 エインヘリアルと化した男を倒す。自分の中にある猟犬としての信念は薄くとも、幕を下ろすことはケルベロスにしか出来ないことだ。
 そう語った刹助は小さく頷き、仲間達を見つめる。
 その瞳からは特別な感情は読み取れなかったが、使命を果たす意思はしかと感じられた。


参加者
灰木・殯(釁りの花・e00496)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
角行・刹助(モータル・e04304)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)

■リプレイ

●夜のしじまに
 競技場の強いライトに照らされ、浮かび上がるのは大きな影。
 それは人間としての形を失い、巨躯の戦士として蘇った男のものだ。角行・刹助(モータル・e04304)は標的である男の方に歩み寄りながら軽く肩を落とした。
「邪精が手当たり次第に喰い散らかしやがる。不愉快だ」
「何だ、お前らは」
 此処には居ないシャイターンに向けた声を聞きつけたエインヘリアルはケルベロス達の気配に気付き、訝しげな視線を向ける。
 対するレスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)は敵を見つめ返した。
「炎彩使いたちが何を企んでるかわからないけど……」
「シャイターン達のやる事はどれも頭痛の種だな」
 嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)も生み出されたばかりのエインヘリアルを見つめて溜息を零す。
 様々な戦いを控えた今、懸念は一つでも抑えておきたいもの。
 灰木・殯(釁りの花・e00496)は亡者の怨念が宿る禍々しいナイフを握り、前方の敵へと狙いを定めた。
「炎彩使いの思惑。その根底を打ち破る為にもまずは目先の病理を排除致しましょう」
 そして殯は敵に向け、貴方が何をしようとしているか知っている、と告げる。
「ということで、止めさせて貰うぜ」
 更に陽治が身構えると敵は戦闘態勢を取る。
「つまり邪魔をするってことか。丁度良いな、お前らから殺してやるとしよう!」
 星剣の切先を差し向けた敵に対し、日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)は自らが持つ剣をくるりと回して主張する。
「そうはさせるか! オレの方がお前より上手く、この剣を使えるんだぜー!」
 挑発を込めた言葉で敵を引き付けようとした朔也だったが、敵は此方を睨むのみで大きな反応は見せなかった。
 その間にシルク・アディエスト(巡る命・e00636)と物部・帳(お騒がせ警官・e02957)が布陣を整え、敵との距離を計る。
「自らという訳ではないのでしょうけれど、定命から外れてしまったのですね」
「不運としか言いようがありませんが、これ以上の被害が出るのを看過するわけにもいきません」
 そう語ったふたりが相手の動きに注視した瞬間、エインヘリアルが地面を蹴りあげた。まるで疾風のように即座に振るわれた刃が捉えたのはグレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)だ。
「うわ、危ねーな!」
 咄嗟に朔也がグレッグを庇う形で前に出て痛みを受け止め、ウイングキャットの九曜が翼を広げて援護を行う。少年に礼を告げたグレッグは身を翻し、反撃として電光石火の一閃を見舞い返した。
「ここできっちりと終わらせてやろう」
 一撃と共に紡いだのは決意。自身の傲慢さを勇者の資質だと思う者に対して、自分達の行動が手向けになるか分からない。だが、せめて正面から向き合いたいと考えた彼の空色の瞳は敵の姿を映した。
 其処にレスターが放つ地獄の炎と刹助による猟犬の鎖が絡み付き、エインヘリアルを穿った。シルクも自身の周囲へ菫の幻影を生み出し、敵を見据える。
「その命に再び定命という名の終わりを差し上げましょう」
 お覚悟を、と告げたその声は暗闇の中に滲んでゆくかのように消えていった。

●雷撃一閃
 始まりを迎えた戦いの中、陽治は敵の姿を改めて見遣る。
 今はエインヘリアルの戦士である彼も先程までは極普通の人間だったはずだ。
「ったく、身勝手な選定があったモンだぜ」
 陽治は彼をこのような姿に変えた炎彩使いを思って頭を振った。連中の目を引くものを持っていただけで殺され、エインヘリアルにされてしまう。嘆かわしいと感じる思いを押し込め、陽治は竜槌で敵を穿った。
 刹助はその間に素早く敵の横に回り込み、得物を構える。
「憎悪する理由も臆する必要も無い。ただ、憤りは吐き出させて貰うぞ」
 瞬刻、大地をも断ち割るような強烈な一撃が炸裂した。刹助の一撃によって僅かに相手がよろめいた隙を逃さず、殯が魔斧を振りあげる。
 殯が呪力と共に斧を振るえば光が戦場を照らし、周囲の空気ごと敵を斬り裂いた。
 グレッグが冷静に状況を判断する中、帳も銃を構えて狙いを定める。だが、その動きに気付いたエインヘリアルは発射された銃弾を軽々と避けてしまった。
「えーい、もう! 巨体のくせに素早いとかズルいですよ!」
 帳が不服を漏らすと敵は不敵に目を細め、自らの周りに雷の魔力を纏わせる。
「狡くとも勝てばそいつが勝者であり、勇者だろ?」
 そして、エインヘリアルは後衛に向けて雷撃を解き放った。すぐさまシルクが帳を、朔也と九曜が刹助とレスターを庇う。
 レスターはパンダめいた翼猫と主の少年に、ありがとう、と伝えた後に敵の様子を窺った。生前の彼は将来を嘱望された優秀なアスリートだった。元の性質を受け継いでいるのか、その表情は自信に満ち溢れている。
(「どうすれば、あんな風に自分に自信がもてるんだろう」)
 劣等感まみれで卑屈だと自負するレスターには、傲慢なまでの自尊心が眩しく映った。しかし、そんな思いを振り払った彼は銃から氷の一閃を解き放つ。
 するとシルクがあらあら、とわざと大仰に挑発の言葉を紡いだ。
「雷光まで纏って……逃げ足だけは速そうですね。その足で早々に逃げ帰っては?」
 菫を思わせるアームドフォートの主砲を一斉発射したシルクに続き、殯は先程に敵が発した勇者という言葉を拾って畳みかける。
「優れた勇者には常に困難が立ちはだかるもの。我ら猟犬を退けてこその英雄。まさか逃走することなどないでしょう」
「何だと!?」
 憤りを見せたエインヘリアルは気付かぬまま挑発に乗っていた。
 朔也はその様子を眺めながらふと思う。元から性格に難があったとしても、彼が被害者であることは変わりない。
「誰にも負けたくないって想いや、その努力は本物だったんだろうけどなー」
 な、九曜、と傍らの翼猫に同意を求めた朔也は星座の陣を描いてゆく。守護の力が仲間達に広がっていく最中、九曜も主の補助を行う形で援護にまわった。
「思いと心が利用された、というわけか」
 朔也の言葉を聞いたグレッグはただ遣る瀬無いと感じる。されど、だからといって手を抜くわけにも怯むわけにもいかなかった。グレッグは憐れみの気持ちを抑え、これ以上被害を出す前に終わらせてやることが弔いだと自分に言い聞かせる。
 グレッグが放つ月光斬に合わせてレスターが炎を解き放ち、敵の力を奪ってゆく。連携は上々だが、エインヘリアルも激しい攻撃を放ち返してきた。
 帳は自分が狙われていることを察したが、避けることは出来ないと理解する。
「しまっ……」
「思い通りにはさせません」
 しかし、危険を察知したシルクが帳の代わりに剣の一撃を受け止めた。
「大丈夫でありますか、シルク殿! 有難うございます。もう駄目かと思いましたよ」
「問題はありません。守ることが役目ですから」
 帳からの礼に視線と言葉で応えたシルクは反撃に移った。彼女が幻影竜の焔を放った瞬間にあわせ、帳は禁縛の呪を紡いで攻撃の援護に入る。
 続く戦いの最中に、不意に刹助は思い出す。
「疾雷、か」
 何時、何処でだったか。その名に聞き覚えが無くはなかった。
 その健脚はスタンドを埋め尽くす観客を魅了し、熱狂する感動の視線を釘付けにするためのもので在って欲しい。そう願っていたが、最早それは叶わぬこと。
「君にとっての短距離走は、トラックで競い合うライバル達を打ち負かす武器だったらしいな。惜しいことだ」
 そして、刹助は信念と苛烈さを込めた重突で以て敵を貫いた。
「煩い! 俺は勝てれば何でも良かった。俺が上にあがれれば、それで!」
 叫んだエインヘリアルは剣に雷を纏い、次の一手に移る。しかし彼には自分の不利を悟っている様子が見えた。
 逸早く気付いた陽治は敵が逃げる可能性を考え、殯に目配せを送る。
 その意図を感じ取った殯は右側に駆けた陽治とは反対の方向に回り込んだ。
「他所には行かせねえよ」
「その足、封じさせて頂きましょう」
 陽治が放った指天殺が敵をなぞる中、殯が振り下ろした鋭利な刃が脚部を貫く。
 共に協力しあい、敵を追い詰め屠る。猟犬とはそういうもの。勇士は一人では成り立たぬが故に、と前を見据えた殯は敵の体力の衰えを感じた。
 朔也も状況の好転を察し、仲間達を支え続ける覚悟を改めて抱く。
 たとえ声が届かなくても彼も元は人間だ。戦う内に人らしさを、そしてスポーツマンらしさを思い出してほしいと朔也は願った。
「にーちゃんには熱くぶつかって、全力で競り合って、気持ちよく駆け抜けて……最期くらいは満足してほしいんだ」
 救うことが出来なくても、せめてもの思いを届けたい。撥乱の呪が記された札を投げた朔也は傷付いた仲間を癒していった。乱を撥めて正に反す。傷という乱れが正しき状態に戻されて行く中で、朔也は真っ直ぐに相手を見つめた。
「その為なら、オレがいくらでも相手になってやっからさー!」
「気持ち良くだと? 負けそうな俺への当てつけか?」
 だが、青年は少年の素直な心を撥ね付けてしまう。息を切らした彼はきっともう元には戻れない。刹助がもう遅いと首を振り、シルクも一歩踏み出す。
「そう感じるのならば、ここで屠るのみです」
 シルクが影の如き一閃で敵を斬り裂き、其処にグレッグとレスターが続いた。
 始終仲間を庇っていたシルクに気遣いの視線を向けた後、グレッグはレスターを見遣る。その眼差しを受け取ったレスターは魔力結界を張り巡らせた。
 彼から頼もしさを感じ、グレッグはひといきに地面を蹴りあげる。
「終わらせようか」
「速さじゃ俺だって負けない。死角から狙い撃つのが狙撃手の流儀さ」
 旋刃の一閃を見舞ったグレッグに頷きを返し、レスターは銃口を敵に差し向けた。呪を刻んだ魔弾をレスターが放てば、その頬に紋章の刺青が浮かびあがる。
 そして、銃弾は結界内で縦横無尽に舞った。

●疾雷
 エインヘリアルが膝をつき、荒い息を吐く。
 しかし彼は最後の力を振り絞って立ち上がった。はたと顔をあげたグレッグと殯は異変を察し、彼が攻撃する仕草を見せないことから朔也は目論見に気付く。
「にーちゃん、逃げる気だな!」
 九曜、と相棒を呼んだ朔也は此方に背を向けた青年を追い、音速の拳を振るった。
 敵の舌打ちが小さく響く中、追撃として九曜が尾の輪を飛ばす。
「させるかー! なあ、みんな!」
「勿論だ。アンタにゃ気の毒だが此処で眠って貰うぞ」
 朔也の呼び掛けに陽治が答え、拳を差し向けた。持って生まれた才能を鼻に掛けるくらいそう悪いことではない。そこをシャイターンがたまたま目をつけただけだというのに、世は不条理だ。
 そして、陽治は思いきり拳を振るった。破壊の振動波が敵の体内を駆け巡り、重い衝撃を与えていく最中にシルクが前方に回り込む。
「くっ……邪魔だ!」
 エインヘリアルは進行方向にいるシルクへと刃を振り下ろした。回避できないと踏んだシルクは敢えて剣を受け止め、その動きを抑え込む。
「捕まえました。もう逃がしませんよ」
 それはまさに肉を切らせて骨を断つが如く。機動性を殺した上で零距離から放たれた花の鎖は敵を引き付けた。
「ここで終わってもらうことにしましょう」
 帳はシルクが敵を止めている間を狙って雷神の蛇を召喚した。蛇神の呪を込めた水銀の銃弾が瞬時に炸裂し、雷を纏った黒蛇の御業が飛び出す。生み出された雷嵐が天変地異のように巡り、敵を焼き尽していく。
 苦しげに呻く敵を見据え、刹助は魔鎖を握った。
 もし以前の彼がスポーツマンシップと陸上競技への感謝の気持ちを、心得違えてさえいなければ、と思わざるを得ない。
「残念だよ。本当に」
 短く、且つ心からの言葉を零した刹助は理屈を砕く一閃で敵を貫いた。
 更にレスターが銃を差し向け、狙いを定める。己の取り柄は生まれ持った才を努力で磨き上げた射撃と狙撃の腕。これだけは誰にも負けない、譲れないことだ。
「キミの足は速いけど、俺の弾丸のほうが速い。ここがデッドエンドだ」
 稲妻の速さの弾丸でそれを証明してやると示し、レスターは一閃を解き放つ。
 その光線は真っ直ぐに敵の脚を撃ち抜き、体勢を崩させた。殯は間もなく青年の二度目の死が訪れると感じ、一気に距離を詰める。
「せめて、この花を餞に。――さようなら」
 そう告げた殯が贈るのは離別の華。敵に触れたことで奪い取った生命力から氷でできた真紅の花を生成した殯は敵に鋭い痛みを与える。
 そして、終幕を宿しにグレッグが駆けてゆく。
「やめろ、来るな!」
「終焉は速やかな方が良い……覚悟すると良い」
 慌てふためく敵から目を逸らさず、グレッグは纏った蒼炎を揺らめかせた。その瞬間、的確に放たれた蹴りによる連撃が見舞われる。
 舞い散る炎は彼を地獄へ誘う篝火の如く、戦場に一瞬の灯を燈した。

●闇に沈む
 焔に包まれたエインヘリアルは倒れ、その場に崩れ落ちる。
 彼の体が光の粒となって消失していく様にグレッグは俯いた。彼の裡に宿る気持ちを察した陽治は静かに傍に立ち、青年が完全に消える様を見送る。
「終わったか」
「ええ、任務としては完遂となります」
 陽治の呟きに殯が答え、レスターは静寂に包まれた競技場を見渡した。
「才能は驕りを、付けこまれる隙を生む。彼もまた己の才に食い殺された犠牲者なのかもしれない」
 心しなきゃね、と口にしたレスターにグレッグが頷く。朔也は傍にいた九曜を抱き、先程まで青年が居た場所を見つめた。
「にーちゃん、ごめんな。気持ち良く駆け抜けられなかったよな……」
 人間らしさを忘れ、最期までエインヘリアルとして戦った彼を思い出した朔也は複雑な思いを抱く。どうすればよかったのかと浮かんだ疑問の答えはすぐに見つからず、少年はそっと九曜を撫でた。
 シルクが静かに目を閉じる中、帳は手にした一輪の花を地面に備える。
「根の国への旅路が、少しでも明るいものとなるように――」
 花園が近ければ少し分けてもらったのですが、と告げた彼にシルクは緩やかに首を振った。自分達に出来る餞はこれくらいだ、と。
 仲間達の様子を見ていた刹助は、来た時と同じように肩を竦めた。
 彼はきっと可能性と溢れる才気を兼ね備えた若さ故に自分自身を歪んだ型に嵌め込んでしまっていたのだろう。不条理にも、その性に因って呼び込まれた悪意に、前途有望な未来の芽を摘み取られてしまった。
 そんな世の無常に憐憫の情が浮かんだ。取り返しのつかない時間は、行きとし生きるもの全てに平等だからこそ。こういう不幸もあると理解は出来る。だが、刹助は静かに首を振って呟いた。
「しかし、納得は出来ん」
 見上げた夜空は昏く、何処までも果てしない闇が続いている。
 いつまで戦えばこの思いは晴れるのだろうか。答えの出ない疑問は渦巻き、深き夜闇のような思考の裡に沈んでいった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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