●秋の野山の
「おお、キキョウか。時期は過ぎて花は咲いていないようだが……」
とある山のハイキングコース。一人の老人が、周囲の景色を楽しみながら、野山を散策していた。
キキョウ。秋の七草のひとつである。
開花時期は6月から9月ごろまでとされる。時期は11月、秋も終わりに近い。
もう少しはやくに来れば、きれいな花が見られたかもしれない。
少し残念そうにその場を離れようとする老人だったが、次の瞬間、驚きのあまりに目を見開いた。
キキョウの葉に花粉のようなものがふりかかった。するとどうだろう、キキョウは突如として巨大化し、あまりにも巨大な花を咲かせたのである。
一般人である老人も察した。これは、デウスエクスの仕業だ!
慌てて逃げようとした老人を、巨大キキョウはその体内へと取り込んでしまった。
「自然を破壊してきた欲深き人間どもよ、自らも自然の一部となりこれまでの行いを悔い改めるがいい」
その様子を、遠くから眺めていた少女の姿があった。
『鬼薊の華さま』と呼ばれる攻性植物である。
鬼薊の華さまは満足げに頷くと、その場から姿を消したのである。
●VS秋の七草
「あきのななくさ? 春の七草じゃなくて?」
フレア・ベルネット(ヴァルキュリアの刀剣士・en0248)が小首をかしげる。
「はい! オミナエシ、ススキ、キキョウ、カワラナデシコ、フジバカマ、クズ、ハギ、この七つを『秋の七草』と言います」
と、元気よく答えたのは土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)である。
「ふーん……あ、食べられるの? 春の奴みたいに、おかゆにしたりして?」
フレアの問いに、
「いえ、食べられませんよ。秋の七草は観賞するための物なんです」
「その秋の七草だが、キキョウが見事に咲いたらしい……デウスエクスなのだが」
頭をかきつつ、ブリーフィングルームへとやってきたのは、アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)である。
「栃木県の山中に、植物を攻性植物に作り替える謎の花粉のようなものをばら撒く、人型の構成植物が現れた。そいつの仕業で、キキョウの株が攻性植物に変化してしまってな、近くにいた一般人を取り込んで、宿主にしてしまったのだ」
「つまり、キキョウの攻性植物をやっつければいいって事?」
フレアの問いに、アーサーは頷いた。
アーサーの話によれば、攻性植物は一体のみ。元凶となった人型の攻性植物は、すでに姿を消しているらしい。
「そうそう、倒すと言っても、簡単ではないぞ。取り込まれた老人は、攻性植物と一体化してしまっているから、そのまま攻撃し、攻性植物を倒してしまえば、一緒に命を落としてしまうのだ」
「うえ、じゃあ、どうするの?」
フレアの言葉に、アーサーはヒゲを撫でつつ、
「ふむ、実はな、相手にヒールグラビティをかけながら戦う事で、戦闘終了後に攻性植物に取り込まれていた人を救出できる可能性があるのだ。ヒールグラビティとは言え、完全に傷を治せるわけじゃない。癒しきれなかったダメージは少しずつ蓄積していく。これをついた作戦だな」
ただし、とアーサーは続けると、
「それでも敵の傷を治しながら戦うわけだから、いつもより長期戦になってしまうだろう。当然、リスクは高まる。どのように戦うかは君達に任せるが……できれば、取り込まれた老人も救ってやってほしい」
アーサーから事件の説明を受けた岳は、ぐっ、とこぶしを握ると、
「秋の七草を利用して人々を襲う……許せない事件ですね! 必ず解決しなければ!」
と、力強く宣言したのだった。
「うむ。少々難しい作戦だが……君たちなら、最良の結果を得られると信じている。君たちの無事と、作戦の成功を祈っているぞ」
そう言って、アーサーはケルベロス達を送り出したのだった。
参加者 | |
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メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015) |
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813) |
星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828) |
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093) |
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953) |
筐・恭志郎(白鞘・e19690) |
流水・破神(治療方法は物理・e23364) |
桔梗谷・楓(オラトリオの二十一歳児・e35187) |
●秋の終わり
「花が咲いて居る時に見たかったな」
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)が言った。
十一月も終わりに近づいた、ある暖かい日の事だ。
日差しは心地よく、風も暖かい。絶好の行楽日和であった。
緑、赤、黄、様々に色づいた植物の葉は、見るものに確かな美しさを感じさせるだろう。
時期的に外れてしまっているが、花が咲いていれば、その美しさはさらに増していたに違いない。
とは言え、彼らケルベロスは任務でこの地を訪れたのであり、つまり人々に危機が訪れている、という事である。のんびり散歩、というわけでも行くまい。もちろん、宝もそのことは十分にわかっている。
ケルベロス達は、ヘリオンから降下後、すぐに現場へと向かっていた。道中、筐・恭志郎(白鞘・e19690)はハイキングコースの管理者、および警察に連絡し、一帯の避難と、立ち入り禁止処置を依頼している。
幸い、付近に他の登山客はいなかったようで、特に避難は必要なかったようだ。警察により速やかに立ち入り禁止処置がなされ、一帯は封鎖された。
さて、降下地点と、事件現場はさほど離れてはいなかった。ケルベロス達は関係各所への連絡後、移動を開始。事件現場へは直ぐに到着する事が出来た。
果たして、そこにあったのは、巨大なキキョウの花である。
とは言え、禍々しさを感じるその風貌は、自然の物ではないことを如実に表していた。
デウスエクス、攻性植物――キキョウの花より生まれた、侵略生物だ。
敵に接近したケルベロス達は、各々臨戦態勢をとった。
「うう、アレが噂の秋の七草? 攻性植物になってるせいか、毒々しい感じだね……」
フレア・ベルネットが一人ごちる。その言葉に、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)が答えた。
「はい、本来は可憐で、薄紫の花を咲かせるのですが……」
岳がキキョウを睨みつけた。しかし、その視線には、どこか憐れみの色が見える。
「キキョウも、このような姿になる事を望んではいないでしょう。それに、花を愛でたいという気持ちを持った老人の命を奪いたいなどと、思ってはいないはずです」
キキョウの攻性植物の体内には、たまたま近くに居合わせた老人が取り込まれている。キキョウの攻性植物を討伐するのはもちろん、この老人を救助する事も、目標の内だ。
それに、岳の言う通り、キキョウの花に意識があったとしたら、このような不自然な成長も、自身の凶行も、きっと望みはしないだろう。
「そうだね。キキョウの為にも……止めてあげないと」
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が言った。花屋でバイトをしているウォーレンである。やはり植物を悪用される事件となれば、その心を痛めずにはいられなかった。
まして被害者は、花をつけていない状態でも、それをキキョウと見分けたほどに花に詳しい人物。花を愛する人が、愛する花によって命を失ってしまう等、そんな事、あってはいけない。
「ウォーレンさん、今日は俺が盾になります」
恭志郎が、ウォーレンへ言った。
「うん、お願いするよ」
ウォーレンは、そうとだけ答えた。恭志郎も、それ以上の言葉は求めない。
二人の信頼関係のなせる会話だった。多くは必要ない。お互いが最善の動きが出来る事を、よくよく、理解しているのだから。
「桔梗は……好きな花なんだけれどなぁ。こんな事に使うなんて、酷いよ」
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が、禍々しく変貌してしまったキキョウを見ながら、言った。
この事件の首謀者は、人類の自然破壊に憤ってこのような所業を繰り返している……らしいのだが。
「こんな事する方が、よっぽど自然破壊だと思うんだけどなぁ……」
正論だろう。とは言え、相手はデウスエクス、一般的な常識や価値観は通じないのかもしれない。
「いずれにせよ、デウスエクスを倒し、老人を救出しないとな」
星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828)が言う。
その言葉に反応したのか、キキョウは甲高い声をあげた。攻性植物化する過程で、発声器官を得たのだろう。言葉を操るほどではないが、叫びなどはあげられるらしい。どうやら向こうも、此方を敵と判断したようだ。
「頼んだぞ」
宝が、自身のナノナノ、『白いの』を撫でた。
「けっ……時期外れの野草が、大人しくしておけばやられずに済んだもんを。覚悟しとけ」
口にくわえたシガレットをがり、とかみ砕き、ニヤリと笑う流水・破神(治療方法は物理・e23364)。些か戦闘狂の気のある破神は、指を鳴らすと、
「全力で『治療』してやんぜ」
と、言い放つ。
「さて、フレア、打ち合わせ通り頼むぜ」
桔梗谷・楓(オラトリオの二十一歳児・e35187)が、フレアへ向けて声をかける。
「おっけー、サポートは任せて!」
その言葉に、フレアは笑顔で答えた。
「しかし、桔梗が相手、ねぇ……! 俺、ちょっと微妙な気持ちなんだけど?」
自身の名前に共通点があるからだろう、楓は肩をすくめた。
「まぁ、あれこれ言っても始まらねぇ。じゃぁ、サクッとやらせてもらうぜ!」
その言葉を合図に、ケルベロス達と攻性植物、両者は戦闘へと突入した。
●キキョウとの戦い
「まずは甘ーいお砂糖はいかが? ――動かないでっ!」
メリルディの言葉通り、キキョウの根元に大量の白い粉砂糖が降り注ぐ。もちろん、グラビティで生み出されたそれは、ただの粉砂糖ではない。
『粉砂糖雨(プリュイ・ドゥ・シュレグラス)』。メリルディの粉砂糖の雨は、敵の身体を蝕み、その足を止めさせる、甘い、甘い、危険な罠だ。
「自然に還れだの、駄目にするだの面倒臭いぜ。言い訳なんて無くてもやりあえる筈だぜ!」
破神が跳躍し、大地を絶ち割らんばかりの一撃を繰り出した。太いキキョウの根を寸断し、キキョウが悲鳴をあげる。
「降り注げ」
宝の言葉に、グラビティは応える。宝の手によって練り上げられたグラビティは、『春陽(シュンヨウ)』、その名にふさわしい、温かい春の日差しのような光となって、ケルベロス達に降り注いだ。体を癒すとともに、治癒グラビティの効果をも増幅させる、温かな光である。
『白いの』もハート光線を発射、キキョウに一撃を加えた。
「キキョウの花言葉……永遠の愛、とかありますけど、デウスエクスに永遠に取り込まれるとか最悪です」
恭志郎はオウガメタルのオウガ粒子を放出し、前衛のケルベロス達をサポート。
「すぐお助けします! 今少しご辛抱を!」
キキョウの内部に取り込まれた老人へ向かって、励ますように、岳が言った。そのままキキョウへと接近し、ウィッチドクターの業である緊急手術を行い、キキョウの傷をいやした。
言うまでもないが、岳が敵に利したわけではない。攻性植物の体内に取り込まれた老人を助けるためには、こうして攻性植物にヒールをかけつつ、老人への負担を最小限にとどめながら戦わざるを得ないのだ。
もちろん、この戦い方は長期戦となる。味方のダメージ管理と同時に、敵攻性植物の状態も観察し、ヒールをかけ続けなければならない。攻撃手であるケルベロス達も細心の注意を払わなければならないし、回復手のケルベロス達の負担も大きい。
だが、それでもこの戦い方を選んだのは、彼らがケルベロスであるが故。
手が届く、全てを救うという、その在り方故に。
困難な戦いでも、避けるわけにはいかないのだ。
(「僕はいつもは大体守り手か癒し手、だけど、今は恭志郎さんがいるから」)
ウォーレンはチェーンソー剣、『Ice shaver』を起動した。氷の欠片が舞う。
(「目の前の敵に集中して、攻撃に専念しても大丈夫――!」)
Ice shaverによる一撃が、キキョウの身体を切り裂いた。体液をまき散らし、傷口を大きく広げる。
キキョウが動いた。お返しとばかりに花弁を大きく広げ、その中心からビームを撃ち放つ。果たして、ケルベロス達の役割に気付いたか、その一撃は回復手である楓に向かう。
「――っ! やらせない!」
唯覇が立ちはだかった。武器で直撃は避けるが、その熱は唯覇の身体をじりじりと焼く。
「――くっ!」
歯をくいしばって耐える唯覇。ビームの照射が終る。ダメージは少ないが、唯覇を炎が蝕んでいた。
「悪いな、大丈夫か?」
楓の言葉に、
「ああ、問題ない」
唯覇は答えると、グラビティの歌を奏でる。それは聞く者の傷を癒し、さらなる強固な守りの力を与える歌だ。
唯覇のテレビウム、『カラン』は、主人の傷をいやすべく、応援の動画を流してサポート。
「まずは援護からだ、受け取りな!」
楓のオウガメタルが、オウガ粒子を放ち、前衛のケルベロスに援護の光を降り注がせる。
ケルベロス達の戦いは、予想通りの長期戦となった。敵に傷を与え、それを癒す。肉体的な疲労、ダメージはもちろん、精神的な疲労感も蓄積し、ケルベロス達は徐々に消耗していく。
だが、それでもケルベロス達は倒れず、あきらめず、老人を見捨てずに戦い続けた。
それは彼らの意思であったし、矜持でもあった。
戦いは永遠に続くかに思われたが、幾ら癒しても、癒しきれぬ傷の蓄積は免れない。
攻性植物、キキョウは、少しずつ、しかし確実に傷を負っていき。
やがて。
「いくよ、シュカ」
きらめくは灰青色の刃。惨殺ナイフ、『corbeau gris』を構え、メリルディが走る。メリルディは、その柔肌に傷を負っていた。いや、メリルディだけではない。ケルベロス達全員が、その身に傷を負い、それでも戦っていた。
だが、それ以上に深く傷を負っていたのは、攻性植物、キキョウであったか。
太い茎のそこここから体液を吹き出し、葉や根は裂け、花弁はいくつか散り落ちた。
その傷をさらに広げるように、メリルディがナイフを走らせた。ぎぃ、とキキョウが悲鳴をあげる。
「そろそろ限界かァ!?」
白衣をはためかせ、破神が殴り掛かった。両手で、挟み込むように放たれた拳は、その衝撃を内部に走らせ、内より敵を破壊する。
それが引き金となったのか? キキョウの茎が裂けると、そこからずるり、と、一人の老人が吐き出された。ダメージが蓄積し、人を取り込んでいられなくなっていたのだろうか。いずれにしても、攻勢に移るチャンスだ!
宝は駆けると、老人の身柄を確保。キキョウから離れ、安全な場所に老人の身体を移した。
「いいぞ、後は一気に片付けるだけだ!」
宝の言葉に、ケルベロス達が頷く。
恭志郎は、五尺ほどの巨大な太刀を大上段に構え、飛んだ。鉄塊剣、『黒結』が、秋の日を受け、輝く。
落下の勢いものせて、『黒結』を振り下ろした。自重、膂力、重力、全てを乗せた超重の一撃が、キキョウに叩きつけられる。
キキョウが鮮血のように体液を吹き出した。
「とどめを!」
恭志郎が叫ぶ。
受けたのは岳である。高く、高く飛んだ岳は、拳を突き出し、降下。想いきり地面を叩きつけた。
同時、拳は黄水晶の色に輝いた。
黄水晶――そのものの持つ意味は、幸福。
黄水晶の輝きは大地を走り、キキョウへと駆けた!
『大地の誓い(バウジュエル) 』。その輝きはキキョウを包み込み、そして、跡形もなく消し飛ばしたのであった。
●キキョウの花の散るころ
秋の草原を、『白いの』と『カラン』が飛び跳ねている。その姿を、宝と唯覇、そして楓が眺めていた。
「白いのー! 可愛いなぁ……」
楓が『白いの』に呼びかける。
そんな様子を見やりつつ、老人に付き添っているのは、メリルディと恭志郎、そしてウォーレンだ。近くでは、破神が着に背を預けつつ、シガレットをがりがりとかじって暇を持て余している。
周囲一帯のヒールと、老人のヒールを終えたケルベロス達は、老人の希望もあり、休憩をとっていた。
老人は多少、衰弱していたものの、ケルベロス達のヒールをうけ、大分回復したらしく、少し休めば自力で下山できそうだった。
「ありがとうございます」
と、老人が口を開いた。
「おかげで助かりました」
「ううん、無事でよかったよう。念のため、帰りも付き添うからね」
メリルディの言葉に、老人は改めて礼を言った。
「せっかくのハイキング、残念だったね」
ウォーレンの言葉に、
「いえいえ、これはこれで、いい思い出になりました。ケルベロスの皆さんに直接救っていただけるとは、運がいい……いや、デウスエクスに襲われたのだから、運は悪かったのかな? まぁ、どちらにせよ、めったにない経験でした」
そう言ってケラケラと笑う。中々に豪胆なお爺ちゃんであった。
岳は一人、黙祷を捧げていた。
本来あるべき自然の姿。それを捻じ曲げられ、利用されてしまった存在。桔梗の花に。
(「倒す事でしかお救いできす御免なさい……」)
岳は内心で呟いた。
(「命は巡り巡ります。来年の秋にはまた貴方の子孫や仲間達が咲き誇り、沢山の方々を幸福にして下さるでしょう」)
草原に、一陣の風が吹いた。少しだけ冷たいその風は、秋の終わりを告げる風なのかもしれなかった。
ケルベロス達は、空を見上げた。
高く、透明な秋の空。
季節は巡る。命は巡る。
何度目かの冬が、ケルベロス達に訪れようとしていた。
作者:洗井落雲 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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