ミッション破壊作戦～其は世界を取り戻す剣

■リプレイ

●其は世界を取り戻す剣
　豊後水道上空。
　瀬戸内に属するこの海域は、今やデウスエクスの侵略地域と化している。
（「硫黄の臭いしかしねぇな」）
　開いた降下ハッチに立つ鵺咬・シズク（黒鵺・e00464）は、干上がった海を見下ろし、独白した。
　漂う臭気は近くの別府温泉からか、それともここに群れる暴食餓竜の体臭か。鼻を突く臭いに思わず顔をしかめてしまう。
「準備は整った。行くぞ」
　尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）の言葉に振り返る。見れば、仲間達は輝く光剣――グラディウスを抜刀し、頷いている。作戦の開始時刻の到来は、意外に早かった。
「必ず、回廊を破壊する！」
　リーナ・スノーライト（マギアアサシン・e16540）の宣言と共に、8人と3匹の影は、豊後水道へと降下していく。

　びゅうびゅうと風が吹き抜ける音がする。
　空気を切り裂くのは自身の身体。そして、抱く思いだ。
「此処は遊び場に非ず。不埒ナル荒神ヨ！　疾ク去ネ！！」
　フラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172）の叫びを皮切りに、次々とケルベロス達はグラディウスに力を込めていく。それは彼らが抱く心からの叫び――魂の咆哮だった。
「てめぇらの行動は地球そのものに対しての嫌がらせかよって思うわ。デウスエクスすら出来ない行動ばっかりじゃねぇか。さっさと、この世から消えてしまえっ！！」
　暴食餓竜の行動に憤りを示すのは、レナ・フォルトゥス（森羅万象爆裂魔人・e05306）だった。海すら飲み干す暴食は、デウスエクスが超常存在である事を差し引いても、それ以上の暴挙だ。確かにドラゴンは全てを喰らい、進化して来たと言う。だが、それにしてもやり過ぎではないか。蒼色豊かな海が、殺風景な岩肌を覗かせている光景もまた、彼女の怒りを煽るのに充分だった。
「……下がりなさい、下郎。我らを誰と心得るか」
　アリシア・メイデンフェルト（マグダレーネ・e01432）の叫びはむしろ、静かに紡がれた。
　ヒトの住まうこの地に、これ以上、ヒトならざるものが跋扈してはならない。海と言う資源を、そして環境へ与える甚大な被害を許しておけないとの静かな怒りを紡ぎ、グラディウスの柄を握りしめる。
「大好きな海の幸の為にも、この地域の漁師さん達の為にも、この地域を開放して豊かな海を絶対に取り返させて貰いますっ！！」
　南條・夢姫（朱雀炎舞・e11831）の叫びは、この地で生計を立てる人々へ向けられていた。冬の寒さを間近に感じるこの時期、この水域は脂の乗ったサバやブリ、そして河豚やエビ、イカと言った海産資源に恵まれた筈だ。ドラゴンの暴挙がどれだけの被害を呼ぶのか想像すら出来ない。
「どうして竜共は、自然を喰らうのが好きな奴らばかりなんだ……。地球に暮らす妖精の末端として、『世界』を喰らう暴君を討ち取らせて貰う！」
　夜陣・碧人（影灯篭・e05022）の嘆きに、サーヴァントのフレアが短い鳴き声を上げる。それは主人の想いの肯定にも、彼への心配にも思えた。
（「どうしてドラゴンは地球を愛する事が出来ないのだろう」）
　美しい風景を脳裏に宿らせ、彼の嘆きは悲哀に染まっていく。美しい光景を喰らい、破壊するだけのドラゴンに抱く感情は、しかし怒りではなく、悲しみ。妖精の末裔として、同じく幻想の住人であるドラゴン達が自分と同じ気持ちを持てない筈はないとの想いは、胸が張り裂けそうな程の痛みを覚えさせてしまう。
「ここのドラゴンは海を呑み込む厄災。その厄災を止める為、わたしの仲間は犠牲になった……。この回廊、必ず破壊する……！」
　友人の顔を思い浮かべ、リーナは復讐を口にする。仲間を守る為に暴走を選択した竜の姫は無事、自分達の元に帰る事が出来た。しかし、次も無事に帰還出来る保証は無い。その脅威を1つでも取り除くとの誓いは、光剣に力を宿らせる。
「地球じゃ壊すのは悪い事だ。俺もずっと壊してきた」
　元ダモクレスの生い立ちを持つ広喜は自分の過去をそう回想する。
「でもこの魔空回廊を壊せば、壊された海と、海が好きな皆の笑顔を取り戻せるんだろ？　壊すしか能の無え俺が壊されたもんを直せるんだ。俺はそいつがすげえ嬉しい」
　だからと言葉を紡いだ。グラディウスに宿る輝きは、その喜びの象徴にも思えた。
「俺の全部を賭けて――てめえらの全部をぶち壊してやるぜ！」
　叫びは何処まで届くのだろう。聳える魔空回廊へだろうか。或いは――侵略によって絶望に染まる人々へ、希望として届くのだろうか。
「どんなに海を喰らおうと、人の心まで干上がらせる事は出来ない。復活を信じるこの地の人間の努力が、必ず海を再生させる」
　シズクはその事を願う。デウスエクスの侵略に人々は未だ、屈していない。過去も、現在も。ならば、未来もまた、その筈だ。
「その為にも俺達ケルベロスがてめえらを倒し、この海を取り戻す！　俺達自身が、絶対に渇くことのない希望の湧き水だ！」
　叫びと共に、グラディウスの力を解放する。それぞれの力は集い、矢の如く魔空回廊を貫いた。
　巻き上がる黒炎、そして雷光は、彼らが幾度となく見た光景だった。炎が、雷が彼の場所を襲い、喰らうが如く侵食している事をケルベロス達は知っていた。
　だが、それでも。
　炎と雷の隙間から見えた魔空回廊はそれでも、健在だった。
　禍々しい雰囲気を纏ったまま聳える様は、むしろケルベロス達への挑発のようにも思えた。

●豊後水道の暴食者
「しぶといわね。一旦、引くわよ」
　大地――否、海底に着地したレナはグラディウスをアイテムポケットに収納すると、仲間に呼びかける。魔空回廊の破壊とは成らなかった。ならば速攻で撤退するまでだ。
　リミットは、辺りを覆う黒煙と雷鳴が消えるまで。今までのミッション破壊作戦で培った事実であった。
「敵のー、お出ましですわー」
　そして、その事実もまた、織り込み済みだ。
　逃亡を図るケルベロス達の前に、1体の暴食餓竜が姿を現す。その目に宿る光は怒り。自身らの領域を穢した番犬共を逃がすつもりがないと、物語っていた。

「――っ。フレア！」
　暴食餓竜の牙が翻る。がちりと鋭い音と共に、その刃物のような牙が捕らえたのは碧人を庇った己がサーヴァントであった。小さい鱗はずたずたに引き裂かれ、抉られた傷口からは多量の血を噴出している。
　見上げた暴食餓竜の口が動いているのは、サーヴァントの血肉を咀嚼している為だろう。
「この光は全ての不浄を祓い清める。呼びかけるは『復活』……ここに顕現せよ！」
　復活のルーンでフレアの傷口を癒やすアリシアはしかし、傷の塞がりが思わしくない様子に唇を噛む。ディフェンダーである己の治癒力はメディックのそれと比べ物にならない。まして、サーヴァント使いである己の回復能力では、フレアのダメージを全快する迄に至っていなかった。
　主人に倣うサーヴァント、シグフレドも己が属性を付与し、フレアの傷を癒す。だが、それでも全快には届かない。
「海だけでなくー、私たちもー、飲み込もうとしますか」
　フラッタリーの言葉は呆れと共に紡がれた。続けざま、臨戦態勢を取る彼女の瞳に宿るは金色の輝き。特徴的な金色の目が、一層、ギラリと色濃くする。
「環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス。其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ」
　意味を成さない詠唱は、己が狂気に染まるが故か。暴食餓竜に肉薄した彼女は己がグラビティ・チェインを獄炎の縄へ変化させ、竜の身体を縛り上げる。
「長居は無用だ。さっさと終わらせるぜ！」
　ここで立ち止まっている暇はないと、シズクが振るう双手の斬霊刀は雷を帯び、暴食餓竜の鱗を切り裂いた。踏鞴踏む彼の竜が口から迸らせようとしたものは、反撃の一打か、それとも悲鳴か。
　だが、悲鳴を上げる暇を許すつもりは彼らにない。
「解析完了、ぶち壊す」
　氷を思わせる銀と薄青の輝きが暴食餓竜に突き刺さった。広喜の青炎を纏った拳がその横っ面を殴りつけたのだ。
　多重な攻撃に、竜の足が怯む。
「――駄目です！」
　攻撃手の2人に続き、オウガ粒子を散布で補助を行う夢姫からはしかし、焦燥の声が上がった。彼女の使用したグラビティは知覚を引き上げる筈の能力。だが、5人と2体によって生まれた減衰の壁に阻まれ、フレアの傷を僅かに癒やす事しか出来なかった。
　主人に続いたプリンの治癒も、複数を対象とした能力が故、その傷を完治迄、引き上げる事が出来ない。
「その腹を殴って海を吐いて貰おうじゃないか！」
　碧人のエネルギー弾はその宣言の通り、暴食餓竜の腹部を殴打した。主の生み出した敵の隙を縫い、フレアが自身の傷を治癒していく。
「この厄災……。必ずここで止める……！」
　決意と共に流星の煌きを纏った蹴りをリーナが叩き付けた。翼を切り裂き、機動力を奪うそれに暴食餓竜が怒りの声を上げる。
「まずは、これよ」
　超音速の拳が紡ぐのは、赤色の輝き。レナの拳は暴食餓竜の顎を捕らえ、大きく跳ね上げた。
　だが、対するドラゴンもまた、咆哮と共に牙を剥く。
「いいえ。やらせませんわ」
　防御こそが自身の本懐とばかりに、シズクを庇ったアリシアが微笑を浮かべる。血に汚れ、しかし、仲間を守った矜持に笑うその表情は、何処か儚げで哀しく、そして美しかった。

●死闘の果てに
「ぎゃーうー」
　悲痛な叫びはむしろ、自分よりも残される主人を思っての物のように思えた。暴食餓竜の牙を受けたフレアは断末魔を残し、その身を消失させてしまう。
「フレア――！」
　碧人は手を伸ばし、そしてそれを意志の力で押しとどめる。今、己の手は何も掴む事は出来ない。ならば、悼むのは戦闘が終わってからだ。
　影の如き一撃が暴食餓竜を切り裂く。だが、それでも暴食餓竜の牙を止める事は出来なかった。
（「あの子は頑張った」）
　使役使い故の不利益はもちろんある。フレアが最初の犠牲になったのはそれが理由である事も判っている。だが、それでも、と碧人は攻撃の手に思いを重ねる。
　使役使いの利点はむしろ、その多様性だ。フレアと共に戦場を駆けたからこそ、今の結果がある。1人と1匹――否（いや）、2人だからこそ、ここまで持たせることが出来た。
「いい加減、倒れて下さい！」
　仲間に緊急手術を施す夢姫の叫びは、むしろ願望だった。ここまで攻撃を重ねた。それでも、暴食餓竜の猛威は終わりそうにもない。その牙は、防御を担うアリシア、碧人、フレア、そして夢姫自身を切り裂き、零れる血肉――むしろ、グラビティ・チェインだろか――を喰らい、飲み込んでいく。
（「倒れる……のでしょうか？」）
　夢姫と共に治癒を続けるアリシアの額にも、汗が浮かぶ。攻撃の一切を放棄し、防御と回復に努めたが、それでも自分達を梳る猛攻を、抑えきれるわけではなかった。
　減衰を覚悟してまで臨んだ防御布陣は確かに暴食餓竜の牙を阻み、ケルベロス達の損傷を抑えていた。だが。
（「――回復が追い付いていない！」）
　メディックは夢姫のサーヴァント、プリンのみ。そして、ウイングキャットの回復能力だけでは、盾となった彼女達を癒やす事は厳しかった。故に、アリシアも夢姫も、回復に専念していた。だが、2人の纏う加護は飽くまでディフェンダー。治癒に特化したものではない。
「シグくん――」
　ならばもう一手、回復を増やすまでとサーヴァントに呼びかける。だが。
「――駄目だ」
　シズクの鋭い声がそれを阻む。
「攻撃が効いていない訳じゃない。サーヴァントの攻撃は止めるな！」
　自身もまた、双剣より衝撃波を放つ彼女もまた、焦燥を浮かべていた。
（「火力が足りない――」）
　リミットは戦場を覆う黒煙と雷鳴が晴れるまで。幾度と繰り返した文言が、脳裏をよぎり消えていく。リミットが来てしまえば、ここに集う暴食餓竜の群れが、彼女達を襲うだろう。そうなれば破滅の未来しか残されていない。
　故に、クラッシャーの恩恵を纏うシグフレドの攻撃を休めさせる事は出来ないと判断した。
　だが、幾度と攻撃を重ねても、目の前に立つ暴食餓竜の動きを止める事は叶わない。
「滅びろ……厄災の竜！」
　空の魔力を纏ったリーナの短剣は漆黒の輝きを湛え、暴食餓竜を切り裂く。だが、鋭い一撃は鱗を切り飛ばすだけに留まっていた。
　スナイパーの攻撃が真価を発揮するのは致命傷を与える程の効果的成功を達した時のみ。命中に特化した加護は必ずしも、そこに辿り着くと決まっていない。
「今回も、これを行かせてもらうわ！」
　レナの生み出す火球が暴食餓竜を捕らえ、その身体を焼く。だが、文字通り、その事を歯牙にもかけず、暴食餓竜は突き進んでいく。
　巣を――魔空回廊を荒らしたケルベロスを逃すまじと、視線に憎悪を宿して。

　ガアアア。
　赤い嵐の如く、暴食餓竜の牙が、幾度となく繰り出される。
　その牙を受け、倒れたのはアリシアだった。
「シグくん。後は……」
　主の最期の言を聞き、シグフレドのブレスが暴食餓竜を包む。だが、それでも竜を阻む事は出来ない。むしろ、次の標的とばかりに牙を呼び込む結果となる。
　攻撃を阻む筈のディフェンダーはもういない。碧人も、夢姫も、既に地に伏せていた。
　半身を削る程の一撃を受け、それでもシグフレドは倒れない。主人に託された最後の願いを守る為、短い嘶きと共に体当たりを敢行する。
　迎え撃つ暴食餓竜の牙もまた、その小さな体を捕らえる――その寸前だった。
「ヤラセルカ！」
　飛び込んだフラッタリーの野干吼が暴食餓竜を押し潰す。共に駆けるレナによる影撃が傷口を抉り、竜の悲鳴を周囲に散らした。
　がちりと竜の牙が鳴り響く。彼の憎しみが向かう先はフラッタリーだった。
　だが。
「行かせるかよ！」
「お前が壊すのは、まず俺達だろう？」
　シズクと広喜に阻まれ、彼女を捕らえる事は出来ない。
　怒りの咆哮だけが、虚しく周囲に響き渡った。
「集え力。わたしの全てを以て討ち滅ぼす！　討ち滅ぼせ……黒滅の刃！！」
　その喉元に魔力刃を突き立てたのはリーナだった。彼女に続き、レナも、そして残されたシグフレドやプリンと言ったサーヴァント達も、ありったけのグラビティを暴食餓竜に叩き込む。
「俺の友達の分も、お返しだぜ」
　広喜による地獄の炎を纏った拳は、笑みと共に。
「暴食野郎が。今度こそ喰われる側の気分を味わいな！」
　雷獣と化したシズクの斬撃は暴食餓竜の喉元に食らい付き、竜身を打ち砕いていく。
　最期は呆気ない程簡単に訪れた。今までの激戦が嘘だったように。

「逃げましょうー」
　間延びした声と共に、フラッタリーが仲間の身体を担ぐ。グラディウスも無事、暴走者も重傷者も皆無。魔空回廊の破壊は成されなかったが、戦果としては上々だろう。
　彼女の声に従い、ケルベロス達は黒煙の中を駆けていく。次こそはこの地を取り戻す。その誓いを胸に宿して。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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