始まりは赤き炎にて

作者:宮下あおい

 高層ビルが並ぶオフィス街。夜も遅く街灯が周囲を照らし、人通りもなく静かなものだ。
 足早に歩く男性がいた。スーツを着て、鞄を持っている。
 ふいに女の声が響く。
「ほぅ……エリート社員の鑑、とはこういうことか。シワのないスーツ、乱れのない髪、大企業の社員。言うことはない」
 男が顔を向けた先にいたのは、日焼けしたような肌に、オフィス街には明らかに異質な姿の女。シャイターン――赤のリチウは、男に逃げる間も与えず炎を操った。
「た、助け……!」
「おまえは勇者になるんだよ。……エインヘリアルとして」
 赤い炎はあっという間に男の身を包んだ。
 その炎の中から、騎士の姿をしたエインヘリアルが現れる。満足そうにリチウが笑みを浮かべた。
「ん、やっぱり、エインヘリアルは騎士が似合うの。さぁ、選ばれた騎士として、その力を示すんだよ。人間を襲い、グラビティ・チェインを奪っておいで!」
 身長3メートル程の大きな体でエインヘリアルは会釈をすると、夜の街へと向かっていった。

 集まったケルベロス達に向け、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は今回の事件について説明を始めた。
「有力なシャイターンが動き出しました。彼女達は死者の泉の力を操り、その炎で男性を燃やし尽くし、その場でエインヘリアルにすることができます」
 炎彩使い、とも呼ばれるシャイターンによって、今回エインヘリアルにされてしまったのは大企業の会社員だ。
「出現したばかりのエインヘリアルは、グラビティ・チェインが枯渇した状態のようで、グラビティ・チェインを奪おうと暴れだします。至急、現場に向かい、エインヘリアルの撃破をお願いします!」
 セリカが街の地図を広げ、指し示す。
「現場となるのは、夜の繁華街です。人もお店も車も多いでしょう。お酒で酔った人もいると思います。敵はエインヘリアル1体、武器は重力を操る危険な長剣です。皆さん、充分気をつけてください」
 泥酔までしていなければ、一般の人々も自主的に避難してくれるだろうが、万が一という可能性もあるかもしれない。注意はしておいたほうがいいだろう。
「まさに騎士といった姿ですが、少々……元の男性の性格が影響しているようです。シャイターンが選定したのですから、あまり良いとは言えない影響でしょう」
 被害者となってしまった男性を救うことはできない。あとは、出現したエインヘリアルを撃破することのみだ。
「エインヘリアルによる虐殺を必ず阻止しましょう! 宜しくお願いします」


参加者
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)
ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)

■リプレイ

●泥酔者を探せ!
 ケルベロスたちが夜の繁華街を駆け抜ける。
「よし、クゥ、頑張ろうね」
 リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は、ボクスドラゴンのクゥをぎゅっと抱きしめた。どこか気弱に見える主人に、クゥは励ますように頭をすり寄せる。
 サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)が、避難準備完了を告げた。
「殺界形成を含め、事前の準備は終わりました! 行きましょう!」
 事前の準備といっても、ヘリオンを降りてからは走りながらである。それぞれ降りた地点から周囲を確認しながら、あるいは動けない者がいないかなどを重点的にチェックしていった。
 警察の協力もあるため、ほとんどの誘導は必要ない。問題は泥酔している一般人だ。
 エインヘリアルの到着を、電柱が倒れる轟音が知らせた。轟音が聞こえたほうへと駈け出せば、3メートルの巨躯はすぐさま視界に入った。
「まずは余計な怪我を負わないように……!」
 リュートニアが地面に仲間を守護する星座を描いた。それを合図とするかのように、クゥがエインヘリアルにブレスを放射する。
「また貴様らか! どうしても死にたいようだな!」
 泥酔者の避難が完了するまで、エインヘリアルの注意を引き、足止めする。その最初の一手は成功である。


 雑居ビルの柱に会社員の青年が寄りかかっている。建物や電柱が倒れる音が響いているが、よほど酔いが回っているのか、気にした風もない。襟元も乱れ、まさに飲み会帰りといったところか。鞄にコンビニの袋を持ち、今にもそのままズルズルと崩れ落ち、眠り込んでしまいかねない。
 そこへラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)が、有無を言わさず肩を組み、陽気に声をかけた。
「やぁやぁご同輩、いい気分のなか、本当に申し訳ない! ちょっと野暮用で、この辺りを掃除したいから……動いてくれないか?」
「何をこそこそしている! ケルベロス!」
 エインヘリアルに気づかれた。大きく剣を振り上げ、踏み込んでくる。おそらくビルごと斬るつもりだ。
 しかしエインヘリアルの行く手を遮った影があった。
「――待てよ、俺らと遊んでいこうぜ? 咬み千切ってやるからよ。――逃げても誰も咎めねえぜ?」
 髑髏の仮面をつけている相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)の右腕が変化する。黒き竜のそれは、圧倒的な威圧感をもってエインヘリアルを殴り飛ばした。
「さすが竜人だ! 助かった! いやー、本当に助かった!」
「ラハティエル、現場ほったらかして飲み始めたら懐の酒、没収すんぜ?」
「これは心外だな。いくら私でも戦場に持ち込んだりしない。うんうん、そんなことするわけがない」
 竜人の冗談まじりの言葉にひとり頷いたり、顎に手を当てたりする身振り手振りが大仰で、陽気だ。
 そう、彼は酔っている。しかし目の前の青年ほど、酔っているわけではない。
「はい、そこ! 仕事してくれるなら、酔っぱらいでも何でもいいから、やることやってくれるかしら」
 ぴしゃりと突っ込むのはノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)だ。彼女が黒き鎖で、地面に描いた魔法陣が仲間を守る。
 足を踏み出そうとしたエインヘリアルを狙って、毒が仕込まれた大型の手裏剣が飛ぶ。
 戦闘中は眼鏡を外している土方・竜(二十三代目風魔小太郎・e17983)は、至極冷静に敵を見据えた。
「――忍びはその姿を見た者を、決して生かしてはおかないのさ」
「おい、大丈夫か!?」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が別の泥酔者に駆け寄る。こちらも同じようにスーツ姿。どこかの会社員だろう。
 ラハティエルのほうは守りが固いと判断したか、エインヘリアルがウタへと標的を切り替えた。
「選ばれた我々の糧となるのは名誉! ケルベロス共々、我らの糧となるがいい!!」
「そんなこと、絶対させません!」
 ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)の攻性植物がツルクサのようにエインヘリアルに絡みついた。


 ツルクサから抜けられず、エインヘリアルは動けない。
 ノルンの剣が電気のような光を帯び煌く。違う、あれはロッドだ。ある剣を模したロッド。光は電気ショックとなり、仲間を癒し守るもの。白衣のような上着の裾がなびき、ウタとエインヘリアルの中間点にノルンは飛び込む。
「残酷に命を糧にされていいはずない! ウタ、行って!」
 その声にウタが頷き、泥酔者を安全な場所へ移動させる。
 攻撃が届かないところまでウタが離れたのを確認して、ミスルのツルクサがエインヘリアルを離す。
 更に追いかけようと、暴れるエインヘリアルの周囲に無数の弾丸が撃ち込まれた。道路や建物も巻き込むが、後で修復すれば済む。人がいないのであれば、今は気にしている時ではない。
「動かないでください。もう少し、じっとしていてください」
「……往生際の悪い。しかし目的が何であろうと、敵である以上殺すだけさ」
 竜が放った手裏剣が、螺旋を描いてエインヘリアルへと向かう。込められた螺旋力は武装を破壊する力。完全に破壊はできずとも、防御力は落ちるだろう。
「優秀な者が選ばれ、選ばれた我らがまた糧となる者を選ぶ。それの何が悪い!」
 エインヘリアルの足元で描かれた星座が光る。
「使わせません。回復もさせません。あなたも本来は不幸な被害者。けれどそれも、こうなっては戦うしかない」
 サラの雷の力を帯びた神速の突き。間をおかず、カプセルが投射される。デウスエクス用のウイルスカプセル、これで回復グラビティを使われても効果は低い。
「ついでにそのまま、動けなくなっちまえ!」
 誘導から戻ってきたウタが、飛び蹴りを食らわせた。流星の煌きと重力を帯びた蹴りは重い。エインヘリアルは剣を地面に突き立て、杖の代わりにして膝をつく。ここまで足止めが目的の攻撃だったとはいえ、確実にダメージは与えられている。
「そういえば、ラハティエルくんは?」
 ふいにミスルが周囲を見回す。誘導が終わったなら、戻ってくるはずだ。しかしその気配がない。
「ああ? あいつ何やって……あ」
 少し離れたところで座り込んでいる人影が2つ。さっきの雑居ビルから確かに進んではいるが、戦闘に巻き込まれるかもしれない距離だ。
 竜人たちはエインヘリアルに注意を払い、ラハティエルに背を向ける状態だったため、こうなるとは思いもしなかったのだ。
「結婚!? そうか! それはめでたい。実は私も婚約者がいるんだ。ここはひとつ、乾杯しようじゃないか」
 さっきより青年は目が覚めたのか、ラハティエルが強引に会話を続けるのか。どちらなのかは不明だが、青年が持っていたコンビニの袋を漁り、取り出したのは缶ビールや缶チューハイだ。
「クハハハハ、間抜けな奴だ。こんなところで酒盛りとはな!」
 エインヘリアルが剣を構え、ラハティエルと青年を狙い駆け出す。
「ディア!」
「クゥも行って!」
 主人2人の声にサーヴァント2匹が動く。ノルンのサーヴァントは、テレビウムのディア。
 ディアの液晶画面の顔から閃光が放たれ、クゥが封印箱ごと体当たりする。見事な連携はエインヘリアルを怒らせるのに充分だった。
「貴様ら……! よくも……!」
「あなたたち、何を考えてるの!? リュートニア! お願い!」
 ノルンの呆れたような声音。次いで、リュートニアが座り込んでいた青年を抱え、安全な場所へ移動させる。抱えるのに体格差も関係なくなる怪力無双とは便利なものだ。
「おー、酒、没収されたな。でもって、あとでたっぷり説教タイムな感じか」
 竜人が呟く。懐の酒ではないが、没収されたことには違いない。
 一方、ラハティエルは本気で残念がっているのか、それとも冗談なのか。青年を見送るラハティエルの背中が、他の皆の目にはちょっとしょげているように見えた。見えたが今は突っ込んでいる暇はない。
「もうちょっとだったんだが……惜しいことをしたな」
「――酒が飲みたいなら、終わってからにしてください」
 至極もっともな突っ込みだ。
 竜が冷静に言い放ち、エインヘリアルに向かって踏み込む。掌に螺旋力を込め、触れたものを内部から破壊するグラビティだ。
「グアアアア! おのれ、どこまでも邪魔を……っ!」
「避難完了です!」
 その声はミスルだ。動けない者がいないか、最終確認に出ていたのだ。ほぼ同時に、同じく最終確認に出ていたサラも戻ってきた。
「こちらも終わりました!」
 これで攻撃のみに集中できる。ウタがチェーンソー剣を構え踏み出す。
「よっしゃ。一気に終わらせるぜ!」
 のこぎり状の刃が正確に傷口を広げた。
「まだだ! ケルベロスども……っ! 貴様らも道連れだ!」
 エインヘリアルの剣に2つの星座が重なった。天地を揺るがす超重力の十字斬りが放たれる。ビルが崩れ、道路は割れ、樹木は倒され土煙が舞い上がる。
 ケルベロスたちも上手く避けた者、体勢を崩してしまった者、転んだ者とそれぞれだ。そこにオーロラのような光がケルベロスたちを包んだ。
「よ、良かった。間に合った」
 リュートニアの行動を見て、クゥも回復グラビティを使う。大きな怪我をした者はいない。しかし1度で仲間全員をカバーできるグラビティではない。
 次いで、花びらが舞う。ミスルが踊り、暖かな癒しのオーラが降ってくる。
「これで皆に行き渡るかな」
「どこまでも小賢しいケルベロス共め!!」
 エインヘリアルが剣を構えた。狙ったのは1番近くにいたノルンだ。受けて立つつもりか、ノルンも想刃・雷癒を構え、エインヘリアルを見据えたままだ。
「――我が鮮朱の炎こそ、殲滅の焔! 揺らぐとも消えないその劫火は……地獄の中でも、燃え続ける!」
 ラハティエルの詠唱とともに、ギリギリまでエインヘリアルを引きつけていたノルンが大きく飛び退った。
 2枚の翼が焔を纏い、高熱のエネルギーが周囲に放射される。
 続けて竜人がドラゴニックハンマーを砲撃形態に変化させ、竜砲弾を打つ。
「サラ! 美味しいとこ任せんだから、決めろよ!」
「もちろんです。――我が閃光、その身に刻め!」
 抜刀の構えから、一瞬の閃きで相手を斬り、更に突きによる追撃。反撃する隙など与えない。
 風がサラの髪を撫でる。
 断末魔とともにエインヘリアルは消えていった。

●酒と哀悼
「クゥ、おつかれさま。ありがとう」
 リュートニアはクゥを抱き上げ、頭を撫でると労いの言葉をかける。それに甘えるように、クゥも目を細めすり寄った。
「終わったか……しかし……」
 破壊してしまった周囲を修復しながら、竜は眼鏡をかけなおす。竜が視線を向けた先にいるのは、正座をしているラハティエルだ。エインヘリアルが突っ込んだ居酒屋の前で、正座をしている。
「反省はしているんだ。つい話に熱が入ってしまった。とはいうものの、彼が買っていたのは先日発売したばかりのもので……やっぱり惜しいことをした」
 まだ酒が残っているのか、反省という雰囲気とは程遠い。
「懲りてねえな、ラハティエル。仕方ねえ、帰ったら付き合ってやっから、少し黙ってろ」
 竜人には、どこか面白そうに笑みを含むような表情が見えるのは気のせいだろうか。それでも友情ゆえか、本人の気質か帰ってからラハティエルの酒に付き合うつもりのようだ。
 竜はノルンへと顔を向け、少し首を傾げた。
「本当に酒を持ち込んでいないだけ、良しとすべきなんでしょうか」
「そうね。さっきは戦闘中だったから、どうしても言葉がきつくなってしまったけど、私も本来は人のこと言えないのよ」
 酒豪、というならノルンも同じだ。どちらが強いかは本人たちにしか分からない。
 何よりなんだかんだ言いつつ、2人は最後協力していた。両者ともに互いを分かったうえでの物言いだ。周囲がどうこう言うことでもないだろう。
 一方、サラはエインヘリアルが消えたその場所に立って目を閉じ、手を合わせていた。ミスルが歩み寄り、声をかける。
「サラさん、どうしたんですか?」
「――いえ、エインヘリアルとはいえ、元は人間だったと思うと……」
「悼む気持ちがあるのも当然……だよな」
 ウタもギターを片手に、歩み寄ってくる。まだ少し修復すべき箇所や最終確認は済んでない。日常の風景が戻ってくる前に、死者を悼み敬意を払うくらいは許されると思いたい。元は同じ人間だったのだから。
 それを表すかのように、ウタは美しい旋律を奏で始める。ギターによる鎮魂曲は、夜空に響く。

 手がかりがない以上、まだ犠牲者が増えるかもしれない。
 でもいつか必ず、決着をつけると、ケルベロスたちは一層心に誓うのだった。

作者:宮下あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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