その花嫁衣装は何ものにも代え難く

■リプレイ

●激突！　猛り狂う花嫁たち
「表門と通用門、二か所にキープアウトテープを施しておけばよいでしょう」
　新潟県新潟市、郊外。現場となる家の敷地に入ってすぐに、メルカダンテ・ステンテレッロ（茨の王・e02283）が手早く封鎖を行う。
　エルネスタ・クロイツァー（下着屋の小さな夢魔・e02216）がメルカダンテにくっついて通用門の方へ行ったが、封鎖を手伝うわけではなく、何やら小さな包みを門の脇に置いたらしい。
　そして二人が玄関口に戻ると、他のメンバーは扉を半包囲する状態で身構えていた。
「まだ出ませんか。踏み込むべきでしょうか」
　メルカダンテが訊ねると、最年長者のフランツ・サッハートルテ（剛拳のショコラーデ・e00975）が穏やかに応じる。
「もう少し待とう。できれば、家が破壊されたり被害者の身に危険が及ぶような事態は避けたい……むっ？」
　玄関扉がギイと音をたて、フランツの視線が鋭くなる。
（「てっきり、力任せに扉を壊して出てくるものと思ったが……敵も、この家を壊したくはないのか？」）
　声には出さずに呟きながらフランツが見据える中、二人の女性が扉を開けて出てきた。確かにヘリオライダーの予知通り、一人はずたずたに裂けた花嫁衣装、もう一人は炎をあげて燃えている花嫁衣装をまとっており、異様には違いないが、衣装以外の外見はごく普通の人間の女性で、一部のドリームイーターのような怪物の姿ではない。
　しかし、目の前で待ち構えるケルベロスたちを認識した刹那、その戦意を感じ取ったのか、二人の花嫁は一瞬の躊躇もなく凶悪な怪物と化し、攻撃グラビティを炸裂させた。
「アイイァイイアィアイアイァアア！　切リ裂く、引き裂ク、ズたずタに！　ヒィイィイイィィイイ！」
「死ネ死ねシね死ネ、スベテ燃えテ焼ケて、灰にナって散っテしまエ！」
「うわあっ！」
　ケルベロスたちの前衛……クラッシャーがメルカダンテ、十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）、姫宮・楓（異形抱えし裏表の少女・e14089）。ディフェンダーがフランツ、フィアールカ・ツヴェターエヴァ（赫星拳姫・e15338）、フィアールカのサーヴァント（ミミック）『スームカ』の五人と一体に、凄まじい風の刃と容赦ない業火の嵐が、立て続けに襲い掛かった。
　咄嗟にディフェンダーがクラッシャーを庇うが、すべては庇いきれない。また、庇えれば庇えたで、ディフェンダーが庇った分のダメージを負う。
　幸い、一撃……いや、連続二撃で戦闘不能になった者はいなかったが、前衛全員が程度の差こそあれ無視できないダメージを受け、炎がかかったままの者や、防御に支障を起こした者もいる。
「やってくれましたね」
　淡々と呟き、メルカダンテが佩刀『威光』を振るう。弧を描く斬撃が、裂けた花嫁衣装をまとうドリームイーターの肩口から胸元を裂く。
「合わせます」
　泉が如意棒『Top Hat』で、裂けた衣装のドリームイーターを打ち据える。打った箇所に、びしっと音をたてて氷が生じる。
　続いて、仮面を外し殺界を形成した安海・藤子（道化と嗤う・e36211）が、黄金の果実を掲げて前衛を癒し、状態異常耐性をつける。
「与えるは癒しの加護を」
　怒りも悲しみも俺には縁の薄いものだが、この威力は侮れんな、と、藤子は戦闘モードの男言葉で呟く。
　そして楓が、オリジナルグラビティ『覚醒・逢魔之時（カクセイ・ホウマノトキ）』を発動させる。
「私の中の狂気……、異形の魂……。人の心から生まれた狂気を……、鎮めてあげて……！」
　祈るような言葉に応じて、楓の髪が金に、瞳が真紅に変わり、受けたダメージが治癒される。確かに、このグラビティには自己治癒と破壊力上昇の効果があるが、それ以前に、これを使って人格変換をしないと、楓はまともに闘うことができない。
　楓自身が言うには、両親が命懸けで自分の中に封じたデウスエクスの一端を解放しているというが、幸い今のところ人格変換した楓が封印を解こうと自分自身を傷つけたり、仲間のケルベロスを攻撃するようなことはない。
「人の心の闇、怒りと悲しみから生まれたデウスエクスか……なるほど。速成のまがいものにしては、なかなかの力を感じる」
　金髪紅瞳と化し、漆黒のオウガメタルをまとい、異形化した刀と槍を両手に構えた楓は、傲岸不遜な口調で呟く。
　一方エルネスタは、最もダメージの大きいディフェンダー、ミミックの『スームカ』にウィッチオペレーションを行って治癒する。
「出番ですよ、フィアールカ」
「はい！」
　メルカダンテに促されたフィアールカは、裂けた衣装のドリームイーターに舞うような動作で回し蹴りを打ち込む。続いて、女性用ハンドバックのような外見をした『スームカ』が、同じ相手にがぶりと噛みつく。
　そしてフランツが、ドリームイーターたちを見据えて咆哮する。
「人の激情を弄ぶが如きその所業、断じて許せん。怒りが、哀しみが欲しければかかってこい。我流にて、地獄に案内しよう！」
　本来なら、お前たちを生み出したパッチワークの魔女どもに言ってやりたいところだが、と言葉には出さずに続けながら、フランツは地獄の炎を帯びた手甲で、裂けた衣装のドリームイーターに文字通りの鉄拳を見舞う。
　最後に後衛メディックの琴城・雪白（黒妖の閃花・e39471）が、フィアールカにマインドシールドをかけ、ダメージを癒すとともに防御力を上げる。
　一方、ケルベロスから集中攻撃を受けた裂けた衣装のドリームイーターへ、燃え盛る衣装のドリームイーターがモザイクを集めて修復を行う。修復された裂けた衣装のドリームイーターは、敵側で治癒を行っている雪白を狙って、轟音をあげる風の刃を叩きつける。
「コノ哀シみヲ刃にシて！　裂ク！　裂ク！　真っ二つニ！」
「はわっ！」
　強烈な悲哀と憎悪を乗せ叩きつけられる風刃を雪白は慌てて躱そうとするが、躱しきれないと見えた瞬間、ミミック『スームカ』が飛び込んで庇う。
「あ、ありがとう……」
　今のは危なかった、と、吐息をつき、雪白は案外素直にミミックへ礼を述べたが、続いてドリームイーターたちを鋭く見据えて言い放つ。
「大切な物を壊して、怒りと悲しみを奪って暴れさせ、あまつさえこの私を攻撃するとはいい度胸ね……花嫁衣装をこれ以上穢させない為に、ここで終わらせてやるわ！」
　さあ、みんな、やっちゃって！　治癒は私に任せて！　と、雪白は仲間たちへ檄を飛ばした。

●激情の鎮圧……そして
「燃エ尽キろ！　焼け死ネ！」
　呪詛のような憤怒の言葉とともに、燃え盛る衣装のドリームイーターが、メルカダンテに大火球を叩きつけようとする。
　しかし、素早くフィアールカが飛び出し、身を以てメルカダンテを庇う。
「献身、いたみいります」
　呟くと、メルカダンテは裂けた衣装のドリームイーターが自己治癒するより先に、オリジナルグラビティ『嗤う幕間（フリアエ）』を放つ。
「その跫音が聞こえるか。振り返っても姿のない、貴様に迫る運命だ。打ち払わんと足掻けばいい。しかしそれは常に迫り、その耳に餓えた呼気を囁きかけるだろう」
　冷ややかな言葉とともに『何か』が裂けた衣装のドリームイーターに喰らいつく。
　そして間髪を入れず、泉がオリジナルグラビティ『Genau und Geschwind eins（セイカクニハヤクヒトツメ）』で追い討ちをかける。
「ヒトツメ、合わせます」
　メルカダンテさんに合わせる以上、制御できる自信がないなんて言ってはいられませんね、と、泉は微笑する。より速く、より重く、より正確に。最小限、無駄を省いた動きで狙った場所を確実に攻撃する。たったそれだけの魔の理が、裂けた衣装のドリームイーターの喉笛を貫き、頭部を千切り取る。
「アイイァイイアィアイアイァアア！　ヒィイィイイィィイイ！」
　断末魔の絶叫とともに、裂けた衣装のドリームイーターの首は宙を飛び、無数のモザイクと化して空に溶ける。そして胴体もモザイクと化して散り、裂けた衣装の残骸だけがぱさりと落ちる。
　するとエルネスタが衣装の残骸を素早く拾い、仕舞い込みながら、フィアールカにオリジナルグラビティ『プライバシーミスト』を飛ばして治癒と防御力上昇を行う。
　そして藤子は燃え盛る衣装のドリームイーターに、ケルベロスチェインを飛ばして絡め取る。
「もう、相方を盾にはできんぞ」
　唇滅びれば歯寒しとはよくぞ言ったものだ、と、藤子は薄く嗤う。
　続いて人格変換した楓が、漆黒の槍を振るって猛然と突きを見舞う。
　更にフィアールカが、オリジナルグラビティ『Сарасвати санкций（サラスヴァティー・サーンクツィイ）』を放つ。
「これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流！　サラスヴァティー・サーンクツィイ！」
　高らかに叫びながら、フィアールカは流麗極まる蹴り技を凄まじい速度でドリームイーターに叩き込む。惜しむらくは、先刻エルネスタが使った『プライバシーミスト』の影響で、声がヘリウムガスを吸ったかのように甲高くなってしまっているが、技の威力には影響がない。
　そして『スームカ』が、香水や口紅など、高級コスメ用品の偽物をばらばらとばらまく。ミミックの攻撃技『愚者の黄金』だが、これが呆れるぐらいよく効いて、ドリームイーターはダメージを受けるのも構わず、憑かれたようにせっせとコスメ用品を拾う。実は、先刻倒れた裂けた衣装のドリームイーターも同じようにこの技に引っ掛かっており、催眠にかかって味方に攻撃を当てるという致命的ミスをやらかしている。
（「……つまり、デウスエクスといえども、御婦人方は高級コスメ用品に弱い、ということか？」）
　まあ、御婦人の感情から生まれた花嫁型だからな、と、分かったような分らないような呟きを漏らし、フランツはオリジナルグラビティ『五番目の牙（デンスクィントゥス）』を発動させる。
「ただそこに居れば良い。我が地獄が君を迎えに行こう」
　呟くと、フランツは高速の突進から貫手を放つ。たとえ敵が躱そうとしても、地獄化した翼を地面に突き立てて急旋回・急加速することで、どこまでも敵を追い詰めることができるが、愚者のコスメ用品に気を取られていたドリームイーターは、明らかに反応が遅れた。
「ぐハっ！」
　まともに身体を貫かれ、燃え盛る衣装のドリームイーターは盛大に血を吐き、そのままモザイクと化して散っていく。こちらの衣装は、モザイクと化して消えはしなかったものの、炎に巻かれてたちまち灰となった。
「……ふっ。私のオリジナルグラビティ『我儘な美人（デンドロビウム・ファレノプシス）』で仕留めてやろうと思っていたのに、ちょっと残念ね」
　呟きながらも、雪白は内心安堵していた。実は、彼女のオリジナルグラビティの命中率はおよそ三割と出ており、発動させても外れる可能性が高かった。
　そして、この技は大見得を切って放つため、外したら「ものすごく」恥ずかしいことになる。それでも手番が回ってきたら、たぶん使っただろうし、たぶん外して恥をかいただろう。
　ちなみに、その大見得とはこんなである。
「私以外誰も認めない。私以外誰もこの前に立つことは許されない。我儘な私は、あんたにトラウマを与えて滅ぼす。それだけよ」
　……うん、これ言って外したら、確かに恥ずかしい。
　一方、エルネスタはここからが本番とばかりに、精力的に動き出す。通用口の方に置いてきた荷物を持ってくると、確保しておいた花嫁衣装の残骸をヒールする。魔法ヒールの常で、いささかファンタジックになりはしたが、服の形に戻ったものを、ためつすがめつしながらスケッチブックにデッサンする。
　その間に藤子は、戦闘中に使わなかったオリジナルグラビティ『はじまりの唄（ハジマリノウタ）』で、荒れた庭や花壇を修復する。
「初めて紐解いた唄……守護者を称え、困難を切り開くものを祝福する、そんな唄だ」
　そう言って、藤子は透き通るような歌声で、どこか異国の言葉で綴られた唄を歌う。完全に元通りとはいかないが、焼かれた芝生がよみがえり、薙ぎ倒された草花が立ち上がる。
「よい唄ですね……」
　ミュージックファイターの泉が呟き、他の者たちもしんみりと聞きほれる。それぞれ数奇な運命をたどり、ケルベロスとして闘いの日々を過ごしているものの、泉とフランツ以外の六人は年若い女性。更に、二十七歳の藤子と八歳のエルネスタを除く四人は、本来感受性の強い思春期の少女である。
「どうします？　被害者の方に会っていくか？」
　ヒールを終えた後、メルカダンテが一同に訊ねる。するとエルネスタが、勢い込んで応じる。
「もちろん！　どうぐはもってきてあるから、おばさまのきょかがもらえたら、このふくをおばさまのよそいきのふくにしたてるんだから！」

「……これが、あの服なのですか？」
　意識を取り戻した被害者の女性は、ケルベロスたちから説明を受けた後、当惑したような口調で呟いた。
「ええ。元の服はデウスエクスどもに裂かれ、焼かれて残骸になってしまったので、魔法で直してみた。元の服とは違っていますし、不必要であればどう処分してもかまわない」
　そう言って、メルカダンテが被害者の女性を見やる。
「わたくしからおまえに掛けられる言葉はないが……綺麗ですね、この着物は」
「ええ……」
　呟く女性に、エルネスタが熱心に告げる。
「はなよめいしょうをきるひとがいないからって、ずっとしまってたりながめてたりじゃダメだとおもうよ。だれかにきてもらうんじゃなくて、じぶんがきればいいの。おかあさんとむすめさんのおもいといっしょに、ふたりができなかったことを、いまからでもいっぱいやればいいんだよ」
　そう言って、エルネスタは女性の顔を覗き込む。
「わたし、これでもプロのデザイナーだよ。こどものおあそびとかじゃないよ？　まかせてもらえるなら、さいこうのしごとをするつもりだからね。このふくを、よそいきのふくにしたてて、おばさまがたいせつなかぞくのおもいといっしょに、おもてにでるとききてもらえるようにするよ！」
「まあ！」
　女性は驚いて幼女を見返したが、何か感じるものがあったのか、躊躇なくうなずく。
「そうね。それじゃ、お嬢さんの腕前、見せてもらうわ。そして、素敵な服ができたら、一緒に外へいきましょう。この可愛いお嬢さんが、この服を仕立ててくれたんですよって、言って回らなくちゃ」
「うん！」
　にっこり笑って、エルネスタはうなずき返す。
　そして仮面をつけ直した藤子が、小さく呟く。
「エルネスタ、おさすが。やっぱり、お年寄りの心を動かすには、小さい子に限るわね」
　悲しんで怒ってばかりじゃ疲れちゃう。どうせなら前を向いて進んでみてほしい、と、我ながら柄にもないと思いつつ、藤子は小さく微笑した。

作者：秋津透	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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