病魔根絶計画～薄毛の悪夢を打ち払え！

■リプレイ

●慰問
　慰問に備え、番犬達は各々事前準備を整えた。
　そして慰問当日の朝。
「どうか、彼の者に御霊の加護を……」
　水垢離で林田の回復を祈る彩葉・戀（蒼き彗星・e41638）。
　事前に仕入れた情報で患者林田一平の薄毛が治るかはわからないが、伝えることを伝えようと考えていた。
　準備は万端だと思いたい。身支度を済ませ林田の待つ病院へと向かう。
　そうして慰問の時間が訪れる――。

　十畳ほどの室内にアロマオイルの香りが漂う。テーブルの上のアロマキャンドルが儚げに揺れていた。
　長机を挟み林田と対面する番犬達。そのうちの三名、神楽・小麦（幼闇医者・e41077）、ダニエル・カザマ（過去を喪った兵士・e41857）、レーヴェシルト・グラウスヴァイン（鮮血に染まる未来・e42366）は初仕事ということもあり緊張の面持ちだ。
「このアロマオイルは髪にいいドクダミやカモミールを使っているんです」
　よかったら使って下さい、とアニーネ・ニールセン（清明の羽根・e40922）が小さな小瓶を林田に渡した。
「へぇ……洒落たもんだね。それで、慰問とおっしゃってましたが……」
　どのような用があるのかと林田が問う。
「私達が林田さんに巣くう病魔を退治する担当になったんです。ですから、林田さんとお話をしたくて参りました」
「あ、あぁ……そうだったんですか。それはわざわざすみません。今日はまだ落ち着いてるんです。といっても俺が暴れたところで皆さんには敵わないでしょうけどね」
　薄く笑う林田は、極力髪の毛を視界にいれないようにと下をうつむいている。
　そんな林田にアニーネが語りかける。
「息子さんとの仲が上手くいってないと聞きました。やはりお辛いですよね」
「ええ、まあ。そりゃ友達のお父さんなんかはみんな若々しい人ばかりだ。自分の父親をバカにしたくなる気持ちもわかりますよ……、でもね、私もなりたくてなったわけじゃないんです」
　家族の為に仕事に明け暮れたこと。不摂生な生活にもなっていたかもしれない。ちょっとした油断がそうさせたのではないかと林田は後悔を吐露する。
「ふむ、なるほどの……」
　聞き役に徹しっている戀が一つ頷いた。
　話を静かに聞いたアニーネは林田に伝える。
「この病魔を治したら、息子さんと改めて話して見て下さい。病気に勝てたお父さんなら息子さんもきっと見直してくれると思うわ」
「そう、でしょうかね……」
　今ひとつ自信のもてない林田にギルフォード・アドレウス（咎人・e21730）が言葉を投げかけた。
「まあ、俺はあんたじゃないからどれ程悩んでるのかは分からんが。子供に馬鹿にされる位なら良いんじゃないか？」
「それは……」
「好きの反対は無関心と言うしな。笑われるんじゃなく、『笑わせている』と考えるのもあんたの自由だ。少なくともあんたの背中みて育つ子供に薄情な所は見せんなよ」
　遠慮のない言葉だが、林田への想いやりが見え隠れする。
　林田は「そういう考え方もあるのか……」と耳を傾けていた。
「さて、息子さんの話がでたところで、コイツを見てもらいたい」
　白波・竜哉（病竜・e36866）が事前に準備し持ってきていたビデオカメラを林田に渡す。
　再生ボタンをおすと映像が流れ出した。
「父ちゃん、早くよくなって帰ってきてくれよ」
「鉄平……」
　映像に映し出されたのは林田の息子、鉄平だ。
「帰ってきたらまたキャッチボールしよう」と、父を心配し早く帰ってきて欲しいと願う息子の映像が五分ほど流れた。
　林田は家族とはこの病院に入ってから一度も顔を合わせていない。約一ヶ月ぶりに見た息子の顔に、目頭が熱くなる。
「ギシャシャ、良い息子さんじゃないか。みんなが言うように、病魔を倒したら一度息子さんと話してみると良いんじゃないか」
「普段はバカにしてるくせに……なんでこいうときに……ちくしょう」
　瞳を潤ませ鼻を啜る林田は、捕まってしまったことによる後悔の声色が滲んでいた。
「林田さん、あんたが今思ってるように家族と離ればなれになってしまうのは、やはり悲しいし不安なことだ。禿げなんかよりよっぽど重大なことだぜ？」
「ええ、本当にそうだ。鉄平に、妻と息子に会いたい……」
　林田の言葉に頷くと、林田の隣に腰掛けダニエルが言葉を重ねる。
「禿げてしまう事よりも恐怖に駆られて罪を犯し、髪以上に大切な家族を失ってはだめだ」
　ダニエルの言葉に林田は何度も頷き返す。
　そんな林田を励ますようにレーヴェシルトが口を挟む。
「抜け落ちる髪、薄毛……確かに怖いね。でもさ、貴方の本当に素敵な所は髪の毛なんかとは関係のない所にあるんじゃないかな？」
「素敵な所ですか、どうでしょうね……仕事しかしていなかった人間ですから」
「きっとありますよ。それに見た目に囚われない、本当の林田さんを見てくれている人もちゃんといるよ。よーく、思い出してみてね」
　レーヴェシルトは努めて冷静に言葉を重ねる。林田は静かに頷きながら言葉を飲み込んでいった。
「林田さんのことをよく知らない人にだって、これから教えてあげればいいのさー。林田さんはこんな病魔に負けない、強い人間だってね」
　レーヴェシルトの言葉に合わせるようにダニエルが再度口を開いた。
「それでも髪のことが心配なら病魔を倒した後、諦めずに育毛やカツラを奥さんと相談していろいろ試して見るのがいいんじゃないか。まだやれることがきっとあるはずだ」
「確かに、私はシャンプーを変えれば良いと思ってそれしかやっていなかった」
　林田の言葉に、なにやらその場で作っていた小麦がこれからの方向性を提示する。
「育毛だけじゃない、ファッションになんか意識を向けて見るのも良いんじゃないかな？　サングラスとかどう？　結構似合うと思うよ！」
「ファッションですか。そっちは妻に任せきりでしたが、たしかに……」
「あとこれ、今簡単に作った自作の育毛剤。アロエとホワイトリカーだけでできてる誰でも作れるものだよ。一ヶ月は漬け込まなきゃだめだから、病魔を退治したあとに試して見てね」
「そんな簡単にできるのですか！　ありがとうございます」
　自作の育毛剤を受け取り、どこか少し明るくなる林田。
　そんな林田にルベウス・アルマンド（紅卿・e27820）が淡々と話しかける。
「私にあなたのその悩みを深く理解することはできないのかもしれない。私より長く生き、多くを経験した貴方にこんな子供が言えることは多くはないわ」
　小さな人形のような少女の言葉を真剣に聞き入る林田。
「それでも、これだけは言える。歩んだ道も、その頭も、愛する者を護ってきた証なのだわ。その勲章の美しさ、愛する人はきっと理解している筈よ」
　林田の脳裏に、愛する妻と息子の顔が浮かぶ。
「歳を重ねること、どうか、それを恐れないで」
「ああ、そうですね……ありがとう」
　ルベウスの言葉はきっと林田の心の奥底にまで届いたはずだ。瞳に浮かぶ涙がそれを証明している。
「さて、どうじゃ？　話をしてみて。お主自身は結局、どうしたいのじゃ？」
　ここまで番犬達と話してみて、林田の意思がどうなったのか戀が確認する。
「俺は……いや私は、とにかくこの病気を治したい、それで妻と息子にあって……髪のことはやっぱり気になります。でもきっとまだやれることがあるんじゃないかって今は思っています。それをいろいろやってみようかと……それで駄目なら、はは、坊主にするのも良いかもしれませんね」
　どこか憑きものが落ちたように明るく話す林田。初めは伏せられていたその瞳は今は番犬達の目をしっかりと見ている。
「そうか……ならば、教えてやろうかの。信じる信じないはお主自身じゃ。妾が調べた限りの話じゃが……」
　それは最先端の医療技術。頭髪を育毛や植毛で治すのではなく、服薬によって頭髪の成長サイクルを正し、健康な髪に戻す技術。
　発毛治療薬という、新たな可能性の提示。
　戀は自身が調べたその情報を林田に伝えた。
「今はそんなものがあるんですね……、古い考えのままで無茶な育毛剤の多用に終わるところでした」
「うむ。きっとうまくいくはずじゃ。試して見るがよいぞ」
「あと、これ。同じ境遇の人達の便りだ。あとで読んでみるといい」
　竜哉が手紙を林田に託す。
　そうして話を終えた番犬達は、最後に、と林田に語りかける。
「林田さん、あなたの身体に巣くう病魔はきっと私達が倒して見せます」
「信じて任せてくれ。そしてあんたは――」
「家族を大事に、ちゃんと話し合ってねー」
「髪のことも、一歩ずつ、ゆっくり腰を据えて向き合って見てくれよな」
　頑張ってくれ、とそれぞれが思い思いの言葉を重ねていく。
「ケルベロスの皆さん、本当にありがとうございます。この病気に負けないよう最後まで闘ってみます。ですから皆さんも、どうか、宜しくお願い致します」
　林田は深く頭を下げる。
　人に見せることを忌避していた、その頭部を隠すことなく見せる。
　それは林田の闘う意思の表れだ。
　番犬達はその意思を受け取ると、面会室を後にする。
　あとは、病魔を倒すだけだ――。

●薄毛の悪夢を打ち払え！
　病魔召喚の時刻が差し迫る中、新人三名は緊張の面持ちで戦闘準備を行っていた。
「ギシャシャ、そう今から緊張しててもしかたないさ」
「訓練通りやればいい。なにも問題はない」
　竜哉とギルフォードが声をかけ緊張を解きほぐす。
「さあ初仕事だ！　気合い入れて行くよ！」
　小麦が両頬を叩き気合いを入れる。小麦は病魔召喚を担当することもあり特に気合いが入っていそうだった。
　――そうして準備はつつがなく終わり。病魔召喚の時が来た。
　眠る林田の前に立ち、「治療開始！」と声をあげる小麦。
　ウィッチドクター達が見守るなか、ついに病魔が召喚される。
　てるてる坊主の頭が電球のようになった病魔ハゲロフォビアだ。
「生きていたら避けられないことに付け込む病魔……許せない」
　アニーネがハゲロフォビアを睨み付ける。
「姿はちょっとシュールだけど、恐ろしい相手には変わりないもの」
　気をつけていきましょう、と皆に声をかける。
　ハゲロフォビアが姿を現すと同時、すぐさま林田が部屋の外へと運び出されていく。
　番犬達はハゲロフォビアを刺激しないように、林田との間に立ち、避難が終わるのを待った。
　宿主を奪われたハゲロフォビアが踊るように空を舞う。
「避難完了だわ」
「さってと、お仕事だな。 先生方、改めて宜しく頼むな」
　ルベウスとギルフォードの言葉に合わせ、番犬達の攻撃が始まった。
　その頭部を光らせプレッシャーを与えながらビームを放つハゲロフォビア。
　その攻撃を時に躱し、時に受け止めながら、番犬達の攻撃は続く。
　ギルフォードが駆けハゲロフォビアを切り裂く。さらに返す刀で傷口を広げるように切り裂いた。反撃のビームを受け止めながら、更なる追撃にうつる。
「……落ちろ……極星」
　三又の手槍を形成し突き刺すと、追撃の青白い閃光が放たれた。
　――目と歯が地獄化した竜哉が疾駆する。
　黒くなった白目で敵を睨みながら、ギザ歯を「ギシャシャ」と鳴らす。
　殴りつけ網状の霊力で捕縛すると、地獄の炎を武器に纏わせ叩きつける。
「ニールセンそっちだ！」
「その動き止めます！」
　具現化された『黒太陽』から黒光が放射されハゲロフォビアを追い詰めていく。
　黒光を打ち払うようにハゲロフォビアが更に輝く。熱線に番犬達の身体が焼かれていった。
「皆さんをやらせはしないんだよー」
　レーヴェシルトが即座に星茫を描き出し、更にオウガ粒子を放つ。
　癒やされ傷が回復するとともに、超感覚が研ぎ澄まされていく。
　さらに小麦が合わせる。薬液の雨を降らせ災いを消去し、浮遊する光の盾が仲間を守護する。
「ありがとう、小麦」
「どういたしまして！」
　アニーネの感謝に笑顔で答える小麦。緊張はいつの間にか解けているようだ。
　レーヴェシルトと小麦の手厚い回復に支えられながら、戦いは終局へ向かう。
　制圧射撃と目にも止まらぬ弾丸を放ち、ハゲロフォビアの動きを鈍らせ、仲間達を援護するダニエル。
「デュアルアームズ合体完了、これで倒れろッ！」
　愛用のリボルバー銃を合体させ強力なアサルトライフルとしたダニエルが、破壊的弾丸の応酬を浴びせる。
　そこに戀とルベウスが駆ける――。
「お主ら、出番じゃぞ？　往くが良い、妾の忠実なる下僕共よ……狂詩曲『殺戮の紅月光』（ラプソディ　アバタッジ・クリムゾン・クレール・ド・リュンヌ）」
　叙事的な音楽を奏で、機械構成のエネルギー体を一時的に暴走させ狂化、襲わせる。
　そうして追い詰めたところに更に稲妻を帯びた超高速の突きを放ち、ハゲロフォビアの神経回路を麻痺させた。
　刹那、動きが止まるハゲロフォビアの隙をルベウスが逃さない。
　オウガ粒子を放ちながら鋼の鬼と化したその腕で頭部を破砕する。さらに時空凍結弾を放つと、翼を広げ光を放ち、『罪』を直接攻撃する。
「昼でなく、夜でなく……生であり、死であり……石膏のように、雨露のように……気丈に羽ばたき、無邪気に爪を剥く……」
　手にした魔力石を触媒に詠唱すると、大気と親和性の高い緑色の輝きが空間に現れる。
　その輝きはオーラとなり、いつしか猛禽に似た霊的生物を作り出した。
「さあ、いきなさいな」
　ルベウスの命令に従い、猛禽が獲物を狙い飛びかかった。
　輝緑のオーラがハゲロフォビアを包み込み、その存在を焼却するように一瞬にして燃え尽きる。
　そして、静けさが室内に戻ってきた。
　こうしてハゲへの恐怖を促す病魔ハゲロフォビアは討たれ、また一つの病魔が根絶されるのだった。

●薄毛でも幸せは訪れる
　病魔を退治ししばらくすると、林田が目を覚ました。
　すっかり憑きものが落ちたような林田は番犬達に感謝する。
「ありがとう、本当にありがとう」
　ハゲてしまうのは仕方ないことかもしれない。けれど、最後まで抗い戦ってみると林田は言う。
「ああ、それがいいじゃろう」
「どうしても駄目なときは思い切ってスキンヘッドにでもするさ」と笑った。
「ギシャシャ、良いんじゃないか。似合いそうだ」
　笑顔で番犬達と話す林田の元に、待ち人が駆け寄ってきた。
「父ちゃん！」
「！　……鉄平」
　父の名を呼び駆け寄り抱きつくまだ小さい息子。その後ろに立つ妻もまた、久しぶりに出会う夫の顔から憑きものが落ちていると安堵した。
　久しぶりの家族の邂逅。けれど以前とは決定的に違うものがある。
　変わらない薄毛のままでも笑顔の林田。それは本当に幸せそうな笑顔で、家族の心をも穏やかにするものだ。
「邪魔したらいけませんね」
「ああ、いこう」
　番犬達はゆっくりとその場をあとにする。あとの心配はする必要がなさそうだと、誰もが感じていた。
　こうして番犬達は一つの幸せを守ることができたのだと確認すると、新たな戦いに向かうのだった――。

作者：澤見夜行	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月28日 難度：やや易 参加：8人 結果：成功！
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