無法者のキャンバス

作者:長谷部兼光

●でっかい事は
「あ~てぃすてぃっく!」
 京都市某古寺。
 諸々あって空き寺と化していたそこの本堂で、スプレー缶を両手にどたどたと跳ねまわる極彩色のカラーひよこが一匹。
「京都って良いよね。街並みをぐるりと見渡すだけでインスピレーションがずんずん湧いてくるんだな!」
 うんうん、と頷く十人の若い男女達。
「でもねでもね! 僕の頭の中にある芸術(ア~ト)の形を現実(リアル)に出力(アウトプット)しようとすると、せせっこましいキャンバスじゃ何枚あっても足りないんだな! 皆だってそう思うこと、あるでしょ?」
 横文字を使えばいいってものではない。
 けれどもビルシャナ特有の妙な説得力に絆された男女たちは、『わかる~!』と緩い調子で共感するばかり。
 どうやら皆、少なからず芸術の心得があるらしかった。
「だからまぁ、その、ちょっと、勝手に人ん家の壁や公共の看板に、溢れ出てしょうがないインスピレーションの赴くまま芸術(アート)しちゃって、捕まって、罰金払った事もあるけれど」
 でもよく考えてほしい。カラーひよこは無意味に澄んだ瞳で聴衆に訴えた。
「無機質な街並みに、そっとアートと言う名の彩りを無償で添えてるんだから、感謝されこそすれ非難される謂れは無いんだな! だからみんな! むしろ勇気を持ってあっちこっちにアートしよう! 公権力なんかには縛られない! 世界はでっかなキャンバスなんだな!」

●小さな事から
「『グラフィティ』ってご存知っすか?」
 小洒落た単語っすが、要は壁やシャッターにスプレーで絵を描くアレの事っすよ、と、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は説明する。
「無許可でやっちゃうと勿論、器物損壊罪でしょっ引かれる事になるんすが……」
 それを他者に勧めるカラーひよこは言うまでもなく禄でもない。
 そもそもこのカラーひよこがどこからか来たかと言えば、元は『悪人こそが救われる』と言う教義を説く『ヴィゾフニル明王』なるビルシャナの一信者であったらしい。
「ビルシャナの説法に感化された信者がビルシャナとなって独自に教義を興し信者を集め……負の連鎖っすねぇ」
 現状、カラーひよこたちは特に行動を起こすこともなく、寄せ集まってくだを巻いている程度だが、この流れを断ち切るためにも放置はできない。
 戦場となるのは使われなくなって久しい古寺。
 戦闘に支障がない広さがあり、ビルシャナの説法に興味を持ってそこにいるのは十名の男女。年齢は十の後半から二十の前半。
 それ以外の、言わば野次馬の姿はない。
「みんな若くて芸術への情熱を持て余して燻ぶっている。そんな様子っすね。だからカラーひよこの説法に引っかかってしまったんでしょう」
 波長が合ったということか。
 ビルシャナの言葉には強い説得力がある為、放っておくと説法に共感してる一般人は彼の配下となってしまう。
 ビルシャナの配下となった人間は、ビルシャナが撃破されるまでの間、ビルシャナのサーヴァントのような扱いとなり、戦闘に参加する。
 戦力としてはそこまででもないが、配下化した人間を倒すとそのまま死亡してしまう点には注意が必要だろう。
 対策として、カラーひよこの『芸術のためなら法律なんてなんのその!』という教義を覆すようなインパクトのある主張をこちらが行えば、周囲の人間が配下になる事を防ぐことができるかもしれない。
 理屈も大事だが、最も重要なのはインパクトだ。この際演出過多であっても構わない。
「ヴィゾフニル明王に感化されたビルシャナを倒し続ければ、いずれ諸悪の根源である彼に辿り着くチャンスも巡ってくるでしょう。その為にも……よろしくっす!」


参加者
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
尾神・秋津彦(迅狼・e18742)
夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)
エージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307)
黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)
クロエ・フォルバッハ(ヴァンデラー・e29053)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)
狐田・ジェイミー(喉潰しのジェイミー・e41401)

■リプレイ

●大騒ぎ
 この種の依頼で重要なのは、何をおいてもインパクト。
 人々を助けるためにも、手段を選んでいる暇はない。
 ……故に。まぁ。
 これから寺の壁面一つを景気よく破壊したとしても、それは致し方のない話であり、むしろビルシャナの野望阻止の為とあらば、神様お釈迦様も笑顔でGOサインを出してくれるだろう。後でヒールをかければ良い。
 なので黒岩・白(シャーマン系お巡りさん・e28474)は、自身が携える種々のアイテムに精霊達を憑依させ、そうして形を得た動物達と白のオルトロス・マーブルは、野生を解放せんとばかりに遠慮なく壁をぶち抜いた。
「ぬぅあ! コウテイペンギン、シマウマ、ホワイトタイガーに白狐。それからクロヒョウ、チンチラ、タスマニアデビルとウサギとシロフクロウ! みんな見てごらん。あれきっと全部僕のファンなんだな!」
 全然違う。
 カラーひよこの無意味に澄んだ瞳は、見事なまでに節穴だった。
「芸術だ何だと言ってるけど、君たちはなんにもわかっちゃいないっス!」
「むむっ! もしや評論家!?」
 的が外れているが、指摘し始めたら恐らく夜になっても終わらない。
 白は愛犬マーブルと、呼び出した精霊たちをびしっと指差す。
「この子たちを見るっスよ! この自然の美しさを! 人の手も加わっていない、色も白と黒だけなのにこんなにも芸術的じゃないっスか!」
「ノーン! 人の手が加わって無い天然自然を最適解とするのは、一端の芸術家として認める訳に行かないんだな!」
 それはどうかしら、と、立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)は適当な『壁』に三枚の写真を張り付ける。
 一枚目と二枚目はそれぞれ水着コンテストを楽しむ美男と美女の写真。
 二枚ともセクシーな構図で撮られていたが下品さは無く、しかし何処か官能的で、三枚目の写真は、京都の夜景――街の灯りや月の光に浮かび上がった幻想的な神社の風景を写したものだった。
 写真を鑑賞した男女達はううむ、と思わず感心する。
 天然自然、日常の中にある一瞬を切り取り残すこと。それもまた立派な芸術と言えるだろう。
「少なくともひよこさんの悪戯よりは心を動かせられると思うわ。芸術には色々な形があるけど、迷惑行為は御法度よ。例えば……」
 彩月は不意に取り出した水性のスプレー缶を、手近な位置にいた男に向ける。
「吹きかけたら芸術かな? このスプレー青だから映画のキャラっぽくはなるよ」
 無表情の棒読みで、男の眼前に突きつけたスプレーのボタンに指をかけ……。
「わたしがやってること、百歩譲って笑うことこそあっても芸術として共感できる?」
 出来るわけないよね、と、指を離した。
「こんなの幼児の悪戯であって芸術なんかじゃない。大概の人が嫌がるからダメって言ってるの」
「ふ、ふんだ! 芸術(アート)やってれば汚れることなんてしょっちゅうあるんだな!」
「おや。では遠慮なく」
 マルバツ三角猫のひげ。諦め悪くカラーひよこに同調した女の顔へ、尾神・秋津彦(迅狼・e18742)は筆と墨で落書きした。
 落書きされた女はすこぶる不機嫌な様子だったが、秋津彦は貴殿らがなさろうとする事もこれと同じでありましょう、と諭す。
「芸術だから無許可でも人様の建物や風景にだって手を加えて良いというなら、誰かが大切にしている何かを汚しかねないのですぞ」
 秋津彦は続ける。
「仮にもしどこに何を描いても自由というなら、貴殿らが最高の作品を完成させた時、その上から別の誰かが塗り潰して滅茶苦茶にされる恐れだってありますが、それでも良いのですか?」
 男女達は押し黙った。無法であると言う事は、その下にある作品の扱いもまた無秩序であると言う事だ。
「だったら根競べなんだな。塗りつぶされたなら塗りつぶし返すんだな!」
 いやいやそれはちょっと不毛っすよ、と、夜宵・頼斗(日溜まりに微睡む金盾・e20050)は気だるげに応えた。
「不毛の荒野で肥え太るのは戦費(コスト)ばかりのなのがお約束っす。ところで……アートに使う塗料がどのくらいの値段か知ってるっすか?」
 頼斗はアイズフォンを使い、塗料を扱っているサイトを掌の上に立体映像として表示する。
 たかが一缶と侮るなかれ。塗料のお値段、中々に……お高い。
「塗料もそれなりの値段がするんっすよ。街中に描くのならスプレー缶一本とかじゃ到底足りないから、結構財布に響くんじゃないっすか?」
 理想の前に立ちはだかるのはいつだってマネーだ。
「それに公共物に描けば器物損壊罪で罰金が課せられるし、個人の家なら賠償金を払うことになるんっすよ。そんなことになったら芸術に使えるお金は無くなって、創作活動ができなくなるっすね」
「ははーん。さては知らないんだな。世の中には盗……したり、逃……すれば全くお金を消費しない裏技があることを!」
 それは裏技とは言わない。
 この男、遵法意識の欠片も無いからカラーひよこなどになってしまうのだ。
「もし、どうしても創作意欲が止まらぬなら、逆に向こうから描いて欲しいと依頼される程の一流芸術家にまで登り詰めては如何でしょう?」
 結局、正道こそが一番の近道でしょうと、秋津彦はひよこの言動に嘆息しながら男女達に語り掛けた。

●語るに落ちる
「俺はグラフィティ自体を否定はしない。時と場所を選びさえすれば、立派な芸術だ」
 狐田・ジェイミー(喉潰しのジェイミー・e41401)は彩月が写真を張り付けていた適当な大きさの『壁』を持ち上げると、面を裏返し、どんと本堂の中ごろに置いた。
「グラフィティ用の壁のサンプルだ。何ならこれを街中に設置するよう俺も掛け合おう。そうすれば、既存の街並みとグラフィティは上手く共存することができるだろうよ」
 ちらりと、ジェイミーは本堂の外を見やる。
 白が壁を破るより前に、キープアウトテープで古寺の周辺を囲み終えている。
 野次馬が立ち入る可能性は低いが、何が起きても即時対応できるよう入念な監視は怠らない。
「それでも尚他人の場所にこだわるなら、縄張りを犯すリスクがどんなもんか教えてやる。ラップでな」
「ラップバトルで!? さらりと自分の得意分野に引き込もうとするのは策士なんだな! あっ、待って、音楽かけるのやめてYO!」
 ジェイミーのノートパソコンから無情にも流れ始めたヒップホップ・サウンドをBGMに、十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)は黒色のペンキを携え仁王立ち。プリズンギャングと不良のコラボレーションは、中々に凄味があった。
「てめぇら、そんなに人ん家の壁や公共の看板に落書きしてえのかよ。別に俺は止めやしねえけど、良いのか? 街中に無許可でアートって不良の縄張り主張みてえなもんじゃねぇか」
 だったら俺もそうするわ、と、刃鉄はジェイミーの用意した壁に一筆描き殴る。
「……ってことでここは今から俺らの縄張りな。あん? なんか文句あんのか? ああ?」
 びくつく男女達を見ると少しばかり良心が痛むが、刃鉄は心を鬼にして、ペンキが滴る刷毛を振り上げ威圧する。
 壁に描かれた刃鉄の絵を塗りつぶす勇気は、彼らに無かった。
 因みに刃鉄が描いたのは、天を目指す漆黒の……。
「おお。これは見事なグラフィティ。即ちうなぎ!」
「龍だよ!」
 迫力はあったが絵心はそれなりだった。
「……ぐらふぃてぃ? 重力かにゃ?」
 小ボケもそこそこに、芸術はすばらしいからって法律無視していいわけないよねえ、とエージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307)はゆったりした口調で切り出した。
「世界はでっかなキャンパスっていうけど、何もかも自由って、お題なしの大喜利みたいなものじゃない? ルールも何もないけど何か面白いこと言ってって無茶ぶりにちゃんと答えるのって、そうとう難易度高いんじゃないのかにゃあ?」
 ある種の制限の中だからこそ生まれる発想もある。
 そもそも芸術に関して言うなら、作品のサイズが大きければ大きいほど評価されるという物ではない。
『せせっこましいキャンバス』で生まれた古今東西の傑作達を挙げれば、それこそ切りがない。
「い、いや、でも、僕は玄人だから自由な方が良いんだな!」
「ほんとかにゃあ?」
 目が泳いでいた。
「成程、溢れる情熱(パッション)に任せて芸術(アート)してしまう、と……」
 手で作ったフレームにカラーひよこを収め、クロエ・フォルバッハ(ヴァンデラー・e29053)はしげしげと観察する。山羊の頭骨で素顔が見えないから、あるいはそういう『振り』なのかもしれない。
「何だか僕も急に芸術したくなってきたから、君という極彩色の糞鳥(キャンバス)に出力(アウトプット)してみるよ」
「え? 今糞鳥(ファッキンバード)って言った?」
「気のせいじゃないかな」
 何だそっかぁと一息安堵するキャンバスに、クロエは刃鉄から譲り受けたペンキを盛大に浴びせ掛ける。
「更なる色彩に彩られて、より派手(アーティスティック)になれて良かったね」
 これにはペンキをぶちまけてやりたいと思っていた刃鉄も密かにサムズアップだ。
「とまあ、君がやっているのはこういう事なんだよ。みんな再三言ってるけど、どんな物でも景色でも、芸術と言えば何をしてもいい訳じゃない。むしろ君の思想は、芸術を貶める行為そのもの、だと思うよ」
 さらにクロエがカラーボールを投げつけると、極彩色で漆黒で蛍光色の雛は我慢ならぬと真っ赤になって憤慨し始めた。
「トサカに来たんだな! もう絶対許さないんだな!」
「鶏冠っててめぇ、ひよこじゃねえか」
 ジェイミーが突っ込む。
 ひよこだった。

●人の振り見て
 散々論破されたひよこの振舞いには最早説得力の欠片も無く、管を巻いていた男女全員は『やっぱり真面目に頑張ろう』と己を取り戻し、エージュの誘導に従って本堂を後にした。
「ん~ふ~ふ~、後はみんなで思うさまひよこリンチ! 今からげーじゅつ的にどっかんどっかんやるけどアートだから多めに見てね?」
 エージュが爆破スイッチを押し込みカラフルな爆発で前衛を色取ると、
「いくらひよっこでも悪戯が過ぎたわね。しっかりとお仕置きはしておくわよ」
 爆風を背に受けた彩月がArtemisの名を冠する可変槍で一穿、ひよこの急所を断つ。
「みんなで悪いやつをやっつけてやるっスよ!」
 彩月が槍を引き抜いた直後、弟分のマーブルを先頭に再び実体化した『白ちゃんと愉快な仲間たち』は怒涛の勢いでひよこを追い詰め、白の指示の下、かみつき、たいあたり、つっついて、全方位から一斉に攻撃する。
「グラフィティ――芸術というのも色んな形態や表現があるのですな」
 言いながら、秋津彦はエアシューズで古寺のささくれだった床を踏みしめ、感触を確かめる。
「そうっすね。芸術家って聞くとアトリエに籠っているイメージだったけど、そういうのもあるんっすねぇ」
 頼斗が一瞥する限り、本堂に落書きが見当たらないのは、一応、なけなしに残っていたひよこの良心が歯止めをかけたからだろうか。
「でも、勝手に描かれた方からすれば、落書き以外の何物でもないよね……消す手間もかかるし。芸術以前に、常識を学べばいいのに……」
「そうですな。壁画を描いていた大昔ではないのですから」
 秋津彦はクロエの言に頷くと跳躍し、重力を乗せた蹴撃でひよこの機動力を奪う。
「……まあ、口で言ってわかる相手だとは、最初から思っていなかったよ」
 クロエは抑揚の無い声でぼそりとそう呟いて、刃を奔る雷諸共、ひよこに槍を突き立てた。
「さて、それじゃあビルシャナは落書きごとお掃除といくっすか」
 頼斗はゾディアックソードを絵筆の如く扱って、前衛の足下に守護星座を描き出す。
 やられてばかりじゃないと反撃に出たひよこは刃鉄に狙いを定め、火炎スプレーを噴射した。が、ジェイミーが炎の進路を遮って刃鉄の盾となる。
 ジェイミーは炎に灼かれたながら拳を前に突き出すと、そのままひよこを吹き飛ばし、強引に距離を開けた。
「ヴィゾフニル明王……とかいうのも居んのか。けったいな名前だが信者連中はいつものビルシャナとあんま変わんねえな。教祖様の器も知れるってもんだ」
「あの人を悪く言うのは許さないんだな!」
「……はっ。結構な熱の入れようだ。勢い余ってビルシャナになっちまうくらいだもんなぁ」
 刃鉄は日本刀・葉残を引き抜いてひよこを切る。
『空』の霊力を帯びた一太刀は、無数の傷口を同時に開き、鮮血とともにあらゆる悪性を噴出せしめた。

●リスペクト
「げーじゅつランサー!」
 エージュのゲシュタルトグレイブ・グラージスピラムがひよこの鳩尾を抉り、
「げーじゅつぼんばー!」
 ダブルで将来性を感じる大器晩成な一撃がやはりひよこの鳩尾にめり込んだ。
 いささか乱暴だが、げーじゅつ殺法なので仕方がない。
「ぶっ潰す!」
 乱暴ついでに刃鉄がドラゴン因子を最大限まで活性化させ、それを脚に篭めて思い切りヒヨコを踏み潰すと、
「さっきの連中ならともかく、てめぇには決着付けるならマイクで、なんて理屈は通じねえか。なら――拳で決着をつけるまでだ」
 ジェイミーは踏み潰されたひよこの胸部にゆっくりと人差し指を突き刺して、その気脈を断ち切った。
「そうね。お仕置きって言ったけど、この世からサヨナラして貰わなきゃダメなの」
 龍の大きな足跡からよろよろと起き上がったひよこ。彩月はそんなひよこの零距離で、フルブーストの主砲を浴びせる。耐え切れず吹き飛んだひよこを、白は極寒の凍気を纏う杭(パイル)で受け止めた。
「寒いのなら温めてあげるよ。火力調節は、出来ないけど」
 クロエは掌から龍の幻影を具現化し、ブレスを喚んでひよこを焼き払う。
「な、なん……の! まだまだなんだな!」
 ひよこが地に描いた大蛇が正真の生物の如く脈動し、口を開くと、後衛目掛けて毒霧を見舞う。
 後衛は毒に侵されるが、しかしそれもほんの僅かの時間。
「ビルシャナの攻撃は綺麗に回復っと」
 毒、氷……頼斗のヒールで蓄積された穢れは消え去り、そして。
「そちらが絵描きを『芸』とするなら、小生には先祖代々の武術という『芸』があります。磨いた刃味と鍛えた技、とくとご鑑賞あれ!」
 秋津彦は天井の梁や柱、古寺の全域を己が地の利として撹乱し、ひよこの背後を取る。これぞ即ち狼の剣法。

 ひよこは悪あがきに秋津彦へ市販のスプレーを吹きかけようとして、やめた。
 大日一文字を抜刀する刹那、秋津彦はふと理解する。
 本堂は奇麗なままだった。刃鉄の絵や彩月の写真を塗りつぶす真似はしなかった。
 ひよこは悪党だ。だが、一端の芸術家でもあった。口でどう言おうとも、自身が認めた『芸』術を侵すことはできず――。

「――この一太刀、霊峰より吹きし膺懲の風なり」
 尾神一刀流『筑波颪』。
 絶速の一閃に断ち切られたひよこは、何処か……満足そうだった。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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