秋の終わりの温泉で

作者:あかつき


 人里から少し離れた山の中にある秘境の温泉。辺りにはかれこれ終わりの季節となるイチョウが鮮やかな黄色をそこらに振りまいていた。
「かれこれ、の筈だな。それにしても……見事なイチョウだ」
 秘境の温泉に向かい歩いていた青年2人の内、1人がリュックサックの中から一眼レフを取り出しながら呟く。
「なぁ、温泉行くんだろ? イチョウなんて、後でいいじゃん」
「温泉浸かった後だと、暗くなってるだろうし、気温下がって湯冷めするって」
 そう答える彼が見上げるイチョウを包むように、突然謎の花粉が振りかけられる。
「…………なんだ?」
 彼が呟いた瞬間、鞭のようにしなるイチョウの枝が、彼に襲いかかる。
「な、な……うわぁ!!」
「おいどうし……ば、バケモノぉ!!」
 イチョウの枝に絡め取られたカメラを持った男性を見て、もう1人の男性は走って逃げて行く。枝に絡め取られた男性は、徐々に幹に取り込まれていく。
「どう? 苦しい? でも、お前たち人間はこれ以上の苦しみを植物たちに与えて来たんだよ。だから、自業自得さ」
 幹に半分以上埋もれた男性を見上げながら、鬼蓮の水ちゃんは酷く楽しそうにそう言った。


「蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)の危惧していた通り、福島県の秘境温泉付近にて、植物を攻性植物に作り替える謎の胞子をばらまく、人型の攻性植物が現れたらしい。その胞子を受けた植物の株が攻性植物に変化し、その場にいた一般人を襲って、宿主にしてしまった。急ぎ現場に向かい、この攻性植物を倒して欲しい」
 ヘリポートにて、雪村・葵(ウェアライダーのヘリオライダー・en0249)が集まったケルベロス達に説明を始めた。
「攻性植物は一体のみで、配下はいない。取り込まれた人は攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまう。だが、ヒールを行いながら戦闘を行う事で、戦闘終了後に取り込まれていた人を救出できる可能性がある」
 葵は、攻性植物についてざっと説明をする。因みに、森の中なので人影は周りにいない。一緒に居た男性も、安全なところまで逃げたようだ。攻性植物は蔓のように枝を使って攻撃して来たり、実をつけて回復してきたりするらしい。そこまで言い終えてから、葵はケルベロス達に再度視線を向ける。
「攻性植物にされてしまった人を救うのは難しいだろう。しかし、秘境の温泉に来ていたのに攻性植物に取り込まれるなんて理不尽も良いところだ。なるべくなら、救出してあげてほしい」
 葵はそう言って、ケルベロス達を送り出した。


参加者
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)
志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)
佐竹・銀(魂の炎燃やし尽くして・e36293)

■リプレイ


「寒くなってきたからと危惧してみれば、ドンピシャか」
 黄色く彩られた山道を歩きながら、蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)は呟いた。
「また面倒な案件だな、今回」
 ぼやきながらも肩を回したり、首を回したりと準備体操に勤しむのは戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)。
「こんな時期に奇妙な縁ができたなぁ。こうも綺麗な景色なら戦いよか、観光の方が楽しそうだな」
 カラッと言ってのける差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)は、ひらひらと落ちるイチョウの葉を一枚掴む。その一葉を翳してみれば、橙の陽光が透けて見えた。
「こんな良いところなのにさ、秘湯に浸かりに来て攻性植物にとりつかれるなんざまったくもって理不尽極まりないよな」
 佐竹・銀(魂の炎燃やし尽くして・e36293)があたりを警戒しながら呟いた、その時。
「攻性植物のお出ましニャ。取り込まれた人を救出して、ハッピーエンドを迎えるニャ!」
 木々の隙間から見えたのは、不自然に蠢く蔦状に変形した枝、そのイチョウの幹には半分以上埋もれた男性の姿。志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)は武器を構え、駆け出した。
 叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)は攻性植物を認めた瞬間、ペインキラーを発動する。
「攻性植物を倒して、あの人を助ける。……行くよ」
 呟き、宗嗣は払厄煉華・輪廻天焼を発動した。瑕疵となる要因そのものを焼き尽くす癒しの炎を生み出し、仲間達に立ち上がる熱を与えていく。
 露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)はちらりと仲間へと視線を向ける。
「じゃあ改めて……みんな、よろしくね!」
 いつもお世話になってる人が多いから今日はいつも以上に仲間達が頼もしく感じるのを実感しつつ、沙羅は気合を入れて、リボルバー銃でくねくねと蠢く枝を撃ち落とした。ぼたりと地面に落ちた枝に、痛みを感じたらしい残った枝が暴れまわり、地面を抉る。
「ま、いつものゲン担ぎってな」
 久遠はぱくりと唐揚げを頬張り、駆け出す。向かう先は、攻性植物の幹。
「挨拶代わりだ、受けてもらおうか」
 ごくりと唐揚げを飲み込み、枝を避けながら距離を詰め、久遠の放った電光石火の蹴りは攻性植物の幹に命中する。
「何としても被害者の方を助けましょう」
 鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は自身に言い聞かせるように口にしつつ、傷ついた幹の上の方に囚われたままの男性上げた。
 そして、歌われる「寂寥の調べ」は、とてもとても小さく、呟くような声ながら、きちんと味方にその効果を届けて行く。
「役割とはいえ……辛いものです」
 歌が苦手と自覚している奏過は、最後に小さく呟いた。
「せっかくの秘湯への道のりだ。今後の事を考えて、駆除させてもらうぞ」
 目を凝らし、攻性植物に取り込まれている男性の様子を伺いつつ、真琴はロンググローブに擬態している封魔守装を纏った拳をその幹の表面を砕く。
「大丈夫、絶対、助ける」
 めきりと幹の表面の樹皮が捲れた瞬間真琴が掛けた声に、男性の指先がぴくりと動く。
「まだ大丈夫だな」
 真琴は確認しながらバックステップで攻性植物から一度距離を取りながら、仲間達へと合図を送った。
「ぱぱっと助けるとするか」
 その合図を確認してから、銀がルーンアックスを手にした視線の先で、紫音の元へと幾多の枝が伸びていくのが見えた。
「危ないっ!!」
 咄嗟に紫音を庇うように飛び込んだ銀の足に、枝が絡みつく。それを見た紫音は一瞬目を細め、銀を飛び越える。
「っ……おらぁ!!」
 目元に紅をさした紫音が、赤い着物を翻しながら無銘を振るった。切れ味の良い無銘の刀は、緩やかな弧を描きながら攻性植物へと深い傷を付けた。
「これで、借りは返したぜ!」
「助かった」
 短く礼を言う銀の足元の蔦が紫音の一太刀に緩み、その隙に銀は素早く攻性植物から距離を取った。


 ケルベロス達の攻撃を受けた枝が千切り飛んでいく中、目を凝らしていた沙羅が叫ぶ。
「まってまって! 男のヒトが危ないよ!」
 僅かに顔色の悪くなった男性を指差し、沙羅は攻撃を仕掛ける仲間達へと制止の声をかける。それから、素早くリボルバー銃の照準を攻性植物へと合わせ、引き鉄を引く。
「舞え、狂え、踊り咲け」
 その銃口から撃ち出されたのは幻想を込めた魔術式の弾丸。一時的に召喚された鮮やかな紫垂桜から舞い散る花びらは、攻性植物と取り込まれた男性の傷を癒していく。
「さて、術式開始だ」
 攻撃中止の合図に合わせ、久遠は体内で陽の気を高めていく。
「陽を巡らせ隠を正す……万象流転」
 高めた気を攻性植物へと撃ち込んで、その体内での陰陽バランスを調整し、傷を癒す力を与えていく。
「長期戦になろうと……支えてみせますよっ」
 その間に味方の回復に努める奏過は、一際ダメージの大きい銀のいる方へ向き、グラビティで顕現した赤光のメスを構える。
「今瞳に映るは鏡像……信じて身を委ねて欲しい……」
 グラビティのメスによる「傷つける行為」は全て、「癒す行為」に反転され、傷ついた仲間達のダメージを回復していく。
 うねうねと蔓を蠢かせる攻性植物は、回復されていく自身の傷と止まった攻撃の手に、回復のチャンスと悟ったのか、空高く張った枝に黄金の実を宿し、その聖なる光で残った回復可能な傷を回復させていく。
「ここまで癒えれば、もう大丈夫だな」
 顔色の良くなった男性を見て真琴は小さく頷き、仲間達へと合図を送った。
「そういう話なら、遠慮はいらねぇなぁ!」
 回復に努めていた紫音は無銘を構え直し、先程自分の付けた刀傷をなぞるように空の霊力を纏った斬撃を与えていく。
「そういうことだな」
 真琴は攻性植物へと時空を凍らせる弾を撃ち込んだ。
「お前の攻撃を禁ず!」
 藍は凍った樹皮に苦しむ攻性植物へと枝を避けつつ距離を詰め、気脈を指先で断つ。それに抵抗すべく枝を振り回す攻性植物の攻撃は柳の如きしなやかな動きで避ける。
「攻性植物は恐るるに足らずにゃ!」
 枝同士で挟み撃ちにされそうになった藍だったがバックステップで数歩後退し、それでもしつこく追い縋ってくる枝を霊縛手でいなし、攻性植物へと再び肉薄していく。
 度重なる攻撃により動きの鈍った攻性植物へ、宗嗣は稲妻を帯びた突きを放った。神経回路が麻痺した攻性植物は、ぴくぴくとその枝先を震わせる。
「う、うぅ……」
 攻性植物が弱った所為か、囚われている男性に意識が戻りつつあるらしい。僅かに呻き声をあげる男性へと、真琴が叫ぶ。
「あと少しだからな!」
 ぴくりと動いた男性の頭は、頷いたのか、そうでないのか。兎に角、急いで助けなければならない状況に変わりはない。
「助けるから、頑張れよ!」
 男性へと声をかけながら、愛用の柄が無く半月の背面に持ち手のついたようなルーンアックスを振り上げる銀。迫り来る枝を避けながら、破鎧衝を叩き込んだ。


 蓄積されていくダメージに、幹から男性の身体が半分程攻性植物から分離し始める。
「少し回復しといたほうが良いかも知れないな……」
 眉間に皺を寄せた蒼白な男性を見て、真琴が仲間達へと声をかける。
「なら、回復は任せろ」
 頷くのは久遠。彼は再度攻性植物へと接近し、その手を伸ばす。陰陽バランスを整える万象流転を使用すれば、男性の顔に血色が戻る。しかし、攻性植物の回復スピードは目に見えて落ちており、久遠の回復にも殆ど見た目の傷は治っていない。ならば、と真琴は右手を上げて合図をしてから、想蟹連刃を構えて走る。
「付き合うぜ」
 そんな真琴に、紫音は酷く楽しそうに目を細める。その身体には、無数の切り傷や擦り傷が見えた。
「前は任せろ!」
 傷口から血液を滲ませ、赤い着物を靡かせて、大地を蹴って自分より先を走り始める紫音に肩を竦めながら、その場で枝を避け、攻性植物へと両刃の片方を向け、呟く。
「全く……仕方ないな。背中は任せておけ」
 呟く真琴は、攻性植物の絶妙に距離を取り、その枝を焼き払うべく炎弾を放つと、攻性植物は真琴の攻撃を捌くのに集中し始める。
「おい、こっちだ」
 その間に攻性植物に距離を詰めた紫音は、更に肉薄するよう根を跨ぎながらにやりと笑う。
「独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 そして振るわれた刃は、攻性植物の幹を滅多斬りにする。その瞬間、上体を解放された男性は重力に従って中途半端にぶら下がる。
「おっと」
 咄嗟に紫音が手を伸ばしたその瞬間。
「っ……危ない!」
 真琴がその変化に気づいた瞬間叫ぶが、時すでに遅し。最後の悪足掻きであろうか、地面に接する身体の一部、恐らくは根を大地に融合させた攻性植物は、埋葬形態へと変化し、ケルベロス達を飲み込むべく蠢く。
「くっ!!」
 飲み込まれた沙羅はがくりと膝を折り、その横に居た宗嗣も同じように飲み込まれ、ダメージを受ける。幸いなことに注意すべき催眠効果は発揮されている様子は無いが、それでもダメージが大きい事に変わりはない。
「これで、トドメだ……!!」
 しかし、宗嗣は血を流す傷口も打撲も何もかも無視して走る。振るうは漆黒の刀身。稲妻を帯びたその一太刀は、攻性植物を真っ二つに斬り裂いた。
「無事、だな」
 完全に解放された男性を受け止めた紫音は、彼の様子を確認してから小さく呟く。
 そこへ宵星・黒瘴を仕舞った宗嗣が歩いてきて、その様子をちらりと覗く。
「おぉ、良いとこ持っていきやがって」
「差深月こそ」
 ぴくりと動く被害者の瞼を見ながら無言で差し出された宗嗣の拳に、紫音は同じように外方を向きながら拳を合わせた。
「お疲れさん」
 その様子を斜め後ろから見ていた真琴は、そう言ってから紫音の肩を叩く。その様子を、奏過がスキットルのウィスキーをちびちびと飲みつつ見守っていた。


「これでもう大丈夫ニャ。気を付けて帰るニャ」
「助かりました。本当に、ありがとうございました」
 藍にルナティックヒールを施してもらい、意識を取り戻しダメージを回復した男性は、頭を下げて礼を言い、帰っていく。
「さーて、この穴、埋めとくか」
 ぐっと背を伸ばして、銀は攻性植物が埋葬形態になった時に盛大に開いた穴の補修作業に取り掛かる。
「やぁ、討伐の後のこの時間がなんだか、仕事の一環みたいに感じるよ」
 沙羅はそう言いながら、穴の補修作業を手伝い始めた。
「取り敢えず怪我の具合を見せてみな」
「え? いや……」
 破損個所のヒールを行なっていた宗嗣だが、久遠に腕を掴まれて目を瞬く。
「あのなぁ、宗嗣。使い方自体は間違っちゃいねえが、それに頼り切りってのはどうかと思うぜ?」
「……別に、そういう訳じゃ」
 目を瞬く宗嗣だが、有無を言わさず治療を施され、反論しても聞かないだろうと大人しく終わるのを待つ事にした。
「もう少し自分の体を大事にしな。お前さん一人だけの体じゃないんだろ?」
 微妙な顔をする宗嗣の後ろでは、同じように傷残った紫音が片付けを行なっていた。
「こんな所で、大丈夫そうじゃないですか?」
 ざっと辺りを見渡して、奏過が言う。穴も殆ど元通り、その他破損した箇所も大丈夫そうだ。
「そうだな。……でも、いいなぁ、秘境の温泉……。アタシも一度行ってみたいなぁ……」
 羨ましそうに呟く銀を見て、真琴は視線を上に向けて少し考える。もう殆ど真っ暗と言って差し支えなく、気温も大分下がっている。
「どうせここまで来たんだ。皆も温泉入っていくか?」
 仲間達に尋ねる真琴に、宗嗣が目を細めた。
「ついでだから、そういうのも悪くないかな」
「うん、そのくらいのご褒美はあっていいよね!」
 元気いっぱいに頷いて、我先にと駆け出した藍に、思わず銀も駆け出す。
「うわ、ちょっと……アタシも!」
 その後ろでは、久遠がちらりと紫音へと視線を向ける。
「そういうことなら……紫音。この後、温泉に浸かりながら一杯どうだい?」
 向けた視線をそのままに、紫音の怪我の様子をさりげなく伺いながら酒に誘う。
 ある程度怪我はあるが、そこまで悪くもなさそうだ。このくらいなら、ノルン姐さんに連絡しなくても大丈夫か? なんて結論を出した久遠に、紫音はからりと笑って頷いた。
「おー、良いんじゃねぇか? 仕事の疲れを取るにはうってつけだろ! 銀杏を肴に酒ってのも乙なんじゃねぇか?」
 その紫音の後ろで小さく息を吐いていた真琴を見て、久遠はにやりと笑う。
「そういや、まこぴーはいつアイドルデビューするんだ?」
 胡散臭さを滲ませる笑みに、真琴は何処からかハリセンを取り出すと、久遠をバシッと叩く。
「アホか」
 けらけら笑う久遠に、真琴は肩を竦める。
「皆さん、楽しそうで何よりです」
 その様子を眺めつつ、お風呂上がりの人たち用に水や果物ジュースを用意する奏過は、目を細める。
「ジュース? 準備が良いねぇ」
 並んだ乗り物類に、沙羅が言えば、奏過はにっこりと笑う。
「ええ、水分補給は大事ですから」
 そんなこんなで、夜の闇の中秘湯へと足を向けるケルベロス達の元へと、月のように黄色いイチョウの葉が数枚、ひらひらふわふわと舞い落ちた。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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