「諸君に問おう。楽器の王とは何か」
住むものなどいない筈の廃屋の一室に、厳かな声が響く。声の主は異形の鳥人だが、周囲に座る男女の顔に戸惑いの色はない。
「はっ、教祖様。それは勿論、ピアノでございます!」
「然り」
教祖様と呼ばれた鳥人――ビルシャナは、いち早く答えた男へと満足そうに頷き、言葉を続ける。
「しかし、王とは臣民あって初めて成り立つもの。故に我は敢えて告げよう……ピアノ協奏曲こそ至高の音楽であると!」
楽器の王たるピアノが奏でる華やかな独奏と、それを支えるオーケストラ。ふたつの音が織り成す音楽こそ真に美しい……と、ここまでは『まあ、確かにそういう趣味も素敵かもね』で済む主張なのだが。
「ピアノのみの演奏など、民なき王と同じもの! 即ち無意味! 無価値! また、王者たるピアノを伴奏などという地位に貶める楽曲も最早音楽とは呼べまい! ピアノを欠いた楽曲は論外である! いいか諸君、音楽とは、真の音楽とは、ピアノ協奏曲のことのみを指すのであるぞ!!」
……そこはビルシャナ、やっぱり開いた悟りの内容はちょっとどころじゃなく極端なのであった。
集まったケルベロスたちに、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)はぺこんと頭を下げてから口を開いた。
「悟りを開いてビルシャナ化してしまった人の信者さんが、また新しいビルシャナになって、それで更に自分の信者さんを増やす……っていう事件が起きているみたいなんです。放っておくとどんどんビルシャナの配下にされる人が増えちゃうので、今のうちにビルシャナを倒してほしいのです!」
既に信者となってビルシャナを取り巻いている一般人もいるというが、彼らはビルシャナの主張を覆すような強いインパクトのある説得を行うことで正気に戻せる可能性がある。
戦闘に巻き込んでしまわないためにも、できれば彼らを説得してあげてほしいと告げた後、ねむは記憶を辿るように視線を上げた。
「えっと、今回のビルシャナの主張は……『ピアノ協奏曲こそ至高の音楽、他は認めない!』っていうものです。だから、他の音楽のいいところを思いっきりぶつけてみたり……あと、ピアノ協奏曲がいいっていう理由も『ピアノは楽器の王様で、そこに引き立て役のオーケストラがいてこそ王様らしい!』っていう感じだったので、そこを揺さぶってみるのもよさそうかなーって思います」
と、方針の一例を挙げつつ、具体的な手段はケルベロスたちに任せると言って、ねむは敵戦力の説明に移っていく。
「ビルシャナは、不思議なお経を唱えて相手ひとりに催眠をかけたり、同じ隊列にいるケルベロスみんなを巻き込む破壊の光でプレッシャーを与えたりするのが得意みたいです。あと、傷と異常を癒す清めの光を放つこともあるみたいですね」
なお、ビルシャナに付き従っている信者の数は男女合わせて十人。ピアノを弾いたり、ピアノの音色を聴いたりすることが大好きという点はやはり共通しているようだが、ビルシャナに魅入られる以前はそれぞれ他のジャンルの音楽に触れた経験のある者も多いという。
「今回のビルシャナは、『クロエディーヴァ』っていう『音楽による救済』を掲げるビルシャナの影響を受けて生まれたものらしいです。音楽って言っても色々ありますし、好みの押し付けはダメですよね!」
「全くだな」
ポケットの中で携帯音楽プレーヤーを握り締めたまま、新藤・ハヤト(シャドウエルフの降魔拳士・en0256)が深く頷く。
「それに、ビルシャナの配下が増えた上に、その中からまたビルシャナになる人が出るなんて状況も無視したくないや」
「ねむも、おんなじ気持ちなのです。ですからみんな、このビルシャナの退治、どうぞよろしくお願いしまーす!」
参加者 | |
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泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386) |
藤守・つかさ(闇視者・e00546) |
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806) |
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721) |
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410) |
御船・瑠架(紫雨・e16186) |
近藤・美琴(ソヌスエクスマキナ・e18027) |
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154) |
●主役とは
「『音楽による救済』を提唱している場所があると噂で聞いて、此処の事かと思い来たのだが、間違っていただろうか?」
廃屋を訪れるなりそう言った泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)の声に、ビルシャナと彼を取り囲む信者たちはにわかに湧き立った。
「うむ。ピアノ協奏曲の音色こそ、人類救済に至る唯一至上の音楽。ささ、同志よ。共にこの音楽に聞き惚れ、救済への階梯を上ろうぞ」
上機嫌のビルシャナに促され、やたらに高性能そうなスピーカーの正面に座りながら、壬蔭はひとつ質問を投げかけてみる。
「貴方のような方を生んだような方なら是非とも教えを乞いたいのですが、何処に行けば良いか教えては頂けないだろうか?」
「ふふ、そうかそうか。お主も早速この天上の楽、我を悟りへ導いた音に聴き入りたいと申すか」
「いや、そうでなく」
「良いとも良いとも。開演までの心躍る時間もまた一興だが、やはり実際に耳にしてこその音楽ゆえな!」
どうやら、このビルシャナからクロエディーヴァの所在は聞き出せそうにない。すっかり何かを勘違いした様子でうきうきと音源を流し始めるビルシャナから視線を外して、壬蔭は室外に待機していた仲間たちを振り返る。最初に目が合ったベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)がひとつ頷いて、ひょいと集会の現場に足を踏み入れた。
「なるほど、ピアノは楽器の王様で、王様を引き立てるオーケストラが付けば更に素晴らしい、か」
「然り」
大きく頷くビルシャナは、どこか得意げだ。そんな彼(推定)に向かって、ベルンハルトは冷静な疑問を投げかける。
「そうは言っても言い過ぎではないだろうか。俺はオーケストラと言えばヴァイオリンが浮かぶぞ」
「うむ。さしずめ王たるピアノにとって第一の臣下であるな」
遮るように持論を挟んでくるビルシャナを一瞥して、何事もなかったかのようにベルンハルトは続ける。
「オーケストラたちとは脇役ではなくパートナーという存在だ。それはピアノにも言える。それだけが主役なのではない、お互いに引き立てる……そういった存在なのだと思うぞ」
「お互いに引き立てる……?」
ビルシャナの主張とはまるで違うその意見に、信者たちがざわめく。彼らに向けてビルシャナが何か言うより早く、藤守・つかさ(闇視者・e00546)が更にその論を広げる。
「オーケストラがあって初めてピアノの良さも引き立つんじゃないのか? 音の深みや厚みはピアノだけでは表現しきれないと思うが? それに、ピアノの表現が多彩だと言うなら……他の楽器を引き立てる器用さってのはあるんじゃないかと思うけど?」
ピアノのみが王者にして主役というビルシャナの主張は、そんなピアノの長所を真っ向から否定するものではないのか。そう投げかけられれば、地味な眼鏡の――おそらくは大学生が、確かにと頷いた。
「そうよね、何でもできるのがかっこいい……それなら確かに、協奏曲じゃないピアノ曲も……」
●音を愉しみ楽を奏でる
「待て待て待て待て。音の深みや厚みが? 表現しきれない? 聞き捨てならぬことを言ったのだぞ、こやつは!!」
聞くんじゃないとばかりに彼女の耳を翼で塞ごうとするビルシャナの前に、阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)がずいと進み出る。鋭い漆黒の瞳をまっすぐビルシャナへ向けたまま、彼女は静かに唇を開いた。
「色んな音が対等に奏で合うことで、音色は厚みや深みを増すものだと思うけれど」
それに、もし世界からピアノ協奏曲以外の音楽が消えてしまったら、真尋たちのような歌手は仕事をなくしてしまう。それは一大事だわ、と冗談めかすでもなく呟いて、彼女は即興でロック調の音楽を唇から紡ぎ出す。
去年のハロウィン以来の『ジャッジメントモモ』――ハードロッカー風の衣装に身を包んだモモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)も、彼女に合わせるようにギターを構えて。
かき鳴らす音色は、やはり激しいハードノート。歌の合間に、和音の狭間に、モモは自身が愛する音楽を語っていく。
「ピアノもロックに加わる事もあるけど、ロックではボーカルが王様であり、ピアノやシンセサイザーとかは無くても、問題無いの」
「何を、」
「ピアノは王様じゃなくて、スーパースターなのよ」
言葉を遮られ、一度は眉を顰めていた男が、その言葉に瞬く。何でもできるスーパースター――なるほど、たまらなく格好良い響きではないか! 目が覚めたように頷く数名の信者の誘導を新藤・ハヤト(シャドウエルフの降魔拳士・en0256)に任せて、御船・瑠架(紫雨・e16186)はあと一押しで目を覚ましてくれそうな信者へと視線を向ける。
「無くても問題ないとは言え、邦ロックにはピアノが使われている曲も多いのですよ」
真尋とモモの演奏が終わるのと入れ替わりに瑠架が流し始めた音楽は、日本生まれのポップスロック。激しさと透明感を併せ持つギターや流麗なストリングスが絡み合う中に、切なくも叙情的に鳴り響くピアノの音がそこには確かに織り込まれていた。それは決して楽曲の主役ではないけれど、心に沁み渡るような音運びで。
「最高にエモいと思いませんか!? ああ、エモいというのは古語の『あはれ』と同じ意味ですよ」
このエモさはピアノに『しか』出せないと最後にしっかり言い添えれば、それまで黙ってケルベロスたちのロックに耳を傾けていた青年が大きく頷いた。
「分かる。分かる! 何て言うか、いやらしくなくセクシーで、いぶし銀的に輝いてて、職人技感光る――」
「あなたもこういう系統がお好きなんですね! 私、この曲に関しては――」
「えっお姉さ……いやお兄さん、通だね! オレも初めて聴いたとき――」
もはやピアノなどそっちのけの勢いで熱い邦ロック談義にのめり込んでいく瑠架と青年に微笑ましい視線を向けた後、近藤・美琴(ソヌスエクスマキナ・e18027)はあまりロックに興味のなさそうな様子の女性に向き直る。
「どんな演奏も素敵じゃない。ピアノコンチェルトに絞るなんて、もったいないと思うよ」
美琴もピアノは大好きだが、だからこそそれ以外の音楽の美しさ、素晴らしさも知らなければ勿体無いと思う。言うより聞くが早いとばかりにスマートフォンを取り出して、彼女はリコーダー四重奏の演奏動画を再生してみせた。
「この柔らかくて温かみのある音は笛にしか出せないよ。軽やかで伸びやかなのも良いよね、心が洗われる感じがする」
「へえ……小学生の楽器と思ってたけど、こんなハーモニーも作れるのね」
「そうそう。親しみも湧くでしょ?」
柔らかく澄んで温かい、それでいて小鳥を思わせる軽やかな音色は、きっと忙しい毎日に疲れた心を癒してくれるはず。
そう言いかけた美琴は、女性が目を閉じて笛の音に聞き入っていることに気付いて、そっと口を閉ざした。きっと、言葉にせずとも彼女はもうそのことを知っている。
「ピアノと同じような楽器、たとえばパイプオルガンはどうだろう。あれもまた単体で主役、お前たちの言うところの王様になると思うのだが……」
壬蔭の言葉も、ピアノが常に絶対の主役という根拠のない信じ込みを揺らがされつつある信者の意識をさりげなく『それ以外の主役』へと向けていく。さて、もうひと揺さぶりだ。
「ところで、教祖さま」
「う、うむ。何か?」
微妙に焦りの滲む声色は、着々と信者を洗脳から解放されているゆえか。薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)はまっすぐにビルシャナの方を向いたまま、彼とは対照的に微かな笑みすら浮かべてみせた。
「ピアノでしたら素晴らしい独奏曲もありますし、それだけでも王様の風格もあると思われますが……偉大なる教祖さまはミスなんてしないと思われますし、まさか、オーケストラだと多少のミスも誤魔化せるなんて……思っていませんわよね……」
射抜くような目から逃げるように、ビルシャナが視線を彷徨わせる。未だこの場を離れずにいた信者の男と視線が合った。え、と信者は首を傾げて、ビルシャナを見つめ返す。
「まさかそんな……そんなことはありませんよね、教祖様?」
「む、無論である。あくまでピアノとオーケストラの主従関係とはだな……」
「あら、教祖さま……お顔が急に曇り出しましたが、大丈夫ですか?」
「むぐっ」
黙り込むビルシャナ。微笑み直す怜奈。おろおろと両者を見比べる最後の信者の背中を、モモが軽く叩いた。
「楽器の王様がピアノで、それが奏でるピアノ協奏曲こそが真の音楽。それは音楽と言えるかな?」
音を楽しむと書いて、音楽。ならばそこに、ビルシャナのこねるような理屈にならない理屈は必要ないのではないか。そう投げかけられて、男は一層悩ましげに頭を抱えた。
「音楽とは……真の音楽とは……いやしかし、確かに音楽の定義とは楽器の役割によるものでなく……?」
「そこを考え込めるのなら、もはやあの教祖の言うことを聞くことはないだろう」
壬蔭の呟くような言葉にはっと顔を上げた男が、立ち上がる。頷き、身を翻して、彼は言い切った。
「こ……こんな鳥オバケの言うこと聞けるか! 確かに今考えたらどこも何一つ信用ならない!」
「気をつけて帰りなよー」
どことなく生温かい声音でそう言いつつ、お帰りはあちらとばかりにハヤトが掌で玄関へと続く廊下を示す。万一にもビルシャナがそちらへ転げ出ることのないよう、油断なく部屋と廊下に線を引くよう立ち塞がったケルベロスたちをぐるりと見回して、ビルシャナは吼えた。
「おのれ……おのれおのれおのれ! 貴様ら、よくも我が真理に至らんとした者たちを……かくなる上は、我が光明を浴びて死ぬがよい!!」
●忌むべき輝き
ビルシャナが翼を振り上げると同時に、鮮烈な光がケルベロスたちを襲った。咄嗟に仲間をかばって飛び出した真尋とモモが、刺すような痛みに目を押さえる。すかさず怜奈が前衛へとライドニングロッドを向け、異常からその身を守る雷電の壁を築き上げる。ほぼ時を同じくして、つかさがビルシャナの脇へと深く踏み込んだ。
「我が手に来たれ、黒き雷光」
彼の手の中で明滅した黒が、雷と化して同じ色の刃に纏いつく。横一文字に鋭く振るい抜かれたグレイブから文字通り電光の速さで解き放たれたグラビティが、牙のごとくビルシャナの肉に食らいついた。
「気持ちを切り替えて……参りましょうか」
先ほどはあまりにも熱弁しすぎてしまっただろうかと顔を赤らめていた瑠架も、戦闘となれば敵に容赦はしない。穏やかな笑みの色を微かに変えて、彼はその身に宿るグラビティ・チェインを呪詛と共に暗器に込める。
放つ手すらも見せぬ速度で投げ込まれたその一撃の名は、散華一輪。まさしく花の如く、赤い体液が室内に散った。
真尋がオウガメタル『游ぐ真昼』を解き放ち、凍りつくような一打を見舞うのとほぼ同時に、壬蔭もまた動いていた。バトルガントレットで覆った指先をビルシャナの胸元に向け、そして。
「さて、まずは……固まって貰うか」
淡々と呟きながら、貫くように突きつける。ただ一本の指によるひと突きは、けれど確かに敵の気脈を打ち砕き、動きを鈍らせていた。
けれど動きが鈍っているのは、閃光をまともに浴びたケルベロスも同じこと――などとは言わせるものか。手の中で一度愛銃をくるりと回して、モモはその中にグラビティの弾丸を装填する。
「我が戦友に幸運を、我が戦友に勇気あれ!」
銃声とともに解き放たれるは、幸運もたらす黄金の弾丸。足元の床へと撃ち込まれ、弾けたそれは、即座に拡散して周囲の仲間の傷と異常を癒していく。助かる、と短く礼を述べたベルンハルトが、得物の長柄をその手で強く握った。
「はッ――」
鋭い呼気と共に、神速の突きが走る。稲妻すら帯びたその穂先は、柔らかな羽毛を容易く貫いて敵の神経回路に麻痺をもたらす。すかさず武器を引き抜き、飛び退る彼の肩越しにビルシャナを見据えながら、美琴はふと思う。
(「洗脳された人達がいなきゃ、討伐しなくても良かったのかもしれないけど……」)
いや、どうあれ彼はデウスエクスで、自分たちはケルベロス。ならば今成すべきことは。思いを振り払うように一度だけ首を振って、美琴は大きく腕を広げた。誘うような――或いは歌い出すようなその動きに応えるように、オーロラにも似た光が戦場に降り注ぎ、前線の仲間たちにさらなる癒しをもたらして。
舞い飛ぶ魔法の木の葉すら息の音で吹き散らせとばかりに、ビルシャナが大音声で経文を唱える。不快な、だがその響きとは裏腹に心を揺さぶってならない音に頭痛をこらえながら、それでも怜奈は言ってみせる。
「どんな曲であれ、楽器であれ、聴き手を感動させるためにあると思うのですが……」
言葉と同時に放つ雷電の音は、どこまでも高く澄んで。その音に続けとばかりに、癒しの、或いは牙のオーラが、練達の刃が、戦場に煌く。
「闇に一番近い色は、青なのだそうよ」
「望む未来まで、あともう少し。貴方の心に、希望よ宿れ」
光と音のもたらす痛みを押し流すように、蒼に染まる歌声が、苦しみも悲しみも全てを肯定する詩を運ぶピアノが、室内いっぱいに響き渡る。煌くような音色に身を預け、自らの傷が癒えていくのを感じながら、壬蔭が二、三度確かめるように足元を踏んだ。
そして、その拳が紅を纏う。
超高速で繰り出された拳撃の乱舞は炎すら伴って、四度、八度、十六度、何度でもビルシャナの肉体を穿つ。
或いはそれは煉獄の火、浄罪の赤――そう呼ばせたくなるほどの連撃を見舞われ、焼け焦げた羽毛の敵相手に、彼は言い放つ。
「なぁ、教祖。確かにピアノは良いものだが、調和があってこそ映えるのを加味してない時点で布教は方向性を間違えてるんだよ」
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! いいや違う、馬鹿は貴様らだ! 貴様らごときに、我が悟りが理解できるわけがなかったのだ!」
見苦しく喚く声に、つかさが首を横に振ってみせた。『音楽による救済』という言葉、それ自体は分かる。つかさもまた、確かに音楽によって救われた経験があるのだ。
「でも、心の何処に何が響くかなんて、人それぞれだから」
大切な人の横顔をそっと思い起こすように一度目を閉じた後、つかさはビルシャナを鋭く睨み付ける。
「凍って焼かれて、そろそろ焼き鳥になる覚悟は出来たか? 覚悟が出来てなくても確定だけどな」
まるで小さな点に一本の冷たい金属を打ち込むが如き、精密に研ぎ澄まされた一撃。それを打ち込まれた一点を中心に、花開くように氷が走る。
「ベルンハルトさん!」
「ああ、任せろ」
凍りついたその部分に寸分違えず曽祖父の手甲を叩き込んだモモが、声だけで少年を促す。彼女の武術を白き虎に例えるならば、続くベルンハルトはさながら黄金の獅子――そして、今彼の手の中に灯る光は、敵対するものを情け容赦なく無へと返す破滅の光。
「享受しろ。……まあ、俺はピアノよりオカリナの方が好きかな」
ごく短い言葉によって、『それ』は解き放たれた。たちまち膨れ上がった光滅の輝きは、嵐の如く濁流の如く、ビルシャナの全身を包み込んで。
――そしてその輝きが晴れたとき、既にビルシャナの肉体は消滅していた。
●
「……こんなものでしょうか」
ひとしきり廃屋のヒールを終えた怜奈が、満足げに息をつく。戦闘で傷んだ部分のみならず、年月によって脆くなった部分まで(幻想を含んで多少ロココ調になってはいるが)しっかりと直されたそこは、多少の刺激では崩れたりする危険ももはやないだろう。
「うん、いい感じだと思う。お疲れ様……あ、怜奈さんも食べる?」
「では、お言葉に甘えて」
モモのポケットから出てきた飴玉を丁重に受け取り、怜奈は頭を下げた。やはり彼女から貰ったチョコレートを口の中で転がしながら、ベルンハルトがすっかり立派になった玄関扉を押し開ける。瞬間、戦闘の余熱を払うような晩秋の風が吹き込んだ。
廃屋を出ると、青空がどこまでも高く広がっていた。何とはなしにその色合いを見つめながら、つかさはふと今回のビルシャナを目覚めさせたと聞く者の名を口にする。
「クロエディーヴァ、か」
「彼女……ディーヴァということは、彼女でいいのか? とにかく、いずれはそちらに迫りたいところだが……」
頷いた壬蔭も、つかさに続いて空を見やる。敵からまるで情報を引き出せなかったのなら、やはり地道な情報収集を続けていくべきなのだろうか。
「音楽好きのビルシャナか……また相対することになるのかな?」
奏でた旋律をなぞるように指を折って、美琴が呟く。
「音楽は誰に対しても平等に響くもの――それぞれの感じ方でいいと思うのですよね。押し付けるものではありませんよ」
たとえ同じ音楽を愛するとしても、そこは違えてはならないと瑠架が指先で簪を撫でる。そうだね、と最初に頷いたのは――誰だったか。
道に積もる落ち葉を踏み鳴らしながら、風に服や髪を揺らしながら、ケルベロスたちはそれぞれの帰路につく。自然の刻む微かな音に、ふと真尋の物憂げなハミングが重なって――いつしかそれも、風に溶けて消えた。
作者:猫目みなも |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年11月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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