おじいちゃんのためのどんぐりとまつぼっくり

作者:そらばる

●孫娘からの宝物
 ぽかぽか陽気の縁側で、還暦過ぎと思しき老爺は、子供の掌いっぱいぶんの団栗と松毬を飽きもせずに眺めていた。
「ほっほ。どんぐりとまつぼっくりか。みどりちゃんもお転婆になったのぅ」
 でれでれと笑み崩れ、孫娘に思い馳せている様子の老爺の目前で、突然、団栗と松毬が弾けるように粉々になった。
「ああっ……みどりちゃんのどんぐりが、まつぼっくりが……!」
 老爺は愕然として悲しみ、突如目の前に現れた二人の魔女へと怒りの眼差しをぶつけた。
「お前さんらか!? これを壊したのはお前さんらだな! 許さんぞ……っ!」
 悲しみ、怒り狂う老爺を見下ろし、第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテは満足そうに微笑んだ。
 二人同時に掲げられた鍵が、二人同時に、老爺の心臓を穿った。
 老爺の体が、どさりと仰向けに昏倒する。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと――」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 魔女達が言い放つと、老爺の傍らに二体の丸っこいドリームイーターが出現する。
 子供番組に出てきそうなシンプルかつコミカルな顔が描かれた二体は、片や悲しみに眉を垂らす巨大な松毬、片や怒りに目を吊り上げる巨大な団栗。
「みどりちゃんがいっしょうけんめい集めたボクらを壊すなんて、ひどいぞ……!」
「オレらはじけちゃうぜ! ひどい奴にはおしおきなんだぜ!」
 二秒で描いた線のような手足をバタバタさせて、松毬と団栗は感情を爆発させた。

●怒りと悲しみから生まれいずるもの
 怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデス。
 悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテ。
「パッチワークの魔女たるこの二体は共に行動し、一般人がとりわけ大切にしている物品を破壊致します。かくて生じた『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、新たな二体のドリームイーターを生み出すのでございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)の予知と説明を聞き、市松・重臣(爺児・e03058)は渋い顔をする。
「それで孫娘からの贈り物を狙いよったか。いたいけな老人を毒牙にかけるとは、不届き千万な魔女じゃのう」
 今回、魔女に心を奪われたのは、孫娘が健気に集めた団栗と松毬を大切にしていた老爺、正次郎。
 正次郎の心から生み出された団栗と松毬のドリームイーターは、二体連携して行動し、グラビティ・チェインを奪わんと周囲の人間を襲い始める。
「悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解できなければ、『怒り』でもって殺害する、といった手口にございます」
 戦闘においても、怒りのドリームイーターが前衛、悲しみのドリームイーターが後衛につき、連携して攻撃してくるようだ。
「周囲の人々を襲って被害を出す前に、団栗と松毬、二体のドリームイーターの撃破をお願い致します」

 敵のドリームイーターは『怒りの団栗』と『悲しみの松毬』の二体。それ以外の配下などはいない。
「二体は各々体長1メートル程度。言葉を喋る事は出来ますが、自身の悲しみ、怒りを主張するばかりで、会話は成り立ちません」
 怒りの団栗は、帽子型の殻斗のモザイクを投擲する、全身を真っ赤に熱して弾け回る、回転をかけた強烈な頭突き、といったグラビティで攻撃。
 悲しみの松毬は、強化の種子を散布する、黄金色に輝いて守護を付与する、回転してヒダ状のモザイクをばら撒く、といったグラビティを使用してくる。
「正次郎さん宅正面には、小規模ながら緑地公園がございます。出現した二体は真っ先にそちらに向かい、襲う対象を物色しますゆえ、こちらの公園で簡単な人払いをして待ち伏せるのがよろしいでしょう」
 ちなみに、心臓を抉られた正次郎は、命に別状はない。ドリームイーター二体を撃破できれば、自宅の縁側で意識を取り戻すだろう。
「……破壊された団栗と松毬は、ヒールをする事は可能ですが、元通りの状態には戻りませぬ」
 ヒールによる修復では、どうしても幻想が混じる。正次郎にとって、それはもはや孫娘が拾ってきた団栗や松毬ではないだろう。
「代わるものなき唯一無二の宝物……それを無下に破壊し、あやかしものを生み出すなぞ、言語道断。必ずや敵を撃破し、魔女の思惑を挫いてくださいますよう、お願い致します」


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
市松・重臣(爺児・e03058)
ミルカ・アトリー(タイニーフォートレス・e04000)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
篠宮・マコ(夢現・e06347)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)

■リプレイ

●真昼の緑地公園にて
 明るい日差しに満たされたこぢんまりとした緑地公園の中心部で、拡声器がひずんだノイズを立てながら掲げられた。
「あー、わしらはケルベロスである! ほどなくこの公園は戦場となるでの。皆、今すぐここを出るのじゃ!」
 市松・重臣(爺児・e03058)が拡声器越しに大音声で呼びかけた。
 のんきに公園でのひと時を楽しんでいた人々が、一斉に騒然となった。ケルベロス達は出足の遅い人々の元に直接赴き、ラブフェロモンや凛とした風、プリンセスモードなどを駆使して人々を手際よく誘導していく。
 潮引くように人の姿がなくなっていく公園の中心で、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は仲間達の手腕に呆然と舌を巻いた。
「すごい……これ、おれのすることないんじゃないか?」
「そんなはずないでしょ。念入りに殺界形成しといてちょうだい」
 にべもなく言い渡す花道・リリ(合成の誤謬・e00200)の手にあるのはキープアウトテープ。
 ケルベロス達の誘導で公園から立ち退いていく人々を追いかけるように、ヒダリギの殺界が広がっていく。
 ほどなくして公園内に一般人が誰もいなくなった事を、地上からも上空からも確認でき次第、各所の公園入り口はキープアウトテープで封鎖された。ただ一箇所、正次郎の自宅方向に開けた正面口を除いて。
「みどりちゃんの健気な気持ちも、正次郎さんの幸せも踏み躙るなんて……ほんま忌々しい敵やね。家族の想いを悪用しようなんて、許さへん」
 必ず無事に済ませると人々に約束して送り出し、宝来・凛(鳳蝶・e23534)は決然と踵を返して正面口へと引き返した。
「大切なものを壊しておいて糾弾するとか、ドリームイーターってのはホント、タチが悪いな」
 リリと手分けして他の入り口を封鎖し終えたミルカ・アトリー(タイニーフォートレス・e04000)も、正面口付近で仲間達と合流しながらぼやいた。
「二人の大事な思い出を壊すなんて、許せない。きつーいお仕置が必要ね!」
 歌枕・めろ(夢みる羊飼い・e28166)も囀るような声音で憤然と気合を入れる。
「……来るわね」
 飛行しながら警戒していた松永・桃李(紅孔雀・e04056)が、仲間達の頭上から声を投げた。剣呑に目を細め、注視する先には、ずんぐりむっくりした二つの敵影。
「苦々しい……不愉快なコトをしてくれるわね。せめて彼の心が、再び晴れるよう……止めましょう」
「もちろんです。微力ながら、僕も力を尽くしましょう」
 ようやく、誰かを護れるくらいには力が付いただろうか。そんな想いを胸に秘めて、皇・晴(猩々緋の華・e36083)はすらりと佇む長身も麗しく、陣営の最前線に立った。
 ケルベロス達の見据える正面口から、体長1メートル程度の団栗と松毬がやってくる。適当に書いた線のような足でひょこひょこ歩く姿は、まるで動きの制限された着ぐるみのようだ。
 二体はケルベロス達を見つけると、足を速めて一同の目前に駆け込んだ。
「悲しいんだぞ……悲しすぎるんだぞ……! みどりちゃんが集めてくれたボクらを壊すなんてひどいぞ……!」
 よよよ……と大仰な身振りで泣き伏す松毬。
「どうだぜ!? オレらの気持ちがわかるんだぜ!? わかんなかったらヤっちゃうんだぜ!」
 蜻蛉を切り、大見得切りながらじろりとケルベロス達を睥睨する団栗。
「怪しからん……実に怪しからん」
 晴と肩を並べて、皆の盾となるよう正面に構えた重臣が、ふつふつと静かな怒りを滾らせる。今回の被害者のことは、一際他人とは思えない。
「この儂を立腹させた事――もとい祖父と孫娘の純粋な想いを砕いた罪は重すぎるぞ、夢喰よ!」

●怒りと悲しみの騒擾
 重臣の一喝が轟くや真っ先に動いたのは、物陰に身を潜めていた二人と二匹。
「――とった!」
 木陰から飛び出したミルカが放つドラゴンの幻影が、死角を突いて膨大な炎を団栗へと吐きつける。
「瑶、八雲、いくよ!」
 サーヴァント達と共に戦場へと躍り出るのは、炎の如き壮烈な娘。ウイングキャットの揺の投擲するリングと共に、凛は竜砲弾を豪壮に撃ち込んだ。オルトロスの八雲も口に咥えた神器の剣で勇敢に斬り込む。
 続けざま、二挺の妖精弓がほとんど同時に矢をつがえた。
「生まれたばかりのところ悪いけど、あなたたちを放ったらかしにはできないの。恨むなら、性悪の魔女を恨んでね」
 まどろむような声色で断じる篠宮・マコ(夢現・e06347)。
「本当の悪はアンタたちの生みの親。でも、子に罪はないっていうからね。見当違いの怒りも悲しみも、終わらせてあげる」
 ツンと澄まして言い放つリリ。
 マコの放つ矢は祝福と癒しをリリに撃ち込み、呪的防御を破る力を得たリリの矢は、団栗へ向けて正確な軌道を走った。
 早速の強烈な連撃を見舞われ、団栗は真っ赤になって憤慨する。
「痛いんだぜ! 痛いんだぜ! オレらを壊そうとしてるヤツら、許せないんだぜ!」
「ひどいんだぞぉぉぉぉぅぉぅ」
 松毬が噴水のように大量の涙を放出しながら、全身のヒダをばっさばっさと上下させる。
 散布された種子の強化を受けた団栗は、すかさず全身を真っ赤に熱して弾け回った。辺り構わず跳弾してまわる大質量にしたたかに打ち据えられ、前衛の動きがわずかに鈍る。
「その悲しみと怒りは確かに本物なのでしょう……けれど、それを無関係な他者に押し付けるのは感心しませんね」
 至極紳士的に愁眉を曇らせながら、晴は癒しの矢を弓につがえる。
「パンドラ、タックル!」
 紙兵で前衛の守りを固めるめろに命じられ、ボクスドラゴンが果敢に全身で飛び込んだ。団栗に施された強化があっけなく砕かれる。
「では重爺、手筈の通りに」
「わかっとるわい」
 気安いやりとりを交わしながら、桃李の緋龍が、重臣の無極が、団栗を素通りして松毬に襲い掛かった。二人の役目は後衛の牽制。凄まじい痺れに、松毬の動きが不自然にカクつき始める。
「今度はボクを壊すんだぞ!? 血も涙もないんだぞ……!」
 松毬は大袈裟に嘆きながら、全身を黄金色に輝かせた。メタリックな光の放射が、松毬自身の守護を高めるのが見て取れた。
「お仕置きなんだぜ! オレのはかまが唸るんだぜッ!!」
 団栗は殻斗を脱ぐと、その場で大仰に一回転、遠心力でフリスビーの如くぶん投げた。無軌道な殻斗の弾丸が、治癒しきらぬ傷に打ち付け、増強させていく。
「さぁ、咲かせましょうか。満開の花を」
 即座に晴が咲かすは桜色の華。舞い散る花弁が、最前線で肩を並べる仲間達の傷を癒していく。
「ぴろー。まだいけるね」
 味方をかばって負傷を深めた忠猫を気力溜めで労うと、マコは眠たげな瞳を上げて敵を見据えた。
「大事なものを壊して、悪事に使うなんて許せないよね……壊れたものは取り返せないけど、せめてできることはしてあげなきゃ」
 淡くも確かな決意が、自堕落でマイペースな自宅警備員の唇からまろび落ちた。

●崩される連携
「お前の弱点はこれか!?」
 ミルカはドラゴニック・パワーを噴射しながら、臆することなく果敢に踏み込んだ。加速したハンマーは強烈な威力を乗せて、ずんぐりした団栗を正確に叩き潰す。
「確実に当てていくわよ」
 リリが放つオーラの弾丸は、悔しげに叫びを上げながら逃げ回る団栗を、どこまでも追いかけ的確に喰らい付く。
「感情のまま暴れ回っても、心の傷は癒えへん。このまま正次郎さんの心と未来が閉ざされんよう、悪夢の化身には消えて貰うよ」
 凛の日本刀が緩やかな弧を描き、線のような脚部を苛烈に斬り裂いて、ちょこまか目にうるさい団栗の動きを鈍らせる。
 ケルベロス達は、団栗を集中して攻め立てた。
 雨あられと降り注ぐグラビティに傷ついていく団栗を、松毬が必死にフォロー……するはずが、ド派手な殺陣の傍ら、松毬自身も地味に行動阻害に晒され続け、自身の回復にも気を払わねばならなかった。
「松毬のトラウマって、どんなものなのかしらね?」
 ミステリアスに微笑みながら、惨殺ナイフの刀身を閃かせる桃李。三体同時に出現したトラウマが松毬をぶん殴っているらしいその隙に、重臣は洗脳電波を放出して知らず知らずに松毬の精神を侵していく。
「ひどい、ひどいひどいひどい、ひどいぃぃぃぃ」
 ひゃんひゃん甲高い声で嘆き泣きながら、治癒にかかりきりになる松毬。
 満足に後衛の支援を受けられずに、団栗は低く唸る。
「ぐぐぐぅ……本当に、本当に、ぜえええええったいに許さないんだぜ!!」
 団栗はすっかり傷だらけになった全身を屈め、ぐぐっと足に力を溜めると、弾けるように頭から飛び出した。
「――通しませんよ」
 回転をかけた団栗の弾丸は、いっそ優雅なまでに軌道に割り込んだ晴によって防がれる。
「救いを」
 メメント・モリ。鈍く緩慢な、しかし決して逃れ得ぬ不吉な死の気配を零しながらも、マコの治癒が団栗ロケットの強烈な衝撃を急速に癒していく。
「こっちはすっかり準備完了よ。……Con onor muore chi non puo serbar vita con onore」
 サーヴァント達とヒダリギと手分けして全ての列の守備を固め終えたのを確かめ、めろは歌を響かせる。戦え、戦え、散りゆく瞬間こそ華は最も輝くのだから。
 前衛に強化が行き届くより早く、凛の胡蝶が火粉散らして舞い踊る。
「これ以上誰も傷付けんよう、もうおやすみ」
 地獄の遣い、心身に燻る炎の化身、業華。戯れに団栗の頭上に羽を休めたその瞬間、燃え盛る業火の花が咲き誇る。
 文字通りの火達磨となった団栗の絶叫が轟き、ずんぐりとした体は、灰も残さず崩れて消えていった。

●心はあるべき場所に
「ああっ……!」
 相方を失った松毬の動揺は、傍目にも凄まじかった。
「やだぁ……っ、やだやだやだぁ……だめだめだめだめ壊しちゃ、やー!」
 幼子の癇癪のように泣きわめく松毬。全てを拒絶せんばかりに激しく我が身を回転させ、ヒダ状のモザイクを無差別にばら撒き始める。
 打ちつけるモザイクの礫を、歯を食いしばってやり過ごしながら、ミルカはレーザー発振器の出力を急速に引き上げていく。
「大切な物を壊された悲しみは、きっと私がどれだけ察しても想像しても、それよりもさらにずっと深いはず……」
 ミルカはきつと顔を上げ、敵へと肉薄しながら松毬に照準を合わせた。
「それがその人にとってどれだけ大切な物なのかは、当人にしか判らないものだろ。それを、お前たちが知った風にごちゃごちゃと騙るな!」
 Photon Drive ≪Mode:Flare≫。至近距離で放たれるレーザー。一瞬にして膨大な熱量が膨れ上がり、鮮烈な閃光と大爆発が松毬に襲い掛かる。
「機嫌を損ねた魔女共が悪いのよ」
 麗しくも冷めた眼差しで呟くリリ。癇癪玉のカムクァットが松毬を蹂躙する。嬲り貫き、与え賜うは熱の悴み。小さな穿孔、唆る夕凪、夜嵐来ぬ間に蓋棺を。
「みなさん、すごい……」
 感動にも近い呟きを零しながら、晴もまたサーヴァントの彼岸と共に果敢に敵の懐へと飛び込む。
「僕には僕の、出来ることを」
 シャーマンズゴーストの爪が松毬の霊魂を斬り裂き、暴風を伴う回し蹴りが強烈に薙ぎ払う。
「もうひと頑張り……きちんと終わらせて、気持ちよくお昼寝しよう」
 忠猫と共に大きく踏み込むマコ。やればできると信じる心を魔法に変えて、将来性を感じる一撃を激しく叩き付ける。
「怒りも悲しみも、ここでおしまいにするの!」
 殴りつけると同時に網状の霊力で敵を緊縛するめろ。松毬はさらなる癇癪を爆発させてじたばたと暴れるも、めろは決して逃しはしない。
 すかさず凛が豪胆に斬り込み、捕縛を重ねて旅団仲間の二人を振り返る。
「今や!」
 応える桃李の傍らには、地獄の炎を纏った龍の姿。
「お仕置きが必要なのは貴方達よ――静まりなさい」
 松毬めがけて烈火の如く疾駆する龍。食らいつき、絡みつき、身を焦がしながら自由を奪い――さぁもう、離さないわ。麗しの唇がミステリアスに微笑んだ。
「儂も正次郎殿も、怒りや悲しみに囚われたままではならんな」
 己を戒めるように小さく呟く重臣。
「此処に安寧が戻るよう、正次郎殿とみどりちゃんがまた笑顔で会えるよう、狼藉者の手先は滅してくれよう、覚悟せい!」
 その足運びは松毬めがけて一直線、老練たる拳が、真っ直ぐ行ってぶん殴る。
 シンプルな打撃に、もんどりうって打ちのめされる松毬。
「ああーああああああぁぁぁーーーーっ」
 赤子の泣き声のような悲鳴を上げながら、松毬の体はバラバラに砕けて消えた。

「そうでしたか。デウスエクスに……」
 自宅の縁側で無事目を覚ました正次郎は、ケルベロス達の説明を受けつつ、粉々の宝物を前にして悄然と肩を落とした。
 壊されたものは戻らない。一度抱いた悲しみと怒りは、簡単には癒えはしない。そうと知りつつも、ケルベロス達は少しでも気を紛らわそうと、言葉をかけていく。
「過ぎた事は変えられへんけど……良ければこれ、みどりちゃんと一緒に」
「どうか再び、この悲しみ以上の楽しみや幸せがあらん事を……心から願っているわ」
 凛と桃李から木の実遊びやアクセサリー作りの本を差し出され、正次郎はありがとうありがとうと、しきりに礼を言いながら受け取った。気遣い、励ましてくれるその心根こそが嬉しいのだろう。
「おじーちゃん、おきゃくさん?」
 不意に玄関先から子供の声がかかり、幼稚園帰りか、幼い女の子がひょっこりと庭に顔を出した。
 めろがぱっと顔を輝かせて、公園で拾ってきた団栗を手に駆け寄った。
「みどりちゃんだよね! ほら、帽子つきだよ。可愛いでしょ?」
「わーほんとだー」
「まだ沢山あるから、今度はお爺ちゃんと一緒に探してごらん?」
 みどりは物怖じせずに一瞬でめろと意気投合し、すっかり公園に行く気満々だ。
 微笑ましい光景に、重臣は笑み崩れながら正次郎を見やる。
「お主とみどりちゃんならば、また数多の幸いを見つけられよう」
「そうですのぅ、わしは大丈――ああっ」
 しみじみと胸のぬくもりを噛みしめる正次郎の手元から、壊れた団栗の一つが唐突にひったくられた。ヒールの暖かな輝きが瞬いたかと思えば、すぐさま丁寧に修復された団栗が突っ返される。
 唖然とする一同の視線に、リリはツンと顎を上げる。
「なによ。文句あるなら聞くけど、ヒールしちゃったもんはしちゃったんだから」
「……いんや」
 正次郎は手元に戻された団栗にゆっくりと視線を落とし、穏やかに相好を崩していく。
「わしゃぁ、これがいい。これも、大切な思い出の一つじゃぁ」
 鳥の翼のような突起の生えた、美しくも物珍しい団栗を片手に、正次郎は赤子のように無垢な笑みを浮かべた。
 孫娘が歓声を上げて祖父に駆け寄り、風変りな団栗を受け取ってはしゃぎまわる。
 そうやって新しい思い出を作りながら、彼等の心温まる日々は、きっとこれからも続いてゆくのだろう……。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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