病魔根絶計画~さみしいときもあるのです

作者:秋月諒

●髪に優しく生きてたはずなんだ
「るな……来るな!」
「いいだろう。あんたにはそれだけあるんだ。切りに行くところだったって言ってたじゃないか。それだけの余裕があるっていうんなら」
 ぱた、ぱたと血が落ちる。男の口元から。男のものではないーーそれが自分のものであると彼は知っていた。噛み付かれた腕。穏やかそうに見えた男の言っている意味が分からない。振りかざされるガラス瓶のことも。
「いいだろう。その分をもらったって。さみしいんだ。寒いんだ。貴方の血を浴びれば俺も、またーー……!」

●さみしさを感じて
 そこは、ひどく寂しい場所に感じた。いや、弟が明るい場所を好んでいたからだろう。スポーツが好きで、アウトドアもよく言っていたあの弟からは想像もできない暗い場所だったのだ。
(「……いや、暗いのは」)
 部屋の明りを嫌うように、弟が病室の隅に座り込んでいるからだろう。隔離病棟の一室、ぶつぶつと聞こえていた声が、たどり着いたこちらの気配に気がついてか止まった。
「やぁ、充。起きてたんだな。良かったよ、昨日は会えなかったからな。果物、持って来たんだ。お前の好きなやつだよ。先生の頼んでここでも食べれるように……」
「好きな食べ物なんて、意味はないんだよ」
 知らず口早になっていた兄に、隔離病棟の一室に閉じ込められた弟の声は低く響いた。聞いたこともないような低さに起こした事件を思い出す。
「充、何もそんな……」
「意味なんか、ないんだ。髪に良い食べ物だって、運動だって迫り来る事実を前には変わりようもない。高校の時から始めた育毛貯金だって最近流行りだって言葉だって何も意味もない。ただ、ただ寒くなるだけなんだよ。寒くて、寒くてそうして何もかもなくなっていくんだ……!」
「み、充。落ち着くんだ。何もかもなんてないだろ」
 髪の毛だってそんなに無いというわけでもなかった。薄毛が気になりだした頃、くらいだろうか。美容師という職業上気になりはするだろうとは思っていた。だがこれはおかしい。
「ほら、お前だって笑いながら高校の時育毛貯金だって……」
「育毛貯金、な。はは、笑ってたよな……兄さんも」
 ゆるり、と充が顔をあげる。爛々とした瞳の奥底がひどく、暗い。差し込んだ日差しにあの頃より確かに薄くなった頭が見える。
「充……」
「兄さん、覚えてるだろ。じいさんのことも、父さんのことも」
「……っ」
「なかっただろ。なかったよなぁ? どうなってたかも覚えてるだろう? 無くなるんだ。失われるんだ。全部、全部全部……俺の、俺の毛は!」
 一本残らず、と充の震える手が頭に触れ叫びがーー響いた。

●切実な問題なのです
「とある病魔の根絶の準備が整いました」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロスたちを見ると、小さく息を吸いーー口を開く。
「その名前は「ハゲロフォビア」です」
「……ん?」
「病院の医師やウィッチドクターの努力で「ハゲロフォビア」という病気を根絶する準備が整ったんです」
 首を傾げるケルベロスを、いやいや待った待ったというケルベロスをとりあえず今は置いてレイリは言った。
 準備が整ったんです、と。それはもう力強い雰囲気で。
「名前がちょっと不思議でも、首を傾げたくても既に患者が出ているのも事実なんです」
 端末を手に、レイリはこの病気の患者たちが今大病院に集められていること、病魔との戦闘準備が進められていることを告げた。
「皆様には、この中で特に強い「重病患者の病魔」を倒していただきたいのです」
 体毛がーー特に髪の毛が失われることへの恐怖を病的に煽り立てる病魔だという。
 取り憑かれた相手は、自分の抜け毛に恐怖を覚え、他人を刺し殺し血をその血を啜ればふさふさになるーーなどの猟奇的な妄想に取り憑かれてしまうのだという。
「そして、実行に移そうとしてしまいます。皆様にあっていただく方も、事件を起こしてしまった方です」
 相手は怪我をしたが、死んではいないという。
「なんと言いますか、知ってしまった以上はこのままにはできません」
 今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶され、もう、新たな患者が現れる事も無くなるという。勿論、敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまう。
「緊急性は欠くかもしれません。ですが、知ってしまった以上、何よりこの病気に苦しむ方を増やすわけにはいきません」
 どうか、討伐を。
「患者は美容師の男性です。今は休業中ですが、元々は温厚な方だそうです」
 今は隔離病棟の一室で、沈みこんでいる。
 陽の光を嫌うように、部屋の隅でぶつぶつと今までやってきた髪への対処法をつぶやいているらしい。
「敵病魔の攻撃能力は、炎を纏うビーム、強烈な光、軽快なステップによる回復があります」
 その動きは軽快で、動きは素早いのだという。
「また、この病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶことができるんです」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるのだという。
「どうか、話をしてみてくれませんか? 元々は温厚な方で、とても優しい人だったようなんです」
 家族も困惑して、見舞いに来ている兄は彼が人を傷つけたことが今だに信じられないのだという。
「個別耐性を得ることができれば「この病魔から受けるダメージが減少します」戦闘を有利に進める事が出来るでしょう」
 それになにより、きっと、とレイリは言った。
「話して、たくさん話して吐き出して……それでちょっとは何か変わるんじゃないかって」
 優しく話し相手になるだけでも、ハゲへの恐怖を和らげてくれるかもしれない。
 もしくはいっそ、大丈夫だという説得をするか。
「えっと、私はあまり詳しくないのですが……こう。例えば患者さんが知らないような良い運動法とか良い食べ物とか説得力のある知識で髪の毛を守る方法とかでも……!」
「守る」
「い、癒すとかでも」
「癒す……」
 返される言葉にぺしゃん、と耳を倒しつつ、その、よろしくお願いします。と告げたレイリはケルベロスたちを見た。
「やっぱり、はい。放っておくことはできないので」
 この病気で苦しんでいる人を助けてほしい。
 そう言って、レイリは顔をあげた。
「それでは、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
星森・天晴(ホロケウカムイ・e14292)
楝・累音(襲色目・e20990)
メレアグリス・フリチラリア(聖餐台上の瓔珞百合・e21212)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
ヒナギク・クープレット(退紅に立つ白・e25189)
エル・アルハ(戦う理由を模索中・e37531)

■リプレイ

●充の場合
 その薄暗い病室に、充はいた。部屋の隅にいる所為か、幾分か部屋が広く感じられる。ぶつぶつと何事か呟いていた彼が、いつもとは違う見舞客に、はと、顔をあげる。
「あんた、達は……」
「ケルベロスです」
 呪医であると斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)は告げ、小さく瞬いた充に病魔のことも続けて言った。
「これが、その病魔の所為……だと? は、けれどこれは事実じゃないか」
 そろり、震える手が己の頭へと向かいーー拳ひとつ握り、振り下ろされる。
「俺の、俺の毛は……ッ」
「きっと、辛いと思います」
 ガウン、とベッドを打った拳にエル・アルハ(戦う理由を模索中・e37531)は一度唇を引き結び、言った。
(「ハゲロフォビア……なんだか気の抜けるような名前だけど、油断は禁物。現に苦しんでいる人がいるなら、助けるのがケルベロスの使命だよね!」)
 エルが選んだのは、充の愚痴を聞くというものだった。辛いんだと、響いた声を、だからこそ少女は受け止める。
「君のようなふさふさの状態で……ッ」
 声を荒げる充に、そっとロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は膝をついて目をあわせた。怒りに、我を見失いかける充に彼は告げた。
「実は連れに散々むしられる髪が、そろそろ毛根までダメージを受けていそうで不安だ」
 ーーと。
「家系がどうだったかもわからないし、もしかしたら早々に「来る」のかもしれない」
「!」
 そこで充が初めて大きな反応を見せた。顔をあげた彼に、ロストークは頷いた。そんな二人の会話に、連れこと火属性の赤い東洋竜『プラーミァ』がロストークの肩でやや気まずげに目を逸らす。
「けれど、こればかりは運命と思って受け入れようかと」
「な……っ」
「そのときが来たら、「かっこいいはげ」を目指して潔く刈ってしまおうなんて」
 衝撃に目を見開く充に、前向きな視線を見せるようにロストークは言った。
「お、俺には……。だって、寒さも、暑さも……ッ分かってしまうんだ」
 だから、と落ちた声が低く響く。深く沈んで行きそうな充を前にヒナギク・クープレット(退紅に立つ白・e25189)は言い切った。
「そうやって悩んで怖がってるからどんどんダメになるんだろ。むしろその後の事を考えたほうが楽じゃね? 今日はどんな帽子使うかなーとか、ヴィッグ使って今日はどんな髪型にするかなーとか」
 臆することなく、ヒナギクは喋る。な、とビハインドのリュシオルに同意を求めながら、暗く落ちかけた男の思考を引き上げるように「てか」と明るい声を響かせた。
「動いてないのも悩みまくる原因だろ! 明るい所が好きならすみっこに居ないでとにかく身体動かせ!」
「また毛が失われるかもしれないだろ!」
「抜けた毛を気にしながらスポーツするのか? 毛の事ばっか考えながらアウトドア行くのか? 好きな事やりたい事を毛のせいでしっかりやれないとかカッコ悪ぃだろーが!」
「せい、だと? 違う、これは無くなったら……ッ」
 それで、と充の声が震えた。終わりなんだ、と。
「分かるんだよ。外に出れば余計に……」
 唸るような声をやがて耐えるように唇を引き結ぶ。そんな彼の心に寄り添うように、朝樹はそっと手を重ねた。
「全て吐き出してください」
「……」
「うん。ボクじゃあなたの気持ちを全部は分かってあげられない……だからせめて、好きなだけ辛い事を吐き出して?」
 エルもそっと視線を合わせて言った。
「大丈夫。ここだけの秘密にしておくから。思いっきりぶつけてきて!」
 胸を張って言うエルに、二度、三度と充は瞬く。薄く、震える唇がやがて「何故」と言葉を作った。

●それを運命だというのであれば
「……ん。……あまり、言葉が上手くないから伝えられるか不安だが……。美容師と聞いた」
「ーー」
 星森・天晴(ホロケウカムイ・e14292)の言葉に、充がひゅ、と息を飲む。
「人の髪を整え、美しくする職だ。誇り高い。……だから、お前の手なら、自分の髪もちゃんと守れるし綺麗に出来る。シャンプーの仕方一つで髪が変わることもあると聞いたことがある。器用なお前なら、きっと実行できるだろう」
「俺の、手……」
 充は己の手を見た。迷いか、葛藤か。そんな彼と実は天晴は同い歳であった。実年齢は告げまい。随分と若く見られる方だ。余計に充を刺激する必要も無い。
「ふむ、俺は未だ気にしたことは無かったが、何れ通る道……なのだろうかな」
 楝・累音(襲色目・e20990)はそう言って、充を見た。
「俺がアドバイスできそうなやれるだけのことは、恐らく全てやってきたのだろう?」
「……」
 ふと、逸らされた視線は何より雄弁だ。
 小さく目を細め、累音はなら、と口を開いた。恐ることはない、と。
「遺伝という宿命が待ち構えていたとしても、いつか一本も残らぬかどうかなど解らぬのだからもしその時が来たら……自分を受け入れてやるといい」
「受け、いれる……」
「「それ」も個性のうちとしてな」
 なぞるように落ちた充の言葉に、累音が頷けばそっと、「月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は口を開いた。
「大事にしてきたモノが失われていくのは……うん、怖いけれど。そうよ、未来に髪がどうなるかはまだ解らないのだから不安やストレスを感じると、やっぱり髪にも良くないと思うの……」
 だからほら、と宿利は充を見た。
「まず笑ってみて……騙されたと思って」
「わら、う……?」
「そう。笑顔は幸せを運ぶのよ」
 自分の頬を指でちょい、っと引っ張って宿利は笑顔を作った。ね、と笑う彼女を前に小さく充は息を飲む。笑顔、と呟く彼がそう、と自分の頬に触れた。
「幸せを、運ぶ、か」
 笑顔は、と充は言った。その口元がふ、と緩むのを宿利は見た。溢れるような息はため息ほど重くは無く、ほんの少し綻ぶような色を持つ。
(「髪、か……」)
 思わずちらり、と宿利は累音の髪を見た。
(「……男の子って、やっぱり皆気になってしまうものなのかしら?」)
「……ん、何故今俺を見たのか」
 ちらり、向けた視線に気がついたのか、宿、と累音が視線を返す。
「今のところ薄くなる予定はないぞ」
「うん」
 何となく、そう頷きだけ返せば宿、と呼ぶ声と共に幼馴染は眉を寄せる。
「聞いたよー、充くんって美容師さんなんだって? 格好良いねえ」
 充の横に座ってくっつくようにしてメレアグリス・フリチラリア(聖餐台上の瓔珞百合・e21212)は首を傾げてみせた。
「……やっぱ、おじいさんやお父さんの頭は格好悪いって思う?」
「あ……ッそれを」
「でもさ、そういうのが男らしいって好まれる国もあるんだぜ」
 どうして、と続く言葉をメレアグリスは指先で制する。腕を絡め、ふ、と笑みを浮かべて見せた。
「人から格好悪いって思われるのは気になるかもしれないけど、体を鍛えてみるとかすれば、逆に人よりも格好良くなれると思うなー」
「格好良く、なれる」
 それは、此処から先でまだ出来ることがあると告げる言葉でもあった。
「それに実を言うとあたしも男らしいの好きでさ!」
 嘘だと思うかい? とメレアグリスは身を寄せてふ、と笑った。確かめてみる? と。
「な、お、お嬢さん何を……ッ」
「おじいさんもお父さんも、誰かに好きになって貰えたから君が生まれたんだぜ?」
「ーーす、き」
 それはひとつの肯定でもあった。瞬いた充の目が落ち着いてくる。
「美容師なれば尚の事。地肌が目立たぬよう明るく染めたり、鬘で装いの変化を楽しんだり洒落た方法をご存知かと」
 その証拠にユニークな貯金をする発想力は見事。
 ふ、と笑って、朝樹は充の背に手を添えた。
「クリエイティブ且つメンテナンスの仕事にきっと新たな彩を添える力となります」
「それは……考えたことがなかったな」
 ふ、と息を吐く。落ちた声が、ふは、と笑うそれに変わった。まだどこか泣き笑うような声を零し、そうだったと充は言った。
「それだけで0になるんじゃ無いんだよな」
 は、と充は息を吐き顔をあげる。ケルベロス達に視線を合わせるようにして。
「ありがとう。少し、前向きなれそうだ。この……髪のことも」
 充が自分の髪に触れる。まだ、指先は震えたがーーひとつ息を吸った彼は小さな笑顔を見せた。
「俺なりのあり方を探してみるよ」
 だから宜しくお願いします、と充は告げた。

●ハゲロフォビア
「さぁ、病理を解く時間です」
 充の額に、朝樹が指先を当てた。とん、と触れたその瞬間キュイン、と高い音を響かせながら『それ』は姿を見せた。
「……」
 てるてる坊主にも似た外見のそれは、頭部に電球のようなものを持っていた。その姿に思わずヒナギクは言った。
「うん、気色悪ぃ!」
 病魔ハゲロフォビア。
 完全に顕現したそれに、サーヴァントたちが微妙な反応を示す。
「来る」
 白手袋をつけ、手に武器を落としたロストークの警戒が響く。ふわり、とプラーミァが翼を広げ炎を舞わす。その、時だった。
「ハゲフラッシュ!」
「喋ったー?」
 声と同時に、強烈な光が前衛を襲ったのだ。
 重なり響いた衝撃の声の中、宿利は踏鞴を踏む。一撃の重さに、というよりは響いた音だ。
「喋るの?」
「鳴き声の方かもな」
「かさね!?」
 冷静に第二案を上げて来る幼馴染に問い返すよりは今はーー敵を、倒すべきだ。息を吐き、一瞬で己を冷静にまで持っていった宿利が床を、蹴る。
「華よ、散るらん」
 高速の一刀。振り下ろす一撃は、果たして光る病魔には見えたのか。それは万物に存在する死の形、所謂急所を、高速で、かつ的確に切り捨てる剣撃。斬撃に、ハゲロフォビアがギィイ、と音を響かせ、傾いだ。
「成親」
 呼びかけに、ぴん、と耳を立てた成親のパイロキネシスが届く。震えるように小さく、揺れて見せた病魔の周りを薄紅の霧が覆った。
「!?」
「散り逝く極まで、惑い続けなさい」
 それは朝樹の紡ぎ上げた霞の檻。抗うように、病魔が光を帯び、ピン、と布を張った。
「予想より随分と動く、な」
 た、と軽い跳躍からロストークの蹴りが叩き込まれた。ガウン、と足に返る感触が重いのはいっそさすがと言うべきか。
「兎に角、ボイス入りだな……」
「うん、なんか、なんかだな」
 医療用電流を纏い、ナイフを構えたメレアグリスが息をつけば、キュイン、とまたハゲロフォビアが音を出す。移動音か、ゆら、と揺れーーぐん、と一気に動き出そうとする病魔に待て、と声がかかった。
「ペトリフィケイション」
 累音だ。
 古代語の詠唱と共に、放たれた光線が病魔を撃ち抜く。パキ、と衣の端が石化していくのを見ながらメレアグリスは雷の壁を展開する。
「いくよー」
 行き先は前衛。回復と共に加護を紡ぎあげる。先の一撃、受けた制約も振り払えばトン、と踏み込む体も軽くなる。
「……では、こちらは準備をしておこう」
 静かに告げた天晴がすい、と手をあげる。瞬間、大量の紙兵が戦場へと舞い降りた。行き先はーー中衛だ。加護を受け取り、すぅ、とエルは息を吸い、顔をあげる。
「みんなの苦しみを断つために、今は戦う。…ハゲロフォビア、覚悟っ!」
 言葉にしたのは、今この瞬間、自分が戦う理由を確かめるため。
 た、と短くエルは床を蹴った。間合いへと踏み込めば、病魔の視線がこちらを向く。だが、エルの刀の方がーー早い。
 刃は、病魔の内に沈んだ。ギン、と振り上げた先、毒が滲むのが見える。キュイン、と響いた音にエルはた、と後ろに飛ぶ。上に、来ている者に気がついていたからだ。
「とっとと消えろこのクソ病魔が!」
 ヒナギクだ。
 流星の煌めきと共に、叩き落とされた蹴りがガウン、と重く沈む。硬い感触がするのが不思議だとは今更はもう言うまい。と、と降りたヒナギクの後ろ、リュシオルの一撃が病魔を捉えれば揺れていた白の衣がピン、と張ったままになる。警戒はするだろう。だがこちらも倒すだけ、だ。

●明日に向けて
 剣戟を重ね、戦場は加速する。炎と光、そして鳴き声なのか音なのか不思議なボイスと一緒に。個別耐性を得られたのだろう。病魔からの攻撃は軽減されーー体は随分と軽い。と床を蹴り、病魔の放つ光線を飛び越えて、ケルベロス達は一撃を叩き込む。
 攻撃は、届いている。
 強いて言えば、病魔のボイスと回復のタップダンスも、ケルベロスの精神に響いている気もしたけれども。
「ーープラーミァ」
 病魔のエンチャント解除を告げれば、プラーミァは翼を広げ、病魔へとタックルをした。タップダンスなのか、タップダンスしつつ鼻歌してるのかとかもう、突っ込んではいられない。一撃に、くらり、と敵は揺れる。その揺れの中、ロストークは行った。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 構えた槍斧に刻まれたルーンが今、解放される。踏み込んだ間合い、揺れる白を引き裂くように一撃をーー叩き込んだ。
 キィイインン、と高い音が戦場に響いた。
 息すら凍る冷気に、氷塵が鳴る。既に石化を受けていた病魔の体を氷が這う。
「受けてもらいますよ?」
 告げる宿利の視線が病魔を捉えた瞬間ーー爆発が起きた。ガウン、と一撃。それが攻撃だと知った病魔が光を集める。ーーだが、痺れたかのように動きが一瞬、止まった。
「舞うは青き夢見鳥」
 それだけあれば、十分だ。
 青い炎の蝶が、戦場に舞っていた。累音の抜き払われた刀身よりいでた蝶が、病魔に触れればその心をーー奪う。
「ギ、キ……ッビ」
「させませんよ」
 ビームと、続く筈だったのか。落ちた音に、朝樹の声が返る。半透明の御技が、病魔を捉えていたのだ。
「回復を」
 これが最後になる。そう分かっているからこそ、天晴は告げた。制約を打ち払うように、そして力となるように半透明の御技を展開する。
「じゃ、攻撃だね」
 瓔珞百合の花芯から分泌された蜜を手指に絡めーー撃ち出した。
「ばーんッ♪」
 メレアグリスの放ったシャボン玉が病魔に触れーー弾ける。甘い百合の香りが一瞬にしてハゲロフォビアを包んだ。ぐらり、と病魔が揺れる。蜜に溺れるか。暴れるように身を揺すった病魔はーーだが迫る一撃に気が付けない。
「ボクの全力の一撃を、今ここに!」
 エルだ。
 それは、修行により身につけた我流の奥義。霊力を纏わせた刀を構え、獣化した脚で高く飛び上がる。追いかけるように上を見た病魔が距離を取ろうと動く。ーーだが。
「受け取り拒否は受け付けてねーからな!」
 それを制したのはヒナギクの弾丸。毒を込めたそれは、数撃ちゃ当たるの精神で撒き散らされーーだが同時にその分、逃さずに閉じ込める力と今はなる。
「……食らえぇぇぇぇぇっ!」
 刀が、落ちる。衝撃に、病魔の頭部が割れた。パリン、という音と共に光が溢れーーやがて病魔ハゲロフォビアは崩れ落ちた。
 斯くして病魔は去った。
 病室の窓が開く。ずっと閉められていたままだったものを、朝樹は開けた。室内に通る清々しい風が病魔の討伐をケルベロス達に知らせていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月28日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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