甘き死の笛

作者:深水つぐら

●甘き死
 紫煙が躍る。
 女の手から流れた紫の焔は、ぼう、と男の身を燃やしたのだ。息を飲む間に焦がされ崩れ落ちた四肢の上で、女は男の握っていた楽器を拾うと、愛おしげに撫で息を吐いた。
「あなたには才能がある。人間にしておくのは勿体ない程の……その音色は惜しい」
 つ、と人差し指で撫でるフルートは、陽の光を艶やかに照り返していた。その輝きを深淵に見紛う瞳の中に映した女――炎彩使いと呼ばれるシャイターンは穏やかに告げる。
「だから、これからはエインヘリアルとして……私たちの為に尽くしなさい」
 言の葉に、燃やし尽くされたはずの身が震えた。
 それは新たなデウスエクスの誕生であった。
 黒々と炭化したはずの男の体が、めりめりと音を立てて盛り上がると新たな肉を生んで膨れ上がったのだ。燃え尽きる前とは二回りも巨大化した男は、いつの間にか闇間から黒い鎧を身に纏うと眼前の女に傅いて礼の形を取った。
「いい子、この紫のカリムの為に働くのです」
 女――紫のカリムが差し出した楽器を手に取ると、エインヘリアルはひと振りして楽器を変形させる。それは自分の手にしっくりくるような大きさへ変わり、黒く歪に歪んでいた。
「行きなさい、人間の命を貪るのです」
 それがお前をより強い存在へと変える。
 甘き死を求める言葉は、新たなデウスエクスを静かに動かした。

●甘き死の笛
 炎は揺らめきながら躍るという。
 その様子が演舞に見えるのは思いもよらぬ方向へ散り爆ぜる事があるからだろうか。その鱗片を掴んだのは、ギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)の予知だ。
「一仕事を頼みたい。有力なシャイターンが起こす事件だ」
 言ったギュスターヴが告げたのは、昨今を不穏に彩る『炎彩使い』と呼ばれる者達――死者の泉の力を操り、その炎で男達を焼き尽くすという者である。
 その炎は新たなエインヘリアルを生むというのだ。
「君らが挑むのは件のシャイターンが生み出した新たなエインヘリアルの対応だ。……なお、残念だがこのエインヘリアルを救うには機会が遅すぎた」
 短い沈黙の後、ギュスターヴは改めて手帳を捲ると、エインヘリアルは誕生したばかりでグラビティ・チェインが枯渇した状態なのだと告げた。
 それ故に人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうとしている。
「時間は短い。急いで現場に向かい、暴れるエインヘリアルの撃破が今回の目的となる」
 それは戻る事のない命を狩るという事――彼は高慢故にシャイターンの堕落を受け入れたのだという。比類なき奏者としての音楽の才能を持ちながらも、それを理解できぬと度々周囲の人々をに危害を加えていたらしい。
 自分は優れた人間であり、故に導かれし勇者となった――エインヘリアルとなった事で、その危険な思想に拍車がかかり、人々を無慈悲に殺し、喰らおうとしているという。
「その舞台として選んだのは、ある野外音楽堂だ。公園の一角にある場所で襲撃の際はフルートのソロコンサートが開催される」
 被害を出さない為にコンサート自体を中止にしたいところだが、手配するには時間がない。また、中止は予知を覆す事になるので、コンサートが行われる事を前提に作戦を組むべきだろう。
「故に、君らの取る行動は二つになる」
 一つ目は事前にどんな対策を取るか。二つ目は被害を出さないための避難について。その他の気になる事はケルベロス達が自由に埋めていけばいいだろう。
 戦闘が始まれば観客やコンサートの出演者は自然に逃げるだろう。上手く誘導できれば被害は出ない筈だ。
「ただ、相手の攻撃方法が少々厄介でな。フルートの音による遠距離攻撃がある」
 他にも近くであれば複数に対する攻撃が行えるらしい。また、その音が響く位置から厄介な効果が通常の三倍ほど増えそうだ。
「敵は単体と言えど気を抜かかぬように。隙あらば穿て」
 それはギュスターヴの願う最大の配慮だ。手の届かぬ命であり、それを惜しみ嘆くからこそ穿てと頼む。本来ならばそう告げる事は卑怯であると知っているが――。
「堕落を救う事はできないが、墜ちる先へ餞を贈る事はできる」
 紫の焔が誘う狂乱を許す訳にはいかないから。
「君らは希望だ。救う為にその牙を」
 無力で卑怯とも思える予知の願いを許してほしい。
 故に、穿て。
 静かに手帳を閉じた黒龍は、その爪を少し表紙に立てた。


参加者
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
アッシュ・ホールデン(無音・e03495)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
アキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)

■リプレイ

●開幕
 音が渡ると火が爆ぜた。
 次いで、ちりと聞こえた囁きに人々の視線が天井へと向いた瞬間、スポットライトの支柱が砕けると重力に引かれて落ちていく。その様子に悲鳴が上がり眼下の演奏者は身を竦めた。
 当たる――そう思った時、影が差す。
「やらせませんよ」
 聞こえたのは少女の声だ。颯爽と駆け抜けた響きを残して、金糸の髪を流した少女――エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)の獣手が一気に落下物を打ち砕いた。
 後に残るのは煌びやかに踊る破片の名残――その歪な雨を潜り抜けて姿を現したのは、漆黒の星霊甲冑を纏う巨躯の男だった。それが昨今見聞きするデウスエクスなのだと人々は気が付くとその場で凍り付く。
 だが、その目には別の存在達も映っていた。人々を守る様に立ち塞がる数名の男女である。
「何者だ」
「そりゃこっちのセリフなんだけどさ……ケルベロス、だよ」
 告げたのは白髪の先を指で弄っていたローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)だ。肩に得物を背負ったままで歩き、足がすくんでいる演奏者の前までやってくると、庇う様に立ち止まった。
「何をどうやったらそうなるんだか。だがな、てめぇが望んで落ちたんなら、猟犬として狩るだけだ」
 その言葉にケルベロス達が動き出す。
「自分達が敵の攻撃を通さない、だから指示に従って!」
 そう声を上げたアキト・ミルヒシュトラーセ(星追い人・e16499)が人々に声を掛ければ、改めて悲鳴が上がった。再びざわめきを広げた現場は、ホールの反響も相まって実際の混乱よりも大きな声となっていく。
 そんな混乱を楽しそうに眺める襲撃者――エインヘリアルは、自身のフルートを振って笑った。
「ハハッ、邪魔立てするという事か。当然だな、私はデウスエクスに選ばれし勇者だ。やっかみを買うというものよ」
「その程度の力で勇者たぁ聞いて呆れるな。暴力に訴えた手段しか取れない時点であんたの腕は三流以下に過ぎねぇんだよ」
 言って得物を担いだアッシュ・ホールデン(無音・e03495)は、語気の強さとは裏腹に瞳に愁いを帯びている。その理由は至極単純なものである。
(「恨みたいなら恨めばいい、それくらいは受け止めてやるさ」)
 彼の者を救えぬという事実を知っているから。硬質な星霊甲冑が返す光を見て、改めてもう相手がデウスエクスとなっている事を受け入れる。もし、紫の焔に燃やされる前に出会っていたのならば――アッシュはその後悔を振り払う様に素早く得物を振った。
 間に合わなかったのは事実であり、故に責めは大人が負うもの。
 その瞳には人々を助ける仲間の姿が映っている。
 同じく仲間の背中を見送った四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は、己が手に惑う愛刀を撫でるとしゅらりと刀身を引き抜いた。そのぶれぬ姿勢のままひたりと視線を合わせられるが、エインヘリアルは鼻で笑った。
「この俺の音に、そんななまくら武器で勝てるとは笑止千万よ」
「アマチュア演奏家なんて掃いて捨てるほどいるというのに……よくまあそこまでの自信を持てるものだね……」
「……なんだと」
 千里の呆れた言葉に気色ばんだ声がする。怒りに歪んだその顔はもはや人間の淀む顔ではない。ローデッドは改めて唇を噛むとすぐに首を振った。
 踏み留まる気があるのならば情けの一つも掛けなくはないが、もう救い様が無いのなら尚更遠慮してやる必要もない。同じくその意思を抱いたエステルは決意を固める様に、かつこつと足音を響かせて舞台の上を進んでいく。
「数多の作家や画家……優れた才能を持ちながらも死後に評価された芸術家は数知れず」
 だが彼らと違うのは、かの存在が他者の命を脅かす者であるという事。けれども並びたいというのなら。
「お前もその一人になればいい。つまり……死ね!」
 吐いた気合は彼女の中に眠るデウスエクスへの憤怒からか。たとえ人間が前身であろうとデウスエクスになれば等しく憎悪の対象――けれども、その心が満たす憎しみが悲しいものである事を彼女はまだ知らない。
 音の調べが満ちるべき舞台に、軍靴の音が鳴り響く。
 ひゅるりとエインヘリアルが息を吸うと、その笛口に唇が触れた。

●希望
 声を掛ける相手はどの顔にも怯えの色が見えていた。
「落ち着いて避難して、大丈夫よ」
 何度も紡ぐ言葉に自信が無くなる事は無い。誰もが安全に避難できるように――そう心に決めたヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が、人々の誘導の最中に見つけたのはこのコンサートの演奏者だった。遠目から見ても怪我の無い事を確認すると、内心ほっと安堵しながらふら付く相手に手を差し伸べた。
 しっかりとした力で握り返された手は、血の通う暖かさを持っている。
 その温もりを守りたいというのに。
 閃く線と劈く音が辺りを狂わさんと踊っていく。
 織り成す戦の音にヒメは振り返ると、その中心に抗う巨躯に眉根を寄せた。黒く輝く相手の鎧の影に、この悲劇を生まんと踊った紫炎が見えた気がしたのだ。
(「エインヘリアルへの強制転化……本来ならこちらを防ぎたいけど」)
 それはまだ敵わぬ事。ならば今は眼前の対処に集中しなくてはならない。その思いに似た心地を持っていたのはアルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)だ。彼もまた、仲間と交戦するエインヘリアルを覗き見ると、僅かな胸の痛みに唇を噛んだ。
(「才能が有っても他者に還元できないのであれば、其れは勇者とは呼べないのでしょうね、形だけでも」)
 すでに人間として死に、デウスエクスとして生きている存在である。予知が覆らず、変わってしまった者はもう助ける事もできない。
 その事実を改めて理解すると、アルルカンは自身の胸に宿る希望を信じて声を上げた。
 音楽を楽しむ心を持つ人達に、これ以上の被害を増やさぬよう努める――それがケルベロスが今できる事。
「皆さんこっちです」
 再びよく通る声で呼び掛けると、係員らと共に観客へ避難指示を出していく。その反対側では同じ様に人々を避難させている霧島・絶奈(暗き獣・e04612)の姿があった。
「さあ、こちらへ。迅速に避難を願います」
 出入口を指し示し、混乱しない様に声を掛けていたところで、ふとひとりの少女の姿が見えた。どうやら母親が別の姉弟を抱えている為に早く動けないらしく、まごまごと覚束ない足取りだったのだ。
 その様に一度瞬きをした絶奈だったが、すぐに足が動いていた。気が付いた時には差し出した手へ、少女の幼くやわらかな手が掴まり、ひょいと背負っていたのである。
 そうして親子を避難させると、絶奈は少女を下ろしてその姿を整えた。
「ここまでくれば大丈夫です、もう自分で歩けますね!」
「うん、ありがとう。おねえちゃんまけないでね!」
 臆することなく答えた少女は、母親と一緒に礼をすると弾む様に出入り口へと掛けていく。その後ろ姿を見送った所で、野外ホールの客席を回ったアルルカンが合流した。
「こちらは完了です、そちらは?」
「ああ、こちらもまもなく……」
 完了だ。
 そう答えを返そうと赤い瞳が瞬きをした、その時だった。
「危ない!」
 一矢と飛んだヒメの声がアルルカンの背中を押す。
 瞬間、過ぎ去ったのは灰色の影――派手な音を立てて客席に沈んだのは抑え役を担当していたアッシュだった。

●一手
 狭間で見えた黒髪に見覚えがないとは言い難い。
 それが気のせいでないと思うのは、何度も見た司獅子の姿だと気が付いたからだ。
 ざまあないな、と笑う相棒の姿が見える――。
「……ハッ……ぬかせや……」
 呟いた男が金の目を開くと、そこに映るのは燃える様な戦意だった。その意志を讃える様に降り落ちた癒しの力は、アキトの施したものだ。
「無事かい?」
「ああ……すまねえ。おっさん不甲斐ないな」
 傍らで膝を付いて覗き込むアキトに、アッシュは自嘲を吐いて口元の血糊を拭いた。そのままゆらりと立ち上がった顔はまだ負けていないという気に満ちている。だからこそ、ヒメは己が二振りの緋碧石に触れると謳った。
「大丈夫よ、その痛みは繕える――」
 その手から放たれた翠風は、清かに色めきながらアッシュの身を渡った。その満ち足りはさざめく水の快の如く、一切の穢れを払っていく。
 一身に癒しを受けた男が眼前へと意識を向けた時、狂曲に踊っていたのはローデッドだった。
 左目に熾火と覚える焔を赤々と焦がし、手にした灰より熾る天の火をエインヘリアルの肩へ突き立てる。
「そんなにグラビティが欲しいならくれてやる、テメェには毒かもしれねェがな!」
 衝撃は深く、深く。
 空気を震わす一撃に追い撃ちをかけたのは、背後で燃えた紅蓮の炎だ。その繰り手であるエステルはDance 4 Battleの名を持つ如意棒の一閃を叩き付ける。
 左右からバラバラに来た衝撃。その痛みに耐えかねてエインヘリアルの口が歪んだ。
「雑魚がぁああ」
「選民思想を拗らせると大抵不幸な結末を迎えますね」
 絶奈の言葉に乗せたのは棘だ。己が手に纏うブラックスライムは『親愛なる者の欠片』――その口が捕食する形へと変われば、相手の身が逃げられる筈も無く、無慈悲に腹へと食い付く。そうして溢れた鮮血にエインヘリアルが更なる悲鳴を上げた。
 その様があまりに無様で。
「無粋な男は嫌われますよ」
 言って前に出たアルルカンは、その手に幾何の刃を生んだ。
「形なき声だけが、其の花を露に濡らす」
 其は姿のなき歌声に合わせて舞う無音の剣舞。朝靄の白を経た陽の光が散るが如く、花弁の幻想を生むとエインヘリアルへと殺到した。雨や霰と降る刃を追う様に、千里はさっと間合いを詰めると電光石火の蹴りを見舞いその体勢を崩していく。
 その隙をと思った瞬間、エインヘリアルの口元にフルートが当てられているのが見えた。
 途端、響き渡るのは狂った音であった。
 飲み込む様に広がり転がり、前を守る者すべてを巻き込んで音が弾けていく。刃と変わり狂う音から顔を守ったアッシュは、一瞬だけ付いた頬の傷に小さく笑う。
 やられっぱなしでいる訳にはいかない。
「……それじゃあ、反撃しますかね」
 独り言ちた男の喉にくっきりと浮かび上がった喉仏が、楽しそうに笑いを飲み込むのが見えた。

●閉幕
 立ち止まるのは残念に思うから、その音は本来ならば美しいままであってほしかった。
 響き渡る音が彼女の体を傷つけていく。その現実を残念だと心の中で嘆くと、アキトは叶えられない願いを思案する。
 眼前で響き渡る狂音は、他社を傷つける為に生まれたものだった。それを喜々として紡ぐのはかつてこの星に住まう人であり、元に戻せるならどんなに良いかと願ってしまう。
 けれども、覆せぬ事もある。
「……行きます」
 噛み締める様に言葉を告げた。
 彼女が今出来る事は前を守る者達が倒れない様にと戦線を支える事だけ――その指先が誘う癒しの雨はケルベロス達へと降り注ぎ、各々の傷口を消していく。その恩恵を背負い、自身の得物をエインヘリアルへ突き立てたアッシュは高らかに叫んだ。
「そら出番だ!」
「行きますよ」
 応えたのは絶奈の声である。暗き獣が解き放ったケルベロスチェインは、素早く相手の身を捕縛すると一気に締め上げていく。そんな状態にアルルカンの刃が相手の傷を広げる幻影を見せれば、苦し紛れにフルートを咥えるのが見えた。
 しかし、それを見たローデッドはその行為が愚かだと首を振る。
 なぜならば。
「いくら腕があろうと奏者の性根がそんなじゃ、耳障りな音にしかなるまいよ」
 告げた言葉が鍵の様に、ローデッドの周囲へ薄氷に似た色彩が生まれた。それはいつか、否、誰もが、否、誰かが見た浄土楽々向かえ場の岸――魅せた世界に燃え盛るのだ、その一撃は。
 エインヘリアルの目に色が渡り怯えと変わった瞬間、その拳が振るわれる。どんっと響いた地響きの後でヒメの手が千里へと伸びると、保護の力を託したドローンが彼女の身を強化する。
 そうして千里の足が大地を蹴った。
「死出の旅路の選別に……手向けの花を贈ろうか……―――じゃあ、さよなら……」
 それは多弁の花の如く。一筋に多彩な色香を見せた刀身は、エインヘリアルの身に花を刻んだ。
 それが血花とならばこそ。
 腹に咲いた花も見ずにエインヘリアルの身が片膝を付くと、倒れ切れずに灰と消えていく。あとに残ったのは色の鈍った銀の歪なフルートのみ。その輝きを見たケルベロス達は終わったのだと息を吐いた。
 誰もが安堵し、そして周囲の荒れた様を修復しようと動き始める中で、エステルだけはある一点を眺めていた。彼女の視線が向かうのは先ほど落ちた楽器である。持ち主のいない楽器は歪に曲がり、人が扱える様子ではなかった。
 それでも、『羨ましい』と思う。
 音楽の才能故にデウスエクスへと落ちた――その事実はエステルにとって羨望であったのだ。
「……私にはきっとケルベロスとしての才能なんかない」
 零した言葉はこれまでの自分の姿を否が応にも思い出させていく。デウスエクスに対する憎悪と拒絶で無理に自分を焚きつけて、毎日稽古して、それでなんとかこなしているだけ。
 ――私にもみんなのように戦う才能が欲しい。
 そう願う事は本当に正しいのだろうか。否、そんな事を願い、ねだる自分はいったい何者なのだろう。
 願う心を胸に秘め、エステルはもう一度楽器を眺める。その歪さを、その異様さを、刻む様に見つめて――それはアキトも同じ事だった。しかし、その脳裏に浮かぶのは紫炎を纏うシャイターンの姿だ。
(「このエインヘリアルを誘ったシャイターンは、これからも同じようなエインヘリアルを増やすつもりなのだろうか」)
 彼女達の真の目的――それがわからない以上はひとつひとつを潰していくしかない。
 やがて見つめていた楽器がほろりと崩れ始めると、アキトは再び周囲の修復へ戻っていく。
 ふと、後ろを振り向けば、千里がぼうっとした顔のままで空を見ているのが見えた。
 見ればそこには真昼の月がぽっかりと浮かんでいる。
「逃れられない死の運命……ね……いつかの私のような……」
 零した言葉は誰にも聞こえなかった。ただ、彼女の胸中にある問い。
 それはこの空が、いつか見た空に似ていたからかもしれない。
 覆されたものを背負って生きるのは、どうして。
 そう思った時、大事を知らぬ遠い喧騒が酷く耳障りに思えた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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