クレヨンと夕焼け

作者:青雨緑茶

「もうすぐ、あの子の三回忌になるのね……」
 夕暮れ時。橙色の西日が射し込むとある民家で、趣味の絵画に絵筆を執る女性が、ぽつりと寂しそうに呟いた。
 夫婦揃って絵が好きで。幼い一人息子も影響を受けてか、よくクレヨンを握っては、色々な絵を描いていた。
 彼女の傍には、額に入れたクレヨン画が飾られている。
 生前、息子が描いてくれた絵。『ぼくのママ』と題された、にこにこ笑顔の自分の絵。
 あの子を亡くしてから、こんな風に笑った事があっただろうか。
 彼女は、そっと額を撫でる。息子の形見の中でも、取り分け一番大切で、ずっと部屋に飾っているそれが――突然、額ごと破られた。
 そのまま、ビリビリに、粉々に、修復も不可能なほど破壊される掛け替えのない絵。
 彼女の顔が驚きに固まる。目の前で起きた事が信じられないというように、幾許か時が止まってから、その表情は悲痛なものへ。
 そして次には、怒りに歪む。
「あなた達……何をしたか、分かってるの。あの子は、もう、」
 涙も枯れた悲しみに見舞われ、激しい憤りをぶつける彼女。その心臓を、2人の魔女が手に持つ鍵で同時に一突き。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテがそう嘲笑うと、意識を失って倒れた彼女の傍らに、ずるり、と2体のドリームイーターが現れる。
 1体は、破壊された絵からそのまま抜け出して立体化したかのような、エプロン姿の女性のクレヨン画。どことなく、倒れた彼女の面影がある。
 そしてもう1体は、それを描いた画材のイメージから生まれたであろう、クレヨン。
 2体のドリームイーターが窓を割って飛び出していくのを見送り、2人の魔女は、満足そうに姿を消した。


「幼くして亡くなった子供の形見を壊すなんて……そんなの、許せねっす!」
 コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は、事件の概要を聞いて憤りを隠せなかった。
「同感っす。この魔女達はいつもこんな事ばかりするってのが、余計に酷いっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)も大いに同意して、更に詳しい説明をする。
 怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテ。パッチワークの魔女である彼女達は、とても大切な物を持つ一般人を襲い、その大切な物を破壊し、それによって生じた『怒り』と『悲しみ』の心を奪って、ドリームイーターを生み出すようだ。
 生み出されたドリームイーターは、2体連携して行動し、周囲の人間を襲ってグラビティ・チェインを得ようとする。
「悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解できなければ、『怒り』でもって殺害するってやり方らしいっす。
 ただし喋るっていっても壊れたスピーカーみたいに悲しみや怒りを語るだけなんで、会話は成立しないっす。あくまでもそういう鳴き声と捉えていいと思うっす。
 2体のドリームイーターが周囲の人間を襲って被害を出す前に撃破して欲しいっす、こいつらを倒す事ができれば、被害者女性も目を覚ますはずっすよ!」
 続けて、ダンテは資料を配る。
「敵のドリームイーターは通称『怒りのママ』と『悲しみのクレヨン』。2体のみで、配下などは存在しないっす。
 見た目はクレヨンで描かれた約2メートルのお母さんの絵と、1メートルくらいのでかいクレヨンっす」
「母さんのために描いた絵と画材をそのままドリームイーターの姿にしたって事っすか? どこまで悪趣味なんすか……それで、現場はどんな感じで?」
 眉を顰めるコンスタンツァに、ダンテが答える。
「2体は飛び出してきた民家からほど近い児童公園に移動するっす。そのまま子供を餌食にしようって魂胆みたいっすね。避難勧告はしっかり出してあるんで、ケルベロスの皆さんは安心してそこで待ち構えて、戦闘に専念して欲しいっす」
 で、攻撃方法は。と資料を捲るダンテ。
「えーと、まず『怒りのママ』はクラッシャー。
 ガミガミ叱る声を具現化してその塊をシュートしてきたり、強い力で抱擁して抱き潰してきたり、子供が好きそうな料理のクレヨン画を具現化して自分達で摂取して回復したりするっす。
 次に『悲しみのクレヨン』はスナイパー。
 色々なクレヨン画を空中に描いて、それで攻撃してくるっす。青い飛行機はホーミング、緑の恐竜が炎を吐いて、赤い消防車に癒しの水を放水させて自分達の回復。
 聞いての通り『怒りのママ』が前衛、『悲しみのクレヨン』が後衛で、連携して戦うんで、注意が必要っす」
 一通りの説明をして、ダンテは拳を握ってコンスタンツァ達ケルベロスを激励する。
「息子の形見なんて大切な物を目の前で破壊されたら、悲しんで、怒って当然っす。その怒りと悲しみから生み出されたドリームイーター、なんとか皆さんの手で討伐して欲しいっす!」
 コンスタンツァは大きく首を縦に振って、気合いを入れて拳を握る。
「モチロンっす! そんな大事な思い出を踏みにじる奴ら、アタシ達がバシーンッと退治してやるっすよ!」


参加者
エピ・バラード(安全第一・e01793)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
古牧・玉穂(残雪・e19990)
イグノート・ニーロ(チベスナさん・e21366)
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)
堂道・花火(光彩陸離・e40184)

■リプレイ


「子供の形見の絵を破くなんて酷いっす、もー怒ったっすよ! ママンのためにもドリームイーターぶっ潰すっす!」
 夕暮れの児童公園。避難勧告発令による静寂の中、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)は憤る。愛用のリボルバー銃を握る手にも力が籠もる。
「やっちゃいけないこと、ありますよね。レピちゃんも怒ってますよ!」
 レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)も意を同じくしていた。普段のキャラ付けを後回しにするほど真剣に。
 彼女達だけでなく、皆、今回の事件には許しがたい思いを抱いている。
「……大人のオトコはクールでなきゃいけないが、怒るべき時に怒れない大人になるのは真っ平ゴメンだ」
 天津・総一郎(クリップラー・e03243)はスマホを構え、敵が現れるのを待つ。その姿が母親のために描いた絵そのままだというなら、撮影しておけば後で役に立つかもしれないと考えて。
 ――彼のシャッター音は、ほどなくして響いた。クレヨンとクレヨン画、2体の夢喰いが公園に現れたのだ。
「アノ子ノ絵……大切ナ絵……」
 一方的に『悲しみ』を語る夢喰い。人数差を活かし、番犬達は敵を包囲する。
 古牧・玉穂(残雪・e19990)は、幼子の形見を壊したばかりか更に子供を狙いにやって来たなどという敵に油断なく対峙して、告げる。
「ごきげんよう、残念ですがただの画材に戻っていただきます」
 スカートの端をちょいと上げて、ご挨拶。語る『悲しみ』を受け入れないその姿に、2体の夢喰いは場の一同を殺害対象と見なし、金切声じみた雄叫びを上げる。
 逃走する心配は無用。翳りを濃くする赤い夕陽が包む中、交戦は開始された。


「……なかなか、魔女達も非情な事を致しますな」
 イグノート・ニーロ(チベスナさん・e21366)は、バスターライフルから魔法光線を発射して『悲しみのクレヨン』を牽制する。
 紳士的で穏やかな性質である彼であっても、今回ばかりは静かに怒りが込み上げていた。
「かけがえのない大切なものだったはずです。絶対、絶対許せませんっ!」
 エピ・バラード(安全第一・e01793)も真っ直ぐに感情をぶつける。全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出し、前衛にメタリックバーストをかけて感覚を鋭くさせる。
「悼む心を託していた縁だったんでしょう。罪には相応の罰を、ね。……さてせんせい、行きますよ」
 レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)は駆けて肉迫し、炎を纏った激しい蹴りを『クレヨン』に浴びせる。イグノートと同じく抑えに回る役として彼は動き、ウイングキャットのせんせいには清浄の翼で仲間のサポートを頼んである。
「サア、コッチヘ、イラッシャイッ!」
 『怒りのママ』が腕を広げ、前衛の一人を捕まえた。
 笑顔のクレヨン画の抱擁は恐らく、絵に籠められた母親の慈しみから生じたイメージ。だが今はそれはただ、愛も情もない怒り任せの抱き潰しだ。
 『クレヨン』は空中に赤い消防車を描き出し、『ママ』のヒール力を増大させる。連携しての敵の行動は、やはり厄介なもの。
 堂道・花火(光彩陸離・e40184)は、牽制の二人以外は『ママ』から先に集中撃破するという作戦通りに運ぶべく、流星の煌めき宿す飛び蹴りを炸裂させる。
「絶対止めないといけないッスね! お母さんのためにも頑張るッス!」
 夕暮れの公園という情景に感じていた郷愁も、戦いが始まってからは強い正義感からくる熱い気合いに変わっていた。


「そんなに怒りが欲しいならたらふく食わせてやる……俺の怒りをな!」
 【 光輪 】(コウリン)。総一郎はグラビティ・チェインを凝縮させて生成した光の輪を分裂させ、小光輪を味方の盾とする。二度目の重ね掛けで、クラッシャー二人を中心に前衛の守りを確固たるものにする。
「どんな天才画家の絵画も我が子の絵に敵うものではありますまい。もはや帰って来ないものであれば、尚更で御座います」
 イグノートも炎纏うグラインドファイアの蹴りを『クレヨン』に見舞い、ジャマーとして敵を逆巻く炎に包み込む。ここへもし『ママ』からのキュアが入っても、むしろ手番を消費させられる事となり好都合と計算して。
「『皆様の力になりますっ!』 レピ様、思いっきりやっちゃってください!」
「キュッキュリーン★ ナイスですエピセンパイ、レピちゃん達が成敗しちゃいます!」
 エピは背に広げた機械の羽根から黄金に輝く閃光を放ち、仲間の傷を癒すと同時に強化する。黄金鳥は眠らない(ゴールデンブレイズ)、良きライバル兼後輩のレピーダは阿吽の呼吸でそれを受けて、破壊力を増した簒奪者の鎌に虚の力を纏って『ママ』を激しく斬りつける。
「モウ戻ッテコナイ…ナノニ、壊サレタ…」
 嘆く声を垂れ流す『クレヨン』が描いた青い飛行機が唸りを上げて飛んでくる。
 『ママ』はクレヨン画のハンバーグらしき料理を具現化し、『クレヨン』へ与える。狙い通り、炎をキュアしようとする行動だ。
「くっ! 死んだ子だってこんな事のために絵を描いたんじゃねっす!! 大好きなママンに喜んでもらいたくて絵を描いたんすよ!」
 コンスタンツァは仲間を庇って飛行機をまともに喰らい、立て直して返す動作で精神を集中し『ママ』を睨みつけ、積極的にサイコフォースで爆破して破壊力を鈍らせる。
「尚更許せないッス! これでも喰らえッスよ!」
 目の前の夢喰い、ひいてはそれを生み出した魔女への怒りは並々ならない。その思いを籠めて、花火はパイルバンカーの杭に凍気を纏わせ、『ママ』へ突き刺す。
「――これ以上の狼藉は許しません」
 玉穂は散歩でもするかのようにゆったりと、悠々と戦場を闊歩する。
 だがその動きには一切の隙がない。月のような緩やかな弧を描く斬撃で、『ママ』の機動を奪うよう的確に斬り裂く。
(「――、クレヨン画のママ、ですか」)
 何とも攻撃しがたい敵の姿に、レテは複雑そうに顔を顰める。怒り悲しみから生み出されたこの姿は、母親がその絵をよほど大事にしていたという事の表れ。
「『歓喜せよ。甘露をその手に捕ったのならば』」
 ばらの月曜日(ローゼン・モンターク)。祝詞を奏上するその音で祝福し鼓舞する業を操り、彼は被弾したコンスタンツァの傷を癒す。
「ママ、怒ッテルノヨッ!」
 『ママ』の怒声が形となり、礫となって花火を襲う。
 『クレヨン』は再び消防車を描き、放水で『ママ』の崩れた形を修復する。
「ぐっ、この程度効かないッスね! ――『地獄の炎は、力任せに燃やすだけが取り柄じゃない!火力全開、手加減なしッス!』」
 防具の軽減によって深手は避け、花火は両腕の地獄の炎を一時的に強化して『ママ』に立ち向かう。気炎万丈・旋風斬(キエンバンジョウ・センプウザン)、炎を纏った旋風の形にして思いっきり斬りつけた。
「ママの叱責は愛情があればこそ尊い。貴方のソレはただの騒音ですな」
 『クレヨン』の抑えを担いながらもイグノートは、『ママ』に積み重なる仲間の攻撃を冷静に観察していた。
 そろそろ倒されるのも近いか。そう考慮し、『クレヨン』への牽制を炎からフロストレーザーの氷に切り替える。クラッシャーとしての攻撃力が危ぶまれる『ママ』を先に討ち、皆の攻撃が『クレヨン』へ集中するようになったら、効率よく撃破速度を上げるためだ。
「にしても……何か他人の思い出をブン殴ってるようで……気にいらねぇぜ、畜生!」
 総一郎はその憤りを渾身の力に代え、螺旋を籠めた拳を『ママ』に叩きつける。
 苦虫を噛み潰した顔をして、吼えずにはいられなかった。本当に殴りつけたいのは、この絵ではなく、こんな悪趣味なドリームイーターを生み出した魔女なのだから。
「あるべきところに帰りましょう……秘剣・霙切(ヒケン・ミゾレギリ)」
 玉穂はニコリと微笑み、愛刀・無味無来を構える。彼女の技は笑顔こそが切れ味の秘訣――みぞれを雨と雪に分ける程の凄まじい斬撃で『怒りのママ』を斬り伏せ、塵へと還した。
「悲シイ……アア、辛イ……」
 残るは『クレヨン』のみ。すすり泣くような陰鬱さで無為に繰り返し語るそれは、またしても青い飛行機を描いて突撃させる。
 レテは前へ出てそのホーミングを引きつけ、ギリギリで避けてかわす。
「生前のお子さんが好んで描いてたものでしょうかね……可愛らしい分、虚しさが募るな」
 悼んで、戦場にばら撒いたエスケープマインを起爆させる。単体の敵には足止め付与まではいかなかったが、次の一手を見切られないように翻弄する。
「総攻撃っすよ! あのクレヨンへし折るっす!」
 守りを固めて各個撃破、ケルベロスの作戦は想定通り上手く機能していた。コンスタンツァは仲間に声をかけ、公園の遊具を狙って射撃し、跳ね返った弾丸で敵の死角を貫く。
「了解です! 笑顔を振りまき、守るのがレピちゃんの役目ですから!」
 レピーダは光の翼の輝きを武器へと集め、極大の光刃を形成する。閃光にして刃たる者(カサドボルグ)、刃へと変えた光を痛烈に叩きつける。
「チャンネル、気をつけてくださいね!」
 テレビウムのチャンネルはクールに背中で語り、凶器攻撃で『クレヨン』を殴打。
 攻撃に専念させている寡黙で頼れる彼に声を投げたエピは、メタリックバーストでダメージ量の多い前衛のケアをしながら更に命中精度を上げる。
 敵に後はない。この怒りと悲しみの戦いが果たされる時は、近い。


 『クレヨン』に描き出された緑色の恐竜が、番犬を焼き尽くそうと炎を吐く。
「させねぇよ!」
 総一郎がそれを庇い、味方への延焼を防ぐ。
「燃えるのはそっちの方ッス!」
 花火がグラインドファイアを蹴り込む。既に付与されている炎が更に増す。
「つくづく不思議な現象ですね、空中に絵が浮くとは。――『何、わらべ歌の様なものですよ。』」
 見た目はラクガキでも、威力は児戯とはいかないクレヨン画の攻撃。イグノートは改めて眺めて零し、呱々の孤(ココノコ)を唱える。早口言葉のような詠唱が敵の動きを鈍らせる。
「アイドルとして、ケルベロスとして!  討たせていただきます!」
 レピーダがスターゲイザーの代わりに持参していた電光石火の旋刃脚を放つ。足止めとはいかなかったが、パラライズが重なる。
「火消しは任せてくださいっ! 皆様、後少しですっ!」
 敵の炎に巻かれた総一郎をジョブレスオーラで包み、手厚く消火するエピ。
「無粋極まりない事だ。怒りも悲しみも尤もですが……それでもそれらは、誰かを傷つけてしまいますから」
 ひたりと囁くように呟き、レテも炎纏う蹴りを見舞って敵を焦がす。
 『クレヨン』は番犬達の総攻撃でこれでもかと炎を与えられ、氷など他の悪い効果にも苦しめられ、金切声を上げる。
「あなたなどに渡すグラビティ・チェインはありません、成敗しますっ」
 玉穂の絶空斬が敵の傷跡を正確に斬り広げ、その効果が一気に増大する。
 そこへ、コンスタンツァがリボルバー銃を構え――。
「『ゴー・トゥー・ヘヴン!』――これで、終わりっす!」
 テキサス・トルネード。荒れ狂う巨大な竜巻を引き起こす弾丸が放たれ、夕陽よりも赤い炎ごと『クレヨン』を巻き込み、大きく吹き飛ばす。
 見上げれば、胸を締め付けるような夕焼け空。『悲しみのクレヨン』はその空に砕け、散り散りに消えた。


 一同は被害者女性の家に向かった。意識を取り戻した彼女を介抱し、レピーダが説明する。
 生み出されたドリームイーターを倒した事。破壊された形見の絵をヒールする事も出来るが、完全に元通りにはならず、幻想が混じる可能性がある事。
 その上で自分達は、彼女の望み通りにしたい、と。
 女性は、すぐには答えられないようだった。言葉にできない思いに躊躇う様子に急かす事はせず、番犬達はあくまでもその気持ちを尊重する。
「宝物、守ってあげられなくてごめんなさい」
「ご母堂のご心痛はいかほどか。このチベスナが言える事は、魔女を追う事をお約束する事のみ」
 エピが頭を下げ、イグノートが静かに誓いを口にする。
 ドリームイーターの出現後でなければ動けない事件。それゆえこんな風に守りきれないものがある事が、ケルベロスたる一同には何より歯痒い。
「……子どもの話、聞かせてくださいっす。哀しみも怒りも……吐きだしたらちょっとはラクになるっすよ」
 コンスタンツァが親身になって傍につく。
 脳裏には家出して以来連絡を取っていないアメリカの実家の母親の顔が浮かぶ。もし自分の母親が同じ目にあったらと考えると、ただただ、遣る瀬無い思いに駆られた。
 女性はぽつりぽつりと口を開く。生前、息子が描いていた好きな物の絵。飛行機、恐竜、消防車。大好物だったハンバーグ。
 言葉に出すにつれ、彼女の瞳が潤む。とうに枯れたはずだった涙が溢れる。
 一頻りの後、やがて落ち着いた女性はケルベロス達に、「お願いします」と頼んだ。
 息子の絵が悲劇を起こさないように止めてくれた。この絵が怪物となって犠牲者を出していたら、自分も、夫も、大切な思い出を大切に思い続ける事すら辛くなっていた。
 だから、思い出を守り、思い遣ってくれたその優しさを忘れたくないと。
 一同は頷く。少しでも元の絵の面影がある形に修復出来るようにと総一郎が予め撮影しておいた全身像を見せ、レテがばらの月曜日(ローゼン・モンターク)を施す。
 幻想の入り混じった形で復元された絵は元通りそのままとはならなかったが、辛うじてイメージは留めているようだった。女性はその絵を大事そうに胸に抱える。
「軽々しく私にママさんの悲しみがわかるとは申しませんが、その悲しみは確実にあなただけのものです」
 玉穂はケルベロスカードを差し出す。怒りと悲しみの魔女、早くこんな事がなくなると良いのにと願いながら。
「ともかくお母さんが目を覚ましてくれて安心したッス! お母さんが無事でいてくれることが、この子にとって一番嬉しいと思うッス!」
 花火が励ます。皆、またいつか彼女が似顔絵のお母さんのように笑って欲しいと、息子が大好きだった笑顔のお母さんに戻って欲しいと願っていた。
 総一郎は思う。何かを失わずにいられたらどれだけいいだろう?
 でも、それは無理な話だ。
(「だからこそ、自分が守れる範囲にある物は出来る限り守りたい」)
 それもケルベロスの『役目』だろうから。彼は改めてその意志を固める。
 陽はいつしか完全に暮れ、夜になっていた。けれど彼らケルベロスの胸に灯るそれぞれの想いは、決して闇に飲まれ消える事はない。

作者:青雨緑茶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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