「――だから我は言ってやったのだ。『サンタさんなどいない』とな!」
とある神社の境内。羽毛の生えた異形の姿のビルシャナが翼を広げ、実に大人げない、夢のない一言を説く。
ビルシャナの前では、集められた子供達が説法を聞いている。皆一様に大人しく耳を傾け……いや、あからさまに活気がない。目が死んでいる。
「妖精さんも、ピーターパンも、小人の靴屋さんも、王子様のキスで目を覚ますお姫様も、魔王を倒す伝説の勇者も、特撮番組のヒーローも! ある日突然空から降ってきて勝手にボクの事を好きになる美少女も! なーんにもいないのだ! もしいたとしたら大体デウスエクスか何かだ!」
ビルシャナは嘴に泡を飛ばして主張する。最後のは何か違うような気もするが、要はどれもこれも現実離れした夢想だと言いたいのだろう。
「どうだ。我はこれほどまでに現実的だろう」
見回すビルシャナに、子供達は頷く。
「そうだそうだー」
「現実を見るぞー」
「おー」
やはり覇気はない。露骨に棒読みで、力なく拳を上げ、唯々諾々と従ってる。
ビルシャナは満足そうに、高らかに謳う。
「それで良い! これこそ善行、これこそ子供達に真に必要な教育! 子供は現実的に勉強し! 現実的に進学し! 現実的にしっかり大学まで出て現実的に就職し! 夢にうつつなど抜かさずに、現実的な素晴らしい大人になる道こそ幸福なのだ! その子供の目を曇らせ現実から逃避させるファンタジーなどという害悪は、人生に一切不要なのである!」
このままでは子供達はすっかり夢を失い、面白くも楽しくもない灰色の青春を歩み、夢のない大人になってまた夢のない次世代を育ててしまう事となる。というか、もう既に目がヤバい。早急に救出するべきだろう。
●
「サンタさんっていうと、去年戦ったゴッドサンタなんかを思い出しますね。今年ももう12月は目の前……というところに、こんなビルシャナが出現しました!」
笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、集まったケルベロスに事件の概要を説明する。
「ケルベロスのみんな、悟りを開いてビルシャナ化した人間の信者が悟りを開いて新たなビルシャナになって、独立して新たに信者を集めるという事件が起きているんです! いつもみたいに乗り込んでいって撃破して欲しいんですけど、やっぱりいつもみたいに、自分の考えを布教して信者を増やそうとしてます!」
今回のビルシャナは、ヴィゾフニル明王という悪人を救うビルシャナの信者であったらしい。だがそうして推進する悪事というのが子供からファンタジーを奪う事だというのだから、呆れても良いところだ。
続けて、ねむは資料を配る。
「ビルシャナは『現実』という文字の形の炎を放ったり、ビルシャナ以外には理解不能な経文を唱えて心を乱したりしてきます。ファンタジーを退ける破壊の光を放つ事もあるみたいですね。
信者は10名。幼稚園児から小学生までの子供達です。
ビルシャナの教義に影響を受けてファンタジーを捨てた結果、とても無気力で夢も希望もないって顔になっちゃってます。
そんな子供達を、ビルシャナから引き離すには……」
溜めて惹きつけて、ねむは元気よく告げる。
「ずばり! ビルシャナが否定するファンタジーな存在になりきり、素敵なファンタジーを見せつけて、子供達を夢中にさせる事です!」
理屈よりも、問答無用のインパクト。ビルシャナの教義に真っ向から対抗するのだ。
「子供が大好きな、夢があってキラキラしたテーマの演出なら何でも構いません。まだ難しい言葉が分からない小さい子もいるので、とにかく見た目のインパクトは欠かせないです。素敵な仮装をしたり、演技をしたり、歌ったり踊ったり……身体を張って体当たりです!」
なお、サンタさんや、ビルシャナが例に挙げているものに拘る必要はない。子供達が夢中になればオッケーなのだ。その他、小学校高学年の一部の信者には子供っぽいものより、いわゆる中二病的な路線でのファンタジーの方がウケが良い可能性もあるかもしれない、とねむは言う。
注意としては、そもそも外見などがファンタジーを彷彿とさせる種族も多いが、小さな子供とはいえ異種族の存在自体は当たり前に現実のものと認識している事。なのでそうした特徴だけに頼る事なく、より踏み込んで夢のある設定や演出を考える事が大事だ。
「それから、ケルベロスがグラビティを使用すると、ビルシャナはその時点で戦闘開始と見なし攻撃してきます。だから、選択肢は二つ!
『作戦A』! 説得中はグラビティを使用しないように気をつけて、いつものように信者の説得をしてからビルシャナを撃破する。
『作戦B』! ビルシャナとの戦いを通してファンタジーを見せつける、説得手段としての戦闘を行う。
信者の子供達は何もなければ戦闘時にビルシャナのサーヴァント扱いになっちゃいます。だから作戦Aであれば、できる限り戦闘前に説得して引き離した方が被害が軽微で済みます。
作戦Bであれば、私達がファンタジーを見せつけてやる! といった感じで宣言してビルシャナに戦いを挑めば、ビルシャナは子供達を下がらせて自分一人の現実でケルベロスを叩きのめして、逆にファンタジーの無力さを子供達に見せつけようとするんです!」
つまり、作戦Bの場合は子供達が戦闘に参加しなくなるため、巻き込んでしまう心配は不要になる。なのでその際は安心して、華麗な演出の戦いぶりで最高のインパクトを与えると良いだろう。
一通りの説明をして、ねむはケルベロスに元気良くエールを送る。
「どちらを選んでも、そんなこんなで、やっぱりファンタジーってすごい! と思わせる事が出来れば、間違いなく洗脳は解けるはずです! みんなのファンタジーで、子供達に夢みる気持ちを取り戻させてあげて下さいね!」
参加者 | |
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チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614) |
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288) |
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468) |
メイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367) |
地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286) |
神苑・紫姫(断章取義の吸血鬼伝説・e36718) |
蔵城・雪都(宵の語り手・e40496) |
常祇内・紗重(駆け出し拳士・e40800) |
●
境内の傍。番犬一同は顔を突き合わせ、作戦の最終確認を済ませていた。
「子供の頃にファンタジーで想像力や創造力を身に付けるのは、大切なことだよ? それを否定されるのは、表現者として許せない」
蔵城・雪都(宵の語り手・e40496)は真剣に語る。日頃は飄々としているが、小説家兼業のケルベロスである彼にとって表現の規制は断固反対である。
「ファンタジー……夢や空想は、人が持つ果て無き自由の世界。特に二度と戻らない子供時代のそれは、かけがえのない宝物。ビルシャナがそれすらも奪おうとするなら、私は絶対に許しません!」
本職は幻想的な世界観のヒーリングソングを歌う歌手であるチェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)も、意志は同じ。この作戦なら完璧、と皆と頷き合う。
「流派にもよるところはありますが、我々のような術者にはファンタジーは必須項目。次世代の術者となりえる若芽を摘み取られるわけにはまいりません」
メイセン・ホークフェザー(薬草問屋のいかれるウィッチ・e21367)も本物の魔女らしい視点で、ビルシャナの説法に負ける気はない。
「それにしても、幻想を信じて現実に打ちのめされるようなことでもあったのかのぅ……」
ビルシャナとなった者も救うこと叶えばよいけど、と端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)はぼやく。人に戻すのは叶わぬ事と知りつつも、そう願ってしまう。
「小鉄丸、手筈はいいな。出演まで隠れておくぞ」
常祇内・紗重(駆け出し拳士・e40800)は箱竜を連れて、所定の場所へ移る。
神苑・紫姫(断章取義の吸血鬼伝説・e36718)と愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)もそれぞれ出番に備えてスタンバイし、地留・夏雪(季節外れの儚い粉雪・e32286)は既に信者の子供達に紛れる形で潜入している。
準備は万端。劇団ケルベロス、さあ開幕だ!
●
「ファンタジーなどという害悪は、人生に一切不要なのである!」
「果たしてそうかな?」
「だ、誰だ!?」
高らかに説く鳥と目が死んだ子供達の前へ、ふらりと乗り込む雪都。問いに答えず、どこか胡散臭い穏やかな微笑を浮かべる。
「私は語り手。物語ならいくつでも紹介できるよ。楽しいファンタジーのお話を一つ、しようか」
「何だと! そんな下ら」
正面から教義に逆らう邪魔者に目くじらを立てる鳥を無視して、雪都は語り出す。
「昔むかし、ある所に一人の少女がいてね」
語りに合わせ、トボトボと現れるチェレスタ。
「ああ、日々の義務に追われるだけの退屈な毎日。夢なんて信じません」
子供達と同じ無表情で紡ぐ彼女の台詞に、語りが続く。
「無味乾燥な毎日を送っていた彼女。そんな彼女の元に訪れたのは……」
ドレス姿の紫姫が、似た装いのビハインドを連れて現れる。
「聞きなさい、子供たち。我が名は『吸血鬼』神苑紫姫。西の夜の怪力乱神を束ねる存在」
日光を遮断する総レース製の白の日傘、くるりと回す優雅な仕草。
年長の子供達がピクリ、反応する。
「そこな異形が否定した、貴方が望んだ摩訶不思議は『Now here』――今ここに在りますの!」
「吸血鬼だと! そんなものこの世に」
「ふふふ、よくやったわ鳥さん。これで子供たちが『ファンタジー』を忘れることによってあたし達、『冥界』の勢力が秘密裏に地球に侵略するという壮大な計画を邪魔されずに済む……」
またも鳥をスルーして、木の上から響く声。
サキュバスの翼と角と尻尾に合わせ、特撮の女幹部のようなセクシー衣装で悪魔になりきった瑠璃が飛び降りてくる。翼猫のプロデューサーさんは使い魔だ。
『冥界の勢力?』
「あ、あの吸血鬼のお姉さんもでしょうか……?」
心なしか、期待のような色を見え隠れさせてざわめく子供達。歳の近い夏雪がさり気なく彼らに混ざり、盛り上げる。
(「楽しかったりテンションが上がるような事があっても、周りの反応が全然ないと、自分も盛り上がってはいけないという気分になる事もありますよね……?」)
引っ張られて共感する事を狙い、火付け役たるべく本気で演出を楽しむのが彼の役目。
「あら、証明が必要かしら?」
紫姫は『ステラ、私に斬られた振りをして』とビハインドに目配せし、ナイフを閃かす!
食紅を使いそれっぽく演出し、血を啜る風に見せる。子供達が声を上げる!
『本物だ!』
『吸血鬼だ!』
「ま、惑わされるな! どうせサキュバスか何かが下らん演技をしてるだけで」
「アハハハハ! そもそも鳥が喋る時点でファンタジーなのに誰もそのことに気付かないなんて滑稽ね!」
鳥を遮り高笑いする瑠璃。言われてみれば、と初めて鳥を見る子供達。
「何を言うか、我はビルシャナ! 喋るくらい当ぜ」
「我が境内で不届きな言を交わす悪い子は何処じゃぁ……ここかぁ!」
社の裏手から恐ろしい胴間声が響く。隠密気流で隠れていた括がボイスチェンジャーで発し、吃驚する子供達の前へ、オウガメタルなまはげさんを着装した姿で躍り出る!
『きゃああ! なまはげー!』
脅かされ、小さい子を中心に悲鳴が上がる!
「ええい最後まで喋らせろ! よく見ろこんな小さ、へぶっ!?」
今度こそ反論しようとした鳥の顔にモモンガが張り付き、その嘴を封じた。魔力込めず物理的に飛ばされ、文字通り口封じ!
「これぞ我が眷属、妖怪・野鉄砲の怪の力よ!」
括が勝ち誇り、紫姫と瑠璃も合わせて恐ろしい妖めかす。
「そこの貴方。夢を信じていないそうね?」
「そんな魂こそ、『冥界』の供物に相応しいのよ!」
じりじりチェレスタに迫る悪役三人。
「そんな! 私の命ここまでなの……!?」
嘆いてくずおれるチェレスタ。
「いやはや、大変な事になってきた。絶体絶命のピンチ、という奴だね」
「こ、この後はどうなるんでしょう……。ドキドキです……!」
雪都は絵本の読み聞かせをするように子供達の反応を見ながら語りに徹し、夏雪は子供達と同じ目線で振り返る。
「ここで諦めるのですか?」
そこへ現れ、意味深な声を発するはメイセン。
黒ワンピースの謎めいた少女役の登場に、チェレスタは驚く。雪都は子供達に言う。
「皆。少女がどうなるのかは、君たち次第だよ」
『僕たち次第?』
夏雪が率先し、声援を投げる。
「諦めちゃだめです、夢の力を信じてください……!」
「夢の力を、信じる……?」
声を受けて立ち上がり――チェレスタはプリンセスモード発動、魔法少女に覚醒!
『わぁっ……!』
思わず歓声を洩らす女の子達。
そこへゆっくり、メイセンの拍手が響く。
「おめでとう、白花の歌姫。あなたが諦めないというのなら、私たちも力を貸しましょう」
「あなたは一体? それに私たちって?」
チェレスタに尋ねられ、メイセンもスタイリッシュモード発動。カジュアルな黒服から、中二病心を揺さぶりそうな黒基調の魔術師服に変身!
……正直本当は格好つけるのは恥ずかしかったりするが、説得のためそれは内緒。ビハインドのマルゾも普段より装飾多めの格好で従い、雰囲気たっぷりだ。
「私は薬草問屋の魔女。幻想を守り、夢の力の持ち主を助ける者。そしてもう一人は、」
魔法少女を導く先輩魔女といった風格で、メイセンは頭上を見上げる。
子供達がつられて見上げると、鳥居の上に人影が!
「私の名は鋼鉄戦士アダマント、そこの邪悪な鳥怪人から君達を守る為にやって来た!」
スタイリッシュモード発動、ヒーロー風の名乗りを上げて飛び降りてくる紗重!
「わあ……! カッコいいです……!」
『ヒーローだ!』
夏雪は瞳をキラキラ輝かす。男の子達が沸き立つ!
「待て待て! それは芝居の路線違わないか!?」
「騙されてはいけない! 純真な子供達にデタラメを吹き込もうとは、なんて卑劣な怪人だ!」
鳥のツッコミに紗重はあくまでも間違っているのは相手の方だと貫き、ビシッと指さす。
内心少しは恥ずかしい、だが照れを見せては子供の心は掴めない。気合で乗り切る!
「ありがとう薬草問屋の魔女、鋼鉄戦士アダマント。私も一緒に戦います!」
一転して生き生きとした表情になったチェレスタが、心強い仲間の登場で更に輝く。
「くっ、やめなさい! 子供たちが隠された事実に気付いてしまったら……あたし達の……『あのお方』の壮大な計画が!」
中二病台詞満載で、悪役サイドを率いて襲いかかる瑠璃。
「フルメタルモード、セットアップ! ここは我々に任せろ!」
掛声と共に左手の変身用ブレスレットを掲げ、潜ませていたオウガメタルを全身に纏い、ポーズを決める紗重。善と悪で3対3、戦いが始まった(ように見せる)!
固唾を飲んで見守る子供達に、雪都が告げる。
「ヒーローの力の源は何だと思う? それはね、君たちの声援なんだ」
声援。子供達の頭によぎったのは先ほど、夏雪の声で覚醒したチェレスタの姿。
「お姉さん、頑張ってください……!」
大人しそうな夏雪が一生懸命応援する声に、徐々に子供達の声が混ざる。
『……頑張れ、アダマント』
『頑張って、魔女』
『負けないで、歌姫!』
最初は躊躇いがちだったそれは、やがて大きく重なり合い、境内に響く。
「信じる心が力になる。夢の力って、不可能なことも可能にする。みんなの中にだって、信じる心は必ずあるはず、さあ、共に歌いましょう!」
チェレスタが歌い出す。美しく優しい歌が、最高潮に盛り上げる。
「や、やめるのじゃ! アダマント達の傷が癒えてゆく!」
「これが夢の力。さあ、観念なさい」
括が大仰に焦って振る舞い、力を得たメイセン達はバッタバッタと悪役をなぎ倒してゆく。
「この程度……この私に効くものかッ!」
紫姫は日傘をはぎ取られてご丁寧にやられたように見せつつも、気合で克服した振りを見せる。
「行け、小鉄丸ッ!」
紗重はサーヴァントを見た事がある子は少ないだろうからと考え、その場の勢いで子供達に小鉄丸をゲームの使役モンスター的な生物と思い込ませるように命じる。小鉄丸は内心『何で俺がこんな事を……』と思っていそうだが!
「ぐわーっ、やられたのじゃーっ!」
「覚えてなさい……! いつか再び、夢の力をなくす時が来たら、」
「その時は第二、第三のあたし達が……!」
『やったー!』
悪役三人は見事倒され、盛大な歓声と拍手が上がる。満場一致、誰がどう見ても意識はすっかり鳥から離れ、元の夢いっぱい元気なボーイズ&ガールズ!
「――めでたし、めでたし。これにてお話は終幕だよ」
雪都が語りを締めくくる。普段は怪談ばかり書いているが、たまには違う方面からのアプローチもまた良し。そんな心地で微笑んだ。
●
「おのれケルベロスめ! 後少しだったというのに!」
信者をすべて失った鳥が忌々しそうに吠える。
「おや、第二幕をお望みかな?」
「アンコールならライブで慣れてるわ!」
ここからは語り手の雪都も舞台に上がり、悪役を演じた瑠璃達三人も味方について立ち上がる。子供達を下がらせ夏雪が粉雪のようなグラビティで敵を包んで苛み、戦闘開始!
「東方の吸血鬼伝承を基にした、吸血鬼・紫姫の新たな魔眼ですわ! 『此の地に在りし我が同胞、其の双瞳の力にて……疾く穿て、我が敵なる魔の王を穿て!』」
紫姫の眼光(物理)が敵を射抜く。焔喰【野伏魔の双瞳】(ラミアキュレイション)、その中二病心響く詠唱が安全な場所から観戦する子供達の胸をときめかす。
「『夢は現、現は夢。幼き日の心を携え、とこしえに穢れることなき夢の都へと貴方を誘いましょう』」
チェレスタが澄み渡る歌声でメルヒェンリート(幻想歌曲)を歌い上げる。おとぎ話の世界をモチーフにした美しくも幻想的な曲はお芝居の延長のように、だが今度は本当にグラビティの力を伴う。
「くらえ鳥怪人! 鋼鉄戦士、アダマントキィーーック!!」
紗重は旋刃脚をスタイリッシュなヒーローキックに演出し、電光石火の蹴りで敵の急所を貫く。男の子達の熱い視線を独り占めだ。
「馬鹿な! ファンタジーなどという下らんものに、現実の力が負けるはずが……っ!」
声援を受ける彼らの戦いぶりは、まさに鳥が否定した幻想の体現。その圧倒的に輝かしい力に押され、後はない。
「『Parsley, sage, rosemary and thyme,私の難題に応えておくれ、さもなくば貴方は決して生きてはいない』」
呪法"Scarborough Fair"(カース・オブ・スカボロウフェア)。メイセンの足元に2重の魔法円が浮かび、追尾する4つの光刃に切り裂かれ――敵は潰えた。
「夢と希望。これがファンタジーの醍醐味、だね」
戦い終えて、雪都は再び飄々と微笑を向ける。
「今、素敵だなと思ったその気持ち。それもあなたたちの魂の一部、それこそが魔法や奇跡の源。もし幻想が悪だというのならば、書き記し、描き、作り上げて現実にしてしまえばいいのです」
この世にある幻想的な作品はそうして形になった現実、幻想もそこに確かにあるものなのだと、メイセンは子供達に振り返る。
「あらゆる実現は、まずその意志を持つことから始まりますわ。夢想なくして、なりたい自分になることなど、望む幸福を掴むことなど出来はしないのです!」
紫姫の力強い言葉に、そして皆の華麗な戦いに、子供達は興奮に頬を紅潮させ瞳をキラキラさせて駈け寄ってくる。
『うん! ファンタジーって、やっぱりすごい!』
歓声の中で括は一人、異形が塵へと還った後へ振り返る。
「……見たじゃろう? 幻想とて捨てたものでなかろうに。……のぅ。手段は、他になかったのかのぅ?」
遠い幼き日にはあの鳥も、幻想の力を信じていたのではないか。この子供達のように。
そう考える彼女の語りかけが、風へと消えた。
●
社の神様に名を借りた事へのお礼と詫びを兼ねて括がヒールした境内にて、夏雪は子供達と一緒に夢や憧れの話で盛り上がっていた。
「僕も憧れのお兄さんの様に、立派なケルベロスになりたいです……!」
すっかり夢を信じる力を取り戻した彼らの姿に、自然と笑みが零れる一同。
『もう一回歌って!』
『アダマント、変身して!』
『冥界の勢力って本当?』
チェレスタ、紗重、瑠璃は囲まれてせがまれる。雪都は本が好きだという子らに、お勧めのファンタジー文学を紹介する。
普段から『吸血鬼』を自称して憚らない紫姫は、自称である事は子供達にも仲間にも悟られないようにまだ頑張っていた。
メイセンは日が暮れる前に子供達を家まで送り届けようと、少し遠巻きに見守る。
幻想は決して現実の敵ではない。子供達の活気が、何よりそれを示している。
サンタさんが本当はいないといつか知っても、大人になった時に誰かのサンタさんになる事は出来る。そうして幻想は受け継がれ、夢や希望を繋いでゆく。
幻想を奪う悪事は防がれた。ケルベロスは今日も、子供達の未来を守ったのだ。
作者:青雨緑茶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年11月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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