ウィスタリアの魔笛

作者:朱乃天

 そこは街外れの片隅にある、打ち捨てられた古びた廃教会。
 解体されることもなく、放置された状態のままどれ程の時が経っただろう。至る所が朽ちてはいるが、それでも嘗ての荘厳とした面影は遺されていた。
 その建物から醸し出される退廃的な雰囲気は、『彼』にとっては絶好の舞台であった。
 人気のない夜の廃教会から聴こえてくるのは、フルートの流れるような澄んだ旋律だ。
 奏者であるその青年は、日常ならざる空間に身を置いてこそ、芸術家としての感性が研ぎ澄まされると考えて、この廃教会の中で練習を行っていた。
 月明かりを浴びたステンドグラスの光彩が、スポットライトのように青年を照らし出す。
 夜の静寂に溶け込むようなこの幻想的な光景こそが、自分の望んだ舞台なのだと。
 聴衆のいない、たった一人だけの演奏会。闇夜に響く優美で儚い笛の音が、残酷な運命を招き寄せているのを彼はまだ知らない。
「貴方の音楽には素晴らしい才能がある。人間にしておくのは勿体ない程の……」
 悦に浸って至福の時を過ごす青年に忍び寄る悪意。彼に囁きかけたのは女性の声だった。すると突然、紫色の炎が燃え上がり、青年の身体を瞬く間に呑み込んでいく。
「だから、これからは、エインヘリアルとして――私達の為に尽くしなさい」
 青年は炎に灼き尽くされて息絶えて。骸となったその肉体に、炎を操る妖艶なる女性――紫のカリムが手を翳し、新たな生命の火を灯す。
 カリムの昏く澱んだ眸に映るのは、一回り大きく精悍な体付きとなった異形の存在。
 力を得、エインヘリアルとして生まれ変わった青年は、巨躯を屈ませ頭を垂れて跪き――カリムに誓いを捧げるのであった。
 其れは彼女の命に従って、多くの人間達を虐殺するのだと――。

 ヘリポートにケルベロス達が集う中、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の口から予知した事件について語られる。
 最近巷を賑わせているシャイターンの炎彩使い達。その一人、紫のカリムが新たなエインヘリアルを生み出したという。
 彼女達は死者の泉の力を操り、炎で燃やし尽くした男性をエインヘリアルに変えることができるようである。
「出現したばかりのエインヘリアルは、グラビティ・チェインが枯渇した状態なんだ。それで人間を殺して力を奪うつもりみたいだね」
 エインヘリアルが暴れて被害が出る前に、急いで現場に向かって凶行を止めてほしいと。シュリはケルベロス達に敵の撃破を頼みつつ、引き続き作戦の詳細な説明をする。
 今回戦場となるのは、廃教会の中の礼拝堂だ。紫のカリムは既にどこかに去ってしまったので、対象となるのはエインヘリアル1体のみとなる。
 今から向かえば建物から出るより先に迎撃できる。内部は広めの空間で、ずっと放置されたままだったので少々荒れ果ててはいるが、戦う分には何ら支障はない。
 このエインヘリアルは、生前扱っていたフルートを武器として戦ってくる。
 奏でる音色は炎を巻き起こしたり、過去の辛い記憶を呼び覚まさせて相手を苦しめようとする。また、フルートを棒のように伸ばして直接的に攻撃してきたりもするようである。
 生前の彼は他者とは相容れない独創的な価値観を持っていて、自分がエインヘリアルに選ばれたのも、他より優れた存在だからという思考に至っているらしい。
 そしてエインヘリアルとなってその性格は凶暴性を増し、そんな自分をより高める為に、人間は糧になるべきだとも――。
「こうなった以上、彼を救うことはもうできない。だからせめてキミ達の手で、彼に安らかな眠りを与えてほしいんだ」
 祈るような気持ちでシュリがケルベロス達に伝えると、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)は頷きながら胸に手を当て、決意を込める。
「例え生前がどんな人だったとしても、シャイターンのやり方はとても許せるものではありません。必ず食い止めてみせましょう」


参加者
クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)
アト・タウィル(静寂に響く音色・e12058)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)

■リプレイ


 深藍広がる夜の世界、雲一つない空に映える幽玄的な銀の月。
 淡い光が地上に零れ、忘却の彼方に置き去りにされた建造物を浮かび上がらせる。
 暗闇の中、月光射し込む古びた教会を一目見て、まるで物語に出てくるような世界だと。
 雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は夢の中にいるかのようなその光景に、思わず息を飲み込み心奪われる。
「このような場所で響かせるフルートの音色は、きっと幻想的で格別なのでしょうね……」
 そう感慨深げに呟くが。シャイターンに見染められて異形の戦士に変じた青年のことを思うと、その胸中は複雑で。廃虚を見つめる瞳は憂いを帯びて、切なそうに表情を曇らせる。
「例え多数派の価値観ではなかったとしても、多くの人へ感動できる音楽を届けられたかもしれないのに……」
 才気溢れる芸術家の男性が、またもや紫のカリムに狙われてしまったことに、リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は同調するかのように心を痛め、戦うことへの不安を覗かせる。
「朽ちた礼拝堂か……確かに美しい場所だが、エインヘリアルがいるべき場所ではないな」
 そんなしずくやリュートニアの気持ちを慮ってか、クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)は割り切るように言葉を吐き捨て、闇夜に紫煙を燻らせる。
 元は人間だろうと、今は人ならざるモノに堕ちた唯の怪物だ。これも仕事の内だとクローチェは、軽く一服終えると思考を戦闘態勢へと切り替える。
「そうですね。どれ程素敵な音を奏でても、それは人を殺める死の音色……。犠牲者が出る前に、必ずここで討ち倒しましょう」
 強引にエインヘリアルを造り出すシャイターンのやり方に、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)も怒りに身体を震わせながら、秘めた決意を口にする。
 青年がこの場を抜け出すより先に迎え撃ち、被害を食い止めるべく撃破する。ケルベロス達は武器を持つ手に力を込めて、敵が待ち受ける廃教会の中に足を踏み入れる。
 そこは薄闇に覆われた礼拝堂。壁は所々が罅割れて、崩れ落ちた瓦礫が足元に散乱しており、嘗ての造りは見る影もなく荒れ果てている状態だ。
 しかし正面に装飾されたステンドグラスだけは、荘厳とした面影を遺したままでいて。月明かりに照らされる色鮮やかな光彩が、内部に潜む異形の影を映し出す。
 薄闇の中で蠢いたのは、フルートを手にした巨漢の戦士。侵入者たるケルベロスの存在に気が付くと、訝しむように招かれざる客を凝視する。
「お前が魔笛使いのエインヘリアルか。会ったばかりで悪いが、ここで死んでもらおうか」
 ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)が不敵な笑みを薄ら浮かべ、敵と対峙する。彼にとっての行動原理は、殺す相手に対する興味と好奇心が全てであると言って良い。
 ただ純粋なる殺戮を愉しむ為だけに――ヴォルフが戦闘狂としての牙を剥き、言葉を交わしたその直後、魔力で生成した弾丸を挨拶代わりに撃ち込んだ。
「――山田真刀流山田太郎、推して参る」
 突入すると同時に仕掛けるケルベロス達。次いで山田・太郎(が眠たそうにこちらをみている・e10100)が名乗りを上げて前に出る。太郎は気迫を滾らせながら降魔の力を発現し、禁忌の呪紋が全身を巡って魔人の力をその身に降ろす。
「さて、一曲披露してもらおうじゃないの。じっくり聴いてやれないのが残念だけどな」
 そこへ今度は木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が、後方から間合いを詰めて斬霊刀を振り下ろす。磨き抜かれた鋭い太刀筋は冷気を纏い、敵の巨体に凍て付くような痛みを刻み込む。
「さあ、月と星の夜の舞台といこうぜ?」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が星の魔力を注いだ剣を床に突き刺すと、地面に眩く光る星座が描かれて、仲間に守護の力が付与されていく。
 敵が音を武器として使うなら、こちらも力に変えて立ち向かおう。アト・タウィル(静寂に響く音色・e12058)はギターを掻き鳴らして発する音を魔力に変換し、敵の心を揺さぶるように激しく響かせる。
「追憶に囚われず、前に進む力……今の彼には、自分への手向けだと思うでしょうか?」
 人として一度死んで滅んだ青年に、仮初めの生の終焉を――為すべき意志は揺るぎなく。炎彩使いの野望を阻止すべく、ケルベロス達は戦いの炎に身を投じるのであった。


 攻撃を仕掛けてくるケルベロス達にも、エインヘリアルは微塵も動じることなく。ニタリと吊り上がった口元に、フルートを宛てがい魔性の音を奏で出す。
「さあ、我が貴き音色に合わせて踊り狂うが良い。愚鈍で劣弱なる連中よ」
 教会内に響き渡る笛の音が、荒ぶる紫色の焔を巻き起こす。紫焔は嵐となって前衛に立つケルベロス達を呑み込んで、熱く灼けつくような痛みを与え、苦悶に満ちた彼等の叫びに魔笛使いは愉悦する。
「クゥ、援護をお願いします」
 リュートニアが命じる声に応じるように、星の輝き灯した小竜が、波長を合わせるように力を主に注ぎ込む。そして身体に風を纏ったオラトリオの少年は、翼を翻して煌めく光の幕で仲間を包み、魔性の焔を消し祓う。
「できれば、そんな姿になってしまう前の音楽を、一度聴いてみたかったのですが……」
 心の中でしずくが願う、その望みが叶うことはもう二度とない。ならば音を通じて常世に送るのが、せめてもの餞と。しずくのしなやかな身体が舞い踊るように跳躍し、重力を宿した脚で勢いよく蹴り込んだ。
「君にとっては最後の一幕だ、美しく奏でてくれ給え」
 退廃的な美を感じさせる戦場と融和するかのように、モノトーンのシックな衣装が見栄えする。クローチェはこの戦いを心の底から愉しむように口角を上擦らせ、脚を鞭のように撓らせ鋭い蹴りを見舞わせる。
「何が選ばれた存在だ。今の俺は無性にお前を殴り飛ばしたい。だから――絶対に泣かす」
 太郎は昂る気持ちを抑え切れなくて。感情に流される侭、正面から突撃して勝負を挑む。
 猛進しながら右の拳に力を溜めて、怒りをぶつけるように叩き込む。次の一手を考えず渾身の力を乗せた太郎の一撃が、魔笛使いの顔面に見事炸裂し、その衝撃に圧倒されて敵の巨体がグラリと傾ぐ。
「生憎と人を殺すような曲は趣味じゃねえんでな。演奏を聴くのは最後にさせてもらうぜ」
 その為に、必ずここで終わらせる。グレインが降魔の力を帯びた剣で薙ぎ払い、流れ出る血が刃を伝い、魔笛使いの生気を貪るように吸い尽くす。
「そう簡単に倒れてもらってもつまらないからな。もうちょっと愉しませてくれよ」
 ヴォルフの身体を包む漆黒の装束は、敵に死を捧げる意の表れか。音もなく闇の中に紛れるように接敵し、雷纏いし偃月刀から紫電の如き突きを繰り出して、魔笛使いの脾腹を抉るように貫き穿つ。
「フルートか、優美な音色だな。奏者が女の子だったら、うっかり惚れちまいそうだがな」
 軽口を叩くケイではあるが、敵を見据える双眸は獲物を狙う獣の如く。負ったばかりの傷口狙って刃を振るい、更に重ね広げるように斬り付ける。
「皆さんが動きを止めぬよう、私から送る曲です。どうぞ……」
 仲間達が攻撃の手を緩めることなく、このまま攻め続けられるよう、アトがハーモニカを懐から出して吹き鳴らす。低音から高音へと転調し、テンポが跳ねるように小気味良い、流れるような旋律の行進曲が紡がれる。
 アトの心を表現したような、聞き手の気持ちを奮い立たせる勇壮的な曲調が、仲間に活気を齎し眠れる力を呼び起こす。
 ――月夜の廃教会で奏でられる死の演奏会。
 他者とは決して相容れなかった魔笛使いにとって、ケルベロス達の調和の取れた重奏は、耳障りな不協和音でしかなくて。
 ならば相手の心を崩して協調性を乱そうと、どこか懐かしくも切ない調べを演奏し、番犬達の戦意を削ぎ落そうとする。
 例え耳を塞ごうと、魔性の音色は脳に直接振動し、心の中に入り込んでくる。
 そして音に抗うことのできなかったグレインは、敵の力に取り込まれ、遠くを見つめるように虚無の世界を彷徨い歩く。
 グレインの朧気な瞳が視る世界、それは記憶の奥深くに埋もれている彼自身の辛い過去。
 褪せた景色に浮かぶ森の中。守れなかった命の抜け殻が、足元に縋るように絡み付き。救いを求めて伸ばした腕は、ただ空を掠めるだけでしかなくて。
 届かなかったあの日を後悔するように、グレインの心は闇の底へと引き摺り込まれようとする――しかしその時、仄かな光が彼の心の闇を掻き消すように射し込んだ。
「これ以上、歪められたモノに狂わされてはいけません……!」
 リュートニアの癒しの力を込めた弾丸が、至近距離から放たれて。グレインに纏わりつく影を撃ち抜き、心を蝕む悪夢の枷から解き放つ。
 人を苦しめ死に至らしめようとする、そんな魔笛使いの傲慢じみた音楽などに屈するわけにはいかないと。ケルベロス達は気力を振り絞り、強固な意志を宿して立ち向かっていく。


 どれほど個の力が強大だろうとも、手数で勝るケルベロス達は連携力を活かした戦いで、互角以上にエインヘリアルと渡り合っていた。
「例え強者だろうか、独りではケルベロスに敵うはずがない。ただ滅するのみだ」
 仲間同士で支え合い、互いを補いながら戦うことが真の力だと。太郎が仲間の大切さを説きながら、気を凝縮させた掌を魔笛使いに押し当てて。力を爆発させると大気がうねりを上げて渦を巻き、エインヘリアルが纏う星霊甲冑を打ち砕く。
「貴方が遺したその曲が、せめて善き形で継がれるよう……演奏会の幕を下ろしましょう」
 アトがタクトを揮うようにファミリアロッドを振り翳す。掲げた杖は小鳥の姿になって羽搏いて、エインヘリアル目掛けて一直線に飛び掛かり、嘴で肩を啄むように撃ち抜いた。
「くっ……!? 凡庸な俗人共の分際で……選ばれた私にここまで歯向かおうとは!」
 いくら攻撃しても諦めようとしないケルベロス達の執念に、魔笛使いは歯軋りしながら苛立ちを隠そうとせず。フルートを大きく振り被り、形振り構わぬ力任せの攻めに出る。
 絢爛たる銀色の軌跡を描いた一閃は、太郎が間に割り込み両手で挟むように受け止めて、この攻撃を踏み止まって撥ね退ける。
「ポヨン、回復は頼んだぜ」
 ケイの言葉に合わせるように、相方の小竜がすかさず自分の力を分け与え。続けてマリステラが天井高くに薬を散布させ、戦場中に癒しの雨が降り注ぐ。
 癒し手の備えも万全で、被害を最小限に抑えつつ。番犬達は今のうちにと一気呵成に攻め立てる。
「そろそろ終わりが見えてきたみたいだが――さて、何処まで逃げてくれますか?」
 ヴォルフが腕に魔力を集束させて、掌を虚空に翳した刹那――空間に魔法陣が展開されて術が発動し、黒き刃が空間中を疾り抜け、獲物を逃すまいと追い掛ける。
 エインヘリアルが身を躱しても、刃は軌道を変えて追尾して、やがて無数に増えて取り囲み。最後はヴォルフの望むが侭に、逃げ場を失くした敵の身体を縦横無尽に斬り刻む。
「誰かの命を奪って完成される音楽だなんて、どんなに綺麗でも……。だから死に逝く貴方に、最後の舞いを――」
 軽やかにステップしながらしずくが舞うと、桃色の霧が発生して彼女の全身を包み込む。するとその直後、霧の中から顕れたのは――しずくと似て非なる容姿の、妖艶なりし異形の影だった。
 しずくの魔術によって生み出された怪異の幻影が、冷たく微笑みながら手を差し伸べて、誘うような瞳で見つめると。魔笛使いの身体に凍えるような冷気が駆け巡り、命の時を止める氷の檻に囚われてしまう。
「念仏を唱えな。それとも、辞世の句でも詠んでみるかい?」
 ケイが携えている太刀に刻まれし文字は『情無用』。
 納刀状態から瞬時に刃を振り抜くと、閃く軌跡と共に桜吹雪が華麗に舞って。敵を斬り裂き刃を鞘に納めた瞬間、一陣の風が吹き荒れて、舞い散る花弁が炎と化して燃え上がる。
 葬送の炎に灼かれたエインヘリアルの身体が崩れ落ちていく。命尽き果てようとするその魂を屠るべく、クローチェが歌を小さく口遊みながら歩み寄る。
「Quando corpus morietur fac ut animae doneturparadisi gloria――」
 魔笛使いへの断罪の意も込めた、嘆きに満ちた哀しい旋律。クローチェの両手には、命を刈り取る死の刃が握り締められていた。
「Addio……とても美しかった、楽しめたよ。だが、そろそろ終わりにしよう――Amen」
 刃を胸に突き立て、喉を掻き。銀の光を宿した二本の刃で十字を切って。ケイの炎の中で淡い十字の光が一瞬輝くと――罪を裁かれ命潰えたその巨躯は、跡形残らず灰燼と化して消滅していった。

 戦場に鳴り響いていた激しい剣戟の音が止み、廃教会に静かな空気が舞い戻る。
 魔笛使いの死を見届けたクローチェは、髪を掻き上げ吐息を漏らし、夜風に当たりに行こうと煙草を咥えて外に出る。
 戦闘を終えてしまえば興味は失せたと、ヴォルフも用は済んだとばかりに踵を返して帰路に向かう。
「クゥもお疲れ様、ありがとう」
 リュートニアは不安と緊張感から開放されて笑顔を取り戻し、喜びながら従者の小竜を愛おしそうに抱き締める。
「お気に入りの場所で眠れるっていうのは、まあ……救いになればいいんだが」
 ケイは教会内に残って魔笛使いが死んだ場所を眺めつつ。そんな彼の隣では、マリステラが黙祷している姿が目に入る。
 教会にシスター服の少女というのは絵になるものだと見惚れつつ、彼女に倣って一人のフルート奏者に祈りを捧げるのであった。
 瞼を閉じると、耳を掠めるように聴こえてくる音色。
 優しく哀愁漂う調べの主は、アトが吹くハーモニカの曲だった。
 どこか聴き覚えのある曲調は、魔笛使いであった青年が奏でていたのと似ているようで。
 その旋律を弔いの曲として、餞別代わりに想いを添えて。アトは亡き青年の死を悼む。
「……わたし達の想いが、彼の魂にも届いたら良いのですけど」
 傍らでは、しずくが葬送曲に耳を澄ましつつ、戦闘で破損した箇所をヒールで直す。
 青年が好きだった場所で静かに眠れるように、願いを込めて。
 ――廃虚の外は、月が眩しいくらいに煌々と輝いていて。
 グレインは吹き抜ける夜風を感じるように目を細め、空を仰ぎ見ながら首のチョーカーにそっと手を触れる。
「……ん、いや、何でもねえよ。冷えてくると空が綺麗に見えると思っただけさ」
 そう呟いた彼の青い瞳は、空の遥か彼方にある世界を映しているようだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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