茶の花や甘いお菓子の昼下がり

作者:奏音秋里

「完成だよっ!」
 15時に合わせてお菓子をつくることが、少女の休日の楽しみだった。
 今日の品は、白玉団子のみたらしがけと、かぼちゃのパウンドケーキ。
「いい感じにできたの~美味しそう!」
 可愛く盛り付けて、写真をSNSにアップロードして。
 粗方の片付けも済ませてから、いよいよ……というときだった。
「いただきま~すっ!?」
 驚いたのは、向かいに見知らぬふたりの女性が座っていたからである。
 仄優しく笑んで、視線を菓子へと移した。
「誰……ぇ、ちょっと、それはあたしのだからって、ねぇっ!?」
 彼女の手を叩き弾いて、団子とケーキをひとくちに食べてしまうふたり。
 頬に流れ落ちる涙と浴びせられる怒号に、満足げに鍵を手にした。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 2本の鍵に胸を貫かれた少女は、意識を失い、その場に倒れ込む。
 代わりに、ケーキと団子に手足の生えたようなドリームイーターが出現したのだった。

「パッチワークの魔女がまた動き出したのです! 力を貸してください!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、大声で呼びかける。
 集まる面々に感謝を伝えて、説明を始めた。
「動いているのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの2体です! 魔女達は一般人の大切な物を破壊することで、生じさせた『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、ドリームイーターを生み出しています!」
 そのため、生み出されたドリームイーターも2体。
 ともに行動し、周囲のヒトを襲ってグラビティ・チェインを得ようとするようだ。
「遭遇すると、まず悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語ってきます! そしてその悲しみを理解できない者を、怒りのドリームイーターが『怒り』でもって殺害しようとしてくるのです! みんなが相手でも、同じ流れで接触してくるようです!」
 戦闘では後者が前衛に、そして前者が後衛に立ち、連携して攻撃を仕掛けてくる。
 今回の撃破対象はこの2体のみで、ほかに配下などは存在しない。
「前衛は遠近距離の攻撃を、後衛は遠距離攻撃と回復のグラビティを持っています! どちらも厄介なので、油断は禁物です!」
 ちなみに、ドリームイーターは言葉を喋る。
 だが悲しみを語る言葉と怒りを表現する言葉以外は、持ち合わせていないらしい。
 話しかけたところで、会話にはならないだろう。
「大切なモノ、ねむにもたくさんあります! 悪意を持って壊されるのはイヤです! 被害が拡大する前に、ドリームイーター達を撃破してください!」
 ねむ曰く、被害者は彼女の家の台所に倒れているらしい。
 ドリームイーターを2体とも倒すまでは、眼を覚まさない。
 戦闘後、彼女のもとを訪ねるか否かはお任せしますと、ねむは付け加えた。


参加者
シグリット・グレイス(夕闇・e01375)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
フィナンシェ・ネバーラスト(無陽の天光・e15296)
秋津洲・ノーラ(魔弾の第七射・e32466)
カリン・エリュテイア(赤い靴・e36120)
金剛・小唄(ごく普通の女子高生・e40197)
シーラ・クロウリー(忘失の印術師・e40574)

■リプレイ

●壱
 指定された空き地で、ケルベロス達はドリームイーターを迎え撃つ。
「ふぇ~ん、せっかくつくったのに、けーきも、おだんごも、たべられちゃったの」
 悲しみのドリームイーターが、涙ながらに心の痛みをぶちまけた。
「楽しみにしていたお菓子を勝手に食べられる気持ちはよくわかるのじゃ。本当に酷いことをする奴らじゃのう。許せないのじゃ」
 愛用するピンクのつけヒゲの端を、ぴょいんぴょいんと弾きつつ。
 ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が、確と同意する。
「ええ、大事にしている物が壊されたりすると悲しい気分になりますねぇ……」
 頬に手を当てて、シーラ・クロウリー(忘失の印術師・e40574)も頷いた。
 準備しておいた照明をともして、念のための光源を確保する。
「私には理解できません! ね、アナスタシア」
(「おやつを失う悲しみ……わかります……ですが! 私は強いケルベロス! それらは胸に秘め戦いましょう! 相手を惹きつけて、仲間を守るのです」)
 一方で、華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)は悲しみを突っぱねた。
 そうして相棒の口の動きに合わせて「わけわからないニャン」と、声を当てる。
「悲しむよりも激オコ! だよ! 泣くよりあんたたちをぶっ飛ばしたい気持ちが、ね! かわいい女の子の夢を壊すなんて、許さないよ!」
 金剛・小唄(ごく普通の女子高生・e40197)の怒りは、どうやらドリームイーター以上。
 強く強く拳を握って、全身で鋭く睨みつける。
 そんな小唄と灯の対応に、ふわっふわ食感の体当たりが飛んできた。
「さぁ……悪魔狩りの時間だ」
 ふたりが、初撃を受けとめているあいだに。
 シグリット・グレイス(夕闇・e01375)が、愛用のリボルバー銃の引き金をひいた。
 古から伝わる退魔の呪いを籠めた銀製の弾丸は、ドリームイーターの腹部を貫く。
 続いてウィゼが、高速演算で弾き出した構造的弱点へと痛烈な一撃を喰らわせた。
「被害者には同情するわぁ。早よ倒してしまおうや」
 溜めたバトルオーラを、カリン・エリュテイア(赤い靴・e36120)は小唄へ飛ばす。
 ウイングキャットも、スナイパーの位置から尻尾の輪を飛ばした。
 シーラが冥府深層の冷気でつくられた氷の槍で貫けば、身体もろとも砕け散る。
「歌耀流……閃ノい……え、ケーキを突き刺すのは行儀が悪い? なら、等分になるようがんばって斬ってみる」
 フィナンシェ・ネバーラスト(無陽の天光・e15296)は、構える斬霊刀に魔力を籠めた。
 愛用のフードを被り、いざ突かんとするも斬撃に切り替えたのは、灯が首を傾げたから。
 そんな灯は爆破スイッチを押して後衛の士気を高め、小唄が前衛の超感覚を覚醒させる。
 それぞれウイングキャッには、逆の列にバッドステータス耐性を付与させた。
 たいしては悲しみのドリームイーターが、相棒の傷を団子で埋めていく。
「壊れる世界、わたしが治す」
 しかしドリームイーターを打つのは、鋼の鬼と化したオウガメタルに覆われた拳。
 大きな緑色の瞳で以て、秋津洲・ノーラ(魔弾の第七射・e32466)は標的を見据えた。

●弐
 かぼちゃの種もみたらし餡も、どれも美味しそうだけれども。
「灯。いくら敵の攻撃が美味しそうだからって、向かっていっちゃ駄目だからな。食べてもだめだぞ、腹を壊す……だけでは済まんからな? 流石に大丈夫……だよな?」
 妹のように想っている灯を真顔で心配しつつも、シグリットは二丁拳銃を抜く。
 敵群へ飛び込むと、優雅な身のこなしで全方位射撃を繰り出した。
「大丈夫ですよ、シグリットさん。攻撃がお菓子っぽいから食べたいなんて決してっ! さぁフィナンシェさん、友情ぱわーを見せてあげましょう!」
「分かった、アカリ」
 こくりと小さく頷いた刹那、視認困難な斬撃を命中させるフィナンシェ。
 そのあいだに灯とウイングキャットは、カラフルな爆発と清浄な風を発生させる。
 対抗して大量に飛来するかぼちゃの種を、ウイングキャットが肩代わり。
 ちなみにフィナンシェは、灯の管理するアパートに住んでいるのだ。
「シロさんもどんどん攻撃したってやぁ」
 呼ばれたウイングキャットが、しゃっと飛んで鋭利な爪を柔らかい生地に突き立てる。
 カリンは状態異常を治療するため、地面にケルベロスチェインの魔法陣を描いた。
「わたしは負けない」
 ノーラも光の粒子へと変わった全身で、ドリームイーターへと激突する。
「それにしても。お菓子イーターが2体とは、ずいぶんと豪勢になったものよ。食べごたえ、いや、退治のし甲斐があるのじゃ」
 ヒトカケラとて食べられないことを、残念にも感じつつ。
 攻性植物を蔓触手形態に変形させ、絡みつかせて締めあげさせるウィゼ。
 腕にみたらしがかけられても、我慢、我慢。
「むむむ……お菓子で攻撃なんて卑怯すぎる! 怒りと悲しみを込めたお菓子なんか、美味しいわけあるか!」
 叫びながら、小唄は脳内にいっぱい詰まっているかわいいものを具現化した。
 大きなぬいぐるみやお菓子の幻影でぎゅっと囲めば、ウィゼの心も癒されていく。
「可愛い……ウィゼさん、ちょっと羨ましいです」
 シーラは可愛いものが好きだから、自分もぎゅっと包まれたい気分。
 次の回復を約束してもらい、ジグザグ刃の惨殺ナイフで積極的に攻撃を仕掛けた。

●参
 先に怒りのドリームイーターを倒し、残るは悲しみのドリームイーターのみ。
 ただやられるだけではないと、みたらしが撒き散らされる。
「いまはマカロンよりもお団子な気分。お兄ちゃんに、あまーいエネルギーをちゃーじです! アナスタシアも後衛の回復をお願いします」
 体内のグラビティ・チェインを使って、輝くみたらし団子を生成する灯。
 噛めばシグリットの口いっぱいに甘さが広がり、溢れる色とりどりの光が傷を癒す。
「団子なら、突き刺しても大丈夫。歌耀流……閃ノ一」
 フィナンシェが、今度は斬霊刀で悲しみのドリームイーターを突き貫いた。
 籠められた魔力は、ドリームイーターの内部で容赦なく放出される。
「続いて攻撃や、シロさん。華よ花よ、影踏みしましょ」
 両腕に咲く花のような刺青に総ての地獄の炎を流しこみ、燃える花弁を創造するカリン。
 石榴色の瞳での視認を合図に接敵すれば、影さえも焼くような小規模爆発を起こす。
「あと少し」
 ノーラは、流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを叩き込んだ。
「さあ行くのじゃ、誇り高き魂を持つ英雄。アヒルちゃんミサイル発射なのじゃ」
 アヒルちゃんはドリルのような嘴でドリームイーターを切り裂き、喧しく飛びまわる。
 そのうえ団子をつまみ食いする愛くるしさたるや、ウィゼはますますの感銘を受けた。
「食べ物を粗末にするとは、許し難いドリームイーターです。被害者の女の子を助けるためにも、確実に倒さなければなりません。冥府の風よ、氷の槍となりて仇なす者を穿て」
 地獄の底で生成された、数え切れないほどの氷の槍を召喚するシーラ。
 貫通する槍はそのまま氷柱となり、ドリームイーターごと一斉に砕け散る。
「悲しみを語る言葉と怒りを表現する言葉以外は、持ち合わせていない……か。なるほどな。もし俺達がそうであればそれはさぞかし寂しいことだが、ドリームイーターには関係ないのだろうな」
 しみじみと呟いて、シグリットは前衛メンバーをオーロラに似た光で包み込んだ。
 自由に皆と会話できることが、なにやら特別なことのように感じられる。
「うおおおおおおーーーっ!」
 光輝く左手でドリームイーターを引き寄せ、漆黒纏いし右手で粉砕する姿は迫力満点。
 小唄が両手のバトルガントレットから解放すると、団子は敢えなくその場に崩れ落ちる。
 戦闘を終えた仲間達を労うように、ウイングキャットが翼を羽搏かせた。

●肆
 17時を報せる音楽放送を聴きながら、くるりと歩いて少女の家へ。
 ケルベロス達は、被害者とお菓子をつくったり、食べたりしようと計画していた。
「うちがつくった抹茶クッキーとスノーボールをプレゼントや。元気出してやぁ」
「それ美味しそうです。カリンさん、私にも今度つくってください」
「ええよ。そない言うてくれるん、嬉しいわぁ。ありがとう、シーラさん」
「ありがとうございます。さぁそれでは、皆でお団子とケーキをつくり直しましょう」
 カリンの差し出した菓子に、びびっと反応するスイーツ好きのシーラ。
 つくって欲しい菓子をリクエストしながら、シーラは忘れないようにメモをし始める。
 それでは今度のお休みにでも……なんて、カリンは嬉しい返事をしてくれた。
 気合い充分で、シーラもカリンも調理にとりかかる。
「わたしも手伝うわ」
 しっかり手を洗って、ノーラも次に使う調理器具を準備した。
「……灯、俺に料理の腕前を期待するんじゃない。そういうのは妹の方が得意だ。きっと料理の才能は、生まれたときに全部オルネラが持っていったんだ。きっと」
「そうですよね。お兄ちゃんの料理は期待できませんね! 代わりに私がつくります! 私のパーフェクトな腕を見せてあげます!」
 灯は苦手を克服しようと、高校のお菓子クラブを中心に練習を繰り返している。
 ちなみに、団子とケーキの材料は、灯がアイテムポケットに入れて持ってきたものだ。
 ものすごく慎重に計量したり、少女や皆に教えてもらって、どうにかこうにか。
「美味しくできましたー! それに……じゃーん、きらきらマカロン!」
「俺も、パウンドケーキやらマフィンやら、妹につくってもらってきた」
 シグリットだって、家では挑戦してみたのだ。
 だがしかし、クリームが飛び散った悲惨な状況を再現するわけにはいかないから。
「チョコのシフォンケーキをつくってきたの。食べてみて! あ。点心にはまたつくってあげるから、みんなの分まで食べちゃ駄目よ?」
「あたしはドリンクバーを用意したのじゃ。飲み物があるとよいじゃろう」
 調理のあいだに、小唄やウィゼが部屋を可愛く飾り付けてくれていた。
 花柄マットを敷いた食卓に菓子と飲み物を並べて、座布団に座れば準備万端。
「それじゃ、いただこうかの。お菓子パーティーの始まりなのじゃ」
 ウィゼに倣って、手を合わせていただきます。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐごっくん。コータ、これ美味しい」
「ほんと!? ありがとう!」
 眼前に置かれたシフォンケーキを食べて、フィナンシェは笑顔を零す。
 戦闘が終わってフードを脱いでいたこともあり、その表情は小唄の眼に飛び込んできた。
 可愛い女子ばかりでどうにも落ち着かなかったのだが、少し自信を持てた気がする。
「ん?」
 服の袖を咥えて引っ張るウイングキャットに気付き、菓子をあげるフィナンシェ。
 一口で食べてしまうと、ころりんと膝の上に寝転んでごろごろ甘えまくるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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