ミッション破壊作戦～モザイクを消し飛ばせ！

■リプレイ

●兵庫県神戸市、北野坂上空
　空に留まるヘリオンの中。ケルベロスたちがグラディウスを手に取った。
　道中の和やかな雰囲気は消え、皆々ミッション破壊という重大な使命を前に真剣な表情。
「今回も頼むぞ」
　微かな光を湛える刃に呼びかけたのは鉄・千（空明・e03694）だ。
　月色の双眸には自信が満ちている。黒部峡谷で強襲型魔空回廊を破壊した経験も理由の一つだが、何より今回は頼もしい友人の影守・吾連（影護・e38006）が共にいる。憂いも恐れも湧くはずがない。
　それは吾連にしても同じ。二人は視線を交えて頷き合い、共に竜の翼と尾を翻した。

　冷たい風が肌を撫でていく。
　高空ならば当然かもしれないが、それにしたって冷たい。寒い。
　因幡・白兎（因幡のゲス兎・e05145）は風になびくマフラーを――自身の有り様を示す大事な宝を押さえつけた。
　なにせ季節は秋を越え、立冬の文字すら過ぎる頃合い。
　それは北野坂で最初のミッション破壊作戦が行われた日から、既に十ヶ月余りが過ぎたことを示している。
　この地に住まう人々は、いつ『宝物』を奪われるかも分からない恐怖を抱き続けたまま、再び底冷えする時季を迎えようとしているのだ。
「君には大事なものを失った気持ち、わかるかな？　奪われた気持ち、失った気持ち、そして宝物を大事にしようって気持ちがなきゃ永遠にモザイクなんて晴れやしないよ！」
　白兎は叫び、刃を障壁に突き立てる。
　降下攻撃の先駆けとなる一太刀は炎と光を生み出して。しかし張り上げた声ほどには膨らまず、剣を握りしめたまま白兎は唇を噛む。
　魂の叫び、その軸を何とするかは人それぞれだが、デウスエクスへの説教で終わってしまってはグラディウスも十分な力を発揮できない。大事なのはミッション地域を必ず取り返すという強い意志に繋げることだ。
（「絶対に許せないぜ」）
　心に燃ゆる想いを宿して、木霊・ウタ（地獄が歌うは希望・e02879）が剣を構える。
「『宝』を奪われて……思い出を！　人生の喜びを！　日々の活力を！　未来を信じる希望を！　失った人達の心の痛みが、どれ程か！　今！　てめぇに思い知らせてやるぜ！」
　熱意は叫びとなり、叫びは力となる。ウタの手元からは光が溢れて、炎と雷に変わろうとしている。
　そして。
「皆の夢を！　一人一人の笑顔を絶対に守り抜く！　ケルベロスの牙を喰らいやがれっ！」
　咆哮と共に刃を突き立てれば、魔空回廊を守る障壁には爆炎と雷光が襲いかかった。
　激しい衝撃音が鳴り響く。立ち昇る煙が街並みを隠していく。
　けれどケルベロスたちは見失わない。討つべきものも、打つべき想いも。
「宝物は時に生きる気力を与え、時に心の支えとなる。自分の命と等しく扱い、生涯大事にする人もいる！」
「その『宝』というモノは各々によって違うだろう。物だったり、誰かだったり、……記憶だったり」
　村雨・柚月（黒髪藍眼・e09239）の叫びに、ダリル・チェスロック（傍観者・e28788）が続く。
「……だが良く知っている事はある。大切な何かを失うのは真っ平ゴメンで、最悪だということだ」
「宝を奪うというのは、単に物を失うという話じゃない！　人から気力を失わせ、心に大きく深い傷を残す！　それほどまでに残虐な行為を続けさせるわけにはいかないんだよ！」
　柚月も折り重ねるように声を張り上げ、揺るぎない意志を剣に注ぐ。
「俺がケルベロスとして守るべきはこの地の民！　それは言わば、お前の手から守るべき『宝物』だ！　魔空回廊を破壊して、絶対に守ってみせる！」
「一欠片たりとも貴様らに奪い取らせなどしない。否、触れる事すら叶わぬようにその全てを滅し尽くす……！」
　片や鮮烈に、片や粛然と。柚月とダリルのグラディウスからは、ウタの一撃に負けず劣らずの灼熱と雷鳴が撃ち放たれていく。
「このまま押し切ります！」
　さらに続けざま、イッパイアッテナ・ルドルフ（ドワーフの鎧装騎兵・e10770）が輝く刃に想いを託す。
　それは簡潔で、しかし確固たる決意。
　この地に留まり続ける人々の勇気に報いるため。彼らに平穏を取り戻すため。
　ドワーフと見紛うような夢喰いを許さない。大切な宝を奪うことを許さない。
「排除する！　本来の北野坂を取り戻す！」
　その明確な想いに、グラディウスは熱と光を解き放って応えた。
　障壁が嘆くような音を立てる。膨らみ続ける力は確実にダメージを重ねている。
　ならば切れ目なく吼え続けよう。
「持ち主が大切だって思うから『宝物』なんだ！　『物』だけ奪っても本当の『宝』は手に入らない、そんな事にも気付けない奴に宝を手にする資格なんてない！　それでも奪うと……奪えるというならやってみろ！　私の『宝物』は大切な家族や仲間と、皆との大切な思い出だ！　何十回でも何千回でも守り通してやる！」
　千が、瞳の輝きと同じくらいに烈々たる叫びをぶちまけた。
　それに耳を傾けながら、吾連は――僅かに表情を曇らせる。
　ふと過るのは『あの日』の光景。滲むのは宝物が目の前で攫われていく悲嘆と苦痛。
（「もしまた俺の宝物が。大切な人達の命、皆との絆が奪われてしまったら――」）
「吾連！！」
　追想を友の声が払い飛ばす。煌めく瞳は何処までも真っ直ぐに見つめてくる。
「大丈夫だ！　私が一緒なら！　吾連と一緒なら！」
「……そうだね」
　吾連は過去から現在に向き直り、剣を強く握りしめた。
　胸の苦しさが消えるわけではない。だが、それを持つ自分だからこそ生み出せる力が。
　守れるものがあるはずだ。
「あの日のような思いは二度としたくないし、誰にも味わわせたくないよ。多くの人々を悲しませ続けるヴィゴラスを早く止めなきゃ！　これ以上は何も奪わせない、皆の宝物を守り抜くよ！」
「そうだ！　行こう、吾連！」
「ああ！　悲しい事件を終わらせる為に！」
「奪われた皆の宝を取り戻すんだ！」
　哮りが交わり、紅蓮の炎と眩い閃光がうねる。二人が生み出す力は強大な竜が吐きつける息吹のように、障壁を凄まじい破壊の嵐で覆い尽くしていく。
　そこに最後の一振りを、エトヴァ・ヒンメルブラウエ（フェーラーノイズ・e39731）が添える。
「大事な物……は、それぞれにあるのデショウ。代々受け継がれタリ、大事な贈り物だったりすル。時計もその一ツ。俺ハ、それを修理し作っている側でもありますノデ……奪う事ヲ、見過ごす訳には行きまセン」
　澄んだ声音と落ち着いた語り口で、淡々と。しかし真剣に。
「『それ』を手にした時ノ、人々の顔を見た事がありますカ？　……人々の歴史を……想いを……心を奪う行為ヲ、止めさせて頂きマス」
　レプリカントのエトヴァは未だ発展途上の心で想い、考え、迷う中で浮かんだ意思を一言一言、丁寧に刃へと落とし込めていった。
　その成果は明確な形として現れる。八つ目の爆炎と雷光が溢れ出し、全てを束ねて障壁に向かっていく。
　そして程なく生じた雲塊のような煙に、ケルベロスたちの姿は覆い隠される。

　……力は出し尽くした。
　地に降り立ったケルベロスは、肩で息をしながら目を凝らす。
　不明瞭な視界。見据えた彼方には――障壁も、魔空回廊もない。
「夢喰いの悪夢、破壊完了だ！」
　柚月が勝鬨を上げて、ケルベロスたちは各々喜びや安堵を露わにした。
　だが、それも束の間のことだ。彼らはまだ敵陣の奥深くにいることを忘れていない。
「皆さん、グラディウスを」
　吾連がアイテムポケットを開いて呼びかける。後衛を務めるウタと柚月以外の剣が、その中に収められる。
　あとは煙の晴れる前に、敵が態勢を立て直す前に撤退を――。
「させるわけないでしょうがっ！！」
「っ！」
　忽然と響いた声に足が止まる。

●盗掘者
　ヴィゴラスだ。しかし何処から。
　武器を手に辺りを見回すケルベロスたち。そんな彼らを嘲笑うかのように、ドワーフを思わせる姿の敵は至近距離から現れる。
「あたしから……あたしから『奪う』なんて許さない！」
　激憤するヴィゴラスはツルハシ状の鍵を振り上げて白兎に襲いかかった。
　奇襲じみた攻撃に何をどうすることもできず、破壊の力が身体を貫く。
「このっ……！」
　反撃に撃ち放たれたのは氷結の螺旋。しかしヴィゴラスは鍵を手元で勢い良く回して、それを防ぎ切るとなお哮る。
「取り戻す？　守りきる？　偉そうに能書き垂れやがって！」
「随分とお怒りですが、そんなあなたの宝は何ですか？」
　敵の構造分析を終えたイッパイアッテナが一撃放ちながら問う。
　それを片腕一本でいなしてヴィゴラスは返す。
「全てだ！　あんたたちが宝と呼ぶ全てがあたしの宝！」
「……愚かなことを」
　ドリームイーターとしてモザイクを晴らすためとは言えど、やはり宝について根本的なところで認識の差がある。
　イッパイアッテナは呆れ果て、ミミック・相箱のザラキに攻撃の指示を出した。
　ザラキは偽の財宝をばら撒く。だが所詮、贋作は贋作。ヴィゴラスは歯牙にもかけない。
「人は名前も顔も人生も夢も、一人一人違う。誰かの宝は、誰かにとって宝じゃないかもしれないってのに、それをいくら奪ったってモザイクなんか晴れるモンかよ」
　どんだけ間抜けだと煽り立てた後、ウタは光の指輪を翳して歌い出す。地球のように青き光が具現化されて、傷を負った白兎を癒やし守るように揺蕩った。
　一方、ヴィゴラスにはダリルが向かっていく。もう少し敵の弱化や味方からの強化を待ちたいところだったが、戦場では思ったように動けないことなど珍しくない。
　全身を光の粒子に変えて、突撃。追尾性に長けた技が敵に迫り。
「甘いっ！」
　触れる直前、鍵に打ち払われた。
　鬼気迫るヴィゴラスの動きは攻守ともに機敏で、よくよく狙いすまさなければ捉えられそうにない。
　一連の流れを見やっていたエトヴァが前衛陣に向けて光り輝くオウガ粒子を放つ。それを浴びて覚醒した感覚を頼りに、千が電光石火の一撃を叩き込める一瞬を狙う。
　その直前。
「お前にはもう何も奪わせない。ここで俺たちが終わらせるからだ！」
　柚月が高々と跳び上がって蹴りを打った。
　さすがに全てを防ぎ切ることはできず、ヴィゴラスは正面から攻撃を受け止める。さらに矢継ぎ早、吾連も飛び蹴りを浴びせていく。
　与えたダメージはそれほど大きくないだろう。だが、敵の足を止められさえすれば。
「そこだっ！」
　吾連の攻撃に寸分の狂いもなく合わせて、千が回し蹴りを叩き込んだ。
　敵の小柄な体躯が宙に舞う。僅かに遅れて、ツルハシを取り落とした音が響く。
「……ちっくしょう！」
　ヴィゴラスはすぐさま起き上がり、武器を拾って駆けた。
「奪い尽くしてやる！　仲間、絆、思い出――それが宝だって言うなら、何もかも奪い尽くしてやる！」
　そのための鍵だ。ヴィゴラスは千に肉薄すると、ツルハシを逆さにして振るった。
　しかし斬るような一撃は狙ったとおりにいかず。庇いに割り込んだイッパイアッテナの肌を僅かに裂くだけで終わる。
「もう通しませんよ。何があっても」
　そう断じる彼の身体は、ドワーフの例に漏れず小さいが頑強頑丈。守護と不屈の意思も加わって、多少のことでは動じるはずもない。
　さすがだ。吾連が共感を示しつつ、変形したドラゴニックハンマーから砲弾を撃ち出す。
　着弾の衝撃で再び足の止まったヴィゴラスに、ケルベロスは次々と攻撃を仕掛けていく。

　……最初こそ気迫溢れる戦いぶりを見せつけていたヴィゴラスだったが、その動きが鈍重になるまでそれほど時間はかからなかった。
　急所を突くような蹴り、炎を纏った激しい蹴り。竜砲弾。バールのようなものでの斬撃。体を高速回転させながらの突撃。構造的弱点を狙った一撃。
　少しずつ機動力を奪われていったヴィゴラスには攻撃が次々と命中して、さらなる不調を与えながら防御力も剥ぎ取っていく。
　その流れを加速させていたのは、白兎の攻撃。駆動する刃で鬱憤を晴らすかのような猛撃を仕掛けた白兎は、続けざま先祖代々から改良されつつ伝わるという秘薬を傷に塗りたくっていく。
「デウスエクスとはいえ、ロリ巨乳を粘液まみれにさせるのは色々アレな気もするけど仕方ないよね」
　そんな戯言が口を突いて出る白兎。
　対して苦痛にのたうち回るヴィゴラス。
「宝物を奪われた人の痛みはこんなもんじゃない！　心の痛みはもっとずっと苦しいんだよ！」
　柚月が慈悲もなく吐き捨てる。直後、悶える敵にダリルがさらなる破壊を齎す。
「謳え雷（いかづち）、地に響け」
　大気が震えて、轟音と閃光が駆け抜ける。天より降って地を揺るがす、尋常ならざる威力の一撃がヴィゴラスを死の間際にまで押しやっていく。
　もはや悲鳴を上げることすらままならず。しかし最後の力を振り絞ったか、反撃のツルハシが回復に勤しむエトヴァを突いた。だが……。
「Das Zauberwort heisst Nudeln』
　純度の高い声音で呟かれた一言がエトヴァ自身の治癒力を増幅させて、防具越しに受けた僅かな傷を容易く癒やしきってしまう。
「お前の鼓動（ビート）が止まるまで、俺の炎は止まらないぜ！」
　治癒を務めていたウタが攻勢に転じて、燃え盛る炎の渦に敵を包み込む。
　その上方から。
「――常夜で眠れ」
　吾連が魔力で形成した数多のフクロウの幻影が音もなく飛び込み、爪で死の呪いを刻み込んでいく。
　そこに降魔の力を宿した千が駆けて。
「これが私たちの！　幾千の命と意思を継いで繋げた、未来を切り開くケルベロスの力だ！」
　ありったけの想いと拳を叩き込む。
　大勢は決した。
　柚月は千の言葉を反芻しながら、手にしたカードを天高く掲げる。
「これが……明日を切り開く最後の一撃だ！」
　カードは炎の龍と化し、一息でヴィゴラスを飲み込んで彼方に消えていった。
　北野坂を騒がせた盗掘者の姿は、もう何処にも残っていなかった。

●撤退
「鎮魂曲を奏でる暇もないぜ！」
　敵の置き土産である有象無象――宝を求める人の心から作られた配下たちが最後の攻勢に出ようとしている気配を察して、ウタは舌打ち、仲間と共に走り出した。
　……その最中。
「あ」
「どうかされましたか？」
　ウタが何かに気づいて呟いたのを、イッパイアッテナが拾い上げる。
　そして見やった先には……うどん屋の暖簾。
　ケルベロスたちの脳裏には道中の和やかな歓談が過る。
「くそ、腹減ってきたな！　かけうどんでも食いたいぜ！」
「いいですね。寄っていきましょうか？」
「魅惑的な提案ですが、それはまた後日にしましょう」
　軽い冗談にダリルが笑いながら返す。そんなやり取りをエトヴァは無表情で、しかし何処となく穏やかな雰囲気で見つめながら、良き戦友に巡り合えた作戦だったと振り返る。
　やがて八人は、ミッション攻略に挑んでいたケルベロスたちと合流して。
　八本の剣と共に無事、撤退を果たすのだった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 5／キャラが大事にされていた 0
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。