愛の証

作者:遠藤にんし


 音を立てて、指輪が真っ二つに割れる。
「――え」
 指輪を着けようとしていた女性は、呆然と、目の前の割れた指輪を見ている。
 目の前で、指輪に更に一撃が加えられる――砂塵のように砕かれて、指輪の原型はもはや無い。
「――」
 絶句、呆然としていた表情に、じわりと感情が滲む。
「モザイクは晴れないねえ」
 そんな彼女を見つめるドリームイーター、第八の魔女・ディオメデス。
「でもあなたの怒り」
「ソシテ悲しみ」
 言葉を重ねる第九の魔女・ヒッポリュテは鍵を掲げ。
「悪くナイ!」
 二人は揃って、女性へと鍵を突き立てる。
 様々な感情がないまぜになった表情のまま、女性は意識を失う。
 その代わりに現れたドリームイーターたちは。
「いやだ、壊さないで、壊さないで、お願い……」
「来るな! 来るな来るな来るな! 指輪に触るな!」
 悲しみと怒りの感情を喚き散らしながら、十本の指全てに纏う指輪を見つめていた。


 大切な物を壊すドリームイーターが現れた――破壊されたものが結婚指輪だと聞いて、フィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)はつぶやく。
「そんなの、ひどい……」
「ああ、最低なことだ」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)も言い、集まったケルベロスたちへこのドリームイーターの撃破を呼びかける。
 第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテによって生み出されたドリームイーターは二体。
「いずれも人型、十本の指全てに着けた指輪以外の全身がモザイクに覆われている」
 怒りと悲しみを叫びながら攻撃を仕掛けてくるだろう、と冴。
 被害女性の自宅そばの空き地で叫び続けているから、放っておけば不審に思った一般人が来てしまうかもしれない。
「これ以上被害を受ける者が出てくる前に、この二体は今のうちに倒しておきたいね」
 大切なものを奪い、破壊する……そんな行為は、決して許されない。
「そんなことをしたらどうなるのか、思い知らせてやってほしい」


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828)
ミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)
レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)

■リプレイ


(「どうして……よりにもよって指輪に目を付けたのか」)
 星詠・唯覇(星天桜嵐・e00828)が面を伏せれば、片耳だけの耳飾りが揺れる。
 亡き母から貰い受けた耳飾り――その片方を死神に壊されているからこそ、唯覇はこの事件を見過ごせなかった。
「せめて……安らかに逝って貰えるよう早急に倒さねばな」
 卑劣な行いは看過出来ない……呟く唯覇に、藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)は頷き。
「新しく買えば良いというものでもあるまいしな」
 特に女性にとっては、結婚指輪というのは一生の宝物。
 それをこのように扱うとは、実に性質の悪い敵だ……既婚者ではなくとも、その怒りと絶望は想像に難くない。
「せめて行き場を見失った感情くらいは浄化してあげないとね」
 空地へと歩みを進めながら、レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)は言う。
 生涯を共に過ごす配偶者。配偶者から贈られた指輪は、彼女にとっては世界で唯一の贈り物だったはず……失われたものを取り戻すことはもう出来ないが、ならば今、ケルベロスたちに出来ることは果たさねばならないだろう。
 ミツキ・キサラギ(ウェアフォックススペクター・e02213)は、ここしばらく重なる魔女の所業に思いを馳せていた。
「こいつらも早いとこ見つけねぇとまたデカイことやりそうだなぁ」
 思いを巡らせるミツキだったが、戦場となる空地ももう目前。
 考えを、魔女から今回の戦いへと切り替える。
 この戦いにおいてのミツキの得物は弓。幼い頃から練習を重ね、扱いには自信のある武器だからこそ、楽しみだと口元に微笑を浮かべた。
「指輪ねぇ……」
 望月・巌(昼之月・e00281)は独りごち、カルミアの花を象る自身の指輪に目をやる。
 生明・穣(月草之青・e00256)もまた、自身の指を飾る二つを見下ろした。
 その眼差しは優しく、少し悲しい。
(「愛してるから……ね」)
 物思いに耽りそうになる穣だったが、空地がもう目前にあることに気付くと、努めて意識を切り替える。
 空地へ入り込む直前、ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)はキープアウトテープを貼り、一般人の侵入に備える。
「いや、いや、いやぁ! 壊さないで、壊さないでぇ!」
 空地へ訪れたケルベロスたちに気付いてか、悲しみのドリームイーターは悲鳴を上げる。
「来るな! 指輪に触るな触るな! こっちに来るな!」
 叫びを上げるのは怒りのドリームイーターも同様――引きつったような絶叫に、ルルドはこのドリームイーター自身の苦しみを思う。
「……すぐに楽にしてやるからな」
 ルルドの影と同化するブラックスライム『影狼』が、蠢く。
「……フレイヤ」
 ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)に呼ばれると、ボクスドラゴンのフレイヤは空を切ってドリームイーターの元へと迫る。
 受け取った属性――力を得て、ケルベロスたちは戦いへと挑む。


「巌……行こう」
 フレイヤが己の属性によって仲間の護りを高める中、穣は囁いてオウガメタルを呼び起こす。
 満ちる煌めきは守護を重ね、ウイングキャットの藍華は澄める風で追随する。
 支援を受けた巌が狙うのは『怒り』のドリームイーター。
「好感度を売りにしてるからって、そこまで叩くこたぁねぇと思うが……世論が叩き易い方が良く燃えるってね」
 手にした改造スマートフォンを忙しなくタップ、そして画面から顔を上げ、ドリームイーターへと視線をやり。
「精々踊ってくれや」
 果たして、何をどこに送信したのか。
 最後にひとつタップすればスマートフォンからは光線が走り、回避しようとするドリームイーターへと付き纏う。
「さて、吾輩も行こうかのぉ」
 独りごちるカノンは弾丸を放つ。
 風を切り、モザイクの身体へと沈む弾丸――銃声が響く中、ファルゼンはゲシュタルトグレイブを手に『怒り』のドリームイーターへと肉薄。
「ちっ、近付くな――!」
 叫びを封じるように、モザイクに満ちた喉へと槍を突き立てる。
 深々と突き立てたために、ドリームイーターの振るう鍵の一撃を回避することがファルゼンには出来なかった。
 だが、護り手であるファルゼンにとっては痛手ではない……迅速な後退の直後、ミツキによる矢が奔る。
「挨拶代わりだ、持ってけ!」
 力強く矢が突き刺さる。
「これ以上近付くな! 来るな! 来るな! 指輪に触るな!」
 槍、そして矢。
 ふたつの攻撃に喚き立てるドリームイーターへと、ルルドは『影狼』を向かわせる。
「もっと欲しいなら、くれてやる」
 喰らいつく影に内部を冒され、ドリームイーターのモザイク模様に影が差す。
 そのまま地面へと引きずり込まれそうになる――『怒り』を助けるように、『悲しみ』はルルドを狙って食らいつくが。
「カラン」
 唯覇に呼ばれたテレビウムは素早く間に割って入り、賑わう映像で受けるダメージの軽減も行う。
 唯覇自身は胡弓による演奏に自分の歌を乗せ、続く戦いの中、倒れる者がいないように努めた。
「10個もあるのなら、思う存分壊せるわね。10倍返しよ」
 レイスは言って、ドラゴニックハンマーを砲撃形態へ。
 小さな身体で支え、苛烈なまでの一撃を放った――リボンで彩られた金髪が、大きく揺れた。


 影狼は暗幕のごとく広がって、『怒り』のドリームイーターを包み込む。
 その内側で何が起こっているのかは、影狼を操るルルド自身にすら知れないこと。
 しかし、ブラックスライムを振り払ったドリームイーターの十指全てにある指輪だけは依然として艶やかなのを認めると、不思議とルルドは安堵を覚えるのだった。
 指輪に注目しているのは、レイスも同じ。
「結局指輪なら何でもいいのかしら」
 指輪は、左右のどこの指につけるかによって意味合いが異なったはず。
 全てにつけているというところがなんとなく不思議だ――思うレイスの横をかすめるように、ミツキがドリームイーターへ跳びかかる。
「降魔の力にはこういう使い方もあるんだよ!」
 思い切り拳を振り上げるミツキ――回避しようと後退するドリームイーターは、しかしレイスの如意棒によって押し戻されてしまう。
 ミツキの攻撃のタイミングを知っていたかのような動作。
 とりあえず拳を叩きこんでから、ミツキはレイスに問いかける。
「初対面だよな? 何で合わせられるんだ?」
「さぁ、どうしてかしらね」
 軽やかに如意棒を振るいながら、レイスは肩をすくめるばかり。
「やめろ、来るなっ! 来るな来るな!!」
「酷ぇ叫び声だな、穣?」
 ドリームイーターの叫びに巌は言って、爆破スイッチによる痛烈な一撃をお見舞い。
 愛情などという不確かなものを確かにするための指輪を奪い、壊したドリームイーターは許せそうにない。
 怒りを思い知らせてやる――感情は、力強い一撃へと繋がった。
 藍華の風に『Sleeping Lullaby』をはためかせる穣が思うのは、感情の欠けた魔女のことだ。
 感情が分からない、通じない魔女から生み出されたこのドリームイーターも、本当の怒りや悲しみは知らないのかもしれないと、穣は思う。
 それでも――壊された女性が感じたものは、本当のはずだから。
 目まぐるしく続く戦いの中、庇いを重ね続けたファルゼンには大きくダメージが蓄積している。
 それに気付いた穣は、掌に練り水晶を表す。
「練り水晶の偽りの光の成す奇跡よその成すべきを成せ」
 光は癒しへ。
 大きくダメージを回復させたファルゼンは、しかし痛みも安堵も表に出すことなく、共に前線へ立つ仲間へと癒しを届ける。
「落ち着け。合わせろ。呼吸を。意識を」
 癒しの同調、治癒の促進。
 これまでの積み重ねの成果として発揮されたヒールの中であっても、ドリームイーターの悲鳴は止まらない。
「指輪に触れるな! 触れるな! やめろぉ!」
 その騒がしさの中で、唯覇は低くつぶやく。
「それがどんなに大切なものか……お前達にはわからんのだろうが……これを使った事を重々後悔するといい……!」
 カランの瞬きの横、奏でられる、演歌の声。
「美しく舞う桜の様を」
 渦巻く歌声は、やがてひとつのうねりとして風を生み、風は風を呼ぶ。
 やがて暴風へと変わればドリームイーターの叫びはもう誰にも聞こえなくなる――風によって引き裂かれ、『怒り』のドリームイーターは失われる。
 残された『悲しみ』のドリームイーターへと向き直り、カノンはドラゴニックハンマーを向ける。
「これはどうじゃ?」
 砲撃が『悲しみ』のドリームイーターを襲う。
 直撃した弾丸によって、ドリームイーターのモザイクは黒く煤けている……その様子を見て、カノンはゆったりと翼を揺らめかせるのだった。


 フレイヤのヒールは幾重にも重なり、ファルゼンもまたそこにオーラの力を加える。
 ファルゼンが攻撃に転化したのは、余裕が見えた一度だけのこと。フレイヤに至っては一度も攻撃には加わらず、ただひたすらに仲間へと癒しを送り続けていた。
 敵との攻撃の食い合わせ、仲間との体制を考えれば、それが最適解だと思ったから――時を経て、いまだ誰も危機に陥らないところを見ると、その考えは正しかったのだろう。
 穣は守護を高めるべくサキュバスちゅっちゅフォンM+を忙しなく操作し、藍華の風がその指先をくすぐったかと思えばカランが。
 付与された盾の力が、ドリームイーターからの攻撃をいなし続けるルルドへの力となった。
 ドリームイーターの手にした鍵に削られると痛みはある。しかし受けるダメージはそう多いものではなく、ルルドは指一本でドリームイーターに触れることで気脈を断つだけの余裕があった。
 一本の指で触れられただけだというのに、袈裟斬りを受けたかのような衝撃に襲われ、ドリームイーターの動きが鈍る。
「これで決めるわよ」
 レイスの視線はドリームイーターに。
 しかしミツキには自身への呼びかけだと分かり、即座に右手へ電気を纏わせる。
「いいぜ、合わせる! 七式、紫電掌ぉぉぉ!」
 右から飛びかかるレイスの手にはオウガメタルの、左から飛びかかるミツキの手には電気の輝きがあった。
 二つの光が、ドリームイーターを挟んで広がる――二つの光の境界線へと、カノンは魔力弾を撃つ。
 立て続けに撃ち込まれる弾丸は、指輪を破壊された女性のためにも早く撃破してしまいたいというカノンの優しさの表れでもあった。
 ――光が、闇が晴れ、姿の見えるドリームイーターはひどく消耗した様子だった。
「もう少しといったところかの?」
「ああ……安らかに逝って貰おう」
 唯覇は言って、エアシューズへと炎を宿す。
 地を舐めるように湧き起こる炎がドリームイーターを取り囲み、ドリームイーターの行動範囲は炎の輪の中にまで狭められる。
 身動きの取れなくなったドリームイーターへ迫れば、その炎がダメージにならない痛みを与えるかもしれない……だから、巌は改造スマートフォンを手に。
「じゃあな」
 Thank U 4 SentenceSpringによるビームがドリームイーターを直撃する――その後には、指輪ひとつも残ってはいなかった。


「一応様子は見ておこうかしら」
 ドリームイーターを撃破したことで、指輪を破壊された女性も意識を取り戻したはず。
 とはいえ、状況は気になるので見に行きたい……レイスがそのように提案すると、カノンはうなずいた。
「そうじゃのぉ……すぐ近くのようじゃから、アルディラさんに賛成じゃ。良いと思うぞい」
 そんな会話をする二人からそっと離れて、ルルドは静かに現場を後にする。
「行く前に、この辺のヒールをするか」
 ミツキが言い、ファルゼンは今一度ヒールグラビティを発動。
 荒れた場所の修復が完了すると、ケルベロスたちは女性の様子を見に行った。
 ――女性の体の状態には問題がなかったが、指輪を破壊され、精神の方はかなりの落ち込みが見られた。
 破片は、しかしヒールをしても元には戻りきらない。
「形あるものは代わりはきくけどよ、お前さんの命は代えがねえ」
 想いは確かになくならない。
 巌は慰めの言葉を口にして、穣はぽつぽつと語られる女性の言葉に耳を傾ける。
 唯覇もそんな女性のそばにいながら、さりげなく周辺を見回した。
 ここに、魔女たちが訪れた……何かヒントになるものはないか、唯覇は静かに警戒する。
(「新たな影も魔女の影もないだろうか……」)
 これ以上、彼女のように傷つく人が現れないように――願いを込めて、唯覇は目を配るのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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