武術演舞

■リプレイ

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　廃寺の庭園の木々は黄や赤に染まり、生い茂る草は地を飲み込まんと空に向かって真っ直ぐに伸びる。
　その草影に佇む男の姿。
　モザイクに包まれた肌は彼が異質な物、ドリームイーターである事をありありと伝えるようであった。
「ごきげんよう」
　彼の目の前に立った少女――旋堂・竜華（竜蛇の姫・e12108）は、恭しくも優雅に礼を一つ。
　そして横へと一歩踏み出し、ドリームイーターを真っ直ぐに見据えたのは英・揺漓（花絲游・e08789）だ。
「舞い踊るような武術……、是非とも拝見させていただこう」
　赤い長髪を風に靡かせて。
　どこか楽しそうに、竜華は妖艶に笑む。
「さぁ、一時の逢瀬、楽しみましょう♪」
　ドリームイーターはただ身を低く構える事で答えとし、軽くステップを踏んで前へと出た。
　ひょろりと大きな長身が、柔らかくしなやかに跳ね。
　地へと降り立った瞬間に、旋転から繰り出される蹴り。
　合わせて踏み込んだ瀬戸口・灰（忘れじの・e04992）が縛霊手に包まれた腕をガードに上げ、一撃を受け止める。
　情報通りのドリームイーターの動き。
　武術も舞踊もどちらにも型が基本にある為、相性は良いのかもしれない。
　流れる様に叩き込まれた肘を捌き受け、灰とドリームイーターは同時にステップを踏んで距離を取り。
　自らを護る形で八岐の鎖を蠢かせた竜華は、彼らのぶつかり合いに口元を歪めた。
　何しろ、暴走から戻ってきたばかりだ。戦いを、苦戦を、心躍る戦いを。彼はどれほど楽しませてくれるのだろうか。
「ふふっ♪　久しぶりに戦いを楽しめそうです♪」
　竜華は楽しそうに、楽しそうに呟く。
「俺もちょっとは期待して来てるんだぜ」
　鋭い瞳を更に細める灰。
　灰の戦い方なんて、昔に教えてもらったきりで半分以上我流みたいなものだが。
　武を極めようとする人には敬意を持って接すべきだと、厳しく教え込まれた事は身体が覚えているのだ。
「お前がただの技自慢、力自慢じゃないってところを見せてくれよ！」
　身体を覆うオウガメタルが光り輝き、加護が溢れる。灰の頭の上でサバトラの翼猫、夜朱が羽根を大きく広げた。
　舞う。加護を重ねるケルベロス達に魅せつけるようにドリームイーターは、跳ね、踊る。
　急接近からの急制動。
　牽制の甘い一撃を、大げさな動きでバックステップを踏み避けた大成・朝希（朝露の一滴・e06698）は注意深く息を吐いた。
「まずはあの踊るような体捌き、確実に捉えませんといけませんね」
　朝希はグラビティがなきゃ戦えないし、運動はいまいちだ。
　必要な戦いに着いて行ければそれで良いとすら思っている。
　自らの本懐は、征く背に寄り添う事だ。
　武の道を極めたい、って気持ちは本当の意味で向き合う事はできないだろう。
「気をつけて」
　その瞬間、朝希と並ぶ仲間たちの視界に朧げなイメージが流れ込む。
　蕗畑。背よりも大きな蕗を見上げると、その蕗の葉より溢れる大粒の玉水が零れ落ちる。
　笑い声が聞こえると同時にイメージは掻き消るが、光景も声も幻でも与えられた力と水は本物だ。
「――彼が、来ていますよ」
　姿見せぬ小人神の悪戯。
　向き合う事はできずとも、気持ちに寄り添う事はできる。
　邪魔をする者を消し去る事くらいは、全力でしよう。
「僕は絶対に、皆の味方だから」
　朝希はひとりごちる。

●
　加護に零れ落ちた水を指先で拭い、きらきら輝く瞳。
　流れる演舞は敵とはいえ、思わず目を奪われて息を漏らしてしまう程だ。
「わぁ、すごい動き……！」
　月鎮・縒（迷える仔猫は爪を隠す・e05300）は、わくわくを抑えきれない様子で獣の耳をピンと立てた。
「こんなドリームイーターもいたんだね。人から武術を奪うってか。奪って何になるんだろう」
　縒のテンションとは裏腹、首を傾ぐ風車・浅木（モノクロ・e11241）。
　色鮮やかな箱竜のコロルも、浅木に寄り添い不思議そうに瞳を大きく見開いている。
「武術は、一生懸命鍛錬を積み重ねて体得するもの……だよね」
　絢爛な装飾を施した大木槌を砲へと変形させながら、縒はきりりと表情を引き締め直す。
　怖がりでも縒も降魔拳士の端くれだ。
　強い武術には惹かれる所がある。
　でも、それは自らに足りないからと言って、人から奪える物では無いのだ。
　そんな事、上手く行く訳ない事は縒にだってわかる事なのに。
　トルコ石色の髪を揺らして。ぼんやりと表情を変える事無く、メイア・ヤレアッハ（空色・e00218）は頷いて同意を示した。
「ええ、きっとドリームイーターじゃなかったら惜しみない拍手を贈っていたと思うの」
　でも、あれの敵のものでは無い。
　磨いた人が別に居るイミテーションだ。
「……コハブは武術できる？　できないの？」
　声を掛けられた白いふわふわ毛並みのボクスドラゴンのコハブは、腕を突き出してしゅっしゅと腕を動かして見せた。
　そのままぴょんと跳ねて、後衛へと加護を与えてみせる。
「後でお兄さんに型とか教えてもらったら、コハブもちょっとはシュッとなるんじゃなぁい？」
　からかう様に言葉を紡いだメイアが、縛霊手を展開する。
「そりゃぁ良いな、一丁シュッとして嬢ちゃんを驚かせてやりな」
　彼女と腕を交わす形で縛霊手を展開した辰・麟太郎（臥煙斎・e02039）は、鋭い視線で敵を睨めつけた。
「しっかし夢喰ってぇのはどうにも、他人様の邪魔をするのが好きとみえるからな」
　まったく粋じゃねぇと呟くと同時に、メイアと麟太郎より霊力を帯びた紙兵が大量に吐き出され、仲間たちに加護を重ねはじめる。
「言いたい事はあるけど、とりあえずは目の前の武術さんを持ち主さんに返してあげよっか！」
　変形の終えた鎚を振って縒は明るく言う。
「そうだね。言っても分からない子は力で捩じ伏せるしか無いみたいだ。コロル、準備は良いかい」
　確かめる様に首筋に手を這わせる浅木に応え、コロルは色鮮やかに加護を与える。
「行こうか」
「敵さんの足元を狙って……飛んでけーっ！」
　エアシューズが流星を瞬かせて風を切り、縒の大槌が砲を吐き出す。
　流星の一撃を片手を地に着けて、飛び跳ね避けるドリームイーター。
　そのまま壁を蹴って着地するとぐっと腰を落とし、腕を伸ばした。獣のような筋肉を撓らせて、迫る砲に構える。
「さて、……久々に咲かせましょう、咲き乱れる炎の華を……！」
　そこに蛇の如く猛る炎を纏った鎖。
　熱に浮かされたかのように笑う竜華の瞳は、悦楽に揺れた。
　一瞬ドリームイーターの脚を絡め取ったその鎖は舞う足取りを奪い、草を爆ぜて、地を抉る。
　重ねる形で弾けた竜砲。
　揺漓は怯んだドリームイーターの懐に飛び込み、鋭い旋刃が如く一撃を腹に叩き込んだ。
「其の武術はきっと、人々を襲うものでは無いだろう」
　揺漓も武を歩むものだ。
　動きを見れば、本来の持ち主が気の遠くなるほどの鍛錬を積んできた事は想像に難くない。
　戦いに特化しきったというよりも、人に魅せる事を前提としたように見える武術。
「これまで積み重ねて来た修練を、本人の知らぬ間に崩してしまうのは如何にも頂けん」
　武術の数だけ、其れを極めんとする人の想いや意志がある。それ故に、他の手によって穢されることには我慢ならないものだ。
「……必ず、止めてみせよう」
　桃色の瞳を細め、揺漓はひたりとドリームイーターの前に拳を突き出した。

●
「舞い散れ！」
　竜華の声音に乗って、火花が爆ぜ、紅葉が散り、地が捲りあげられる。
　真紅の炎を纏った鎖が縦横無尽に跳ね回り。眼下に迫る炎。
　木の枝を掴んでぐるりと旋回したドリームイーターは、そのままメイアへと降り落ちて来る。
　咄嗟にコロルが庇いに羽根を広げ、メイアへと飛び込む。
「コロル、アリガト。……させないよ」
　壁を蹴り跳ね。
　宙で浅木は手元でバットのように持ち替えたバスターライフルに炎を纏わせて、思い切り振り抜きドリームイーターを弾き飛ばす。
　重ねるようにコハブがブレスを吐き。
　受け身をとって転がり、衝撃をいなしたドリームイーターは勢いそのまま立ち上がって舞の基本の型を取った。
　そして浅木へと改めて向き直ると、更に駆ける。
　そこに割って入った灰は、深い海を思わせる色のカットソーをグラビティの勢いにはためかせて。
　蝶を模したその力を、掻き消すように掴み潰して見せた。
「さあ、かかってこいよな踊り野郎。お前の極めた武術とやらで、よっ！」
　そのまま握りしめた灰の拳は降魔の力を宿し、ビリビリと空気を震わせながらぶつかり合う二つの拳。
　ドリームイーターと互いにその拳を叩きつけ合い、弾けたモザイクを降魔の力が食らうかのように塵と化す。
「武術は得意とは言えないかもしれないの、でも、わたくしはバールのようなものでのフルスイングは得意よ」
　メイアは庇われてばかりの少女では無い、過去に無くした記憶の後に重ねた経験は彼女を強くしている。
　そう、彼女は与えられた隙は有効に使う。
　突進せんばかりの勢いで、メイアはエクスカリバールをすくい上げるようにドリームイーターの背へと叩き込む。
　強かに壁に打ち付けられ身体を捩り、跳ね起きた敵はその場で構え。
　重心を落としながら踏み込んで、優雅なステップとは裏腹。刃の如く鋭い手刀を横に薙ぎながら、間合いを稼がんと跳ねた。
「こういうのうち知ってるー、蝶のように舞い蜂のように刺すっていうんだよねー？」
「そうさねぇ、月鎮の嬢ちゃん良く知っていたな」
　ドラゴニックハンマーを水平に構えた麟太郎に褒められ、縒がえへへと笑う。
「さて俺は龍のように猛ってみせようかねぇ」
「しなやかさなら猫だって負けないもんね！　……うちのナカに眠る、ケモノのチカラ……ッ！」
　同意を求めるようにファミリアの黒猫チロちゃんを小さく撫でてから、縒は獅子の如くオーラを膨張させ。
　麟太郎の鎚が豪と吠えた。
　向かう先に生まれた砲を紙一重で避けようとする敵。
「少しばかり痛くするぜ」
「猫のようにニャーンで、ライオンのようにがおーっ！」
　そこにタイミングを一瞬ずらした、縒の獣の本能を剥き出しに繰り出す二撃が、押し戻す様に砲の射程範囲へと叩き込む。
　夜朱も飛びかかり、更に猫の爪を重ねてやる。
「ふふふ。大丈夫、強さも美しさも皆さん全然負けてませんよ」
　仲間の動きに朝希は柔和に瞳を細め、武器をぎゅっと握りしめた。
「でも軽業師みたいな動き、格好いいなぁ……、やろうと思えば僕にもできるかなあ」
「ならば、やってみては如何だろう」
　モザイクを零しながら動きを一瞬止めたドリームイーターに間合いを詰めた揺漓は、ジャブを花糸で棍の如く受け流し。
　そのまま敵の背後に回ると、揺漓は背を水平に蹴り上げた。
「わ、わっ」
　独り言に答えがあった事に顔を上げた朝希は、目を見開いた。
　目の前には、此方によろめき倒れかかってくるドリームイーター。
　自らの握りしめた得物はエクスカリバール。
「ぴぎゃっ」
　変な声を漏らしながら、敵の肩に片手を付いて馬跳びの要領で跳ねる朝希。
「行くぞ」
「は、はいーっ！」
　背後から交わす形で、揺漓と朝希の二つのエクスカリバールがドリームイーターに叩き込まれた。

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　舞うように、跳ねるように。
　初撃を鎚の柄で反らし滑らせ。繰り出された拳を躱した麟太郎は金色の瞳を細めて、続く連撃をガードを上げ受ける。
「そろそろ終いのようだな」
　明らかに悪くなった動きからは、ドリームイーターのダメージと疲労の蓄積が目に見えるようであった。
　麟太郎の背に手を付いてトンと跳ね飛び出し、縒は両の爪先にチカラを籠める。
「デウスエクスさんの武術、とってもとってもすごかったよ」
　でも、と縒の濁した言葉を次ぐのは、メイアだ。
「それは、あなたのものではない」
　――神鳴りの夜も、きらいじゃないの。古い絵本に居た雷獣。
「あなたの身に宿る武術を磨いて育て上げたのはあなたではないもの。……人に魅せつけていい気になっていいものではないの」
　暗雲呼びて、夜を喚び。雷鳴纏て降り来たる。
　轟く雷音は、響き駆け。
　一瞬身体の自由を奪われたドリームイーターは、踏ん張り残ったままに転倒する。
　跳ねた朝希は、流星の重力を纏い脚を引く。
「武の極みを目指すその夢は本人の手で叶えて貰わなくちゃいけませんからね」
「それは他の手によって穢して良いものでは無い」
　朝希の蹴り擡げたドリームイーターの身体の顎下に、揺漓は白いオーラを纏った拳を叩きつける。
　散る拳撃は白き花の如く。
「打ち砕け――、俺に咲きたる、白き花」
　顎下から砕け、モザイクがこぼれ落ちる。
　それでも浮いた身体をなんとか繋ぎ止めようと、ドリームイーターは枝に腕を伸ばす。
　握りしめる拳。
　望みどおりその体は食い止められた。
　ただし、そこに絡みついていたのは炎の鎖だ。
「さぁ、終幕と致しましょう……炎よ彩れ……舞い散れ！　炎の華！」
　笑みを深めた竜華は、燃える剣を横薙ぎに振るう。
　破れかぶれといった様子で弾き飛ばされた勢いで繰り出す拳を、浅木は縛霊手を盾のように突き出して裁き。
「じゃ、サヨナラ」
　纏う地獄を叩きつける浅木。
　地獄はモザイクを、首を、正気を、焦がし燃える。
　銀色のオーラを纏い、前衛へと麟太郎は最後になるであろう加護を叩き込んだ。
「人が何かに打ち込んでる時に邪魔をするのは粋じゃねぇ、やっちまいな」
「おしまいだ、踊り野郎」
　にゃ、と小さく鳴いた夜朱と灰が同時に地を踏み切った。
　爪と拳が叩き込まれた男の形をしたモザイクは砕け、その場に溶けるように消え行く。
　竜華は幸せそうな笑みを浮かべ、スカートの裾を小さく擡げ片足を斜め後ろの内側に引き、背筋を伸ばしたままに礼をした。
「良き逢瀬、でしたわ」
「オツカレサマ」
　小さく頷いた浅木が確かめるように首筋に掌を這わせる、その足元にコロルが寄り添った。
　揺漓が周りにヒールを始めると、獣の耳をピンと立てて縒が手を上げた。
「あっ。そういえば……、おにーさんはちゃんと目が覚めてるかな？」
　灰が、お、と頷き。
「見に行くか？　俺も、戦ったのは本人じゃないけど、確かにすごい技だったって伝えたいしな」
「はい、すごく鮮やかで素敵な武術でしたものね、本物だって見てみたいです」
　朝希もへにゃりと笑い、行きましょうか、と歩み始めた。
　敵の戦い方は彼の目指す究極の武術の姿だと、ヘリオライダーは言っていた。
「わたくしもみてみたいの！　本当の、本物。ドリームイーターとは違って、きっととてもすてきなの」
　コハブも弟子入りしなきゃね、とメイアは笑って毛布を取り出した。
　それでも、本当の努力を重ねた姿は素敵だろう。
　頭に乗せたコハブが楽しみだと言わんばかりに鳴く。
　疲労もあったのであろう。まだぐっすりと眠る青年の横には、いつの間にか竹皮に包まれた握り飯が置いてある。
　彼の目が覚めるまで、あともう少し。

作者：絲上ゆいこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年11月25日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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