紅葉温泉郷

作者:柊透胡

「紅葉も盛りの季節ね」
 楽しそうに笑みを零す結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)。けれど、すぐに困惑の面持ちで眉を顰める。
「信州の山間にね、紅葉に囲まれた9つの出湯の郷があるんだけど……ちょっと前にデウスエクスの襲撃があって。周辺の幹線道路を壊されてしまったのよ」
「本件は、その復旧要請となります。幸い、目立った被害は幹線道路の寸断のみですが、山間の街です。交通事情の悪化は、地元の方も困られるでしょうから」
 くるくると表情を変えるドワーフの少女と対照的に、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、粛々と説明を続ける。
「幹線道路のヒールは、ケルベロスの皆さんで手分けして尽力頂ければ、半日で完了すると思われます」
「それでね。一仕事の後は、紅葉を観ながら外湯巡りとか、素敵じゃないかしら?」
「本来、外湯巡りは宿泊客のみ、だそうですが、今回はヒールの御礼も兼ねて、ケルベロスの皆さんにも堪能して頂きたいとの事です」
 浴衣姿で石畳の小路を散策すれば、格子窓に土壁、或いは頭上に張り出す渡り廊下の欄干、等々――大正から昭和初期に掛けて、増改築を繰り返した木造建築が多く残るレトロな光景は、訪れる人のノスタルジアを擽る。
「9つの外湯は、全て源泉掛け流しなんですって♪ それぞれ、効能も違うみたいよ」
 一番湯は胃腸、二番湯は湿疹、三番湯は切り傷やおでき、四番湯は痛風、五番湯は脊椎病、六番湯は眼病、七番湯は外傷性緒障害、八番湯は婦人病、九番湯は子宝や神経痛に良いという。
 外湯は何れも、歴史を感じる佇まい。地元の人も毎日利用する共同浴場であり、祈願手ぬぐいにスタンプを押しながら巡る。最後に石段を登って温泉街を見下ろす薬師寺で印綬すれば、満願成就。九(苦)労を流す厄除けの御利益があるという。
「何かと生傷の絶えないケルベロスにはぴったりよね。街歩きの一休みに、気軽な足湯もあるみたいよ」
 共同浴場なので湯巡りするなら男女別となるが、旅館の貸切風呂も利用可能。味わい深い木造建築の老舗が多いようだ。
 もう1つ、オススメなのは「九糖巡り」。9つに仕切られた小箱を手に街を巡り、好きなお菓子を集めて自分だけの詰合せを作り上げる。
「お土産屋さんも沢山で、温泉街ならではの温泉饅頭も色形や皮、餡がお店毎に違うんですって。他にも、お団子とかソバ餅とか。クッキーやケーキとか、洋菓子もね。職人さん拘りのお菓子も一杯あって目移りしそうね♪」
 『九糖』と銘打っているが、お菓子だけでなくお土産の小物等、思い出の品を入れても面白いかもしれない。
 ケルベロス達で賑やかになれば、不安になっていた温泉街の人々にも、きっと元気になってくれる筈。
「それじゃ、皆よろしくね♪」
 既に浮き浮きしている美緒に続いて、慇懃に会釈する創も穏やかに微笑んでいるようだった。


■リプレイ

●九湯巡り
 秋粧う信州の山々を背景に、ケルベロス達はヒールに勤しんだ。大人数のお陰もあり昼前に復旧が完了すれば、お楽しみの時間。
「温泉、どんな風なのか楽しみだな~」
 分身の術で時々幻想化しながらヒールして回った桜庭・果乃は、いそいそと街へ。
「あ、美緒ちゃんだ」
 途中、土産物屋で小箱を受け取る結城・美緒を見掛けた。九糖巡りのようだが、果乃のお目当ては温泉の方。
 転がるように駆け出す果乃の傍ら、のんびり錦の天蓋を見上げるエルス・キャナリー。
「あっちもこっちもすごーいです!」
 初めての街と紅葉に、ハイテンションなリリウム・オルトレインが微笑ましい。
「あーっ! こっちにも落ちてますよう!」
「転ばないようにね? ……って、リリウムちゃん!?」
 可愛い姿に釣られエルスが落葉を1枚拾う間に、リリウムは紅葉の小山に埋もれている。
「うう、拾い過ぎちゃいましたー」
「全部はちょっと難しいね……綺麗な、数枚持ち帰りましょう?」
 しょんぼりの頭を撫でて菓子を買ってあげれば、泣いた仔犬はもう笑顔だ。
「一緒にどこか行くなんて夏以来だね」
 照れ隠しに早速、温泉饅頭を頬張る円谷・円。
「すごく綺麗に色づいてるね。秋ーって感じ」
「ほんと……綺麗に染まるもんだね……」
 そんな恋人が微笑ましくて、二階堂・燐は眼鏡越しに双眸を細める。こうして景色に感動したのは、ちょっと久しぶりかも知れない。
「燐ちーと一緒に見れて良かった!」
(「僕も……君が、そばにいてくれてよかった」)
「一緒に来てくれてありがとうね、円さん。……寒く、ないかい」
 寄り添えば、風が吹いてもあったかい。
「お揃いですね」
 舞い落ちる紅葉は簪代わり。苑上・郁も1枚、九条・小町の黒髪にお返しする。
 知らない時代の街並みなのに、懐かしく思える不思議。並んで歩くと、ずっと一緒に育って来たような安心感に満たされる。
「九湯全部巡って手拭いを厄除けお守りにするわよ!」
 小町の気合に、楽しそうに頷く郁。
「2人で歩いた絆の手拭い、きっと厄も祓ってくれますよ。小町さんに降る災厄など、私が追い払ってやりますとも!」
「そっか、絆が厄を祓うのか……私も貴女の厄を祓う存在になりたいな」
 互いの存在も言葉も、とても頼もしい。繋いだ手からポカポカする。
「わぁわぁ、ここが第一の温泉なのですねぇ」
 レトロな一番湯に、思わずはしゃぐ天壌院・カノン。しっかりと手を繋ぐリティア・エルフィウムの藍の双眸も輝く。
「リティアのお背中、お流しいたしますわ」
「あ、ありがとうございますね。えへへ……私もお背中流しますよー♪」
 背中を流し合い、湯船に浸かってまったりと。
「うーん、あたたかいですねぇ。リティアはどうですか?」
「はぁー、とっても気持ちいいです♪」
 ドキドキ素敵な温泉巡り。9回繰り返せば、満願成就だ。
「二番湯、熱かったね……まさか、自分で水を入れないといけない、なんて……」
 最初に夢ぐり願い処に寄った「ノブレス・オブリージュ」の3人。引いた籤の番号の温泉に入り願掛けすれば叶うとか。引いた番号は正に、2番。
「強敵でした……敵の炎には耐えられてもアレはダメです! 強すぎます!」
 四方・千里の言葉にしみじみと頷くラリー・グリッターは、通り掛った老舗旅館の佇まいに歓声を上げた。
「おぉ、これはわたし達のヒールで治したらダメになっちゃう所ですね!」
 折平・茜を待つ間、壮大な木造建築に見惚れている。
「折平、まだかな……あんこ入りソフト、美味しかったし……帰りにもう1本……は食べすぎになりそう?」
「ソフトクリーム、おいしかったですね!」
 湯も糖も堪能して、後は3人揃って記念写真だ。
 三番湯は昔ながらの湯屋風。風呂場はタイル張り、高い天井の格子窓から陽が射す。切り傷に効ある湯は透明で、独特の臭いもない。
 掛け合ってはみたが、共同浴場故に貸切は断られた。人がいなかったのは幸か不幸か。
「あつっ!」
 無人即ち湯温調整されておらず、源泉からザブザブ注がれ相当に熱い。息を呑む生明・穣が慌てて加水する事暫し。
「こういうのは思い切って入っちまえば案外どうって事ないモンよ」
 熱さにたじろぐ面々を尻目にさっさと入る嘉神・陽治は、水道近くの適温を指差し教える。
「前評判は聞いてたけどわりと熱めだねー」
 湯を手で掻き回してから、徐に足を浸けるウォーレン・ホリィウッド。
「……うん、でも火竜焔神洞とか程じゃない、大丈夫だよ。大和さんー」
 ケルベロスならではを呟き、神妙な顔つきで手招く。
(「うっ、オレ熱い湯はニガテだぞ……」)
 顔を強張らせ、丹呉・大和は恐る恐る。
「押すなよ! 絶対押すなよ!?」
(「何だ、誘い受けか?」)
 芸人的な乗りで、望月・巌が大和の背中をドンと押せば案の定。
「んにゃぁ、熱っ! よくもやったな、巌!」
「ってばっ、引っ張るな……のわー! うわっちぃーい!!」
「危ないことしちゃダメだよー」
 お約束はこの辺でお仕舞い。賑やかに湯船に出たり入ったりすれば、全員紅葉のように茹で上がる。
 ここでも、巌はアヒルちゃんを配る。一番は黄色、二番の白の次は藍色だ。緑、黄緑、青地に雨模様、黒で猫耳付、林檎の赤と紅葉色と続く予定で、仲間や今日の思い出をイメージしている。
「熱いのガマンした分だけフルーツ牛乳奢って貰おうな! 巌に!」
「僕も飲みたい。紅葉見ながらはきっと格別ー」
「ああ、皆の分もな!」
 賑々しい3人を見守りながら、陽治は傍らに耳打ちする。
「今度は2人きりで来ような」
 穣は嬉しそうに笑った。
「では、お先に失礼します」
 特に話す事もなく先に上がった都築・創を見送り、六番湯で独り溜息を吐く長篠・ゴロベエ。
「はあ……」
 自称引篭もりにも引き篭もる理由がある。ゴロベエは話すのも自分から動くのも苦手だ。結果、上手く運ばない事も多い。
(「あーあ、正常に人付き合い出来る人達が羨ましい……」)
 時に苦手意識と向き合うのも大事だろう。
 先に九糖を巡り九湯にも洒落込む、ルリィ・シャルラッハロートとユーロ・シャルラッハロート姉妹。漸く七番湯まで来た。
「手拭いにスタンプも温泉っぽくていいわよね」
 どんな湯加減か1つ1つ堪能しようとするルリィに対して、早く九糖が食べたいユーロ。
「どんどん攻略していこうよ」
「うーん、もう少し身長も育って欲しいんだけどな」
 急かしても動かぬ姉に業を煮やし、ユーロは尻尾を擽ったり背後から抱き付き豊かな胸に手を伸ばしたり。
「お姉様の方が、スタイル良いじゃない」
「ユーロだって成長してるでしょ」
 じゃれる姉妹に合わせて、湯船もバシャバシャと。
 そうして、九湯の後に薬師寺で印綬すれば晴れて満願成就。黄昏時に灯瞬く温泉街を、二藤・樹とヒメ・シェナンドアーはのんびり散策する。
「いや、ほんと凄いわ」
 『ヒールで幻想化してないのに幻想的な風景』に、興奮気味の樹。
「誰かの想像力で作られた調和のある幻想は新鮮ね」
 1歩後ろから色々思いあぐねていたヒメは、えいやと前に出る。
「他にも素敵な風景は沢山あるだろうし、出会う機会もあると思う……その時も又、隣で居られたら嬉しいわ」
 耳を擽る願いに、思わず樹は身長差15cmを見下ろす。
「それじゃ、はぐれないようにしないとね」
 差し出された手に、ヒメは笑顔で手を伸ばした。

●九糖巡り
 英・虎次郎とブリュンヒルト・ビエロフカが夫婦になって初の秋デート。紅葉柄の着流しと羽織で紅葉狩りだ。
「日本の紅葉は綺麗だよなぁ。街並みも昭和浪漫、だっけ? アタシ好きだなァ」
 はらりと落ちる葉を1枚捕えては秋の香りを愉しみ、紅い絨毯を舞い上げては秋の音を奏でる。
「楓にも花言葉はあるんだぜ。『大切な思い出』……ひとつひとつさ、大切な思い出にしていこうぜ」
 その実、今日も最高に可愛いと、虎次郎は最愛の妻に見惚れている。歳をとっても、家族が増えても、ずっと寄り添いたい。
「なあ、ヒルト……愛してるよ」
「今度は、3人で来ような♪」
 軒を連ねる土産物屋は、拘りの甘味もそれぞれ。「九糖巡り」は、9つに仕切られた小箱に自分だけの詰合せを作り上げる。
 浴衣姿に下駄をカラコロといざ行かん。歴史情緒に溢れた街を巡るヴィルベル・ルイーネとナディア・ノヴァ。
「歩くだけでも満たされるようだな」
 各店で一目惚れした饅頭を選ぶヴィルベル。
「温泉饅頭や団子も捨てがたいが、洋菓子だって負けてないな」
 ナディアはあーだこーだと吟味する。
 揃って8つ埋め、中央の1枠はどうしよう?
「あ……お揃いにする?」
 ヴィルベルの視線の先に並ぶ豆皿の数々。此処を訪れた形が残るもの。
「お揃いなぁ……」
 思案顔のナディアの選択は、ヴィルベルの紅葉柄の色違いだ。晴れて完成した九糖、更なる思いを詰めにいざ散策再開。
「美緒おねえ、ヒールお疲れ様なのじゃ」
 美緒に挨拶したウィゼ・ヘキシリエンは、小箱を見比べ苦笑する。
「流石の彩りや配置じゃ。アヒルちゃんミサイルの鳥尽くしとは雲泥の差なのじゃ」
「個性的で面白いと思うけど?」
「グワッ、グワー」
 最後の1つはひよこサブレ。アヒルちゃんミサイルにブレは無い。
「ステラの分も俺が払ってやるよ! にひひ、両親によろしくなっ」
「やったぁ。あぽろのおごりー♪」
 可愛い妹分に太っ腹を見せる草火部・あぽろ。お揃いのツインテールを揺らし、ステラ・ハートはにひひと笑う。大好きなお姉さんのマネをしたいお年頃。
「おいおい、逸れるなよ?」
 大はしゃぎのステラをあぽろが追って九糖を巡り、途中、足湯で一休み。
「よしよし、太陽の巫女さまは暖かいぞ」
 あぽろにぴったりくっつき、白皮に黒餡の饅頭を頬張るステラ。
「めちゃくちゃおいしいのじゃよ!」
「わかったわかった」
 力説する妹分の頭を、あぽろは三色団子片手に笑顔で撫でる。
「洋菓子は好きだけど、折角だから和菓子がいいな」
「私も和菓子オンリーにしてみようかと」
 ふかふか柔らかな食感を好むアンセルム・ビドー。伊織・遥は温泉饅頭を食べ比べたい様子。
「小箱だと、小食の私にもいいですね」
「伊織はあんまり食べない人だったね……あ、温泉街と言えばお土産。お土産といえば、指人形だね」
「……ん?」
「伊織、どんなのが良いと思う? ボクとしては、頭にタオル乗せたのが良いな」
(「ああ、小さい人形も対象なんですね……」)
「……可愛らしいと思います」
 相変わらずのアンセルムの人形愛だが、この位ならまだ可愛い方と思う事にした遥だった。
「何を詰めようか、わくわくするなあ」
「まるでお菓子の宝石箱だね」
 燈・シズネの言葉に、嬉しげなラウル・フェルディナンド。
(「胡桃のお饅頭、銀杏の練り切り、柿のパウンドケーキ……どれも魅力的で目移りするね」)
「何考えながら詰めてるんだ?」
「今はまだ内緒だよ」
 ラウルの返答で余計気になるシズネ。あんまりに楽しそうな彼の表情ばかり窺っていたら。
(「おめぇの好きそうなもんだけ詰めちまったじゃねぇか!」)
 紅葉の和菓子に星屑の金平糖、シズネの箱に溢れる鮮やかな彩――それも悪くない。
 お互い相手の好みを詰めた九糖は、きっと笑い話になる甘い幸せ。

●紅葉温泉郷
 今回、最も大所帯の「うどん喰亭ふーさん」御一行は、旅館の露天風呂を貸し切った。混浴状態なので水着着用している。
「まず乾杯しちゃいますかね。シェスティン様お帰りなさい。かんぱーい!」
 成人には日本酒を、未成年やドワーフにはオレンジジュースやアップルジュースを徳利に入れて。餓鬼堂・ラギッドの音頭で、お猪口で乾杯。
「一仕事終えた後の温泉は格別でござるな。皆、此度は誘いに乗ってくださり、誠にありがたき幸せ!」
 明るく挨拶する岩櫃・風太郎。雪村・達也と背中を流し合う。
「気が付けば、今年も残り1月半程。まあいろいろあったもんだ」
 存外に疲れも溜まっていたか。それも、温泉に浸かれば流れ落ちるというもの。
「ハロウィンは大変でござったな」
「む……」
 風太郎の武勇伝に、自分も負けてはられないと対抗心を燃やす達也。一方で、女性陣には努めて真摯に。
「あの、シェスさん。髪洗うの手伝おうか?」
「ありが、とう」
 特に女性陣と仲良くなりたい加西・裕香は、頑張って声を掛けた。指通りの良いシェスティン・オーストレームの髪質に、感嘆の息を吐く。
「クロさんも、後で」
「ありがとう、裕香。折角だから、お互いに洗いっこしようか」
 風太郎以外とは初対面のクローネ・ラヴクラフトは、裕香の言葉に嬉しそうだ。新しい交友の輪が広がれば何よりだ。
「シェスティンも紫姫もどう?」
 その楽しげな光景は、眩し過ぎて直視出来ない風太郎が動物変身で小猿になった程。
「店主さんやシェス様、皆様と知り合って早いもので半年ちょっと、ですか」
 自称吸血鬼の所為か、流水だけは本当に苦手。洗いっこ中は硬直していた神苑・紫姫も(洗う方はビハインドのステラが代行した)、温泉に浸かれば人心地がつく。
「楽しい時ほど早く過ぎる……全く、その通りのようですわね」
 自然と、好きな事や趣味など楽しい話題に。お喋りと温泉の効果で、心身共にポカポカ幸せ。
「そう言えば、日本ではお風呂上りには腰に手を当てて牛乳を飲むんだっけ。後でやってみたいな」
 湯の中で身体を伸ばし、紅葉を眺めるクローネ。秋の気配にしみじみと。
「今年も後少しだね……達也と風太郎は、どんな1年だった?」
「今年は『試行錯誤』。幾度と失敗したが得たものは多いでござる」
 人型に戻って風太郎が答えれば、俄かに真剣な雰囲気に。裕香も自分の大切なものを守りたい、と呟く。
「大切なものを、守りたいという気持ちは、大切で、素敵なものだと、思います」
 ハッと恥かしげに湯に沈む裕香に、おっとり笑み零れるシェスティン。
「私に出来る事でしたら、いっぱい、裕香お姉さんのお手伝い、させていただきます、ね」
 やはり異性同士の水入らずは旅館の貸切風呂を選んだ者が多い。
「温泉に入りながら、紅葉を堪能できるって贅沢だな」
 舞い散る紅葉を翳して見せる四辻・樒。微笑む月篠・灯音は、掬った掌の湯面にその紅葉を映す。
 ――吹く風の 色のちくさに 見えつるは 秋の木の葉の 散れはなりけり
「綺麗なのだ、樒」
 この綺麗な世界を守るなら 2人で戦うのも悪くない。
 ――秋山に もみつ木の葉の移りなば さらにや秋を 見まく欲りせむ
 次の秋もそのまた次も、ずっとずっと一緒に紅葉を見たいと願う。
「灯が居なければ色褪せるがな」
「っふぇ!?」
 不意打ちのキスに湯船に沈む灯音に、樒は熱く囁く。
「ん、愛してるぞ。灯」
 ルース・ボルドウィンと花道・リリは、湯に浸かり九糖を見せ合う。
「道中食べた肉まんの余りと、土産屋のおば様が分けてくれた枝豆」
「食いかけやら貰い物ばかりだが」
 リリを批評するルースだが、本来は食の興味は乏しい。そんな彼の箱は。
「塩味の豆、豆入りの煎餅、豆系で攻めた最高傑作だ」
 彼にしては頑張った方だろう。
「コレは豚の……」
「豚? 早く寄越しなさい」
 豚とだけ聞き、ルースの説明の前に口に放り込めば。
「甘っ。酒と合わないじゃない」
「ラクガンだったか。店番のジジィはコマイヌとか言っていたが」
「……まあ、嫌いじゃない」
 ぶくぶくと口元まで温泉に沈むリリ。見交わす視線を和ませる。
「今日はこのままのんびり過ごそうぜ」
「にゅー、温まる……」
 一緒に湯船に浸かる戯・久遠と津雲・しらべ。
「この間は守り切れなくてすまなかったな」
「乱戦だったから、さ。カッコいい久遠が見れたから、それで満足」
「くそ、オーク共め。しらべに触れていいのは俺だけだっつーの」
「ん、それは私も、だよ……」
 湯船から上がっても寄り添って。恋人達のお喋りは尽きない。
「しらべは何かしたいってあるか?」「んー……今は久遠と一緒に居たい、かな。久遠は?」
「とりあえずはクリスマスを一緒に過ごす事、かな」
「ケーキ美味しいの食べたい! あとあと、プレゼントは何がいいかな?」
 九湯巡って、そろそろ夕刻。巽・清士朗と橘・楓は客室でゆったりと。
「九湯に九糖とはウチの町と似ていて、親近感が湧くな」
「ふふ、そうですね……ここも、とても素敵な場所……」
 お猪口を合わせて夕陽を眺めながら、楓は少し緊張している。
「……えぇと、その……この部屋って……」
「ここなら九湯巡りのように別々にならずともいいらしいが」
「それって、一緒に……ちょっと、恥ずか……しい……かな」
 楓の赤面を隠す銀髪に手を伸ばし、微笑む清士朗。
「さて、貸切の十湯目は……どうしような?」
「……聞かなくてもわかってるでしょう……意地悪」
 桶に徳利、お猪口は2つ。湯に浮く桶を竜尾の先で遊び、文字通りに羽を伸ばすムジカ・レヴリス。
「ああ、湯は気持ち良いし、酒は美味いし、最高だね」
 黒木・市邨の表情も幸せそうに綻んでいる。
「ふふ、何だか色っぽいね」
「あら、今だけ?」
 火照る頬を撫でる指先のお返しに彼の頬を挟み、少し残念そうに問うムジカ。
「……何時も艶めいていたら、困るよ。俺の前だけじゃないと、駄目」
 自然と重なる唇は、九湯のように熱くて、九糖のように甘い。
「温泉入りたいってお願い、叶えてくれてありがとう。市邨ちゃんと一緒が嬉しい」
 九糖巡りもして帰ろう。美味しいお菓子は、いつものようにお土産に。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月23日
難度:易しい
参加:50人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。