夜闇に傲りは煌めく

作者:深淵どっと


 そこは、都会の喧騒から離れた山奥に建つ豪邸。
 澄んだ空気に満ちたその屋上で、鮮やかな装飾が施されたワイングラスを片手に1人の男が遠くにちらつく街の夜景を見下ろしていた。
「いやぁ、やっぱたまの休日は凡人があくせく働く彩りを眺めながらの一杯に限るねぇ」
 鼻で笑うようにして、男は残ったワインを飲み干していく。
 そして、テーブルに置いたグラスが軽やかな音を立てると同時に響く、足音。
「中々良いセンスね。この豪邸も、そのグラスも……その邪な思考も」
「な、誰だ!?」
 男が振り向くより早く、足音の主――緑の衣類を纏ったシャイターンは男を炎で包み込んでしまう。
「あなたは選ばれたのよ、勇者として。……あぁ、思った通り、似合ってるわ。それじゃあ、私が迎えに来るまでに、その武具を使いこなせるようにしておきなさいよね」
 緑の炎より現れたのは、元の男の姿ではなかった。
 先程のワイングラスのように鮮やかな装飾に彩られた鎧、眩い金色の刃を持つ曲刀と盾。
 勇者――エインヘリアルとして選定された男は、シャイターンの言葉に忠誠を誓うかのように頭を垂れると、ゆっくりと立ち上がる。
 見下ろすは遠くに輝く街の夜景。そして、金色の戦士はその輝きの中へと降り立つのだった……。


「よく集まってくれた、ケルベロスの諸君。今回はどうやら、複数のシャイターンに動きがあったらしい。キミたちには、その内の1人が起こした事件の対処に当たってもらいたい」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を見渡し、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は話を続ける。
「そのシャイターンの名は緑のカッパー。彼女は死者の泉の力を使い、炎で焼き殺した男性をエインヘリアルへと変化させているようだ」
 今回はそのカッパーによって生み出されたエインヘリアルの対応と言う事になる。
 エインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇した状態であり、近くの街に降り立ち殺戮を始めるだろう。
「急いで現場に向かってくれ。今ならまだ被害が広がる前に対処できる筈だ」
 エインヘリアルとしては生まれたてだが、その戦闘力は侮ってはいけない。
 身を包む華美な武具は決して見てくれだけではなく、秘められた力は非常に強力な破壊力を秘めている。
「彼は最早、エインヘリアルとして選ばれた事を受け入れてしまっている。心苦しい所はあるかもしれないが……倒す他無いだろう」
 元より、傲慢な性格であったが故に、自分が他の人間とは違うと言う事に誇りすら覚えていると思われる。
 彼からすれば自分以外の人間など、全て格下なのだ。そして、実際に力を得てしまった事で、それは暴虐によって実現してしまう。
「シャイターンの動きは気になるが……今はこの事態を収める事が先決だ。よろしく頼む」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
月影・舞華(泡沫なる花・e30526)
真田・結城(白銀の狼・e36342)
菊池・アイビス(コウノ獲リ・e37994)
椚・暁人(吃驚仰天・e41542)

■リプレイ


 賑わいの喧騒と、眩い夜景に溢れていた、夜の街。
 だが、それはエインヘリアルの襲撃によって、瞬く間もなく阿鼻叫喚へと変貌する。
「ははは! 怯えろ、逃げ惑え! お前らのような愚民には、それがお似合いだ!」
 街を蹂躙するのは、金色の剣盾を掲げ、煌めく鎧を纏う巨体。姿だけを見れば、まるで神話の中の英雄のような荘厳さすら感じる力強さだ。
 だが、その力は誰かを守るためでも、尊厳のためでもなく、ただ無力な人々への暴虐へ使われる。
「さて、では魅せてやるよ。宝具の輝きを、その愚昧な瞳に焼き付けて、死ィ――」
「だらっだらと、喧しいんじゃ! このインスタント勇者!」
「貴殿の相手は、俺達が引き受けよう」
 怖ろしく昏い輝きを放つ鎧の魔玉が、その力を解き放つ寸前、人々の叫声を裂いて割り込む毅然とした声。菊池・アイビス(コウノ獲リ・e37994)とビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)だ。
 アイビスの挑発にエインヘリアルが振り向いた瞬間、既に間合いを詰めていたビーツーの如意棒が双節棍のように、不規則に襲いかかる。
「俺たちケルベロスが来たからもう大丈夫、みんなの指示に従って避難してね」
「こちら側の避難は任せて、ある程度片が付いたら皆は戦線へ復帰してくれ」
 出鼻を挫かれたエインヘリアルの魔力は不発に終わり、その隙に椚・暁人(吃驚仰天・e41542)が手早く避難を開始する。
 それをシオン・プリムを始め、仲間達がサポートする。怪我人も多いが、襲撃直後に警察への協力要請や、事前に地理関係の調査をしていた事もあって、この調子ならばそう時間はかからないだろう。
「彼は……どうにかしてあげる事はできないんですかね?」
「気持ちはわからねぇでもないが、完全に受け入れちまってる。……やるしかねぇよ」
 避難を続けながら、前線の仲間達と刃を交えるエインヘリアルを眺め、真田・結城(白銀の狼・e36342)は小さく零した。
 桐山・優人(リッパー・en0171)の言葉も、わかってはいるつもりだが……本来ならば、彼も守るべき人々の1人であった筈なのに、それが今はこうして牙を剥く。やるせなさは少なからずだ。
「“彼”のためにも、あの蛮行は止めないとね……避難は任せたよ」
 静かに呟き、ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)は戦線へと向かっていく。
 今となっては、シャイターンに焼かれた“彼”の本心を窺い知ることは、できない。
 だから、それは願いに近いのかもしれない。エインヘリアルとなった彼を倒す事、それがせめて人間であった“彼”への供養になると言う。
「……わかりました、できるだけすぐに戻ります」
 戦わなければ、犠牲は増える一方だろう。やるせなさを飲み込み、結城は避難活動に気持ちを切り替えていく。
 一方、そのエインヘリアルの矛先は、立ち塞がる障害であるケルベロスへと完全に向きを変えていた。
「……斯様な殺生など、捨て置けんな。……お前も、お前の背後のシャイターンも、止めさせてもらう」
「思い上がるなよケルベロス、俺はもう脆弱な人間とは違うんだよ。選ばれたんだ! 力を持つべきに相応しい、勇者として!」
 ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)が描く赤い魔法紋様から放たれる魔弾はエインヘリアルから時空の流れを奪い、凍てつかせながら、その動きを制していく。
 敵は確かに武具の力に頼り切った荒々しい戦い方をするが、それ故に半ば強引なまでの猛攻は少々厄介だ。
「まぁ、この場に置いては我々こそが人々を守る勇者って感じですけど。……となると、アナタは偽物勇者? やっぱりインスタントは本場には敵わないんじゃあないですかねぇ」
 振り下ろされる金色の刃。しかし、横合いから撃ち込まれたチャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)の弾丸が、その軌道を僅かに逸らす。
「こ、の……! 俺を愚弄するな、犬如きがぁ!」
「ならば我らを殺してみよ! できるものならな、偽物な勇者様?」
 チャールストンに気を取られた隙に、今度は反対からエネルギーの光弾がエインヘリアルを襲う。
 追い打ちとばかりに、わざとらしく尊大な口振りで月影・舞華(泡沫なる花・e30526)も挑発を重ねる。だが、効果は十分。最早エインヘリアルの敵意はケルベロスにのみ向けられていた。


 怒りに囚われていようと、その豪腕から繰り出される斬撃はかなりの威力だ。
 加えて、剣に秘められた魔力によって、まるで吹き荒れる暴風のような衝撃破がケルベロスたちを襲う。
「ハッ、笑ってまうくらいの大振りやで。なーにが勇者じゃ、ド素人同然やないか、こんなもんか?」
「チィッ、ちょろちょろと、邪魔をするな!」
 だが、臆する事なくアイビスとビーツーはその猛撃の前に立ち塞がる。
 確かに強烈な攻撃だが、最大限守りを固め、サーヴァント達からの支援を受けつつ一撃一撃に確実に対応すれば、しばらくは耐えられるだろう。
「成程、確かに選ばれたと豪語するだけはある……だが」
 ビーツーを貫く暴風の刃。しかし、その単調な攻撃は容易に彼の鱗によって弾かれ、いなされてしまう。
「その力を持つに値する能力、正しく使うべきだったな!」
「シャイターンに利用されて、何が選ばれた者だ。お前はただの愚者にすぎないのだ!」
 不意に響く、不穏な歌声。それは、螺旋の力を紡いだ舞華の言の葉に呼び寄せられる、夜の女王の戯れ。
 まるで囁く宵闇のように、歌声はエインヘリアルを蝕み、その神経を侵していく。
「ぐ、ぅぅ……! こんな攻撃程度……っ!」
 苦悶を浮かべ、それでも横暴な態度を崩さぬまま、エインヘリアルは左腕に備えた巨大な金盾を構える。
 輝く盾はその持ち主を癒やし、あらゆる災厄から守る魔法の力を宿していた――が。
「今のキミの好きにはさせない。どれだけ着飾ったって、それはキミのものにはならないし、させないよ」
 それを見越したように打ち込まれるウェインの拳。音速を超えて突き出されたその拳打は、エインヘリアルを守る盾の加護を打ち砕く。
 そして、間髪入れずディディエが肉薄する。
「……俺は一撃は重いぞ、火力には自信が有るのでな」
 紡ぐ言葉はやがて伝承を諳んじる物語となり、音の1つ1つが魔力を帯びる。
 打ち砕かれた守りの隙間を突き破り、音はエインヘリアルへと突き刺さった。
「お……俺は、人間を超越したんだよ! 凡百のデウスエクスと一緒にするなぁ!」
 瞬間、再び魔玉が禍々しく輝きを放つ。
 彼の傲慢を曝け出すように、鈍く、しかし強く、周囲を焼きながら弾ける閃光。
「本当に、受け入れちゃってるんだな……なら、今のうちに止めてあげるよ」
 弾ける閃光の前に躍り出たのは、ミミックのはたろう。そして、彼が仲間を守っている隙に暁人はエインヘリアルの周辺を爆炎で包み込む。
「椚さん、真田さん、戻られたんですか。思った以上に早かったですね」
「えぇ、皆さんが手伝ってくれましたし、チャールストンさんの下調べにも助けられました」
 避難を終え、戦線に戻ってきた結城は、力を見せびらかすように暴れるエインヘリアルを前に、刀を握りしめる。
 一方のチャールストンは、リボルバーに弾丸を込めながら、結城に問いかけた。
「やれますか?」
「……やります。これ以上、怪我人を出すわけにはいきませんから」


「いい加減、しつこいんだぞ! 悪あがきしたって無駄だ!」
 いかに纏った武具が強力であっても、それだけで打ち倒せる程ケルベロスは楽な相手ではない。
 無差別に街中を斬り裂く宝具の輝きも、戦況を覆すには至らず、舞華の指示でシャーマンズゴーストのスイレンが傷付いた仲間に癒やしの祈りを捧げていく。
「こっちで抑えるよ、今のうちに態勢を立て直して」
「あぁ、敵も限界が近い筈だ。慎重に行くぞ」
 優勢と言えど、あの威力は最後の最後まで油断はできない。
 合流した暁人が螺旋の冷気を撃ち込み、敵の目を引く隙に、ビーツーと相棒のボクスは息の合ったヒールでその最後に備えていく。
「この……この俺が授かった力が! お前ら如きに負ける筈が無いィ!」
 舞華によって張り巡らされる光芒の乱射は、エインヘリアルの攻め手を確実に挫いていた。
 しかし、その弾幕の圧力を前に、エインヘリアルは強引に突撃を敢行する。
「させませんよ。残念ですが、あなたはここで止めさせてもらいます!」
 それを阻む一閃。手足に強く打ち付けられた結城の刃は、舞華の弾幕と併せエインヘリアルの攻撃を鈍らせる。
 そして、結城がそのまま駆け抜けた直後、動きの止まったエインヘリアルを見えない何かが囲った。
「……名前のないエインヘリアル。キミを、破壊する」
 それは、もう終わってしまった者、そしてこれから終わる者、全てに平等な慈悲の一撃。
 ゆっくりと合わせられるウェインの両掌の動きに連動した空気の壁は、逃げ場の無いエインヘリアルに強烈な圧力を加えていく。
「な、何故だ? 盾の力が、弱まっている……!?」
「少しばかり気付くのが遅かったな、道具の力に頼り過ぎているからそうなるのだ」
 ビーツーは密かに投じていた対デウスエクス用のウィルスカプセルを手に、呟く。
 正確には、盾の力が弱くなったわけではない。しかし、最早その声を聞き届ける余裕など、エインヘリアルには微塵も無かった。
「早く私を守れ! こ、この……ガラクタがぁ!」
「いい加減にしとけや、見苦しい。結局お前自身は、空っぽで薄っぺらやったっちゅう事じゃ!」
 辛うじてウェインの攻撃を凌げたのは、盾の力があってこそだ。だが、その力も、グラビティ・チェインを集中して叩き付けられたアイビスの鎖によって打ち壊される。
 そのまま音を立てて砕け散る黄金の盾。寄る辺を失ったエインヘリアルは、ただただ無様に狼狽し、遂にはケルベロス達に背を向け始めた――が。
「っが!?」
「そんなに急いで、どこへ行くんです? 勇者様」
 寸分の狂いも無く、正確に片足へと撃ち込まれる弾丸。チャールストンの与えた衝撃は、ほんの僅かにだが、その逃亡を遅らせる。
「……失せろ」
 そして、その僅かな時間はディディエが距離を詰めるには十分な時間であった。
 勇者とは名ばかりの情けない悲鳴は、一瞬。
 超速で繰り出される雷鳴の如き槍撃は、その着飾った上っ面だけの勇壮を穿ち、戦いの幕を降ろすのだった。


 戦いが終わり、街にはその傷痕とどこか虚しい静寂が残る。
 消滅したエインヘリアルを前に、最初に動いたのは暁人だった。言葉は零さず、ただ無言のまま瞳を閉じて、黙祷を捧げる。
「何や……憐れで、晴れんな」
「うん、そうだね……」
 結果としてデウスエクスの力に溺れたとは言え、“彼”も、犠牲者の1人なのだろう。アイビスの言葉にウェインは彼方へと視線を向ける。
 一見すると無機的なその表情の奥底に携えるのは、事件の根源であるシャイターンへの静かな怒り。
 炎彩使い。彼女たちを止めなければ、被害はこれからも増えるのだろう。
「ひとまずは……修復作業でしょうか? 自分、被害状況の確認をしてきます」
 だが、今は結城の言うようにこの戦いの後片付けと言うもう一仕事が最優先だ。
 幸いにして、避難の手際や敵の引き付けも上手くいったお陰で、逃げ遅れた人もおらず怪我人も最小限に抑える事ができたようだ。
「後は建物か、こっちは派手に暴れてくれたせいで中々損傷が激しいな。修復し切れない瓦礫は俺の方で撤去しよう、皆はヒールの方を頼む」
「ふむ、ではワタシは向こうのヒールをするのだぞ。行くぞスイレン!」
 結城の報告を元に、ビーツーが中心となって街の修復に取り掛かる。
 全て元通り、とは行かずとも、人々が元の生活に戻れる程度には直せるだろう。
 そうして、ようやくケルベロス達の仕事は一段落を迎えるのだった。
「そんなに気持ちが良いものですかね? 高い所から低い所を見下ろして優越感に浸るというのは」
「……さぁな」
 立ち上る紫煙を眺めながら呟くチャールストンに、ディディエは煙管の先へ視線を落とし、短く答える。
 地位や財力に置いて、間違いなく並の人間よりも上に立っていた彼は、エインヘリアルとなって今度はどのような視線を得られたのだろう。
 神に等しい力で無力な者を蹂躙する快感、それは休日に傾ける杯の味より濃厚な美酒であったのだろうか。
「まぁ、何にしても、仕事の後の一服に優るものは、それこそ神でも生み出せませんよ、ねぇ?」
「……それには、同意だな」

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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