『王子様』決戦~暴食の公爵夫人

作者:ハル


「創世濁流阻止戦でお忙しい所、申し訳ありません! 実は、件の作戦に関連した調査を行っていたケルベロスの方から、報告が上がってきたのです」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が、会議室のモニターに、もたらされたという3つの新情報を表示する。
「一つは、ワイルドスペースの奥地において、城のような存在を察知したというソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)さんからの情報。2つ目は、その城こそが、『王子様』の本拠地ではないかという、久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)さんの推測を元にした調査結果。そして最後の3つ目が、『王子様』がワイルドスペース内で活動している前提で調査を行っていた、フィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)さんからの情報です」
 3つの情報と、創世濁流に注がれた膨大なハロウィンの魔力の流れなどを総合的、多角的に分析した結果、『王子様』が城に居を構えている裏付けをとる事ができた。
「城の所在を具体的に上げますと、山梨県の山中となっております」
 そこに発生したワイルドスペースの中心地に居城はあり、ケルベロス達が創世濁流阻止に奮闘している今現在も、定期的にティーパーティーなどが行われているという。
「『王子様』がそうした余裕を浮かべていられる要因の一つに、この地のワイルドスペースには、ある特性が存在します」
 それこそが――『外部からの侵入を絶対に許さない』という強力な守護。
「……そういった絶対不可侵な拠点のため、本来ならば侵攻は不可能でありました。ですが、創世濁流を引き起こした影響からか、特性に僅かな綻びが生じていて、少数精鋭での侵攻作戦が可能になったのですっ!」
 桔梗の口元に、笑みが浮かぶ。今こそ甘言を弄し、城でふんぞり返っているだろうマザコンを慌てさせる好機なのだ。
「侵攻できる総数は、100名程度。少数ではありますが、絶対不可侵のはずの拠点に油断しているだろう『王子様』側が、真面な迎撃態勢を整えているとは思えません。短期決戦ならば、勝機はあるはずです!」
 ジグラットゼクス『王子様』の撃破は、ドリームイーター側に甚大な被害をもたらすはずで、目論みも大きく狂わせる事ができるはず。
「仮に『王子様』を倒せずとも、拠点への侵攻および有力なドリームイーターの戦力を削ぐ事は、今後を考える上で決してマイナスにはなりません。とても危険な作戦になりますが、皆さんならばやってくれると、私は信じています!」


 次いで、城を映していたモニターの画面が、怪異の如き醜悪なドリームイーターに切り替わった。
「彼女……と言っていいのか迷いますが、画面の存在こそが、今回皆さんに撃破していただきたい敵です。周りからは、『公爵夫人』――そう呼ばれているようですね」
 ただ、夫人とは名ばかりで、巨大で醜悪な肥満体に申し訳程度についた四肢を使って四足歩行で行動し、意思疎通は困難。また、暴れ出したら止まらず、特にその戦闘力に関しては折り紙つきであり、『王子様』に匹敵するとさえ言われている。
「情報によれば、彼女はオネイロスにおかる最高戦力であるようです。十分に注意しなければ、こちらがあっという間に沈まされかねない力を有しています」
 桔梗が、モニターの画面を切り替え、公爵夫人の身体を構成する三分の一程度にも及ぶ、真っ赤なルージュがひかれた口をアップにする。
「彼女は『食べる』という事に特化していて、その口と『食べる』という強靱な意志を伴った攻撃は特に強力な威力を有しています。ただ、理性の欠片もない事から、城の者やオネイロスに対する仲間意識のようなものは皆無だと思われます」
 いろんな意味で、危うい敵なのは間違いないだろう。
「公爵夫人は、城の地下牢にて幽閉されています。それだけ、彼女が制御不能であるという証でしょう。ただ、彼女にも一つの役割があります。それは、『王子様』にピンチが訪れると、『王子様』が公爵夫人を召還し、暴れ回らせることによって逃走の時間を稼ぐというものです」
 『王子様』は、単体でも当然強力だ。そこに、オネイロスの最高戦力である公爵夫人まで加われば、『王子様』の撃破を狙う班にとっては、大きすぎる痛手となるだろう。
「そこで、皆さんには『王子様』が公爵夫人を召喚する前に地下牢へ向かってもらい、公爵夫人の足止めをお願いしたいのです。交戦中であれば、公爵夫人は『王子様』からの召喚を平然と拒否します」
 公爵夫人に大きなダメージを与えるだけでも、『王子様』との決戦では有利に働く。だが――。
「完全勝利を望むならば、公爵夫人の撃破が! 相当厳しいですが、絶対に勝てない相手……という訳ではないはずです。『王子様』を孤立させるためにも、皆さんの活躍は重要なものとなってきます」
 桔梗はモニターを停止すると、ケルベロス達に頭を下げた。
「皆さんに与えられた任務は、『王子様』に匹敵するという戦闘力を有する公爵夫人の撃破という難題です。まずは、制御不能の公爵夫人をいかに御すかという事だけに集中してください。皆さんが難題を乗り越えた時……きっと王子様にも、私達の仲間達が鉄槌を下してくれているはずです!」


参加者
エイン・メア(ライトメア・e01402)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
片白・芙蓉(兎頂天・e02798)
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
ラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)

■リプレイ


「フフフ……どれどれ? なるほど、ここまで18分経過……ね!」
 軽やかなスキップを交え、薄暗い地下牢を前に片白・芙蓉(兎頂天・e02798)が花明で時間を確認する。
「……それが早いのか、遅いのかは分かりませんが――」
 メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が、愛刀である威光を振る。すると、こびり付いた血が、地面に散った。それは、ここに辿り着くまでに起こった、トランプ兵との小競り合いの証。
「でも……他の班の……おかげで、傷は……少ない……」
 だが、ラヴェルナ・フェリトール(真っ白ぽや竜・e33557)の言う通り、先導した5班の奮闘によって、被害としては最小限。
「ハラ、ヘッタ。ゴハン、ゴハン……タベタイ……」
 ――と、ケルベロス達は、地下牢の奥からの譫言を耳にする。有り余る脂肪を揺らし、四足歩行で地下牢の奥から姿を現した存在こそが。
「すっごい見た目やな。醜悪ってのはこのことや」
 公爵夫人と呼ばれる怪人。小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)が、顔を顰める。それほどまでに、醜悪という言葉の体現者の如く、浅黒い肌に赤いルージュがアンバランスであった。
「……タベタイ……ハラヘッタ。タベタイ、タベタイ、タベタイタベタイタベタイ――」
 公爵夫人が浮かべるは、たった一つの欲望。それは、食欲。
「んむんむ、非常に興味深いですねーぇ。わたしとも、共通点があったりするんでょーかーぁ?」
 エイン・メア(ライトメア・e01402)が、公爵夫人を牢屋から解放する。
「どうやら、召還には間に合ったようですね。さて、確実に排除させてもらいましょうか」
 それと同時、レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)がアームドフォートを展開し、一斉発射を放った。
「貴殿等、レベッカ殿に続くぞ! 伽羅楽・信倖、推して参る!」
 さらに、一斉発射の粉塵が晴れるのを待つことなく、天銘に雷を纏わせた伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)が、突きを繰り出した。
「はははっ、了解だよ。夫人にはこんな狭い牢獄は似合わない。もっと広い場所に送ってあげないとね!」
 続き、高揚を隠さず笑顔のローレン・ローヴェンドランテ(影夢・e14818)が、聖なる光を仲間に纏わせる。
「攻撃……簡単には……通さない……から、覚悟……して……」
 ラヴェルナの向けたバスターライフルの銃身から、渦を巻くような冷気が吹きすさぶ。

 ――そして、粉塵がようやく晴れた時……。

「さすがですねーぇ♪」
「おーぉ」と口を大きく開けるエインの言葉通り、何も変わらぬ様子の公爵夫人がそこにいた。
 それだけでなく――。
「……ウマソウ。キョウノ、ゴハン?」
 公爵夫人の唇が、三日月を形作る。
「おまえは此処で終わるのです、わたくしという王の手で」
 その視線は、公爵夫人に威光を一閃させるメルカダンテに向けられていた。斬りつけられてできた傷など一顧だにせず、公爵夫人はルージュの引かれた唇を、メルカダンテを丸呑みできる程大きく開け、喰らおうとする。
「お腹、空くのは……辛い。……私も……それ、分かる……。でも……私の……仲間は……あげない」
 その前に、ラヴェルナが身を躍らせる。ラヴェルナは、両手を盾に夫人を抑え込もうとするが、夫人の強靱な食への執着は、ラヴェルナを圧倒!
「……あぅ……ぐっ……」
 気付けば、ラヴェルナの片腕は骨だけになっていた。眼前には、「ウマイ、ウマイ」と器用にこそぎ取った肉を咀嚼する公爵夫人。
「ローレンさん、早急にラヴェルナさんにヒールをーぉ!」
「梓紗も頼むのだわっ! それとエイン、準備はいいわね!? もちろん、できてないなんて言わせるつもりもないけれどっ!」
「それでこそ、わたしのだーぃ好きなふーちゃんですーぅ♪」
 エインと芙蓉が、コンビネーションを発揮して、凍結光線を放つ。帝釈天・梓紗が、懸命に応援動画を流した。
「モット、タベタイ」
 次に、公爵夫人は手近なレベッカに喰らいつこうとする。見切りなど一切考慮に入れない攻撃は、レベッカの脇腹数センチ先を掠めた。
「とにかく、こいつの動きを止めることが肝心や」
 真奈の告げた言葉は、二重の意味を。王子様の元へ行かせないのもそうだが、少しでも行動を制限しないと、あっという間に戦線の崩壊を招くだろう。放たれた電光石火の蹴りが、赤茶けた色をした脂肪を弾けさせる。
「フフフ……約束したからには、お手柄なしには帰れないのよねっ!」
 そして、芙蓉が信頼を寄せる友からの気持ちが籠もった六花を握りしめ、スコープを覗き込んだ時――。
 ギョロリ……夫人の視線が、初めて後衛に向く。いつの間にか、正面にあったはずの目が側面に移動し、視野を360度確保していた。縫い止められた芙蓉達の眼前で、
「イタダキ……マス……」
 邪魔者がいなくなったとばかりに、夫人が猛威を振るう。血が、肉が、骨が地下牢中に飛び散り、夫人は飛び散ったそれらをも丹念にしゃぶり尽くす。
(……いったい何が公爵夫人なんでしょうね)
 骨と筋肉が剥き出しになった太ももを抑え、レベッカが思う。
「夫人と言う名に合わぬ姿だ。レベッカ殿が考えていたのは、そんな所か?」
「ええ」
 奇遇にも、信倖も同じ事を考えていたようだ。星形のオーラを靴先に浮かべ、夫人との距離を詰める信倖へレベッカが視線を向ければ、彼にも食い散らかされた痕跡が。まるで、味見でもされているかのよう。
「元からなのか、はたまた変えられたかは分からぬが」
「まぁ、とにかく倒すことだけ考えましょう。勝利のために」
 レベッカの放った魔法光線の閃光に紛れるように、信倖のオーラも夫人へと刻まれる。
「これは、今日はボクの出番が非常に多くなりそうだね」
 ラヴェルナの腕は、まるで鶏ガラのような有様だ。笑顔の奥にドリームイーターへの殺意を満たしたローレンは、光の盾を顕現させてラヴェルナを守らせると、傷をできる限り再生。
「あり……がとう……ローレン」
 見るモノをゾッとさせる傷にも、ラヴェルナは怯まない。確かに、夫人に与えられた激痛は、彼女の心さえ抉る程のもの。
「これで、まだ……私も皆を……守れるわ」
 だが、誰かが傷つく姿を見ている方が、何倍も辛い。立ち上がったラヴェルナは、アームドフォートで果敢に夫人を攻め立てる。
 エインのパイルバンカーが、空気すら凍結させる冷気を宿し、夫人に突き刺さった。
 間髪入れず、真奈の振り下ろした凶悪なバールが、夫人の肉を引き裂く。
「なんという威力ですか」
 静謐な青の瞳に、メルカダンテが驚嘆を滲ませる。戦術も見切りも関係なく、ただ食欲のままに暴れ回っているだけのはずなのに、何よりもそれが脅威。ただ純粋に強いのだ。
「ですが夫人。……わたくしは、貴様に頭を上げてもよいと許可した覚えはない。――跪け」
 メルカダンテの放った弾丸が、夫人の眼球を穿つ。遅れて、呪縛を撥ね除けた芙蓉のエネルギー弾が直撃した。


「……ぐぅぅっ! がっはぁッッ!」
 至近で放たれるレベッカの魔法光線を物ともせず、ミシリと、夫人の抱擁を受けたレベッカの全身の骨が軋む。肩に垂れる夫人の唾液。
「……オイシクナーレ……オイシクナーレ……」
 そして呟かれる言葉。食材を揉み込み、柔らかくして美味しく食べようとしているのだ。ケルベロス達は、未だ敵として見られていない。あくまで夫人のゴハンとして認識されている。その屈辱に、レベッカは唇を噛みしめた。
「やっぱ言葉は通じてへんみたいやな。何言っても平気やけど……」
 真奈の頰を、冷や汗が流れる。嘲笑を浴びせる余裕もないのだ。チラリと、真奈は背後を見た。このまま進めば、遠からず……。
「いや、おばちゃんがそんな弱気に考えてたらあかんな。仲間のためにも、ここで倒れるわけにいかへんのや!」
 一緒に戦う仲間のため、王子達に立ち向かう仲間のため。真奈は、庇ってくれるDFのおかげで健在な両脚に感謝しつつ、力の限りバールを夫人に叩き込み、燻る炎を強く煽る。
 さらに、芙蓉の歪に変形したナイフが夫人に突き刺さると、夫人は目に見えて分かる程痙攣した。
「わたくしがやらねば、誰がやると言うのだ。愚か者どもに喝采を」
 その瞬間、深手を負いつつも、メルカダンテは強靱な意志で突き動かされる。怪物を殺すのは、常に愚か者。ゆえ、メルカダンテはあらゆる摂理、荒れ狂う感情を乗り越え、夫人を踏破すべく愚か者となって無心に威光を閃かせる。
「信倖はレベッカを頼むよ! ボクはメルカダンテをどうにか立て直してみるから!」
「心得た! レベッカ殿、見た目は物騒だが大丈夫だ……護剣『御癒月』」
 公爵夫人は、徹底的に身近な前衛から攻め立てていた。恐らく戦術ではなく、近くにいるものから手を付けるといった、単純な理由であろう。その分、後衛の被害は現状致命的ではないが、前衛に至っては回復手段を持つ者が総掛かりになっても追いつかない程だ。梓紗も芙蓉の指示の元、ひらすらに応援動画を流してくれている。
「……助かります」
 攻撃後に膝をついたメルカダンテに、ローレンが手早く手術を施す。ヒールのために連携して信倖が天銘を一薙ぎすると、レベッカに癒やしが降り注いだ。
「わたしは……鎧装……騎兵、だから……まだ、まだ……皆を、守ら……ない、と!」
 ラヴェルナの足元が揺れ、視界が歪む。蒼白になりながら、咆哮を上げてなんとか踏ん張ろうとした。序盤から、芙蓉と共にラヴェルナは、エネルギー光線でなんとか夫人の火力を落とそうと抵抗した。しかし、素の攻撃力があまりに高く、未だ効果を実感するまでに至っていない。
「公爵夫人はひっじょーぉに我慢強いお方ですねーぇ。でも……んむんむ、私達の攻撃は、しっかり効いてるみたいですよーぉ♪」
 ――重力発す星と絆を。さーぁお手を拝借ーぅ♪
 エインが、光の枷を夫人に絡みつかせる。敵の力を利用、同調し、弱体化を狙うエイン得意の節制魔法だ。また、エインの言葉通り、夫人を覆う氷は飛躍的に範囲を広げているし、行動を失敗する頻度や回避する機会も少しづつ増えてきているのも事実。
 だが――。
 夫人を押し止められたのも、そこまで。
 接近したメルカダンテに、夫人の唇が弧を描く。
「させ……ない……あなたは、私が……守ってみせる……から」
 その一瞬浮かべた笑みから夫人の次の行動を察したラヴェルナが、メルカダンテを突き飛ばす。代わりに、ラヴェルナの首筋に、夫人が喰らいついた。
「ラヴェルナさん!」
 レベッカの叫びも虚しく、白い肌と綺麗な髪が嘘のように赤く染まり、ラヴェルナがワイルドスペースから弾き出される。
 戦線の崩壊は、一瞬。
「…………貴殿等の背中を最後まで守り切れなかったのは……申し訳なく……思う。後は……任せた……ぞ……」
「ええ! この私に任せて、ゆっくり休んでいなさい、信倖っ!」
 それほど間を置かずに、背中の大部分を食い散らかされた信倖も、芙蓉の言葉に何度も頷きながら、掻き消えるのであった。


「よぉ頑張ったな。後で飴ちゃんやるから、楽しみに待っときや」
 夫人は、呻きなどは一切出さなかった。しかし、動きでその消耗度合いをはっきり認識できる程度には追い詰めていた。それは、先に空間から弾き出された仲間の意思を継ぎ、最後までクラッシャーとして全力で攻め続けたメルカダンテが刻んだ、夫人の瞳を潰す斬撃の痕と、そんなメルカダンテの盾となり、今は力なく真奈に寄りかかるレベッカのおかげでもある。
「……ここまで、ですか」
 そう言い残し、レベッカが意識を失う。ケルベロス達自身の血臭で満たされた地下牢に残されたのは、夫人を除けば、DFに移動した芙蓉と、中衛と後衛。
(梓紗、よく頑張ってくれたのだわっ!)
 芙蓉が目を細める。同じくDFに移動していた梓紗もまた、立派に盾として役目を果たしてくれた。
 真奈とローレンを除けば、夫人の最も危険な攻撃に対して耐性を持たぬ絶望的な状況。
 そんな状況ながら、
「別に、あれを倒してしまっても構へんのやろ?」
 真奈は、不敵に笑ってみせた。そして、エネルギーの矢で夫人を射貫く。序盤から積み上げてきた催眠は、時折夫人に自傷を促し、メルカダンテが撤退した後の大きなダメージ元となっている。
「うん、遠慮なくぶっ殺そう!」
 それにローレンが同調し、掌を拳で叩く。
「『仲間』がいるってすんばらしーぃですねーぇ! わたしも力が湧いてきましたよーぉ! そのお気持ちを――」
 夫人さんにも教えて差し上げましょうーぉ♪ エインの凍結光線が、夫人の凍傷をさらに拡大させる。夫人が動く度、凍り付いた全身は軋みを上げていた。
 が!
「っっ!!」
 抱擁を受けた芙蓉が、口から血を溢れさせる。
「芙蓉! ボクが分かるかい!?」
 すでに限界まで消耗しているケルベロス達は、一撃で危機的状況に追い込まれてしまう。ローレンが芙蓉に手術を施すと、なんとか芙蓉は立ち上がってくれた。だが、夫人の食欲の餌食になれば、もう持たないことは一目瞭然だ。
 ここから逆転を目指すなら、手は一つ。だが、ローレンは拳を握りしめるが――今回は、強制的な撤退という、ある意味での安全弁がある。ゆえ、余程の覚悟と条件が揃わない限り、至ることはできそうになかった。
 ならば!
「やるしかないって訳ねっ! 一人でも耐え抜けば勝ちでしょうがっ……!」
 芙蓉はふらつく身体に鎧を纏わせ、夫人の次の一撃に備える。
 そうして、王子様の撃破を信じ、残された者達の悪足掻きは始まった。


「ハラヘッタ……ハラヘッタ……タベタイ、タベタイ、タベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイ――」
 夫人が、空腹に苦しんでいる。その様子は、夫人と遭遇した時より遥かに酷く、それだけ夫人も消耗しているという証であった。
「……あと一歩、なんだけれどね」
 残された最後の一人であるローレンが、鉄格子にもたれ掛かって呟く。だが、その一歩があまりに遠い。夫人が行動を失敗してくれるのを、外してくれるのをひたすら祈りつつ、攻めた。だが、一度でも夫人がドレインを当ててくると、それをヒールしつつ削りきるのは至難の業。あと少し粘れば、回復不能ダメージの蓄積の結果、トドメを刺せた可能性はあるが……。
 時間は、突入から31分。芙蓉が、最後にそう告げていた。
「超越の魔女は……やったんだね」
 ローレンは立ち上がる。最後まで、決して諦めない。
「皆、みんな、一緒。同じ、仲良し、友達―――でしょ?」
 まっ、嘘だけどね。そう嘯くローレンの蒼い炎の刃と、猛烈に沸き起こる食欲を満たしたい夫人が交錯する。
 血溜まりの上に、花菖蒲が……ヒラリと散った……。

作者:ハル 重傷:小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080) 片白・芙蓉(芙蓉峰兎頂天・e02798) 伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015) ラヴェルナ・フェリトール(白竜は楯と共に・e33557) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 15/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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