君が残したもの

作者:雨音瑛

●来訪者
 真っ白な菊が、夕暮れの光で赤く染まっている。
「君が植えたこの菊もそうだけど……菊柄の着物、まだ捨てられないよ」
 畑に植えられた菊たちが、風で揺れた。指先が、足先が冷えてなお、老人は菊に見入っている。時折、言葉をかけながら。
「がんばって、少しだけ増やしたよ。でも、一緒に植えた菊は……これが最後なんだね」
 老人はどれほどそうしていたのだろう。紫の衣装をまとった少女が現れてなお、老人はじっと菊に視線を注いでいる。
 少女は老人の様子に構わず、花粉のようなものを菊に振りかけた。老人が何かを問う間もなく、菊は老人の二倍ほどの背丈となり、彼を取り込む。
「自然を破壊してきた欲深き人間ども。貴様らも自然の一部となり、これまでの行いを悔い改めるがいい」
 少女――鬼薊の華さまはゆっくりと笑みを浮かべ、蠢く菊を見上げた。

●ヘリポートにて
 泉宮・千里(孤月・e12987)が警戒していたとおりの事件が起きたと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。
「秋田県のとある畑で、人型の攻性植物が現れた。名を『鬼薊の華さま』といい、植物を攻性植物へと作り替える謎の胞子をばらまくようだ」
 その胞子を受けたのは、白い菊。菊は攻性植物に変化し、見入っていた老人を襲い、宿主にしてしまったという。
「急ぎ現場に向かい、老人を宿主にした攻性植物を倒して欲しい」
 戦闘となる攻性植物は1体のみで、配下などはいない。攻撃の命中率が高く、夕日の色を反射して炎を灯す攻撃、白い菊の花弁で包み込んで催眠状態にする攻撃、足元から茎を発生させて動きを阻害する攻撃を使い分けてくる。
 厄介なのは、とウィズは続ける。
「取り込まれた老人は攻性植物と一体化している。そのため、普通に攻性植物を倒してしまうと、老人は一緒に亡くなってしまう」
 しかし、敵にヒールをかけながら戦うことで、戦闘終了後に老人を救出できる可能性があるという。ヒールグラビティを使用しても、ヒール不能なダメージが少しずつ蓄積されてゆくからだ。
「また、菊に胞子をふりかけた『鬼薊の華さま』は、既に姿を消している。彼女を警戒する必要はないだろう」
「なるほどな。さて――老人を救うにはちっと骨が折れるようだが……可能ならば、救出したいところだな」
 夕暮れの空を見上げ、千里は気だるげにつぶやいた。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
王生・雪(天花・e15842)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

●赤と白
 木枯らしが、畑を抜けてゆく。寒さに震える人の姿はなく、代わりにいるのは菊だけだ。その中にひとつだけ、植物として育はあまりに大きい一輪の菊は、根を足のように動かして移動を開始する。中に、老人をひとり取り込んだまま。
 もしこの老人が亡くなれば、この畑に咲く菊は枯れ果てるままに任せることになるのだろうか。もしくは彼の葬儀において供花となるのか、はたまた老人と空に上がる煙となるのか。
「何にせよ、楽しい未来ではないですね」
 まずは仲間のためにと、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)チャールストンが九尾扇を振るう。
 続く左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)は、一度だけ菊を見遣った。攻性植物ではない、老人が育てた可愛らしく揺れる菊だ。決して強くはないが、爽やかで清々しい香りのする、菊。その香りが、十郎の鼻先まで届く気すらする。強く瞬きをして避雷針とも呼ばれる杖を掲げ、十郎は雷光の壁を構築した。
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)の表情は、普段とは明らかに異なる頼もしさを帯びてゆく。ユウマは鉄塊剣「エリミネーター」を手に攻性植物へと肉薄し、至極冷静に連撃を叩き込んだ。
 攻性植物の先に、一年前を幻視するのは王生・雪(天花・e15842)。
「二度と、連れて行かせはしません」
 儚げな微笑に確かな意思の強さを灯し、お守りである手鞠に触れる。
「千里様に……そして“あの子”に恥じぬよう」
 何より、老人の想いと運命がこれ以上踏みにじられぬよう最善をと、日本刀を抜く。
「良い夢を」
 言の葉に呼び出されるは、ひらりひらりと舞い踊る胡蝶。攻性植物は蝶を追うように動き、雪は白刃を煌めかせる。
 主に絹、と名を呼ばれ、真白の翼猫は雪を送るように翼をはためかせる。
 太陽の剣【獅子王】を誓いのように掲げた後、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)は地面へと魔法陣を描いた。
 ロベリアが立つのは、攻性植物と味方の間だ。
「騎士として、盾として……守り通してみせます」
「私も協力するよ!」
 戦列から飛び出し、シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)が攻性植物に突きを見舞う。
「菊の花を傷つけちゃってゴメンね……でもそのかわり、絶対助けてみせるからね!」
 確かに、散らしてしまうのは惜しい。
「それでも生きてて欲しいんだよな」
 つぶやき、イェロ・カナン(赫・e00116)は鎖の加護を前衛に与える。
「夕日に白が映えて綺麗な景色だ。なあ、シロ」
 目を細め、同意を求めるようにかたわらのボクスドラゴン「白縹」を見遣る。こちらの硝子の鱗にも、夕日が映えて眩しくも美しい。
 白縹は返答なしに、黙ってロベリアへと硝子の属性をインストールする。
 ミミック「フォーマルハウト」が攻性植物に噛みつくのを確認し、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は叙事境界のカテドラルにて攻性植物へとヒールを施した。
 死をも連想させる夕闇に、それだけは、と否定して。カロンは目を凝らし、攻性植物を――囚われた老人を、正面に捉えた。

●信念
 仲間の与えた傷を広げながら、雪はそっと声をかける。
「奥方様も、貴方様の御壮健を願っていらっしゃるでしょう。どうか共に、踏み堪えて下さいませ」
 今もって攻性植物の中で意識を失っている老人へ向けた、励ましの声だ。老人を力づけようと懸命な主を、絹は自身の役割をもって支えようとする。癒しの風が、雪のまつげを揺らしてゆく。
 シエラも大きく踏み出し、降魔の一撃を叩き込んだ。
「絶対に……絶対に、おじいさんを助ける!」
 そのためには、シエラ自身も最後まで立っている必要があるだろう。無茶はしないが、ある程度の無理は承知のうえ。
 とはいえ、今回はただ攻性植物を撃破すればいいというものではない。老人の救出を最優先に考えた布陣において、イェロは味方の守りと癒しを担う。
「――昨日の続きを、聴かせてくれる?」
 白銀の剣に住まう精霊が、治癒の祈りをシエラへと捧げる。
「イェロくん、ありがとう!」
 言われ、イェロはひらりと手を振った。そんな主の様子をまるで気にもせず、白縹は淡々と自身の属性をカロンへとインストールする。
 フォーマルハウトの生み出したエクトプラズムの武器を避ける攻性植物の周囲が、不意に暖かい色に包まれた。次いで祝福と幸運を司る鐘が宙に再現され、厳かに鳴り響く。
 攻性植物の傷が癒えてゆくのを見ながら、ロベリアは獅子の星辰を描き、徹底的に仲間へと加護を与える。
 攻性植物は動き回り、夕暮れの色を反射する。その先にいるのは、チャールストンだ。モノトーンで揃えられた服に、炎の色が迫る。
 しかし、ロベリアの方が速かった。肩口をかすめた光は炎を灯すが、ロベリアは顔色ひとつ変えずチャールストンを気遣う。
「間に合いましたね。……無事ですか?」
「ええ、おかげさまで。ありがとうございます」
 礼を述べ、チャールストンはリボルバー銃≪ Ghost Zapper ≫の引き金を躊躇なく絞った。
 着弾までは一瞬だ。その一瞬のうちに、チャールストンの記憶が呼び覚まされる。
 取り込まれた人の救出に失敗した時の記憶だ。
 開くべき目が開かなかった時の、形容しがたい感情もこみ上げてくる。
 その罪滅ぼしにも何にもなりはしませんが、と口を開いたところで、銃弾が攻性植物を穿った。
「今回は……救ってみせる!」
 助けられなかった、などというのは二度とゴメンだ。チャールストンは銃を下ろし、眼鏡を押し上げる。
 長期戦は誰もが覚悟の上。それでも火力を削いでおけば、多少は有利に戦闘が進行するだろう。
「少し、静かにしてもらえないか?」
 十郎の呼んだ隼が淡く光り高く鳴いて旋回する。かと思えば、一筋の光線となって攻性植物を貫いた。
「合わせます!」
 とは、ユウマの声。跳躍し、続けざまに攻性植物を蹴り抜く。
 戦うことばかりの自分では、きっと老人の気持ちを推し量ることはできない。そうは思いながらも、戦闘への意識に迷いはない。
 老人の救出は簡単なことではないかもしれない。しかし、このような最後を迎えさせるわけには、いかない。
「必ず助け出せるよう自分も全力を尽くします……!」
 決意を新たに、ユウマは仲間へと声をかける。同時にどんな異変も見逃さないように攻性植物を眺め、剣を握る手に力を込めた。

●想い出
 生きている限り、いつかは死ぬ。それは地球に住むもの全ての宿命だといえよう。
 しかし、とカロンはバスターライフルの狙いを定める。
 攻性植物に囚われて死ぬというのは、人間の死に方として到底赦せるものではない。
 菊を大切に育ててきた老人が自然を破壊したなど見当違いも甚だしいと、いっそしんと冷えるほどの怒りを胸に、カロンは引き金を引く。
 この事件を起こした『鬼薊の華さま』に、いったい老人の何がわかるというのだろう。
 銃口から放たれた光は、攻性植物を包み込んだ。
 カロンの放った光が収束すると、フォーマルハウトが攻性植物に噛みつこうと飛び出す。しかし繰り返す二種のグラビティは攻性植物に見切られてしまう。
「今は……攻撃、で良さそうだね」
 シエラがうなずき、蜂蜜色の髪を揺らしながら蹴撃を加える。翡翠の双眸は攻性植物をもう一度眺め、夕暮れの空に視線を移動しては舞うように宙で体を転回した。
 その直下を白縹が抜け、攻性植物に体当たりを仕掛ける。衝撃で落ちた花弁を食む白縹を見て、イェロはくすりと笑った。
「……この花なら食べても良さそうだ。やりすぎない程度に、たんとおあがり」
 イェロの耳に届くのは、どこか機嫌のよい鳴き声。視線は花に向いていて、まるで主を見向きやしない。相変わらずの様子を気にも留めず、イェロはカロンを霧で包み込む。
「捨てられないものって、あるよな」
 誰に言うともなしに、つぶやく。強いて言うなら、無言で揺れる老人が育てた菊の花に向けてか。
「……毎年必ず咲く花を置いていくなんて、よっぽどイイ女だったに違いない」
 この季節が来るたび、思い出しては忘れられなくなるのだから。
 その言葉を理解しているのかどうか、攻性植物は白い花弁をまき散らした。
「さて。次は、回復が良さそうですね」
 攻性植物の足元から溶岩を噴き出させながら、チャールストンは素早く状況を把握する。
 では俺がと、十郎が回復量の多いヒールグラビティで攻性植物を癒した。
 老人にとってそうであるように、十郎にとっても菊は思い出の花だ。かつて彼が子どもだった頃、親代わりに育ててくれた人が菊花展に連れて行ってくれた。それも、忙しい合間に時間を作って。だから、菊は大事な人との優しい思い出の花なのだ。
 先ほどの攻撃を受け、ユウマの体力は想定以下になっている。ユウマは自身の内部に「地獄」を注ぎ込み、エリミネーターの形状を変えた。
「そう簡単に倒れる訳にはいきません……!」
 大きく呼吸をし、エリミネーターを構え直す。そこへ、雪のオーラが状態異常を消し去らんと到達した。絹の送る風も、心強い。
「ええ、その通りです。それは私たちだけでなく、きっと彼も同じ」
 視線の先には、攻性植物。に、とらわれている老人。
「彼は花を大切に護ってきた方。その行いと想いに背く等、きっと元の花は望んでいないでしょう」
 雪の静かな物言いに、ロベリアは大きくうなずいた。
「老人の生命は勿論ですが、彼の想い出も守ってあげたいものです」
 状態異常への耐性付与は十分。ロベリアはアームドフォート(太陽の騎士団改修型)によるキャノン砲を打ち出し、舞い上がる土煙ごしに攻性植物を見た。

●菊の花
 攻撃か、ヒールか。判断は一瞬、シエラは「ブラッドスター」を歌い上げた。歌う喜びを胸に、仲間の傷を癒してゆく。
 イェロも鎖で魔法陣を描き、癒しと共にさらに防備を高める。
 白縹のブレスが攻性植物に与えられた状態異常を増やすと、ロベリアが騎士槍『紅炎』を手に跳躍した。槍よりもジョウロを振る回数が多いロベリアであるが、彼女とてケルベロスだ、いささかの迷いも見られない。
「何者であろうとも、彼が大切に抱えている想い出を踏みにじる権利はありません」
 と、確かに攻性植物を貫いた。
「どうか今だけは、私の話を聞いて頂けますか」
 カロンの紡ぐ伝承魔法が攻性植物の傷を消し去るのは、もう何度目だろう。だが、ヒール不能の蓄積は相当のものだ。
 攻性植物はフォーマルハウトのエクトプラズム製の武器を振り払い、雪の足元を茎で絡め取る。
 チャールストンは雪の負傷具合を確認し、未だ大丈夫そうだと攻性植物に弾丸を撃ち込んだ。まだ攻撃に手番を割ける。
「畳みかけましょう……!」
 弾丸が貫通した場所を狙い、ユウマは連撃を繰り出した。タイミングを合わせ、すかさず十郎が攻性植物にヒールグラビティを使用する。雪に視線を遣れば、心得たもの。
「一緒に植えた、最後の菊……最早本来の姿に戻せぬとは、心苦しくてなりませんが」
 すらりと抜いた刀を振るわんと、雪は攻性植物を正面から見上げる。
「――せめて今、鎮めて差し上げます」
 振るった刀は、流水がごとく。
 お休みなさいと小さく零した声は、刀が鞘に収まる音にかき消された。
 菊の花がほどけ、葉が散り、茎が枯れる。
 取り込まれていた老人は畑に落ち、小さくうめき声を漏らした。
 ユウマは慌てて老人へ駆け寄り、彼を抱き起こす。
「……良かった、生きているようだ」
 十郎の言葉に心底安堵したと微笑むユウマの表情は、戦闘時よりも気弱な印象だ。
 カロンは持ち込んだ毛布を老人にかけ、彼が目を覚ますまではと側に寄りそう。老人にヒールを施すシエラは、菊の消え去った場所を悲しげに見遣る。
「おばあさんとの思い出……残せなくて、ごめんね」
 元はといえば『鬼薊の華さま』のせいだ。シエラのせいではないとはわかっていても、心は痛む。
 チャールストンは紫煙をくゆらせ、今まさに沈もうとする夕日を一瞥した。
(「肉体が消えても心の中ではいつでも会える。『今年も綺麗な菊が咲いたよ』『あら、上手く咲きましたね』なんて風に」)
 だとすれば、とチャールストンの口の端に笑みが浮かぶ。それは、相手が残した変わらぬ愛情というべきものなのかもしれない。そして、それを『幸せ』と言うならば。
「アタシももしかして……幸せなのかもしれない」
 夕日が落ち、煙草の先端の方が明るく見える。それと同時に、老人が目を覚ます。
「僕は……うん、毛布? 君たちは……?」
 老人の問いに答えた雪は、柔らかな笑みを浮かべて畑の手入れへの協力を申し出た。
「思い出の菊は攻性植物となり、消えてしまいましたが……せめて、いま残る菊が来年もまた花開ければ、と思いまして」
「いいのかい?」
 もちろん、とうなずく雪に、十郎とシエラも便乗して手入れを手伝う。爪の間に土が入り込むのも構わず、老人の助言も受けてケルベロスたちは畑を修復してゆく。
 ヒールも併用して修復した畑で、十郎は老人に言葉をかける。
「菊、大好きなんだ。少し見せて頂いても良いだろうか?」
「もちろんだよ。……妻も、喜ぶと思うな」
 顔をくしゃくしゃにして笑う老人に、十郎は問いを重ねる。
「奥様は、菊が好きな人だったのかな? だとしたら……勝手な想像だけど、慎み深く優しい人だったんじゃないかな、なんて」
「ふふ、ありがとうね。僕の命の恩人がそう言ってたよ、なんて伝えたら……うん、頬を染めて微笑むかもしれないね」
 老人とその妻の日常は、きっと穏やかなものだったのだろう。
 その思い出を胸に、どうかこれからもこの美しい花たちと穏やかに暮らして欲しいと、十郎は昇り始めた月の明かりで輝く菊を眺めた。
 手鞠に祈りと想いを馳せ、雪は空を見上げる。
(「どうか彼に――残る菊と日々に安寧を」)
 優しく淡い月の光が、菊を、そして彼ら彼女らを照らした。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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