憤嫉の彩

作者:七凪臣

●やくそく
「ここの窓から見える風景を、一緒にスケッチしたよね」
 秋に色付く山に、ぽつんと残された廃墟。
 かつてそこを秘密基地として分かち合った二人の青年が、長き時を経て懐かしき地で向かい合う。
「そして約束したんだ、これからも一緒に頑張ろうって」
「さ、くら?」
 一人の語尾が疑問に揺れるのは、相手が見覚えのある顔ではなかったからだ。羽に覆われた姿は、成長による変化を明らかに逸脱している。
「けど、杉山クン。君は僕を裏切った。一人だけさっさと上達して、みんなにちやほやされて!」
 そして異形と化した青年――佐倉は、鋭い爪が伸びた手でかつての友の胸座を掴みかかった。
「佐倉? 佐倉? おい、おまえ……?」
 問う青年――杉山の声は微かに震えていた。信じられないものを見た。何故こんな事になっているのか。分からないことばかり。
 けれどその謎は、佐倉の朗々たる語りにより解き明かされる。
「憶えてるだろ? 杉山クン。六年生の時の写生大会。ここでモミジの絵を描いたよね。運動苦手な僕らは目立たない存在でさぁ。でもお互い、絵を描くのは大好きで。中学行っても、高校行っても、絵だけは頑張ろうって。嬉しかったなぁ。で、さ。中学からは別々の学校だって分かってたから、十年後の今日にまたここで逢おうって約束したんだよな。だから僕、頑張ったんだよ? けどさぁ、努力ってなかなか実らないんだよね。なのに、君は! 君は、違った! 勝手に上手くなって、コンクールで賞をとったり……凄いねぇ、杉山クン。大学卒業したら、絵で食べて行くんだって?」
 それは才能に恵まれた者に対する、平凡な人間の嫉妬だった。
「つまり、一緒に頑張ろうっていう約束に対する裏切りだよね!」
 一方的で身勝手で、理不尽な怒りだった。
「佐倉、佐倉。落ち着けって、さくらっ」
「僕は十分落ち着いてるよ、杉山クン。安心して、簡単には殺さなから。ゆっくりゆっくり、僕の心の痛みを君に教えてあげるから。そうだね……最初は、右手がいいかな。もう絵なんて描かなくていいんだからさ」
 くふり。口角にあたる嘴の両脇を僅かに吊り上げ、ビルシャナと契約した青年は爪で杉山の右肩を貫く。溢れた血で染まるその爪は、鮮やかなモミジの色に染まっていた。

●闇
「優れた人を羨む。その気持ちが分からないわけではありませんが」
 消え入るように呟いたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、ですが、と続けて語気を強める。
「だからといって、それを理不尽な怒りへ転換しビルシャナへ復讐を願い、契約を結んでしまうなんて事は絶対に許せません」
 今日のリザベッタが紐解くのは、友人の才能に嫉妬した青年がビルシャナと化し、十年越しの再会の約束を機に復讐を果たす事件。御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)が危惧した通りの。
「皆さんには、佐倉さんが復讐を果たし身も心もビルシャナになってしまう前に止めて欲しいのです。そして杉山さんを助けて欲しいんです」
 二つの願いを掲げ、リザベッタはより細かな情報をケルベロス達へ示す。
 佐倉と杉山、二人の青年がいるのは、とある山中にある廃墟。
 時は夕刻。付近に余人の人影はない。
「現場までは僕がお送りしますので、探索は必要ありません。到着は、佐倉さんが杉山さんを襲おうとしている頃になると思います」
 ケルベロス達が現れたら、佐倉はまずケルベロスの撃破を優先する。邪魔者を早々に排除してから、ゆっくり杉山をいたぶり殺したいからだ。故に、ケルベロス達が戦っている間は杉山の身の安全は保障される。唯一、己が敗北を悟った場合を除き。
「復讐が果たせない、と思ったら。せめて道連れに、と考えるからでしょう。しかし佐倉さんも絶対に死ななければならないわけではありません。可能性は低いですが、何とか佐倉さんを説得し、心の底から『復讐を諦め契約を解除する』と宣言させる事が出来たなら。ビルシャナを撃破した後に、佐倉さんを人として生き残らせるのも不可能ではないでしょう」
 とは言え、佐倉は大人しく説得に耳を傾けてくれるわけではない。戦いながら訴えねばならぬ為、諸々の匙加減は容易くない筈だ。
「佐倉さんが抱えた闇は、特別なものではないと思います。でも、それを理由にした凶行は認める訳にはいきませんから」
 皆さん、宜しくお願いします。
 一際深く頭を垂れ、リザベッタはケルベロス達に二人の青年の命運を託す。


参加者
アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)

■リプレイ

 頼んだぞと送り出したオルトロスの空木が、「宜しくね」と月織・宿利(ツクヨミ・e01366)に迎えられたのを見止め、御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は傍らに宿利のオルトロス、成親を控えさせる。
 彼らの眼前には、山中に置き去りにされた古ぼけた洋館があった。風雨に晒され傷んだ様には、時の流れを感じられる。
(「十年……」)
 空き家が廃墟に変わるよう、何かが変わるには十分な年月。しかし、変わらないものもある。
(「――親友、か」)
 落した視線を癖のない前髪で隠し、蓮は想い廻らす。

●問
 胸座に掴みかかろうとした瞬間、差し込んだ光に佐倉は目を細めた。
「何が――」
 起きたか確認しようと振り向いた顔面に、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が踏み込み一番に放った竜の砲弾が炸裂する。
「あなたは少し下がっていてください」
 貴婦人が如き慶の翼猫、ユキが静かに羽ばたくのを横目に、翔け星として怪鳥の元へ舞い降りた宿利は、人姿の青年へ警鐘を飛ばす。
「え、あ?」
「わたし達はケルベロスよ」
 神器の剣を銜えた成親の走りを追って跳躍したアウレリア・ドレヴァンツ(瑞花・e26848)の一言に、先に反応したのは『佐倉』の方だった。
「キミら、僕の邪魔しに来たんだねっ!」
 咆哮に炸裂した光に、咄嗟の動きでキース・クレイノア(送り屋・e01393)とアマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)が前へと出る。
 二人は、敵対するものを退ける一撃から宿利と慶を守り果せた。唯一、通してしまった射線の餌食になった空木へは、キースが連れるシャーマンズゴーストの魚さんが祈りを捧げる。そのマイペースながら堅実な仕事ぶりにキースは僅かに目元を和らげると、次は己の番と金色の果実の恩恵を自分達へと注ぐ。
「……助けに来たよ、お前様を」
 そして継いだアマルガムが癒しの花弁を舞わせ乍ら発した台詞は、佐倉の度肝を抜いた筈だ。
「――はい?」
 実際、アマルガムのウイングキャットであるティティが癒しを翼に乗せるのにも頓着せず、嘴に疑問を乗せ瞠目する。
「何を言ってるんだ?」
 自分を倒しに来た筈の者の言葉に、佐倉は困惑した。その隙に蓮は杉山に言い含める。
「悪いがあんたも此処に居てくれ。俺たちは、あんたも彼も救いたい。その為には、あんたの力が必要になるかもしれないから」
「!」
 友人に襲われた青年は、ケルベロス達の意図を理解した。空木が攻めに出ずに状況を読む態度を示したのも、理解の助けとなった筈だ。
「わたくしがあなたを、よいところへお連れします」
 抜いた刃で花散る斬撃を放った千手・明子(火焔の天稟・e02471)は、濁ったビルシャナと化した青年の前に立つと、真正面から目を合わせる。
「佐倉さん、どうか話を聞いて」
 込めた真心が、黒い瞳に透けた。
「あなたがどれだけ努力してきたのか。それは、あなただけにしか分かりませんけれど」
 盾と破壊を担う者らへ自浄の加護を授けつつ、氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)も言説を重ねる。
「絵を描くのが、好きなんですよね」

 どくり。人の心臓が撥ねた気がした。

●醜
 直前に盾の役目を果たしたティティを、かそけき蛍石の女神の燐光で癒したアマルガムは、佐倉へ大切な想い出まで壊そうとするのを止めたいと言った。
「絵が好きだから一緒に頑張ろうって。十年後の今日、また会おうって約束したんだろう。だったらお前様のその行為こそが約束破りじゃないのか?」
 ――純粋に絵が好きだった気持ち、思い出してよ。
(「……」)
 声を震わすようなアマルガムの願い。それは密かに慶の心にも影を忍ばせる。
 慶も絵描きの端くれ。されど彼が絵の事で深く思い悩むことはない。何故なら、慶は。ただ身近な人に褒めて貰いたいが為に絵筆を握っているから。
 しかし我が裡は露も滲ませず、慶は金の眼差しを堕ちかけの青年へ放る。
「あのさ。別の学校に行くのは分かってたんだろ」
 ならどういう気持ちで約束を交わしたのだと問い、そこに互いを支えにして頑張ろうという気持ちは無かったのか、と慶は突く。
 同じ速さで歩けなくても、同じ景色を見れなくとも。一緒には居られたはず。
「杉山だって約束を守り続けた、今日、此処に来たんじゃねえのか」
「っ、それがっ! 何だってっ!」
 己の理不尽を知らしめる申事に、けれど佐倉は拒絶を示した。膨らんだ体は、針鼠のよう。だから宿利は優しく悲しく響かせる。
「君も沢山頑張ってきたからこそ、羨んでしまうのよね」
 集中した精神を爆ぜる力に換え乍ら、宿利は『お互いに護ってきた大切な約束』の意味を思い出させようと訴えた。
「大好きな絵も、友人も。全て失ってしまうのは哀しいよ」
「そうよ。そうでないと一緒に頑張ろうという約束そのものが、嘘になってしまう」
 宿利が作り出した佐倉を包み込む流れを明子も温め、異形と化した瞳に怯まず視線をぶつける。
「杉山さんがここへ現れたのは、あなたに会うため。あなたを一緒に頑張ったライバルとして、そして掛け替えのないお友達として認めているからなのよ」
 全て、全て。佐倉を救いたいという想いが余さず伝わるよう、明子は佐倉を見つめた。
「あなただってそうでしょう? 一緒に頑張り続けたから、この約束を憶えていたのでしょう?」
「うるさいっ、黙れ、黙れ!」
 伝わる嘘のない真摯さに、佐倉の感情が炸裂する。
「綺麗ごとを言うな! 一緒に頑張る? あぁ、頑張ったよ? でも僕だけ報われなかった! 不公平だろ? 理不尽だろ? 裏切りだろ!?」
 佐倉はあらゆる美しさを否定していた。そうせねば、自分の努力が偽物だと感じてしまうのだろう。
「それに杉山が此処に来たのだって、哀れなかつての同級生を蔑みに来ただけかもしれないだろ? いや、絶対そうに決まってる!」
 ぜぇはぁと、斑な鳥が肩で息をする。吐き出したのは全てが身勝手な鬱憤だった。けれど終いまで聞き果せるのを待って、アウレリアは腰に佩いた刃に手をかけた。
「あなたは賞が欲しいだけで描き続けていたの?」
 抜刀は、刹那。香しき花の香りを放ちそうな白髪をさらりと揺らし、アウレリアは白刃を佐倉へ突き付ける。
「佐倉さんは、好きで、自分の描いた世界を伝えたくて。描き続けていたのではないの?」
 鋭利な切っ先が佐倉を傷付ける事はなかった。愛刀を抜いたのは、自らの覚悟を伝える為。
 暴言は敢えて止めず、彼の言い分を皆まで受け止め、その上でアウレリアは愁いを刃伝で佐倉へ注ぐ。
(「悔しいのではなく、遠くにいってしまったような。そんな気がして、寂しいのではないのかしら?」)
 ――寂しいと、こころは冷えてしまうから。
「わたし達はただ、思い出して欲しいの――ね、杉山さん」
 美しき気迫に圧され佐倉が押し黙ったのを見止め、アウレリアは杉山にも言葉を求める。
 呼ばれた青年は、部屋の隅で立ち上がり、困ったように笑った。
「……あのさ、佐倉。俺、お前にそこまで嫉妬して貰えて……嬉しいって言ったら怒るか?」
「それはっ! 優れた者の傲慢だろぉおっ」
 ビルシャナが否定を氷に換えて放つ。しかし被った一片にこそ、蓮は二人の友情を視る。強い想いだからこそ、恨みにすり替わってしまったのではないか。
「今、どんな気持ちだ」
 切磋琢磨した日々は佐倉にとって何だったのか。杉山が上達の理由に佐倉の存在があったのではないか。
 片方が夢を掴む事が裏切りなら、共に頑張るとは、絵を描くとは、十年目の約束とは何だったのかと蓮は問う。
「これがお前の望みか? 親友の居なくなった世界で、絵筆を握れなくなった体で何を望む」
 宿利のような相棒を委ね合える人はいる。友人と言える明子のような人もいる。だが、親友と呼べる者のいない蓮にとって、二人は眩い。
「何とかは一瞬、友情は一生――俺はお前をこそ羨ましく思うがね」
 それを自らの手で絶って後悔しないのか。
「……」
 向けられた蓮の羨望に、佐倉は言葉を失った。そんな風に言われるとは、思ってもいなかったのだ。
 緩やかな攻防を重ねつつ、ケルベロス達は凝った心に迫る。
(「……もしかすると俺の腹のそこにもあったのかもしれないな」)
 地獄化した腕、そして人の手を見つめ、キースは『羨望』を考えた。キースも蓮と同じく、『相手』がいなかった身の上。だから、共に高め合う存在は目映い。
(「これを、羨ましい、と言うのだろうか」)
「一緒に頑張ろうと言ったやつがどんどん遠ざかって行く……そう思ってしまったのを醜く感じたんだろう? 醜くて、悔しくて、黒い感情が腹のなかで渦巻いて――だが、俺はそれで良いと思う」
 得た光明を返すように、キースは佐倉を認めた。
「流石に殺すのは駄目だが、綺麗事を並べるだけではどうしようもない。でも、絵は心が現れると聞く」
 その心は絵にするとどんな風にでるのだろうな?
 一つ、問いを挟んで、キースは透明な眼差しを注ぐ。
「殺したい程に悔しい気持ちは、きっとこいつを殺してもまた芽生えてしまう。きりのない気持ちだよな」
「……、」
 醜悪な筈の感情を初めて肯定されて、佐倉は逡巡した。それで良いなんて、まさか、そんな。だって、だって!
 けれど、事実。他人への羨望や嫉妬なんて、当たり前の感情だ。
(「……学校で、私を羨ましいという人も居るけれど」)
 癒しの力を繰る傍らで、沙夜は気配に想いを滲ませる。
(「綺麗なままの手で居る皆の方が羨ましいなんて、言えませんよね」)
 この手が本当は汚れていることを、知られるのが怖い。だからこそ沙夜は佐倉に止まって欲しいと願う。
「絵を描くのが好きだからこそ、なかなか上達出来ないのではないですか? でも、もし。彼を殺したとして、あなたの絵は上手くなりますか? 血で汚れた手で、誰かの心を動かせる絵を描けると思いますか……?」
「――っ」
 澱んだ鳥のけたたましい鳴き声が止まった。佐倉の眼は、真意を見透かそうとケルベロス達の瞳を見る。
「佐倉さん」
 堕ちかけの男の名を呼び、宿利は己が裡と対峙した。
 兄と比べられた時分。年が離れていると分かっていても、何でも上手くできて褒められる姿が羨ましくて。
(「でも私自身の努力は私だけのもの。培ってきた時間も想いも技術も、誰かと比べられるものじゃない」)
 ――私は、私。
「あなたが約束を交わした友人の事を考えながら積み上げてきた十年を、大切にしてあげて?」
「そうよ。どうかあなたをあなた自身で裏切らないで」
 抜いた刃で羽毛を散らし、明子も諭す。
 道半ばで己の限界を知る悔しさを、明子はよく知っている。されどそれでも剣を捨てられなかった自分のように、佐倉もきっと。
「こんな寂しい方法で、夢を捨ててはダメよ?」
 佐倉の命を救えない可能性を考えれば、恐怖もある。しかし弟のように思う蓮へ情けない姿は見せられない矜持と人の好さを兼ね備えた女は、佐倉にも手を差し伸べる。
「今なら戻れる。また絵筆を持って、楽しめるあなたにわたくし達が戻してあげるわ」
 朗報を聞き出すまで倒してしまわぬよう細心の注意を払った攻防を連ね、ケルベロスは佐倉の心を掴もうと声を出す。そしてその努力は、報われつつあった。
「この先、お前がなりたいものになれるかどうか俺は知らない。保障も出来ねえ」
 ケルベロスになるまではただ搾取され、震え、諦めるだけの日々を生きた慶の眼差しは昏い。
(「俺はケルベロスとしても決して強い方じゃねえ」)
 安寧は、褒められる事。自分より弱い相手を見つけ、ようやく自分の価値を見出す事。時に一般人を見下してでも。
「……だけど、今ここで岐路の一つは決められる。お前はどうしたい?」
 言葉を紡ぐ音が濁る。だが慶のそこにこそ、佐倉は惹かれた。倒したいのは自分ではなく、ビルシャナだけだと伝わった。
「けど、僕なんか――」
「未来は未確定だ。これから名を上げる可能性だってあるじゃない」
 佐倉が零した憂いがアマルガムの心に棘を刺す。学者の両親を持ちながら、残念ながらアマルガム自身は学者になれそうにない。片思いの幼馴染の心だって、他の男の方を向いている。
(「戦闘も強くないし、口下手だし……」)
 劣等感の塊なのはアマルガムも同じ。しかしアマルガムは自分なりに生きていくしかないし、そんな自分を好きでいたいと思っているから。
「自分でどうしたいか考えて、道を選んでいけば良いじゃない」
 爆発した負の感情の侭、何もかも失うなんてダメだ。刹那的に運命を決してはいけない。
 自己投影のエゴなのは百も承知なアマルガムの訴えに、佐倉はついに染みた天を仰ぐ。
「どうか、どうか――思い出して? 何が大切なのか」
 アウレリアの祈りに、佐倉の喉がごくりと鳴り。揺れる瞳が、杉山を見た。
「……で、も」
「帰って来い、佐倉。また一緒に、絵を描こう!」
「っ! ――、……」
 杉山に押された背に応える佐倉の声は、掻き消えそうな程にか細かったけれど。しっかりと聞きとげアウレリアは晴れやかに微笑む。
「――あなたの願い、叶えるよ」

●彩
 元より手心を加えての戦い。枷が外されれば、決するまでは早かった。
 煌く星を散らすアマルガムの蹴りに仰け反ったデウスエクスは、ティティの爪に引っ掻かれ。明子の散華の剣閃に無数の羽を散らし。攻勢に転じた沙夜が放った凍て付く弾丸に、顔を強張らせた。
「そんな顔をしても、無駄なのです!」
「その通りだぜ」
 明子の高らかな勝利宣言に、慶が召喚した巨大な絵筆を振るう。
「その技、くれよ。もっと上手く使ってやるから」
 描き模すのは六花の刃。夕焼けの光を細かに弾く一撃に、片翼がとんだ。ユキの追撃からの宿利の剣舞は、月の欠片を散らすが如く。古書に宿る思念を宿した赤黒き鬼の豪腕で蓮が喉笛を掻き切れば、成親と空木も神器でデウスエクスの命を削ぎ落し。
「――その花は、あなたを逃がさない」
 花よ、華よ。応えて、聲に。ゆるやかに紡がれたアウレリアの呼び声に、咲いた花は燃える赤。地を埋め、香りで惑わせ。絡めとって、ビルシャナを床へと伏せさせる。
「うう、う……」
「頑張れ、佐倉!」
 知った呻きに、杉山が声を張り。その二人の様に、キースは目を細めた。
(「……やっぱり。目映い」)
 二人はこれからどんな道を歩くのだろうか? 矢張り、少しはぎくしゃくするのだろうか。それとも――。
 でも、その前に。
「……さようなら」
 ミランダ――地獄の炎が魅せる鱗だらけの姫君の熱を含んだ赤々とした爪先で、キースは怪異のみを消し去り、佐倉の命を現世へと繋ぎ止めた。

『二人で絵を描いて帰るのも良いのではないでしょうか』
 沙夜の提案に杉山と佐倉は揃って紅葉の山へ目を向けた。
 短い秋の夕。その間にも構築される何かを信じケルベロス達は帰路につく。
 ここから先は、彼ら自身が描く世界。そこには多分、憤嫉の彩は無い。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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