紅楓の彩~ザラの誕生日

作者:宇世真

●もっと強く、もっと大きく
 昔から、諦める事は嫌いだった。
 心は常に前のめり、日々のトレーニングも欠かさない。成長期は過ぎ去り、たとえこれ以上身長が伸びる事はなくとも――いや、伸ばすのだ。気合いと根性で。
 精神論ではどうにもならない事もあると、どこかで自覚しては、いるのだが。
(「諦めたらそこで終わり。信じれば通ず……! 筈だ!」)
 身丈よりも、人として一回りでも二回りでも、大きくなるのだ、と。
 噛み締める様に、軽やかに力強く地を蹴るランニング。
 不意に吹き抜けた風の冷たさに思わず足を止め、雑念を掃ったザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)の視界に街路の紅葉が飛び込んで来る。
 見上げる程に大きな樹。しなやかに伸びる枝葉の見事な紅に暫し時忘れ、――身震い。
(「流石に冷えて来たな……」)
 冴えた空気に一際鮮やかに映える紅葉を見ながら、再開するランニングは速度を緩め、景色を楽しむ余裕ができた所で思い出すのは、最近通い始めた紅茶のお店。
 『紅楓~BENIKAEDE~』――紅い看板を掲げた、メープルと紅茶小物の店だ。
 こだわりの茶葉と、ティータイムを彩る紅茶用品各種を取り扱っている。
 香り豊かなメープルシロップは主力商品の一つで、その加工品であるシュガー、バター、ジャムやクッキーも絶品だ。ちょっとしたギフトにも適している。
(「これからの季節には、良いかもしれない」)
 寒い日には、美味しいお茶とお菓子で、暖かいティータイムを。
 日常の、何気ない時間をより豊かにする一品を。
(「皆にも、勧めたいな。……丁度、紅茶の日に記念イベントもやる様だし、声をかけてみるか」)
 冷え込み増す晩秋の候、皆にも、暖かく過ごして欲しいから。
●紅茶の日
「おう、お前さんもザラ嬢に声かけられた口か?」
 日々、大勢のケルベロスが出入りするヘリポートで、居合わせた久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)がにこやかに話しかけて来た。彼の首に巻かれたゼブラ柄のマフラーが心持ちふっくらとしている辺りに、季節の変化が感じられる。
「メープルと紅茶小物の店、『紅楓』。11月1日は何周年だかの開店記念日で、参加型の謝恩イベントをやってる様だ。焼きたてのメープルクッキーに自分でアイシングできるんだっけか。自分用にデコレーションするも良し、アイシングでメッセージを書いてギフトにするも良し。ラッピングも用意されてるって話だし、確かに、そういう贈り物もアリかもな」
 店内にイートインスペースはない為、食べるのは家に帰ってから。
 勿論クッキーデコには参加せず、普通に買い物を楽しむのも良いだろう。
 皆にも、好い物を何か見つけて帰って欲しいというのが、ザラの一番の望みである。
「ちなみに」
 と、縞迩は咳払いを一つ。
「11月1日は、ザラ嬢の誕生日でもある。彼女と面識があろうとなかろうと、良かったら祝いの言葉の一つでもかけてやんなァ。誰か気にかけてくれるっつーのは嬉しいもんだぜ。初対面の奴も遠慮する事ァ無ェぞ。そんな日に、店で鉢合わすのも、縁だと思うしな」
 後で土産話の一つでも聞かせてくれよと見送り態勢の縞迩だったが、そこはそれ、楽しい事が大好きな彼である。
「もし、何かハッピーサプライズでも仕掛けるってんなら俺も喜んで協力すんぜー」
 そう言って、悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべるのだった。


■リプレイ

●紅い楓のおもてなし
 看板を潜ればそこはもう彼女の知らない世界。
「くまぁ……ハイカラなお店じゃのぅ……」
 大好物のメープルの甘い香りに誘われて勢いよく飛び込んだ括(e07288)は、店内の落ち着いた雰囲気に気圧された様に呟いた。
 正面に見えるは大小揃えたアンティーク風の湯沸かし器。別の棚には細やかな装飾が施された金属製のコップホルダー、様々な意匠の砂時計に色水が時をはかる油時計、等々――。棚に並んだ紅茶を楽しむ為の道具の数々を眺めている内に、何だか楽しくなって来る。
 一方、括に連れられて来たわかな(e31807)と陸也(e28489)はメープルシロップの棚の前で足を止めていた。
「俺もひと瓶買ってくかな」
 真っ先に思い浮かぶのはパンケーキ。だが、食事におやつに飲物にも、様々な場面で活躍してくれる事請け合いだ。陸也が思い巡らすその横で、わかなは棚に置かれたグレード表の等級と、ボトルの中身を見比べ、瞳を丸くしている。
「へー、メープルシロップって色んな種類があるんだー」
 ゴールデン、アンバー、ダーク――ハイグレードなものほど色は薄く黄金色で、香りも淡く繊細であるという。この場でテイスティングが出来ないのは残念だが、折角だから色々試してみようと手に取る、ゴールデンとアンバーの2瓶。メープルシロップの瓶を手に手に明日の朝食の話を始めた二人の後ろで、道具を見ていた括が声を上げた。
「……うむ! これに決めた! のじゃ!」
 美味しい紅茶も、道具が無ければ淹れられない。見るもの全てが欲しくて悩んだ末に選んだティーセット。ティータイムの必需品だ。自分で自分の声に驚き、急に恥ずかしくなって、括はわかなと陸也を窺う様に見遣った。
「……帰ったらおいしいお茶淹れるから。の?」
「んじゃ、カップと皿はこっちの三人分揃った奴がいーな。折角だしよ」
 括が選んだ品を見て、陸也が提案。わかなは、ふふ、と笑ってその先に思いを馳せる。
「熊神さまが淹れてくれるお茶、楽しみだなぁ♪」
「って事で、茶葉も見てみねーとな」
 言いつつ、紅茶の良し悪しなどよく判らない陸也である。ケースに添えられた説明を見ても、いまいちピンと来ない。が、『厳選』と書いてあるので、どれを選んでもハズレはないのだろう。後は好みの問題だ。シフォンケーキの作り方を前もって調べておけば良かったと思いつつ、他の客に混じって彼は茶葉を見比べるのだった。
「ととさまなんのにおいかいでるのー?」
 好奇心に輝く瞳で見上げる綾(e26916)。茶葉の香りを試していたアラドファル(e00884)は少量の茶葉が入った小瓶の口を近づけた。黒い仔猫は鼻先を寄せ、くんくん。
「……おちゃの香り、とってもいいかおりー!」
 自分の気に入りを彼女も気に入ってくれて嬉しい義父。最強の癒しビジョンを見る事が出来て内心ガッツポーズをしたのも大いに秘密である。
「ととさま? なんだかちょっとほっぺがゆるゆるしてるのじゃよー?」
「それは気の所為ですよ」
 と、きっぱり。購入を決めてアッサムの茶葉缶をカゴに入れる。
「それ買うの? 綾にもあとでちょうだい!」
 義娘のおねだりに、勿論、と笑顔のアラドファル。
「ミルクティーが合うそうだぞ」
 アッサムで煮出したロイヤルミルクティーに、メープルバターを加えてこっくりと楽しむのも体が暖まって良さそうだ。家でのティータイムがますます楽しみになる。
「色々なものがあるのね」
 店内に漂う甘くて香ばしい、芳醇なメープルと焼菓子の香りに響(e02207)の顔が綻んだ。目当ては茶葉だが、仲間が見ているお菓子の様な砂糖にもつい目が行ってしまう。
 花の形に成型されたメープルの角砂糖、楓葉の形もあってまるで干菓子の様だ。
 『紅楓』の厳選茶葉はベースとなる数種のみというこだわり様だが、その分、買い手が好みのフレーバーを自由に楽しめる様にと自家製メープルジャムのバリエーションが豊富で、響は香りに誘われるまま『メープル&リンゴ』のジャムを手に取った。これでアップルティーが楽しめる、と同時に、お菓子にも使えそうだと笑みを深めて、他のジャムにも目移り。
「響が持ってるそれ、美味しそうだな」
「そう言う十郎(e25634)の、ストレーナーは紅茶を淹れるのが楽しくなりそうね」
 途中、花型の角砂糖や綺麗な茶器にも目移りしつつ、十郎が選んだのは団栗型の茶漉しを支える小さなリスが可愛い銀のティーストレーナー。それを見て、澄華(e01056)も表情を和ませた。
「どれも可愛らしくて、奥が深いな」
 普段、紅茶を飲む時にはあまり意識しない小物の類に着目する機会を彼女も楽しんでいる。仲間が買物をしている様子も、選んだ品も、実に微笑ましく、折角だからと自らも視線を棚から棚へ、興味津々。そんな彼女を少し珍しげに見遣りつつ蓮(e04564)も同調する。
「成程、紅茶小物とはこういう――」
 ティータイムを優雅に演出するだけでなく、美味しいお茶を楽しむ為に大事な一役を担う道具もある。茶葉を保管するキャニスターに、計量するティーメジャー。紅茶の濃さを調整するホットウォータージャグ(お湯差し)に、レモンや使用済みのティーバッグを乗せる小さなトレー、よく見るシュガー&ミルクポット、マットやティーコージーなど保温性を高める小物も有用だ。
 それぞれの役割や素朴かつ瀟洒な外見に感銘を覚えながら、時折仲間を眺めては、笑みを含む彼女。
「何笑ってんだ……?」
 訝し気な十郎の視線も意に介さず。
 愛らしく愛しい友人達を見ているだけで幸せな蓮である。
「そういや、蓮と澄華は紅茶飲むんだっけ?」
 こういうのが似合いそうだ、と十郎が指差す和柄のカップを見て、頷く二人。
「うむ、私も紅茶は好きだ……お、良い柄だな。澄華殿はこういった柄は好きか?」
「いい趣味してるな。私もこういった柄は好きだ」
 既に空色の砂時計を択んでいた蓮は、勧められた和柄のカップと揃いの柄のティーポットも買う事にした。澄華は少し贅沢な時間を皆と楽しむべく、仲間が選んだ道具に合わせた上質のダージリンと、十郎も好きだと言うアッサムのリーフを。そして、彼女らが選んだ素敵なもの達を見て、響も嬉しそうにしている。
「あのね……帰ったら皆でお茶にしないかしら」
 響の提案に、否やの声は無し。茶菓子はそれぞれに用意がある様な十郎と蓮の口ぶり。
「楽しみだな」
 相好を崩した澄華は、会計に向かう仲間の後を追い――紅茶の日のイベントの為に設けられた体験スペースに集うケルベロス達の中にザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)の姿を見つけた。が、クッキーのアイシングに没頭している様を見て、そっとしておく事にしたのだった。

●心を込めて
 その場所に用意されたクッキーは、香ばしく焼き色のついたハードタイプと、しっとりソフトタイプの二種類。都度、焼きたてが補充されるのとは別に、予めベースのアイシングが施されたクッキーも置いてある。砂糖細工のトッピングパーツが画材の様に梅皿に並び、その横に置かれたバスケットには、優しいパステルカラーを中心にアイシングクリームが各色、扱い易いサイズのコルネ(絞り袋)に複数小分けされている。使う時には鋏で先をちょきんと落とすだけ。
(「『描く』というより『垂らす』様に、ラインを乗せて行くのがコツだって、ものの本には書いてあったけど――」)
 実際にやってみるとイメージ通りには中々巧く行かない。
「ルカってやっぱり器用だよね」
「何ですか? 突然」
 ベルカント(e02171)が描いた、アイシング初挑戦とは思えない薔薇の出来栄えに感嘆しつつ、シエラシセロ(e17414)は己の手元を見て、小さく肩を落とした。けれど、込める想いは誰にも負けないつもりだ。
 橋、煙草、一輪の花。鮮烈だったと振り返る、彼との出会いの思い出を詰め込みながら、絞り口に更に鋏を入れて、煙草の絵に上から大きく太く描き足す斜め線。失敗ではなく、さりげなく禁煙を促したつもりである。そして一番大きなクッキーにハートマークをはみ出さんばかりに描き入れる頃には彼女もコルネの扱いに慣れて、幾重にも描き込めるだけ沢山の色で大事な想いを込めた。彼はその間にも大小様々な薔薇を生み出して行く。
「クッキーのブーケなんて贅沢」
「つまみ食いは駄目ですよ、シェラ」
 じっと見つめる彼女の視線が、やがて発するサインに気付いて先制する彼。
「う。……ん」
 渋々引き下がる彼女。アイシングが乾くまで、この誘惑と戦わなければならないとは。美味しい香りに食欲を刺激される気持ちは、ベルカントにも解らないではなかった。
 とにもかくにも、気を取り直して二人でラッピング。
 彼はクッキーを詰めた箱に白いリボンを掛け、彼女はピンクの袋に白い薔薇飾りを付けて。交換は帰ってからのお楽しみ、と指を立てる彼に、彼女は期待の笑みを咲かせる。
「すっごく可愛かったから早く食べたいな!」
 きっと凄く美味しいに違いない。でも、きっと、嬉しすぎて食べられないのだ。
 それには、彼が彼女に内緒で箱に忍ばせたメッセージカードも一役買うのかもしれない。
(「『――これからもずっと一緒に居てくださいね』」)
 ――きっと。

 線を揺らすまいとすればするほど、緊張に震える指先。コルネからアイシングを絞り出す力加減も難しくて、「あっ」と思った時にはもうやらかしている。
(「綾のおひげ曲がった……」)
 アラドファルがアイシングで描く猫達、『綾さんと文さん』の事である。相手の様子が気になって視線を向けると、実物の綾もひげが曲がりそうな勢いだ。
「……あ、な、なんか変なの……変なのに……」
「………」
「あっ、違うのととさま、これは、えっと……雪だるまなの……!」
「雪だるま……?」
 綾は慌ててごまかしたが、何となく誰かに似ている気がする。
「た、食べたらきっとおいしいから! 一緒に食べよ!」
 それは確実。絶対、間違いない。頷くアラドファル。
 互いに何とも食べ難い絵柄ではあったが。

「円一つ描くのも難しいな」
 呟いて顔を上げる眠堂(e01178)、覚束ない手元とは裏腹に声音は楽し気だ。ステンシルなら簡単に綺麗な円が描けるが、型紙など使わず絞り出す線の一つ一つに心を込めるのもまた楽しいもの。弧の下に芒の花穂の様なラインを引いたら人心地。
「どんな感じになった?」
 朝希(e06698)の手元を遠慮も無しに覗き込めば、少年はにこやかに応じて手元を開く。
 そこには、鮮やかな紅につやつや黄色を乗せて描かれた、手形の様な小さな彩葉達が在った。
「眠堂さんのお店で出逢ったきれいな秋色の着物を思い出して描きました」
 同じテーマで描こうと話を振ったのは朝希で、『秋』のお題を出したのは眠堂だった。試行錯誤しながら描いたそれが、ちゃんと紅葉に見えるかどうかが気がかりで、朝希がおずおず確認すれば、色よい返事と微笑みに、ほっと安堵の吐息。
「ふふ。食べるのを惜しまれそうな名月ですねえ」
 眠堂が描いた『月見(のつもり)』の横に並べれば、秋がより深まる様で。朝希は頬を緩ませて彼の横顔を見上げた。共に在る穏やかな時間に眠堂の心は満たされて行く。実り豊かで色彩豊かな季節を感じる如くに。

「犬、猫、小鳥に、これは……ハリネズミ! 色んな種類があるんだね」
 見目楽しい動物型のクッキーも、勿論メープル風味。うきうきと夜七が手を伸ばせば、同じ様に手を伸ばしていたザラと目が合った。数枚一気に確保した様で、夜七もそれに倣う。
「……お前、細かい作業が苦手だったろう。確か」
 アイシングのコルネを手に、張り切る夜七に、思わず呟く勇一。案の定、程なく彼女に頼られ、やむなく手伝う事になる。彼女の『やりたい事』が誰かの為とあらば、無碍にも出来まい。
(「うちの店でもメープルクッキーを出してみようか」)
 仕事柄、菓子作りはお手の物だ。馴れた手つきでクッキーにアイシングを施しながら、勇一はちらと様子を窺った。黙々と作業に熱中する夜七とザラの傍には、其々のオルトロス達が座している。
「彼方も食べたい?」
 主を見上げるオルトロスの瞳に視線を合わせ、夜七はすぐに店内飲食禁止を思い出して頭を振った。

「焼きたて、美味しそう……! これに描けば良いのよね」
 クッキーはもう用意されているから火傷しなくて安心、と屈託ないムジカにつられてザラが笑む様に肩を揺らした。その視線から身を隠す様に、そそと市邨を盾にする彼女。首を傾げるザラに、
「気にしないで」
 と誤魔化しつつ、市邨は笑いながらムジカを見遣る。『これ』は、誰かさんには内緒だと市邨も心得ている。せっせとアイシングに勤しむ彼女を隠す様に彼もバスケットのコルネに手を伸ばした。色味を調整するカラーと混色レシピも置いてあったので希望通りの色を作るのも造作なかった。そうして作ったネイビーと、ピンクを使って白地に描く花束とリボンを掛けたプレゼントボックス。我ながらなかなかの出来栄え。
「ムゥは? 上手に出来た?」
 覗き込む。と、彼女は今まさに失敗作を口の中に隠滅している所だった。
 お互いが「あっ」という顔。次の瞬間、市邨の口の中にもクッキーが押し込まれた。『共犯』にしてしまおうというムジカの仕業である。店内は飲食禁止だ。やってしまったかと肝を冷やす市邨の視界の端に、見切れる柱の陰から縞迩のOKサイン。許可が出たらしい。
 ――ナイスタイミング!
 ほっとしたら味覚が戻って来た。
(「内緒ネ」)
 小声で念を押してくるムジカに、唇の前に指を立て了承の意を示しながら、彼女の奮闘の証を愛おしそうに噛み締める。うん、美味しい。
 それから二人は互いへ贈る一枚を描いた。彼女は日だまりの花、プルメリアを。彼はサボテンを。どちらも『大好き』を添えて。その中に込めた『内緒』がもう一つ。
 再び唇に指先を添えて、彼は彼女に微笑を向けた。
 ――『暖かな心』をくれる君に『枯れない愛』を。

●ハッピーサプライズ
「ザラさん、どうぞ」
「……私に?」
 突然、目の前に差し出された花手鞠に目を丸くして、ザラは織夜を見上げた。
「おたんじょうびおめでとう」
 織夜がにっこり言葉を重ね、紅茶の日が誕生日だなんて素敵ね、などと間を繋ぐその陰で、夜七の手により卓上はすっかり『お誕生会』仕様に様変わり。
「クッキーに合う紅茶もあるよっ」
 ティーポットを手にした夜七が揚々と言う。テーブルクロスを差し替え、誕生祝いのメッセージを描いたクッキーをバスケットに並べ、マットの上にはティーセット。
「いつの間に……」
 ザラは瞬き、甚く感激した様子で呟いた。ついさっきまで皆でアイシングに勤しんでいたその場所が、今は彼女の祝いの席へと替わっている。
「誕生日ってマジか?! おめでとうな!」
「ザラさんお誕生日だったんだね! おめでとー!」
「おめでとうなのじゃよ!」
 お祝いの気配に駆けつけた、陸也、わかな、括の三人組も輪に加わる。
「有難う。本当に、……嬉しい。私も夢中で飾り過ぎてしまったから、良ければ皆で食べよう」
 と、自身がアイシングしたクッキーをケルベロス達に勧めるザラ。祝いの籠に手を伸ばし、クッキーのメッセージや絵柄を一枚一枚、食い入る様に眺めては時折目を細める。ムジカが描いた犬の絵に目を止めた彼女は不意に己の相棒『コノト』の頭を撫でて、
「道理で、いつもより澄まして座っていた訳だな」
 そんな姿に、彼女の相棒を描いた当人も笑みを深める。
 続いてザラは花手鞠をふかふかしながら、
「開けてみても?」
「勿論」
 織夜が肯けば、ややあって「少し、勿体ないな」とぽつり。喜んでくれた様で織夜もほっこり。頑張ってもこもこに飾り付けた甲斐があったというもの。中身はお祝いの文字と手裏剣のアイシングをしたクッキーだが、少々カラフルにしすぎたかもしれない。
「何だかお花みたいになってしまってお恥ずかしいわ」
「そんな事はないぞ。私の為にここまでしてくれた事に、感謝しかない」

 嬉しそうなザラを中心に賑わう卓を、少し離れた場所から見守る男達が居た。
「巧く行った様だな」
「おう、一枚噛んでくれて有難うよ。勇一君も、市邨君もね」
 保護者目線の勇一は、何となく親近感を覚えた縞迩に副産物をお裾分け。
「……お疲れさん」
「何の何の。俺は大した事ァしてねーから。それより、目当てのモンは買えたか?」
 言われて勇一は己の買物が途中だった事を思い出した。
「んじゃあ是非とも買物の続きを楽しんでくれ。彼女もきっとそう言う筈だぜ」
「ああ、そうさせてもらおう」
「クッキー、俺の分まで有難うな」
「気にするな。自分用の余りだ」
 肩越しに応えた勇一は良質な茶葉を求めて買物を再開し、次いで縞迩に「ムジカ嬢にもよろしく」と視線を向けられた市邨は肩を竦める。彼女がこっそりついでに、縞々クッキーを包んでいたのは彼も知っていたから。

「お風邪を引かないようにして、トレーニングもがんばってね」
 賑やかな祝いの茶席。
 サクサクのクッキーとアイシングが温かい紅茶にホロホロ解けて行く様に、織夜の暖かな言葉に、ザラは倖せを噛み締める様な笑顔で応えた。
「――皆も。暖かくして、佳いティータイムを。冬はもうすぐそこまで来ているぞ」

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月24日
難度:易しい
参加:18人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。