赤い薔薇に捧げる殺人

作者:ふじもりみきや

 人気のない温室では赤い薔薇が咲き誇っていた。
 それはそれは、美しい薔薇だった。
「どうして……」
 赤い薔薇の咲き乱れる庭園。その中央にそれはいた。
 震える声で、それは言った。体から羽毛を生やした姿は、けれどもどこか人間の原型を残している。
「どうして、私のことを好きになってくれないの……!」
 女の声で、それは言った。それの前には男が一人、膝をついていた。
 男は顔だちだけ見るなら、美しい部類だろう。所作も優雅で気品が漂い、低く穏やかな声で周囲の女子からも人気がある男であった。
 けれどもその赤いシャツと同じぐらい、彼の手は真っ赤に染まっていた。
 女の声で、鳥は語る。泣くような音で男をなじる。
「あなたはどうしようもない悪党で、人間よりも薔薇が大事な人だけれど。けれども私だけは。私だけは特別だと思ってた。だってそうでしょう? あなたの仕事に私はなくてはならないのだから」
 男は様々な薔薇を育て、庭を造る仕事をしていた。そしてそれを管理するのは彼女の役目だった。
 だから、貴方に私が必要なのだと。泣きながら彼女は手にしていた鋏を振り下ろす。切り裂くというよりは、それで抉るように。突き刺すように。肩に。腕に、振り上げてはおろし、振り上げてはおろしと繰り返す。
「残念だけれど、麗」
 だというのに、血まみれの男はそんなことを嘯いて笑った。
「確かに君の腕には価値がある。けれども、それだけだよ。僕は君の腕を認めてはいるが、辞めるというならばかわりの人間を探して育てる。人として愛してはいない」
「……っ」
 悲鳴のような泣き声を上げて、彼女は高々と鋏を振り上げた。
「……知っていたわ」
 そして、まっすぐに振り下ろした。
 本当はただの理不尽な復讐なのだと、心のどこかで彼女も理解していた。
 だって、彼女が好きになったのは。
 誰のことも好きにならない、薔薇の花しか愛さない。最低の男だったのだから。
 そしてそれを、許せなく、我慢できなくなってしまったのは彼女なのだから……。


「植物なんて基本ろくでなしだよ。恋をするだけ無駄というものさ」
 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)が冗談めかしてそんなことを言って肩をすくめた。そしてそれから、話しを始める。
「とある薔薇温室で、デウスエクス、ビルシャナを召還した人間が事件を起こそうとしている。彼女は自分勝手な理由での復讐をビルシャナに願い、願いが叶えばその身を明け渡しいうことを聞くという契約を結んでしまったようだ」
 ろくでもない話だと、語る言葉はどこか呆れた風であった。そうして彼女は一枚の写真を示す。長い髪の、眼鏡をかけた。どこか思いつめたような女性の姿がそこにうつっていた。
「彼女が復讐をはたして完全にビルシャナ化してしまう前に。もしくは理不尽な復讐の犠牲者が死ぬ前に。助けてやってくれ」
 そして彼女は、若干遠い目をして胸のあたりを軽くたたく。煙草を探すようなしぐさをして、なかったのか。軽く眉根を寄せて咳払いをした。
「薔薇温室までは特に問題なくたどり着ける。まあ侵入する際に何かを壊したとしても、ヒールをかければ問題ない」
 温室はそこそこ広く、公園のようになっているが、夜なので閉園していて人気はない。
 ビルシャナは被害者を苦しめてから殺したいと思っているのだから、戦闘に入った場合はその人間を放っておいてケルベロスを排除しようとする性質があると彼女は語った。
「……とはいえ、自分が負けそうになった場合、心中しようとする可能性は十分にあるから、気を付けること。……まあ、ビルシャナと融合した人間は、倒せば基本的にビルシャナと一緒に死んでしまうのだけれど……」
 言って、悩むように月子は言いよどんだ。そうだな、と、一つうなずいて、
「……可能性としては低い話だが、彼女が心から復讐をあきらめ契約を解除するということを願えば、ビルシャナを倒した後彼女を人として生き返らせることができるが……さて」
 珍しく曖昧な口調であった。苦虫を噛み潰したような表情で、月子は一度目を閉じる。一呼吸おいて、目を開き、
「恋色沙汰だから。こればっかりはどうにもならないわね。彼女は、自分が愛する人が、自分を好きにならないと知り絶望してビルシャナと契約した」
 でも、と、彼女は険しい表情で続ける。
「けれども彼は、絶対に彼女のことを好きにはならない。待っていればいつかとか、そんな話ではなく絶対にそうはならないし、それは彼女もわかってる。……そりゃ、好きな人のことだもの。誰よりもわかっていると思うわ。だから、目があるとすれば、親愛とか敬愛とか、そういう方向に気持ちを持って行ってあげることだけれど……」
 難しい説得になると、彼女はそう言って息をついた。
「恋色沙汰は、難しいわね。けれどもそれはとても、大切なことだとも思うの。……そこに付け入ったビルシャナを、許すことはできない。どうか、この悲劇に幕を下ろしてやってほしい」
 最後は、いつもの口調に戻って月子は言う。どうか気を付けて、行ってらっしゃいと。話を締めくくった。


参加者
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
八上・真介(夜守・e09128)
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)
阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)
リンネ・リゼット(呪言の刃・e39529)

■リプレイ


 麗しい花の香りが届いていた。
 庭園に咲き誇る花は美しく。
 ……それはどこか、墓場に似ていた。
 そんな言葉が浮かんでマイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は走りながら考えて首を横に振る。
「こんなのってない。まだ、間に合うはずだよ」
 前向きに。そんなことをいう彼女に、八上・真介(夜守・e09128)は少しだけ視線を向けた。口を開きかけて、黙る。
「説得がうまくいくかどうかはわからないが、まだ、間に合うだろう。それぐらいの猶予はある」
 真介の言葉にマイヤはこくりと頷く。なるほどこういう子が優しいというんだろうな。なんてぼんやりと妙なことを考えた。
「死んだとしても自業自得よ。マイヤが気に病む必要はないわ」
「……いや」
 真介が言いかけてやめた言葉をリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)が淡々と言い切った。
「誤解しないで。助けたいという人の邪魔をする気はないの。ただ……」
 リィは少々言い方を考える。麗たちは気に入らないが、それを助けたいと思う仲間の気持ちは悪いものではないと思う。
「ビルシャナに頼らねばならないような殺意は、果たして本物の殺意と呼べるのでしょうか。私としては正直、どちらでも良いのですけど」
 阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)もまたそんなことを言って息をついた。長い髪が蜘蛛のように揺れる。
「想いの人を殺せるのは、一度だけ。その一度をこのような潰し方で終わらせてしまうのは、少々もったいないじゃありませんか」
「……ふん」
 メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276) が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「おれは強欲な奴が好きだし、身を滅ぼすくらいの望みがある奴のが好きだ。けれどもおれにはどう見ても、二人がそんな欲を持っているようには思えない」
 望みを失った自分が語るにはおこがましいかもしれないけれども、うまくは言えないが、欲というものは色を持っているべきだとメィメは思うのだ。
「あ、あの、と、とにかくです」
 和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)が声を上げる。
「……うまく、行くと良いですね」
「さあ、さ。ど、どうでしょう、かね」
 ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が笑う。その顔は髪に隠されて半分以上は見えないが、何処か笑っているような気がする。
「ど、どちらにせよ、もう、すぐにわかりますよ」
 邂逅が近いと彼女は言った。薔薇庭園の、角を曲がったその先だ。リンネ・リゼット(呪言の刃・e39529)は微かに唇を噛む。
「アマダも麗も、あまり同情の余地がないですけど。人が死ぬのは放ってはおけないです……助けてあげたいですね」
 善人だから助ける、悪人だから助けない、ではない。
 ただリンネは、自らの騎士道に則って、祈るようにそう言った。


 麗しい薔薇の花が咲いている。
 薔薇の角を何度か曲がる。その先に男と鳥が立っていた。
「ちょっと待って!」
 マイヤが声を上げた。リンネとウィルマが男。アマダの前に出る。その隙のない動きに、麗も察したのであろう。一歩、前に踏み出そうとする。しかし、
「……だめよ、行かせないわ」
「此方としても、すぐに始めるつもりはない」
 リィと真介は即座に闘いを始めることが出来るよう構えた。戦いになれば容赦しない。二人はちらりと麗の方へと視線をやる。麗も鈴のような音を立てて、鋏を旋回させ持ち直す。
「彼を殺してしまえば、愛するどころではなくなってしまいますよ。大切だと思うなら、諦めずに振り向いてもらえる様に努力すればいいのです!」
 武器を恐れずアマダの前に立ち塞がったままリンネが声を上げる。そして振り返った。
「彼女の気持ちを分かっていないのは、貴方の本心なのでしょうか?」
 後半の問いはアマダへと。彼は血塗れの姿で瞬きを一つ、して。
「いいや、わかってはいるよ。わかった上で尚、受け入れられないって言ってるんだ」
「……余計にタチが悪いです。薔薇以外にも、大切なものがあると、貴方はいつ気付いてくれるのですか」
「さて。これでもある種大事に思っているつもりだけれど」
 リンネは眉根を寄せる。言いたいことはそう言う事じゃない、と。それを男はわかっていて言っていることに気がついたからだ。
「……なかなか、難しいですね」
 難しい顔をして、リンネは口を閉ざす。なかなかくせ者だ。なんて真面目な顔で言った。それでも彼の前から退かない。
「も、もう少し、さがって。こ、こちら、へ。大丈夫です、か?」
 ウィルマが促す。ここだと麗の射程圏内だ。しかしアマダは、
「いや、僕はここで」
「じゃ、邪魔、です」
「うん、そうだろうね」
「最低ね。そっちもだけれど、麗も趣味が悪すぎるわ」
 気怠げにリィが言う。本当にどうでも良さそうな声音で続ける。
「他の人はともかく、リィは別段あなたを助けたいだとかは思っていない。だってあなたは自ら望んでビルシャナと契約し、今の状況にあるのでしょう?」
 麗は鋭い目でリィを見据える。その視線をリィは真っ正面から受け止める。
「滑稽ね。あなたは何がしたかったの? この男を殺したかったなら、ビルシャナの力なんて借りずにその鋏で心臓を貫けば良かったのに。そうすれば誰にも邪魔されず目的を果たす事ができた……」
 麗は答えない。答えられないのはリィの言うことが正しいことだとわかっているからだ。彼女自身も最初から、これが逆恨みであることは理解しているからだ。リィはその美しい眉を顰めるように、厄介だこと、と小さく呟いた。
 人は時に、愚かだと理解していながら足を踏み外す。
「そいつのどこがそんなにいいんだ? 本当にそんな鳥に自分の何もかもをくれてやれるような相手か?」
 その在り様に真介が思わず口を挟んだ。真介にとってはアマダは、それほど上等な男に見えない。それはと麗は思わず口ごもる。
「彼に対して恋をしているのか彼の技に対して恋をしているのか一度考えてみるべきではございませんか?」
 絡奈もまるで貴婦人のように上品に指摘した。
「その感情は恋なのでしょうか? 彼の技が無かったとして彼を愛せますか?」
「私は……」
「わからない。そうだろう? わかってないなら口に出すけど、あんた、あいつが振り向いてくれたら、そのときはどうだってよくなるんだろ? もしもその程度の執着なら、さっさとやめちまえ」
 メィメが投げやりに、どうでもいいかのように、けれどもどこか真実と真摯さを含んで。
「身を滅ぼすほどの欲望じゃねえだろ、こんなものは」
「……」
 ばさり、と鳥の羽が揺れた。
「いいえ。どうしても邪魔をするというのなら……許しはしない」
「それは……やはり」
 警戒しながらも、リンネが問う。麗ははっきりと頷いた。
「知っているのよ。私が愛したのは最低の男だと。人生を捨ててやる価値もない男だと。……けれど、それがなんだというの?」
「選択肢。表向き、OK、してあげると、かは?」
 駄目だろうか。ウィルマは顔を少し傾ける。アマダのほうを見たのだろう。アマダはどこかおかしげに笑って首を横に振った。そう、とウィルマはアマダの首根っこをひっ掴む。
「うわ!? 痛い痛い、優しく扱ってくれないかな」
「うるさい、です」
 そしてその顔を容赦なく麗のほうに突き付ける。
「……ではこの人を殺め、れば、あなたはす、すっきりして、不満がなく、なって、満足? 本当、に? そんなことをしても欲しいものは手に入らないのに」
「満足……?」
「で、は、いっそ。そういうペットか何かと思われて、は? サービス、で、要らない部分は利かなくしてあげ、ますよ?」
 ウィルマは喉に回した手に力を込める。なるほど、と何だか麗も納得したような顔をしている。自問自答する。私は、では。どうすれば満足だったのかと。
「聞いてください!」
 それで最後に、今まで黙っていた紫睡が声を上げた。
「麗さん。実は、私、アマダさんから告白を受けてるんです」
 珍しく彼女にしてははきはきとした口調で、話を続ける。
「植物園で出会い、瓦礫の中で助け、それはもう熱烈な告白で……」
 出鱈目か否かを証拠はない。彼女の考えはこうだ。『誰にも振り向かない』彼が既に誰かに振り向いてたら、彼女はまだ愛するのだろうかと。
 麗はアマダに目をやる。目だけの問いに彼は肩をすくめる。
「うん、まあ、そういうこともあったかもしれないね」
 じゃあそれで、とでも言いそうな口ぶり。嘘とも取れ、真とも取れる。まるで悪魔のようね、と麗は言った。
「だったら、私は奪い取るまで。……もう、終わりにしましょう」
 それで。彼女は何かを求めるように耳を傾けていた話を打ち切った。努力はあったと思うが決定的なひと押しが足りなかった。
 彼女の愛は手に入らないからこそ欲しがってしまうもの。否定すると反発してしまうもの。もしかしたら否定の先に一人では見つけられなかった、親愛や敬愛や。他の道を示せばまだ目が合ったかもしれないが……。
 そしてアマダは彼女を認めていた。人としては愛していないがその腕は価値があると。
 しかし時は過ぎた。鳥の声が、銀の鈴のように響いた。


「……ばかみたい」
 リィの身が駆ける。喰らいつくように拳が鳥へと叩きつけられる。
「ばかみたい、ばかみたい。目的も手段もちぐはぐで、まるでおとぎ話に出てくる怪物のよう」
 あぁ、だから。リィは言った。
「リィは正義の味方じゃないけれど、それでも怪物は退治されるものよ」
「……っ」
 戦闘が始まって数分。技量の違いは明白であった。けれども麗は諦めない。血を流していた腕を旋回させると、急に鋏が小さくなって、
「……見え見えですわよ。させません」
 絡奈が鋏を投げかけたその腕を捕らえた。束ねられた蜘蛛の糸が鳥の腕を封じる。長い髪をかき上げて、絡奈は微笑んだ。
「愛するものを殺すことで気を引こうとする。その魂、私が頂きましょう。……大丈夫」
 溶けるように美味しく、いただいてあげましょうと。まるで蜘蛛のように絡奈は囁く。
「まだ……まだっ」
 拒み。麗は鋏でその糸を切り裂いた。しかしその隙を赦しはしない。リンネのナイフが翻る。影のごとき斬撃は、確実に麗の羽を落としていく。
「行きますよ氷雪。仲間の回復は貴方に任せます」
 ウイングキャットの氷雪がそれに答えた。戦うことになれば彼女は容赦しない。騎士の姿からどこか暗殺者を思わせる動きでナイフを走らせると、羽とともに血が零れ落ちた。
「あぁ、はは、あはははは。よ、弱い。弱い。そ、そんな程度じゃ、人、人は、殺せません、よっ!」
 笑いで叫びだしそうになるのをぎりぎりの理性でとどまらせて、ウィルマが蒼い炎を纏った巨大な剣を呼び出し振るう。技量も何もない暴力で。叩きつけるような一撃が連続して繰り出される。
「そ、そんなに、弱いのはだめですねぇ! わた、私が、代わりに殺してあげましょうか!?」
「……ッ!」
「ああ……。本当に、本当に、どうしようもない、人」
 ウィルマが笑う。落ちかけていた腕が上がる。苦しげに麗の目が見開かれる。
「そんなに好きなの? 逃げてる魚は大きい、っていう訳じゃないけど、掴まらないから余計に追いかけたくなって欲しくなる、みたいな」
 ボクスドラゴンのラーシュとともに、マイヤは駆ける。流星の煌きを纏って飛ぶ。そのコンビネーションに打たれながらも、麗は返す。
「そうね。あなたも、大人になったらわかるかもしれないわ」
「……多分、大人になってもわからないと思うけど」
 思いのほか優しい声で言われて、マイヤはまじめに考えてしまう。気にするなとでもいうように、ラーシュがてしとマイヤの肩を叩いた。
「……」
 紫睡は無言で傷を癒す。ありとあらゆる傷を癒すすべを持っていても、人の心ひとつ治せない自分に少しながら胸が痛い。
「それも……愛、なんでしょうか。アマダさんは、どう思います?」
「うん、何で僕に振るのかな?」
「いえ、なんだかお静かなので。今回は植物園の時より面白いって顔してないですよ」
「んー。もう結末は決まってしまったからね」
 相変わらず最低だった。むぅ、と紫睡は黙り込む。……思わず、真介が。
「お前自身には何もないのか。……何も」
 よせばいいのに、そんなことを聞いた。
 愛を知らず、思いを知らず。ただ外側から花を眺めて美しいと感じるその心が、どこか自分と重なった。だから自分も、何もないのかと。ほんの少し、告白するように。
「恋も愛も、俺には遥か遠い世界のことに思える」
 そしてそんな不確かな自分を忌み嫌うように。
「では、君は僕とは違うものだ。正直な話、僕は君のような人を見るとつい傷を開いて抉りだして眺めたくなるぐらいには人が好きなのだけれど……」
 ものすごくぶっちゃけてアマダは言った。メィメは不快げに眉根を寄せる。
「耳を貸すと碌なことにならないぜ。絶望する姿も、掴めない恋も、一瞬で消耗する望みじゃねえか。そんなものばっかり薪にくべて走る奴らは、生まれつき自滅願望でも抱いているのさ。話すとうつるぞ。……まあ、全うでないおれが言うのもおかしな話だが、俺にはあんたがそんなくだらない願望を持ち歩いているようには、見えない」
 古代語とともに魔法の光線を放ちながら、メィメはそんな前置きをした。さすがに正面切っては照れくさくて言いにくかったのか、視線は麗に向けたまま。
「そうかな」
「そうさ。あんたも、解ってるんだろう?」
 メィメは麗に向き直る。この世すべての欲望は、前に進むための灯。故に、先に続かない願いなんて、ただの我が儘にすぎない。それが自分たちと彼女の違いなのだろう。きっと。麗はなお拒むようにその腕を振るう。
「行かせません。糸の切れるときは過ぎました」
 しかし絡奈の糸が麗に絡んだ。マイヤは小さな手を握りしめる。一呼吸、置いてラーシュと一度視線を交わした。
「……いつかわかる日が来たとしても、きっとあなたのようにはならないよ」
 ただ少しだけ、悲しそうに。流星のごとき拳の連打で、
 彼女は、その鳥にとどめを刺したのであった。
 治癒をしながら、紫睡は麗を見る。力が足りないと心の奥で思いながら。彼女は麗に語る言葉を持たない。
 鳥は一度、鈴のように麗しい悲鳴を上げて地に付す。
 そしてもう二度と、起き上がることは無かった……。

 片付けは自分がしておくと、男は言った。相変わらずなにも、感じていないような顔で。すべての事柄を観測するような顔で。
 紫睡がケルベロスカードを渡すと男はいつものように軽口をたたいて受け取ったけれど、きっと使われることは無いだろうと、本人も何となく理解していた。
 薔薇の楽園を後にする。戦闘で踏み荒らされた跡。地に伏した鳥。そこに立つ美しい男はどこか、まるで殺人者のよう。
 死骸の上に咲く、赤い薔薇のようであった……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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