抱き着くとかお姫様だっことか過剰な愛情表現は絶許!

作者:質種剰


 山の麓。
「日本人たるもの、愛情は胸の内に秘めておくべきだー!」
「そうだそうだー!!」
 異形の翼振り上げたビルシャナが、集まった聴衆へ向かってご高説を垂れている。
「互いに相思相愛ならば余計なスキンシップなど不要! 抱き着くのだのお姫様抱っこなど言語道断!!」
 そこまで言い切ると、気力を使い果たしたのかぜーぜーと肩で息をするビルシャナ。
「……」
「……」
 辛抱強く待つ聴衆。
「かっ、過剰な愛情表現なんざ絶対に許さーん!! しょっちゅうイチャイチャするのも駄目だ! ましてや人前でなど恥ずかしくてできるかーッ!!」
「そうだそうだー!!」
 最後に本音をぶちまけつつ、ビルシャナは必死に自説を主張するのだった。
「…………」
「…………」
 もしかするとこのビルシャナ、過剰なスキンシップが苦手である前に、かなりの口下手なのかもしれない。


「あー……わかるわかる」
 うんうん、と神妙な面持ちで頷くのは守部・海晴(空我・e30383)。
 『過剰な愛情表現絶許ビルシャナ』の存在を突き止められたのは、彼の調査のお陰である。
「ふふっ、皆さんには頑張って『過剰な愛情表現を全肯定』して頂きませんとね。もちろん抱き着くのやお姫様抱っこもね」
「え? …………あっ」
 小檻・かけら(清霜ヘリオライダー・en0031)は、楽しそうに海晴をからかってから、説明へ移った。
「恋人から過剰な愛情表現を幾度もされたり求められるのへ辟易してビルシャナ化した人間が、一般人を集めて配下にしようと目論んでるでありますよ」
 山道では、完全にビルシャナ化した元人間以外にも彼の主張に賛同した信者11人が教義を真剣に聞いている。
 そこへケルベロスがヘリオンより降り立って、真っ直ぐ乗り込んでいく形だ。
「信者達はまだ完全な配下にはなっていませんので、説得によって正気を取り戻させることが可能であります」
 つまり、過剰な愛情表現絶許ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある説得を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない。
「もし配下になった一般人がいる場合は、ビルシャナを倒すまで戦闘に参加し、皆さんへ襲いかかるであります。ですが、ビルシャナさえ倒せば、元の一般人に戻りますので、救出は可能であります」
 しかし、配下が多い状態で戦いが始まれば、それだけ不利になる為気をつけて欲しい。
 また、ビルシャナより先に配下を倒してしまうと、往々にして命を落とすのへも注意。
「皆さんに倒して頂きたい敵は、過剰な愛情表現絶許ビルシャナ1人のみであります。ビルシャナ閃光とビルシャナ経文で攻撃してくるでありますよ」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらす可能性を秘めた遠距離攻撃。
 敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠にかける事もある単体攻撃だ。
「信者の方々は衝立を武器代わりに投げつけてきますが、皆さんなら敵ではありませんでしょう。複数人に当たる近距離攻撃であります」
 ポジションはビルシャナ配下共にキャスターである。
「教義を聞いている方々は、過剰な愛情表現絶許ビルシャナの影響を受けているため、理屈だけでは説得することができませんでしょう。重要なのはインパクトでありますから、何か斬新な論理や演出をお考えになった方が宜しいかと」
 今回ならば、恋人同士や夫婦での愛情表現の必要性や素晴らしさ、メリットをガンガン主張するのが良いだろう。
 反対に、一切の愛情表現を廃したカップルが辿る末路や、愛情表現を減らす事へのデメリットの数々を伝えるのも有効である。
「それでは、過剰な愛情表現絶許ビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 かけらはそう言って、ケルベロス達へ頭を下げた。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)
守部・海晴(空我・e30383)

■リプレイ


 山の麓。
 ビルシャナの魔手から信者を救うべく、ケルベロス達が次々と降下していく。
「そんな半端な悟り拓かなくてもいいのに」
 口の中で呟くのは、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)。
「毛嫌いするのも勿体無いと思うけど、本気で好いてる人に求められたら応えたくならない?」
 元より女性への免疫は少ないものの、もっともらしく語りかけると、
「どうぞお手を、我が姫」
 ミカエル・ヘルパー(白き翼のヘルパー・e40402)へ対して、恭しくも自信溢れる所作で背筋を伸ばし、堂々と一礼してみせた。
 ミカエルが手を差し出す。
 胸中では、目鼻立ちが整って髪はさらさら、肌も綺麗でスタイル抜群の自分ならば、その美貌に男性信者が息を呑んで見惚れる筈だと何故か信じていた。
 実際は、突然始まった大仰な芝居へ信者全員ドン引きしているのだが。
 自ら提案した姫と騎士のシチュエーションにどっぷり浸りきったミカエルの手を取り、跪いた白陽が手の甲へ恭順のキスをする。
(「柄でもないなー」)
 白陽はかような気持ちをおくびにも出さず、姫への敬意と愛情、騎士の矜持がよく伝わるように振る舞っていた。
 だが、白陽は気づかない。
 『お姫様抱っこをするには相手を本当に姫扱いしなければいけない』という妙な誤解をさせては、お姫様抱っこのハードルを著しく引き上げてしまう。
 ただでさえスキンシップや口説き文句の苦手な信者が、白陽みたいに恭順のキスを容易く出来る筈もない事に。
「これから御一緒頂けますか?」
 紳士的なエスコートに満足して微笑むミカエル。
「どこへでも、貴女の望むままに」
 白陽は三対の白い翼が生えた背中へ手を回して抱き上げ、お姫様抱っこしたミカエルを間近に見つめて、
(「どうかな」)
 横目では信者の反応を気にしつつ、ゆったりと歩き出した。
 ミカエルも信者達へ見せつけんと抱きついた。大き過ぎる白い乳房が白陽の身体に当たる。
「姫と騎士とかマジ無理」
 寡黙な信者の感想は、その一言に尽きた。
「抱きつくとかいう愛情表現は重すぎるのかな?」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)はさも不思議そうに首を傾げたが、
「でも、好きな人にはどうしても甘えちゃうよねっ。幸せエネルギー満タン!」
 すぐさま、シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)へ子どものように甘え始めた。
「シャルフィンだっこして!」
 シャルフィンはひょいとマサムネを抱き上げて、
「オレの場合重すぎて負担になってないかとても心配なんだけれど」
「マサムネの愛は重くないが、抱っこは物理的に重いぞ?」
 そんな冗談で信者を笑わせるも、そこまでだった。
「ほら、パパみがカンストのシャルフィンの前では、ドラゴン殺しのオレだってメロメロ甘えたさんになっちゃうよ?」
 かつて、チョコバナナ以外の屋台絶許教配下を見事言いくるめた程、本当は弁の立つマサムネなのに、今日は説得力に欠ける。
 信者からすれば、男のマサムネがメロメロの甘えたになったからと言って、シャルフィンのようなパパみを身につけたい! とはまず思わない。
「マサムネが甘えん坊なのは俺の前だけだったのか……まぁ、そんな子どもっぽい一面もあるマサムネが俺は好きなんだが」
 恋人の髪を愛しそうに撫でるシャルフィン。
「たまにオギャーやバブーとか言ってて面白いぞ」
 だが、いかに冗談で彼らの心を和ませても、信者が2人の抱っこに感化されるかは別問題。
 これがもし女性なら、己を2人のどちらかに投影し、マサムネやシャルフィンみたいな美男とラブラブになりたい——と影響されるだろうが。
 何せ『抱き着かれたりお姫様抱っこを求められるのが我慢ならん』ビルシャナに賛同した信者である。
 即ち『お姫様抱っこをさせられる側』な彼らは皆男性。
 ただイチャイチャすれば自動的に納得する訳では断じて無い。
 羨ましくなるかが大事なのだ。あの人とならイチャイチャしたいと思わせる工夫が。
 『男同士のイチャラブを見せられたストレート男性の胸中』を予め察せなかったものか。
「大体愛情表現の無い恋愛だなんて、ミルクとお砂糖のない珈琲みたいで味気なくないかな?」
「珈琲はブラックで飲む人もいるからな。シロップもバターもついていないパンケーキで喩えるのはどうだろうか」
「どんどん『好き』って気持ちは表していかなきゃ人生勿体無い!」
 マサムネ達はそれに気づかず、ツッコミ不在の漫才を続けた。
 一方。
「キャー! 私の王子様!!」
 黄色い声を上げた琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は、ギターを構えたリーズレット・ヴィッセンシャフト(淡空の華・e02234)へガバッと抱きつく。
 早速見せかけだけのフレンチキスの雨を降らせて、信者達の注目を集めた。
「サンキューマイキティ」
 淡雪の腰に腕を回し抱き締めるリーズレットは、背が少しでも高く見えるようズボンの下に厚底を履き男装していた。
「人前でキスとかよく出来るな」
 リーズレットをすっかり男性と思い込んだ信者達は、2人を呆れた目で見やる。
 その視線に幾許かの羨望が入り混じるのも男装のお陰。彼女らの作戦が功を奏した。
 のっけから熱々の淡雪とリーズレットだが、実際はとても仲の良い姉妹の如き友人関係、同性愛と言う訳では無い。
「今時……あの格好凄ぇな」
「痛いよな」
 なればこそ、信者のヒソヒソ話が耳に入っても、目を逸らして聞かなかった事にする冷静さがあった。
(「確かにちょっと痛いわね」)
 内心思ってしまう淡雪を誰が責められようか。
「ねぇ……あなた達も王子様のリトルデーモンになりません? 王子ならどちらでもいけるわよ」
 リトルデーモンとはファン及び愛人の事らしい。
「しかも今ならなんと!! リズ様の生ギターも聞けちゃうおまけ付きよ!!」
 ラブフェロモンを漂わせ、懸命に信者へアピールする淡雪。
「淡雪には叶わないけど、皆可愛いリトルデーモンだからな!」
 リーズレットは淡雪の言葉に合わせて、時代遅れなオリジナルソングを自信満々で弾いてみせた。
「ちょっと20年位時代を間違えちゃったような素敵なギターなのよ!!」
 淡雪の解説に、信者達が遠慮なく笑う。
「男のハーレムに入る気はないけど、面白いバンドマンだな」
 そして、リーズレットの堂々たる態度と淡雪の積極性やビジュアルが、彼らへ良い影響を与えた。
「あんな可愛い娘になら、抱き着かれてキスされたいかも」


「春先にも恋愛関係のビルシャナ退治に行ってきたけど、似たようなのがいるのね……恋の悩みはビルシャナ化しやすかったりするのかしら……?」
 そう小首を傾げるのは氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)。
「相変わらずわたしの恋愛事情もさっぱりだけど……」
 片恋ズムビルシャナ事件以降、特に何の変化もない身の上を思うと、溜め息をつかずにいられない。
「大体、ずっと愛情を秘めたままだと恋人同士になれないでしょ」
 ともあれかぐらは気を取り直し、涼やかな声で優しく語りかける。
「そもそも恋人になった時のことを思い出してみなさいよ。抱き合ったりしてたんじゃないかしら?」
「うっ」
「あるビルシャナが言ってたわ。男はいざ付き合うと愛情が冷めて餌をやらなくなるって。つまり、付き合うまでは愛情という餌をあげていた訳よね?」
 かぐらの弁舌が冴え、図星を指された信者達がますます狼狽えた。
「そりゃ、恋人になる時は……脇目も振らず夢中だったし」
 彼らの言い訳を聞いて、かぐらは我が意を得たりとにっこり笑顔になる。
「それも過剰だからダメっていうのなら、教義を語る前に既に教えへ反しちゃってることになるわよ。破綻しているも同然」
 教義の穴をついた指摘はしっかり論理に適っていて、信者達を激しく動揺させたのだった。
「そんな……教祖様の教えを忠実に守れば、もしかして告白も禁止なのか!?」
「愛情を秘したまま恋人関係にステップアップするのは……至難の技だな」
 一方。
「愛情は特別な感情よ。それを胸の内に秘めるなんてしちゃうからすれ違うのよ」
 リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)は、恋人間の真理を強く主張する傍ら、そわそわと誰かを待っていた。
「特別だからこそ恥ずいじゃん」
「その気持ちを乗り越えてしてくれるからこそ愛情を感じられるのよ」
 仲間が説得の為にイチャイチャするのを見れば、羨ましくも不安が募る。
(「とりあえず来て! ってお願いしたけど大丈夫かしら」)
 そんな彼女の待ち人、九十九折・かだん(自然律・e18614)は、ぼんやりのんびりした風情のまま足だけは真っ直ぐリリスに向けて姫抱きに及ぶ。
「ふあっ!」
 いきなりのお姫様抱っこに思わず赤面するリリス。信者らも息を飲んだ。
 かだんは赤い顔を間近に見つめて耳打ち。
 リリスがこくりと頷く。2人の親密さを信者が素直に羨んだ。
 彼らは男性故、リリスみたいに綺麗な彼女が居たら、またはかだんのようにリードしてくれる彼女も良いかも、と投影するのも容易い。
「愛情表現NG、なんて、損してるな。恋人と触れあう肌は心地良く、良い匂いが残って、愛しいよって、自慢できるのに」
 首にリリスの腕を巻きつけつつ、かだんは言って、
「確かにそうね。誰にでも触れさせるわけじゃないの。あなたが特別だからって証なのよ」
 婉然と微笑むリリスのベールを、空いた手で脇に広げた。
「……ああ、けど」
 まるで挙式のように、2人の顔がベールに隠れる。
「『この時』の顔だけは、私の、独り占め」
「かだん、ちゃ……」
 続く声をかき消したのはリップ音。
 ベール越し、微かに透けるリリスの頬が、淡く色づいた。
「良かった。お姫様抱っこっていきなり抱き上げて良いんだな」
「確かに、触れ合いが心地良いのは否定できんな」
 論理も演技もソツなくこなしたリリス達に、信者は圧倒されていた。
 他方。
「愛情表現しないなんて、絶対恋人さんを不安にさせてるよ」
 ぐっと拳を握って熱弁するのはヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)。
「言葉や行動でちゃんと形にして、お互いの愛を日頃から確かめ合ってこそ、絆も長続きすると思うの」
 そう豪語するヴィヴィアンと協力して、恋人の水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)も舌鋒を奮う。
「あたしたちはいつもそうしてるよ、ねー」
「ああ。俺達、何時も色んな話して、お互いの気持ちを確かめ合ってるからな。そうやって、愛を育んできたんだぜ。……なぁ、ヴィヴィアン?」
 ヴィヴィアンは嬉しそうに鬼人の腕へぎゅっと抱き着いて言葉を続けるも、
「お姫様だっこだって……あれ?」
 ふと何かに思い当たり、鬼人へ耳打ちした。
「そういえばしたことなかったっけ?」
「したことないよ」
「……今、してみる?」
「ま、折角だからな。やってみるか」
 ボソボソと囁き合う2人の楽しそうな様子を見て、信者達が驚く。
「初めてお姫様抱っこって、よく思い切れるもんだな」
「でも、何気ない会話でも仲良さそうに見えるのは尊敬するかも」
 ヴィヴィアンが、緊張しながらも恋人の首へしがみついた。
「ヴィヴィアン……大丈夫か?」
 小柄な身体を持ち上げた鬼人は、心配そうに腕の中のヴィヴィアンを見つめた。
「こんな抱き方をするなんて、生まれて初めてだから……な。痛い所とか、苦しい所とかないか?」
「あたしは大丈夫、苦しくないよ」
 互いに『初めてのお姫様だっこ』へ素でドキドキしているのが判る。
「その、あたしもお姫様だっこされるの、初めてで。なんか、鬼人に全部預けてるって感じで、ドキドキするね……!」
「ドキドキ……か。……あのさ、胸の鼓動の音は……うるさいだろうけど、気にしないでくれな?」
「気にするよ! 鬼人もあたしと同じ気持ちだと思ったら嬉しいし……!」
 ヴィヴィアンは、顔を真っ赤にしながらそう言い切るや、ふと我に返って信者達へ向き直る。
「そ、そう、愛情表現ってドキドキするし、幸せな気持ちになるし、相手をもっと好きになるの」
 演技を一切せず、素のままの自分を曝け出してお姫様抱っこに挑んだ2人。
「恋をするならいつまでもそういう気持ち、感じていたいと思わない?」
 ヴィヴィアン達の幸せそうな様子は、自然な振る舞いなればこそ、信者達の胸にもスッと染み入って。
「……何か、お姫様抱っこが凄く良い物のように思えてきた」
 彼らの心を大きく動かす事ができた。


「フハハハ……我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大首領!! この程度の演技、造作もないな!」
 大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)は、相変わらず豪気を装って高笑いするも、
(「私は、何故このような無茶振りな依頼に参加してしまっているのだ……いったいどうすれば……」)
 実は、コレどーすんだよコレ……!? と内心焦りに焦っていた。
 そんな領のピンチを助けんと現れたのが、カシオペア・ネレイス(秘密結社オリュンポスメイド長・e23468)。
(「ここは、私たちが普段『こっそりしている』イチャコラを見せつけるべきですね。相手側が羨ましがるような劇的なシュチュエーションを想定して」)
 領と違い真に肝の座ったカシオペアは、何をすべきかも的確に判断して、三段重ねのお重を掲げる。
「大首領様、お弁当をお忘れですよ」
「すまんなカシオペア」
「もう一つお忘れです……行ってきますのキスも」
 さらりと言うカシオペア。実際は今日もしてきたらしく、領の恐妻もとい愛妻家ぶりが窺えた。
 領は例の仮面を外し、目を伏せたカシオペアへ唇を重ねる。
「よく出来ました。ご褒美にお弁当を食べさせて差し上げましょう」
 カシオペアはお重を広げ、細巻きを挟んだ箸先を領の口元へ持っていく。
「あ~ん」
 素直に食べる領。
「ふふふ……大首領様の味がしますね」
 最後には薑を口移しで食べさせ、そのままディープキスに没頭したカシオペアが、意味深に笑う。
「フハハハ……ただのメイドにこのような事をさせると思うか……? 私と彼女は……つまりはそういう関係だ!」
 されるがままの領だが、恰もそれが当然の愛情表現と言わんばかりに堂々としていた。
「私たちレベルとなるとお互いの愛情が深く、様々なシチュエーションに応じたプレイでマンネリ化がないようにするのだ……どうだ! うらやましかろう!!」
 実際、妻の愛情表現を煙たがらず悠然と構えて受け入れる領は、信者達の目に格好良く映る。
「そうか……恥ずかしいからってスキンシップを拒絶する方が、他人の目には余程器の小さい人間に見えていたんだな」
 初めてその事に思い至った彼らは、領達に感銘を受けていた。
 さて。
(「……ビルシャナよー、何で見つかっちゃうんだよー? つーかビルシャナ化するなよー? 俺も賛同しちゃう教義じゃんかー?」)
 頭が働かないのか渋面を作る守部・海晴(空我・e30383)だが、救いの女神はすぐそこまで近づいていた。
『自分の我儘と人の命、どちらが大事ですか? 時には自らを偽ってでも、恥を捨てて救わなければならぬ時もあるのです』
 とのカンペを掲げたニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)である。
(「……あ、ニルスだ。いや、その通りなんだけどさ。つーか近寄ってきてね?」)
(「私も人前で恥ずかしいですが、覚悟を決めてます……さぁ、逃げずに私をぎゅむぎゅむするのですー」)
 期待に満ちた瞳をキラキラ輝かせ、海晴の周りをぐるぐる回り出すニルス。
「ムキーッ!!」
 観念した海晴は、彼女へ後ろからがばっと抱きついた。
「……可愛い娘の過剰なスキンシップは、エロい男からしたら婚前行為オッケーねと取りかねないから。それとも、公衆の面前で……したいの?」
 反撃とばかりニルスの耳元に吹き込んでから、彼女を抱き締めたまま説得に移る。
「その教義に賛同するという事は、お前ら彼女彼氏がいるんだよな? ……日常の生活の中で、時には心に深い傷を負う事だってあるだろうさ」
 元々ストイックな海晴が言うからこそ、心の深い傷云々にも含蓄が宿る。
「そんな時、人肌が恋しいって思う事ぐらいあるだろ? 相手から求めてくるって事は……心を癒されたいんだよ。母親の胸の中で寝る赤ん坊のようにな……」
 赤面したニルスを抱き締める腕に力を込め、微笑を作って教え諭す海晴。
 海晴もニルスも、教義を捨て切れず配下になった信者が死ぬ可能性を、よく知っていた。
 だから必死だった。
「お前らも癒されたいだろ? 相手の事を想ってるなら、持ちつ持たれつやってこうな?」
 海晴の声音には、どこか自身へ言い聞かせるような響きもある。
「そっか、拒否ってばかり居たら、いざ自分が人肌恋しくなった時困るのか」
「持ちつ持たれつ……成る程大切だな」
 海晴の演説は、文句なく信者の心へ訴えかける力があった。
「俺……愛情表現を受け入れられるよう努力するわ」
 そしてケルベロス達の奮闘の甲斐あり、信者の内7人が教義を捨て正気に戻った。
 草臥・衣(神棚・en0234)が彼らに逃げるよう促す。
「出会う場所が違ってたら、良い飲み友達になってたかもな……」
 ビルシャナは海晴が具現武装「大太之石剣」を用いて仕留めた。
 しかし、配下4人は手加減攻撃を受けても都合良くは魂が凌駕せず、そのまま息絶えた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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