創世濁流撃破作戦~融機涅槃

作者:長針

 モザイクに覆われてはっきりとした全容は判らないが、大まかな印象としては仏教で語られる浄土を思わせる光景が広がっていた。
 しかし、ディティールに目を向けると奇妙な感覚を抱かざるを得ない。
 池は水銀のように金属光沢のある水面を波打たせ、その上に浮かぶ睡蓮も機械部品と植物が互いに食い込んだような異質なものだった。
 ほとりに生える菩提樹らしき木も銀の蛇が絡みついたような、植物と金属が噛み合わされたような奇異な外観をしている。
 一言で表すなら東洋的な理想郷を用途も判らない未来的な機械で飾り付けた場所だった。
「…………」
 そんな奇妙な世界の中心に、瞑目し、静かに座す影が一つ。
 衆生を余さず救う多腕と、数多の世界を見渡す多相を持つその姿は菩薩を思わせる。しかし、『彼女』もまた異相。
 本来救うべき者たちへ差し伸べられる手は翼を広げた猛禽のように威圧的で、その上無骨な機械で象られている。
 三つの面は正面を向いた一つこそ涅槃に至ったような穏やか笑みを浮かべていたが、左右を向く面は厳めしいフクロウと無機質な機械という尋常ならざるもの。
 『彼女』は人ではなかった。だが、その姿はある人物の有り得た可能性を模していた。
「私はーーこの濁世を浄化する」
 本来のその姿の持ち主とは真逆の、情感が抜け落ちた声。奇妙な世界の中で、その言葉だけが虚ろに響きわたった。

「あっ、皆さん、ハロウィンでの一件、ごくろうさまでした」
 一同が到着したとき、ハロウィンカラーで彩られた室内で書類を整理していたセリカに出迎えられる。
 セリカは慌てて書類を胸にかき抱き、一同の元まで駆け寄ってきた。
「お疲れでしょうからごゆっくりーーと言いたいところですが、喫緊の事態が発生しました。皆さん、ドリームイーターの最高戦力・ジグラットゼクスの『王子様』についてはご存じですね?」
 一同が頷くや、セリカは緊張した面持ちで話を続けた。
「その『王子様』が六本木のハロウィンで集めた魔力を使い、各地に点在するワイルドスペースを膨張・統合させ日本全土を覆う計画ーー『創世濁流』を実行に移そうとしているようなんです。
 幸い、皆さんのご活躍のおかげで多くのワイルドスペースを消滅させたため、いかにハロウィンの魔力を使おうとも日本の全てをワイルドスペース化するほどの力は残っていませんが、依然危険な状態であることには変わりません。
 そこで、皆さんにはこのワイルドスペースに向かい、その主であるワイルドハントを撃破して欲しいんです」
 一旦言葉を切り、セリカが書類をめくる。
「戦闘についての説明に移ります。敵はワイルドハント一体と、『王子様』がワイルドスペースの護衛として派遣した『オネイロス』と呼ばれる組織に属するドリームイーターが一体。前者は姿こそバベル・アーポット(レプリカントのミュージックファイター・e11989)さんの暴走時のものを模していますが能力はドリームイーターそのもので、後者はトランプの兵隊のような姿をしており、こちらもドリームイーターのデウスエクスとなります。
 戦闘はワイルドスペース内部で行われますが、外観に奇異なところはあっても、行動に支障をきたすことはないでしょう」
 セリカが一度言葉を切り、自らを落ち着けるように深呼吸し、話を再開する。
「次に相手の能力についてです。ワイルドハントの方は、機械腕を用いてこちらの心を抉る、モザイクの炎で平静さを奪う、理解不能な経文のモザイクを飛ばし悪夢を見せるといった攻撃を、『オネイロス』のトランプ兵の方はモザイクを飛ばして知識を吸収する、モザイクを口の形に変えて欲望を喰らう、モザイクによる損傷の修復といった能力を使ってきます。戦い方としては高火力のワイルドハントがアタッカーを務め、高耐久のトランプ兵が防御・妨害を行うシンプルなものですが、いずれもステータスが高いため決して侮れないでしょう。双方とも厄介なバッドステータスを付与してくるため、これらへの対策は十分に行って下さい。
 また、あくまでワイルドスペースの膨張を防ぐのが目的なので、主であるワイルドハントを倒せばこちらの勝利となります。逆に言うと、トランプ兵だけを倒しても勝利となりませんのでご注意下さい。双方倒すか、ワイルドハントのみを狙うかは皆さんの判断に任せますが、どちらにしろ綿密な作戦と意思の統一は必須となります」
 一同を見回すセリカ。その顔は先ほどよりも明らかに硬くなっていた。
「最後に、完全な予知は出来ないので絶対とは言い切れませんが、この作戦で特に重要と思われるワイルドスペースには『オネイロス』の幹部が直接出現する可能性があります。今作戦における中核戦力である彼らともし遭遇し、撃破すれば今後の展開を優位に進めることが出来るのは間違いありません。しかし、作戦自体が失敗しては元も子もありませんし、何より強大な敵ですので中途半端な行動は致命的です。必ず明確な方向性を打ち出し、メンバー間での意思の統一を行って事態に臨んで下さい」
 そこまで言うとセリカは書類を抱え直し、
「今回の作戦は、これまで皆さんが行ってきたワイルドスペース破壊の重要な山場と言えるでしょう。困難の多いミッションですが皆さんなら必ず良い結果が得られると信じています。それでは、ご武運を」
 緊張した面持ちで一同へと敬礼した。


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
望月・巌(昼之月・e00281)
殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)
メロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス美大生・e03824)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)

■リプレイ

●機械浄土
 モザイクと機械と東洋的な理想郷が奇妙に混じり合った夢の世界。
「だりゃああああ!」
 怒号とともに唸る拳を振り上げたのは望月・巌(昼之月・e00281)だ。拳はそのままカードに手足を取って付けたトランプの兵隊に向かって放たれる。
「効カヌ!!」
 ギィンと薄い身体からは想像もつかないような硬い手応えが返ってきたかと思うと、トランプ兵のモザイクが組み替わり、大きな口の形へと姿を変える。
「おいおい、ちっとばかし前に出すぎだぜ!」
 とっさに巌の肩を掴んで引き寄せ、前に出たのは嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)だ。彼が腕を交差させると同時、足下を鎖が這い、その身を包み込んだ守護の光が攻撃を弾く。
「陽治の言う通りです。あまり無茶をしないで下さい、巌」
 鎖を引き戻しながら生明・穣(月草之青・e00256)が窘める。しかし、巌はにっと太い笑みを浮かべ、
「なーに言ってやがる。姿は見えなくても背中に2人が居るから……俺は安心して前に出られるんだぜ? ならガンガン前に出るしかねえだろ。こいつを倒すためにはな。行ったぞ、そっちだ!」
 巌が叫ぶとほぼ同時、異形異相のシルエットが一同へと飛びかかる。
「おうよ! 痛っ……ったく俺の『徳』が極まって極楽浄土に辿り着いちまったって思ったらこれかよ」
 その攻撃を軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が前に出て受け止め、顔を顰める。
「まあ、確かに夢の世界ではあるがな。だが、俺はこれを極楽と呼ぶ気にはなれんな」
「だよな。やたらとメカメカしいし」
 首筋の後ろを撫でながら気怠げに周囲を見回す殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)に割と真剣な顔で双吉が頷く。軽口こそたたいているが、いずれも結構なダメージを受けており、決して楽な状態ではない。
 一同はワイルドスペースに取り込まれた直後、二体のデウスエクスと遭遇し、すぐさま交戦に入ったのだ。
 事前にこういった事態も有り得ると備えていたので奇襲は免れたが、それでも地力では勝る相手とあって現状苦戦を強いられている。
「恐れることはありません。ほとんどの人が夢を叶えられない濁世は新たな世界へと生まれ変わり、貴方たちは夢見た通りにーーいえ、夢そのものになることができるのですから」
 そう告げたのはバベル・アーボットの有り得た可能性を模した異形異相の存在ーーワイルドハントだった。
 そこへ抑揚のない、しかしどこか残り火のような熱を感じさせる声が割って入る。
「……随分と決めつけてくれたものだな。俺からすれば、こんな精密機械みたいに完璧すぎる世界の方が不気味だ」
 飛鷺沢・司(灰梟・e01758)が前へと歩み出て、ワイルドハントと対峙する。
「それは貴方たちが現実の世界の住人だからです。この世界で眠りに落ち、何者も傷つけることができない機械の身体を手に入れ、涅槃の境地に至るーーその完成を経てしまえば、些細なことは気にならなくなるでしょう。恐れることは何もないのです」
「…………」
 疑念なく、惑いなく、情感なき言葉に応えず、司はただその金色の瞳をワイルドハントに向ける。
「やっぱり、似てませんね」
 ぽつりとメロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス美大生・e03824)が呟く。
「顔はそっくりですけど、中身が違いすぎます! 本当のバベルさんは! 優しくて大人で物知りで!! ノリが良くて親しみやすいステキなお姉さんなんですからね!! 何より眼鏡をかけていないのがダメです。むしろ眼鏡が欠けています!」
 ビシリとワイルドハントを指さしつつ、眼鏡のフレームを持ち上げるメロウ。そんな彼女にワイルドハントが微笑みかける。
「これはあくまで現し世からもたらされた夢の残滓から造り出された現し身。この姿の元となった人物と関係はありません。しかしーー」
 ふっと、言葉の調子が変わる。
「この方の姿が、私の夢の世界と非常に波長が合うのは間違いありません。故に私はこの方の姿を借りて、私の世界ーー機械浄土でこの地を覆う使命を果たすのです」
 その言葉はダモクレスのように熱がないのに、ビルシャナのごとく偏執的な響きが宿っていた。対峙したのが常人であるならば、台詞に込められた圧だけで雷に撃たれたかのように身体を動かせなくなっていただろう。だが、ここに集った者たちはいずれも尋常たる存在ではなかった。
「させないよ。そうなると、きっと大変な事になる。濁流は広げさせないよ」
 気負いを感じさせない、それどころか幼ささえ感じられる口調。しかし、そこに宿る意志は揺るぎないものだった。
 その声の主ーーエリヤ・シャルトリュー(影踏・e01913)が稚気が残る瞳でワイルドハントを真っ直ぐ見つめる。
「そうだな。俺たちがこいつらを止めなきゃならねえ。ちっとばかし今はキツいが、なに、問題ない。耐えてこじ開けりゃいずれ道は拓く。いつも通りさ。そんじゃあ、改めて殻戮堂・三十六式、諱・幎(とばり)。推して参る」
 かくして戦いは続く。

●諸行夢常 
 トランプ兵の誤算は二つあった。
 一つはケルベロスたちが自分を優先して攻撃してきたこと、もう一つは自分たち二体を同時に相手取るほどの実力を持っていたことである。
 この空間の主であるワイルドハントを倒さなければ奴らがここから出ることはかなわない。彼我の能力とその条件を考えればワイルドハントの方に攻撃を集中させる方が一見すると効率が良いはずだった。
 だが奴らは見かけ上の効率に騙されず自分に攻撃を集中してきた。そう判断した胆力もさることながら、それを実行できる能力を備えていたことがなお脅威だった。
 奴らは確実に強くなっている。単純な戦闘においても、複雑な戦略においても。
 だが、だからこそここで葬らなければならない。けれど、敵陣に引きつけられたワイルドハントとは分断され、機械のように精密に設計されたはずの身体はいまや幾つもの異物が入り込み、思うように動かない。否、動くのだ。
「トランプ兵、来ます! 藍華、援護を!」
 しかし、トランプ兵の目論見は仔細に観察をしていた穣により看破され、主の命を受けた藍華が光輪を放ち、絡め取られる。トランプ兵はすぐさまモザイクを組み替え解除しようとしたが、
「させないよ。夢はとてもきれい。でも眠りは死と兄弟なんだ。夢しか見ないってことは、きっとそういうことなんだと思う。だから、僕は君たちを止める。《我が邪眼》《影を縫う魔女》ーー」
 エリヤが朗々と呪文を唱えると、風もないのに蜂蜜色の髪とそこに咲いたエリカの花が揺れた。身に纏うローブがはためき、無数に描かれた紋様のひと連なりが脈動を刻み始める。
「ーー《仇なす者の躰を穿て、影を穿て。重ねて命ず、突き刺せ、引き裂け》』
「グオオオオオオ!」
 詠唱が完成すると同時、無数の針状の影の塊が出現し、狙い過たずトランプ兵に突き刺さり、その動きを縫い止めた。
「こちらですよーー練り水晶の偽りの光の成す奇跡よその成すべきを成せ」
 穣が掌にかざした水晶から光が放たれ、トランプ兵が防御姿勢をとる。しかし、光はトランプ兵を通り過ぎ、その後方で治癒の力を発揮した。
「細工は流々、あとは仕掛けをご覧じろってなーー好感度を売りにしてるからって、そこまで叩くこたぁねぇと思うが……世論が叩き易い方が良く燃えるってね。精々踊ってくれや」
 その時になってトランプ兵は自らの背後、改造スマホを手にした巌の存在に気づく。しかも、彼一人ではない。
 陽炎と見紛うほど薄らとした炎を纏い、地面に黒々とした影を落とし立つ司の姿があった。影はそのままトランプ兵へと真っ直ぐ這い伸び、急速に熱を帯び始める。
「詰みだ、トランプ――呑まれてみるか?」
 すっと司が手を挙げる。それを合図に巌がスマートフォンをタップし、司の影が厚みを持って形を取る。
「ナアアニイイイイイっ!?」
 高速で書き込みが増えていくスレが表示されたスマホの画面から迸るビームと、焔纏い天を突く影の剣がトランプ兵の身体を貫いた。

●夢幻入滅
 トランプ兵が消滅した後のワイルドハントの奮戦ぶりは凄まじかった。
 機械腕は唸りを上げ、バベルの面で戦況を見据え、猛禽の面は不可解な経文のモザイクを吐き出し、機械の面は瞋恚の炎を放ち続けるという三面六臂をフルに稼働させ、八人と二匹を相手に互角の戦いを見せていた。
「……何故そうまでして戦うのですか? 私たちの救いを待てば何も苦しむ必要はないというのに」
 攻撃の手を緩めることなく、ワイルドハントが問う。彼女の言う通り、一同ーー特に攻撃を受け続けた防衛陣は満身創痍と言っていいほどだった。
「そりゃ気に食わねえからだよ。確かに現実ってのは不完全かもしれん。悪いところだってある。だからってな、全部そっくり変えちまえばいいってのは医者として許せねえんだよ。医者ってのはあくまで治すのが仕事であって、本人のまま元気になってもらわなくちゃ意味がねえんだ」
「同感だ。たとえ転生するとしても俺だって俺のままでいたい。外見はそっくり変えるがーーごほん。陽治、三十六式、こじ開けるからもう少し耐えてくれ。メロウ、眼鏡の力を見せてやるぞ!」
 本音をダダ漏れにした気まずさをごまかしつつ双吉が呼びかけ、それぞれが頷く。
「無駄です」
「おっと、俺がいる以上ほかの連中の邪魔はさせんよ」
 照準を双吉に向けようとしたワイルドハントの機械腕を陽治ががっちり押さえる。
「お前の敗因は眼鏡の力を侮ったことだーー眼鏡投影。シアター、装着(セット)ッ!!」
 その隙に双吉が仕掛けた。彼はブラックスライムを眼鏡のフレームの形に圧縮し、己の顔へとセット。ブラックスライムが収集した戦闘情報をレンズ部分へと投影、次々と文字列が流れ、高速で演算を開始する。
「くっ……」
 陽治の腕を振り解き、ワイルドハントが攻撃を再開。だが、
「見えたぜ! ファンシー系は似合わないって? うるせえ、解ってらあ!!」
 一人芝居を混ぜ込みつつ、双吉は眼鏡に表示された未来予測と着弾時間が一致するタイミングで、黒い、しかし丸みを帯びていて可愛らしいシルエットの星を蹴り放つ。
「なっ……!?」
 激しい攻撃の隙間を、正に縫うようにして飛んできた星をまともに喰らい、ワイルドハントが初めて驚愕を露わにする。
「代わるぞ」
「応さっ! 正直、助かる」
 攻撃が途切れた隙を突き、陽治と入れ替わるようにしてワイルドハントへ対面した三十六式の手には一枚の護符が握られていた。三十六式が機械腕をくぐり抜け、ひと思いに懐へ飛び込む。瞬間、護符が煌めき、一振りの刃へと変じた。
 ワイルドハントの顔に明確な焦燥が浮かぶ。だが、幻想の刃はすでに柄に至るほど深く突き入れられていた。
「かはっ……!!」
「溢すなよ、勿体無い」
 刃を振り払おうとワイルドハントが機械面から炎を吐き出す。しかし、返り血から力を吸収した三十六式は身を焼かれながらも傷を再生させ耐えきった。仕方なく、ワイルドハントは傷口が開くことを承知で無理矢理後方に下がる。
「こんなところで私は倒れるわけにはいかない……」
 疾走とともに機械椀の駆動を限界以上まで引き上げワイルドハントが突撃する。
「させませんよ。リム!」
「ミャオっ!」
 主の命を受け、リムが光輪を放つ。ワイルドハントは顔の前に飛んできたそれを機械腕ではねのける動作と予備動作を同期させ、即座に攻撃に移行する。しかし、光の輪と自らの腕で視界が塞がった一瞬。その一瞬の間に先ほどまで視界の隅にすらなかったモノが目に映った。
「え……?」
 それは自らと全く同じ態勢で拳を構えるメロウの姿だった。自らが他者の姿を模した存在であるにも関わらず、まるで鏡を覗き込んでしまったような錯覚に陥り、我を忘れた。
「姿だけとはいえバベルさんのマネで暴れられるってのはいい気しませんね。勝手に姿を借りられている人の思いを少しは知ると良いでしょう――その技、ちょっとお借りしますね」
 攻撃態勢に入っていたワイルドハントは半ば自動的に機械腕を駆動させる。その攻撃に、まるで鏡写しのように同じ動作でメロウが応酬する。
 それは永劫に続くかと思われた。しかし、機械的なワイルドハントの攻撃に対し、常に最適化するメロウの拳が徐々に圧倒し、そして、
「なぜ……貴方たちは、救いの手を拒むの、です、か……」
 胸に開いた傷にメロウの拳が突き刺さり、ワイルドハントがくずおれる。
「これが、眼鏡の力です」
 ずれた眼鏡を直しながらメロウが高らかに宣言した。

●縁起終幕
「皆さん、良かったらどうぞ」
 戦闘が終わると穣は懐から包みを取り出し、苺ミルクキャンディを皆に配り始めた。
「おう、ご苦労さん……っとと」
 一通りキャンディを配り終えた穣を労おうと出迎えた陽治だったが、思いのほかダメージが残っていたらしく身体をよろめかせてしまう。そこへ巌と穣が同時に手を伸ばし、身体を支えた。
「おいおい、医者がボロボロじゃ患者に示しがつかねえぜ、ったく」
「そう言われると返す言葉もないな。ま、患者が元気なら俺はそれでいいさ」
 軽口を叩き合う巌と陽治。そんな二人を愛おしげに見つめていた穣がようやくといった様子で一息つく。
「ともあれ、一緒に帰ることができて良かったです。ええ、本当に」
 ワイルドスペースが溶けるように消え始め、青空が欠片のように見えていた。
「救い、か」
 空を見上げながら呟いたのは司だ。
「どうかしました、司さん?」
 首を傾げ、メロウが問う。
「いや、ワイルドハントが言っていた救いってのは、きっと俺達には必要ないんだろうな。そんな差し伸べられた手をただ取るような、誰かが書いた経典に答えを探すような救いは。それを拒み、選び続けるからこそ俺達なんだろう」
 半ば独白のように告げ、司が仰いでいた顔を戻す。すると、そこにはエリヤの姿があった。
「僕もそう思う。きっと、そういうものなんだと思うよ」
 にっこりとエリヤが微笑む。
「なるほど……私はどちらかというと、バベルさんの姿で勝手なことしてって思いが強かったですね。私は眼鏡に救われてますしね」
「うん、それでいいと思う。それもきっとそういうものなんだよ」
 拙いながらも飾らない言葉でエリヤが告げる。そこへ大きな欠伸が響いた。
「ああ、すまん。ちょっと血ぃ流しすぎてな。ひたすら気怠いぜ……」
 いつも通り三白眼をぼんやりと彷徨わせながら三十六式が再び欠伸をする。
 そんな一同から少し離れ、穣からもらった苺ミルクキャンディをじっと眺めていたのは双吉だ。彼は恐ろしげな顔でキャンディをねめつけ、
「こういうお菓子が似合うーーいつかはそういう人になりたい……」
 包みを解いてこっそりと口にした。

作者:長針 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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