創世濁流撃破作戦~クッキースクランブル

作者:雨屋鳥


 周囲は全てモザイクの海に包まれている。その中で六歳ほどの少女が、明るい声を上げていた。
「むふーっ!」
 彼女は、きめ細やかな張りの頬をふっくらと膨らませて、腕をすぽりと包み込んだ袖口から無数のクッキーを頭上に降らせては、飛び跳ねてはしゃいでいる。
「ハロウィンのまりょく、すっごくすごいんだね!」
 モザイクの檻とも取れるような異様な空間で、あどけない少女は躍りながら、すぐそばに彼女を護る様に佇む黒猫に話しかける。
「このワイルドスペースをおっきくして、世界中をぐわーって出来るね!」
 ぐるると、返事する彼女の背丈よりも大きい、大型犬ほどの黒猫は、我が子に毛づくろいをする様に、彼女の頬を舐めて何かを訴える。
「もう、わかってるよ。けるべろすって人たちが邪魔してるんでしょ? でも王子様のおかげでオネイロスさんたちが助けてくれるっていうんだから、きっとだいじょうぶだよう。それに幹部さんが動いてるんだから」
 そういうと、彼女は少し離れた場所に立つ影を見つめた。
 すぐにそこから目を離した彼女は、降らせたクッキーの一つを口で捕らえると、笑みを浮かべてそれを咀嚼する。彼女の口に入らないクッキーは全て地面へと落ちる前にモザイクと化してかき消える。
 それを彼女は気にもとめず、いつまでもクッキーを頭上に舞わせていた。


「皆さん、今年のケルベロスハロウィンはいかがでしたか?」
 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)はケルベロス達を見渡して微笑んでから、表情を引き締める。
「余韻を楽しめないのは残念ですが、緊急事態です」
 六本木で起こった事件。ダンドはその報告書を示しながら、あるドリームイーターの名前を口にした。
「『王子様』、ドリームイーター最高戦力であるジグラットゼクスの一席に座すかのドリームイーターが六本木にて回収したハロウィンの魔力を使用し、ワイルドスペースで日本全土を覆い尽くすという作戦を始めた事が判明しました」
 複数のヘリオライダーの予知からその詳細は判明している。
 日本中に点在するワイルドスペース。現在、それらにハロウィンの魔力が注ぎ込まれ急速に膨張しているのだという。
「このままでは、複数のワイルドスペースが接触、融合を繰り返し一つのワイルドスペースとなって日本全てがワイルドスペースに飲まれてしまいます」
 ワイルドハント達に『創世濁流』と呼ばれているその作戦を阻止しなければいけない。
「幸いにして、皆様の調査によりワイルドスペースの数はそう多くはありません。日本全土を包み込むまで少しの時間は存在します」
 異様に急激膨張するワイルドスペースの場所は判明している。そこへと向かい、内部のワイルドハントを撃破する事、それが今回の任務だ。
「膨張し続けるワイルドスペースですが、内部はこれまでのワイルドスペースと同様に皆様の動きを阻害するものはないようです」
 ワイルドハントは、モザイクでクッキーを形作りそれを攻撃に使用してくる。傍らに控える黒猫も彼女の指示に従って攻撃を行うようだ。
「加えて、彼女だけでなくオネイロスの助力としてドリームイーターもワイルドスペースに存在します」
 オネイロスから派遣されたというこれが戦闘に参加しない、という楽観はできない。
「このドリームイーターに関しては、他のヘリオライダーの予知においても詳しい情報は得られませんでした。
 ですが、ワイルドハントを撃破すればワイルドスペースは消滅するでしょう。ワイルドハントの護衛として派遣されたこの兵士は、ワイルドスペースが消滅すれば目的を失い撤退すると考えられます」
 逆に護衛を撃破しても、ワイルドスペースは破壊されない。ワイルドハントが逃亡することはあり得ないだろう。
「また、不確定な情報ですが、オネイロスの幹部にも動きがあるようです」
 明確な動きは分からないが、特に重要なワイルドスペースの戦闘に現れる可能性がある。
 幹部と言うだけあり確実に強敵だが、その撃破が出来れば、今後の作戦で有利になるだろう。
「ですが、やはり強敵でしょう。ワイルドスペースが失われれば幹部も姿を消すでしょう。もし会敵した場合、幹部の撃破とワイルドスペースの破壊、優先すべき事を事前に決めておくことも必要であると考えます」
 日本全土のワイルドスペース化。
「成就するならば恐ろしい一手です」
 地球中のグラビティ・チェイン集める日本を覆うという事は、それら全てを手に入れるという事に等しい。
 ダンドは言う。
「これまでの皆様の調査を無駄にしないためにも、ここで計画を終わらせましょう」


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
大神・凛(ちねり剣客・e01645)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)
紅・姫(真紅の剛剣・e36394)

■リプレイ


「えぇ、あれ私ですか……?」
 それを見た大粟・還(クッキーの人・e02487)の第一声は呆れを含む困惑だった。
 ヘリオライダーからおおよそには聞き及んでいたが、それでもいざ目にすると、何とも言えなくなる。
 クッキーを作り出し頬張るドリームイーター。その姿はまさしく彼女の幼い頃の姿だったからだ。
 ともにその空間へと現れたエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は両者の姿を交互に見て、ワイルドハントに鋭い視線をぶつけていた。
「本人は、うん、いますね。じゃあやっぱりあれは偽者……」
「大粟のもう一つの姿、ずいぶん幼いみたいだけれど」
 クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)がその姿が確かに還の面影を濃く残していることを確認しつつ、彼女に問う。
「あれは……私の幼児並みの精神年齢って事を遠回しに言ってるんですかね……というか、るーさんでっか」
 初めて見る、その姿だが。
 むしろ、彼女そのものよりも還の肩に乗るウイングキャットと比べ、明らかに巨大化している幼女に寄り添う猫が気になってしまっていた。
「以前のワイルドスペースとは規模が違うな……」
「子供の姿をしている者を攻撃するのは心が痛むが、これも世界中の人々のためだ」
 大神・凛(ちねり剣客・e01645)が、自らの姿と戦った記憶と現状の空間を比べ世界を埋めつくすという計画が確実に行われつつある事を確信した。シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)がその言葉に頷くと武器を構える。
「ええ、勝手に姿を使われるのはさすがに気分が悪いですし、早々に退場願いますよ」
 還は見知った顔ぶれに、似てようと遠慮なく攻撃を行うと宣言した。
「どうやって、その姿を使っているか……気にはなりますが」
「ああ、ワイルドスペースの破壊が最優先だ!」
 ワイルドハントの隣にトランプ兵が陣取る。彼らが攻勢へと移る前に、シヴィルが地を蹴った。


「おねがい!」
「っ!」
 突貫するシヴィルに、しかしワイルドハントは動かず、隣の大猫を使役する。鋭い爪が屈んだシヴィルの背を切り裂くが、それでも、彼女は足を止めずワイルドハントへと刀を薙ぐ。逆袈裟に切り上げた偃月状の斬撃が、狙いを違わず少女の脚を深く傷つけた。
「い……たぃっ」
「声まで似てるとか、鬱陶しいッ!」
 シヴィルと入れ替わり、ワイルドハントに攻撃を仕掛けるエステルが、還の声が幼くなったような偽物の声の響きに嫌悪を露わにする。
「ぶっ潰すっ!」
 細い体毛に覆われ獣化した腕にグラビティを纏わせ、エステルは猛然とワイルドハントの顔面目掛けそれを突き出した。強かに肉を打つ確かな感触と共に、ワイルドハントの小さな体が弾丸のように宙を舞い、それを大猫がその背で彼女をやんわりと受け止める。それに追随するトランプ兵が赤と黒のモザイクを彼女に纏わせ治癒を行った。
「もー! やだ!」
 口を尖らせ怒りを表現したワイルドハントが、頭上に手を翳しモザイクを吹き出すと、次の瞬間に膨大な質量となってそれは上空に顕現した。
 人一人簡単に押しつぶせそうな巨大なクッキーが数個。
「本当にモザイクでクッキーを作るのか……ライトっ!」
 凛が黒白の誂えの刀でシヴィルの体を押しつぶそうと落下する巨大なクッキーを切り裂き、嘆息する。クッキーに描かれた猫の模様といい、見た目はコミカルでしかないが、
「っ」
 切断の瞬間、腕に伝わる衝撃に決して侮れるものではないと痛感しながら、猫を駆るワイルドハントへ一足跳びに接近すると、淡い桃色の軌跡を描き霊力を滾らせた刃で少女の魂を切り裂く。
 彼女のライドキャリバー、ライトも還をクッキーの重撃から庇い、クーゼが紅・姫(真紅の剛剣・e36394)に落ちるクッキーを弾き飛ばしていた。
 燻るようにモザイクがその腕を覆うが、彼のボクスドラゴン、シュバルツが額から光を放って、呪いを解く加護を与える。
 姫は、庇ってくれたクーゼに微笑む。
「ありがとう」
「いや、しかしなんだか大粟の子供を攻撃しているみたいで若干心が痛むんだが……」
 クーゼが思わず言うと、姫はでも、とそれにこたえる。
「還も言ってるし、さっさとワイルドスペースを破壊しよう」
「ああ、そうだな」
 姫の言葉にクーゼは首肯し、刀を構え、
「――斬光一閃ッ! 薙ぎ払えッ!」
 一喝と共に振るった切っ先から、宙に弾けうねる紫電のような斬撃が一瞬にしてその距離を詰め、ワイルドハントの体を激しく打ち付けた。
「回復役、ですか」
 クーゼの攻撃の余波に瞬く光に照らされ、無表情に西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)がトランプ兵へと抜刀、即斬撃を放った。切っ先に凝縮されたグラビティ・チェインが空間を歪ませる勢いで急速に拡散し、トランプ兵を弾き飛ばす。
 明らかにダメージは浅い。
「幹部……とは思えませんね」
 だが、その動きに霧華は呟いた。
 そのトランプ兵は、ワイルドハントと同様、もしくはそれ以下の戦闘能力でしかないように感じられる。これだけ大掛かりな作戦を指揮し、影響力のある個体であるとは考えにくい。
 恐らく一端の部下なのだろう。
 だが、それでも攻撃は躱されていた。
「……足りない」
 あと、少し、と霧華が考えた瞬間に砲撃音と共に彼女の横を竜砲弾が通り過ぎ、トランプ兵に直撃した。
「ダコール! これで当たりやすーなったカナ、マドモアゼル・キリカ?」
 とジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)が煙を吹くドラゴニックハンマーを構えたままの姿で霧華に言葉を投げると、霧華は一瞬だけ瞳を彼女に向ける。
 冷淡とも見える態度に、ジジはどう受け取ったのか、上機嫌に笑みを返した。
「そこっ!」
 直後、姫が放った漆黒の矢がトランプ兵の胴へと撃ち込まれた。
 攻撃に対応しようとしたトランプ兵の体は、わずかに動きを鈍くしたように見えた。
「うん、当てやすくなった、ありがとう」姫がジジへと礼を言う瞬間。
「もー邪魔しないでよ!」
 ワイルドハントの声が響いて、次の瞬間、クッキーの嵐が吹き荒れた。


 ライトがエステルを庇う。視界を埋め尽くすクッキーの嵐からはじき出されたエステル達に還がオーロラの光を展開し、クッキーのモザイクを拭い去っていく。同時にるーさんがモザイクに対抗する加護を与える羽を振りまいた。
「助かりました」とエステルがライトに言えば、エンジンを二三度鳴らす。
「あむ」
 その隙に、ワイルドハントがモザイク模様のクッキーを頬張っていた。
「さて、あなたには私が本当のクッキーというものを教えてあげましょう!」
 と還はスマートフォンを取り出すと、とある画面を呼び出した。画面のクッキーの下にはタップ、と文字が浮かぶ。彼女の視線は画面へと集中し、次の瞬間目にも止まらぬ乱打が画面のクッキーを襲った。
 改造スマートフォンの処理演算能力とケルベロスの身体能力によってタップカウントが膨れ上がっていき、それに準じた数のクッキーがワイルドハントに降り注ぎ、その小さな体をクッキーの山に覆い隠していった。その数は、百や千ではきかないだろう。
「どうですか!」
 と画面から顔を上げた還の顔は、やり切った高揚感のようなもので上気しているが、その先のワイルドハントはクッキーの山の中であった。ジジは明朗に手を叩いて、称賛を送っているが、彼女と日頃付き合いのある面々はどこか恥ずかし気な表情を浮かべていた。
 爆発のような音と共にクッキーの山が舞い上がった。モザイクのクッキーが還のクッキーを巻き込んで嵐を起こす。
 瞬時に意識を切り替えたケルベロスたちは、攻撃範囲から身を翻す。
「――ッ」
 シヴィルと姫は、クーゼと霧華に庇われるが、還はその暴乱に巻き込まれてしまった。
「許さないんだから!」
 と顔を怒りに赤く染めたワイルドハントは、大猫の背に跨り、攻撃に身をよろめかせた還へと突貫する。
 だが、それを凛が前方に躍り出て阻む。
「通さんぞ」
「もう、邪魔!」
 鋭利な爪が彼女を切り裂かんとするが、凛は双刀を介し増幅させた霊力を盾として顕現させると、その斬撃を軽減し突進の方向を押し曲げた。
 その先は還ではなく、空気から染み出すように、接近していたエステルの姿があった。気づかぬうちに肉薄されていたエステルに咄嗟に対応しようとするが、その寸前、羽の形をした矢が降り注ぐ。
 シヴィルの魔法に大猫が大勢を崩し、バランスを取ろうとした体は硬直する。その瞬間に、エステルの腕がワイルドハントの体を掴んだ。
 騎上のワイルドハントは掴み上げられ、周囲の景色が激しく回転する感覚を投げられていると近くする前に、強烈な勢いで地面へと叩きつけられた。
「……っ!」
 モザイクに満ちた地面を陥没させるような衝撃に、声すら出ず自らのダメージの大きさを鑑みる。
 一瞬、トランプ兵を見るが、モザイクによるヒールを行おうとしたトランプ兵がジジによって、高められた能力を十全に振るう霧華と姫によって、重ねられた行動阻害に動作を固めたのを見て、即座に回復する手段がないことを悟る。
「も、う!」
「逃がさない」
 それでも、大猫に咥えられ、その背にまたがるとクッキーを作り、自ら頬張る。だが、それ以上の休息を与えるわけもなく、凛がその背に追撃を重ねていく。
 ジジのメタリックバーストによって得た力が、凛の動きをさらに洗練された物へと押し上げる。
 桃色の光を返す凛の持つ刃が美しさすら感じる軌跡を描いて、距離を取ろうとするワイルドハントの背中を刀身が薙ぎ払った。
「ぃ……っ」
「無邪気が許される時間は、ここまでだ」
「ぁ」
 クーゼが、倒れた大猫の背から投げ出されたワイルドハントを、地に落とす時間さえ許さず、空の霊力を滾らせた刃で薙ぎ払った。
 わずかに開いた口からは、感情の読み取れない息だけが漏れ、その体は砂のようなモザイクに変貌し、その終わりを迎えた。


 主をなくしたワイルドスペースは、ハロウィンの魔力によって膨張していた体積を数秒の内に縮め、果てにはモザイクの塵となって掻き消えた。
「……」
 霧華が世界が入れ替わる瞬間の一瞬の酩酊感に頭を揺らせば、その瞬間に目の前で戦っていたトランプ兵は跡形もなくその姿を消していた。
「よーし、完全勝利ッ!」
 とクーゼが言うと同時に、地面に座り込んだ。
「って言うには満身創痍かなぁ?」
 僅かに肩を上げて冗談めかす彼含む、盾となった仲間の疲労は激しい。
 だが、それでも誰も欠ける事無く、目的であるワイルドスペースの破壊は達成できた。
 気がかりなのは、ここに現れなかった幹部を相手にした班だろうか。それでも、この戦い、ワイルドスペースの破壊と守護、という点において、紛れもなくケルベロスの完全勝利であった。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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