創世濁流撃破作戦~黒狼紅蓮行

作者:長谷部兼光

●喜色
 漆黒の体毛。筋肉質の体躯。獄炎が猛る左腕。赤色にぎらつく両眼。
「良い。素晴らしい力だ。漲るぞ。だが足りぬ。もったいぶるな。もっとだ。もっと流れ込め、ハロウィンの魔力よ。我が領域が世界を飲み込むに足るだけの力を、疾く寄こせ」
 それら全てが集まって、出来上がる容はまさしく……黒狼。
「……『王子様』の思惑は知らぬ。さして興味もない。だが、『オネイロス』分の義理は果たすとしよう」
 モザイクに覆われた領域で、黒狼はひととき歓喜に浸る。
「ここまで事が進んだのだ。この領域の所在も外に知れていよう。来るが良い、ケルベロス。我が力で縊り殺してくれる」
 ただ……避けえぬ敵の到来を待ち望みながら。

●潜む刃
「立て続けに、すまないな。だが緊急事態だ。ドリームイーター最高戦力・ジグラットゼクスの『王子様』が動き出した」
 その作戦の名は『創世濁流』。彼は日本全土をワイルドスペースで覆い尽くすつもりらしい、とザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は告げた。
 現在、日本中に点在するワイルドスペースに、六本木で回収したハロウィンの魔力が注ぎ込まれており、それぞれが急激に膨張を開始している状態だという。
「このまま膨張を続ければ、近隣のワイルドスペースと衝突して爆発、合体して更に急膨張し、最終的に日本全土を一つのワイルドスペースで覆い尽くされてしまうだろう」
 これまでの活動でワイルドスペースを消滅させていた事が奏功し、ハロウィンの魔力を用いたといえど、日本がワイルドスペース化するまでには少々の猶予がある。
 故に、その猶予を使い、急膨張を開始したワイルドスペースに侵入し、内部に居るワイルドハントの撃破して、何とか彼らの目論見を阻止しなければならないのだとザイフリート王子は言った。
「怪我の功名というべきか、急速な膨張のおかげで正確なワイルドスペースの位置を把握できた。作戦区域には全員で足並み揃えて侵入することが可能だ」
 ワイルドスペースは特殊な空間ではあるが、戦闘に支障はない。
 その領域の主であるワイルドハントを撃破すればワイルドスペースもまた同時に破壊される。
 ただし今回問題となるのは、『オネイロス』という組織から派遣された援軍の存在。
 オネイロスの援軍は『トランプの兵士のようなドリームイーター』の姿をしているようだが、詳しい戦闘能力は不明。
 援軍は一体のみだが、ワイルドハントと同時に戦うことになるため、苦戦は覚悟した方がいいだろう。
 ワイルドハントを先に撃破すればワイルドスペースも壊れ、その時点で生残していた援軍は撤退する。
 オネイロスの援軍を先に撃破した場合、ワイルドスペースが維持されるので、ワイルドハントと続けて戦う事が可能だが、その戦いに勝利できなければ、ワイルドスペースを破壊する事は叶わない。
 また、特に重要と思われるワイルドスペースには、オネイロスの幹部らしき強力なドリームイーターが護衛として現れる可能性がある。
 幹部は強敵だが、今回の作戦の中核戦力である彼らを撃破する事ができれば、今後の作戦を有利に運ぶ事ができるかもしれない。
「この『特に重要と思われるワイルドスペース』に関してだが、あくまでドリームイーター側の価値基準で判断されたものだ。申し訳ないが、我々ヘリオライダーにはどこがそうなのかわからない」
 この班で担当するワイルドスペースがそうなのかもしれないし、違うかもしれない。
 いずれにせよ、幹部級と遭遇した場合を想定して、幹部の撃破を狙うのか、或いは、ワイルドスペースの破壊を優先するのか。意思を統一しておく必要はあるだろう。
 オネイロスの幹部は戦闘力が高い為、中途半端な作戦では、二兎を追うもの……という結果になってしまうかもしれない。
「どうあれ、ワイルドハントを撃破すれば作戦は成功だ。もしもどこかで行き詰った場合、それを目標に動けば自ずと光明は見えてくるだろう」


参加者
ウィセン・ジィゲルト(不死降ろし・e00635)
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)
白銀・ミリア(白銀の鉄の塊・e11509)
セレッソ・オディビエント(葬儀屋狼・e17962)
卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)

■リプレイ

●異物の中の異界
 陽光を遮るモザイク。宙を漂う細かな土砂。地より抉れ、逆さに伸びる大樹。そして、この領域に満ちる粘性の奇怪な液体。
 実に異様な光景だ。とても地球上のそれとは思えない。
 不意に、モザイクの空が光る。突如として現れた紅蓮の炎が、轟と燃え盛り流星の如き勢いでケルベロス達へと落ちてくる。
 異界の天を仰いだ葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)は冷静に、妖精弓を引き絞り、紅蓮の炎へと矢を射る。
 ぶつかり合った矢と炎は相殺し、そうして剝れた緋の衣から現れたのは赤眼黒狼、知己の姿の紛い物。
「見知った者の暴走した姿を象るとは、不埒極まる……否、そういう存在として在るお前に言っても詮無き事か」
「ならばどうする?」
「……せめて滅する事でお前を其の定めから解放しよう」
 影二は鋭い瞳で化生を見据え、これ以上の問答は無用と螺旋手裏剣・辻風を楔の如くワイルドハントへ打ち込んだ。
 赤眼がぎらつく。辻風がワイルドハントに命中した刹那、逆さ大樹の後ろから、影二を狙う悪意が奔る。
 ウィセン・ジィゲルト(不死降ろし・e00635)のボクスドラゴン・『鎌』の属性を持つズィフェルスは悪意――槍の切っ先を遮り、そのまま攻撃を受け止めた。
 槍を繰るのはトランプ兵。ズィフェルスが封印箱に潜り込んだままワイルドハントに体当たり、ウィセンはモザイクの天井を突き破らんばかりに飛翔すると、虹を纏って一転急降下し、トランプ兵を蹴り穿つ。
「クラブのジャック。ナンバーだけ見ればそこそこだが、幹部……ではないな」
 一兵卒。将としての覇気ラがない。使われる側であっても使う側ではないだろう。トランプ兵に一撃見舞ったウィセンはそんな感想を抱く。
「いずれにせよ……まずは、ワイルドスペースの着実な破壊を狙いましょう」
 自チームの掲げる目標はあくまでそれだ。
 故に、幹部が現れなかったこの状況は『当たり』と言えるのかもしれない。
 揺らめく地獄、蒼い炎がウィセンの退避を確認すると、レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)はミサイルポッドを展開し、二体の敵を諸共に焼き払う。
「そうですね。ワイルドスペースを放置するわけには行きません。一刻も早く、元凶を叩きましょう」
 少しでも敵の攻撃の影響を抑えるために、と、卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)はズィフェルスに分け身の幻影を纏わせる。
「しかし、他者の体を纏う……ですか。そのメカニズムも気になりますが、彼らの本来の姿もいささか……気になりますね」
 ケルベロスが遭遇したワイルドハントは皆、他者の姿のまま戦い、他者の姿のまま死んでいく。
 或いは最早、人とは違い彼らに本来の姿など無いのかもしれないが……。
「En avant!全軍突撃なの!」
 シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)が高らかにそう号令すると、彼女のボクスドラゴン・ラジンシーガンは自身の封印箱を開く。
 箱の中から解放されたのはラジンの眷属たる無数の蜂。ラジンを含む蜂達は、黒狼とトランプ兵を二重三重に包囲して、四方八方から間断なく攻撃する。
 蜂の毒針によって治癒の効果が制限された敵方とは反対に、風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)は掌を広げ、極小の満月を作り出す。
「セレッソのワイルドハントか……普段とあんま変わらない気がするんだぞ? 放っておくと本人と間違えそうだし……」
 満月が 照らし出すのは、見目麗しい女性の姿。
「倒させてもらうぞっ!! 変身っ!!」
 しかし、満月が響の掌から離れると、彼女の姿は鎧を着装した獣人の姿――ルーヴに変じた。
 響のライドキャリバー・ヘルトブリーゼは、その変身と同時に大きく嘶き、炎を呼んで突撃する。
「サンキューヒーロー!」
 ルナティックヒールを受け取った白銀・ミリア(白銀の鉄の塊・e11509)が焼け焦げたモザイクの大地を疾駆し、ルーンアックス・ネームドスレイヤーを小柄な体いっぱいに振り被る。
 何が援軍に来ようと関係ない。標的は、恋人の姿を象った、このふざけた領域の主ただ一人。
「その姿……縁起でもねぇ……二度と現れないようブッ倒してやるぜ……!!」
 地を両断するが如き力を込めて斧を振り下ろせば、黒狼の肉が裂け足を鈍らせたが、それでも構わず化け物は笑う。
「いいや。これも縁だろう。総ては運命だ。我らがここで邂逅したことも、そして貴様達が我が手によって縊り殺される事も、な」
「……うるさい」
 ずしん、と地響くは、セレッソ・オディビエント(葬儀屋狼・e17962)が鉄塊剣・黒狼牙を大地に突き立てた、その反動。
「お前、誰に断ってその姿をしてるんだ?」
「……成程。貴様が『本物』と言う訳か」
 同じ位置に刻まれた頬の傷。赤の瞳を睨む赤の瞳。本来出会うはずの無い視線同士がぶつかれば、
「今すぐに消えろ。不愉快だ」
「ははは! 愉快だな。今すぐこの場で消してやる」
 決して闘争は避けられない。
 オルトロス・タフトがトランプ兵を刻む。セレッソは黒狼牙を大地より抜き放ち、思い切り叩きつけると、対するワイルドハントは、鉄塊剣を自身の口部、即ち『牙』で受け、一歩も譲らない。
『黒狼牙』と黒狼『牙』。
 セレッソもまた引かない。すぐに来るであろうワイルドハントの攻撃から、このままミリアを護るつもりだ。

 そして、ワイルドハントの赤眼が超新星の如く閃くと、前衛すべてを射竦めた。

●相反
「Doux……凄くもふもふしてますの」
 交戦中、弾みで黒狼の毛並みに触れたシエナは思わず感嘆の息を漏らした。
 密やかに、シエナは黒狼をもふもふさんと呼ぶぼうと決意する。
 しかし、黒狼の毛並み褒めると言うことは、同時にセレッソを褒めている事になるのだろうか?
「Rob! そのもふもふを頂きますの!」
 パラドクス染みた小さな考察はひとまず頭の隅に置き、シエナは攻性植物・ヴィオロンテを捕食形態に変化させた。
 深紅の花弁は黒狼を飲み込んで、蜂達とはまた別種の毒を注入する。
「はは! この姿形も最早我が力の一部。易々とはくれてやれんな!」
 黒狼が吼えた。
 ワイルドスペースを満たす液体を通じて、この領域が、生物のように蠢いていることがわかる。もしかすると現在進行形で膨張しているのかもしれない。
「想像力を喰らい、拡大する領域……。夢を、理想を描く意思を喰らうってのは、俺達の属派にとっても無視できねぇな」
 デウスエクスを殺すだけではなく、心を通わせ定命の存在に降ろす。
 ウィセンとズィフェルスが今、共にあるのは、正しくその奇跡を成し遂げたからだが、
「縮む命。萎む力。何よりもおぞましい。相容れぬ。定命の定めを甘受するとは物好き共め」
 そうまで拒絶するのなら仕様もない。ワイルドスペースの領主たる不死の終わりは『死』のみだろう。
 ズィフェルスが黒狼にブレスを見舞い、ラジンの属性をインストールしたウィセンはトランプ兵の体に指を一本めり込ませ、その気脈を断ち切った。
 黒狼を護衛するように立ち回るトランプ兵の存在は少々、鬱陶しい。
 影二は牽制目的で、棒手裏剣をトランプ兵へと放つ。
 単純な投擲ではない。稲妻の霊力を帯びた手裏剣に、螺旋の力を重ねて籠めたその一投の名は葛葉流・螺旋醒め釘。
「影となりて、闇に裁いて仕置する……」
 手裏剣が貫いた敵のあらゆる感覚神経を鋭敏化させ、錯乱を齎す程に狂わせる、秘伝の金縛り術だ。
 指天殺を受けた体には覿面の効果があるはずだが、トランプ兵も遮二無二体を動かし、怒りと石化を振り切ると、黒狼へクローバー型のモザイクを飛ばし、癒す。
 ……黒狼の姿が先ほどより一回り大きくなっている。
 恐らく――トランプ兵のそれは、ルナティックヒールと同じ効能なのだろう。
 回復を受けた黒狼は間髪入れず、自身の右腕に巻き付いていた鎖を解き放ち、蛇の如くうねるそれは響を絡め取ろうと這い回る。
 響は前方へ飛び出し、距離を詰めながら鎖を躱すと、そのままナイフ片手に黒狼の懐に飛び込んで、ジグザグに切り裂いた。
「ウェアライダーは面白い。貴様も、この体と同じ動物(モノ)が混じっているのだな」
「……確かに私とセレッソはおんなじだ。けど、他人の姿を間借りしただけの貴様と一緒にするな!」
 響の叫びをエンジンに、ヘルトブリーゼの強烈なスピンが黒狼たちを轢断した。

●火急
 前衛の数は、五。サーヴァントを含め、当初の想定より一人少ない。
 欠けた前衛を補うべきかと紫御は一歩踏み出すが、そこでふと気づく。
 果たして現状、ポジションを変更している『余裕』があるのだろうか、と。
 ポジションチェンジにはどうあっても攻撃・回復の手を休め、一手番消費しなければならない。
 例えば『長時間周囲の安全が確保出来る』ような戦場でない限り、デメリットの存在は如何ともしがたく……。
『余裕』がないと判断した紫御はそのままメディックの位置に留まり、五本の針を取り出した。
 攻撃にせよ、回復にせよ、一手多く動けば、結果それだけ早く終わるはずだ。
「見た目は怖いかもしれませんが……」
 痛みも無く、効果は抜群ですよ? と針に気を乗せ、投擲した。
 針はレーンの気穴に撃ち込まれ、送り込まれる気の力のよって彼女の治癒力を一気に高め活性化する。
「パワーリミッター解除。さあ、来なさい!」
「ならば遠慮なく!」
 真正面からのぶつかり合いは望むところとレーンの言に応え大咆哮すると、黒狼は左腕の紅蓮を迸らせ、地を疾る星となった。
 レーンもやはり真正面から紅蓮を受け止める。防具の相性と、そして何より紫御の憑依活性気穴術。この二つが合わさったなら、例え炎と激痛が全身を蝕もうとも……確かに、凌ぎ切れる。
 勢い止まらぬ紅蓮を一瞬片手で抑え込み、レーンは空いた片手でエネルギー球――クレイジー・サイコボールを生成した。
「喰らいなさい……!」
 至近と言う言葉すら当てはまらぬ正真正銘のゼロ距離。レーンは蒼き光の玉を、紅蓮に燃え盛る黒狼の口中に打ち込むと……赤と蒼がせめぎ合い、盛大に爆ぜた。
 黒狼は煙を吐き出しながら如何にか持ちこたえようとするが、態勢を立て直す暇など与えない。
「前は頼むぜセレッソ!」
「……思いついた。ミリアをずっと後ろにしまっておくのもありかな」
 私が絶対守るから、とセレッソはオウガメタル・Andrasを硬化させながらタフトの背を足場に高く跳躍し、いやいや、あたしにももうちょっと格好つけさせてほしい、とミリアは口元を綻ばせつつトランプ兵を踏みつけて、セレッソ同様オウガメタル・時を刻む白銀合金をその身に纏う。
 鋼の拳と鋼の回転が、黒狼の身を削り取った。

●力
「私の重さ受けてみろ! トゥッ!! ライダーキック!!」
 宙を飛び重力を味方につけ、響はグラビティ・ライダーキックで黒狼を襲撃する。
 蹴撃は命中と同時に対象へグラビティを流し込み、直後、黒狼が内より爆ぜるが、黒煙が晴れた後、爆心地から伸びた鎖が響を拘束した。
「ああ、今のは効いた。だが、今度こそ捕らえたぞ。もう一人の黒狼よ」
「まだ……ウェアライダールーヴは……倒れたりしない……!」
 ヘルトブリーゼが突撃し黒狼を怯ませた隙に、響は鎖から抜け出し距離取る。
 皆健在だが、相応にダメージが蓄積している。
 しかしそれは黒狼も同じの筈。さて……どちらが先に崩れるか。
 ズィフェルスの体力も持って後一撃か、二撃。
「……敵を見て核を見抜き、そこを砕かぬように敵を砕く」
 ウィセンは標的を変更し、『鎌』の属性を帯びた錬技・造踊活食を黒狼に叩き込む。
「これぞ造踊活食の有り方なり」
 衝撃により、むき出しになるモザイク。だが、そこまでだ。『ある意味』では当てが外れたが、しかし、期待通りのダメージは得られた。
「あと一息……でしょうか。私も攻撃に参加します」
 紫御が極限まで意識を集中させると、黒狼のモザイクは突如爆発し、そこへ間断なく、シエナがヴィオロンテの力も借りてチェーンソー剣を振るい、黒狼の防御をズタズタに切り破くと、トランプ兵は再び黒狼を治癒しようと動き出す。けれどもトランプ兵の動きは前触れなく固まって……。
「……身動きも出来まい」
 それは、影二とウィセンが積み上げた石化の縛だった。トランプ兵に表情があったなら、さぞや悔しい顔をしていただろう。
「影二様!」
「……承知」
 レーンと影二。二つの氷縛波が二重螺旋を織り成して、黒狼を周辺の領域ごと氷結せしめた。
 これで終わりかと思いきや、黒狼は氷牢を内から強引に破壊し、最早小さくなった紅蓮の炎を携えて、しかし尚……猛る。
「よう。あたし達がお前に殺される未来ってやつは、まだあるかい?」
 黒狼の行く手を阻んだミリアがそう尋ねた。
「……無論」
「そうか。じゃあ……あたしがここで、てめぇをぶっ倒す!!」
 ミリアが血筋から、『受け継ぐ』力を解放する。力を瞳の中心に集中させ、膨大な『経験』によって見切る力を強化したミリアは、黒狼の一挙手一投足をすべて把握し、それを封殺する夥しい乱打乱撃を繰り出した。
 紅蓮の炎に身を焦がし、ミリアの継承心眼から抜け出した黒狼は、最後の瞬きとばかりに煌々と輝いて、セレッソにぶち当たる。
 それでもセレッソは倒れない。
 影二が初手に放った螺旋射ちと、紫御が最後に放った、ブレイクを伴うサイコフォースが黒狼本来の力を奪い、なおかつディフェンダーの高耐久力をもって強引に受け止めたのだ。
「なぜだ。何故克てぬ。我は一体、何に負けるというのだ……?」
「さあね。絆の力、愛の力、正義の力。好きなものを持っていくといい。お前にはどれも上等すぎるだろうけど」
 最後に一つだけ、言っておかなきゃならないことがある。
 セレッソはそう言って、ゲシュタルトグレイブ・千疋狼を握りしめた。

「二度とその姿を見せるんじゃねぇ!」
 千疋狼の、牙の如き矛先が炎ごとワイルドハントの命を貫いて、槍全体が深紅に染まり――柄に描かれた狼は、けたけたと嬉しそうに笑った。

 かくして、ワイルドスペースは砕け散る。セレッソは小柄なミリアに合わせて身を屈め、無言でハイタッチを交わす。
 そんなセレッソを眺め、シエナはほっとラジンを抱きしめる。
 この一年、失ったものが多すぎた。だからもしも彼女まで失ってしまっていたら、自分で自分を抑えきれなかったろう……と。
 一人ぽつんと残されたトランプ兵は、しばらく佇んでいたが、
「アディオス! 決着は戦争でつけましょう!」
 と、レーンがそう声をかけると、酷くばつが悪そうに撤退を始めた。
 欲張れば彼も撃破できたかもしれないが……いや、目的を一つに絞りブレなかったことが奏功したのだろう。

 レーンが晴れ渡った空の下で軽やかにガッツポーズを決める。
 ケルベロス達の、勝利だった。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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