創世濁流撃破作戦~モザイク・ワルツ

作者:廉内球

 モザイクに覆われた空間、ワイルドスペース。その床のほんの一部が、漆黒に濡れた。タールにも似た水たまりを白磁の足が踏む。絡まる糸に操られるように歩を進め、その人形、否、ワイルドハントは伏せた瞳を上げた。
「これが……ハロウィンの魔力……この力があれば、わたしのワイルドスペースも……きっと、世界を覆う濁流に、なれる」
 外見は蓮月・莉音(いつも笑顔をこころに誓う・e00382) に似てはいるが、髪は黒く、受け止めるように伸ばした両腕はメジロの翼。表情の無い人形に代わり、足下の黒い液体がごぽりと沸き立った。
「ケルベロス……ワイルドスペースを潰す者……けれど」
 赤い瞳がぼんやりと天を仰ぐ。その背後、奇怪な笑みを浮かべた面もまた、天を向いた。
「あの『オネイロス』……遣わしてくれた『王子様』の為にも……『創世濁流』は、成功させなくては……」
 大きな手が、糸を引いた。引きずられるように、人形はモザイクの床を踏む。それはまるで歪なダンス。意思もなく無機質に、人形はくるくると踊る。

「ハロウィンが終わったばかりだというのにすまないが、緊急事態だ」
 アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)は素早くバインダーの資料をめくる。
「ジグラットゼクスの『王子様』だ。奴は六本木で回収したハロウィンの魔力を利用して、日本中をワイルドスペースで覆い尽くすつもりらしい」
 その名も、『創世濁流』。日本各地に存在するワイルドスペースにハロウィンの魔力を注ぎ込むことで、ワイルドスペースの急激な膨張を引き起こす。やがて周囲のワイルドスペースと衝突、合体し、より巨大に成長するだろう。
「そうなれば……最悪、日本が丸ごとワイルドスペースに飲み込まれることになる」
 幸いにも、ケルベロス達の活躍により、既に多くのワイルドスペースが消滅させられている。そのため、ハロウィンの魔力があるといえども、対処する時間は残されている。
「ワイルドスペースへすぐに向かってくれ。そして、ワイルドハントを撃破してほしい」

 戦場となるワイルドスペースは、廃墟となったダンスホールの中にある。一面モザイクに覆われてはいるが、普段通り立ち回ることが出来るだろう。
「このワイルドハントと戦うに当たって、注意すべきは足下の黒い水だ」
 人形、巨大な手、そして背後の仮面の動きはやや緩慢だが、ワイルドハントが操る黒い液体の動きは予測がしづらい。
「攻撃方法としては、ブラックスライムに似てはいる。備えておいて損は無いだろう」
 さらに、今回の作戦を成功させるため、『王子様』は『オネイロス』から援軍を派遣しているようだ。ワイルドスペースにはもう一体、ドリームイーターがいると予知されている。
「外見はトランプの兵士に似ているんだが……すまない、詳細な戦闘能力までは予知できなかった」
 先にワイルドハントを倒せば、ワイルドスペースは消滅し、オネイロスの援軍は撤退するだろう。逆にオネイロスの援軍から倒した場合、ワイルドスペースは残り、ワイルドハントとの戦闘も続くことになる。
 さらなる予知として、特に重要なワイルドスペースにはオネイロスの幹部級ドリームイーターが派遣されている可能性がある。もし幹部級と相対した時に、幹部を撃破するか、ワイルドハントの撃破、ひいてはワイルドスペースの破壊を優先するのか、しっかりと意思を統一しておかねばならない。
「援軍が幹部だった場合、倒せれば今後の戦局で有利に動けるかもしれん。しかし幹部の戦闘力はかなり高いうえに、ワイルドハントを倒しきれなければワイルドスペースは消滅しない。作戦は慎重に練ってくれ」
 中途半端な作戦ではどちらも倒せないこともありうる。どちらを取るのか、選ばねばならない。
「二体同時の厳しい戦いだが、『王子様』の思い通りにさせるわけにはいかん」
 今回の作戦は、多くのケルベロス達がワイルドスペースを潰してきたことによって生まれたチャンスだ。ドリームイーターの目論見は必ず阻止せねばならない。
「全員無事で戻ってきてくれ。……さあ、乗ってくれ」
 アレスはヘリオンを指し示す。向かうは、膨張するワイルドスペースだ。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
ラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
佐久田・煉三(直情径行・e26915)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)

■リプレイ

●突入、ワイルドスペース
 ダンスホールへと、ケルベロス達は駆ける。佐久田・煉三(直情径行・e26915)はしかし、急ぐ中でもワイルドスペースに続く廃墟を観察する。
「こういう場所は『薄気味悪い』……のかな」
 茫洋として、語る言葉は少なく、見はするものの興味も無く。ドリームイーターが夢のようにぼんやりとしたモザイクで日本を包もうと、彼には何の感慨も無いのかもしれない。
「これがほんとのうつつを抜かす、ということでしょうか」
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)はこの非現実な空間を、そう評価する。
「それにしても、暴走した姿って変ですよね。ケルベロスってなんなんでしょう?」
 ケルベロス。不死なるデウスエクスに死を与えうる者。その暴走した姿を取るワイルドハントには、未だ謎が多い。
「僕のワイルドハントと出会う事はありませんでしたが、会わずに済むのならその方が良いのかもしれませんね」
 自らの暴走した姿を取るワイルドハントに出会うに至ったケルベロスは限られる。ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)はその一人ではなかったが、どちらが良かったかは誰にも分からない。
「今回も危険そうです、気をつけていきましょう」
 十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)は警戒を促す。目前には廃墟らしい、薄汚れた扉。ワイルドハントはその先にいると思われた。
 扉の先は一面のモザイクだった。液状の空間は建物をつぎはぎしたような場所だが、よく目をこらせばダンスホールにも見える。曖昧な空間の中で目を引くのは、仮面を背にした白磁の人形と――。
「あれは……トランプか」
 巫・縁(魂の亡失者・e01047)が仮面の奥から敵を見据える。その傍らで、オルトロスのアマツが唸った。
 事前に話を聞かされていた、オネイロスの援軍。その正体は不明とされていたが……胴体はスペードの3のトランプになった、奇妙なドリームイーターがそこにいる。これが援軍なのだろう。
「ということは……幹部じゃ、ない……?」
 縁の言葉を引き継いで、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)はそう判断する。スペードの剣を持ったそのドリームイーターは、数多い兵士の一体、と見受けられた。
「来ましたか……ケルベロス。でも……『創世濁流』の、邪魔はさせない」
 赤い瞳の人形が、ケルベロス達に敵意を向ける。しかし、それで怯む番犬たちではない。
「相手が何であろうが、目の前に敵がいれば戦うのみ!」
 ラピス・ウィンドフィールド(天蓋の綺羅星・e03720)はためらうことなく突入し、詠唱の構えに入る。
「そうですね、倒してしまいましょう!」
 メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は敵を見据える。トランプの兵士と、友人によく似たワイルドハントを。

●スペード、騎士の剣
 そして、『創世濁流』阻止を賭けた戦いが始まった。真っ先に飛び出したのは煉三だ。狙うはオネイロスの援軍、トランプ兵。勢いのままモザイクの床を蹴り、強烈な蹴りを浴びせかける。
「興味はないかな」
 オネイロスの援軍へと向けた一言。では、ワイルドハントは? 後退しながら視線をやってみるが、遠目から見て煉三の心を揺さぶるものはない。
 入れ替わるように、未だ体勢を立て直す途上のドリームイーターを泉の蹴りが襲う。連撃は敵の足下を脅かし、よろけた敵の真横をアマツが駆ける。
「よし……私もやるさ」
 先んじて動いたオルトロスに、縁が続く。
「奔れ、龍の怒りよ! 敵を討て! 龍咬地雲(リュウコウチウン) !」
 叩きつけるは、【斬機神刀『牙龍天誓』】。生まれた衝撃波を追うように『牙龍天誓』が振り抜かれ、地を這う斬撃が衝撃波と一体となってオネイロスの援軍に襲いかかった。
 その間に、ラピスが詠唱を完了する。
「天空よりラピスが命ず、蒼き風よ来たれ!」
 動きの止まったトランプに、ラピスの手から生まれた風が追撃を仕掛ける。竜巻のごとき暴風がドリームイーターに纏わり付き、その動きを封じていく。
 ケルベロス達の狙いはオネイロスの援軍。ワイルドハントはその次、あるいはよほど窮地に追い込まれた場合のみ優先する。統一された方針により、オネイロスの援軍に火力が集中され、デウスエクス二体といえども、徐々にドリームイーターの旗色は悪化していった。
「さあ兵隊さん、私と遊びましょう?」
 メリーナは【赤錆】をもてあそぶように回し、トランプ兵の周囲でステップを踏む。踊るような足取りに対応しかねたドリームイーターは、致命的な隙を露出する。
「そこ! なんて♪」
 至極楽しそうなメリーナの表情とは裏腹に、或る演技者の四十七戒(デ・ポエティカ)は死角への慈悲なき一撃を叩き込む技だ。
 その瞬間、奥に控えた人形の首がかくんと横に倒れた。足下の黒い水たまりは素早く地を渡る。その先端が槍のように立ち上がり、ギルボークへと襲いかかった。黒い槍に脇腹をかすめられながら、それでもギルボークは前に出る。
「如何なる敵であろうと人に仇為すものならば倒すのみ!」
 トランプ兵へと突進し、手にした刃を抜き放ち。剣閃はオネイロスの援軍の傷跡を正確になぞり、切り広げていく。
「祖先より伝えられし七天抜刀術、貴方に見切れますか?」
 トランプ兵はギルボークへと斬りかかった。挑発に乗ったのか、はたまた距離が近かったからか。兜とモザイクに阻まれてドリームイーターの表情は分からない。
 立て続けに攻撃を受けたギルボークを、鈴珠が癒やす。魔術的な手術は即効性で、受けたばかりの切り傷を即座に癒やす。
「たいへんなあいてですけど、がんばりましょう」
 ぐっと縛霊手をつけた手を握る鈴珠。その視線の先では、千里が【妖刀”千鬼”】の柄に手をかけていた。
「逃げようなんて無駄……絶対に殺す」
 簡潔な、しかし確かな殺意の表明。抜き払った刃から飛ぶエネルギーが、その証明となる。光さえも反発せしめ、鏡面のように輝きながら、トランプ兵に襲いかかった刃はスペードの3を真っ二つに切り裂いた。
「防ぐには、遅すぎたね……次」
 表情の薄いワイルドハントの顔に、わずかながら不快の色が浮かぶ。ケルベロス達はいくらか傷を負い、ワイルドハントは万全。それでも必ずこの敵を打ち倒す覚悟で、ケルベロス達は戦闘を続ける。

●ワイルド・ダンス
「ああ……よくも。『王子様』がせっかく、遣わして、くださったのに」
 ワイルドハントがうつむくと、黒い前髪に赤い瞳が隠される。むき出しのクリノリンの中で、黒い水がざわめいた。
「許さ、ない」
 ワイルドハントの背後に浮かんだ仮面がニィと笑い、白い指でメジロの翼を操った。
「きます!」
 鈴珠の鋭い警告と、前衛を担うケルベロスの足下に黒がわだかまるのがほぼ同時。加護さえ食らい尽くす黒い液体が番犬たちに襲いかかる。そんな中で、とっさに千里の前に飛び出したラピスは、奥歯を強くかみしめた。
「倒れない、絶対に……!」
 二人分の漆黒の濁流に、押し流されぬよう必死に意識をつなぎ止める。ラピスは、倒れない。
「すぐ、回復しますね!」
 鈴珠は銀色の暖かな光を解き放つ。オウガメタルから発された粒子は、ケルベロス達の傷を癒やすと共に、その感覚を研ぎ澄ませていく。
「まだ、戦える……?」
 背後の千里から控えめな問い。ラピスは力強く頷いた。
「ただ、今はちょっと回復したいかな」
「分かった……攻撃は任せて」
 気力を整えるラピス。その横を、千里が駆ける。和装からは想像しがたいスピードでドリームイーターに肉薄、その足下には火が灯る。そのまま足を振り抜くと、ワイルドハントのドレスに火が移った。
「千里に負けていられないな。……それにしても」
 縁はブラックスライムをうごめかせる。標的は、人を、ケルベロスを模した操り人形。見ていてどこか気分が悪くなる。
「確実に仕留める。アマツ」
 ただ、名を呼ぶだけ。それだけでアマツはうなずき、果たすべき役割を果たそうと動く。広がるは地獄の瘴気。ワイルドハントに逃げ場はない。
「……行け!」
 タイミングを合わせて放たれたブラックスライムは牙のように変形し、翼にかじりついた。
「好機ですね! この剣、この身は人を守る為に。如何なる相手でも、恐れはしません!」
 ギルボークは爪を硬化させ、ワイルドハントに躍りかかった。力強い拳は陶器のような肌を切り裂き、ヒビを走らせた。
「ん、似ている……といえば似ているか……」
 煉三は無表情に言う。似ている。それだけ。知り合いに似た姿の敵であっても、楽しくもなければ悲しくもない。地獄と化した心は揺れず、ただ淡々と状況を処理していく。
「ケルベロス……大嫌い。みんな、消えて……」
 友人とよく似た声、同じ顔に、そんなことを言われたとしても。
「ん……嫌だ」
 何も変わらず、いつも通りに集中し、いつも通りに爆発を起こす。
「あと一息です。しっかり終わらせて帰りましょう!」
 泉が仲間に声をかける。戦いが終局に近づく中、解放するグラビティはGenau und Geschwind eins(セイカクニハヤクヒトツメ) 。
「制御できる自信はありませんが、ヒトツメ、行きますよ?」
 くすりと笑い、泉は耳元に手を伸ばす。如意棒【Top Hat】は耳元に仕込んでいる。それを取り出し、十分な長さに伸ばすと、研ぎ澄まされた一撃を狙う。早く、重く、正確に。最も単純、最も基本的ながら、それ故に決まれば絶大な威力を誇る。
 如意棒は人形の胸部を穿つ。手応えから、内部が割れたと泉は知る。
 衝撃にうずくまったワイルドハントに、メリーナが近づいていく。
「良いことを教えてあげましょう。莉音ちゃんはね、あなたと違ってとっても『響く』んです」
 振りかぶった【赤錆】を、ワイルドハントは呆然と見つめる。真白い手がせわしなく動き、人形の体を立たせようと試みる。背後の仮面の表情も、心なしか焦っているように見受けられた。
 それでも、メリーナは意に介さない。鎌の柄を力強く握り直し。
「分かりますか? 私の大好きな友達は、あなたなんかより万倍素敵なんですよ!」
 一切の手加減なく、鎌が振り下ろされる。その刃は人形、そして背後の仮面を巻き込んで両断。人形の髪に咲いていた姫睡蓮がぽとりとモザイクの床に落ちた。
「ごめんなさい、『王子様』……」
 赤い瞳が虚空を見つめ、ワイルドハントは消えていく。姫睡蓮の花もまた、白い操り人形と共に消えていった。

●静寂
 ワイルドハントと共にワイルドスペースが消滅すると、そこは古びたダンスホール。安全を確認し、ケルベロス達は手早く手当を済ませる。
「これでもう、大丈夫です! ……あれ?」
 鈴珠の耳に、寂しげなハーモニカの音色が届く。その源をたどると、皆に背を向けた泉の姿が目に入る。
 鎮魂歌はドリームイーター達への手向けだ。如何なる形であれ、そこに在ったモノ達の為に。メリーナも、目を閉じて聞き入っていた。
「ひとまずこの場は阻止しましたが、次の手が気になりますね」
 ギルボークは思案する。
「一度戻って情報を集めるのも手だな」
「確かに……」
 隣に立つ縁に、千里も頷いた。アマツは早足で扉へと近づき、主人を待つ。
 やがて音が止み、静寂が辺りを支配する。廃墟に響くはケルベロス達の息づかいのみ。
「……帰りましょうか」
「ん、そうだな」
 ラピスの言葉に煉三が呼応する。ケルベロス達がそれぞれダンスホールを後にすると、最後に静寂だけが置き去りにされた。モザイクの消え去ったこの場所に、動くものは無い。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年11月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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